■あらすじ短編小説  
  [st-era] God Grace 0 Growth

 

 天上、望む。聖殿ある此方より、神々住まう彼方を望む。神界と続く空より降る光が、線となって聖殿を貫く。華々しく美しいステンドグラスを通し、杜を抜け、森を抜け。ここから世界へ発信する。

 見よ、世界は美しい。世界はこんなにも、綺麗だ。神も人も無く、ただ在る、それだけで、美しい。

――――ソラはキレイだなぁ、オフェリア、サーシャ。オマエらもそう思うだろ?」

 父親は繋がれた手の先、我が子たちに問いかける。答えは聞かなくてもよかった。まだ幼い子らには、理解出来ないかもしれない。だからわからなくともいいんだ、と父親――――オルフェオは思う。ただ、抱いた満足感のような何かを、共有するだけでいい。

 人は美しいモノに憧れる。綺麗なモノに触れたがる。それはただ、在るだけでいい。在るだけで、充分オルフェオは満足している。何の手も加えず、何をするでもなく。人生さえも、そうであればいいと理想を抱く。

 背後から、人の声。振り返る。空港へと続く道。左右には妻が作った小さな花壇。名を呼ばれ、オルフェオは片手を挙げて答えた。おはよう、と挨拶で返し、近寄ってくる家政婦のカペラに笑顔を向ける。深くお辞儀をするのは、カペラと息子のオフェリアだ。

「旦那様、間もなくライル氏が到着なされますよ。さ、着替えてくださいな」

「イザークの知人だったっけ。そろそろ時代も若返る頃か――――

 いつか、この子供たちが時代を担う頃には。戦争など無い、平和な世界でと、一つ、空に願掛けをしてみる。どうかこの休戦という儚いユメが、一時のモノではないように。争い事は、もう充分やっただろう。父の代は、壊した。自分の代はもっと壊した。なら子供の代には、創ろう。

 今、自分に許された権利は。せめて祈ることしか、無い。

 

 正装とまではいかずとも、それなりの格好に着替え、オルフェオは宮殿で待っていた。とある宗教の聖地。どこよりも大層で豪華な居場所。もっともらしく飾る、というのが宗教の定義なら、ここより飾った場所はない。

 教祖たる自分には、批判も賛成もする権利が無い。ただ黙って、役割をこなすだけだ。与えられた使命は大きい。何せ、オルフェオ自身にしか許されていない。それは単純。「人を救う」という荒唐無稽な役割。まるでデタラメ。だからこそ、信じがたいからこそ、「夢」を「現実」に変えた人物は神様になれた。

 名を、フィルウィリミテアという。古代に生きたその英雄は、千年前に宇宙を旅し、本当に宇宙の「王」となって神格化された。その人は数々の奇跡を現実にし、崇められるに至ったのだ。そして今、神権はオルフェオの手の中にある。

 ぎぎ、と重たい扉の開く音に振り返る。訪問客は皆、救いを求める者。ただ、一般とは程遠い、富貴な人物であるだけ。ここは誰しもが訪れるわけではなく、政府に許された、特定の人物しかいない。結局、絶滅危惧種たるオルフェオらの種族は、保護を受けることでしか生きられない。

「お初にお目にかかります、フォーレ様。地球、ハイデラバード市議員のライルです」

 階下には、オルフェオとさほど歳の変わらない男がいる。妻と子供の家族を連れ、深々と頭を下げる姿に未来を見る。ライル議員が若くしてここを訪れたということは、彼は将来、地球を背負うべき立場にあるということ。今のうち、ここのコネクションを知っておけということだろう。

「遠路はるばるよく来た。俺がフィルウィリミテア教最高司教オルフェオ・フォーレだ。来たまえ、ライル君。礼拝堂へ案内しよう」

 階段を下り、ライルの家族を引き連れ、正面にある礼拝堂へ続くドアを開ける。中では妻のガートルードが宮殿職員と共に清掃を行っていた。彼女を呼び、引き合わせた後で職員を下がらせ椅子に座った。あまり時間はかけたくない。午後からは子供たちと遊ぶ予定があるのだ。

 聞くと、ライルの息子は生まれつき腕に障害を持つという。ぎこちない腕の動かし方は見ていて奇怪で、何より、長男だけ肌の色などが違いすぎた。無論、そんな家族の持つ秘密などオルフェオにとって知る由も、知る必要さえ無い。

「そういうのは家内が得意だ。ガーティ、頼むよ」

 ライル夫妻が神に祈ること。それはおそらく、息子の腕が治るように、だ。本当は違うのかもしれない。息子を愛せるように、かもしれない。ただ結果として、夫妻が子を認められるようになればいいだけだ。だから、治すだけ。その後は努力によって願いを果たすべきである。

 ガートルードはライルの息子に手を伸ばす。微笑のまま、その腕をさするだけだ。

「本当に、どんな願いでも叶えられるのですか?」
 その間、ライルはそんな質問をした。初めての訪問客でよくあるパターンだ。

「でもないさ。俺は傷の治療だの病気の治癒だのといったコトはできない。直接的な事象でいえば、予言とか過去から導いて解釈を教えたり。あるいは、断罪。懺悔する者に正当な処罰をすることかな。だから、目に見えるコトより、『どうか来年は幸せになれますように』と祈られた方が得意だ」

 オルフェオには、祈ることと教えることしか無い。加護を与える。事故で九死に一生を得られたのなら、それはきっとオルフェオの力だ。護る者。守護をする者。目には見えずとも、オルフェオは確かに神の力を持っている。

 それに、と付け加えた。人の願いを聞き届けるには、ルールという条件による縛りがある。

「二つある。他者に迷惑をかけないこと。そして、『生きていること』」

「生きていること、ですか?」

「そうだ。死者の願いは聞けない。要するに、死人は生き返らせることはできない」

 単純な願いの一つに、金持ちになりたいというものがある。だから紙幣をたくさん作り、渡したとしても。紙幣の価値は下がってインフレーションが起きるだけだ。全体量が変わらないならば、どこかから奪うしかない。他者の願いを奪って成立する幸福は、許されない。

 そして、死者は死者である。それだけは揺るがないルール。終わりが来るからこそ、人生には価値がある。終わらない生命に、価値も意味も無い。それはただそこに在るだけで。路傍の石と何の違いがあるのか。

 理解したのかしていないのか、よくわからない表情を浮かべるライルに、ガートルードが笑顔を向ける。はしゃぐ子供の両腕は、天高く伸ばされていた。

 

 空を切り裂く、雲を見上げる。

 地球へと向かうであろう船は白い尾を引き、ここルテティア・パリシオールム星から去っていく。結局、用件などといったものは無く。顔合わせと、実例を見るためだけにライルは来たのだろう。将来、何か会った時の対策、その一つと数えられるだけだ。

 どうか願わくば――――彼との再会は無いように。

「さぁて。仕事は終わり、しばらく予定は無し!よし、二人とも。何して遊ぼうか――――?」

 自宅の庭先で、二人のきょうだいを見下ろし、笑顔で明るくオルフェオは問う。繋がった双子。シャム双生児のオフェリアとサーシャは、それぞれに利き手を挙げ、違う言葉を口にした。

「オっさん、ウチの煙突直す話はぁ?」

 たまたまオルフェオの家にいた、親族のカディがウッドデッキから身を乗り出して叫んでいた。実に不愉快な呼び名を連呼する歳若い青年に向け、怒鳴り声で返してやる。

「うるっせぇ!テメェ絶対オッサン呼ばわりしてんだろ」

「言ってない言ってない、ちゃぁんと『オル』さんって言いましたから!だから煙突!」

 鼻で笑って拒絶。それくらいは自分ひとりでやってもらおう、と突き放す。一事が万事、こうだ。人は他者を頼り、民衆は神に明日を願い――――独歩する勇気を捨てる。

 

 この世界、救うには多すぎる。

 だからせめて。己が足で、立ち、歩むことを願う。

 

 ふと、空を見上げた。蒼穹の向こう。さて、今度は誰がやって来るのか、とオルフェオは問いかけた。

 

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