[五日目]
意志に貫かれた生命へと羽化をする。手を離そう。自ら立って歩くのだ
降り注ぐ絶望の剣。迫り来る終焉の運命。
迎え撃つは聖者の責務。
満ちる力に歓喜を。生まれたことに感謝を。
運命が手を取り合い、ありとあらゆる全てを解く。
それは、光。どんな定めも、撃ち抜く光。
1
北へ。その先導役に、キラボという青年がついたのは五日目からだった。
病に倒れたところを、ルートヴィヒに救われたのだという。感染した左腕を外科的手術で切断し、命を救ったのだそうだ。その時のことを、ルートヴィヒはあまり話そうとはしなかった。荒療治もいいところで、スマートな治療とは言えないからだ。
肩に乗ったアーリャの存在に神聖さを見出しながら、キラボはすっかり私とルートヴィヒに心酔している様子だ。悪い気分ではない。しかし、この星に生きる全ての生命を救う、というのはあまりにも重過ぎた。
それは、どこの集落でも同じこと。私が足を踏み入れれば、期待と懇願の瞳が向けられる。最初は、苦しかった。今では慣れたのか鈍感になったのか、さほど気に留めないようになった。
軽く考えることだよ、とルートヴィヒは言う。大物というより、超然としている人だった。
「これを、ご覧ください。いよいよ隕石孔に近付いた証拠ですよ」
八日目の出来事である。正面に、倒れた巨木が見えた。森というより、林か。いくつかの木が皆、こちら側になぎ倒されている。隕石の衝突によって引き起こされた衝撃波の範囲に入ったということだ。
半径、およそ三十キロメートルにわたって木々が倒れている。このペースであれば、明日には隕石孔の中心部に辿り着くことが出来るはずだった。もちろん、集落などはもう存在するはずがない。逆に人がいなくなっていることから、隕石種も減っている。
ついに隕石孔へと足を踏み入れる。キラボはやや怯えた様子だったが、私たちが臆面も見せず自然に入っていったことから、何とかついてきた。
「禁断の土地、と呼ばれているんですよ。入っちゃ駄目、というより。入った者がいないからですかね」
「少なくとも、何かはある。派遣された人間が戻らないというのは、危険があるのかもしれない」
「隕石種が大気中に撒布されている、とかかしらね?」
「その可能性はある。キラボ、異変を感じたらすぐに引き返してください」
頭の中で、アーリャは安全だと告げてきた。衝突の際に巻き上がった粉塵には、隕石の破片も混ざっていただろう。それを吸い込んだ動物が寄生され、侵食された。これを仲介し、人間たちにまで侵食が広がった。衝突直後の空気には、人間であっても侵食されるほどの濃度を保っていた。
今ではもう、大気は自浄されている。空気中の隕石濃度は限りなく低く、この程度では人間種に感染することはないだろうとアーリャは分析をしてみせた。小動物であれば感染するかもしれないが、この近辺の生態圏は破壊されて、小動物など存在しないのだそうだ。
禁断の地。そこにあるのは、根源となる隕石。
「隕石衝突の時、集落の様子はどうだったの?」
「まぁ、さほど変化はありませんでしたね。近くの集落は曇り空が続いて洗濯物が乾かなかったりしたようですが、こちらはほぼ何も」
隕石の規模は、それほど大きくないらしい。少なくとも惑星全体を覆うほどの粉塵を巻き上げたわけではない。そうなれば、惑星の生命は死滅していてもおかしくなかった。幸運であったというには、短慮である。もし生命が死滅していれば、隕石種の蔓延はきっと起こらなかったからだ。
荒野の隕石孔を行く。丈の短い草の原である。見渡す限りの地平で、倒れた木々だけがあった。私はルートヴィヒが無言で差し出した水筒を受け取り、仰いだ。酷暑というほどではないが、夏の日照りは厳しいものがある。
これを丸一日歩くのかと思うと、正直ゾッとした。残りの距離は、あと20キロメートル程度だ。計算上は、明日の今頃にグラウンド・ゼロに達する。明日まで、と考えると、少し気持ちが楽になった。あくまでも、少しだけ。
口数は、少ない。会話などほとんど無くなっていた。よろよろと歩く私たちを、強い日差しだけが見ている。
「……サーシャ、大丈夫?」
心配そうに覗き込んでくるルートヴィヒに、無理と伝える。時間は、いつもの夕食よりまだ早い。あと数時間は歩くところだ。ルートヴィヒは少し考え、唐突に、私の体を持ち上げては背負ってしまった。
「もう少し進んでおきたい。眠りたかったら、寝てていいから」
「馬鹿。無理してるでしょ」
ルートヴィヒへの観察眼が培われたのか、それとも目に見えて無理をしているか、どちらかはわからなかったが、私にはその笑みが作られたものだと理解することが出来た。図星をつかれ、彼は少し困った風に笑って、少し、と言って言葉を終えた。
しかし、ルートヴィヒの背中は魅力的で。降りることに抵抗を覚えてしまう。心地よい振動、汗ばんでいるが力強い背中。その華奢な体格と、痩せ細った身は私などより軽量であろう。男性のごつごつとした筋肉質さも、角張った骨格も感じられない。適度に柔らかく、しかし痩せた背。
「オフェリアさんは優しいなぁ」
「キラボだって、もし私の立場なら奥さん背負うでしょ?」
「あらあら。勝手に嫁さんにしないで。ルートヴィヒの嫁さんは蒼い女でしょ」
憎まれ口を叩きながら、少しだけ会話が咲いた。
「べ、別に嫉妬してるワケじゃないわよ!ほら、黙ってきびきび行動するっ」
「……何も言ってませんけど」
「それが無駄口だってのよ馬鹿るー!」
夏の空、今日も明るく燃え盛る。終着は、きっと近い。
メンバーが一人増えたおかげで、装備は以前より少しだけ充実していた。
テントを張り、幕で日差しを遮断する。その下に寝床と荷物を置いて、夕飯を作って三人で囲む。私の時計は、午後七時を指していた。それがこの星の時間という概念と合っているとは思えないが、自分なりの指標にはなった。
一時間ほど、夕食を愉しみ。調理器具を洗い流して荷物にしまう。料理はルートヴィヒに教わりながら、二人でやった。片付けは私の仕事となっていた。アーリャと二人で鍋を洗って、テントの袋に突っ込もうとした時だ。
不意に、何かが点滅して音を立てていた。機械的な信号音である。私は音と光を発するモバイル・デバイスを引っ張りあげた。ルートヴィヒの所有物であり、ぴこぴこと鳴り続けている。
「ルートヴィヒ、何か鳴ってるよっ」
大声でルートヴィヒを呼ぶと、キラボと二人でやって来た。
私が手の中にあるモバイルを見せると、ルートヴィヒの表情が珍しく驚きに変わった。それが何を意味する点滅なのか、私にはわからないのだが、どうやら重大なものらしい。ルートヴィヒに投げて渡し、彼はすぐに何やら操作をしてみせた。
起動音が低く聞こえ、ディスプレイが空気中に投影された。綺麗な女性がバストアップで映し出される。美しいが、まだ若い。二十歳にも達していないだろう。目元は、まだどこかあどけない。
「アマリア。どうしたんだ、これは」
「あッ!ああ、陛下!陛下、聞こえますか?よくぞご無事で――――!」
アマリア、と呼ばれた画面の女性は目を見開き、喜びと驚嘆が入り混じった表情を浮かべた。声も叫ぶようであり、どこか浮ついている。安否を気遣う言葉ばかりを口にし、支離滅裂でもあった。その間に、ルートヴィヒはこっそりと私に口を近付けた。
フルジアの貴族で、教え子。今は機甲師団に配属されて、大尉だと情報を得る。普通なら敵だ敵だと大騒ぎでもしそうな場面なのだが、私は比較的冷静に、事の次第を探るように画面を注視していた。
「落ち着いて。どうして、私に、通信を?」
「あ、はい。失礼致しました。探査の途中でスターチェイサーの救難信号を受信しまして、そちらに向かっていたのです。途中で信号が途絶えました。そこで、全周波数による通信を試みたところ、陛下の通信機が反応したのでしょう」
スターチェイサーには救難信号がついている。それを受信したフルジア船籍の艦艇は、通常、救難信号へダイレクトで電波を返す。そこで会話による通信を行い、捜索、救助に至る。だがスターチェイサーの信号が途絶えたため、通信が不可能になった。闇雲に電波を飛ばしたところ、受信したのがこのモバイルだったということらしい。
「本艦はフルジア帝国機甲師団、中型指揮専用航宙母艦『オフェリア・ネブカドネツァル』です。全速で針路をサジタリウスに向け、ただちに陛下をお迎えにあがりたいと思いますッ!」
「……また奇妙な縁だね。アマリア、それは断るよ。私は国外追放の身、フルジアにいてはならない人間だ」
ルートヴィヒの言葉に、思わず食って掛かる。しかし、彼の決意は固い。フルジアという国を、形としては捨てたのだ。怨まれるべき存在である、と思い定めている。そういう生き方を、ずっと貫いてきたと言っていい。だからこそ、人はルートヴィヒに付き従ったのだろう。
「お言葉ですが、それは承服しかねます。漂流、遭難し未開の惑星に漂着した人命を救うことは、人道的立場から優先されるものと思います。殺人犯が撃たれたら、逮捕より先に治療しますから」
「口が回るようになったじゃないか……ありがとう、アマリア。恩に着るよ」
「光栄です。到着は明日になるでしょう」
照れたように満足そうに笑うアマリアを見て、ああ、本当にこの人は皆に愛されていたのだと知る。そういう生き方をしてきたから、誰かのために全てを捨てることを厭わないような生き方を貫いたから、たとえ国を裏切るような結果になっても、理解を得て、なお慕われる。
改めて、偉人なのだな、と。実感がわく。アマリアの背後に立つ士官たちもまた、直立したまま緊張感を持っている。もう皇帝ではないルートヴィヒに対してだ。皇帝だから慕われたのではない、ルートヴィヒだったからこそ、慕われて愛された。
「サジタリウスと聞こえたけど、ここはおとめ座の果てか?」
「はい。カウス・アウストラリス、カウス・ボレアリス、カウス・メディアの三つの恒星で構成される星系のようです。我々はその惑星と電磁宙域のアルファ極の双方から共に二光年の位置にある超新星の探査を命ぜられていたのです」
「かなり近いな。それで?」
「電磁宙域の一部が完全に破壊されたのです。強力なガンマ線が照射され、バリアが消失しました。おそらく、超新星爆発かと。ですから即座にお迎えにあがると言ったのです」
「そっか。わかった、助かったよ。私の詳細な位置は、三から四年前に衝突した隕石孔の近くだ。そうそう、アマリア。私はね、もう『陛下』じゃないよ」
「――――失礼しました。オフェリア様、明日、お会いしましょう」
通信が切れる。放心状態のキラボと、話の展開がよくわからなかった私を残して、ルートヴィヒは少し嬉しそうな顔でいた。
2
私とルートヴィヒは手を繋いだまま、眠るキラボから離れた場所で座って肩を寄せていた。
相談がある、とルートヴィヒが私を誘い出したのだ。握られた手は、強く結ばれている。それが意思の強さを物語っていた。
おそらく、先ほどのアマリアの言葉が原因だろうと思った。ごく近辺で、超新星が爆発した。それが何を意味するのか、私には理解する知能がある。危険。たったの、二光年だ。見上げた空、輝く恒星のうちどれかは、刻一刻と近付く爆発の光。眩しすぎて、どれがそうなのかなど到底わからなかった。
超新星が爆発すると、その衝撃波もさることながら、ガンマ線が放射される。これが厄介なのだ。多量のガンマ線は、十秒間で惑星の大気を破壊し、生態圏を壊す。もちろん、これだけの至近距離なら、生態圏がどうのと言う前に、被曝することで生命は絶滅するだろう。一週間もあれば星は滅びる。
「隕石種の問題など、もうどうでもいいくらいよコレ。なるほど、ルリアが逃げたがった原因はコレね」
五年前からこの星にいるイザーク・ルリアには、超新星が爆発する瞬間を観測できたのかもしれない。逃げたがっていたところに、私たちが運良くやって来た。そういうことだろう。この星にいれば、確実に死が待っている。
「救う方法は、ないのだろうか?」
「ガンマ線というのはね、ルートヴィヒ。放射線の中でも遮断することが難しいの。電荷を持たないから電磁誘導も出来無い。透過能力も高く、十センチの鉛の壁でようやく遮断できるそうよ。惑星全てを鉛で覆ってしまう?」
「そんなことは不可能だ。それにしても、サーシャは博識だね」
「言ったでしょ。私には基本があっても応用は出来無いんだってさ。情報や知識ならいくらでも提供するわ、ルートヴィヒ。考えるのは、貴方の役目でしょ?」
ルテティア・パリシオールムで私は、読書くらいしかすることがなかった。知識だけならば、相当なものだろうという自負はある。使いどころが無いだけだ。そもそも勉学というものは、ただするだけのものではない。知識は活かされなければ単なる本と変わらない。
電気技師になりたければ回路を勉強すればいい。起業したければ経営を学べばいい。私は学ぶだけで、活かし方がわからない。ただ漠然と知識とし、教養としただけで。ついぞ、活用には至らなかったのである。
だから、私という本を使って。ルートヴィヒは活用して答えを導き出せばいい。
「……こんな決断を、私は過去に迫られたことがある」
決して、全ては救えない。ならば何をも救うべきではない。平等ではなくなるからだ。救える力があるならば、無闇に使うべきではない。誰かの希望を無視してしまうかもしれないからだ。
もしも、餓死寸前の二人が目の前にいて。一つだけパンがあったならば。どちらかを救うか、半分に割ってしまってどちらも救えないか。もしもその決断を迫られた時、貴方はどうする?
「でも、一人救えるのなら。二人とも見殺しにするより、絶対にいい」
「ああ、そうだね。でもそんな問いに答えは無い。あるのは、絶対の正義だけだと学んだよ」
それ、すなわち。傲慢ということ。神は傲慢に決める。そしてその答えを、絶対に否定しない。ルートヴィヒはそれを、かつてのバテン・カイトスで学んでいるのだった。その厳しさと、苦渋を。もちろん私は経験していない。
「今あるのは1か0。生存か、絶滅か」
「ルートヴィヒ、私、妥協は嫌いなの。全員を救ってみせるわ、絶対に」
方法などわからない。だが、そうと決めたなら貫くのみ。それが、絶対の正義なのだと、彼は言った。
―――――――――――――――――――――
大気圏に突入する衝撃を乗り越え、地表が見えてくる。
その光景を、アマリア・レティツィアはどう思ったか。確かにオフェリア・フォーレの言葉のとおり、四年前にスピカ星系で小惑星が観測され、シーリア星を通過しアンドロメダ方面へ抜けていった。それがサジタリウス宙域の惑星に落下したと分析結果が導き出されていた。
それがどこから来たものかは、わからない。ただ、眼前に広がる惑星の大気には未知の成分、微生物らしき存在が確認され、人体にとって多量摂取すると有害であると警告を鳴らしている。上陸部隊に、防護服を準備させた。
隕石孔は、不思議な形を残している。中心部に向かうにつれ、その濃度は高まり感染率は増加する。中心の点における感染率は、ほぼ九割を示している。
「まるで――――蝶だ」
「大尉。上陸準備が完了しました。」
「よし、先帝ネブカドネツァル二十一世は妹君のアデレード・フォーレ様と一緒である。お二人とも、何らかの病原体の保菌者である可能性が高く、発症が見られなくとも接触は危険だろう。上陸部隊は各々、最大限の注意をし、かつ速やかに救出活動を行うこと。電磁宙域アルファ極を破壊したガンマ線が迫っていると考えられる」
操縦士を残し、アマリア自身も上陸部隊に加わる。大尉に任ぜられ、機甲師団に配属されるようになった。レーヴェ隊を中心とした五千で構成された乗艦部隊を指揮し、ヴァルトラウト・フォンアイツェルンの下で遊軍を務めていたのだ。もちろん、今回の救出命令もヴァルトラウトから下されたものだ。
この船は、今年になって就航した新造艦。指揮専用艦であるゲルトラウデ・ネブカドネツァルはそのままにされ、新たな中型で建造された経緯がある。皇帝の名を冠しながら、皇帝の名を継ぐ旗艦とは別にされた。それがまさしく、あのお方の在り様とよく似ていた。
防護服を着て、ヘルメットを被る。着陸の振動がわずかに、響く。船尾のハッチが開かれ、エアロックが外部の空気で満たされた。アマリアは、先頭に立って上陸の一歩を踏み出した。
「私は第一隊を率いて中心部に向かう。第二隊は散開し、くまなく捜索に当たれ。第三隊はここに防疫部を設置、本艦の防御を担当せよ」
隕石孔は南北に長く、羽を開いた蝶のような形になっていた。現在地は、東端。蝶の尾に当たる部分である。オフェリア・フォーレとは通信した際、南端からやや北東に進んでいた。そのまま中心を目指しているようで、落ち合う最短ルートは中心部だった。
元は森林地帯だったのだろう。しかし今では見る影も無い。樹木は衝撃で薙ぎ倒され、古木と化して大地に転がる。その全てが、歩む我々の方向へ向いていた。パキパキと足音を鳴らしながら、二千ほどの軍勢が西進する。
胸が、高鳴っていた。緊張と、高揚する気分。間もなく、あのお方に会えるのだと思うと、興奮を隠し切れなかった。フルジアを出て、もう一年以上が経過する。その間に出回る報道のうち、驚くほどオフェリアに関する情報は少なかった。
ゲオルギーネの戴冠式の時、居合わせたヴォルフガング・シャルンホルストはアマリアを近衛師団から外した。きっとアマリアにとって、それが最も正しいことだったのだ。あのままフルジアにいては、悩む日々が延々と続いたことだろう。外地に出て、戦場を駆け回り、宇宙を飛び交うことで、考える時間はあまりなかった。
シャルンホルストこそ、苦悩したはずだ。そんな彼を差し置いて、自分一人、師と再会するのは忍びないと思ったが、譲ろうとは思わなかった。自分にとって、オフェリアこそが全てだった日々がある。それは、今も。オフェリアになろうとしている今も、変わることはないだろう。
「大尉、発見しました。ID照合には『ルートヴィヒ・ヴァンフォーレ』と『ルイーズ・ヴァンフォーレ』の二名が」
「フルジア読みでは、『ヴァン・フォーレ』だろう。フォーレ家の兄妹、それも同じ名前――――間違い無い、陛下だ」
「位置は西方約4キロメートル。一時間もかからずに接触します」
前を見上げる。視界には、遮るもののない隕石孔。しかし、蜃気楼か。天高くそびえ立つ、巨大な、オベリスクのようなものがアマリアの目には映った。あれは、何だ。距離を考慮すれば、おそらく隕石の落下地点に当たる。
普通、落下地点と言われて思い浮かべるのは。クレーター、即ち『孔』である。斜面を形成し、中心点は海抜より低く、落下の衝撃で抉れていなければならない。窪み、あるいは盆地のようなものが出来上がるはずだ。決して、隆起して塔のように突起することはない。
「第三中隊から入電、防疫部兼陣地設営中、敵襲来せり」
「……敵、とは?」
「わかりません。大尉、あれを」
情報士官が指差す、後方。白煙を上げる、上陸地点が見えた。
―――――――――――――――――――――
3
「アーリャ、行くよ。私たちで食い止める」
「わかりまシタ。いいデスか、アデレード。イスラフィルは撃ててせいぜい、二射。しかし緊急時には慌てず急がずゆっくりとブチかましてくだサイ」
私たちは、塔のようにそり立つ隕石落下地点で、二手に分かれることになった。煙を上げるフルジア軍上陸地点に備えるためだが、ルートヴィヒはそれ以上の何かを考えているらしい。杞憂であればよく、余計な心配をさせないためか、口を割ることはなかった。
当初の目的から、現在は大きく変わっている。本当に調査を行う。この塔が、一体何のために建てられたのかを探ることだ。随行してきたキラボは、すでに帰している。ガンマ線の危険性を説明し、原住民の救助を行う際、パニックを最小限に抑えてもらう。
フルジア軍のオフェリア・ネブカドネツァル号に乗せる。それしか、思い浮かばなかった。しかし一部だ。総数は、きっと乗らない。
「――――サーシャ」
塔の入り口らしき場所で、私は声をかけられる。もちろん、相手は一人しかいない。背中越しにかけられる声。きっと今、私たちはお互いに背を向け合っている。
「信じてるわよ、ルートヴィヒ。私を守るんでしょ。絶対に、この塔に『敵』をいれないで」
「任せておきなさい。サーシャ、私も信じている。この星を救う手立てを、君なら見つけられるから」
愚問。私は、アデレード・フォーレなのだ。貴方と同じ、オフィーリアを継ぐ人間。
振り返る必要などない。別れを言う必要などない。私は駆け出し、背後でも気配が遠ざかっていく。
塔。これは、最初からあったものなのか。そんなはずはないだろう。衝突の衝撃で、地表にあったものは破壊されている。だからこれは、衝突後に作られたもの。誰が、なんのために。禁断の地。キラボの言葉が、脳裏に蘇った。
壁面、僅かに淡く青く灯る。蛍光の如き光が、伽藍の芯を染め上げる。
「……凄いわね、これ。この時代の人間が作れるとは思えない」
塔の作りは単純だった。中心は空洞で、天高く伸びている。天井は、見えなかった。円形の塔、内壁にはかろうじて歩くことの出来るスペースが、意図したものかどうかはわからないが確保されており階段のようになっている。
驚くことに、暗くはなかった。壁面は淡く灯っている。蒼、正確には緑だろうか。翠色にぼんやりと浮かぶ光は――――翡翠だろうか。散りばめられた翡翠の宝石が輝いているようにも見えた。だが塔内に灯りはない。翡翠自らが発光しているのだ。
美しく幻想的である風景に、見惚れながら。私は漠然と、塔に呼ばれている気がした。上へ。その天上へと目指して行けと。強い使命感を、感じる。ああ、これは。体内に残ったアーリャの感想だったのかもしれない。
私は臆することなく、壁面を伝って螺旋階段を上り始めた。誘われるが如く、しかし自らの意思でもって前へ進む。何のために。決まっている。私は、立ちたい。この足で、誰かに支えられてでも、何かを支えにしながらでもいいから、自分自身で運命を切り拓くのだ。
もう、無知であるのは、嫌だった。わからないことは、教わればいい。知らないことは、知ればいい。そうして生まれたばかりの私は、誰かと共に、前へ、前へと。歩いていけるのだから。
屈せず、諦めず、ただ、栄光へ向かって。
随分と上まで来た、と思って下を見る。わずか30センチメートルほど右側には、奈落とも思える底が見える。高所恐怖症ではない。そうだったら、あんな空中庭園に何年間もいられないだろう。
駆け上がるようにして私は上へ、上へと足を運ぶ。もう天井は見えていた。翡翠が点滅する空。そこへ向かって走り続ける。その上に、何が待つのか。何も無いということはないだろう。必ず、何かが待ち受けている。
天井に、手が触れそうな位置にまで来る。私は歩調を緩め、荒い息を整えながら、坂を上った。ぽっかりと人一人分ほどの穴が天井には開いていて、坂はそこまで続いている。天井が、地面になるのだろうか。私は、まだ整わない呼吸のまま、先を見たいがために坂を進んで、天井を越した。
右。空間が、広がっている。やはり天井が床になっているようだ。円形の空間。四方八方が灯っており、下よりさらに明るさが増している。そして、空中に撒布されている隕石種の濃度も、より濃くなっている気がした。
円形の中央に、誰かいた。私はその人物をよく見ようと足で地面を踏み込み、顔を上げた。
「いらっしゃい――――デリヴァランス」
蒼で彩られた世界、中心に立つのは。オフェリア・フォーレに他ならない。金色の髪、私とよく似て、しかし少しだけ違う顔。
だが、彼が。私をそんな得体の知れない単語で呼ぶことなど、無い。だからすぐに、別人だとわかった。話に聞く、あの存在。私とてこの目で見たことくらいはある。私たちと同じように、作られた模造品。第一は試験体、第二は自然体、第三は進化体、第四は均一体。
ディファイアンス。神々への叛逆の印。私と同じ顔をしたそれがいるということ、神が生む個体を複数に増やしてしまうもの。人が、神を超越するという、屈強な意思。
「イコライザー……!」
「無知なお姫様かと聞いていたが、違うな。この顔をしたクローンは、調整型でしかないからね。なんのために調整するのかといえば、戦いの兵器にするためだ。男性型オフィーリアとなると、ほら、オリジナルは一人しかいない」
私とルートヴィヒは、オフィーリア・フォーレのクローンとして作られた。エヴォルブも同じだ。ただ、方法が違うというだけ。私たちは自然分娩で生まれ、二人でオリジナルに近付き。エヴォルブは人工的に作られ、四人でオリジナルに近付く。そして数々の試験を経て、彼らが生まれた。
女性型オフィーリア・クローンは、オフィーリアそのものだ。しかし、出力に問題がある。私が二発しかイスラフィルを放てないのと同じことだ。ならば、運動機能でそれをカバーしなければならない。となると、筋力量の多い男性型が戦闘には適することになる。
均一型とはつまり、男性型オフィーリアのクローン。その大元を辿れば、器に注ぐものとして生を受けたデリヴァランス・オフィーリアの雄、オフェリア・ルートヴィヒ型である。つまり彼らは、ルートヴィヒそのものと言える。
「残念なのかな、キミ。デリヴァランス・アデレードのクローンには、殺されるしか使い道が無い」
「言ってくれる。私の替え玉は所詮替え玉。アンタらクローンどもと、私は違う。私は単に体外受精で生まれたというだけよ。違いがわかるかしら、贋作くん。私はね、誰のクローンでも無いってことよ。ルートヴィヒだって、オリジナルと言っていいわ」
「……だから、デリヴァランスは特別だって言うんだ。複製とはいえ個体だから。羨ましいな」
彼らは、違う。右も左も、同じ顔をして同じ考えをした人間が複製され、そしてコピーされて量産されている。彼は、一人ではない。彼は百、二百人といるクローンの一人に過ぎないのだ。私とは、違う。私には代わりが無かった。だから、レアティーズ・カデンツァは私を殺さず、替え玉を殺した。
「誰の差し金?一人でこんなとこ歩いているわけにもいかないでしょう、迷子くん」
「サマンサ・ラマート。デリヴァランスを捕まえるには、やっぱり俺たちが要る。何せ、クローンだ。生まれが違っても、性能は同じ。俺とオフェリアは、何も変わらない。同じだ。だからこそ、ここでアンタを捕まえる」
気勢が高まるのが、よくわかった。集中し、目の前のイコライザーは私を拿捕するのに、精神を集中している。いつ、迫る。緊張した瞬間の中、しかし私は、体を折り曲げて――――笑ってしまっていた。
「あ、あははは、あはハ、アハハハハッ!」
おかしい。おかしすぎる。イコライザーが本気でそう思い、そう訴えるから、私は笑わずにはいられないのだ。きょとん、と呆然とするような顔を向けるイコライザーは、本気で私が笑う理由をわからずにいるようだった。
「アンタ、ルートヴィヒがそこにいたら、そう言うと思うの?」
確信する。所詮、こいつらは贋作だ。本物には絶対に敵わない。どんな思いを込め、どんな実力を持ってしても、本物には贋作が決して届かない何かを持つ。その何かは、口に出来るものではないのだが、はっきりと私は、確信した。
たとえ同じ肉体でも、たとえ脳味噌さえコピーしても。絶対にあのルートヴィヒには、届かない。
「人に同じ時など一秒も無い。ならば、同じであるものがあるはずがない。馬鹿ね、イコライザー。脳無しには永遠にわかんないでしょうけど」
「黙れデリヴァランスッ!俺を、イコライザーと呼ぶな。俺だって、名前くらいはあるさ」
「1a20825313XY。製造番号がタグについたままよ?」
「『オリヴァー』だ、そう呼べデリヴァランス」
「あらら、名前まで誰かさんみたいね。個性が無いんだから。いいわ、そのカラッポの脳味噌にね――――」
逡巡は、するな。勝負は、一瞬。イスラフィルを撃ち合えば、生死は一瞬で決着する。
敵が両手を前にかざすと同時、私は一瞬でイスラフィルを展開する。空中。猫目に切り裂く。右手を空に踊らせ、胸部に飛来する敵の蒼い光を見る。早い。だが、そんな児戯。本物の前に霞むだけだ。
「――――本物を教えてあげるわ」
私の放ったイスラフィルが、敵の光と衝突し、ソレを喰らう。融合し、かき消し、霧散させ。無くなる。天地二段。地を行く一撃は敵の光を食らって、なお勢い緩めず直行し、天の一撃と合わさりイコライザーに衝突する。
軽々と貫き、塔の内壁に達する頃には跡形も無く消え去り、なお進む光は塔の壁を砕いて貫いた。慈悲も無く。無傷。私は七色の髪を揺らしながら、ぽっかりと開いた大穴から地上の様子などを眺めて見ることにした。
響く、銃声。土煙と、霧。眼下の世界は、戦闘状態へと突入しているようだった。
―――――――――――――――――――――
銃弾は跳ね返され、光撃は反射し、白兵戦闘の一手しか許されなかった。
銃兵隊を換装させ、刀剣類を装備させる。いつしか霧が、立ち込めていた。振り払うように、塔の入り口を守備する敵に対して突撃命令を下す。
「何してんの、敵は一人でしょ!どうして突破できないのよ――――!」
一人、斬撃に斃れた。反す刀でもう一人。隙間から伸びるこちらの剣も、届かない。回避され、強烈な蹴りを腹部に入れられ、悶えた瞬間に首を刎ねられた。三人が即時、殺された。右手で降り注ぐ刀を受け止める。左手に持った剣が突き出される。
敵は、一人なのだ。それを一万の兵士で押し包んでいるようなものだった。塔の入り口に立つ敵。自然、半円に包囲する形になる。向かい合うのは、せいぜい二十名から三十名。その攻撃を、敵は凌ぎ、かつ反撃を加えてくる。
まずあのアーマースーツだった。銃弾を完全に遮断し、光学式の銃砲も通用しない。自然、白兵戦になった。それでも防刃効果もあるあの服を貫けずにいる。
「無理ですぜ、女将。もう百人近く斬り殺されてます」
「うるさい。無理なワケないだろ、一人なのよひとり!一万人いて一人も殺せないわけあるか」
敵の狙いは、それだ。一万人を殺せない。彼はただ、入り口を守備するだけでいい。地の利を活かしながら、防戦をしているという状況なのだ。さすがに、戦上手である。
「……ふん。じゃあ、押し包め。包囲を徐々に狭め、押し潰すのよ」
「まぁ、やってみましょう」
兵たちも、あの鬼神を恐れ始めている。戦闘開始から、わずかに十分。しかし徐々に包囲は縮まりつつある。サマンサ・ラマートは初めて、包囲に近付いた。間近で指揮を執るつもりだった。
じり、じり、と。包囲を狭める。敵は両手を広げて受けて立つ姿勢であった。迫力。見る者を圧倒する、威厳のようなものが感じられた。気圧されている。サマンサは一つ気合を入れて、大きく前進した。左翼が敵に触れ、一瞬にして切り崩された。
好機。一気に押し包もうと、前に出る。前衛の腕が飛び、首が刎ね飛ばされる。敵の周囲は、まるで血の雨が降っているように壮絶な戦場と化している。バケモノか。やや、恐怖が芽生える。しかし押し包めるはずだ。数を頼りに、さらに前進を告げる。
兵の一人が、その右腕を掴んだ。力強く振り払われ、剣を喰らう。しかし体勢は崩れた。飛び掛ろうとする兵士を屈んで回避し、前衛の足を斬り倒し、混乱したところを神速の刺突でもって崩される。まだか。舌打ちを、思わずしていた。
だが、それが限界。左右から迫る敵の圧力に抗しきれなくなった男に、正面が覆いかぶさる。やがて、倒れる。その上にどんどんと兵士が飛び乗っていった。
勝った。押さえた。そう思った瞬間――――世界が、蒼く爆ぜた。
人間が、まるで木の葉のように舞い上がり、飛んでいく。上に乗った全ての兵士を跳ね除け、煙と血の雨の中に、未だ悠然と、立ち尽くす神が光臨していた。
絶句。顔が、歪んだ。上空から落下してくる兵士たちが、包囲に穴を開けた。俯き、前髪で表情を隠した敵が、顔を上げる。凛々しく、気高い、獅子の子。神と見紛う、その姿の、なんと神々しいことか。
敵も味方も、呆然と立ち、息をするのも忘れていたに違いない。まだ勝てぬ。まだ負けぬ。一対一万の、壮絶な殺し合い。負けてしまう。一万を味方にしてもなお、神には勝てないというのか。本気で、サマンサはそう思わざるを得なかった。
「我が名、オフェリア。二十五の年月を経て、未だ敗れることを知らず」
声。か細く、そして力強い、覇者の声。
「まだ準備運動だ。来いよリューヴ人。本物のリューヴ人の力、存分に見せてやる」
群集が、退いた。目の前にいるのは、紛れもなく、神に連なる者。
オフェリア・フォーレ。侮っていた。彼こそ、軍神オルフェオの子、英雄オベロンの孫なのだ。非力であるなどと、どうして思える。
勝つか負けるか。気付けば、勝敗は全くわからなくなっていた。
たかが、ひとり。されど――――
―――――――――――――――――――――
4
翠の庭。密度の濃い空間だった。
明るいその空間に到達した時、ここが最上階なのだと私にはわかった。先ほどの空間は、中層といったところだ。ここが本当の天上である。人間であれば一瞬で昏倒しかねない隕石種の空気中濃度を誇り、場は一層明るく、緑に輝いていた。
アーリャは、隕石種に意思はあると言った。ただ出力する装置を持たない、受動的な存在なのだ。意思の疎通を図る手段を考え、意を決して私は壁面に触れてみた。ごつごつとした岩の感触。なぞるように、翡翠の宝石へと指先が触れる。
どうか、感じて欲しい。これが私なのだと。この温もりが、ヒトという種族なのだと。祈りを籠め、私は触れる。一歩ずつ歩きながら、壁面に触れていく。呼吸で隕石種を取り入れながら、皮膚から彼らを受け入れながらだ。
ぴょこり、と。体内に残っていた全ての隕石種が具現し、私の肩に乗ってきた。アーリャだ。その髪を人差し指でなぞってやると、彼女は気持ち良さそうに目を細めてから、耳に口を近付ける。
助言された方向を見る。一際、大きな翡翠の塊。球だろうか。小さな恒星のように、近付く私を緑光で染め上げる巨大な光の球。もう肩にアーリャはいない。私は、自分の右手を見た。硬化が始まる腕。六面の結晶が皮膚を覆い、隕石種の腕に変わっていく。
その手で、球に触れる。ぼんやりと灯る球体は、色を保ったまま、盛大に割れてしまった。
欠片はなお輝いたまま、一つの形を作り出す。私だ。光は結集し、結晶となり、私と手を繋いだまま、私と酷似した石像を作り上げた。
「ようやく、わかった。この塔は、隕石種そのものね」
飛来した隕石に加え、この星で新たに生まれた隕石種。それらが、ここで一つになっているのだ。隕石種を出産した人々は、完全に狂ってしまったとされる人々は、この『禁断の地』に集まっては、巨大な塔を築き上げる。
塔の高さは、生存への願いそのもの。塔はなお、成長する。人が成長し、大きくなるように。
「ねぇ、聞いてる?このままでは、多量のガンマ線が降り注げば、生物は死滅するわ。あなたたちがどうなるかはわからない。けど、この星の生命は死んでしまう」
中間生物を介さなければ、隕石種は繁栄することが出来ない。石は石のまま、出産も成育も出来ずに、ただそこに在るだけとなるだろう。私たちは、非常に隕石種の都合の良い方で共生している。あくまでも、共生だった。どちらかがいなくなれば、成立しない。
「――――アデレード。私たちに何を望みますか?」
目の前の石像から、声がした。それも、私の声だ。私という生命モデルを利用しただけに過ぎず、しかし、彼らの声なのだと私にはわかっていた。
「守ってほしい。ねぇミーティア、この塔の外壁の厚さと、成分は?」
「貴女の知る単位で言うならば、254センチメートルです。主成分は鉄鉱石です。残りはボーキサイトが大半を占め、銅が6パーセント、亜鉛3パーセント、鉛とニッケルが共に1パーセントです。その他、石灰、輝石、長石などが含まれますが、微量です」
これだけの厚さがあれば、遮断することは可能かもしれない。隕石種の濃度が高いことから、この塔全体の気密性が高いこともわかる。これはひょっとすると、逆転への一手となるのではないか。ここを、シェルターとして使えないか。
しかし、難問がある。ここは禁断の地。人間が入れば、即座に感染してしまうことだろう。
「アデレード。質問をします。貴女は答えてくれますか?」
思考を張り巡らせていると、ミーティアから言葉が投げかけられる。私は考えを止めて、目の前の私へと向き直った。
「もし、この惑星の原住民がガンマ線のバーストによる被害を免れて生存することになれば、貴女たちは私たちをどうしますか?」
「それは、私たちがあなたたちを滅ぼすかもしれないという危惧?」
「はい。私たちが寄生をすることで貴女たちは文化活動を停止し、社会から離れてしまう。それに反感を抱く貴女たちが、私たちを扼することが想定されます」
「ミーティア、共生することは可能じゃないのかしら?」
「いいえ。不可能です。私たちは寄生することでしか繁殖することが出来ず、貴女たちは寄生されることで私たちになります。この星で将来的に生き残るのは二者択一で、共生の道はありません」
全ては決して救えない。それでも私は、両方を救いたい。どちらかだけという妥協は、いらない。
「ふふ、すぐに答えを出そうとするのは、あなたたちの欠点ね。ミーティア、結論を急ぐものではないわ。私は絶対にあなたたちを殺したりしない。だからあなたも努力なさい。いかに優れた分析だって、一つのミスで全てが狂うのよ。緻密であれば、完璧であればあるほどね」
「いいえ。答えは変わりません。このプロセスから導き出される答えは、一億年以上前から決定された結末を用意します」
「じゃあどうしてあなたは、滅びの星にいるのかしら。ちょっとの軌道の違いで、こんなにもズレるのよ。それをミスと認めなさい、ミーティア。そこから、学べるの。今、あなたは私という存在を知った。またひとつ、学んだじゃない」
「――――はい。アデレード、それは正しい答えです。私は思考を修整します。人類種との共生の道を模索すれば見つかる可能性も万一ですがあります。次の質問です。アデレード、答えてくれますか?」
頑固だが、純粋無垢な存在である。私は痛いほど、それを感じていた。アーリャもそうだった。今、こうして。会話をすることで、彼らはまた、新しく、賢く、何かを学びとっていくのだ。そこから導き出される答えは、きっと、昔とは違うはずだ。
「アデレード。生命とは、何ですか?」
ほら、やっぱり。この頭でっかちめ。
あなたと同じ存在であるアーリャは学んだのに、まだあなたは知らないでいる。
私もアーリャも知っている。それは、出会ったからだ。私とあなたもまた、出会った。出会うことで、運命は違った廻り方を始めるのだ。
「生命とは、『今』よ。今という瞬間を意志で繋ぐ繰り返しが、過去と未来を作る。それが出来るのが、命」
「――――ありがとう、アデレード。私はようやく答えを得ました」
石像が、崩れていく。光の破片が再び、粉雪のような結晶となって、空に舞い上がっていった。
外は、混沌としていた。塔の入り口は厳重な警備がされ、隕石孔には陣地が設営されて運び込まれる負傷者や錯綜する情報で雑然としている。私は、すっかり変わってしまった光景に驚きながら、ルートヴィヒの姿を探した。
すぐにアーリャがやってきて、私と同化する。知識を共有して、上で話したことを教えてあげる。
「ルっちゃんは野戦病院なのデス。現在治療中ヨ」
「大変!怪我しちゃったのっ?」
「手傷は負っていマスが、腹部の創傷がまだ完治していまセン。近代的な医療技術があれば問題ないでショウ」
仮設の野戦病院に行くまでの間、アーリャから状況の説明を受ける。
フルジア軍機甲師団の独立混成旅団五千と、リューヴ国軍第二軍第十師団独立外人大隊二万が交戦したというのだ。どうやら、故障した電磁宙域を抜けてこの惑星にやって来たらしい。指揮官はサマンサ・ラマート・アダド・ニラリである。
レアティーズの勅命を受けて行動しているのだと私は直感した。イコライザーがいたのには、そんな背景がなければならない。サム・ラマートの軍は二手に分かれて、オフェリア・ネブカドネツァル号の強襲と、塔を目指して進軍するのとに分かれた。
塔はルートヴィヒの善戦で耐えており、その間にアーリャはルートヴィヒの格好をしてアマリア・レティツィアの居場所へ走った。霧を作り出し、混乱の最中でアマリアは抜け出し、この塔へ合流したのだという。オフェリア・ネブカドネツァルも無事だった。
現在、後方より奇襲を受けたサム・ラマート軍二万は後退し、塔の守備にはアマリア・レティツィア軍五千がついている。打ち払ったとはいえ、敵の兵力は四倍近くあり、不利なことには変わり無かった。彼らはアデレードを、フルジアはルートヴィヒの救出を目指している。
「ガンマ線問題ですガ、ルっちゃんが名案を閃きまシタ」
事情を把握し、私はテントをくぐって一人寝かされたルートヴィヒを見下ろす。大分、顔色が悪いように見えた。ベッドにはアマリアが付き添っており、二人で何やら話しこんでいるようだった。
「ああ、サーシャ。良かった、無事だった」
「……どう見ても、ルートヴィヒの方が無事じゃないでしょ。もう、一人で無茶するの禁止。今度やったらブッ殺してやるからねっ」
ひとつ、憎まれ口を叩いてからベッドの右に腰掛ける。ぎゅ、と伸ばされた手を掴んでやった。
「コンタクトには成功よ。あの塔、そのままシェルターにしてやろうと思って」
「こっちも考えた。ガンマ線の対消滅に関してだ」
ガンマ線、放射線とはいえ、電磁波である。つまりは波動だ。これがデケネイアにある電磁宙域基地から発生し、展開している電磁波障壁へぶつかり、障壁は部分的に決壊したとされる。強力な放射線を展開することで、電子機器を破壊する効果を持っていた障壁は、ガンマ線が混じることでその効果を失った。
電磁波は物質を貫通する。合金などの壁で遮断することは可能である。電磁波そのものを打ち消し、中和するのは難しい。例えば可視光線を消すにはどうしたらいいのか、という問いに似ている。
「ガンマ線を電磁波と考える。波を消すには、逆位相の波動をぶつけてやればいい。問題は、変換された位相を放つ装置が無いということ」
「……馬鹿るー、本気で言ってるの?」
「え?私の理論、そんなに間違ってる?」
「いや理論的には正しいけど。ねぇ……貴方がいっつもぶっ放してる蒼い光は何だと思ってたワケ?」
「――――ん、あれ?」
「疑問符ばかりね。いい、ルートヴィヒ。イスラフィルというのは位相変換を行う波動攻撃よ。本来は対象の組成、波形、振動数などの位相を読み取り、逆位相をぶつけて消滅させる兵器なの。ルートヴィヒは『弾丸』だから本質がわからなかったのかもしれないわね。貴方のやり方は単に衝撃波としてぶつけていただけに過ぎない。だから、隕石種に対して効果が生じなかった」
力技なのである。正しい使用法を知れば、相手の位相変換砲を無効化することが可能だ。こちらも位相を変えてしまえば、相手のイスラフィルを打ち消すことが出来る。だから、イコライザーは私に勝つことが出来ない。
ルートヴィヒの理論と照らし合わせれば、ガンマ線を打ち消すことも可能だろう。しかし問題は山積している。イスラフィルの飛程では届かない。また超新星爆発に匹敵する規模の波動を生み出すことも不可能である。
「私がいる、サーシャ。本当のイスラフィルを作り出す燃料があれば、サーシャの大砲に注ぎ込めば、規模は増せる」
「その燃料って概念が私にはよくわからないのよね」
「『力』といえばわかりやすいデスか。アデレードでは腕立て伏せを五回しか出来まセン、これは腕の筋力が限界に達するカラですネ。私にも正確なコトはわからないのデスが、『生命力』とでも言うべきモノを使うようデス」
使いすぎると、空腹になって眠たくなる。熱量の消費とでも言うべきか。筋力ではなく熱量そのものを削って打ち出すものらしい。生み出す熱量に比べて痩身なのは、ルートヴィヒは代謝が激しいということだ。人より多く熱を生成し、過剰分をイスラフィルとして打ち出すことが出来る。
「乾坤一擲ね。けど一か八かって感じ」
「シェルターへの避難は行うべきだろうね。アマリア、頼めるか?」
「はい。この惑星の総人口は一億ほどです。出来る限りかき集めますが、やはり全ては無理です」
塔へ収容できる人数は、せいぜい数万だろう。塔の裏側、惑星の反対側にいる人々はとりあえず無視することにする。先に照射される面に居住する人物を救う。すでに発症し、隕石種の硬化症にかかった人間の数は全人口の四割から五割。ほぼ五千万になる。
放射能による被曝が隕石種にもあるのかどうかわからない。ひょっとすると放射性同位体と化し、放射能を発する、さらなる死の権化になる可能性さえある。
「被害予想が最も危険とされる区域の人間を避難させます。この大陸の南東にあるポイントが照射の中心点になると分析され、半径100キロメートルの人間は照射による被害で死亡するでしょう。居住人口は数十から百万に達するかと」
一次被曝の死者を救うとアマリアは言った。私も同意見である。
方策は、決まった。すぐにアマリアがフルジア軍を動かし、しかし私たちはまだ動けずにいる。危機はそれだけではなく、倒れたルートヴィヒと二人で、リューヴ国軍への対処も考えなければならなかったのである。
5
―――――――――――――――――――――
小刻みに、オフェリアの右手が揺れていた。まるで何かを擦り合わせるかのような動きに、アーリャはしばし、注視していた。
作戦はほぼ決まっている。今、彼の頭の中ではそれをシミュレートしている段階にあるのだろう。無意識のうちに揺れているのか、それとも何かの癖か。左手は伸ばされ、指先が唇に触れている。考え事をする時の癖である。
アーリャは、それを注意してみることにした。声をかけるとオフェリアはああ、と苦笑し。左手を膝の上に置いた。右手は、依然として震えたままである。
「オフェリア。大丈夫ですカ?」
「……ん。決まったよ、さあ行こうか」
ベッドから立ち上がり、野戦病院を後にする。充分に睡眠をとり、休息をした。先立ってキラボを派遣していた成果なのか、すでに近郊の集落から避難民が集まり始めている。
塔の内部の空気は、浄化されていた。中層に開けられた大穴から隕石種が漏れたせいもある。その穴はもう塞がれていた。塔へ人々を誘導しつつ、残留部隊を伴って進発した。兵数、およそ千と少し。リューヴ軍と対抗するには、あまりにも少なかった。
人々は、そう簡単に説得に応じなかったはずだ。逃げる先が、忌み嫌っていた禁断の地であるという矛盾。根底に刻まれた恐怖は、そう簡単に払拭できるはずがなかった。
神であるイザーク・ルリアがなりふり構わず逃走したというのが大きい。残されたもう一組の神を人々は重視するようになり、その使者であるキラボは、科学的な説明を施したのだという。元々、トラックやドリルを作れるほどの文化水準を持つ星である。理論的に説明をし、ガンマ線から身を守るためだと理解して人々は逃げてきている。
それは、すでに諦めともとれる。どうせ死ぬのだから、どこにいても同じ。禁断の地に行って死ぬのも、ガンマ線で死ぬのも同様だと考えているのかもしれない。
覆してみせる。今、塔で準備を進めるアデレードと。皆でこの苦境を乗り越えるのだ。そう考える自分自身の思考を、アーリャは新鮮に思った。何もかもが新鮮である。そしてそれは、悪い気分ではない。
「そういえば、最初は私を助けるためだった気がするね」
「あ。ゴメンなさいなのデス」
「わかってるよ。そんな状況じゃ、ないから」
「そもそも近代医療の技術がないための応用でシタ。きちんとした施設で治療を受ければ、腹部の創傷は治るはずデス」
そう、最初に提案した長石の結合による治療は強引に感染させての力技だった。きちんとした治療法があれば、それに越したことはない。オフェリアはわかっていると繰り返して、優しい笑顔をアーリャに向けた。その笑顔に、癒されるような気がする。
――――どうしてこんな素敵な人を好きになれないのだろう、アデレードは。そんな風に、思った。皆に好かれるのには理由がある。それはきっと、言葉してしまうと陳腐なもの。だから、説明をしようとは思わない。
「好きデス、ルっちゃん。アデレードも皆、好きなのデス」
「ありがとう。何だか、照れるね」
微笑みながら、彼は手を伸ばしてアーリャの頭を撫でていた。
震えは――――もう止まっている。
―――――――――――――――――――――
イスラフィルの動力源となる生体エネルギー、つまりは熱量だが、一般人を1とするとルートヴィヒは100もあるわけだ。私は一般人よりやや多い程度でしかない。数値で表すなら、一般人は2000カロリー、ルートヴィヒは200000カロリーを常時、蓄積している。
超新星爆発によって照射されるガンマ線の量のうち、この惑星に降り注ぐのは全体の数パーセントだろう。計算をするなら、一般人は8.4メガジュールを持ち、100000000000000000000000000000000000000000メガジュールという途方も無い数値が超新星爆発によって引き起こされる。その1パーセントが地表に照射されるとしても、人間が束になったところで敵うものではない。惑星全体の総質量エネルギーを持ってしても、届かない。
一載(※「載」は数の単位。10の44乗)ジュールもの熱量を生み出すには、人間二人でどうこう出来るものではない。私という増幅器を通せば、乗算でおよそ百兆ほどに増す。私とアーリャのイスラフィル・セカンドは『100テラジュール×燃料=』の公式で導き出されているわけだ。ルートヴィヒが増幅器としては弱いが、多量な燃料を燃やして力技でイスラフィルを放っているのとは対照的である。
ルートヴィヒと私が合算してイスラフィルを放つと、シリウス星ユドン市で発生した爆発になる。ユドン市の南側を完全に破壊したあのイスラフィルは、『100テラジュール×800メガジュール』で公式が書かれ、800億テラジュールものエネルギー量を生み出した。その閃光は上空に向かって放たれ、まるで一つの恒星となって他の惑星から見えたそうだ。地表に向かって撃てば、間違いなくシリウスを破砕できた。
その時の威力でさえ、今回必要とするエネルギーの0.000000000000000000000001%に過ぎないのだ。どれほど途方も無い数字かわかるだろうか。どれほど無謀なことをしようとしているのかがわかるだろうか。千でも万でも、億でも兆でも足りない規格である。
矛先を変えれば、おとめ座銀河団そのものを破壊しかねない兵器。それを、たった二十本の指で作り出そうとしているのだ。
試算を続ける。方法としては、人々から熱量を奪い、私の持つ『×百兆』のフィルターを介して増幅させるしかない。その方法は、隕石種を介するという無茶なものだ。発症には至らないほどの微量の長石を服用させる。隕石種の長石は接続する効果があるそうで、長石回路を通じて私という増幅器に熱量を注ぎ込んでもらうという算段だ。
ならば、考えなければならないのは、どれほどの人間から搾取しなければならないのか。一人当たり、1メガジュールを搾取するとして試算する。が、すぐに全世界の人口を用いても足りないことに気がついた。
「あぁ、もうっ!ヤメよ、無理無理!」
シリウスの時より私も進化しているし、結局は試算に過ぎないのだ。数字を見る限り、絶望するしかないので逃げたとも言う。用意された幕営を抜け出すと、塔の前には人だかりが出来ていた。フルジア軍の指示に従う避難民たちの姿だ。
それでもせいぜい、数万だ。私は何を期待して見ているのだろうか。
「ああ、これはアデレード様。部屋に篭りきりでは体調が優れませんか?」
甲冑のような防具を着込み、マントを風に靡かせる恰幅の良い女性の姿。防具のせいだろう。随分と大きく見えた。アマリア・レティツィアは私の隣に立って、集まる人々を細い目で眺めていた。
まだ十九歳だという。その割には、落ち着きといい、威厳といい、人並みならないものがある。この女将軍も、ルートヴィヒによって育てられたのだった。
「いえ、大丈夫よレティツィア将軍。避難の方はどう、進んでる?」
「将軍などとは、滅相も御座いません。まだ大尉であります。避難の方は順調です。半径70キロメートルまでの原住民を全て、集めることに成功しました。中には自動車を保持している者もいて、輸送艦以外にも活用することが出来て重宝しています」
実に有能なのだ。おそらく、アマリアと合流して二十四時間が経過する頃。時間の感覚も、もう完全に狂っていた。今朝、戦場へ赴いたルートヴィヒたちは無事だろうか。
「……忌々しい光ね。ご覧ください、超新星爆発が肉眼で観測できます」
アマリアが指差す真昼の空、なお一層明るく輝く光が見えた。昨日までは、見えなかった光。つまり、接近している。この星に向かって、放射線の塊が、衝撃波となって惑星を殺す槍となる。絶滅の剣。生命を死滅させる力だ。二年を経て、ついにこの星へ達する。
同じ力でも、私は生命を活かす力にしてみせる。私の決意は、揺らがない。
「見て、ルートヴィヒよ」
「おお、陛下。さすがです。尤も、陛下自らがご出陣なさるのなら、勝利は確定したようなものでしたが」
フルジア兵からの信望は、厚い。それはレアティーズには無いものだ。兵士たちは自ら憧れる人物に率先してついていこうとし、少しでも長く共にいようとする。凱旋するルートヴィヒの周囲にいる兵士たちは、少なくとも私にはそう見えていた。
子供の頃は、まだ繋がっていた結合双生児の頃は、自由に結合することが出来た。今でも、ハルモニウムという結合能力は生きている。私がシリウスで瀕死になった時、それは突然に起きた。
今と昔は、違う。過去は過去なのだ。しかし、意志を同じくすれば、決して過去は過ぎ去ったものではなく、未来へ繋がるものとなる。私たちは、再びあの時のように、救世の神となるべく、ひとつになるのだ。アーリャという新たなる力を介して。
おそらく、それが。『オフィーリア』と呼ばれる我が姉の姿。世界が欲し、ディファイアンスが叶えた究極の姿。デリヴァランスが導く答えだ。
握る左手の先に。満身創痍の君を見る。
「ルートヴィヒ、ふと思ったんだけど。別にこうして結合できるなら、貴方、男である必要はなかった気がするんですけどね」
「……いや、本来はそういうものだよ。ただ、生まれるはずだった生まれなかったもう一人の『妹』がいたら、そういうものだった」
遡る。時の果てまで。生まれる前、母体の前、発生の起源まで。
オフィーリアは、言った。次の双子は離れられなく、と。一人は受け入れる器、一人は注ぎ入れる媒質。男女という型があるならば、きっと結合の方法は一つだっただろう。束の間、そんな在り様もあっただろうと考えて。私は意識を、海へと帰す。
光は一瞬。きっと一秒にも満たない。私が目を開くと、世界はあっけなく迎えいれてくれた。もうこの世界に、オフェリア・ルートヴィヒはいない。そして、アデレード・アレクサンドラもいない。いるのは、かつての幻想のみ。
テントから外に出る。そこは、不思議な世界だった。昼でもなければ夜でもない。夕焼けでも黎明でもない。昼夜が入り乱れた世界だった。人々が群がり、何かに縋るように塔を見つめていた。私は人波を割るように、アマリアの先導を受けて歩き始めた。
空は、きっと夜だった。三つの恒星、一つは惑星の裏側で、二つはブラックホールの奥側にある。この星に来て二度目の夜が、深まろうとしている。それを許さぬ、超星の光。
中天からやや東。猛然と迫り来る絶望の剣。その周囲だけが、明るい。不思議な日だった。
「オフェリア・アレクサンドラ・フォーレ様。タイム・リミットです」
群集の見守る中、緑の灯る塔へ入った。シェルターとなる塔の内部も、人で満ち溢れている。私はアマリアに別れを告げ――――空へと舞い上がった。
それはまるで、蝶の羽。空を飛ぶ翼だ。力が満ちているのが、はっきりとわかる。七色に輝く短い羽根をはためかせながら、私は上へ、上へと上昇していく。それはやがて、中層へ。天井を潜り抜けて、中層へと到着する。
床いっぱいに人の姿。それが、私をどういった目で見ているのか。深く考えることはしなかった。私は私の中のもう一人の自分に語りかける。
――――準備はいいか。
空に浮かんだまま、二枚の巨大で短い羽根を開く。地面と水平に。まるで大の字で寝転がるような姿。私は緑の天井を見上げたまま。高まる空気を吸い込んだ。
――――いつでもいい、サーシャ。
答えを聞く。クリソベリル・アレキサンドライトを展開しながら、砲口は四。左右の羽根とこの両手で
天を掴む。夜を切り裂き、朝を砕く第一射を。世界を元に戻し、維持していく力を。
「どうか、この星の人々に。幸あれ」
イスラフィル・セカンド。シリウスで発したあの力を、再び発動する。此度は双発。四点から展開するカルテット。さあ、天を射抜け――――!
巨大な光の砲撃。天井を突き破り、塔から射出される。それは大気を切り裂き、空へと昇り、遥か宇宙まで達し――――
ルートヴィヒの意識が霞む。燃料を使い果たしたのだ。翼が掻き消え、私は人波に落下した。受け止められる。暖かな人の手で迎えられる。
まだだ。これしきの熱量で、これしきの砲撃で全てのガンマ線は打ち消せない。
「アマリアさんから報告ですッ、ガンマ線の上空放射量、総量の98パーセントに減少!」
たった、それだけ。2パーセントという数の少なさに、愕然とする。このままでは、何も変わらない。やるだけやるんだ。最後まで屈するな。諦めるには、まだ早い、早い、早すぎる。
人々の思い。願い。それが重いと、私は言った。そうだ。重い。重ければ重いほど、それは強くなる。より高い熱量になる。
もっと、願ってくれ。
もっと祈ってくれ。
さすれば、その願い、叶えよう――――
「長石回路の接続人数、一千万に達しまシタ。眼下の人々はほぼ全て服用したっぽいのデス」
まだ、やれるではないか。私は起き上がり、自分の足で、しかし支えられながら立ち上がる。周囲の人々に、離れるように言った。じりじりと半径数メートルの距離を開けて、群集が私を見つめている。
アーリャに繋がる新たな熱量。人々の思いの熱さが、新たな希望になるのならば。
両手を天に翳す。まだ諦めるものか。展開、発動、第二射が天を突き破る――――!
「――――神様……」
誰かの呻きが、聞こえた。静寂の世界、夜をぶち抜く巨大な光塔。それは、第一射より遥かに太く大きい。世界崩壊の象徴とも言えるような極光だった。規模、およそ一万倍。極大の可視光線が上空高く撃ち出され、円錐状に広がって散る。
私は声をあげながら、なお、数秒間に渡って照射した。両手から搾り出される光はやがて細くなっていき、実に二十秒間ほど展開してから、消えた。
天が覗く。穿つ穴から、夜が浮かぶ。崩れ落ちた天蓋。効果を、知りたかった。私はすでに疲弊しきっていて、床にへたり込んでしまっていたのだ。
あれほどの熱量。もし地表に向けていたらと思うと、ゾッとする。
「第二報告。現在照射中である大気中のガンマ線は除去。しかし飛来する放射線量は、全体の八割。残り一分ほどで地表に到達せり」
「……八、割?」
「実に果敢であった、と大尉は口にしておりました。二射はあるまいと思っていた、と」
フルジア兵に抱えられ、住民たちと共に、階下へ降りていく。ここは危険なのだ。天蓋に穴を開けてしまった以上、放射線が降り注ぐことになる。中層から最下層に降り、さらに混沌とし密集した人々が目に入った。
――――もう、一度だけ。
ずるり、と。私から何かが抜け落ちた。髪が後方に引っ張られる。つられて振り返ると、同じ格好をした女性が床に倒れていた。ルートヴィヒ。その長い髪。その毛先が、私と繋がってしまっている。
もう一度。だが、時間がない。エネルギーをまた集めなければ。誰から。ここの人たちに、もう一度、隕石種を摂取させるか。いや、それでは発症してしまうかもしれない。皆が倒れるまで続けても、効果なんか出るはずない。だから、無駄だって――――そんなのを信じるわけには、いかないのよ。
「レンズ。そう、レンズですアデレード!天蓋にレンズを張り、それでより遠くまで光を届かせマス!」
「アーリャ、やって。もう一度だけ、砲撃する。絶対に、何が何でも」
最上階の天蓋、開いた穴にレンズを作る。空気中の隕石種たちが集まり、私たちに協力をしてくれているのだ。これは、きっと未来の。共生という運命を選んだ彼らの姿に。なれば、いいのに。
私は、再び立ち上がる。最下層。もうこれ以上は、退けられない場所に立つ。
絶望の淵に立つ人々に、場所を開けてもらうように言って。倒れ伏したルートヴィヒの腰に、手を当てる。
――――発動機。燃料なら、まだここに、あるじゃない。
自分の足で、立って。私はここから、絶対の正義を貫いてみせる。ヴァイゼル・トレーネを左手に。天高く神の剣を掲げて。ただ一心に、願う。
救いたいんじゃない。助けたいわけでもない。私は、私の道を行くだけなんだ。
知ってるかしら、天空の超星。絶望の運命。この剣、一国が永遠に生きられるほどの発電量を誇ったそうよ。それって、一体、どれほどの熱量かしらね。
増幅器。巨大な砲台。天を、見果てぬ天を、引き裂け。
これが最後、これこそ全て、星を砕き、希望をもたらす光となれ――――
6
歓声。世界を、喜びの声が包む。
「見事だわ、アデレード様。まさか絶滅の運命さえ覆してしまうなんて」
喜びに酔いしれる群集の中、ルートヴィヒの隣で座り込んだ私に誰かが言った。その人物は歓声をあげ、手を叩き合う人々の中から一歩踏み出し、私の前に立った。
光は――――届いた。ガンマ線は打ち消され、歓喜の夜をこの星は迎えている。
「英雄、いえ、神様ね。まあ、神なんだから仕方がないか」
「……アンタ、誰よ」
鋭い動き。胸に手を当てたその女性は、この星には似つかわしくない物を右手に。
まるで、歓声の中。この円だけが、世界から隔絶された冷たさにあった。拳銃を向ける女性は粗野に笑い、私とルートヴィヒ、交互に銃口を向けた。
「サマンサ・ラマート。お兄ちゃんから頼まれたのよ。連れ帰せ、って」
どうすべきか。束の間、悩んだ。まだ二万の兵力を有する敵を、撤退させるには。ルートヴィヒは戦って破った。ただ殲滅出来なかっただけだ。一千で二万を殺し尽くすことなど出来るはずがない。せいぜい、隕石孔から遠ざけるほど撤退させる程度だ。あの時は、それでよかった。
答えは、すぐに出る。十六年前、この状況で。ルートヴィヒはどうしたのだった。思い出せ、だからお前は馬鹿女だってアーリャに言われたではないか。
そう、十六年前と同じではないか。ルートヴィヒは私を庇って、フルジアに連行された。あの時と、同じだ。
しかし、私は十六年前のサーシャじゃない。今度は――――私が、守ってみせる番。
「いいわ。けど、オフェリアはフルジアへ帰すわよ」
「え、なんでよ?」
「確かめなさい、間抜け。私の兄は――――死んでしまったの」
髪の毛。再び繋がった絆が、断ち切られる。だが、いいのだ。私たちはまた、必ず。出会う。
「……脈もない。はは、こりゃ大ニュースねェ。オフェリア様が死ぬ、か」
仮初の別れを。そして、再会の誓いを。
助けてやったんだから、ルートヴィヒ。だから早く、迎えに来て。
|