神に叛け。心がそう命じた。

 目標でも理想でもなく、夢を抱いた。

 決して叶わない、絶望の答えが用意された悲しいもの。

 さあ、戦おう。

 この夢の果てに、救いがある。

 

 ACMF、十五万。武器の都合がつき、兵站を維持出来る人数である。ソフィア・ビュザンティオンに集まった将兵は三十万にも匹敵するが、それでもアンドロメダ全域の軍とは言いがたい。

 アンドロメダ軍設立にとって最も大きな障害となったのが、太陽系同盟の不参加である。リューヴと世界を二分する地球の反応は悪かった。前線を担当している太陽系同盟が一人の兵士も送らない。

 軍の編成を終えて、司令官たちをA2オペレーションラウンジに集めた。約半数がリューヴ所属の兵士ということもあってか、全軍のまとまりはよかった。三十万という大軍は、ソフィア市の経済面を大きく支えてくれている。

 ナーディル・アルダシールが連れてきたリューヴ国軍第三軍と、エウクレイデス・カナリスのリューヴ国軍第四軍が主力となる。カナリス少将の第四軍は、アカデルス兵で構成されているアカデルス軍とも呼べるものだ。リューヴ国軍兵士は七個師団、およそ二十万。

 地球で義勇兵を募ったリン・カーウェイはコネクションを活かして太陽系同盟とは別に三個師団を連れてきた。マンティネイアに駐屯していたアイリーン・リアンが直属の師団を。さらに太陽系同盟を離脱してトリスタン・シュトラスブルクがカヴァレリア・ルスティカーナを引き連れてソフィアに向かうと言う。

 それに対し、太陽系同盟軍およそ二百から三百万の将兵を擁す。先年の第二次反攻作戦による痛打から立ち直るため、かなり過酷な徴兵を行っていると想定された。トリトン方面軍、アルドラ方面軍、ウルサ方面軍の三軍に分かれ、それぞれフルジア軍の侵攻を何とか食い止めているのが現状だった。

「さて、諸将に集まってもらったのは他でもありません。フルジアの遊軍が、動きました」

 一座を見渡し、オフェリアは図面を出して説明を始めた。

「以前までのリューヴ軍のようなものです。前線を仕切る軍とは別である。フルジア本国にあって積極的に前には出ない。本質が、近衛軍だからです」

「かの高名な近衛師団か。規模は縮小されたと聞くが、どうなのだ、卿?」

「多少、減らしました。数、およそ二十万。中核の近衛第一師団は精鋭中の精鋭です。……シャルパンティエと共闘し、ノティオンを落としたのは記憶に新しい」

 シャルパンティエの死が、痛い。あれほどの戦術家は、おそらくこの世にいない。不世出の軍人。それほどの評価をオフェリアは与えていた。友だった。そして、師でもあった。

 そんな懐古を、諸将が打ち破る。

「遊軍まで引っ張ってくるというのは、大々的な作戦だな。そう思わないか、カーウェイ将軍」

「わからぬ。どうなのだ、梁愛玲。アルドラで異変はあったか?」

「そうですね。かなりの数の兵士がノティオンに入っています。かつてないほどにです。所属は外征軍団。大規模な攻勢に向けての前哨基地、あるいは補給拠点にしているのかもしれません」

 今までの歴史で、太陽系同盟の将とリューヴ国軍の将が同席して会議する、ということは無かった。すでに歴史的瞬間を迎えているといっていい。しかし、これだけでは足りないのだ。ナーディル・アルダシールとリン・カーウェイ。名将と呼ばれる二人が話し合う。

「オフェリア。フルジアにとってノティオンとは、どういう意味があった?」

 カーウェイの質問を、痛みと共に受ける。あそこには、悲しみが眠っているのだろうか。

「剣の先端。最前線でしょう。あの星を貫くのが、私の目標でしたから」

「さらに前線を伸ばそうとしているのかな」

 ツェルニーが首を傾げた。ノティオンに大軍がいる、という構図は今までに無い。防衛の中心はレグルス星で、そこから攻めるのがフルジアの基本戦略だった。その拠点を、前に出した。

 焦っているのかもしれない、とオフェリアは思った。レグルスはフルジア領となってから長い。三十年近く統治を続けている地で、ヴァルトラウトがしっかりとした拠点として作り上げた。一方のノティオンは、オフェリアが攻略してから三年ほどしか経っていない。

 そもそも、ノティオンを拠点にするつもりが、オフェリアにはなかった。だから準備もされていない。ノティオンは、位置的に前衛すぎる。三年ではまだ完全な統治とはならない。住人の中には、アンドロメダに対する思いを持っている。それを、シリウスで学んだ。

 過激な抵抗運動。かつてそのようなレジスタンス活動を行っていたフルジア軍指揮官が、見落としているのか。やはり、ヴォルフガング・シャルンホルストは焦っているようにオフェリアには思えた。

「とにかくです。狙いはアルドラかムリフェインか。わかりませんが、カニス・マヨールに対して攻勢を仕掛けるのは確かです。速やかに潰しましょうか」

「そう言いますが、カナリス将軍。ノティオンには近づけません。シリウスでの失敗をお忘れですか?」

「そこは、作戦です。実は我々はリュケイオンでとある実験を重ねていまして。まぁ、それを活かすためにアンドロメダ軍に加わったのですが」

 エウクレイデス・カナリスはこの中で最も高齢だった。今年で五十歳。隣にいるフィデリス・ツェルニーとは盟友で知られている。軍人になる前は大学の教授職にあり、博士号を所持しているという珍しい将軍だった。

「フィデル、一つ訊ねます。フルジア軍で最も厄介なのは?」

「障壁、だな」

「諸君。電磁障壁は電磁波で出来ています。波動の一種ですね。波を打ち消すには、波を

ぶつければいい。これはフルジア軍の戦術を見ていればわかることですが、実際に打ち消す波動の形状がわかりませんでした」

 フルジア軍が戦艦を並べて電磁波攻撃を行う時、一種の陣形を作り出す。一つの戦艦から電磁波攻撃を行うと、それは周囲に広がり、友軍に被害を及ぼす可能性がある。これを防ぐには、横隊に並び、隣から伝わる波動を自らの艦から発する同形の波動によって打ち消す方法が採られている。同時多発的に波を起こし、電磁波攻撃は扇状に拡散して前方にいる敵へ襲い掛かるのだ。

 その理論を説明しながら、カナリスは決定的な一言を口にした。

「ガンマ線です。強力なガンマ線を多量に放出すると、一時的ですが障壁の波動を打ち消します。これは昨年にカウス・ボレアリス星系で見られた超新星爆発による電磁波障壁の誤作動からわかりました」

 つまり、敵の電磁波攻撃は無効化できる。それは一時的なものでも、今までの不利を覆せる可能性を秘めていた。

 

 合同作戦を決定し、これによりいよいよ、アンドロメダに属する惑星による軍隊が始動するという今。オフェリアは解散するオペレーションラウンジに、無言でいたリゴレットを残した。二人きり。リゴレットの表情は、満足そうであった。

「いいじゃねぇか、オペラ。SSU軍なんてそっちのけでやっちまおうぜ」

 リゴレットの意見を、尤もだと思う。勝ち続ければ、功績を残せば、太陽系同盟が自然とついてくるようになる。それだけの可能性を、秘めている。

「そうはいかないよ。カーウェイ将軍ほどになると別だけど、被差別種族であるリゴレット、君たちが危ない。トリスタンの参加を、快く思わない人がいるだろう?」

「クソ爺か。自分の保身を第一に考えるヤツだな」

「タイタンは特に発言力があるわけでもない。しかし必要だ。ライルは、どうするかな。新たな代表首長の選出や、あるいは武力によって止めることも考えられる。何にせよ、立場が危険なのは変わりない」

「ああ、言うとおりだ。だがよ、アイツだっていつまでも我慢できない男だぜ。ホントはオレよりキレやすい。アイツがソフィアに来たいって言うからには、忍耐の限界ギリギリでオーバーってところだ」

 寡黙を美徳とするような男が、逃げたいと口に出し始めた。これは、もう限界を超えていると考えていい。まだ耐えろ、と言うつもりがリゴレットにはなさそうだった。これ以上待たせると、暴走しかねない。

「とにかく、ライルの権力を削ぐこと。おそらくシャルパンティエはそのために動いていたんだろうけど」

「……悔しいな。ここに、少佐がいないなんて」

「ティールに行って、リゴレット。フュンフがそこにエリュシオンの残党がいると情報を掴んだ」

 オフェリアは、動けない。ソフィア・ビュザンティオンが日々変わりつつある中で、オフェリアが居なくなるというのは危険だ。明日、何が起きるかもわからない。それを抑える力があるのは、オフェリア・フォーレただ一人。

「任せとけ。オマエはしっかり、見張ってろ」

「頼むよ。こちらは任されるから」

 出会ってから、十年に近い。これが友情というものだろう、とオフェリアは思った。何かを任せられる人がいる。頼っていい人間がいる。それはフルジアには存在しなかった。数少ない、友と呼べる人は。ここにしかいない。

 友情が、怖くもある。しかし、今は昔ではない。

 

 連合軍が、ソフィア市を進発した。外交上、国境未定地であったソフィアだからこそ、集結が可能だった。すでに参集した、今。もう留まる理由はない。目標に向けて出発するだけだった。

 アルドラ星に進駐したとのニュースを高層ビルのビジョンで眺めながら、リゴレットは隣にハム=ラファエル・リーティアを連れて歩いていた。彼は見るもの全てが目新しいのだろう、きょろきょろとティールの街並みに目を走らせていた。

 現在、世界で最も活発な経済の拠点である。戦前は小さな鉱山の町だった。開戦と機械経済の崩壊に伴い、鉄鉱資源が重要視され、商人と労働者が一斉にティールへなだれ込んだ。

 市街地には区画などというものが存在しなかった。常に街の中心は移り変わり、日に日に建物は増えて進化している。遠くには鉱山がいくつも連なっていて、人の流れが激しくある。何かに突き動かされるように行き交う人々に、ぶつからないようにくるくると回りながら歩くハムが滑稽だった。

「ほれ、遅れるなよ。はぐれたら知らないぞ」

 ハム・リーティアが、リューヴを離れることは初めてだった。父と兄と訣別し、ソフィアに乗り込んだハムを、オフェリアは受け入れた。無邪気に笑って、大丈夫と叫ぶ十六歳の少年。ここは、温室育ちの貴人を連れて歩く街ではない。

 活発な経済拠点であるティール。どうしてもソフィアと比べてしまう。

 ソフィアの中でも生産活動は行われているが、自給自足が出来るほどの土地はなかった。オフェリアは諸外国から輸入し、流通を作っている。それはやがて、企業が行うことになるだろう。安く仕入れ、高く売る。その基本をソフィアでは忠実に果たせることになる。

 外からも売り手が集まる。流通の道さえ作ってしまえば、将来的には政府が関与することなく市民の需要に応えることが出来るようになる。そんなことは、リゴレットには思いもつかないことだった。国を一つ作ることを、オフェリアは行っているのだ。自分はそれを守ればいい。

 ようやく、わかった。力を持つとは、軍を持つだけではない。世界に対する力。その背景の一つに軍があり、国がある。オフェリアは武力を持つことなく、力をつけようとしている。もしそんなことが可能だとすれば、どんなに優れたことだろう。

 それがわかっていたのは、オフェリアとルイ・シャルパンティエの二人だけだった。しかし、二人の道は重なることがなかった。

 ならば俺が継ごう、神に叛いた黒い龍の意思を。

 予定していたホテルに入る。フュンフが待っていた。わざわざソフィアからやって来たのには、理由がありそうだった。部屋でレイモンド捜索について、情報を得ようと言葉を重ねた。

 レイヴェンスウッド朝は、フェクダという惑星に存在した王国だった。

 小王国の国家元首。現代にある君主国であれば、妃王プリシラやタイタンの十七首長、王女カティアなどと同格の存在に当たる。すでに滅ぼされた国家だったが、王弟レイモンドは難を逃れていた。

 経緯はわからない。だが王弟はシャルパンティエと行動を共にしていた。おそらく、一致したのだ。前妃王ロジーナと、国王エドガーを処刑した人物。レアティーズ・カデンツァを終生の敵と見なした二人は、その行動目的を一致させたのだろう。

 フェクダはミザールと並び、ウルサ星系、スターバースト宙域の要衝だった。ここを抑えれば、レグルスから突出するフルジア軍に対し、側面から牽制をかけることが可能になる。故にレアティーズはフェクダを占領し、国家を滅ぼした。

 レイモンドという名前が出た途端、リゴレットにはオフェリアの狙いがわかった。フェクダ王国の再興である。彼の国家から太陽系同盟軍を追い払い、レイモンドが立ち上がる。無論、アンドロメダの勢力としてだ。

「そもそも、どうして生きている。ルテティアに突っ込んだレイモンドが見逃されるはずがないだろ」

 シャルパンティエ軍はルテティア・パリシオールムに突入し、全滅した。投降したのならば生きている可能性もあるが、少なくとも自由があるとは思えない。捕虜となったレイモンドが、ティールの街にいるとは考えにくい。

「縁者がいたらしい。詳細はわからないが、フェクダ王国とやらの皇族か幹部かがルテティアの中枢にいて、レイモンドの助命を行ったらしいぜ」

「そいつは大物だな。カデンツァを説得出来るだけの材料を持った人間がいるのか」

「わからん。あの男に意見が出来たのは、せいぜい女官を束ねるハーミア・リラとエヴォルブ・オフィーリアくらいだったがな」

「ああ、リラ司教か」

 一度、会ったことがある。イザークの話によると、随分と傍若無人な人物らしい。ずけずけと本音を言ってのけるような性格だった。だからこそ、ハーミア・リラならレアティーズに意見することも出来るかもしれない。

「とにかく、今という時代を牽引しているのはソフィアの王様だ。もうルテティアじゃない。時代遅れの教国などに構うより、前を見ようぜ」

「まぁ、そうだな」

「レイモンドの件は明日、手配する。場合によっちゃそのままウルサで開戦かもしれない」

 今は、乱世と言っていい。力を持つ者、滅びる者が割拠し、一夜にして入れ替わる。もし秩序を無くし、このまま時を重ねれば、それは新たなる戦争となるのではないか。

 だからこそ、新たな世界を速やかに作らなくてはならないのだ。それこそが、我々の理想だった。

 

「聞いたか、レイモンド。あのオフェリアがルテティアを強襲して妹さんを取り戻したそうだ」

 そう告げるシャルパンティエの顔は、少し満足そうだった。こういう表情は、しばらく見ていない。まるで三年前に戻ったような錯覚に陥った。

 彼は長く伸び、ウェーブのある黒髪を軽く束ねて、ただ前だけを見ていた。兵士たちの調練の様子を眺めているのだ。エンケラドゥス、ユーロパ、そして冥王星と拠点を変えながら、今はミザール星にいた。本拠地は今でも冥王星の衛星、カロンにある。ミザールに来たのは、新兵を集めるためだった。

 かつては、この星が宇宙の果てだった。マジェラニックに属し、スターバースト宙域にある惑星。フルジアとの密貿易が盛んで、交通の便は悪いが物資は豊かだった。

「お前に言うような話ではなかったか」

「気にしないでください」

 全てが失われたのは、いつのことだっただろう。ウルサ星系にいると、昔を思い出すことが多くなった。レイモンドは、懐古する。故郷に歌姫を連れて凱旋したのは、たった五年前のことだ。

 五年。それが長かったのが、すぐだったのか、よくわからない。しかし決定的に、運命は変わってしまっていた。

 あまり、話したくはない。シャルパンティエは今日に限っては上機嫌でいて、これ以上、話されないよう話題を変えることにした。

「オフェリア様ですか。オレは会ったこと、ないですけど」

「あの男は陽の光を浴びる人間だ。浴びるべき人間でもある。俺たちは、違うな。月下に生き、静かに闘うべき人間の集まりだ」

 そのとおりだ、とレイモンドは思った。決して表舞台には立たない。立てないのかもしれない。日陰に生きる。日向は、遠く、眩しすぎるから。心のどこかに屈折した思いがある。日向を拒んでしまうような、痛みと悲しみ。シャルパンティエにもレイモンドにも、そして集った仲間たちにも、それはある。

 夢は、遠く悲しいもの。悲しみのない夢など、単なる目標や理想に過ぎない。

 悲嘆に満ちているからこそ、夢は夢になりえる。そう思う人間たちが集まり、悲壮感さえ漂わせて、生きている。それを、レイモンドはシャルパンティエに教わったのだ。

 レアティーズただ一人が敵。フィルウィリミテアこそが敵と思い定める人間。そんな人物は、後にも先にも、きっとシャルパンティエと自分しかいないだろう。涙も悲しみも、ただ一心に、敵を討つためにあるのだ。

「日が暮れるな。調練を終えて兵を引き揚げさせろ。俺は宿舎に戻る」

「わかりました」

 兵の練度は、高い。しかしカロンにいる本隊と比べると、まだまだだった。

 シャルパンティエを見送り、レイモンドは兵たちへと駆け寄った。すぐに隊伍が組まれ、機敏に整列する動き。輜重に命じ、兵糧を用意させる。夕食は、兵士たち自身で作らせる。その間、レイモンドは隊長役を集めて調練のやり方や兵士たちのことを意見させるのだった。

 五百名の顔を、何となく覚えていた。カロンの兵と合わせると、およそ二千弱。全員の顔とまではいかないが、ある程度はわかる。五百の部下は、鍛え上げられ、最初のような甘い表情はしていない。五百という人間を養うには、膨大な資金が必要である。給金や武器、食糧などを購入する資金力を、シャルパンティエは狡猾に作り上げていた。

 元々、それなりの資金はあった。名家の出身であったし、ユーロパ星の王家に連なる人間である。シャルパンティエは最初、ティールのギルドとしてエリュシオンを作り上げ、会場警備や輸送を仕事としていた。しかし、千人単位になる頃には資金繰りが苦しくなった。

 ミザール星は辺境の地である。どこかの惑星間国家に属しているというわけではない。アンドロメダ・クラスターの秩序に守られ、太陽系同盟軍が駐屯しているが、行政は自治体が行っていた。法や警察、軍の目をかいくぐり、スターバースト宙域で接しているフルジアと密貿易が盛んに行われている。

 シャルパンティエ率いるエリュシオンは、地元の非合法組織、犯罪によって私的な利益をあげるマフィアと癒着しているのだった。賭博、売春、密貿易など違法行為による利益を得ている団体と関係を築き、彼らに利益の一部を上納させていた。

 刃向かうマフィアは、皆殺しにした。エリュシオンをマフィアと見るなら、中規模ではあるが武力としては最高峰だ。一夜にして消滅した犯罪組織は、二つ三つではない。演習の名目でビルに突入し、構成員を敵兵とし、容赦なく殺し尽くす。

 どこか、病んでいた。荒んでいた。それはレイモンド自身も同じだった。

 非合法な警察組織。我々は、守るのである。犯罪を行う人間を、法の裁きから守る。超然なる無法。あらゆる法規制を無効化する、純粋な、武力。きっとその気になれば、ミザール星を制圧するのも可能だと思っていた。

 ゼロからのスタートを、シャルパンティエは踏み出していた。その道を維持していくのが、今のレイモンドの仕事だった。

 兵から出ているのは、やはり不満が多かった。何のための訓練なのか、兵たちが理解していないというのが大きい。漠然とした目標はある。しかし、いつかルテティア・パリシオールムを襲撃するのだとは言えなかった。神への反逆である。逆賊の汚名を着ることを、善しと思う人間は少ない。

 それは、夢だ。されど、決して掴めない夢だろう。それでいいのだ。夢とは、悲しいものなのだから。

 

 赤い大地だった。吹き抜ける風は強い。太陽系は火星にて、シャルパンティエは進行中の緑化計画が未だ至らない地にいた。

 将来は、きっとここも緑に美しい世界になる。今はまだ、荒れているのだ。赤い土を蹴立てる歩兵の集団。見下ろした丘陵の裾野では太陽系同盟軍が行進の調練を行っていた。彼らの方向から吹き付ける風に、外套を押さえて立ち向かう。

「少佐、少佐、お懐かしい」

 当時の階級を呼ばれる。馬上にて、兵の訓練を検分していた将軍が、馬首を巡らせてこちらに走って来ていた。退役して、久しい。もし軍に残っていたら、今頃は将官にでもなっていたのだろうかと、ふと思った。

「ご連絡を頂いた時は、遂に再起するのかと思いました。再びお目にかかれて光栄です」

「言うな、照れる。お前こそ立派な大将になったな、リアン」

 少しだけ誇らしげに大きな胸を張って、満足げに微笑むアイリーン・リアンは、あの時のシャルパンティエの立場よりも上にいた。今は中佐か大佐にはなっているはずだ。この女将軍は長くアルドラ星に駐屯していたが、ノティオンを奪われた件を追求されて左遷されていた。

 シャルパンティエが知っている太陽系同盟軍の将で、信頼が置ける人物というのは少ない。その少ない中の一人に、リアンの名前はあった。地球の星都、ハイデラバート出身のエリート将校だった彼女を、何かと面倒を見た。シャルパンティエは大尉で、リアンは中尉だった。

 それでも、部隊の指揮権は彼女にあった。被差別者が地球人の軍を指揮することなど出来なかった。敵の襲来を聞き、戦場で逃げ出そうとした少女を引っ叩き、怒濤の敵軍を追い払って窮地を救ってやった。それが、何かのきっかけになったようだった。

「あれから十年です」

「十年経っても、何も変わらなかったようだな。何かは変わった。しかし全体を変えるには至らなかった」

「耳に、痛いです。少佐が残された遺産を、ただ食い潰しているだけだと痛感する日々です」

「遺産は、いずれ無くなる。新たに貯金をしなければならん」

 十年前、シャルパンティエの剣は確かにフルジアを引き裂いた。戦争が始まって以来、初めて戦場で勝利を収めた。それは、何かのきっかけになるはずだった。だが、何も変わりはしなかった。太陽系同盟という組織そのものを、改革しなければどうにもならなかった。

 改革できる立場に、リアンはいたはずだ。軍には優れた人物も多い。しかし、政治が腐っていた。リアンの才覚ならば、老害を駆逐して自身で政権を握ることも出来ただろう。いや、トリスタンでもいい、あるいはリゴレットでもよかった。

「アレは、歳をとり過ぎた。十年前であれば潰せたかもしれないが、もうあの巨魁を倒すことは不可能だろう」

 マクベス・ライルの時代が、長い。長きに渡って政権を維持し続けたライルの権力は、最早、軽々しく触れることさえ出来なくなっている。要職には親族を用い、確固たる地盤は腐りきっているが決して揺らがない。

「リアン、俺の願いを聞いてくれるか」

「何でしょう」

「内部から変えるのは難しい。ならば、外部から変えるしかない。この大木は腐っているが、根がしっかりとしている。自力で倒れることはなく、幹の中からいくらリスがかじったところで倒れない。どこかの木こりが倒すのを待つしかない」

「その木こりとは、少佐ですか?」

「いや、違う。しかし近い将来、その男は現れる。もしも、リアン。お前が正義を、大義を貫こうと思うなら、考えておけ。今の話を覚えておいてくれるだけでいい。それだけで、いいんだ」

 本当は、外部の人間になど委ねたくはない。この手で、未来を掴み取ろうと思ったこともあった。壮大な野心に彩られた想いがあった。だが、それは野望。今、胸にあるのは夢。決して叶わない悲しいもの。

 火星には、物資の調達に来たのだ。リアンが駐屯しているという情報を得て、会ってみようという気になった。そして、託した。何を。おそらく、想いを。責務を、運命を放り投げてまで、叶えたい夢がある。

「少佐、何を考えているのです」

「人は何かを考えるものだ、常に」

 その大半が、くだらないことだ。この夢も、余人にはわからないことだろう。

 

 全部隊をカロンに集めながら、船の用意も整えた。シャルパンティエ自身はカロンには入らず、火星に留まったままだった。指揮官と本隊が別にいる。自らを囮にしながら、少しでも安全に兵員の輸送を行いたかった。身一つだけなら、逃げ方はいくらでもある。

 カロンに集った兵士は、次にティールに集まる。その間、シャルパンティエは公安や世間の目を集めようと考えていた。自分がここにいる限りは、本隊は無事なのである。隠れることもせずに、星都オリンポス市の喫茶店で新聞を読んでいる。

 死。それに向かって、自分は歩んでいるのだ。人生における最期が死という終幕であるのは誰もが同じだ。違うとすれば、全ての想定が終幕後に備えてあると言うことだけ。すでに死は確定している。ならば、その先に何を残し、何が残り、何を見るか。

 いつからか、そんなことを考えるようになった。ある日、ふと気付いたのだ。ロジーナが死んでから、気付いたのだ。

 懸命に働くのは、全て生きている自分のためだ。死んでいる未来のために、銃を手にして前線に立つのではない。全ての行動は、生きている自分のためにあるべきだ。それを、否定するようになった。

 どれほど懸命に生きても、終焉は必ず訪れる。早いか遅いかの違いだけで、突発的に幕切れになることもある。自分の人生は、きっと妻と共に終わった。そう思う。すると、自分はもう死んでいて、生きる意味がなくなった。

 未来に。願う未来に、生きるようになった。新鮮な気分だった。生まれ変わったとも思えた。

「シャルパンティエさん、ですね?」

 声をかけられ、何の備えも構えもなく、新聞を顔の前から除けた。可憐な女性の顔が目の前にあった。

「ああ、アルエ女史ではないか。奇遇だな」

「奇遇でもなんでもないです。リアン中佐から聞いたんだよ、だから来たの」

「何を?」

「少佐がヘンな気を起こすんじゃないかと、心配してた」

 神聖なるリューヴ=レイスの一人、ミシェル・アルエはちょこんと対面の椅子に腰掛け、あどけない顔に似合わずコーヒーを注文していた。幼い、というには御幣がある。気付けば彼女も二十五歳という立派な大人になっているのだ。シャルパンティエは、年月の流れは早いものだと実感した。

 そんなアルエと、リアンには繋がりがあった。リアンは長くカニス・マヨール星系で戦い、方面軍を指揮するような立場でもある。互いに著名人。親交があってもおかしくはなかった。

「世界は刻一刻と表情を変えています。シャルパンティエさん」

「興味が、ないな。改革など能無し大統領にでもやらせればいい」

「皆で、変えるんです。あなたも、その一人でしょ?」

「勝手な。俺を過大評価するのは自由だがな、アルエ。貴様らの理想に付き合わせるな。俺は、リューヴ人ではない」

「誰しもがリューヴ人になりたがる。でもあなたはそれを欲しない。そんなあなただからこそ、お力を。オフェリア・ルートヴィヒもリゴレット・リエンツィもあなたを欲します、必ず、絶対」

 共に、世界を救おうと彼女は言う。世界を変えるだけの力を、作り上げよう。そして新たなる未来をと願う。

 ――――そんなのは、正義の味方がやればいいことだ。

「帰りたまえ。そして伝えるがいい。我が友に。我が、神に」

 大逆の夢に、黒い龍は散っていった、と。

 

 空へ続く道。ルテティア・パリシオールム。大聖堂と飛行場を繋げる街道。

 真昼の空に、双子の星が見える。夏の風、それは暑く。否応なしに感情を昂らせた。体内を熱風が吹き荒れる。脳内を熱気が包む。階下に整然と隊伍を組み、命を預けた者たちが集い、軍勢は美しく、強くある。

 大地が、揺れた。神の惑星は攻撃を受けている。降り注ぐ弾丸の雨。そのひとつひとつに明確な敵意が満ちていた。対空砲火が飛行場から撃ち放たれ、敵軍を乗せた弾頭を何とか揚陸させまいと奮闘していた。幾千を超える数。その全てを撃ち落とすことは、出来ない。

 ならば、ここで討つ。二万の将兵を眼下に捉えながら、神の将、譜の名を持つ男は覚悟をした。

「閣下、飛行場からの連絡が断絶しました」

「気にするなフリューリング。必ず、ここに来る」

 飛行場にはイコライザーを配置していた。指揮はゾンマーに代わり、ヘルプストが担っている。数はおよそ五百。その連絡が途絶えたということは、敵はもう上陸し、飛行場を制圧したということだ。

 金髪の後ろ姿が、清涼に満ちた声を響かせる。撤退してきた友軍を収容しつつ、編成を決める。街道には簡易的な防御陣地しか築かれていない。右翼、左翼に兵を配し、中央には機動歩兵を置く。歩行戦車などの機甲部隊が前衛である。

「出来るだけ、傷はつけたくない。砲撃は控えさせるぞ」

「ええ、その方がよろしいでしょう」

 大聖堂にはカイアファ以下、ベルベデーレの人間がいる。ここを戦場にするのは、出来るだけ避けたい。しかし敵が攻め込んできたならば、打ち払わなければならない。

 再び、ここに攻め込んできた者がいる。以前とは違う。今日は、神の一族が大聖堂にいるのだ。神への反逆者。その汚名を後世に残すことさえ厭わぬ覚悟。見事である。しかし、愚かでもあった。最強の愚者が、再び神の星へ舞い降りるのか。

 神に叛くは、黒き龍。大逆の男。汚名も法律も敗北も、あるいは死さえ恐れず、勇敢さだけを抱いてやって来る。レアティーズには、理解が出来なかった。動機はわかる。目的もわかる。だが、理解は出来ない。

 全てを捨てて軍勢を作り上げ、神を殺しにこの星へ攻め入る。そんなことを、やってのける人間などいない。復讐心、憤怒の感情。そんな陳腐なものだけで、人はそこまで全てを捨てられるとは思えない。何が敵をそこまで支えたのか。

「……俺も死は恐れていない。しかし、これでは」

 自殺だ。そしてその死は、無駄死ではないか。

「シャルパンティエは、すでに死んでいます。亡霊が、閣下に挑むのです」

「亡霊か」

「はい。四年前に妻を亡くし、生きる意味を見失った男です」

 死。絶対なる不可避の運命を超越して。亡霊が、死を運びにやって来るのか。不意にレアティーズは、恐怖を覚えた。恐ろしい。何度倒せど、何度打ち払っても、あの男は蘇るのではないか。そして自分を殺すまで、死なぬ。そう思えた。亡霊は、殺せない。死ぬことも、ない。

 亡霊の軍が、地平に映る。黒い装束で身を固めた、死神の軍エリュシオン。銃と剣だけが、陽光を照り返していた。その軍勢は静かに覇気を発しながら、威容を誇って進軍を続けている。

「――――見事なり」

 ただ一言、胸の奥から言葉が漏れた。驚嘆するようなフリューリングの表情。そして情報を運びに走り寄って来るアハトの荒い息。戦場は、ここにあり。死と争いの世界を運びに来た。世界を、一変させる者たちの宴。否応なしに、神々の軍は巻き込まれる。

 どうして、と問うのは無粋。もう敵は、すぐそこまで迫っていた。

 

 足が震えていた。三千の兵士を背後に引き連れ、先頭を悠然と進むシャルパンティエの外套を見ながら、レイモンドは進む足が震えているのを感じた。三千の私兵で、二万の正規軍、それも精鋭の部隊に挑むのである。死を覚悟した、と口では言っても。感じる恐怖に嘘は通じなかった。

 二万人の兵士が、一堂に会した光景など、見たことがなかった。正面から、受ける。策も何も無かった。圧倒的な数の優位を持って、正々堂々と侵略者を受け止め、跳ね返す。そんな、レアティーズの意思が見える。その意思の前に、立つ。

 腕が、上がった。金糸で縁取られた漆黒の外套からだ。全軍、停止。百ずつの大隊が、十で連隊を編成している。連隊が左右と中央に分かれ、三列に並んでいた。中央の最前列にレイモンドは立ち、一歩前にシャルパンティエが片手を上げて統率をしている。

 その指揮官が、首だけをこちらに向けた。ついてこい。そう言った気がした。

 龍は恐れも逡巡も知らず。風に外套を靡かせながら、単騎、敵陣に向けて歩き出した。何かを振り切るように、恐怖心を乗り越えて一歩、踏み出す。体は拒むように震え、精神だけが奮起していた。足と頭が反発している。克己。壊れた気持ちと共に、前へ。

 歩む。集まる視線。様々な感情を浴びる。まだ銃口を向けられているわけではなかったが、おかしな行動を起こせば、射殺されるだろう。今、この命は、軽い。

 

「神の罪を、人が裁きに来たのか」

「神は与えるものなり。貴様は、奪うだけだ」

 

 階段を颯爽と下りてくる将が二人。レアティーズ・カデンツァとオフィーリア・フリューリング。兵が割れ、中央を闊歩しながらこちらに向かってくる。シャルパンティエは、ちょうど敵陣と友軍の間に立ち、二人を待っているようにも見えた。

「要求は、何だ。要求次第では、見逃してやってもよい。俺はお前が嫌いではないのだ」

 敵将は、なぜかそんなことを言った。本心か、どうなのか。レイモンドにはよくわからなかった。ただ、そう言わせる何かをシャルパンティエは持っているのだ。決して、敵対はすべきではない。決して、敵とするべきではない。そう相手に思わせるだけの、何かを。

「レアティーズ・カデンツァの首と、ルーシャ・レイヴェンスウッドの解放」

「それだけか、シャルパンティエ」

「ああ、それだけだ」

「本当に、それだけが望みなのか?」

 彼は、理解が出来ないといった顔をしてみせた。この大々的な事件。求む理由がそれだけであること。信じられない。窮鼠は今、猫を噛もうとしている。その理由は、自らで追い詰められたためだ。決して敵に迫害を受けたわけではなかった。自ら望んで、追い詰められた。その理由が、あまりにも陳腐すぎて。レアティーズは高らかに笑った。

「くどいな、臆病者。さっさと偽りの楽園に戻るがいい」

「ふん、背を向けてやってもいい。尻尾を巻いて、逃げるか?」

 シャルパンティエが、剣を抜いた。臆病者と罵った相手に突きつけるでもなく、手にしたまま。笑いをかみ殺すように余裕のあるレアティーズに対し、不敵に笑ってみせた。

「貴様の生命はあと数分だ。殺してやるからせいぜい、待っていろ」

 絶望など、微塵も知らぬ。我らはただ、勝利のために。

 その首を叩き落しにやってきた。負けるためなどではない。レイモンドは勇気だけをもって表情を凍らせたレアティーズを睨みつけ、憮然と踵を返した。

 

「散水車、用意」

 いよいよ、戦いが始まろうとしていた。シャルパンティエは声を張り上げ、後方に待機させていた散水車に放水を開始させる。上空から降り注ぐ小粒の雨が、戦場を濡らしていく。

「両翼は展開しろ。前衛に盾。第一陣、前進」

 最前列を構築していた百名の大隊が、前に歩き始めた。光学式の最新装備を整えた二万の将兵に、三百の古式銃兵隊が挑む。前進していく兵士たちの後ろ姿を眺めながら、シャルパンティエの指示をただただ、待った。

「盾、構え」

 人工の雨が降る中、敵が一斉に射撃を開始した。夏の空を切り裂く光線は色鮮やかに、ある種、美しくこちらに飛来する。幾条もの光。それは雨と霧に的中し、前衛の盾にぶつかり、散った。

「第二陣、射撃態勢、構え」

 大きなシャルパンティエの声。敵に動揺が走る中、無傷の前衛の背後で、レイモンドは長大なマスケット銃を構えた。五発まで連射は可能だ。しかし、飛距離や装弾数では光学銃には遠く及ばない。装備は劣っている。それでも、勝ち目はある。

 ――――攻撃開始、と。声が聞こえた。

 前衛の隙間を縫い、引き金を思い切り、引いた。がつん、と銃床から衝撃を感じる。火薬の炸裂する音楽を鳴り響かせる。散水車のあたりからは、迫撃砲が放たれているのがわかった。

 敵陣、乱れる。五発を撃ち終えたレイモンドは、必死に駆け出し、前衛と合流して盾を構え、しゃがんだ。前衛の攻撃も始まっている。硝煙の匂いが、煙が、周囲に満ちてきた。

 弾丸を装填し、立ち上がる。敵陣との距離は、縮まっている。前衛は三百から六百名に増えており、なお、背後の部隊が弾丸を撃ち尽くした順に駆け出してくる。

「前衛、背嚢廃棄しろ」

 遠く聞こえる声に呼応し、太鼓が打ち鳴らされていた。太鼓は、背嚢を捨てる合図だった。急いで背嚢を外し、前衛の兵たちと共に積み上げていく。中には、土が盛り込まれていた。即席の土嚢が作られる。高さは、人の腰あたりまでだ。

 光学兵器は水に弱い。雨や鏡の前に光は反射し、その効果を失ってしまうのだ。散水車が放つ水によってレーザーの威力は減少し、磨き上げられた鏡の盾で跳ね返せるほど弱体化する。だが、敵も愚かではない。すぐさま、対フルジア戦の兵装に交換し、古式のマスケット銃を向けてくる。しかし、まだ数は少ない。

 敵方からも火薬音が聞こえ始めてきているが、被害は少なかった。土嚢の裏に隠れ、号令を待つ。シャルパンティエの見切りは、よかった。ちらりと敵陣を見たが、二万という数は膨大で、まるで減っていないようにも見えた。

 しかし、防御陣地に倒れ伏している者も、見えた。

 ひょっとすると、勝機はあるのか。先ほどまでは、悲壮感さえあった。それがいつからか、戦場での高揚と共に、希望が生まれつつあった。

 

 先手をとられている。各部隊からの被害をまとめると、数百程度の死傷者が出ていた。

 両軍とも簡易の防御陣地を盾に、向かい合っている状況だった。レアティーズは即座に実弾兵器に兵装を交換することを指示し、ようやく武器が兵たちの手に渡りつつあった。

 余裕は、消えた。敵はあのルイ・シャルパンティエなのだ。戦術の鬼才と謳われた相手を前に、たとえ六倍の兵力を有していたとしても、油断をするべきではなかった。敵は背後を断ち、帰還する術を捨てている。つまり、勝利以外に生き残る道はないのだ。

 背水の陣である。追い詰められている状況を、有利と思うことだ。敵はどうしても攻めなければならない。それに乗ることは、しなくてもいいのだ。攻めてきたら打ち払う。こちらが相手の勝負に乗る必要はない。ただ守るだけで、最後は勝てる。

「閣下、危ないですので。どうぞこちらに」

 フリューリングに呼ばれ、階段を下りた。戦線が膠着している。目立つ場所に立っていて、狙撃されることも考えられた。フリューリングの隣に用意された椅子に座って、安全な場所で勝負の帰趨を待つ。

「シャルパンティエは、どうするかな」

「ただ滅亡を待つ男ではありません。何らかの策があるはずです」

「前は大聖堂の中に兵を先回りさせていたな。自軍の兵士に敵が混ざっていないか。アハト、どう思う?」

「特に問題はありませんね。飛行場では、兵同士の諍いが起きたそうですがね」

 ちょっとしたことで、兵たちが争った。おそらくシャルパンティエ来襲の混乱と不安からだろう。ただそれは、ヘルプストによって鎮められている。彼女はイコライザーを指揮し、中央の中軍に位置していた。砲兵隊の一翼である。

 特に目に見える計略は無い。しかし策略とは目に見えないものだ。ただ、計略があると考えていると、実際に起きた時の衝撃は少ない。落ち着いて対処すればいい。それが出来るような心持でいることだ、とレアティーズは思った。

「兵力差を存分に活かそう。前衛は圧力をかけろ。両翼は土塁を前に出せ」

 援護射撃をしつつ、土塁を前に、前にと構築していく。それで敵が受ける圧力は増加していく。その圧力に耐え切れなくなった時、シャルパンティエは全軍に突入を命じるはずだった。そんな単純な攻撃を、するのだろうか。おそらく、そこまで甘くはない。

 三千の敵兵は、不可思議な布陣をしていた。こちらの布陣と呼応するように、中央と両翼に土嚢を設置し、千名ほどの前衛が構えている。100メートル前後の距離を挟み、後軍が二千。そこが本陣のようで、散水車と迫撃砲が置かれている。おそらくそこにシャルパンティエもいるのだろう。

「この距離、何だと思う?」

「わかりかねます。前衛と後衛に距離がある。一撃での壊滅を避けているようにも見えます」

 散発的な攻撃を続ける敵。それが、何を意味するのか、よくわからない。

 シャルパンティエは、そんな気持ちさえ見透かしているのではないのだろうか。こちらが待ち続けることを知って、何かを仕掛けている。ならばここで座して待つのは得策ではないのではないか。今も、シャルパンティエの策略にはまっているのではないのか。

 疑心暗鬼になりそうな心に、歯止めをかける。膠着状態を予定するのは、可能だ。攻撃を仕掛けている側が動きを止めれば、膠着になる。防御側が激しく反撃をする。そして、攻勢に出る。

 少し、動いてみよう。そう決めた。少しだけだ。

「ヘルプストに命じて、イコライザーに仕掛けるよう伝えよう」

 砲撃で、敵陣を動かす。それで、見えてくるものもあるだろう。

 友軍のちょうど中央部あたりから、青い光が敵に向かって放たれた。前衛を、砂塵で覆う。わずかに、混乱する空気が伝わってきた。イスラフィルに対する備えは、していなかったのか。だとすれば手落ちである。シャルパンティエがそんな愚を犯すのか。

「敵前衛、後退」

 疑惑の100メートルが、縮まっていく。

 あれは惑わしだったのか。レアティーズを惑わせるためだけに築かれていたのか。判断が、つかない。退路がない。だから攻めるしかない。その前提から間違っているのではないか。どこかに脱出するための何かを用意していて、悠然とこちらを罠にはめているのではないか。

「フリューリング。わからない、わからない」

 逃がすのか、攻めるのか。

「閣下、我が軍は、精強です。比類なき強さで、乱世に屹立したのではありませんか」

 隣に座るフリューリングが、微笑みながら言った。その笑みは、旧友のソレによく似ている気がした。穏やかで、優しげで、こちらの不安を吹き飛ばしてくれるような、微笑。勇気付けられる。同時に、心が癒される気がした。

 そうだ。我々は、何も無いところから始まった。名前を利用した。あらゆる策を張り巡らせて、この軍を作り上げた。この二万の力は、誇りだった。誰にも屈しない、誰にも侵されない、ルテティア・パリシオールムの、フィルウィリミテア教の力だった。

「その誇りを――――失いたくはない。行くか。栄光を、守ろう」

 攻める。戦って、戦って、そして勝つのだ。どの軍にも、どの力にも、負けない。そう信じている。ノティオンの時は、フォリアの軍だった。今日は、俺たちだけだ。

 前衛が防御陣地から飛び出す。下がろうとしながら、必死に立て直す敵の前衛に、ぶつかった。銃で殴り、剣を抜いて貫く。戦線が、白兵戦闘になった。

「両翼は敵を絞るように攻め立てろ。後衛はひたすらに援護だ。敵を、貼り付けろ」

 前線では押し合いだ。敵の一千に、こちらは三倍ほどの兵力を当てていた。後衛の支援を受け、戦線を徐々に押し込んでいく。さらに両翼が加わり、一気に敵を潰走へと追い込む。前線が、崩壊する。シャルパンティエの軍勢が、本陣に向かって逃げ始める。

 地響きだ。大地と草木が揺れている。土煙の向こう。それは最初、逃げている敵と、追っている味方の足から発せられているのだと思った。

 砂塵の果てに。煙を巻き、そして切り裂く、龍が来る。

「――――」

 絶句した。頭が、白くなる。龍の牙が、前線を食らう。地を切り裂き、空を駆ける、騎馬軍団が砂塵の向こうより、現れる。

 

 

―――――――――――――――――――――

Diable ---Louis Rhadamanthus Charpentier

Jul. 9, Neo.Globe.0326

Lutetia Parisiorum Cathedrale Olympeion

 

 前衛部隊が崩れた。追撃の軍、土煙に消える。

 火星で買い入れた馬、およそ五百頭。馬群が大地を奔る。退却してきたレイモンドが騎乗するのを見届け、前を向いた。この砂塵の向こうに。夢が待っている。

「参りましょう、シャルパンティエ様。土煙の向こうは死地です」

 どこからか、そんな声が聞こえてきた。待ち受ける者、逃げ惑う者、必死に立て直そうとする者。そして追いすがってくる敵。混沌とした砂の嵐の中、煙る世界に志を集めて。

 喚声。死生の狭間で、爆発する感情。

 周囲の五百騎は、命を共にしようと誓った仲間たち。共に、死のうと従って離れない者たち。もう会話など不要だった。意思は、通じている。突き放せなかった命。それが、三十八年という人生にはあるのかもしれなかった。決して、全てを捨てることなど出来ないのだ。

 少しでも長く生きていてくれ、と心のどこかで祈った。それから、鞭を入れた。

「戻らなければ、降伏しろ。決して悪い扱いは受けないはずだ」

 叫ぶように言い放ち、反論を許さず、敵陣へと突撃する。銃を撃ちながら、中には弾薬が切れて刀剣類を片手に追撃を続ける敵の中央を、突き破る。

 敵は中央に向かって集まりつつあった。その一点を突破し、敵陣の裏へ、裏へと突き抜ける。そこに待つのは、大将。

 

 全ては――――この時のために。

 

 レアティーズを殺すことこそが、勝利。ならば今までの全ては布石。戦に勝つことなど望んでいない。二万を打ち破る戦力を揃えているわけではない。五百の騎馬隊で、敵陣を突き破り、大将の首をとるための布陣だった。

 人々。斬り従えて、前へ。ただ、前へ。

 驚くほど、心は透明だった。怒りもない、興奮もない。平静そのもの。何も思い浮かばなかった。何も考えなかった。見えたのは、憎悪ではなく、救いがあった。これで、救われると思った。何から救われるのかはわからない。そう、何も無いのだ。敵も味方も、友も夢も理想も、愛さえ、無かった。

 顔が見えた。レアティーズとその隣に、オフェリアがいる。顔が見える距離まで、近付いていた。降り注ぐ銃弾に、倒れる仲間もいた。少しだけ、後ろを振り向く。減っている。剣が磨耗し削られ、折れつつある。しかし、まだ勢いも刃も生きている。

 敵が、消えた。光。あるのは、それだけ。希望の光か、救世の光か。

 心には、何もない。美しい。そう思っただけだ。その美しさに惹かれた。触れてみたい。あの光に触れてみたい。ルートヴィヒ。そこにいる君ならきっと、救ってくれるのかもしれない。

「見ろ、レイモンド。アイツについていけば、未来が見えるかもな」

 呟いた。聞こえたのか。反応は、なかった。

 そう、死を恐れなかったのは、継ぐ者がいてくれるから。ここで自分が朽ち果てたとしても、オフェリアが、リゴレットが、プリシラが、見たかった世界を作ってくれる。俺の代わりにだ。だから、何も、恐れるものはないのだ。

 きっと、幸せ。だから、今は、そしてずっと、幸せだったのかもしれない。

「お前はどうだった、ロジーナ?」

 

 届く、この手は。

 その光に。

 

 ふと、自分が笑っていることに、気がついた。

―――――――――――――――――――――

 

 

 フリューリングが、何度もイスラフィルを撃ちながら、片手でレアティーズを守るように立っていた。その顔は苦痛に満ち、突進してくる騎兵隊に、吼えた。

 先頭でひた駆ける男。黒い龍。ルイ・シャルパンティエ。顔は見えなかった。右手を前に突き出し、ただ駆けて来る。レアティーズは、剣を抜いた。味方は、間に合わない。フリューリングも、全ては撃ち落とせない。

 全てはこの一瞬を狙い済ましていたのか。驚愕する表情で、見事だと心底から思える敵と対峙する。

「お逃げください、閣下、閣下!」

「嫌だ、逃げん」

 強引に押し込めようとするフリューリングの腕。足を踏ん張り、剣を構えた。シャルパンティエの左右にいた騎兵が、落馬した。当たらない。三百ほどの騎兵が、徐々にその数を減らしていった。

 それでも、当たらないのだ。前に翳した手。それが、邪魔をする。フリューリングも、もうこちらに構っている余裕はなくなっていた。寸断なく連射し、まるで体が輝いているように見えた。その神に、叛く。断固たる意思で、戦うと決めた男。

 まるで決意が、その右手に宿って神の意思を跳ね除けているようだ。神と、反逆者の対決に。レアティーズは加わることが出来なかった。せいぜい、その足を後退させないよう覚悟をするだけだ。

 小さく、声が漏れた。当たった。騎乗の黒龍の胸に、光が命中する。やった、と。体に力が入った。輝きの向こうに、未だ倒れぬ男の意思。理解が、出来ない。シャルパンティエ。小さく呻いた。この男は、本当に、理解の範疇を超えていた。

 後続の部隊が、遅れ始める。シャルパンティエは単騎で駆けているようにも見えた。数が減り、狙いを定めやすくなったのか。二、三と続けてイスラフィルが命中した。倒れない。死なない。そうだ、死なないのではないか。

 シャルパンティエは、死なず。あの男は、亡霊なのだ。いくら殺しても、殺しても――――この首を刎ねるまでは、消えぬという亡霊たましい

 背筋に、恐怖。逃げ出したくなる恐怖。フリューリングの怒鳴るような、自分を奮い立たせるような怒声で、我に返る。思い出せ。戦闘では、勝っている。総大将である自分が、逃げなければいい。逃げない。そして、勝つのだ、この亡霊に。勝ってみせるのだ。自分に言い聞かせるようにレアティーズは呟いた。

 馬蹄。もうすぐそこだった。フリューリングが覚悟を決め、片方の手で抜刀した。顔。どんな顔をしている。夢を果たせるという希望か、死を迎えるという絶望か。剣を強く握り締め、死を覚悟した。

「――――見事、だ」

 呆然と、そんな言葉が出た。

 迫り来る黒い龍には、頭が無かった。

 首の無い死体が、右手を突き出したまま、なお、騎乗で。決して斃れることなく、駆け抜けていく。

 振り返り、見送った後。レアティーズはいつの間にか、半歩だけ足を退いていた。

 

 

―――――――――――――――――――――

L'Imperator ---Laertes Score Cadenza

Jul. 9, Neo.Globe.0326

Lutetia Parisiorum Cathedrale Olympeion

 

 震える心は、夜になるまで落ち着くことはなかった。一人震える夜だ。二つの月が、美しかった。

 寝室のベッドの上で、ただ双子星を見上げていた。照明もつけていない。部屋には、誰もいない。星空に生きる命を、星と星の合間にある運命を、この手で平定する。そんな夢を、抱いたのはいつからだったろう。

 あの星は、オフェリアとアデレードなのかな、と。ふと思った。あの二人が、このルテティア・パリシオールムを見下ろしているのか。

 俺は、星になることは出来ないだろう。痛切に、そう感じた。

「……お願いがあります」

 背後から翳のある声がした。ルーシャの声だ。

「降兵をどうするおつもりですか?」

 シャルパンティエの軍は、降伏した兵がほとんどだった。突撃に加わった騎兵は、ほぼ全滅している。二千弱の降兵をフリューリングが受け入れ、現在は飛行場の軍営に入れているはずだった。

「良い月夜だ。そう思うだろ」

 杯を傾け、一気に喉に流し込む。酒が、食道を熱くした。

 降兵は、許されない。大逆の人間たちだ。世論も、彼らを許すことはないだろう。社会が、彼らを殺す。自分がどうこう言う問題ではなかった。その矛先となった神の一族は、この星から姿を消してしまっていた。

「降兵の中に、弟がいます。どうか寛大なる処分を」

「弟か。聞いたことがあるような気もするな。名は?」

「レイモンド」

「そっか、守護者レイモンドか」

 降伏した兵を一人だけ救う。自分の裁量でそれは出来るだろう。

「なぁ、『オフェリア』がそれを許すと思うか。人は平等に、苦しみさえも分かち合えと言うヤツだぜ」

「……それは、わかりますが」

 我々には、人を実際に救える力がある。自分はそれに加え、権力も持っている。それは皆を幸せにする力であって、個人を救うものではないとカイアファもオフェリアも言うだろう。だから、自分は敵なのだ。その考え方が好きではない。

「俺はな、大勢なんかどうでもいい。神様とかいうクソッタレが俺に臣従しないなら、殺してやる。世界など、戦争の果てに壊れたって関係ない――――というのが本音だ」

「では、レイモンドを?」

 

「『オフェリア』ならな。だが、俺は『レアティーズ』とかいうヤツらしい」

 

 初めて。名乗った。自分の名前を、口に出すことが、出来た。

 今、背後の彼女は。どんな顔をしているのだろう。驚いた顔だろうか。やはり、という想いがあるのか。偽物の自分を、憎悪で迎えるには違いない。神を誑かし、追い出して迫害した侵略者。それでいい。それでいいのだ。

 この乱世を、戦乱の世を平定すると決めた。覇道だ。覇者に、友はいらぬ、仲間もいらぬ、愛さえいらぬ。要るのは、服従する者だけでいい。そう決めていた。色褪せてしまった夢だけが、決意だけが、意地のように固まって心に沈殿していた。

「それが今、少しずつ、少しずつ、流れ出ているような気がする。夢と共に」

 流れ出て、吸い取られる。斬り従えた屍の山頂に築かれた城。屍を蘇らせ、正道の聖堂を造る者へと、吸い取られていく。オフェリア・フォーレへと返還されていく。

 振り向いた。悲しかったのか。寂しかったのか。怖かったのかもしれない。涙が、頬を濡らしていた。酒のせいだ、とレアティーズは思い込もうとした。被っていた自分の外套を投げ捨て、シャルパンティエの黒衣を持った。

「弟に、呉れてやれ」

 二枚の外套を、投げつけるように渡した。遺品と、カデンツァの外套。それから、杯を呷った。

 言葉は出なかった。二枚の外套が何を意味するかは、語らずともわかる。聡明な王妃には、わかることだろう。

「アハト、ソフィア・ビュザンティオンにアンドロメダ軍が集結しているようだ。これを探りたい。お前では難しいだろう。身元の割れているツェルニーに兵をつけてやらせろ。エヴォルブたちには降兵の扱いと軍の再編を命じる。お前は一部隊を率いて二時間後から飛行場の警備につけ」

「了解です。二時間後、ですか?」

 部屋のドアの奥から、アハトの疑問が聞こえた。

「そうだ。それが、限度だな」

 真っ直ぐに、目の前の女性に言うように、アハトに命じた。

 

 我が世は、覇道だ。求めたのは、栄光だけ。欲しいのは、我が名だけ。

―――――――――――――――――――――

 

 

 黒い外套を、リゴレットは感慨深い思いと共に手にしていた。

 これを羽織った龍の人は、何を思い、何を抱き、夢に散っていったのか。それはおそらく、誰にもわからないことだ。

 亡国の王弟が、独白を終えた。義理の姉に助けられ、手立てを整えてもらったレイモンドは脱出に成功し、ティールに逃れてきていた。捕虜となった他の者たちがどうなったかはわからない。大逆の罪。禁忌。タブーを犯した者たちの末期を、考えたくはなかった。

 ニュースでも報じられていた。その扱いは、レアティーズに対する不信を払拭するようなものだった。先年のアデレードの婚儀以後、ツェルニーとレアティーズの評判は著しく落ちていた。しかし今は、神を反逆者から守った英雄となっている。

 それは事実だ。しかし真実とは思えない。シャルパンティエは、誰も真似をすることが出来ない罪を、勇敢さで克服し、夢に生きたのだ。

「彼は、死を克服していました。貴方や、オフェリア様がいるから恐れはないのだと」

 どうしてそう思えたのか、リゴレットにはやはりわからなかった。逆賊となった男。その答えに辿り着けるのは、何となくオフェリアだけだろうと推測した。だから、リゴレットをここに寄越し、レイモンドと会わせたがったのかもしれない。

「レイモンド。君の力を借りたい。オレたちが願う力の一翼を作ってくれ」

「どういう意味ですか?」

「君の故郷は、太陽系同盟が占領している。『アンドロメダ軍』を率いて君がフェクダを治める。自由の世界を、築き上げなきゃならない」

 敵はフルジアではなく、太陽系同盟でもない。アンドロメダの敵は、自由を、未来を奪う者だ。

 変わり始める世界の、その先駆けだった。うな垂れたままの青年に、新たな年を、新たな世界を見せようと思った。

 黒き龍は死したわけではない。未来に、その足跡を残したのだ。いつでも前を進む人である。決して届かぬ場所まで先に行ったのか。そう考えると、リゴレットは自然と笑みが漏れた。

 

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