「――――臨時ニュースです。昨夜未明、現地時間では零時三分、カニス・マヨール星系アルドラ星に駐屯していたリューヴ国軍がシリウス星へ上陸を開始したとリューヴ政府より発表がありました。現在シリウス星にはフルジア帝国軍が進駐しており、敵軍に対する反攻作戦が開始された模様です。国内からは昨年、元帥に昇進したツェルニー司令官率いるリューヴ国軍第二、第三軍が派兵され、フィルウィリミテア教神皇、オフェリア・フォーレ閣下も随行なされています。なお、敵艦隊による電磁波攻撃が考えられるため映像はありませんが、リューヴテレビ放送のシャルヴェンカ記者が作戦決行前日までの兵士たちの写真を送ってきました。はい、こちらをご覧ください」

 

 よく他の星の人々からは、危機感が足りないと言われるが、こんなモノかと楽観した。戦争は悲惨、しかも今は負け戦。そんな風評や事実を何度も耳にした。だが、結局は遠い星の物語で、実際に関係しているとすれば物価がやや高くなったくらいだ。

 だから安直に、会社に従った。自分だけではない。他の民放各社からも報道記者は派遣されていた。リューヴ軍も簡単に認めて、幾つかの条件だけで同行を許可した。軍機密に触れるような司令部などには入れません、ということ。それと、死んでも知りません、という二点だけだった。

 だが、今のところ死ぬ気は全くしなかった。危険など微塵も感じない。どういうわけか、敵軍は全く攻撃を仕掛けてこなかったのだ。そのため、上陸軍は安全に簡単にシリウス上陸を果たしてしまった。上陸と言っても、ミサイルのようなもので一気に射出しただけなのだが。

 とにかく――――無事に誰一人欠けることもなく、リューヴ軍はシリウスに入った。ぼくは新しく買ったはずなのに、随分と骨董品に近い写真機を手に陣地設営に励む第四普通科連隊の面々を写していった。ぼくは彼らと共に、戦場に行くことになっている。

 リューヴ国軍第三軍団、第十五師団、第四歩兵連隊、B中隊200名。何人かとは気さくに会話もすることが出来た。この第十五師団というのはリューヴに住むリューヴ籍を持たない人間、在留外国人による軍で、様々な人間がいる外人部隊だった。

 中隊の指揮官であるベルティエ大尉も、太陽系の出身で、大きな耳を隠すために長髪にしていた。ぼくより一つ上の二十九歳で、とても戦争には似合わない穏やかな顔の青年だった。

「どうです、シャルヴェンカ。いい写真はとれそうですか?」

「えぇ、まぁ。にしても、ここは暑いですねェ。こんなことなら荷物を増やしてでも代えの服をたくさん持ってくるべきでしたよ」

 ベルティエに話しかけられ、正直な心境を話す。すでにシャツは蒸れ、背中はじっとりと濡れている。真上で輝く恒星は大地を焼くように照らし、我々は汗に濡れながら草原の真ん中に後発部隊のために陣地を作っている。ここが当座の第三軍司令部となるようだ。

 気温は40度を軽く超えている。木々が無く、影が出来ないために暑さから逃れられない。ベルティエが笑いながら差し出した水筒を、ありがたくもらうことにした。シリウスはアンドロメダの領土だった場所で、フルジアより我々の方が詳しい。一番涼しい六月を選んだのに、この暑さだった。

「笑えるのも今のうちかもしれません。フィルムのことなど考えずたくさん撮った方がいい」

「では遠慮なく――――大尉、笑ってください」

 笑えるのが今のうちなら、笑ってもらおう。水筒を返し、好青年らしい爽やかな笑顔でカメラを見るベルティエを写し、フィルムはまだまだあるのだと安心する。腰に巻いたポーチにはたくさんのフィルムがある。これで、戦争という遠い星の出来事を映すのだ。

 前夜のフィルムは出発時にリューヴへ送った。残念ながら、神皇閣下の絵は撮れなかったが。彼は第二軍にいて、ツェルニー元帥と共に別の陣地に入ったことだろう。機会があれば、直に見たい。そして写したい。

 未だ敵は無い。我々の敵は猛暑だけだ。

 

 

―――――――――――――――――――――

「大将、たいしょーってば。哨戒っつってもジャングルまで来ることないスよぉ」

「うるせー!人いたらどーすんだ」

「敵じゃないスかねソレ。あちらサンが仕掛けるまで待ちましょうって。まだ全軍揃ってないし」

「馬鹿!迷子かもしれねーだろっ!」

 ――――迷子なワケあるかボケ。そんな突っ込みを入れたくてウズウズしながら、アハトはアインスについていく。世間知らずな王子様は今日も権力と権威をフル行使して、暴走を続けるのだ。ずんずんと先頭に立ってジャングルに足を踏み入れているため、背後の教団兵やらリューヴ軍やらには聞こえていない。

 リューヴ国軍第二軍団は、第三軍の東方15キロメートルに陣取った。上陸部隊に随行したオフェリアは問題なく陣地設営が進んでいるのを見て、夜間の斥候部隊派遣を決めた。オフェリア自身に兵の指揮権はなく、あくまで教団兵と、数名の通信用に借りたリューヴ兵士だけだ。

 上陸は草原地帯。北方に広がる密林を越えて、シリウス星都ユドン市を目指す。まずは星都を奪還するのが今作戦「カウンターパレード」作戦の第一目標だった。フルジア軍は今年に入ってから上陸を開始しており、無論、激戦が予想される。第二軍はジャングルを迂回し、東方より星都を。第三軍はジャングルを突き進む。

「あァ、もォ――――うぜェったらねェや!」

 上半身裸で斧を振り回す姿は、とても神皇閣下とは思えません。奇声をあげながら、群がる草木を薙ぎ倒す力強いお背中。さすがの教団兵も青ざめ、リューヴ人たちもどよめき始めた。そもそも、大声で喚きながら暴れまわるこの姿の、どこが斥候なのか。

「伝令……400メートル範囲には異常無し。密林地帯はかなり進軍速度が落ちると伝えて来い。閣下、そろそろお言葉を慎みますよう」

 リューヴ兵を一人帰し、アハトは体裁を繕おうとする。もちろん、そんなことはお構いなしに覇王は前へ猪突猛進するのだ。伝令役は残り二名。後は八人の教団兵。十二人、二個小隊は密林を陣地とは平行に進む。半径は400から500、800まで探査して帰ろう、とオフェリアは決めている。

 静かな夜だった。しかし気温はなおも高く、湿度もまた高い。熱帯夜に思うは、自分という存在。

 アデレードは家に帰ってきた。誘拐犯であるリゴレット、イザーク、ヴァーグネルの三名は脱獄し、姿を消している。そして何より――――「本物」のオフェリアがいなくなった。オペラ・レーヴェは何処に。

 消失など許さない。オペラだけはこの手で殺さなければ、「俺」は証明されないのだ。自分が誰か、など。もう今更、考えられなかった。自分はオフェリアだ。紛い物でも間違いでもなく、オフェリア・ヴァン・フォーレだ。もし違うなら、誰になるのだ。

 

 オフェリアとして生きてきた、そしてそれは、続く。

 もし違うなら、それは責務を放棄し、義務を捨てた時だ。

 

 ふと、右肩がずきりと痛んだ。何かぶつかっただろうか、とオフェリアは右を向く。

「っ、右に誰かいるぞ――――!」

「いや前から撃たれてるんでやんスよ。あ、左からも」

 左右、そして正面に敵兵の姿。全身を黒で染め、実弾兵器で武装した見紛うことなき、フルジア軍。右に立つ――――おそらくは女と目が合って――――強烈な炸裂音と、閃光が見えた。倒れる。それは撃たれたからか、あるいは逃れるためかわからないが、本能がそうさせた。

 同じように教団兵も身を隠し、アハトも倒れた。引きつった笑みを浮かべるアハトを見て、それからきょろきょろと周囲を見て――――数人は隠れたのではなく、斃れたのだと知った。

「ど、どうすんだオイ――――!」

「バカみたいに喚かないでくださいよ、アインス。冷静になることから始めましょうや」

 実戦。というのならば、経験が無いというわけでもない。だがそれは単独で、圧倒的有利な状況で他者を殺害する「殺人事件の犯人」みたいなものだ。「戦争の指揮官」などやったことがない。だからまず、誰が撃たれたのかを見ようと思った。

 確認できるのは、二人。教団兵が二人、顔を伏せたまま身動きをしなかった。左右、正面から一斉射撃をされたのだ。負傷者もいるだろう、そして早くしなければ、死者になる。三方向より射撃され、この程度ならそれほど相手の数は多くないのではないか、とオフェリアは楽観し始めた。

 例えば、四、五人なら。この斧一つでなんとかなるのではないか。

「二人ずつ、三チーム六名の小隊です、大将」

 小声で言い寄るアハトを見て、そして立ち上がり――――敵が引き金に指かけた瞬間に、オフェリアはその長身で――――飛び掛った。斧を持ったまま、両手を広げ、猛進し跳躍。くぐもった悲鳴のような声が聞こえて、そのまま声の主へとダイヴした。

 地面に叩きつけ、首を斧の柄で圧迫し――――再び立ち上がる。放たれる銃弾を盾にした女性兵士の身でカバーする。振動は思ったほどではなく、緩やか。左手を離して首を掴む。右手で斧を振り回してもう一人の首を刈る。

「働け、教団兵」

 血のついた斧を今度は投げつけ、三人目を殺害。立ち上がった教団兵が武器を手に、一斉にかかる。アハトが一人を殺し、残り二人を教団兵が殺すまで、それほど長い時はかからなかった。

―――――――――――――――――――――

 

 

 六月十日。リューヴ軍総司令官、アマデウス・ツェルニー元帥がシリウスに上陸したため、先行した上陸部隊のうち、第三軍は前進することに決まった。第三軍の司令官、バルカ少将麾下を除き、三個師団が中路・右翼・左翼と三方向から密林へと進軍する。

 ジャングルはあまり鬱蒼とはしていなかったが、相変わらずの猛暑と湿度は容赦なく体力を奪っていき、まともな訓練を受けていないぼくはおろか、屈強な兵士たちでさえも肩で息をしていた。機械が使えない以上、人力で進むしかないのだ。そして苦労は平等であるよう、ベルティエ大尉も徒歩で進む。

 それでもリューヴ人と比べ、体力があるのか根性があるのか。第十五師団B中隊の面々は他の部隊より早いペースで前へ進んでいた。現代っ子は辛いな、と嘆きながらも。この外人部隊は他より優れた部隊なのかもしれないと思う。

「……うぉい、どした。今日は写真、撮らんのか?」

 兵士の一人が寄って来る。それはスキンヘッドに体格が良い男で、二メートル近くある長身の兵だ。部隊でも人一倍大きく、絵になると思って何度か被写体にしていた。ズィーベン、と呼ばれる兵士だった。

「そんな余力、ないよ。荷物が重くて――――」

「三脚なんか捨てちまえよ。別にキレイな画像を求めてるワケでもなし」

 それもそうだ、と開き直る。肩に背負った三脚を地面に落とし、ついでに私物やら何やらが詰まった荷物も捨てた。カメラとウエストポーチ。それだけを持っての行軍だが、あまり重さは変わらない気がした。おそらく、精神的な何かが背中にあるのだろう。

 作戦の詳細を知っているわけではなかったが、地図を見る限り、一日の進軍ではユドン市に到達しない。行軍の速度はさほど速くも無く、五日間ほどの行程だと予測している。つまりジャングルはまだまだ続くわけで、ぼくは早くもウンザリし始めていた。

 だが油断も出来ない。先日、第二軍の斥候部隊が密林で敵の哨戒と遭遇、小規模だったが戦闘をした。敵がいないわけではない。この近辺にも敵はいるのだ。場所が把握されている以上、このB中隊でも戦闘は時間の問題だった。

 B中隊は横隊に並びながら、掃討も兼ねて進んでいく。生き生きと、とは言いがたいが、淡々と部隊は前進を続けている。

「辛そうですね。実は自分もですが」

「あぁ、大尉。前言撤回します。荷物なんか捨てればよかったと」

 ベルティエも、やや大きめで暑そうなヘルメットの下で苦笑しながら汗をかいていた。訓練を積んだ兵士でも、やはりこの環境は厳しいようだ。この分なら置いていかれることもないかもしれないな、と思いつつ休憩はまだかと急かしてみた。

「ふふ――――大いに賛成です」

 陽は中天に、まだ少し届かない。他の部隊と足並みを揃えるという名目を盾に、我々は少し早めの昼食を摂ることにした。

 

 活気を取り戻したぼくは、早速仕事を始めた。携帯食を口に運ぶ兵士たちの表情。カメラ越しに見る彼らの顔は、明るく、くだけたモノだった。何人かは声をかけてくれる。会話に至らなくとも、カメラを見て笑ってくれたり、何かリアクションをしてくれる。無視されるということは皆無だった。

 小休止を挟み、中隊は再び隊伍を揃えて進軍を開始する。ぼくはフィルムを入れ替えてから、ベルティエの隣を進むことにした。彼は機密になること以外、様々な知識を教えてくれた。話は軍、シリウスの気候や地域、それから、故郷の話のような他愛ないものもあった。

 戦争の前線は、ネアポリス星系に限っていうなら、昨年に消滅したカメリア付近となっている。シリウスはフルジア領で、少なくともカメリアからシリウスのラインは奪還したことになる。そしてシリウスを奪えば、ネアポリス星系全域の奪還にも繋がるのだ。

「シリウスの次はネアポリス全域。その次はレグルスを奪い、マジェラニック。マジェラニックを奪えば旧非武装中立地帯の復帰に繋がり、休戦境界線オベロン・ラインまで領土を回復させられるのです。まあ、最初の一歩さえ踏み出していないのですが」

「大尉、ソイツは急ぎすぎだ。俺としちゃユドンでゆっくり羽根を休めたいです」

 少し前を行く、ティール籍を持つ二等兵が答えていた。身体的特徴は見られず、この中隊では珍しい現住リューヴ種の青年だった。他の兵士と比べると細身だが、それでもぼくと比べれば体格は良かった。

「文句があるなら、聞こう。改善されるかもしれんぞ?」

「では遠慮なく。大尉はシリウス美人ってヤツを知らないんですよ。小麦色の肌、すらっとした細身の体、背は高くモデルみたいだ。聞いてください、大尉。そんないい女が億ほどいるんです」

「あぁ、残念だ。非常に残念な話があるよ。自分は所帯持ちだ」

 それはぼくも同じだ。確かにシリウス人なら美人と思える人物も多そうではあるが。ゴツすぎるタイタン人やネアポリス星系のネレイド人を美人と思えることは少ない。美的感覚が違いすぎる。

「じゃあいいお知らせをしましょう、大尉。ここに奥さんはいませんよ」

「だがリューヴにいるぞ」

「カタすぎるっスよ。カタいのはココだけでいいってのに」

 それから少し、猥談になって周囲が笑った。ベルティエも不快には思っていないようだ。股間を押さえる二等兵を小突くような仕草を見せて、薄く笑っていた。何となく、ぼくはその光景を写真に残そうと思ってカメラを取り出していた。

 軍人のイメージとは、少しばかり違っていた。ベルティエは大尉であり中隊長で、堅物ではあるがユーモアもある、礼儀も正しい。傲慢なところなど微塵も感じさせなかった。兵隊たちもそれは同じだ。言葉遣いは乱暴なこともあるが、性根は優しいのだろう。

 他の部隊は、もっと穏やかだ。何より、実戦経験者が集まるのは外人部隊にしかない。リューヴに住む限り、戦乱とは縁が無い。ティールのギルドに所属する傭兵のような人物でなければ、わざわざ戦場には赴かない。この部隊の笑いは、他とは違う。甘さではなく、余裕だった。

 だから時折、息を飲むこともある。何気ない武器の扱い方や、野営の仕方、陣地設営などで彼らは何気なく、自然に力を発揮する。そういった、時折見せる「経験」をぼくは頼りに思っていた。だから笑える。だから安堵もする。

「大尉、オレも意見があるぜ」

「何だズィーベン。時間ならたっぷりやろう」

 前の方にいた巨体が歩調を遅らせ、近付いてくる。剃られた頭部が、部隊でも頭一つ出ていた。

「迅速な戦闘行動には反対です。初めての勝利に酔いどれ、楽観して勝てるほどフルジアは甘くねェ、と思ってます。第一、まだオレらは戦闘らしい戦闘をしていない。決して勝ってるワケじゃないんじゃないのか、とね」

「ほう。いいぞ続けたまえ。そら、文句や意見とはこういうモノだぞ、皆」

「ユドン制圧後は、腰を落ち着ける。じっくりとネアポリスを締め上げるべきだ。星の拠点を陸上部隊で制し、維持すればフルジア軍は前に進んでも制圧したことにはならねぇ。制空権を握られても、関係ないね。それで停戦にでも持ち込めれば、領土は回復したことになるぜ。だから大尉、そこで羽休めさ。酒を飲んで女を抱いて、ウマいメシ食って停戦待とうや」

 持久戦。ズィーベンが言いたいのは、そういうことだ。アンドロメダが唯一勝っているのは、国力。広大な領土とそれが生み出す物資、人的資源。これらはおとめ座銀河団に勝っている部分だった。だが、生かしきれていない。合算すれば勝てるが、今までの構図はフルジアとアンドロメダの一部、太陽系の戦争だった。

 なるほど、とぼくは思った。戦略も戦術も何もわからないが、明確に勝利への方程式を示したズィーベンの文句は簡単に理解出来た。ベルティエもおそらく同じだったのだろう。微笑をさらに笑みへと変え、善いぞ、と一言、褒めた。

「確かにそれが勝利への一番の近道だろう。だがな、ズィーベン。一つ、大きな問題がある」

「……へ?なんなんだい、大尉」

「ユドンは落ちていない。我らは戦ってすらいない段階で、勝利をしている」

 誰もが思っていることを、ベルティエははっきりと、客観視しながら否定した。ズィーベンの顔が引き締まるのを見て、ぼくもまた、強張った顔をしていたことに気付いた。

 戦っていないのに、勝っている。そんなことがあるのか。一つの不安が生まれる。誰もが今、勝っていると思っている。やはり派兵は正解だった、リューヴ国軍は初めて勝利しようとしている。今頃はリューヴでも、そう報道されているだろう。報道者である自分が、そう思っていたのだから。

 難なくシリウス上陸を果たし、難なく星都ユドン奪還を果たそうとしている、今。それは、ひょっとするとフルジア軍により、「果たされている」のではないのか。

 

 六月十五日。行程とはやや遅れ、ユドン市から南方10キロメートルまで進んだ。相変わらず最も接近しているのがB中隊で、両翼を進む部隊は遅れ、中軍となる援護部隊は後方、一日から二日分の遅れがあった。だが、作戦と大きく違っていることは無かったのだ。

 午前十時過ぎだった。中隊は後続部隊の遅れのため、待機することにし、いくつかの小隊を偵察に出した。ベルティエは士官を数名連れ、両翼、さらに後続と情報を交換しながら地図を見ていた。その後、軍議が終わったのか、戻ったベルティエは中隊を集め、他部隊の位置などを教えた。

「密林を迂回し、東から北上する第六師団が敵と会戦した。大規模な戦闘があったようだ。第八、九師団の部隊が増援に行き、やや後退したもののにらみ合っている状況らしい。よって、警戒を強める。歩哨を倍に増やし、斥候が戻り次第、範囲を拡大しもう一度出そう」

 部隊が慌しくなってきた。各小隊指揮官が散らばり、それぞれ十名ほどの兵を集めながら命令を実行し始める。顔つきが、ガラリと変わっていた。陣地を取り囲むように歩哨が立てられ、斥候が戻るのを待つ。左右には異常なし。後方も異常は無い。

 午前十一時に近くなった頃、兵士の一人が戻ってきた。

 体に傷を負っていた。前方の哨戒に出た小隊らしい。最低でも六名はいたはずだが、戻ってきたのは手負いの一人だけだった。

 ――――前方1キロメートル先、敵陣地発見。ぼくはカメラを持った。

「小隊を五、出す。詳しい状況を探れ。中隊も前進。通信隊を残して移動する。哨戒に当たっている部隊はそのまま。トラヴィス、小隊の指揮を頼む。ズィーベン、子守は任せた」

 およそ四十から五十名ほどの小隊が作られ、そこにぼくも潜り込んだ。すぐ隣にズィーベンの巨体があった。トラヴィス軍曹はベルティエ大尉の腹心であり、またシリウス星出身者だった。ここらの地理には詳しい。斥候には適任だろう。

 中隊の面々から小銃をもらい、小隊は出発した。緊張感がある。誰もが思い思いの武器を腰に、小銃を強く握って前進する。ぼくは中央に位置し、左右に挟まれて守られる形だった。

「嬉しいねェ。ヤッコさん、ついにシッポを出しやがった」

「このままノンストップでユドン入り、なんて。芸が無いからな」

 こんな状況でも、彼らは余裕を忘れてはいない。頼もしい外人部隊の面々は、挑戦的な笑みを浮かべながら密林を進む。高揚感。確かに、ある。これから何が起こるのかを、体が把握しているかのようだ。心拍の上昇を感じながら、ぼくは確かに――――何かを期待していた。

 やや小高い丘なのか、斜面だった。密林には変わりないが、やや歩きやすくなったように感じられる。木は減ったが、草原が続く。草の背丈も短くなり、膝下までに。少し開けた視界。空を覆う木々の葉は、切れ目を大きくし、やがて完全に開けた。

 森の終わり。そこに五名の死体があった。震える指でシャッターを押す。それが恐怖のせいなのか、あるいは興奮なのか、ぼくには判断がつかなかった。

「身を伏せろ。陣地が、見えない」

 トラヴィスの声で、ぼくはカメラから手を放して草むらに倒れた。その倒れ方があんまりにも激しかったからか、ズィーベンが慌てたように覆いかぶさってきた。潰されそうな重みに、謝罪の声。横にごろんと巨体が転がる。

「確かにココみてぇだな、軍曹。さてどうするよ、敵陣地なんぞ無いぜ」

「草原はあの丘まで続いている。丘を越えればユドンが見えるだろう。この斜面に伏せている、と考えよう。よしズィーベン、合図で立ち上がり、二、三発撃つ。反応を見よう。周りの者は音の位置を確かめとけ」

 斜面はまだ続いていた。森を抜けた先の草原は、さらに角度を増し、丘の頂上まで続いている。左右に広がる森林からは、一切の音はしない。となると、正面。あの斜面には敵はいるのだろう。ズィーベンはトラヴィスと共に立ち上がり、小銃を適当に、斜面に向けて発砲した。

「さぁて、返してく――――」

 笑みと共にズィーベンが呟こうとし、息を止めた。ひゅう、という風を切る音が確かに聴こえ――――た。頭上より。

「砲撃っ、クソ、皆、散れっ」

 慌てたトラヴィスの声を聞き終える前に、ぼくは体ごと持ち上げられていた。ズィーベンの巨体に抱かれながら、吹き飛ばされる。着弾も砲撃もない。だが、確かにぼくは、かなりの距離をズィーベンに吹き飛ばされた。

 一瞬、だった。何事か、と振り返った瞬間、今までいた位置に何かが落ちた。それは爆発し、耳を貫く音を発生させ、爆風に身を押されながら、逃げ遅れた者を焼いていた。目の前に何かが飛んでくる。受け取った。腕だ。誰かの腕が焼け、弾け、ここに千切れ飛んだ。

 叫びそうな口を必死で両手で押さえた。すでに誰かの片腕など放り投げ、声にならない悲鳴を押し殺した。倒れる。一瞬で、もうイヤだと思った。ここにいると、きっと殺される。間違いなく死んでしまう。だからイヤなのだ。だが立ち上がる勇気も逃げ出す力も無く、ぼくは無様に草むらに伏すだけだ。

 砲撃は二、三と続き、さらに光の弾丸が空を貫いていた。

 再び、体が持ち上げられる。ズィーベンが必死に形相でぼくを持ち、走り出した。迫る砲弾は数知れず、飛ぶ光弾は数え切れず。森を焼き尽くす閃光から、必死で逃れた。

 

「A中隊、右翼から敵襲を受けている。至急増援を求む。敵の数は不明だが、圧倒的」

「C中隊、左翼並びに後方より挟撃を受けた。応援を要請する」

 次々と伝令がやって来る。その彼らさえ、傷だらけだった。中には絶命する者もいる。A、B、Cと三つの中隊がそれぞれ左右、中央の三路から進んでいた。敵は中央のB中隊を包囲するように左右を遮断し、二つの中隊に敵襲をかけているらしい。

 このB中隊は完全に包囲されている。前方にある敵陣地からは砲撃を受け、前に進めず。左右には敵部隊。どうするか束の間、ベルティエは考えているようだった。砲撃の音は止む気配を見せず、トラヴィス小隊のうち戻れたのは半数ほどだ。

「本部に伝令。力押しで敵陣を抜く。増援、さらに後詰でB中隊の後を埋め、左右の敵軍を挟撃することを要請する」

 後ろにいるはずの、連隊本部に伝令を飛ばす。走り去る兵士の影を見ながら、ベルティエはトラヴィスを呼ぶ。時刻は十二時になろうとしている。陽が落ちる前に包囲を脱したい。

 不意に、ベルティエの眼前を光弾がかすめた。左右の兵がB中隊にも攻勢を仕掛けているらしい。今まで一切、反撃をしなかったフルジア軍。それが今、攻撃に出ているということは、待ちに待った好機なのか。どこかに、隙があったのか。

 進軍速度か、と身を倒しながらベルティエは思った。ならば後方にも敵は回るはずだ。一日遅れの本部に伝令が駆け抜けるのが先か、攻囲が敷かれるのが先か。

「大尉、前は空いていますが格好の的です。とてもじゃねえが抜けません」

「わかっている。待機するしかない。援軍を待とう。左右の斥候部隊を急いで呼び戻せ!」

 伝令を再び走らせる。幸い、ここには簡素だが陣地がある。土嚢が詰まれ、遮蔽物もある。密林の中に少しだけ開けた場所があり、そこで待機していたのだ。今は下手に動かない方がいい。

 本部へ送った伝令が戻ってきた。後方にもすでに敵兵がいるらしい。これで完全に、孤立したわけだ。

 

「どうです、シャルヴェンカ!これが戦争ってヤツだ――――!」

 

 一瞬で、形勢は変わった。

 この広い戦場で。中隊は、浮いた。

 

 七十名ほどの中隊が散開しながら、陣地にこもる。四方を囲まれているため、ベルティエは動かないように指示を出していた。前方から二度ほど、敵兵が見える位置まで接近してきたが、それは外人部隊たちの奮闘で弾き返している。

 左右の斥候部隊は戻ってこなかった。しかし両翼から絞られるような攻勢が無いため、残存しているようだった。中隊はバラバラに分断され、今や死を待つだけとなっている。戦闘開始からすでに三時間。攻撃は次第に散発的なものになってきていた。

 ぼくはその中で、ようやく落ち着きを取り戻した。ズィーベンが常に隣にいて、生きている限りは守られるだろう。そう思うと、頼れた。生きていけた。一人で立てた。ズィーベンとトラヴィス軍曹の二人と共に、ぼくは比較的、ベルティエの近くの陣地にいた。

 無闇に歩き回ることは出来なかったが、写真を撮ることは可能だった。隣の陣に飛び込むことも出来た。生きているうちに撮ってしまおう。そう考え、闇雲にシャッターだけを押し続けていた。

「左に、少し移動しよう。砲撃される」

 ベルティエはそう指示を出した。地上部隊が引き、攻撃が止んだ今、砲撃開始の合図だという。夜まで持ちこたえれば、砲撃の精度が落ちる。そこからは、根競べだとも言った。ベルティエはこの絶望的状況でもなお、諦めていない。

 そこで初めて。ぼくは明確に、神に救いを求めていた。

 

 

―――――――――――――――――――――

 第三軍団第十五師団の歩兵科連隊が包囲された、という報告をオフェリアはツェルニーのいる本部で聞いた。時刻は四時。第二軍団からでは、どれほど急いでも、八時間はかかる。救援は第三軍団に任せよう、と思った。第三軍司令官のルキウス・バルカ少将はすでに救援部隊を組んでいる。

 第二、第三共に現状では足止めを食っている。ユドンへは抜けない。そんな状況で、オフェリアはただヒマなのであった。

 初日の夜以来、オフェリアは気軽な外出さえ許されなくなった。それはもちろん、敵から旗を守るためで、ツェルニーの配慮だ。軽々しい行動は謹んで、おとなしくしていろということ。故に、今もツェルニーの隣で報告を受けるだけだ。ただツェルニーは、作戦を隠すような真似はしていない。

「何も閣下、貴殿が出ることは無いのだ。遊んでいる軍が十万はいる。救出はそちらに任せよう」

「馬鹿だな、元帥。コイツは売名行為、さ」

 十五師団、ということは報道記者がいる。報道記者は十五、二十の両師団にだけ同行を許していた。それは二つの師団が外人部隊を擁しており、共に精強であるからだ。そこにいれば、滅多なことでは負けないし、それなりの戦闘も起こる。

「シリウス戦の初戦、危機に陥った部隊を神皇閣下が華麗に救出。ほらどうよ、素晴らしい売名だろう?」

「……本気ですか?」

「まぁ、本音を言うと多少だな。純粋に退屈なのが一つ、そして理由など無いというのが大半だ」

 オフェリアは素直にそう教えた。行動をすれば、効果が生まれる。その効果に対し、行動のリスクを負う価値があるかどうか。今回の一件では、「ある」とオフェリアは判断していた。だがそんな費用対効果の心情など建前。今すぐ飛び出し、救うべきだと脳が訴えている。

 十万の遊軍は、確かにいた。だが効果的に動けるかどうかは疑問だ。シリウスだけに限れば、リューヴ国軍は圧倒的に多い。だが、勝てない。数など些細な問題だ。むしろ今は、その物量が問題になって効果的に動けていない。

 密集し、進軍する軍をフルジアは非常に上手いやり方で追い込んだ。一方で防御陣を築き、足止めをする。時間稼ぎだ、と判断していたが、前方に位置する敵軍を駆逐する術が今は無かった。下手に力押しをすれば、犠牲が増える。多少の犠牲など気にしない。だが、迂闊に攻めれば罠が待つ。

「十万を送り込んでも一緒だろうな。ツェルニー、考えろ。普通科連隊を救出するのが目的ぞ。決して殲滅でも勝利でもない」

 十万を送るということは、勝とうとする背景が見えてくる。だがフルジア軍の防備、準備は完璧と言っていい。第一段階の目的である、上陸作戦は果たしたのだ。殲滅、ユドン占領となると第二作戦が必要になってくる。

「引き分けでいい、勝利は望まん。まだ初戦だ。リスクを背負ってまで勝ちにいく必要はあるのか?」

「仰るとおりだ。だが閣下、よもや初日を忘れたわけではあるまいな?」

「無論。勝とうとするほど愚かじゃない。攻囲の一点に穴を開け、逃がすだけだ」

 実戦については、少し学んだ。だが経験は足りないだろう。だから無理はしない。自惚れもない。教団兵を中心に少数精鋭で救出チームを組み、攻囲の一点を集中し、突破。残存部隊と合流し、戻るのなら戻る、駄目なら援軍を待つ。

「……頑固なお人だ。わかった、わかりました。バルカには某から伝えましょう。閣下は兵を選抜し、即座にユドン南部高地へ」

「了解。任せろ、ツェルニー。失望はさせん」

 

 教団兵を中心に、デルフィオーレから拝借した護衛兵を連れ、アハト、ノインの二人を副官に置いた。本来であればフュンフかズィーベンが欲しいところだが、二人とも別の現場だった。代わりにデルフィオーレのネフィルという指揮官が意外なほど能力があった。

 さすがに、教団兵はよく訓練されていた。駆けに駆け、夜の密林を突っ切る。オフェリア自身は最後尾につき、遅れる者を容赦なく、斬り殺した。脱落したのは三名ほどで、三時間の長躯を経てバルカ少将の駐屯地に到着した。

 歩行戦車五台。小銃などは持たなかった。夜襲による白兵戦闘である。一人三発しか撃てない銃より、刀剣類の方が信頼性はある。歩行戦車もフルジア軍の電磁攻撃があれば破壊されるが、奇襲である以上、その可能性は低いと思えた。

 伝令より早く到着した。バルカは驚きの表情を隠そうとはせず、恰幅のいい体を揺らして出迎えた。

「神皇閣下、これは何事ですかな」

「十五師団の歩兵連隊を救出に来た。兵を貸せ、我々が行く。もしやもう中隊は全滅したのか?」

「いえ、それは無い。両翼のA、C中隊は撤退に成功し、ベルティエ隊が包囲されながらも奮戦中ですぞ」

 中央を進むアンリ・ベルティエ大尉指揮下の中隊が包囲され、両翼を進んでいた中隊も攻撃を受け、壊滅。撤退には成功したが、捕虜になった者も含め損失は五割に近い。完全に孤立したベルティエ隊だったが、銃声や戦闘音はまだ消えておらず、細々と抵抗は続けられていた。

 リューヴ軍でも屈指の実戦部隊である外人部隊。オフェリアやツェルニーにとっては、使いやすいのだ。死傷者が出ても批判の的となることはない。これがリューヴ人部隊なら、遺族や反戦派が騒ぎ始め、政府に対し補償だの謝罪だのを求めてくる。

 そんな背景を持つ外人部隊が、歴戦となり貴重な実戦経験を持つ部隊なのは当然だ。そう、よくよく考えれば。傭兵の如き彼らを救うメリットは、純粋に勝利に向けたものでしかなかった。

 だから、おそらく。オフェリアには打算など無かったのかもしれない。

「少将、兵をお貸し願いたい。小隊を二つ程度でいい」

「二つといわず、いくらでも。救出部隊を率いるのは?」

「我輩が指揮を執る。五十名程度の部隊を二つに分け、一隊は陽動。薄くなった攻囲の壁を探し、一点を突破する。少将が編成されたチームは援軍として圧力を。もし我らが戻らなければ、総攻撃をしろ」

「秘策、というわけですかな?」

「でもない。今さっき考えたものだ。手当たり次第にやってみる。やらないで全滅するより遥かにいいだろう?」

 深く、作戦を考える暇などない。今、思いついたことをやる。駄目ならまた考える。臨機応変に対応していくことが大切だと思った。アハトだけでは不安だが、ネフィルとノインがいれば何とかなるだろうとオフェリアは踏んでいる。

 早速、救出部隊から二個小隊が分けられた。ネフィルに三十を預け、ノインと歩行戦車をつける。寸断なく発砲、喚声を上げ攻囲を引きつける陽動部隊だ。そして攻囲の薄くなったポイントを見定め、オフェリアが突破する。

 決めたら、もう迷わなかった。北へ10キロメートル。攻囲された中隊へ向け、進発を命じた。

 

 二十三時過ぎ、部隊を二つに分けた。緩やかな丘陵で、密林がやや、薄くなっている。ネフィルを左へと迂回させ、オフェリアは最も高くなった丘へ上った。木々のせいで、攻囲の兵は見えない。だが動きくらいは見定められるかもしれない。

 アハトを斥候に出し、オフェリアはただ、待った。

「静かだな。だが、何かが影で動いているという気がする」

 独り、呟いた。影で動いているのは敵なのか、味方なのか。それとも陰謀めいた何かなのか。おそらく、その全てだ。

 オフェリアの戦略と、現状はさほど違っていない。激烈な戦闘を展開し、膠着した段階で停戦する。引き分けに持ち込みたい、というのが第一点。停戦から第二次の休戦協定まで持っていくのが第二点。無論、それは建前のようなもので、いかに有利な条約を結ぶか、という点にある。

 シリウスを獲得した後、太陽系同盟と協力して進攻。第一次の休戦ラインまで領土を奪還する。そこまでの展望を持って、この戦いに臨んでいる。やはりフルジア軍は強い。勝つのはおそらく、不可能だろう。となると、あとは政治ということになる。

 軍事、政治双方に力を持つ。ツェルニーでは協定の話など不可能だろうし、カルディアでは軍事がわからない。自分の戦いは、おそらくそこだとオフェリアは覚悟していた。

「刻限だ。始まるぞ」

 時計に目をやった。時間だ。

 視界、その左側から閃光が走った。攻囲軍に向けての発砲が開始される。歩行戦車の発砲音はまるでこけおどしのようだ。音や光だけが強く、まるで威力は無い。やがて夜の空を貫く威勢。戦いを開始させる叫び声が空を包む。

「フルジア軍が七時方向に兵を集め始めました。しかし手薄と思える箇所はありません。兵力を均等に分散させています」

 アハトからの伝令が届く。均等に集めている、ということは均等に減らしていると同意だ。

「バルカ少将に伝令。至急、ネフィル隊の応援に向かわれたし。教団兵オーダー・ユニットは――――正面を突破する」

 束の間、迷った。だが決断した。正面突破。どこも同じ厚さなら、最も救出に近く、最もユドン南部城塞から遠い地点を狙う。

 伝令と同時に、丘を駆け下りる。オフェリアは戦闘で駆け出した。後ろには十名ほどの小隊があるだけだ。これで、駆け抜ける。どこまでも抜ける。

 アハトの斥候部隊を吸収する。すぐ隣にアハトがつき、二十人になった。全員が剣か長柄の槍を持っていた。このまま、突き抜ける。攻囲というからには、散開している。一点を突っ切るだけなら、出来る。

「行くぞ、敵を蹴散らす。皆、俺について来い。友を救うぞ――――!」

 背後から歓声が聞こえた。森を突っ切るのは、声と威勢。木々の合間から見えた敵兵の姿を、風となったオフェリアの剣が切り裂いた。

―――――――――――――――――――――

 

 

 にわかに背後が慌しくなった。二十三時三十分。ぼくは思わず立ち上がり、夜の森を見返した。

「大尉、これは?」

「わかりません。おそらく、味方の攻撃かと。救出部隊かもしれませんね、シャルヴェンカ」

 わずかな食料を口に運びつつ、ベルティエも立ち上がった。頬が汚れ、泥にまみれた姿だ。だがそれは、皆が一緒だった。ぼく自身も変わらない。武器の代わりにカメラを持っているだけである。

「確かに戦闘だ。合流しよう。皆、立て、立って武器を持て」

 ベルティエが小銃を捨て、剣を抜いた。ズィーベンも両手に斧のような物騒な近接武器を持っていた。中隊の生き残りが集まり始まる。土嚢はすでに崩れ、味方と敵の死体を積み上げて銃弾を防いでいた。死体に囲まれながら、ぼくらは隊伍を整える。

 総勢、十六名。それが全てだった。

「ここは、死地だ。故に何も恐れない。捨てるものなど何も無い。命の限り戦って、戦ってこそ、我々は――――生きる」

 戦士の言葉だ。ぼくはそう思った。戦場にしか、生は無い。だからこそ、命は惜しまない。戦いこそ全てと言い切る彼らの言葉に、なんと切ないのかと、心で慟哭が響いた。

 カメラを首から提げ、ぼくもまた、剣を持った。戦ってこそ、生きられるのだ。

 全軍が動き始める。十六人の戦士たちは整列も何もなく、武器を手に、闘志だけを燃やして歩き始める。真っ暗な夜の森に、飛び交うフルジア軍の光弾が世界を照らす。鋼と鋼がぶつかる音。誰かが倒れる音。そして断末魔の声。戦場を彩る全てのオーケストラ。

 

 突如として、ソレは訪れた。

 

 剣を両手に。頭から返り血を被ったような、血染めの男が夜に参上する。見開かれた目。釣り上がった眉。おそらくは、秀麗であろう容姿が鬼と化していた。まるで怪物のような威容に、ぼくはただ声を失い、片手でカメラを探していた。

 後続部隊が後ろに現れ、その鬼は剣を下げた。

「B中隊か?ベルティエ大尉はいるか?」

「はい。自分です」

「救出に来た、フィルウィリミテア教団オフェリア・フォーレと麾下部隊だ。現在、左翼から第三軍から編成された救出部隊が攻勢を仕掛けている。他の兵は?」

「両翼に斥候部隊が展開していますが、分断されています。本隊は十六名、これだけです」

「了解した。右翼の小隊を救出しつつ、包囲を突破するぞ。左は十一師団に任せるしかない」

 彼はそれだけを言って、服の袖で顔を拭った。だが返り血はとれない。袖も血に染まっているのだ。オフェリア・フォーレは再び両手に剣を握った。

 特別な感慨など得る暇もなかった。走り出す軍勢に、ぼくは置いていかれないよう必死で走るだけだ。

 

 槍の穂先だ。先頭は鋭い槍の穂先。勢いよく突き出された突進を、誰も阻むことなど出来なかった。

 オフェリアは先頭で両腕を絶え間なく動かし、道を作る。そこに飛び込んだ後続がさらに左右を切り開き、駆け抜けていく。誰も触れることなど出来ない。槍のような突撃に触れた者は、ズタズタに切り裂かれるのみである。

 烈風が駆け抜ける。森に吹き抜ける一陣の強風。ぼくは左右に守られながら、足だけを動かしていた。

「トラヴィス、現在地は?」

 合流した右翼の哨戒部隊の中にいたトラヴィス軍曹に、ベルティエは声をかけた。勢いはなお失せず。四十個の火の玉となって森を抜く。

「ユドン南東、ほぼ15キロメートルですかね。このまま東に抜ければ、第二軍の戦域に入りますよ」

「なら、包囲は抜けたな」

 オフェリアが足を止める。そしてベルティエと二人で兵を数えた。四十人。欠けたのは、二名だけだった。包囲はすでに抜けているのか、どこからも敵が襲いかかってくることはなかった。

「帰還、しようか。敵の防御が厚いのは当然さ。第一目標である上陸は果たし、陣地設営も終わったのだから、良しとしよう」

 自分に言うように、オフェリアは帰還命令を出した。ようやく、ようやくそこで、ぼくは生き延びたのだという実感を得た。ただ握っているだけだった剣が重くて、仕方がない。強く握りすぎた手をゆっくりと開き、剣を落とした。

 それでもしばらく、ぼくの右手は変に固まったままで、開かなくなった。

「これは、補充が必要ですね」

「左翼で救出が出来たかどうかはわからないが、十名前後だろう」

 B中隊の残存兵は三十人ということになる。死者が百七十名。85パーセントの損傷率というのは、すでに全滅に近い。部隊として成立していない。

「A、C中隊と合わせて、200名弱だ。統合するしかないかな」

「必ず、ユドンを攻略致します」

「そこらへんは作戦が必要だ。とにかく、よく生きていた。これは敗北ではない。だが勝利でもない。勝利への道を歩んだだけだろう」

 被害の総数では、負けたかもしれない。だが圧倒的な人員を誇るリューヴ軍の被害とは、割合でしか勝ち負けの判断はつかない。これで、ユドン市攻略の目処が立つ。全く反撃して来なかった、という不気味さも消えた。ある種、落ち着いたのだ。

 夜の森を歩きながら、ぼくは早く帰りたいと、そう願うだけになっていた。

 

 空域封鎖。フルジア軍は戦艦でシリウスを攻囲し、全ての補給線を断った。輸送艦はことごとく打ち払われ、あるいは電磁波攻撃で破壊された。フルジア軍の作戦は、上陸させることにあったのだろう。シリウスに引き込み、補給線を断って、リューヴ軍を全滅させるつもりだ。

 今は、射出されて弾道的に飛ぶロケットのようなもので補給を行っているようだった。もちろん、運べる数は極端に減り、決して絶対的な優位にいるわけではなくなっていた。

 そんな中で、ぼくは脱出艇に乗って救助された。打ち上げられたロケット。推進力を失った頃、マンティネイア星の太陽系同盟軍に拾われた。シリウスでの状況が日々厳しくなっていることを、太陽系同盟も知っているのだろう。人道的な立場から、ぼくのようなケースに対して救助活動を行っていた。

 それから、旅客用の航宙船に乗って、リューヴに戻った。

「もう沢山です。ぼくは戻りませんから、他の人を派遣してください」

 会社にはそう伝えた。カメラとフィルムを返却し、さっさと家に帰った。戦場になど、二度と行くものか。会社を解雇されようと左遷されようと、絶対に行きたくなかった。

 そのあたりは会社側も理解したのか、ぼくは報道記者からごくごく普通なカメラマンに戻った。機械で囲まれた世界に、戻った。新人の部下も一人ついて、色々と教えながら、大統領の写真だの何だのと、普通な人間に戻った。

「ねぇ、先輩。今日先輩の家で飲みましょうよ」

「え、それなんのお誘いさ?非常に残念だけどぼく、結婚してるんだ」

「いや知ってますから。自信カジョーもいいですけど、これでも気遣ってるつもりですよ?」

 精神面を心配してくれたのか、新しく部下になった女の子はそんなことを言った。まだ、戦場での思い出が抜けないらしい。どこかの大尉のモノマネを、知らない間にしてしまっているようだ。

 家に新人の彼女――――ソニアを連れて来てみる。妻に紹介し、シリウスでの体験談を肴に酒を愉しむ。そう、よくよく考えれば。悪いことだけではなかった。わずかな間の戦友たちとの別れは、今にして思うと、寂しいものもある。

 そうだ、とぼくは思い出し。現像した写真を見せる。赤く染まった鬼の画像。

「あ、この人は?」

「うん、フォーレ神皇閣下。ぼくはこの人に、助けられたんだ」

 神は、おそらく居る。

 ぼくは死地で。神に祈り、命を願い、そして今。家族と友の隣にいる。

 過ぎ行く時を、瞬間に止めて。あの日をぼくは永遠に留めるだろう。