神託。神に託された。

 その身は代理、その目は全知、その想いは全能。

 託された全てが、幻想だった。

 委ねられたことが、虚像だった。

 巧妙に作られた贋作は意味を失った。

 今。偽物の神は、本物の鬼になる。

 

 フルジア。すでに時代の焦点はシリウスから移っていた。全ての目は、フルジアに。時流を読み取る者たちはそう思っている。フルジアは、どう動くか。停戦を休戦にするのか。それとも降伏をつきつけるのか。あるいは前進し、リューヴを攻めるのか。

 停戦が成立した11月12日。その日から十四日間、戦闘行為の一時的停止が非公式ながら決定された。フルジア軍からは全権を委任されたティンクベルン司令官が、リューヴ軍は総指揮官となったツェルニー元帥が同意した。リューヴ側は政府を通じてではなかったので、非公式な両軍の停戦、となった。

 三日間は犠牲者、負傷者の救出に費やされた。戦死者の遺体を収容する作業もあった。フルジア軍は過剰分の食糧を人道的立場からリューヴ軍に与え、四日目には市街のインフラ整備を開始。その頃にはユドン市に留まった民間人が、テントを張り、崩壊した街を復興しようという目論みが見え始めた。

 民間人はほとんどが北のオリオル市に退避していた。残っていたのはわずかだが、市内を完全に破壊されても残っていたのだ。もう離れることはない。その援助として、インフラの整備をフルジアは開始したのだった。

 七日目、徐々に撤退する軍が増えた。常に前線で指揮をとっていたフィアが隠密裏に撤退。翌八日、太陽系にてクーデターが勃発。鎮圧に向かうリエンツィらを中心としたタイタン軍の撤兵。すでにリューヴ側には継戦能力は皆無であり、今後の動き、停戦は終わるのかどうか、という一点にある。

 そして九日目、11月21日。フルジア女王、ゲルトラウデ・ネブカドネツァルがフルジアに帰還した。

「都の警備を二倍に。こういう時こそ、気を引き締める」

 戻って早々、まずそう布告を出した。水面下でフルジアが注目を浴びていることを承知している。まず気をつけたいのは、撹乱。敵の諜報員による動きを警戒すべきだった。鼠一匹、入れたくはない。余計な情報を流されると面倒だからだ。

 クンスト・ヴェルクのレギュラーは、ほとんどがアンドロメダに雇われている。彼らの腕であれば、どのような工作も可能だろう。

 執務室に入ると、膨大な書類がある。決済しなくてはならない庶務が山積されているのだ。ゲルトラウデはひとまず、片腕ともいえる国防長官へ繋いだ。

 今は三将軍ともシリウスである。呼び戻せるのはフォリアくらいだろう。通信回線を開き、見慣れた長官の顔がディスプレイに出る。

「フルジア軍十三万が滞留中。リューヴ軍はかなり減少し、およそ八万ほどだろうと予測されます。敵軍に継続の意思はほぼ、ありません」

「よろしい。フォリア、近衛師団を率いてフルジアに帰還なさい。これより、休戦の方向で話を進めます」

 休戦。ゲルトラウデの頭にあるのは、それだった。フォリアがやや驚いた表情をし、それから了解を告げる言葉を放った。意外だ。そう告げる目に、ゲルトラウデは言葉を続ける。

「第一次休戦が破られ、すでに十年が経ちます。一度、ここらで区切らなければ、泥沼のまま戦争が続くことになる」

 シリウスだけの話ではない。仮に停戦を終え、再びシリウスで戦っても、同じことの繰り返しだろう。激闘の市街戦が繰り広げられ、それは太陽系でも同じのはずだ。いや、降伏しなければ太陽系での抵抗はより強固なものになる。

 そこまで想定すると、どうしても国力の限界があった。国民から搾り取り、かつ耐えさせる。搾取した金で武器を作り、取り上げた穀物を戦地に送る。それが十年。そろそろ休まなければ、取れるものも取れなくなる。

 無論、フォリアもわかっていることだ。彼女は単なる軍人ではなく、政治家の一面も持っている。ただそこまで言わなければ、わからない。あくまで戦のための政治であり、頭脳は軍事を中心に出来上がっている。

「わかりました。近衛師団を撤兵させると、シリウス駐留は五万ほどになりますが?」

「構いません。継続の意思は向こうもないのですから」

 リューヴも、停戦を休戦にまで持ち上げようと必死なはずだ。こちらの限界など知るはずもなく、敗戦続きで今回の犠牲と来た。太陽系でも駄目、虎の子のリューヴ軍でも勝てなかった。となると、後は休戦にこじつけるしかない。

 シリウスでこれ以上の戦闘は無い。ただ、工作はありえる。

「ヴェルブングには些細なことでも報告するよう伝えなさい。それから、決して動くなと」

 独断で動く。それが、最も懸念されることだ。例えば、ヴェルクの誰かがリューヴ軍の身なりをし、オリオルを爆破する。そういった些細な事件に動けば、誰かの思うつぼだ。

 この戦争、裏がある。当然だった。素直に殺し合いが好きなわけがないのだ。利害が絡み、そして一致することで初めて、戦争が成立する。土地が欲しい、名声が欲しい。金が欲しい。どのような欲望があるのかまではわからなかったが、確実にそういった裏がある。

 デルフィオーレ。辿り着く答えは、それだった。

 

 開戦から一貫して、アンドロメダはおとめ座を外敵とし、野蛮な種族と言っている。つまり、敵なのだ。決して相容れることのない敵。その扇動を行っているのが、デルフィオーレだった。神が違う、神を信じていない。神の敵だ。信仰心がある人間など半分もいないかもしれない。ただ、名目にはなる。

「……カデンツァめ。何を企んでいるんだ」

 ゲルトラウデは、過去にアンドロメダに住んでいたことがある。一年ほどだが、フィルウィリミテア教というのをつぶさに見た。信仰に値する、信じるに足るものだ。まして、このフルジアでも同じ宗教があるのだ。

 そう、フルジアは決して神の敵ではない。神によって開拓された土地である以上、アンドロメダとは些細な差異さえない。シリウスでオフィーリア・フォーレに一発の弾丸さえ飛ばなかった理由。それは、「オフィーリアを知っている」からに他ならない。

 オフィーリアさえ、生き返った。デルフィオーレ。何を望んでいるかはわからない。だが、確実に戦争をしたがっている。

 腹の立つことだけではなかった。朗報もある。

 オフェリアの帰還だった。二年前、フルジアを出奔したオフェリアが、ギーゼルベルトを訊ねたのだ。そして近日中に、ここフルジアへ戻る予定になっている。休戦について語ることがあるのだと言って、だ。オフェリアに理解してもらえれば、何も怖いものなどない。

「早く帰ってきなさい、息子よ」

 一言、願いを呟いてから、ゲルトラウデは決済すべき書類を手にした。経済はやはり停滞している。税率が高すぎるのだ。企業が発展するのに必要な資金さえ徴収している。農作物だけは年々、同率であった。

 武器を作ることに関しては、問題がない。国家が徴税した資金で工場を作り、失業者を雇ってわずかな給金で製造している。軍需に特化した経済なのだ。国民の誰もが、銃を作るために働いている。戦争に向かってひた走る国だった。

「進んでいますね、陛下。一朝一夕で終わる量ではありませんが」

 微笑みながら、エーファ・ブリーゼマイスターが入ってきた。この国における首相のような人物だ。フォリアは国防長官として軍事や外交についての事務を、エーファは国務長官として内政の全てを取り仕切っている。

「しかし、酷いものだ。これを見なさい、エヴィ」

 操作していたディスプレイをエーファの方へ向けた。画面には予算の数字。年々、落ちつつある税収の数字だ。過酷な徴税によって、発展を止めた経済は不況へ向かって突き進み、結果として徴税できる金額も減っている。

「知っていますよ陛下。しかも、軍がシリウスに捨ててきたものを考えると、頭痛は加速しますね」

 まず新兵を集めなければならない。それから武器を製造し、兵糧を確保し、補給物資も用意する。そのためにまた金が必要になるのだ。この悪循環。潤うのは軍需物資の流れだけだった。

「……やめたっ。オフェリアを待ちます」

「賢明ですね」

 息子が来れば。心は癒える、名案もきっと生まれる。オフェリアの政治能力は娘のジーナとは比べ物にならない。軍人でなくとも、大成するだろう。人の心をよく掴む。革新を恐れず、また保守的思考にも対応する柔軟な思考をしている。

 親馬鹿だろうが、思うのだ。オフェリアこそ、世界を救う一人だと。

 

 政庁の執務室から宮殿へと向かう。宮殿にも執務用の部屋はあるが、自然と決済することが多くなり、政庁でまとめて行うようになっていた。宮殿の執務室はもう何年も使っていない。だから、ここに仕事の空気は無かった。

 娘のジーナが迎えてくれ、使用人たちも笑顔で帰宅を喜んでいた。それにゲルトラウデも笑みを返し、テレビの前、ソファでくつろぐ。

「お母様、長旅で疲れたでしょう?」

 疲れたとなど言っていられなかった。仕事はこなさなければ、減らない。そして義務のように、そこにある。明日になれば、いや、明後日かもしれないが、オフェリアとの再会は、すぐだ。

「ジーナ、貴女の兄上が近日、帰りますよ。今はデケネイアにいると言っていました」

「兄上様が?」

「ええ。……どうもアンドロメダでは辛いことばかりのよう。家で安らいでもらいましょうね」

 今でも、宮殿の女中を使ってレーヴェ邸を手入れさせてはいる。だから、二年前から何も変わっていないはずだった。オフェリアにとって、フルジアは。家ではないのかもしれない。だが、家のように振舞えるように。

 彼から家を奪ったのは、他ならない自分だ。だから、こんな願いも傲慢で、少しも届かない。

 自由。オフェリアが欲しいのは、自由の翼かもしれないというのに。

「陛下、お電話です」

 女中が受話器を持ってやって来た。誰から、と問う前に笑顔で渡される。何だ。

「陛下。連絡が遅くなって申し訳ありません。オフェリアです」

 声。懐かしい、声が聞こえた。心が震えるような声。この声を、二年、待ち続けたのだ。紛れも無い、息子の声。間違えるはずがなかった。名を聞かずとも、きっとわかった。

「明朝、ここを発ちます。二、三日でお目にかかれます。話したいことが、たくさんあるんです」

 こちらも同じだ。戦争などもうどうでもいい。伝えたいこと、伝えなければならないこと。そして、謝りたいことも。アデレードと会い、真実を知ってもなお、戻ってきた彼に伝えなければならないことは、ある。

「オフェリア、そんなことより。体は大丈夫ですか?健康を崩してはいませんね?」

「大丈夫、怪我ひとつ無いよ。キザな貴族の家で休んだし」

 会話は次第に、主従のものから親子のものへと変わっていく。キザな貴族。まったくだ。ギーゼルベルトの家で厄介になるなど、考えたくもなかった。風呂は絶対にバラが浮いていやがる。

「あはは、そのとおりです。ではそろそろ切ります。どうか身辺にお気をつけを。フィアが護衛を寄越すようですし、この時期、何が起こるかわかりません。あ、いえ、電話で話すことじゃない。では会った時に」

 フィアもすでにフルジアに向けて出立している。シリウスを出たのが二日前、十九日の夜。フルジアまではどう急いでもあと五日はかかる。フォリアの到着はそこからさらに、二日遅れることになる。七日間。二十八日の時点では、すでに停戦も解かれている。十二日から十四日間、二十六日が限度なのだ。

 フィアとオフェリア。二十六日には、その二人が揃う計算だった。

 電話を置き、三日後に思いを馳せる。二十四日。停戦解除までには、まだ時間がありそうだ。

 

 十一月二十二日。停戦から十日目。カントは冥王星へと向かう船の中で衝撃的なニュースを耳にした。

 ユドン占領。それはリューヴ軍でもフルジア軍でもなく、カメリア軍だった。南部から市街に突入したカメリア軍は国会議事堂跡を制圧、住民に対し食糧の配布を行いつつ、施政することを決定した。フルジア軍は民間人の保護を行うことはしたが、食糧配布までには至らなかった。ユドン市をリューヴ軍に制圧され、行政権が無かったのだ。

 ユドンの行政機構をカメリア軍が掌握した。市長を味方に取り入れ、非戦闘区域となっていたユドン市一帯に両軍、共に手を出すことは敵わなかったのである。それとは別に、オペラ・レーヴェが結んだリューヴ軍との秘密協定もあり、カメリア軍は本当にユドンを制圧してしまった。

「シャルパンティエのクーデターはこれに呼応したものだろう。あるいは、シャルパンティエが陽動として叛乱を起こし、軍を引きつける役割もあったのかもしれん」

 イザークはタイタン軍についてきていた。冥王星の衛星、カロンにシャルパンティエ軍はいた。だが本人の姿は確認できていない。陽動であるなら、この動きはフェイクだ。シャルパンティエ本人が危険を冒すとは思えなかった。

「見事に、はめられたな。大した策略家だぜ、少佐は」

「時代は日々、動いている。そんな気がするぞ、カント」

 刻一刻と世界情勢が変わっている。明日には休戦が締結されるかもしれない。あるいはアンドロメダが降伏するかもしれない。何が起こるか、まったくわからなくなっていた。カウンター・パレード。まさに時代の転換期となるか。

「では、どうする。このまま冥王星に向かうのか?」

 トリスタンだった。太陽系のクーデターは太陽系で処理するしかない。だが、肝心のSSU軍はトリトンでゲルトラウデに打ち破られ、散々の状態。頼みのタイタン軍もシリウスにて傷ついている。シャルパンティエは実にいい時期を狙ってきた。

「いや、得策ではないと思う。シャルパンティエが本腰を入れて冥王星を攻めているとは思えない。これは囮だ。本気でぶつかって兵の損傷が生じるのは避けたい。まずはタイタンに戻り、攻める、守る、どちらにしても歩調を合わせるべきだ」

 シリウスを経て、イザークはますます、参謀らしくなってきた。元からその要素はあったのだが、特に顕著になってきたのだ。カントやトリスタンが優れた軍人であったとしても、長期的な展望を見据えた戦闘は出来なかった。このまま冥王星へ突っ込み、力の限りシャルパンティエ軍と戦う。そういう決定をしたはずだった。

「……にしても。カティア、耐えられなかったのか」

 独白のように、イザークが呟く。カティア・フレーニ。カメリア軍の首領で、王女の名前。どんな繋がりがあるのかなど、わからない。それでもイザークは、戦争へと赴いた王女に対する思いを抱いているようだった。

 

 草原が続く。シュトラスブルク領に引き返してきた。タンホイザー・ヴェーヌスブルクもすでに領地へと帰り、残ったのはカヴァレリアの騎士とカントたちだ。イザークは初めて訪れるカントの故郷にため息で応えた。美しい。自然だけが残る田舎。ここで、ここから志は始まった。

 そこから、騎士一人一人の家を訪れた。生ける者は帰してある。死者。弔う者たち。十や二十ではなかった。朝から始まり、夜になってもまだ、終わらなかった。遺体を返し、トリスタンとカントは思い出を語る。驚くことに、カントは全員の名どころか、全員の人柄さえ把握していた。

 友。その死に、最も動いているのが、カントとトリスタンだった。泣くことを禁じ、酒を片手に楽しげに思い出を語っていた。みな、友だった。いい、友だった。

「夢が、ある」

 深夜。カントはイザークの隣に座り、夜空を見上げてそう言った。リエンツィの生家は、もう無い。トリスタンの家だった。そこには、妹のイレーネもいる。

 わずかに薫る、アルコール。カントは珍しく頬に朱を差しながら、笑いながら言っていた。

「立ちたいんだ、この足で。巨人のように、デカく構えて一人で立ちたい」

 その夢は、イザークにはわからない。長く従属を求められ、仮初の独立しか許されなかった者の願い。渇望。カメリアと変わりなどない。同じだ。欲しいのは、一人で立てる、力。軍隊だけではない。政治だけでもない。だから、難しい。

「そのためには、戦うしかない。戦って、戦い抜いた先に、目指す栄光があると信じてな」

 確かに、今ではタイタンは戦闘種族として名高い。戦闘のプロフェッショナル。そう思われ、重要視もされ始めている。だが、独立などとは程遠かった。

「痛い。まるで体が引き裂かれるようだ。こんなのは間違っている、戦いが全てなはずがない。思うのさ、今日みたいな日に。ひょっとしたら、いや、確実に。ここの人たちはそんなコト、望んじゃいねぇって」

 若者が死ぬ。夫が、兄が、息子が。その一家の苦しみ。カントがそれを大切に思っていることを、イザークは今日、知った。戦争に生かせて死なせる。これはある種、仕方の無いこと。問題は、その後だ。

 果たして、その死は。何の役に立つのか。しかしカントは思う。死が、役に立つことなど、無いのだと。

「傲慢だ、オレたちは。ただ傲慢な夢を描いて、叶えようとしている」

 そんなのは、倒そうとしている何かと同じだ。常に、悩む。この穏やかで、静かな、美しい田舎に。戦乱などは必要ない。

「……カント、昔を思い出せ」

「何がだ?」

 十六歳のとき、初めて戦場で人を殺した。二十歳のとき、初めて自分の意思で人を殺した。そして今、二十四歳の自分はどうなのか。何を、その手にしたのか。

 

「――――見ろ、世界は変わっている」

 

 何も変わらない風景。何も変わらない故郷。だが確かに、世界は変わっていた。イザークの示す先、この夜空の向こう。この世界を変えたのは、他ならない、自分たち――――

「夢がそう簡単に果たせるはずがないだろう?」

 八年をかけて、世界は変わり始めた。なら、あと何年すれば、この想いは解き放たれるのか。先は長い。道は険しい。だからこそ、叶える価値がある。

「そうだ、『リゴレット』。君はその顔が一番、似合う」

 どこか自信に満ちた、勇敢な笑み。辺境の勇者はこれからも、戦場に立ち続けることだろう。

 

 カウンター・パレード作戦は多大な犠牲を出しながらも、ひとまずの成功を収めた。ツェルニー元帥はなおシリウスに留まり、撤兵の準備を進めていた。バルカ少将の戦死、他の多くの戦死者。軍内は混乱にあったが、戦闘は、終わったのだ。

 十一月二十三日の出来事である。停戦から、十一日目。残すは三日間となっていた。

「大統領、バルツァー議員との朝食の時間ですが」

「ああ、今行くよ」

 比較的ラフな服装をして、カルディア・ベルテシャツァルは自宅を出た。二十一歳のリューヴ大統領は、窮地に立たされている。それは大統領としての危機ではなく、この国、アンドロメダの指導者としての危機だった。

 ツェルニーの権力が大きくなりすぎている。彼は軍を自在に操ることが出来、なおかつ、政治にも介入できる姿勢をとり始めた。政府を介さず独力で停戦交渉を結び、この戦争のリーダーとしてリューヴを牽引している。そう命じたのは他ならないカルディアであった。

 つまり、大統領の決断――――軍指揮権の委譲は正しかった、と評価されている。優れた大統領。そう言われながら、徐々に、実権が消失していくのをカルディアは感じていた。

 軍部の独走。今、懸念していることはそれである。事実、ツェルニーはアイラと手を結び、情報組織を懐に入れた。もしかすると、休戦条約の交渉を視野に入れているのかもしれなかった。対するカルディアは、アイラにシリウスに関する情報開示を拒絶されている。

 約束したカフェに、バルツァー議員は待っていた。オープンテラスで新聞を片手にティーカップを傾けている。若手の議員。まだ二十九歳のはずだ。

「ああ、おはようございます大統領。お先にやっちゃってますよ」

「構わないよ、セシル」

 セシル・バルツァーは外務省の人間だった。なぜか、気が合った。異例とも言えるほど若い二人だったからだろうか。少しの野心と、志が共鳴したのだ。この戦争を終わらせる。青臭い夢物語を持って、二人は親密になった。

 カルディアはセシルに全幅の信頼を寄せていた。それが、セシルにとっても信頼となった。彼は告白したのだ。自分は元フルジアの工作員で、情報を得るためにリューヴに入ったのだと。その名は、ゼクス。だが、途中で変わった。アンドロメダに味方するようになった。

 今では、カルディア専属の参謀のようになっていた。バルツァーは当時のコネをいかし、アイラに負けない情報網で大統領の知恵袋になっている。もちろん、最初は疑いもしただろう。だが寄せられる信頼に、バルツァーは負けたのだった。

「単刀直入に、結論から言いましょう。ツェルニー元帥は戦闘続行の意思でいます」

 その答えに、カルディアは驚きを隠せなかった。バルツァーの解説が続く。

カメリア暫定王国TSCの話です。元帥はこの叛乱行為を、黙認していました。いえ、正確に言うと支援していました。アイラの人間を用いて、密約を結んだようです。つまり元帥はシリウスを第三勢力にしたかった。わかりますか?」

 頷く。カメリア軍を招きいれ、ユドンを制圧「させた」のだ。今、リューヴ軍が動けば停戦の破棄になる。それはフルジア軍にも言える道理で、だからこそ第三勢力が介入することを許してしまった。またカメリア軍も優れていた。素早く統治という既成事実を作り、行政権を握ったのだ。

「これにより、フルジアもアンドロメダもシリウスから離れざるを得ません。となると、戦線はネアポリス星系ではなくなります。太陽系。元帥はSSU軍と同盟し、フルジア軍と再度、決戦を挑むつもりでしょう。おそらく場所は、トリトン」

 カメリア軍はツェルニーの支援を受けながら、シリウスを維持する。フルジアはどう動くだろうか。ユドンを取り返すには、時期を逸している。すでにシリウスから撤兵を開始しており、わずかな兵力しか置いていない。

「今のリューヴに、元帥に反対する者はおりません。孤軍とは、まさに私たちのことです」

「戦争を、まだ続けるつもりか。元帥の気持ちもわからなくもないが」

 アンドロメダは侵略されているのだ。現時点での休戦は、講和に等しい。ネアポリスを割譲し、領土だったマゼランを渡すことになる。領土の三分の一は渡してしまう。挙句の果てには、賠償金の問題なども発生するだろう。フルジアは、勝っているのだから。カウンター・パレード作戦はあくまで、引き分けだった。

「何か、無いのかい?出し抜くような術は」

「軍はありません。すると、外交という手段になります」

 

 おとめ座とアンドロメダに外交は無い。考え方を変えるしかない。フルジアとリューヴという、二つの星で考えるのだ。カルディアとゲルトラウデの勝負、ということになる。

「やはり、休戦しかありません。それで元帥の動きを止め、戦争を一時的にでも止める。簡潔な条約でいいのです。平和条約への架け橋になるような、簡潔なもので」

 講和条約ではない。停戦から休戦、そして講和にすればいい。とにかく、十四日間の停戦を無期限の休戦にすることだった。話し合いは、そこから始めればいい。

「問題があるよ、セシル。ゲルトラウデ女王陛下が休戦を願っていなければ、説き伏せるしかない。それは僕がやる。だけど、話し合いのテーブルが無い」

「タイムリミットは三日間です、大統領。直接対話しかありません、それも一度きりの」

 三日で停戦は解除される。シリウスでの戦闘はもう無いだろう。トリトンに向けて、両軍は進み合うことになる。その前が、勝負。この戦いに終止符を打つ、勝負だ。

 しかし、方法が無かった。バルツァーを全権大使としてフルジアに派遣したとしても、数ヶ月かかる。三日。たった三日しかないのだ。考えた。考えても、答えは出ない。直接、話す。その方法は、どこかに転がっていないものか。

 結局、答えは出ないまま、朝食を食べ終えてしまった。

 

 大統領官邸に戻っても、方策が生まれるわけではなかった。バルツァーとは別れ、一人、執務室のデスクに向かって考える。カルディアは深い熟考の中で、オフェリアの顔を思い出していた。

 シリウスに、オフィーリアが現れた。その名前は知っていた。フォーレの神童として関係者に知られ、成人する頃には世界を変えるとまで言われていた。オベロンは戦争を止め、オルフェオは戦争を進め、そしてオフィーリアは戦争を終わらせる、と。

 オフェリア。今、何をしているのだろうか。人は過去の積み重ね。今まで歩んできた道が、これから歩む道を作る。君は、そう言った。それを否定された今、君は何をしているのだろうか。

 彼は、友達だ。何がなんでも、守る。もし傷つき、疲れた姿で戻ってきたのなら、癒そう。そして、精一杯励ますのだ。僕が知るオフェリアは、君だけだと。

「ひょっとして、ルテティアにいるのかな」

 考え始めると、気になってきた。もしかすると、オフェリアならツェルニーを出し抜く方策があるかもしれない。話してみよう。そう、決めた。

 電話を探す。いつも置いてある通信装置が、無かった。キョロキョロと周囲を見渡すと、古びた赤い電話が見えた。

 

 

―――――――――――――――――――――

Herrscherin ---Gertraude Nebuchadnezzar

Nov. 23, Neo.Globe.0320

Feorgia Phrygia Palace

 

「お母様、お母様ッ!」

 随分と慌てた様子で、ゲオルギーネが政庁の執務室に飛び込んできた。警備は二倍、三倍と増やしてあるが、娘であれば止められることもなかった。ただ、そのあまりにも慌てた様子が、事件を匂わせる。何事か知るために、エーファもついてきていた。

 ゲルトラウデはまず落ち着かせようと微笑み、立ち上がってゲオルギーネの肩に手を置いてみた。

「大変です、宮殿の執務室の電話が」

 電話が鳴っている、とゲオルギーネは言う。まさか、という思いと。アンドロメダが動いた、という事実がゲルトラウデの頭脳を駆け巡る。先日のカメリア軍の動きといい、どうも裏の匂いが強すぎる。何らかの工作ではないか、とまず疑うことから始めた。

 しかし、即断だった。ゲルトラウデは迷いもせず戒厳令を出し、政庁、宮殿に対する一切の出入りを禁じた。国内で自由に動けるのは、エーファとゲルトラウデ自身のみである。その足で、走って政庁から抜け出し、宮殿へ入る。

 電話。確かに、鳴っている。

 飛び込むように執務室に入った。赤い電話が、鳴っていた。

「エヴィ、出ますよ」

 その声が、震えているのがわかった。エーファもまた、どこか浮ついた表情で頷いている。

 受話器を、とった。

 

 時を遡ること、二十九年前。まだゲルトラウデが王女だった頃の話だ。

 女王クリスティーナはレグルス星で戦闘指揮を執っていた。その前に現れたのが、当時のルテティア・パリシオールム最高司祭、オベロン・アリエル・ペリクリーズ・フォーレだった。オフェリアの祖父である。

 オベロンは停戦、そして休戦を訴え、死んだ。クリスティーナは信仰する神の生き様に心打たれ、第一次休戦、オベロン協定を結んだという経緯がある。その際、レグルスは分割統治となり、両軍の兵士が数センチの幅を挟んでにらみ合う構図になった。

 一触即発だった。いつ休戦が破られてもおかしくない。事実、小さな武力衝突は何度か起きている。その度に、開戦だという声があがった。しかしいずれも、休戦は破られることはなく、十八年後にオベロンの息子、オルフェオ・フォーレがテロリストになるまで平和は続いていた。

 その際に設置されたのが、アンドロメダ、おとめ座、両陣営の頂点に立つ人間同士が直通で会話できるホット・ラインだった。リューヴの大統領官邸と、フルジアの宮殿。この通信は何よりも優先され、そして両陣営の首脳同士が、二人だけで、直接対話するためのものだった。

 この鳴らない、鳴ってはいけない電話で、何度か危機は回避されている。

 ――――その、鳴らない電話を、ゲルトラウデは緊張しながら、とったのだ。

「あ、もしもし。オフェリアかい?」

 そして、混乱した。オフェリア。息子の名が、何故。軽い口調で電話の相手は名前を呼んでいた。リューヴ大統領。その人しかこの電話の存在は知らず、また使えないはずだ。

「……リューヴ大統領カルディア・ベルテシャツァル殿と思われますが、合っていますか?」

「え?ああ、はい。そうですけど。あれ、間違えたのかな」

「冷静になって聞いてください。私はフルジア女王ゲルトラウデ・ネブカドネツァル。この回線は両国首脳を繋ぐホット・ラインです」

 瞬間、混乱する声が聞こえた。小さく喘ぐような悲鳴。そしてどもり始める声。何を言っているのか聞き取れないが、事態は理解してくれたようだ。

「え、ええと。その。あの、はい。フルジア女王においてはご機嫌麗しゅう……」

「ふふ、大統領。面白い方ですね」

 間違い電話だったらしい。まだ若い声だ。ともかく、そんな奇妙な始まりを迎えた両国首脳の対談は、随分と穏やかでリラックスしたものだった。

 

「緊張なさらず。お友達の感覚で話しちゃいましょう。それでいいですか?」

「えぇっ、僕と陛下がお友達ですか?いいんですか?」

「構いませんよ。さ、何から話しましょうか」

 言葉をくだいて話し始める。随分と腰の低い大統領は、それでようやく緊張から解放されたらしい。まこと、珍妙な休戦協定があったものである。

「その、僕としては戦争はもう止めたくてですね。休戦をしたくて、ゲルトラウデ女王陛下と直接対話の道を模索していたんですよ」

「あ、名前長いんでゲルダでいいですよ」

 それなら、もう実現している。今、こうして。直接、話をしているのだ。

「あ、ならゲルダさん。僕は休戦をしたくて、って。これもう言いましたよね?」

「聞きましたよカルディアくん。休戦については同意見です。お互いに軍を退けるのであれば、望むところです」

「え、ホントですかそれ。だったら嬉しいなぁ」

 リラックスしすぎたのか、緊張の糸が途切れたのか。カルディアの口調は随分と軽いものになり、話が進まなくなった。やや、苛立ちながらゲルトラウデは話を続ける。

「さて、話を引き締めます。休戦協定を結ぶ、このことに関して、合意なさいますか?」

「あ、すみません。はい、します。アンドロメダとヴァルゴが、互いに撤兵する。無期限の戦闘停止、ということですね」

 ようやく話が進み始めた。カルディアの声も、幾分、締まっている。

「そうです。詳しい話や難しい話は後日、協定のテーブルについてから、ということになりますね」

「はい。あ、お待ちくださいゲルダさん。停戦が解除される前に、休戦ということにしたいのです」

 カルディアはアンドロメダの現状を喋り始めた。ツェルニー元帥の目論見や、カメリアとの秘密協定などだ。もし大統領でなければ、即刻、スパイとして逮捕されてもおかしくない内容。それを語るのは単なる間抜けなのか、それとも、若さなのか。

 あるいは。真に平和を訴える、素晴らしい若者なのかもしれない。

「事情は把握しました。大統領、これは暫定的な口約束です。つまり、根本的な問題を後回しにし、ひとまず戦闘、もしくは準戦闘行為を速やかに停止させるものでしかありません」

「公式な休戦協定は、私たちが実際に会い、話し合うことで決めるしかないと思います。その前に、軍の停止を願っているのです」

「わかりました。では、」

 時計を見た。戦争をしている二つの国。国家。あらゆる関係を度外視して、この青年に賭ける。アンドロメダも同じだ。全てを無視し、二人が世界を変えてしまう。

「一時間後の午後一時に暫定協定による休戦、撤兵を発表。しかし実際に軍を動かさねばなりません。シリウスからの完全撤退。これを同時に行います」

「はい。必ず、動かします。日付の変わる時刻、ではどうでしょう?」

「問題ありません。では、今夜零時を持ってシリウスからフルジア軍は撤退します」

 信じた。頼りない大統領だろう。だが、信じるに足る。いや、信じなければ、人と人が信じあわなければ、きっと争いは、止まらない。

 どうか願わくば、明日には平和な世界を。

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 受話器を置き、カルディアは即座にバルツァーを呼び寄せた。同時に緊急の閣僚会議を開く。まずはマスコミへの発表だ。既成事実を作る。そこから、閣僚に説明する。ツェルニーを何が何でも動かす。それが、信義というものだからだ。

 すぐにバルツァーがやって来た。カルディアは簡単に説明し、すでに和平は成ったと言った。後はこちらの動き次第なのだと。

「ゲルトラウデ女王は信じるに値する人だ。痛切に、そう思った。だから、やらなきゃ。あの人に応えるんだ」

「わかりました、大統領。記者会見を?」

「駄目だ、時が惜しい。一時間以内に発表しなきゃ駄目なんだ」

 時刻は、ちょうど昼になろうとしている。バルツァーのコネを使う。知り合いのマスメディアにこの情報をスクープとして流すのだ。バルツァーが執務室から飛び出した。その足でスタジオに飛び込むのだろう。

 閣僚を揃える。下の階に緊急で召集したのだ。ちらほらと人は集まりつつあった。

 

「ソニアッ!ソニア・ヴァレリーは?」

 受付で居場所を聞く。ソニア・ヴァレリー。かつてフルジアから出奔した時、ゼクスとしてバルツァーが面倒を見た女性であった。そして情報を流し、兄であるオペラ・レーヴェを救った。以後も何度か顔を合わせる機会があった。

 ソニアは昨年から、報道の道を歩んでいた。リューヴテレビ放送とかいう会社だった。その記者を戦地に送り込んだこともあった。

「あれ、セシルさんだ。どうしたの?」

「大変だ。たった今、大統領がフルジア女王と直接話され、休戦を決定した。これは本当なんだ」

 彼女の顔色が変わった。すぐに駆け出し、上司を呼ぶ。バルツァーには、追う余裕など無かった。肩で息をしている。疲れて、仕方が無かった。思えば、大統領官邸からの数キロメートルを全力疾走したのだった。

 このタレコミは、ソニアがいたからこそ可能だった。知り合いがいなければ、一笑に付されるような夢物語なのだ。だが、真実。カルディアから詳細を聞いた今、真実をして民衆に発表出来る。だが、時間が無い。

「時間が無いんだ。午後一時きっかりに、放送してほしい。フルジアと同じ時間、同じタイミングで流すんだ」

 そこから先は、カルディアの力次第だろう。

 

 閣僚が揃い始めた。一階の閣議室。カルディアは時計を見ながら、刻一刻と迫る運命を待っていた。同時にツェルニーとも回線を開いている。ディスプレイには、随分と痩せたツェルニーが映っている。

 憎くはない。あちらもそれは同じだ。だが、どこかで食い違った。

「時間、だ」

 テレビをつけた。ツェルニーからも、見える。聞こえる。

 バルツァーが駆け込んだテレビ局は、緊急報道番組として休戦を報じていた。やった。思わず、カルディアは体を揺すった。意図的なものではなかった。ただ、体が揺れたのだ。衝撃が走ったといっていい。世界が、変わった瞬間だった。

 アナウンサーの隣に、バルツァーがいた。事細かに状況を説明している。直通回線の説明や、話し合いの内容などだ。停戦が終わる、三日前。号砲はついに鳴らされた。

「元帥、撤退の用意を。ただちに、シリウスから全軍撤退する」

「しかし、フルジア軍はどうするのですか、大統領」

「今夜零時、時を同じくして撤退する。それが条件なのです。信じあうこと。絶対に、だ」

 信じている。ゲルトラウデを、カルディアは信じた。絶対に嘘ではない。今この時、フルジアでも歓喜の瞬間となっていることを。さらに言い募ろうとするツェルニーが、目の端に映った。

 

「これは、命令だ。ツェルニー元帥、今夜零時に撤退を開始せよ――――!」

 

 思わず、机を叩いた。閣僚の見守る中、誰一人味方などいない部屋で、カルディアは初めて、大統領としての命令を下した。ついに発せられた大統領の強権に、ツェルニーは頷き、閣僚は俯くだけだった。

 約束は、果たされる。明日、世界はきっと変わる。

 

 記者会見や閣僚への詳しい説明などを終え、ようやくカルディアは官邸に戻った。すでに夜更けである。国内の意見をまとめるのに必死だった。だがその甲斐あってか、外交を中心にかなり話を煮詰められたと思っている。

 執務室の椅子に座ると、カルディアはひどく空腹であることに気がついた。そういえば、朝食以来、何も口にしていない。水さえ飲んでいない。ちょうど、故障中だった電話機を直し終え、持って来た家政婦に食事と水を頼み、大きく背を伸ばした。

 すぐに夜食が運ばれてきた。このまま眠ろうかとも思ったが、眠れそうにない。食事に手をつけた。一口目は、なぜか、この人生で最も美味しいと思えた。感動や、衝撃、歓喜など様々な感情が、溢れて。ただ無心で夜食を口に運び続けた。

 不意に、電話が鳴った。違う。修理されたばかりの電話ではない。ちょうど背中の位置にある電話だ。手を伸ばし、とる。

「大統領、約束、お守りになりましたね」

 米粒が飛び出そうになった。油断していたのだ。ゲルトラウデの声。安堵するような思いと、独特の緊張感が生まれる。

「え、え?マジですか?」

「マジですよ。ほら、テレビをつけてご覧なさいな」

 楽しげな口調に誘われ、言うとおりにする。全世界が注目している、シリウス。そこには、撤退を始める両軍が映っていた。時計を見る――――すでに、十一月二十三日ではなくなっていた。

「わぁ……気付きませんでしたよ。ちょうど今、遅めの昼食をとっているところでして」

「大統領の多忙さ、推察いたします。それはそうと、少し世間話でもしませんか?」

 食事のほとんどを平らげ、ゲルトラウデの提案に乗った。気付けば、どこかこの女王を好きになりかけている自分がいたのだ。最初の電話でも、どうしようもない大統領に怒ることなく、リラックスさせるよう努力してくれた。噂に聞く以上に、素晴らしい人間なのだと思った。

 銀河を越え、遥かなる宇宙の果て。繋がった、想いに。

「……僕はまったく、運動は嫌いでしたね。不思議な国ですね、フルジアは。いつか行ってみたいと思いますよ」

 なんの意味もなく、ただ世間話をした。学校のこと、昔のこと。様々な話を、した。

「実はワタシ、リューヴに行ったことあるんです」

「え、そうなんですか?」

「はい。一年間、ルテティアに住んでいたんですよ」

 なら、会ったこともあるのかもしれない。急に親近感が湧いてきた。それを悪いことだと、カルディアは思わなかった。両国の二人が仲良くなる。そうすれば、二つの国も仲良くなれるはずなのだ。首脳の二人に出来て、人々に出来ないはずがないのだから。

「僕はゲルダさんのことが、好きです。唐突に、そう思いました。好きになれ合えるんだと、そう信じています」

「びっくり発言でしたね。そうです、そのとおりです。ワタシもルテティアの、リューヴの人を嫌いになったことなどありませんよ」

 ふと、電話越しにノックの音が聞こえた。来客だろう。

 ゲルトラウデの声がする前に――――何かが倒れる音が聞こえた。

 

 一閃。ドアを開け、名乗った直後、内部に侵入して主の頭部を切り下げた。浅い。咄嗟に、回避された。踏み込む。椅子。邪魔だ。蹴り飛ばした。倒れこんだ、女王がいる。

「フォリア、何故――――!」

 見られた。だが、関係などなかった。貴女はここで死すべき人なのだから。

「何故?それは目の前の人物に問えばいい」

「……まさか、貴方。レア、レアティーズ・カデンツァか」

 剣を片手に、鬼はのそりと、一歩だけ前に出た。ゲルトラウデが怯えたように、下がる。その光景に、少しだけ愉悦を感じた。

 オフェリア、否、レアティーズ・スコアは口元だけで、笑った。

 

「邪魔なんだよ、休戦なんかされちゃ。俺が俺に戻れなくなるだろう?」

 

 すでに、スコアにかつての夢など無かった。それは、「オフェリア」が抱いた幻想。抱かせられた、夢だ。この体、本当の自分には本当の夢がある。他の誰でもない、スコアだけの夢。

 悲しい、話だ。ただ、自分というものを表現するためだけに。ただ、自己を認められるためだけに。このままだと、消え去るだけだった。だから、スコアに出来ること。戦いという唯一の、個性。この世界を統一し、本当に戦争を終わらせ、スコアは、スコアになる。

 休戦などというまやかしは信じない。このままでは終わらない。真の終焉。それだけが、夢。

「オマエなんかに、俺を止める権利など無いッ」

 全ては、このゲルトラウデに。もし十一年前に、おかしなことをしなければ。こんなおかしな世界は出来上がらなかった。俺を悪鬼と呼ぶならば、それは、貴様が作った鬼なのだ。

「――――オフェリア、オフェリア」

「その名を、俺の前で、呼ぶな」

 助けを、救いを求める女王の背に。深々とスコアは刃を突き立てた。勢いよく、全力で。この身が受けた幻想を、断ち切るように。貫き、床を突き刺し、命の灯火を、吹き消す。

「ッ、ぅあっ、オフェリア――――!」

 体が跳ねた。生命が飛び出る瞬間。スコアは一度、剣を引き抜き。

 貫く。命と共に、刃で貫いた。

 

 堂々と執務室から出た。もう戒厳令も解除されている。フォリアと一緒ならば、咎められることはない。スコアは宮殿から抜け出し、そのまま軍本部へ向かった。そこには、黒い天使が待っている。

「さすがの手並みでした、アインス」

「褒めるな、序列第零位ヌルト

 序列第零位。クンスト・ヴェルクは十人のレギュラーだ。だとすれば、最後が九位で終わる以上、最初はゼロでなければならなかった。ヌルト。そしてヴェルクのトップは、このリディアーヌ・ラ・フォリア。この女性がヴェルクの全てを握っていた。

 フォリアが何故、女王暗殺に協力したのかはわからなかった。単なるヌルトとしての任務だったのかもしれない。それを探ることは、スコアはしなかった。代わりに、待っていた黒い天使、ガブリエル・ハイネに向かっただけだ。

「自分はこれから、遅れていた近衛師団をまとめて動きます」

 全てが策略だった。それは二十一日の通信から始まる。シリウスからフルジアまでは七日間かかる。その予定だと、二十八日に到着予定だ。その前にオフェリアとフィアが帰還すると女王は読んでいた。その裏をかくには、二十三日に到着しなければならない。

 スコアとフォリアは、先行した。そして戦艦の中で、通信を行ったのだった。故に、二十一日に出立した近衛師団八万は遅れている。フォリアはそれを率い、独立するつもりらしい。

 休戦は、破られる。その混乱に乗じるのは、フォリアであれば容易いだろう。

「では、行きましょう『オフェリア』様。デルフィオーレがお待ちです」

 ハイネに誘われ、その手をとる。統一。その夢に向かって、疾走を始めるのだ。

 

 もう、逡巡も何もない。

 このオレを願い続けるためなら、悪鬼となろうと、ただ道を行くだけだ。