天運は我に無く。
 神に見放された者たちが集い、勝敗の境界に立つ。
 銀河争覇の夢は消えず、暴れる熱となる。
 秋空に広がる絶望の雲。
 そして天より降る、祈りの光。



 机の上に広げられた資料。星図、防衛拠点の位置、配置人員。レグルス星系第一惑星に関する情報だ。
 対するのは敵の陣容。トリトン、アルドラ、ノティオン、フェクダに配された兵力、武器、艦船。導き出される答えは第三次反攻計画であり、レグルスの奪い合いになることが予想される。
 近衛師団を率いてどこに向かうのか。兵力およそ十五万の精鋭である。シャルンホルストは十五万人の命を背負い、かつフルジアの命運を担って立ち、考えられる全ての状況を情報の上に想像していた。ガヴォットの死が痛い。これでシャルンホルストが直々に戦場へ赴かざるを得ない。
 人が不足しているのだ。レオンハルト・ガヴォットが死に、ヴァルトラウトも死んだ。エーファも病に倒れ、一級・二級貴族の有能な人材が次々と消えつつある。次代はまだ幼く、育成にまだ時間がかかる。育つまで、シャルンホルストが自分で欠員を補わなければならなかった。
 これが、自分の運命なのだろう。オフェリアに見初められ、育てられた。国を背負って立つ運命が与えられた。ならば応えてみせる。いつだって自分は、その信頼に、期待に、応えてきたのだから。
 資料の上に何かの記事が置かれた。いつの間にか、作戦室には二級貴族のレントラーが入ってきていた。まだ十六歳の少女だが、将来は外征軍を担う存在である。
「――――これは、笑える」
 アンドロメダの新聞記事だった。ルテティア・パリシオールムでフルジア軍士官が抜刀したという事件を告げている。アマリア・レティツィアの顔が大きく紙面に描かれている。
 国を護る。そんな悲壮めいた決意を和ます、一陣の涼風。記事に映る彼女の顔が、シャルンホルストの心を温めた。彼女は会えたのだ、主君に。どうかそのまま幸せな日々を送ればいい。あの子は優しすぎる子だ。だから、悲しみと痛みに耐えられず、暴れてしまう。
「どうしてレティツィア様が?」
 ヒルデブラント・レントラーは不思議そうな顔で投げた記事を見ている。どうしてアマリアが、ルテティアに。そんな疑問を抱いたのが記事を見せた理由だろう。多くは語らず、シャルンホルストは使いにやったとだけ教えた。
「さて、レントラー少佐。明日にも出発してレグルスに入るわけだが」
「はい総統。あの、何を持っていけばいいのでしょう」
 菓子でも持たせるか、と皮肉が浮かんだ。まるで遠足に行こうとしているレントラーの質問に、苦笑しか出来ない。実戦を経験していない十六歳の少佐。しかし、彼女がフルジアを背負わなければならない。
 自分が上に立つことに驕ってはならない。自分より下である者に阿ってもならない。心は中庸にあり、人と接する時は中立に。自分に言い聞かせながら、レントラーを見る。自分が育てなければならないのだ。自分が、これからのフルジアを守らなければならないのだ。
「資料をまとめて旗艦に乗せておけ。明日から地上が恋しくなる。しっかりと眠って体を休めなさい」
 データを自分のモバイルに移し、席を立つ。礼をするレントラーの隣をすり抜けて外へ。禁衛府の近衛第一はすでにガリアルドの指揮でレグルスに向かっている。すっかり人がいなくなった禁衛を出ようとして止められた。守衛が五名ほど整列している。
「お待ちください、総統。護衛もつけずに外には」
「宮殿はすぐそこだ」
「では、しばし我慢してください」
 諦めて、五人に囲まれて宮殿へ。徒歩で五分ほどの道だ。すぐに到着して護衛兵を解散させる。非常に面倒だ。歩きながら考えることもある。車両を短い距離で用いないのは、一人になって考える時間が欲しいからだった。
 厄介な護衛に悩まされながら、宮殿に入ってゲオルギーネを訪れる。シャルンホルストが護衛を取り止めると言えば、ゲオルギーネも護衛を不要と言うだろう。万一を考えるとそれは困る。部下がシャルンホルストの身を案じるように、自分もまた皇帝陛下を案じている。だから結局変えられない。
 女王の一日は退屈なものだろう。情報を統括するのが仕事だ。家臣団の報告書から、秘書が選ぶ情報から、ゲオルギーネは自分のところまでやって来た厳選された情報に目を通す。シャルンホルストがゲオルギーネに伝えなければならないことは、本当に重要なものでしかなかった。
 集った情報の中から、何を重視するか。まず必要なのはそれだ。軍事に目が向き、レグルス近郊にいる敵軍の陣容を把握していれば、自ずと調べなければならないことは決まる。政治に目が向き、市場経済の現状と戦費の兼ね合いを理解していれば、自分がすべきことが見えてくる。
 今は軍事だ。いくら民心を落ち着けて善政を行っていても、敵に奪われれば何の意味もなくなる。敵は来る。攻めてくる。だから守る。守るのにも金がかかる。最も金を捻出しやすいのが、税金。税率を上げれば人は困る。軍事と政治は両立をしない。だから、どちらにどれほどの加重をするか、どう均衡を保つかが問題になる。
 要はその見極めなのである。領土を守るには武器がいる。武器を作る資金を得るため、増税をする。1パーセントなら人は耐える、5パーセントなら不満に思う、10パーセントなら抗議運動を行う。どこまで引き上げ、どこまで武器を調達すればいいのか。見極めるべきポイントはそこだ。
 人は急に暴動を起こさない。蓄積された不満が吹き出ると、暴動になるわけだ。現段階で人々がどれほど不満を溜めているのか。オフェリアやゲルトラウデはその見極めが上手かった。ゲオルギーネはどうなのか。
 不安ではある。しかし、信じるよりない。もしも駄目なら、自分が支えればいい。シャルンホルストが己の主君に求めているのは、情報の統括と情勢の把握でしかなかった。善政や軍略などは、求めていない。出来ないこと、出来ること。その二つをきちんと把握してくれていればいい。
 暗愚ではない。情勢を把握していれば、シャルンホルストがレグルスに行かざるを得ない。わざわざ説得せずとも、ゲオルギーネは行けと命じてくれるだろう。自分の行動に制約がなければいい。それだけで、よしと思うべきだった。
「敵はノティオンが本拠。ナーディル・アルダシールの四十万、太陽系からはリン・カーウェイの二十万、フェクダにはアイリーン・リアンの十五万。合わせて七十から八十万の軍です。三路よりレグルス星系へ侵攻をしてくるでしょう」
 星図とデータを用いて説明をする。三方向より進撃してくるのは第二次反攻作戦と同じだった。違うのは、兵士の質。あの時は指揮系統が不明瞭で、太陽系の将軍が上なのか、リューヴ軍の大将が上なのかはっきりしていなかった。司令部でさえ混乱していた中、戦場にいる兵士は決して高くない士気とバラバラな武装をしていた。
 今は違う。連合軍というより、一つにまとまった軍隊だ。軍階級、装備、指揮系統を全て揃え、頂点にツェルニーを置くことで固めた。以前のようにバラバラに攻め寄せ、各個撃破出来る相手ではない。綿密な合同作戦の上、歩調を合わせて進んでくる。
 以前と違うというのは、すでにノティオンで知った。二人の将軍を失うという大きな授業料を払わされた。だから、次は無い。
「対するはレグルス星にいるティンクベルン司令官の外征軍。レグルス星に三十万。ドラドに十万。フーガ准将の機甲師団が全域に展開し、レグルス星系全域で百万の将兵を置いています。軍艦の数では劣りますが、陸上兵力ではこちらが上です」
 艦隊戦では優位に立てないかもしれない。敵の新兵器は電磁波攻撃を打ち砕くことが出来る。互角の条件であれば、艦の数と戦術が勝敗を握る。ゼバスティアン・フーガは確かに適任であるが、艦隊戦のプロフェッショナルではない。
 数に劣り、指揮にも劣れば敗北は必至だ。制空権を握られ、陸上兵力が孤立する。
「そこは、策ですね。とにかく私はレグルスに入ります。星都防衛だけなら遊軍も生まれましょう」
「では、シャルンホルスト。私は何をすればいい?」
「はい。翌朝、声明を発表していただきたいのです。すでに近衛師団を含め、全軍が戦時体制に入りました。レグルスで戦い、そして本国を守る兵士たちを激励すべきかと」
 スピーチの内容が書かれたメモを渡す。女王は人気を得なければならない。今までの皇帝より、もっと大きな人気と信頼をだ。それで兵士は命を捨て、誇りを抱く。それで国民は苦しみに耐え、愛国心を持つ。
 思わず、苦笑を浮かべた。自分が言っているのは精神論でしかない。そう、この国の疲弊は耐え難いところまで来ている。後は気合と根性、精神的な要素でしかない。物資もなく、資金も足りない、人は死に、兵士は朽ちる。先代が残した莫大な遺産を食い尽くす時期が迫っていた。
 オフェリア追放から、六年だ。まだ余力はある。しかし立て直さなければ、国は疲弊したままだ。余力のあるうちに何か手を打ちたい。そこにきて、戦だ。
「わかった。新しい副官の様子はどうだ?」
「そこそこ、でしょうか。レティツィアを尊敬しているようですね」
「アマリアをか。けしからんな」
 露骨に不快そうな顔を見せる。ゲオルギーネは、オフェリアを嫌っていた。自分を置いて出て行ったと思い込んでいる節がある。そんな嫌いな人物の場所に向かったアマリアを、好意的な感情で見れないのだろう。
「では、行きます。何か質問はございませんか?」
「いや無い。ご苦労であった」
 尊大な口調である。どうしても、心のどこかでコンプレックスが生じてしまう。先の皇帝は二人、いや、三人とも名君だった。焦っている。名君になろうと焦り、見かけだけでも大きく見せようと言葉を尊大にする。
 昔の自分がそうだったのをシャルンホルストは思い出した。あまりにも優秀すぎた師。いなくなってしまった時、自分はすぐに後継になろうと焦った。代わりを務めようと焦った。周りの人間を統率するために、わざとらしい言葉を遣った。
 ドアを閉め、額を押し付けてみた。このままでは駄目なのだ。このままでは、この国は。



 先に動いたのはACMFだった。アンドロメダ軍ヘルウェティア方面軍第八・第十軍連合艦隊。四十隻からなる艦隊がレグルス星系に侵入を始めた。
 報告を受け取った時、シャルンホルストはゲルトラウデ・ネブカドネツァルに乗艦してドラド宙域にあった。即座に機甲師団を呼ぶ。集められる戦艦はおよそ二十。敵の位置に近い艦隊を防衛に当たらせる。犠牲をなるべく抑え、負けてもいいとフーガには伝えた。
 先にレグルス星へ入る。すぐにヴェルブングと会った。外征軍は四十万でトリトン方面からの防衛に当たる。機甲師団は三十万でフェクダ方面。近衛師団が十五万でノティオン方面の担当だ。
「またお前もオフェリア様の真似事か。何故大軍を擁していて寡兵で当たる?」
「最善だからです。我々は点ではなく面を守らなければならない。レグルス星系、第一、第三、第四惑星。これを直線で結ぶと三角形になりますね」
 艦隊戦で勝機を望めない。制空権を握られ、陸上兵力が孤立すればノティオンの二の舞になる。一箇所に兵力を集めるのではなく、分散させる。三つの拠点を築けば、三角に面した宙域はあらゆる方向から攻撃を加えることが出来る。
 互いに支援し、そして面を保持しなければならない。牽制して敵を抑止して防衛を進める。
「レグルスの兵力を削るのは、星都クリスタ市周辺に強固な防御陣地を構築してあるためです。三つの拠点はどこが欠けても成立しない。兵力の配分は防御陣地の有無で考えたものです」
「しかし、その三角形を維持するだけの軍力があるかな」
「拠点にはそれぞれ指揮専用艦を配します。これは電磁波攻撃を行うためです。三方向より同時多発的に発生した電磁波は逆三角形状に広がり面を防衛します」
「ふむ。となると兵站は確保されるな。第四惑星に機甲師団と輸送船団が置かれるか」
「このデルタ地帯を利用して補給線としましょう。もう一点、レグルスにはドラド経由でデネボラ星から援護も可能です。ギーゼルベルトにも伝えています」
「わかった。さすがは総統だな、任せておいて大丈夫なようだ」
 外征軍にはオフェリア・ネブカドネツァルを貸し、兵員の輸送を始める。シャルンホルストもゲルトラウデ・ネブカドネツァルに乗ろうとして、しっかりと握手を交わした。
「遠慮なく引き回してください、総統閣下」
「敬語は照れますね。昔のように呼び捨てで結構ですよ、司令官」
「そうはいきません。これからは、貴殿が全軍指揮官だ。作戦に関して、元帥だろうと大将だろうと貴方の下に入るのは当然です」
 直立し、一礼をしてヴェルブングが去っていった。堅苦しいのが軍の美徳なのかもしれない。そして自分が背負うのは、命、国家、全て。負けるわけにはいかない。
 考え、考え抜いた作戦だ。自分の全てをぶつけた。あらゆる事柄を入れて分析した。大筋は描かれているが、細部は広がっている。大樹のようなものだ。途中で不備が生じても、不備から生まれる作戦もある。そうして初めて、オフェリアの戦を模倣することが出来る。
 初めて戦場に立った時、体が震えた。怖かったからではない。驚いたのだ。全てがオフェリアの言葉どおりに進んだ。どこで何が起きるのか、把握していたのだ。緻密な計算と、完璧な分析と、そして大局を見渡す懐の大きさ。広く、広く、視野を広く。そして思考を空の如く広げて、見る。
 戦場は一つではない。何も見落とさない。全てを頭に入れる。見ること。それが自分の仕事。
「私たちも行こうかヒルデブラント。爺様に小言を言われてしまうからね」
「フーガ准将が聞いたら怒りますよ」
 指揮専用艦に乗り込み、レグルスを発つ。これからは、戦の時。考え、考え尽くした先にあるもの。自分の中ではもう戦は始まっていた。ただ、なぞるだけだ。

 情報収集力を含め、技術力ではフルジア艦が相手に勝っている。シャルンホルストは敵より先に連合艦隊を発見した。
 フーガ率いる機甲師団の主力艦隊が打ち破られていた。先に通達していたとおり、艦船の被害は少なかった。哨戒に使ったフリゲート艦が二隻、戦艦に被害は無い。敵艦隊はフーガを破り、そのままレグルス宙域へ進出している。
 ただ、敵も優れた動きをしている。フーガが戦略的撤退だと踏み、艦隊を分けていた。レグルス方面へ突出しているのは第十軍艦隊、旗艦シヴァ。セロ・ライル率いる火星軍団である。大型艦三隻、中型戦艦十隻、駆逐用の小型艦が十七隻の計三十隻。対するシャルンホルスト艦隊は二十隻の数である。
「これより敵ライル艦隊を攻撃する。このシャルンホルストについて来い。女王陛下の威光を今こそ見せる時。各員、帝国の誇りを抱いて奮闘せよ」
 司令部が声をあげ、気合を空に放った。シャルンホルストは旗艦に乗ったまま、前に突出した。十隻ずつ、二列縦隊で進む。速度を上げる。
「艦隊戦だ。戦闘時は九十度に回頭、麾下の後続艦は旗艦に次いで横隊に、角度を保ち一斉砲撃。それがセオリー。戦況を見極め、崩す時はこれを崩す。やり方にこだわってはならない、しかしやり方を変えるべきでもない」
 思わず、呟いていた。隣に座っていたレントラーがこちらを見る。
「緊張します。艦隊戦は、陸戦とは違いますので。ご教授に感謝します」
「いや――――受け売りだよ。師から教わったことを、自然と口にしていた」
 あまり知られていないが、オフェリアは艦隊戦を得意とする軍人だった。もちろん野戦も上手く、派手な勝利が艦隊戦の功績を消しているのだ。航法、艦隊陣形、砲撃の命中精度と修正方法。航宙艦で奇襲という荒業をやってのけたのは、歴史上オフェリア・フォーレただ一人だろう。
 信じた。教わったこと、学んだことが正しいのだと信じている。ならば、勝てる。自分がしっかりと学んでいたのなら、負けるはずがない。私はディリゲント・シャルンホルスト。かのオフェリアの弟子、唯一、期待に応えた最高の稚児だ。叫び、敵に聞かせてやりたかった。
 光点に向かって視線だけで言ってみる。三十の光点が点滅し、位置を伝えている。こちらを補足したのか、縦隊から横隊に陣形を変えつつあった。戦闘態勢に入ろうとする敵。動きは悪くなかった。
「全速前進。後続は80パーセントの速力」
 旗艦を先頭に、何の策も無く突っ込んでみる。先頭だけが徐々に突出していく。この宇宙で、自分だけが宇宙に取り残されるように。目を閉じる。大きく息を吐いた。開く。もう作戦は決まっていた。
「後続、全速で斜線状に広がれ。陣形が崩れても構わない。奇数艦は右、偶数艦は左だ」
「射程距離まで残り二分半です」
 間に合う。後続艦はさらに遅れつつ、斜めに広がった。
「数で勝るか、質で勝るか。艦隊の力量は互角だろう。勝敗は艦長の指揮で決まると言っていい。後は戦略かな。例えばアンドロメダ勢にとって目標はレグルス星系の制圧だ。軍艦は百を超える数である。ここで無理して勝利する必要は敵方には無い」
「宙域の制圧には我が軍が邪魔になりますね。ライルの狙いは我が艦隊の駆逐ですか?」
「あわよくば駆逐しよう。そのように軽く思っているのではないかな。尤も、敵にとっては二戦目だ。初戦はフーガを蹴散らしている。目先の勝ちに乗って徹底的に戦おうと思っているかもしれない」
 どちらでも良かった。どちらでも対応できるような柔軟な思考を持っていればそれでいい。小競り合いで退くか、躍起になって攻め込んでくるか。後者であれば有利にはなる。戦略的に、ここは負けが許されない場面。後退させるだけでもいいのだ。
 艦が射程距離に入る。敵の識別信号は、旗艦シヴァ。ソフィア・ビュザンティオンで建造された新型艦だった。新造されたのは全部で六隻。最新鋭の防御システムを積んだ軍艦で、こちらの電磁波攻撃を無効化する。シヴァは司令部機能や収容力には欠けるが、アンドロメダ随一の火力を誇る最大級の戦艦だった。
 まともにやりあえば勝負にはならない。こちらが一発、砲撃を行えば三発も四発も返って来るものだ。核弾頭魚雷で武装しているとされ、一発でも食らえばゲルトラウデ・ネブカドネツァルは宇宙の塵になる。オベロン条約に抵触する兵器ではあるが、核攻撃はすでに何度も食らっていた。シリウスがいい例だ。
「雷撃用意。敵前段駆逐艦に照準、三段に構え。後続艦は正面のみ。速度と角度はそのまま」
 右舷と左舷の魚雷発射口。正面も含めて三方向に射出させる。後続は旗艦を中心に展開しているため、正面に放つだけでいい。セオリーならここで回頭するのだが、シャルンホルストは直進を選んだ。
 合図と同時に魚雷が発射される。光点を目で追う。当たった。思って顔を上げた。スクリーンに映し出された宇宙空間で赤く光った。命中。同時に接近する魚雷を捉える。弾幕を張って防がせる。
「よし、速力落とせ。後続艦はそのまま前進、前進」
 言い終える前に、艦が揺れた。魚雷が命中したようだ。シャルンホルストはレーダーだけを見続けた。味方の船がYの字状に広がって展開しようとしている。それは視界にも見え始め、左右に退避していく艦影を視認することが出来た。
 敵の攻撃は旗艦であるこのゲルトラウデ・ネブカドネツァルに集中していた。先頭に立っているせいもある。正面に三発、右舷に一発、左舷に二発。続々と敵魚雷が命中し、激しい揺れを感じた。思わず振り落とされそうになるのを、必死に耐える。
「核弾頭魚雷、十一時の方向より接近しています」
「全ての弾幕を左舷に集中させろ。取舵いっぱい、右舷居住区に退避命令」
 徐々に艦が左に船首を動かし始めた。核魚雷は三発。一発、二発と夜空に光った。三発目。船首をかすめて、右に逸れていく。この船は巨大だが、小回りが利く。その代わり、右舷に魚雷が集中して当たり始めていた。火災。すぐに消火活動を命じた。
「ジグザグ航法、直進する。全速だ」
「宜候。全速前進、損傷部位は破棄します」
 右舷ブロックがいくつか、宇宙に投機された。火災が激しい場所や、気密性が破られているブロックだ。船は心地よい振動に揺られ、魚雷を回避しながら素晴らしい速度で突き進んでいく。見れば、横隊に並んだ敵を友軍艦が囲んでいる。攻撃が分散され、被害が減っていた。
 陣形はこちらに優位。すでに一斉攻撃が開始され、敵艦隊を猛爆していた。前列が崩れる。後退しようとして、後列の艦とぶつかっていた。間もなく敵は総崩れになる。少しでも減らしておきたい。もう目の前に、へし折れた敵艦の残骸が見えた。
「上昇。敵旗艦の真上に入った瞬間、電磁波攻撃」
 船首が上向きになり、一気に舞い上がった。残骸を避けてシヴァの上につけ、電磁攻撃を浴びせる。
「敵はこちらが電磁波攻撃をしてくるものだと踏み、横隊に並んでガンマ線バーストの準備をしていた。そのせいで艦隊戦の準備が整わず、こちらは包囲陣形を組む時間を耐えることが出来た。勝因はそんなところだ」
 レントラーに解説する頃には、猛烈な勢いで後退していくシヴァが見えた。追撃はせず、被害を報告させる。他の味方艦に被害は出ていないが、このゲルトラウデ・ネブカドネツァルが中破。敵の被害は軍艦十一隻を撃沈、十五隻に損傷を与えた。
 一つずつ勝ちを拾っていく。それで、最後はこちらが栄光を掴める。



 最初に決めた防衛ライン。三つの拠点とそれを結んで出来る三角の宙域。レグルスに舞い戻ったシャルンホルストは予想していた敵の上陸地点に呼応し、クリスタ市西部の防御陣地を重視した。敵が侵攻して来るとすればまず西部からだ。北部から北東部にかけては川があり、南岸にある海に注いでいる。地形的に西が弱点なのである。
 もちろん、渡河する可能性も、海に着水して船舶での上陸作戦を敢行して来る可能性もある。しかし限りなく低い可能性だとシャルンホルストは踏んでいた。敵はナーディル・アルダシール・アル=マダーインである。この将軍はどちらかと言うと要塞攻略や市街戦よりも、野戦をやりたがる傾向がある。
 野戦が得意な敵将なのだ。水際からの上陸作戦には、耐えず電磁波攻撃による被害が想定される。こちらがスイッチを一つ押すだけで、水上の戦力は全滅する。奇策として上陸作戦を計画した場合、メリットよりリスクが上回る。
 ナーディル・アルダシールという人物は剛毅な性格だ。しかし冷静な男でもある。荒っぽい戦を好むが、確実に勝てる方法を選ぶ。だとすれば、やはり西しかなかった。
「近衛第一は西を受け持つ。北、東、南には連隊で防衛。司令部はここクリスタ星庁に」
 雨に濡れた姿のガリアルドが来て、そう伝えてやった。数が減って第二師団から補充してあり、現在は二万五千の兵力を有している。クリスタに多量の遊軍が存在することになるが、これは近衛第一の後続と考えてよかった。
「グラエキア方面軍は四十二万の将兵ですよ。総統閣下、我々だけで勝てるのでしょうか?」
「不安かね、ヒルデブラント」
「先の艦隊戦で数が勝敗を決するものではないと教わりましたが、倍以上の数ですから」
 資料を眺めたまま、レントラーの不安を聞き流す。ジェラール・ガリアルドは直立したまま、動かなかった。アマリアと並んで才能のある若手だった。将来は近衛師団を背負って立つ男だろう。オフェリアも彼を認めていた。
 最初は、レーヴェに属する剣騎士だった。しかし体力が無く、他の女性隊員に遅れていた。剣の術はなかなかだったが、ひ弱だったのだ。訓練で走らせると、それがオフェリアにはよくわかったのだろう。翌日には転属になっていた。シャルンホルストは近衛から外すものだと思っていたが、リントヴルムへ移動させていた。
 竜騎士団でガリアルドは目覚しい活躍を残すようになった。体力をホバーの運転技術で補い、剣術と射撃能力を高めた。今年で三十歳になる。シャルンホルストは何かと目をかけ、少佐にしてやった。オフェリア追放の一件で嫌われた節もあったが、一度語り合って軋轢は無くなっていた。
「ジェラール、口を開いていい」
 何かを語りたがっている。それがシャルンホルストにはわかった。声をかけ、資料を置いて視線を上げた。
「はい。レントラー様の危惧は道理でありますが、我々、近衛師団は恐れも不安もありません。なぜなら、我々は近衛師団だからであります。一人で百人を殺す覚悟と技術があれば、たとえ百万の大軍でも任務を遂行出来ます」
「それは夢物語でしょう、少佐」
「違います。畏れ多くも先帝ネブカドネツァル二十一世が指揮官であった頃、我々は二万の兵力で二十万が守備するノティオン市を制圧しました。此度の指揮官はシャルンホルスト総統閣下であり、先帝陛下に準じる力量をお持ちであります。今回の作戦が防衛であれば、二倍の兵力を相手でも作戦の完遂は可能かと存じます」
 わずかに、レントラーの表情が動いたのをシャルンホルストは見逃さなかった。反オフェリア感情の強い少女なのだ。ゲオルギーネに少し似ている。
 フルジアでオフェリアの名前はタブーと言ってもいい。国に報いた見事な手腕は持っていたが、皇室を汚したというものだ。近衛師団を中心として、アマリアやガリアルドが持つような親オフェリア感情は珍しいと言っていい。大多数の国民や政治家、軍人はオフェリアを皇族と認めていない。
 それは、オフェリア自身が望んだことだった。だからシャルンホルストが、そうなるように仕向けた。おかげでガリアルドに一時であるが嫌われてしまったのだが、そうしなければガリアルドのような人間がフルジアに溢れてしまっただろう。
 先帝の方が良かった、ゲオルギーネでは駄目だと思わせてはならなかった。フルジアの現状を見れば誰もがオフェリアの復位を望んだだろう。しかし、それは不可能なのだ。希望を断ち切らせなければ、ゲオルギーネは立場を失ってしまう。
 何も悪くないのに、報われない。だから、幸せをひたすらに願った。
「――――信じることだ、ヒルデブラント。信じることで、不可能が可能になる」
 椅子から立ち上がり、少女に資料を持たせる。前線の視察。そして防衛線の構築を始めなければならない。

 クリスタ市から西に500メートルが第二次防衛線、1000メートルのラインを第一次防衛線としている。両防衛線の間にはそれなりに傾きのある斜面が広がっている。クリスタ市は丘の上に作られた都市で、制空権さえ握っていれば難攻不落の都市に見えた。
 北西の位置に近衛師団司令部を築いていた。司令部といっても全軍司令部がクリスタ市にあるため、簡素な作りだ。シャルンホルストはひとまず、そこを自らの拠点に決めた。
 雨である。遠く見える海岸線に向かって、真っ直ぐと伸びた防衛線がある。この司令部は哨戒基地として使われているもので、前線に当たる。指揮官がそんな最前線の防衛拠点に駐屯することを師団兵はこぞって反対したが、シャルンホルストは無視した。
 常に前線に立つ。それでいて、全体を見る目も忘れない。耐えず、己に心がけていたことがそれだ。オフェリアから学んだことは数多いが、どれも大切なことだった。
「冷えるな。ジェラール、皆は風邪などひいていないか?」
 前線は常に雨が降っていた。低気圧がクリスタ市の上空を覆っているのだ。秋の冷たい風と長雨が全身を濡らす。ビルの中では気付きにくいこと。前線の将兵がどのような状態にあるのか、体で体感しなければ、万一が起こりうる。例えば、病だ。体調が悪ければ兵士の力は半減するだろう。
「無駄な哨戒などは出来るだけ控えさせています」
「それでいい。待つ辛さに、耐えてくれ」
 いつ敵が来るかわからない状況で、黙って兵舎で待ち続けるのは案外と辛いものだ。緊張感が途切れない。戦いが始まってしまえば何かを吹っ切れるのだった。考えることが無くなる。目の前の敵しか見えなくなる。生きることしか思わなくなる。
「オフェリア様がいた頃が、懐かしい。あの時は雨を冷たいと思わなかった」
 歩きながら、ガリアルドにそんなことを言ってみた。足はもう軍営の方向に向いていた。
「自分もです。冬に降る雪を美しいと思い、夏の暑さに汗をかくことが気持ちよかった」
 齢を重ねてしまったということなのか。若さが無くなったとは思いたくない。自分はまだ、二十五だ。しかしオフェリアの下にいた頃は、雨の行軍でも辛くなかった。何を言えば気に入られるかと考え、頭の中では耐えず何かを分析していた。
 誰かのために生きることが出来る。それが、喜びに感じられた。今ではそれがない。夢は、色褪せたのか。
「アマリアが羨ましいよ。私もオフェリア様にお会いしたいのというのに、自分勝手な奴だ」
「全く同感です。帰って来たら、こき使ってやりましょう」
「――――帰って来る、か」
 いっそ、留まるべきなのかもしれない。フルジアに戻らず、オフェリアに仕えていろと言うべきなのかもしれない。そんな考えが一瞬だけシャルンホルストの頭に浮かんだ。自分なら、そう言われたい。責務を果たさず投げ出すことを怒られるだろうが、自分にとっては責務や運命などよりオフェリアの隣にいることが幸せだった。
「私は、任せようと思う。帰ってきたければ戻ればいいし、嫌なら残ればいい」
「……本心ですか?」
「それを考えることが、オフェリア様と一緒なら出来るはずだ。自分にとって、何が大切かを学べる気がする」
 だから、自分はここにいるのだ。
 軍営の建物に入って、合羽を脱ぎ捨てる。タオルをもらい、髪や体を拭きながら執務室に入った。レントラーはいない。ガリアルドと二人きりだ。
 日課のようなものだった。陣営を散歩してみる。それから、気付いたことを言い合う。作戦の大筋は話し合って決めてある。会話に出て来るのは、機関銃座の位置や、設置された遮蔽物の傾斜角度など細々したことだった。
 雑談のようなそれを終えて、ガリアルドが部屋から出ようとした時。何故か彼は振り返り、ドアノブに手をかけたまま口を開いた。
「心底から信頼出来るのは、少数の部下と閣下だけです。部下として光栄なことです」
 死を予感しているのかもしれない。あるいは、死を決意したのか。
「私もだ。気を許せる友だと思っているよ」
 にこりと微笑み、彼は執務室から出て行った。厳しい戦いになるだろう。頭のどこかで、体の隅々で感じる。自然と、シャルンホルストも顔が引き締まった。

 天候が優れないと、屋内に閉じこもることが多くなる。敵の上陸を待つこと。途切れそうになる緊張感を、歩き回ることで繋いでいた。部屋にいると、まるで昔を、そう、オフェリアに出会う前の自分を思いだすようで苦痛だった。
 兵たち。食堂で共に食事をする、訓練の様子を眺めてみる。様々なことで近衛師団の兵と交わった。顔を合わせていると、気持ちが通じる気がする。これから死ねと命じることもあるだろう。親密になると辛い思いをするのは自分だった。
 鍛えに鍛えた精鋭である。近衛兵たちは、他の部隊とは一線を画す。戦闘の道具ではなく、機械的な兵器でもない。それぞれが強い意思と勇気を持ち、人格も優れた戦士たちだ。質問をすれば、はっきりとした答えが軍隊的な簡素な口調で返って来る。それは大抵、しっかりと考え抜かれた答えだった。
 国を憂う者たちが、自らの意志で立ち上がる。その究極の形が近衛兵だった。軍隊というより、騎士団。顔の無い単なる数字ではなく、一人一人が独立しているのだ。それでいて統制もとれている。オフェリアが作った近衛師団は、世界最高の武力集団に仕上がっている。
「ソフィア軍も似たようなものだと聞いております、閣下」
 食堂で昼食をとっている時、近くにいた一人の兵士が言った。褒め殺すようなシャルンホルストの言葉に重ねての発言に、興味を惹かれる。周りの兵士も肯定するような態度を見せた。
 発言をしたのは、ミンネという小隊長だった。レーヴェの所属だ。
「兵卒というものがおりません。皆、士官なのです。いえ、任務中は少尉や中尉が兵卒の役を与えられるのでしょうが」
「興味深い話だ。ソフィア・レギオンは二千ほどの規模だったな」
 軍隊とは少し違う。士官学校を卒業した優秀なエリートたちによる武力集団。小規模ながら、過酷な訓練と統率力を養われた者たちと聞く。容姿は端麗、ファッショナブルな制服に最新式の兵装を整えた様は高い人気を得ているようだった。
 新造艦にも言えることだが、ソフィア軍は新たな兵器を開発していた。兵器というより、軍の正式装備を自国で作っているのだ。フルジアの技術力に匹敵する精密なもので、オフェリアが開発に関わっていた。光学・実弾の二銃身式突撃銃など画期的な新兵器が作られ、外国とライセンス契約を結んで経済の一端を担っている。
 ソフィア大使を通じて技術提携の話も持ち上がっていた。シャルンホルストは新型アーマースーツの開発を考えており、すでに試作品を作っていた。それもソフィア兵務局の協力を得て出来たものだ。
 アンドロメダにライセンスを輸出しているかもしれないと思っていたが、今のところ、分裂したタイタン軍の一部にのみ売っているようだ。旧シュトラスブルク軍の一個師団に新式ソフィア軍用武器が渡っているだけで、ACMFには新造艦のみが渡った。
「同数でぶつかって、勝敗が見えないのはソフィア軍だけです」
「状況によりけりだ。敵か味方か、わからないが」
 中立である。アンドロメダと提携して新造戦艦を建造したかと思えば、フルジアとも外交を持つ。孤立するのではなく、架け橋にならんとしている。ただ、それは均衡がとれている今だけだ。どちらかが押せば、変わるような気がした。その時、ソフィアはどちらにつくのか。それともまだ中立でいられるのか。
「先帝陛下とは戦いたくないものです」
「ビッテンフェルト、確か君の妹はソフィアにいるのではなかったか?」
「連絡はとっておりません。妹とは生きる道を別った、そう思い定めております」
 近衛第一師団の中から、出奔した者がいる。隣に座っているエーデルガルト・ビッテンフェルトの妹はその一人だと思われていた。アウバ星に駐屯していた時で、どのような状況だったのかはわからない。語ろうとしないのだ。
 ガリアルドが少しだけ教えてくれたが、くじ引きをしたらしい。全軍が抜けるわけにはいかない。しかし気持ちを抑えられるわけでもない。天の意志。それに委ねようとした。今の近衛師団の中にも、本心ではソフィアへと走りたい者もいるはずだ。シャルンホルストには、その気持ちがよくわかった。
 ビッテンフェルトは二級貴族で、レントラーと同格であるはずだ。しかし、決して上に立とうとはしなかった。レーヴェ隊を統括するだけで、それ以上を望もうとしていない。妹のことは無関係ではないだろう。
 追求しようとするシャルンホルストの目に気付いたのか、ビッテンフェルトは視線を上げた。
「まだ、雨が降っておりますね」
 気を逸らせるための一言に釣られ、シャルンホルストは窓の外に目をやっていた。



 秋雨が続く。待ち続ける心に降る長雨が、段々と、気持ちを黒く塗っていた。
 軍営。外に立つ。長身を容赦なく打つ雨。隣に立つガリアルドも無言だった。シャルンホルストはじっと一点を見つめながら、一つの答えに達していた。
 唯一の想定外。むしろ、考えることさえしなかった。偶然を計算には入れない。天候や地形は考えても、偶然は考えない。だから気付くのが遅れ、そして想定外の事態を生んだ。手にした資料を、叩きつけるように濡れた草に。

「……全軍、撤退する――――」

 河川が氾濫した。水害である。海岸から押し寄せる高波と、川から流れ出る水。降りしきる雨が生んだ二つの偶然が、クリスタ市を取り囲んでいた。軍営は残っている。しかし築かれた陣地は防御力を半減し、貯蓄していた食糧に満ち、泥濘が塹壕を埋めた。
「船を調達せよ。この水嵩では、徒歩で帰還は出来ない」
 淡々とシャルンホルストは指示を出した。第一と第二の防衛線の間。斜面を埋める水。防衛線だけが浮き上がるようにして孤立していた。
 冷たい雨だ。冷たすぎる。神は――――そこまで我々を嫌うのか。
「閣下。閣下の作戦は、そして我々の力は完璧なものです。完璧すぎるが故に、嫌われたのです。オフェリア様が嫌われたように」
 憮然とした顔で、ガリアルドが言った。
 まるで浮き島のようになっていた前哨基地に続々と船がやって来る。留まる理由は何も無い。シャルンホルストは見向きもせずに船に乗り、対岸へ渡ってクリスタ市へ入った。
 作戦は根幹から見直さなければならない。残された道はクリスタ市での市街戦でしかない。ゲリラ的な抗戦は出来ても、勝ちを拾えるのかどうか。もしもクリスタが落ちるようなことになれば、レグルス星系全域の防衛も危うい。
 死守せねばならない場所である。ここが境界。かつて、第一次休戦で国境が設けられた線でもあった。オベロン・ライン。つまり、ここから撤退するということは、負けているということだ。侵略を受けているということになってしまう。
 神はやはり、アンドロメダに微笑むのか。違う。違うはずだ。シャルンホルストは小声で自分に言い聞かせた。神は誰にでも微笑む、誰か一人を優遇することなどしない。オフェリアはそうだった。信じている。だから救ってくれ。誰でもいい、救ってくれ。
 だが、救うのは自分の役目だった。なぜなら、ディリゲント・シャルンホルストはオフェリアの代わりなのだ。尊いオフェリアが託した、この自分に。だから、自分が救わなければならない。泣き言など口に出来ない。
 上陸したシャルンホルストが見たのは、水が入った市街地だった。道路の上に水が張っている。クリスタ市でも被害が報告されていた。床上浸水などの報告が出ている。また風が強く、建物の倒壊などの被害も相次いでいる。
 ここにきて、仕事量が激増した。行政長官としての役もこなさなければならないのだ。軍を第一に考えなければならないが、公衆衛生をないがしろにしていると感染病などが発生する可能性もある。
 即座に星庁に入り、業務を開始した。被害報告をまとめ、読み上げる。レグルスの行政担当官を呼び、仕事を指示した。被害はかなりのものだ。軍にもダメージを与えている。海岸線に軍艦を係留させているが、高波と暴風で艦同士の衝突や浸水などの被害がある。
 まず倒壊した建物の上に、強引に艦船を置かせた。置けないものは、出撃させてヴェルブングに回す。すでにヴェルブングのいるレグルス星系第三惑星では敵の侵攻が始まっていた。これの応援に当てることにした。
 考える。災害救助に軍を使うべきだ。しかし、そんなことをしている余裕があるのかどうか。敵はすぐにでも攻めてくる。いっそ、住民を逃がしてしまうか。だが時間があるかどうか。
 迷うべきではなかった。人命を救う。そのために、自分がいる。応援に回そうとしていた艦船を輸送船に仕立てる。被災者を乗せ、北部にある都市まで避難させる。同時に疎開も行う。市街戦だ。出来るだけ市民への影響を無くしたい。
「閣下、デネボラから通信です」
 正面のディスプレイをスクリーンに。レントラーが通信を繋いだ。あまり見覚えのない顔だが、すぐに誰かはわかった。テレジア・シューベルである。シューベルティアーデ財団の長で、主にホテル業で財を築いた二級貴族だ。今はデネボラでギーゼルベルトの補佐をしている。
「いいところに。早急に物資の補給を」
「ええ、必要でありましょう。軍需物資はデネボラから、民需物資は財団から出しますがよろしいですか?」
 気の利く人物である。少し、見直した。あまり接する機会が無かったのだが、閣僚の間では金儲けに走った女性と噂が立っていたのだ。これもサービス業の賜物か、と皮肉めいたフレーズが頭に浮かぶが、それだけではなさそうだった。
「ソフィア・ビュザンティオン兵務局から連絡が入りまして、災害救助チームを派遣すると言っております。現在、アルゴナウティカ号がそちらに向かっていますが」
「――――オフェリア様」
 思わず、口に出してしまった。スクリーンの女性が淡く微笑んだような気がした。
「はい。では伝えておきます。レギオンの制服を着用した者の上陸を許可してやってください。指揮はティア・ヴァーグネル少佐です」
 通信が切れる。これで、懸念の一つが消えた。
 人道的支援は頼めるが、軍事同盟は不可能だ。自分が考えるのは、いかにして国を守るか。早速、地図を開いた。クリスタ市は南北に大きな線が引かれている。これはかつての軍事境界線で、防壁のようなものが築かれていた。
 西進してくる敵は、まずこの壁にぶつかる。星庁は当然、東側のフルジア領に位置している。壁から西までは譲歩出来る。最も強力な防衛線がオベロン・ラインになる。
 全ての力を、ラインに結集させる。強固な防御線を構築し、敵の攻撃を完全に跳ね返す。街の西側を破壊する勢いで、敵の攻撃を弾く。防御線に電磁波発生装置を埋め込み、光学兵器を使わせない。オベロン・ラインを小さな電磁障壁にしてしまう。それは街の西側を包み込む規模になる。
 東西で完全に技術力を分けるのだ。アンドロメダの攻撃は威力の劣る実弾兵器で、こちらの攻撃は破壊力のある光学兵器を用いる。同時に艦砲射撃も加え、完全に街を破壊しながら敵を殲滅する。ナーディル・アルダシールはどうするか。
 軍艦を陸上兵力にしてしまうという発想。ならば、鍵を握るのは空での戦い。宇宙軍がどれほど戦えるかだが、敵が三点を結ぶ防衛線を突破するには三方向より挟撃を受けなければならない。少なくとも当初に予定していた宙域での艦隊戦なら勝機はこちらにある。
 敵は西に留まらず、迂回策を選ぶだろう。南は危険性の高い海である。ならば、北しかない。北にも防衛線を築く。これは河川の氾濫を防ぐ意味合いも持ち、市街地への浸水の対策にもなる。西部に居住する民間人を全て東部か北にある他の都市に避難させなければならない。
 考えた。考えることが、久し振りに苦痛ではなかった。苦悩が我が人生、考案が我が運命。これは使命、神の人に与えられたもの。
 貴方が見ているのならば、悩むことが嬉しくもあります。そんなことを束の間、思った。

 物音がしてシャルンホルストは顔を上げた。驚いた。部屋が暗いではないか。時計を見ると、すでに深夜に近い時間帯だった。
 輝くのは資料の画面。ディスプレイの淡い光だけが照明になっていた。慌てて部屋の照明をつけると、手に盆を持ったレントラーが立っており、さらにシャルンホルストは驚かされた。どうやら夜食を持ってきてくれたらしく、そこで自分が何も食べていないことを思い出した。
 気付けば、ひどく空腹である。朝から何も食していなかったのだ。夢中で分析と考案に時間を費やしていた。ここまで我を忘れるほどに悩み抜いたのは本当に久し振りのことだった。
「寝不足は体に毒で御座いますよ」
「なんの。私に安眠は許されないのだ」
 盆の上に乗せられた食事。机の上を片付け、置いてもらう。まるで秘書官のような役をレントラーにはさせてしまっている。何も教えてやることが出来ていない。自分が彼女と同じ年の時は、夜食を運んだだろうか。
 仕事中、部屋に入った時。師はどう対応したか。思い出して、シャルンホルストはディスプレイの電源を指で押した。
「ありがとう、ヒルデブラント。腹が減っているせいか、とても美味しそうに見える」
 食事をいただく前に、少女を座らせた。退室しなくてもよいと伝えると、多少、驚くような仕草を見せた。いつもならここで追い出していた。邪魔になる。そう思って部屋から出し、一人で政務を続けるのだ。自分は一度たりとも、追い出されたことなどなかったのに、だ。
 人に物事を教えるということは、傲慢なことだ。自分の考えや知識を押し付ける。ならば、教える者は優れた人間でなければならない。自分は優れているだろうか。物事を教える立場として、胸を張れるだろうか。頷けそうにもない自問だった。
「こんなに遅くまで仕事をしていて、お疲れなのではありませんか?」
「少しは。でも、そんなことを言っていられる状況ではない。私がやらなければ、大勢の人が明日、困るだろう?」
 皿に盛り付けられた食事に手を伸ばす。食べながら、話そうと思った。行儀が悪いが仕方が無い。時間の余裕がある時ではないのだ。
「私の先生はね、こんな時でも話をしてくださった。眠る時間、休む時間は今の私などよりずっとずっと少なかったのに」
「そんな人、本当にいるのですか。閣下より眠らなければ、人は死んでしまいますよ」
「いや、いるんだ。だから私も真似してしまっているのかな。この程度では、まだ倒れないと知っている。まあ、悪癖だが」
 心配だった。だから、レントラーも自分を心配しているのだろう。いつの間にか、自分がこちらの立場にいて、今まで自分がいた立場にいる人間を見ている。おかしな気分だ。同時に、オフェリアの無理と苦労を知った。そして、感謝を覚える。
 感謝をするのならば、実践することだ。尊敬されるのは柄ではないが、もし自分があの時のオフェリアのようになれていたら、それはきっと、とても素敵なことだと思う。
「やらなければならないこと、使命。それを覚えなさい。自分は何をするべきなのか。耐えず自分に問いかけなさい。私たちは人の上に立っている。彼らの命を背負うのならば、眠る時などありはしない」
 真摯な瞳がシャルンホルストを見ている。応える。応えることが、自分には出来る。そう教わった。だから、伝えるのだ。あの人の意志を、そして理想を、後世に伝えよう。一人では足りない。二人、三人とオフェリアの意志があれば、この世界はきっと変われる。そう信じている。
「それ以外は、遊んでいてもいいんだ。心のゆとり。それがなければ、人生は楽しくないだろう?」
「でも、閣下は遊ばれませんね」
 ゆとりが足りないのかもしれない。色々な意味で、余裕が無くなっている。レントラーの言うとおりだ。ずっと走り続けてきた。休む時も必要だ。今まで、休める時が無かった。それはきっとこれからもなのかもしれない。
 走り続け、何かを守れるならば死んでもいい。だが、死ぬことは許されない。
 簡単に死ねる身ではない。そんなことは許されない。難しいな、とシャルンホルストは思った。レントラーの言葉に上手い返しが思い浮かばず、無言で食事を進めていると、目の前の少女は明るい笑みを見せてくれた。
「じゃあ早くレティツィア様のように強くなって、閣下のように賢くなって、休める時を作りますね」
 意志を継ぐ者、ここに一人。そして二人になり、いつかは世界を包む日が来るだろうか。



 眩しい。一睡も出来なかった目に、窓の外から射し込む光が突き刺さる。作戦の第二案がようやくまとまった。時はすでに朝。誰も起きていないような早朝だった。
 肩を広げて体を伸ばした。ほどよい眠気と、疲労感が体を支配している。椅子から立ち上がり、もう一度、体を伸ばす。肩の骨が音を立て、少しだけ気持ちよかった。
 外は晴天なのか、久し振りに射光を見るような気がした。体が疼く。シャルンホルストはそっとドアを開けて、静かな建物の廊下を歩いて外に出てみた。舗装された道路の上にはまだ水が残っている。ぴちゃり、と音を立てて一歩を踏み出す。
 陽光。朝がこれほどまでに気持ちのいいものだと初めて知った。それにしても、皮肉だ。雨が止んだのは喜ぶべきことだが、どこか素直になれない。今日という日に止むのは幸運なのか、はたまたついていないのか。
 天運は我に無い。だからどうした。運を与えてくれるのは、神様だけではない。
 空に浮かぶ天宮の船。眩しい陽光のすぐ隣にある艦影を見る。天より派遣された船が、北の空に浮かんだ光を浴びて眩く輝いていた。美しい船だ。銀色に照らされたアルゴナウティカを見ながら、どこまでも抜けるような青い空との美しさに感動さえ覚える。
「良い天気だな。起こしに行こうと思ったんだが、ディリ」
 やって来る青年。ティア・ヴァーグネルが笑いながら声をかけてきた。
「ええ、まあ。年をとりまして、すっかり早起きになってしまってね」
 後光。思わず、気持ちが昂った。まさか。凝視してみると、人影はよく似た別人であることに気付いた。初めて見る、もう一人のオフェリア。白い衣装、青と赤の色彩が美しく、伸びた足には黒が映える。
「……あ、と。はじめまして、ですかね」
 ティアの隣に立つ女性。金髪が陽光を浴び、キラキラと輝いているようにも見えた。
「オペラさんがぶっ壊れたみたいで面白いんだ、これが」
 どうしてここにいるのか。詮索は、やめた。彼女は聖女。神の代理人。我々を嫌って天運を与えない無慈悲な神に代わり、自ら手を差し伸べる慈悲の母。困難に直面し、嘆き、絶望し、救いを心より求める人々を慈愛で迎える助けの手。
 伸ばされた助けの手を、握った。力。体が、震えた。緊張でもない、恐怖でもない。生まれた感情は、感動に似ている。
「ええ、初めまして。アデレード・フォーレよ、ディリ・シャルンホルスト君」
 甘い感情が蘇る。オフェリアに抱いた感情に似た、されど、少し違う感情を覚える。綺麗で、触れたくなる光。
 蒼い空を見上げる度、思ったこと。あの人は元気なのかという心配と、口に出せなかった愛情が。
 白い雲の中に溶けるように、アデレード・フォーレへと吸い込まれていった。
「私に任せなさい。ディリ――――もう休んでいいからね」
 頭を撫でられ、彼女の小さな肩に頭を押し付ける。目を閉じた。柔らかな熱に身を委ねて。それはまるで母胎のよう。今は遠い、優しいあの日に帰るように。

 

 

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