戦こそ我が宿命、闘こそ我が運命 どれほど汚れていようとも、血が我が身を洗わん 消えぬ逸れぬ髑髏の道を、我も貴様も同じ道を逝く たとえ行き着く果てが地獄でも 先に行っては死者と共に貴様を待とう
1 「クソッ!右舷だ、Bデッキから侵入してくる!」 リゴレットが鋭く叫ぶ。艦長が座るべき椅子に浅く腰掛け、目の前で操作盤を神速で叩くアビゲイルに向かって怒鳴った。それでも、状況は何ら改善されなかった。 ルテティア・パリシオールムから脱出してきた船を収容するまではよかったが、オマケがついてきた。追従してくる敵船を回避するには、この巨大母艦は重すぎた。振り切れず、今まさに右舷に乗り込まれている。 武器もない。この船には、何一つ有効な兵器が存在しなかった。敵船を攻撃することも出来ない。即座に、リゴレットは上陸した敵を野戦にて迎撃することを決断した。 「――――大変です。スターチェイサーが、座標から消失しました」 「何だとオイ。消えた?」 悪いニュースは続く。アビゲイルは画面いっぱいに座標データを映した。スターチェイサーの航路を示す線と、点。その点は、消失ポイントだ。そこまでしか、追いきれなかった。 撃墜されたのだろうか。しかし、スターチェイサーを追っていた船は、かなり後方にあった。攻撃の出来る範囲ではない。オフェリア・フォーレとアデレード・フォーレの二人を乗せた攻撃機は、周囲に何も無い場所で、いきなり消えたのだった。 攻撃機というのは第二案だった。もしイザークの乗る脱出艇まで行けないと判断した場合、上空に無線誘導の戦闘機を配備し、そこに乗りつけるというものだ。後はこちらと合流する手筈だったのだが、母艦は敵襲を喰らい、戦闘機は消失した。 「消失です、艦長代理。撃墜されたわけでも、爆砕したわけでもありません」 「考えてるヒマなんざねェ。右舷には誰がいる?」 「先に乗り付けたスカラ号があります。現在、Bデッキにある生体反応はアリア・ローゼンミュラーとセシル・バルツァーの二名。敵船、外壁を破壊しB1カタパルトに侵入しています」 「フルジア兵は左舷か。敵はライト・ハンガーまで出るな。ハンガーへの道順は?」 「アヤソフィアからが最も近いです。位置は掴めませんので、後ほどご連絡します」 機械的に空まで作るソフィア・ビュザンティオンの街である。アルゴナウティカの空は四層に分かれ、透明な通路で左右の壁面に繋がっている。アヤソフィアから右舷ハンガーまで、4キロメートル。やや距離がある。 「頼む。アヤソフィアで合流する」 「了解しました。では、お迎えに行ってきます」 敵の侵入が認められた場合、各フロアを繋ぐリフトは自動で停止してしまう。セキュリティ保全のためだ。リゴレットは椅子から立ち上がると、扉を開いてAデッキ、レベル2から非常階段を使ってレベル7まで駆け下りる。 息が切れるほど長い階段。垂直に2000メートル、下る。35メートルの地点で体力は限界だ。外殻Aデッキの最下部に到達し、リフトを一時的に作動させてアヤソフィア最上階の2000階まで落下する。 「敵船、数は現在十二隻がカタパルトを破ってハンガーに侵入。敵上陸中。数、およそ六百」 アビゲイルの声が聞こえる。ハンガーの位置からでは、街に侵入することは難しい。リフトが使えなければ、Bデッキに敵を封殺することが可能だ。 「アビー、B……3レベルだったか?右舷居住区の状況は?」 「B3レベル、異常ありません。現在アリア・ローゼンミュラー、セシル・バルツァーの両名が非常階段を用いてB2からB3に移動中。Cデッキにてセリア・イザーク、ティア・ヴァーグネル、フィラーナ・ノルマ、さらに仮登録申請のレイフ・ローゼンクランツ、アリー・アッシャール、マルガレーテ・シン・シャル・イシュクンと合流。フルジア帝国近衛第一師団五十名、帰還しました」 「よし、B3のリフトを稼動させよう。開くのはA7、C1の二つだ」 乗ってきたリフトに再び乗る。アビゲイルのアナウンスに合わせて、リゴレットの体が消える。 瞬時にB3レベルまで移動し、リフト室から廊下に出る。アリアたちの位置まで移動する。廊下を走る足音が、次第に重なる。 銃を構えたセシル・バルツァーが眼前に躍り出て、軽く挨拶した。イザークたちとの合流地点をB3下級士官室に設定し、作戦会議を行うことにする。廊下の突き当たりにある大部屋に入り、部屋の照明をつけてテーブルについた。右舷の兵士たちが、軍営に集まりつつある。 しばらくして、イザークたちが入ってくる。Cデッキから集めた兵士たちと合わせて、ほぼ百名だ。こちらにも兵士は二百名ほどがいた。合わせて、三百。 「とんでもねえコトになってきやがったな。敵さんはライト・ハンガーで釘付けだ」 「渡り廊下を伝い、外殻沿いにAデッキまで攻め込まれることも考慮した方がいい。兵の配置をAデッキにも回すべきだろう。およそ、百名。指揮は誰が執る?」 「オレかティアかイザークか。この船のことをわかってるヤツでなければ外殻通路は無理だ」 「よし、じゃあ僕がやってやるぜ」 「オーケイ。フュンフ、手伝ってくれ。ティアと二人で百を指揮してAデッキから攻め込む」 懐かしい顔だ。フュンフとズィーベンは、呆然としながら、しかし笑い返してきた。肝は据わっている。ここぞ、というところで頼れる人間だというのは、理解している。 「へへ、いいぜ。じゃあ達者でな、アリー」 「もう死ぬんじゃねえぞ。お前が死ぬと、面倒くさい」 フュンフはオフェリアがノティオンで殺しているはずなのだ。それでも、ここにいる。そういう人間だった。一筋縄ではいかないのだ。その身の施し方は、クンスト・ヴェルクでも随一だろう。 「私は戦闘に関与しませんからね。ここで万一があれば、ソフィア・ビュザンティオンは今後リューヴと外交するにあたって一つしこりを作ってしまいます」 「了解。ゼクス、アリアと二人でアヤソフィアに避難してくれ。で――――その女の子、誰だよ」 視線が下を向く。リゴレットが見つめているのは、まだ十歳かそこらの女の子だった。目に不敵な笑みがある。子供のくせに、生意気そうな顔つきだった。 「マルガレーテ・シン・シャル・イシュクン」 「……聞き覚えがあるな」 「ディファイアンスでキチガイ博士やってる人のことだよ、マヌケ」 なぜそんな人物をイザークは連れてきたのか。思わず睨みつけると、肩をすくめて仕方が無かったと弁明してきた。 「そうセリア・イザークを責めるものではないぞ。ワタシの知恵があれば、貴様らの浅知恵など通用せんわ。なに、ちょっと待ち伏せしていただけよ」 「ムカつくガキだっぜ……」 「デリヴァランスと会える機会が欲しくてな。まぁ、いい。荒々しいのは貴様にお似合いだろう。ワタシは大事な頭脳であるからな、アリア、行くぞ。野蛮なことは未開人どもに任せておけ」 ブチ殺してやろうか。我が物顔でアリアたちを連れていく少女を見送り、あいつの処分は後回しだと頭を切り替えた。マルガレーテ。あの女史と、この少女にどんな関係が。いや、考えるのでさえ、今やるべきことではない。 イザークを見る。それから、ズィーベンの巨体を。 「敵は、オフィーリア・ゾンマー率いるイコライザー部隊と、リューヴ義勇軍というリューヴ=レイスの血統を持つ二世・三世だ。手ごわいぞ」 さらに続々と敵船が接舷してくる。その数が十五隻になり、敵数が七百を越えた頃、我々は行動を開始した。
2 外部に繋がるカタパルトはすでに占領されている。リゴレットは、先回りしてライト・ハンガーに防衛戦を構築することにした。 ハンガーとは格納庫のことであり、船渠の役目も果たす。このドックは150メートルに設計され、現存する航宙艦のほぼ全てが格納可能なサイズである。左右に分かれ、第三十まで段階がある。Bデッキ、Cデッキの左右のハンガーを合わせれば、百二十隻が収容出来る。 敵はカタパルトから侵入し、直線状にある第十ハンガーから上部五層に渡って破壊し、上陸をしていた。外郭通路は封鎖している。上陸には、ハンガーの内壁を破壊し都市部へ侵入しなければならない。しかしそこは、都市部上空約1500メートルに位置し、スカイダイビングで降下しなければ上陸は不可能。 すると敵は、構造上、下にやって来るわけだ。第一ハンガーでリゴレットは迎撃することにした。尤も。この位置ですら上空400メートル、雲が生成される高度にある。 ハンガーの扉を下ろし、通路を封鎖する。船首側のハンガーにズィーベンとイザークをつけ、リゴレット自身はアビーと二人で船尾側ハンガーに兵を揃えた。遮蔽物を積み上げ、銃口を揃える。何段かに防衛線を築いた時、都市部から来客がやって来た。 フェリーチェである。都市開発の区画整理などをやっていたのだ。上で戦闘が始まったので、どうしても気になってしまったのだろう。 「おいリゴレット。兵が必要なら言えよ。カミーユ兵を揃えてこっちに持ってくるぞ」 「要らんわ。いざとなりゃあ、フロート・ガーデンを切り離して外殻部だけ残す。都市を守るために戦うってのに、市民が武装しちゃ意味ねェだろうが」 おそらく、好意で言っているのを、リゴレットは跳ね除けた。 「しかしな。自衛のためだ、と意気込んでいる警官たちもいる」 「警官と軍隊ってのは違うだろ」 今、戦っているのはフルジア軍なのだ。オフェリアを追ってどうしてもついてきてしまった者たち。それはもう、平時には戻れず。戦って生きるしか道の無い者たち。幾ばくかのカメリア王国軍兵士も混ざっているが、今前線に立っているのは戦にのみ生きると決めた人間しかいない。 「ほれ、もう敵さんが来るぜ」 非武装のフェリーチェを追い返そうとする。すでに、ハンガーの扉を壊そうとする物音が聞こえ始めていた。 「ちょっ、待て。カティアはどこだ?」 「――――少なくともオレは見てない。家にいるんじゃないか?」 「はい。カティア・フレーニは現在、外殻に反応ありません。都市部でしょう」 「そうかアビー。ありがとう。おかしいな、こういう時こそ暴走するのが役割な気がしたんだ」 「結婚して骨抜かれたんじゃね?」 「ああ、そうかもな。そんな人とは思えない部分もあるが、まぁいい」 少なくとも安全ではある。もしもオフェリアの留守中に、カティアが死ぬようなことがあれば、それはとんでもないことだ。だから、リゴレットもフェリーチェも安堵していた。カティアなら、前線指揮官を買って出るのもやりそうだと思える。 今は、どうしてと考える時ではなく。結果だけを追求する時。
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“Stelle” ---Ham-Raphael Retier Jul. 1, Neo.Globe.0325 Lutetia Parisiorum Cathedrale Olympeion
その光景を――――ハム・リーティアは見つめている。 踊り狂う一組のペア。王様はひとり。壇上でそれを見守っている。小さな背からは想像もつかない強力な拳打を連続して打ち込むは、武ノ宮を継ぐ聖妃、奈生。長髪を振り回して華麗にステップを踏んで巻き込むように敵を弾くは、黒ノ宮の長女、聖姫の伊咲。 およそ、この二人が世に出ることなど、考えられない事態。その事実を、壇上に君臨す神の皇、夏夜は見下ろし、場を支配していた虚偽の皇、オフェリア・ヴァン・フォーレは見上げている。 「さァ、来いよ。またいつかのように打っ飛ばしてやるぜ?」 「悪いわね、司令官。結婚式壊しちゃって」 ベルベデーレ、五人の皇。それに連ねるが、我が父。ノア=ラファエル・リーティアは、どちらともつかない立場にいたままだ。あえて、誘うことを、五人にはしない。どちらが正統なのか、と問うような真似はしない。ただ、真実を。解き明かすだけで。 天空聖堂から、兵士の姿が無くなった。全て倒れ、ナオミとイサクの足元に転がっている。各国首脳の見守る中で、この一大事。ざわつくであろう群集でさえ、無言のカイアファが沈黙に圧している。 まるで――――断罪のように。裁きの時を、迎えたようで。 「何が目的だ、ベルベデーレ」 「目的は二つ。聖都の奪還と、神皇位の剥奪。貴様には神皇の座から退いてもらう。神皇は、俺だ。最初からな」 全世界へのメッセージ。それに、眼下の男は顔をしかめた。それは、腑に落ちない、といった様子の表情であり。何かを不思議がっている仕草にも見えた。 「元々、フォーレ家はここに住んでいたというだけに過ぎない。オベロン、オルフェオも然りだ。貴様の行為は、リューヴ貴族の権限を逸脱している」 「何だと、カイアファ。俺を、今、なんと呼んだ」 「貴様の罪を明かすのは、私ではない。裁かれたくなければ、跳ね返してみせろ。己が力で、一人の人間としてだ」 いい言葉だな、とこの時ハムは思った。それが、どんな意味かもわからずにだ。 「アデレードを救い、もう一人のオフェリアと戦うがいい。本物は、どちらか。真実など不要。ただ最後まで立ち続ける事実だけを見せろ」 アデレード・フォーレと同じ顔をした、フルジアの前皇帝。それが先ほどの襲撃者。カイアファはそれをオフェリアと呼び、目の前のオフェリアと戦えと口にした。 運命は複雑に絡み、最早、紐解ける段階ではなく。 「この時より、神皇は私、カイアファである。フォーレ司教にここの管理を一任し、我らが権威を無断で侵したゴットリー・ツェルニーには遺憾の意を表明し、リューヴ統一政府に正式な抗議を申し出る」 場が、収拾される。カイアファの一声で、波乱の結婚式に幕が下ろされる。 ハムは、ちょっとの間だけ、その場に立っていた。思っていたのは、当人だけだ。周囲から人が去る。その中に父の姿もある。ノアは司教に呼ばれ、デルフィオーレの人間と話し合おうとしていた。 原理派と教義派。派閥の違いくらいは、ハムにもわかっていた。父は原理派でありながら、教義派の人間と親しくしている。そのこと自体は、何の不思議もない。原理派などというのは、ごくごく数人しかいないのだから。 親しいのではない。通じているのかもしれない、と思い始めるのはこの頃になってからだった。 「……兄さん、オレ、その人に会ったことがあるんだ」 隣にいるセムに、自然と声をかけていた。 「その人って、『オフェリア』か?」 「裏庭の花壇を、褒めてくれた。懐かしいって、言ってたのだけ覚えてる。どういう意味だったのかな?」 レプリカ・セイクリッドの裏庭。楼閣に囲まれた中庭で、彼らを逃がすのを手伝ったような思い出。そこには花が咲き乱れていて、しきりに懐かしがる、フルジア皇帝がいた。それは矛盾だ。どうしてフルジアの皇帝が、フィルウィリミテア教の地で懐かしいなどと口にするのか。 ――――真実ではなく、ただ事実を。 「ハム、お前、裏切るのか……?」 「裏切るだって?何を、兄さん。兄さんはあの人が、伯母さんの子に見えるのかよ」 「だからって――――フルジアの皇帝だぞ。敵だ、敵でしかない」 目の前にいる兄。セムは、そしてノアは、きっと信じられない。そう思った。 音も声もなく、見合う。
訣別。互いに、信じる者の為に。
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3 黒い軍団。紫の鞘だけが、唯一の色彩。端整な顔立ちを黒髪で隠した女将軍たちの一翼に、明らかに敵は動揺していた。元よりリゴレットには、彼女らを指揮することなど出来なかった。ただ、見ているだけで。それだけで良い。 「大盾」 レーヴェ。獅子軍の指揮官は、ビッテンフェルトという二十一歳の若き女性だった。透き通る声で、百名余りの仲間たちに号令を発する。 手にした黒く大きな盾。それを前面に押し出し、彼女らは壁となる。銃撃を跳ね返し、整然と詰める左右の間隔によって、絶対防壁と化す。 「前衛、前へ」 壁が、一歩前に出た。美しくさえ見える動きの統制。ずん、と圧力を敵にかける前進。後衛についていたフェンリル、白狼軍をリゴレットは見渡した。前に立つ彼女たちの黒い外套は誇り。決して他者に指揮を譲ろうとはしない。しかしフェンリル隊は、違っていた。 「しかし……凄ぇな。こりゃあ、オレたちが勝てないワケだ」 ズィーベンが呆れたようにレーヴェ隊を眺めていた。一気に詰め寄せてくる敵軍を、盾で押さえ、完全に通路を塞いでいた。この鉄壁。決して抜けるものではない。盾の隙間から、紫紺の刃が突き出され、確実に敵兵を静かに潰していく。 リゴレットもズィーベンも、本当に立っているだけだった。アンドロメダでは勇猛な指揮官だとしても、彼女たちはそれ以上に優れている。恐ろしいまでの練度。近衛第一の精鋭は、今まで見たどのような兵士たちよりも精強で統制がとれていた。 この部隊が、フルジア本国には五千もいるのだ。かつてはアマリア・レティツィアの指揮下にあった最精鋭。この軍で、オフェリアは五倍、十倍の敵を打ち破った。今、間近にその部隊を見て。何の不思議もなく、すんなりとその事実を受け入れられる。 フルジア軍が強いのは、何故か。科学技術が優れているからだとずっと思っていた。しかし残念ながら、今、目の前で彼らは、タイタン軍が武器にしている白兵戦闘で圧倒している。兵の強さは、腕力だけではないのだ。武器、統制、組織的行動、複雑な力を絡めて考えなければならない。 「オレが強かったんじゃなくて。少佐が凄かった、ってコトか――――」 やはり、兵の指揮などは、苦手だった。 「イザーク隊より入電です。敵、イコライザー部隊と会戦。一部突破されている模様です」 目の前にアビゲイルが出現し、報告を入れる。反対方向のハンガーから侵入してきた敵兵が、徐々に防衛線を突破している。あちらはイザークが指揮するリントヴルム隊を中心とした防衛部隊だった。防衛戦という観点においては、強襲部隊のリントヴルムよりレーヴェ隊が勝る。 すぐにビッテンフェルトを呼んだ。隣には観戦していたズィーベンの坊主頭。 「後衛はどれほど必要だ?イザークの戦線が抜かれつつあるから遊撃したい」 「不要です」 事も無げに、彼女は言う。ズィーベンが口笛を吹いた。 「レーヴェだけでこの戦線を維持します。フェンリルたちと、我が隊をお使いください」 「悪いな。ズィーベンは、そうだな、仲良くやれ」 「わぁってるよ。さっさと行け」 連れる軍勢、わずかに三十人。百名を切る防壁で、しかし獅子たちは猛り、勝る。
リントヴルム隊の戦線は、悲惨だった。 ホバーに乗って、戦線を超越し、縦横無尽に戦場を駆ける竜。それが彼らの武器である。現状では、その全てが殺されている。狭い通路を戦場とし、ただ一点を防御するにはあまりに不向きなのだ。 増援。リゴレットは五名だけを率いて、ハンガーから内壁に通じるポイントについた。通路には防衛線を突破した敵兵が散らばっている。一対一の戦闘なら、負けない。持ちうる腕力で敵を蹴散らし、素早く通路に布陣する。 この点を突破されれば、都市部に繋がる。上空400メートルの位置だが、降下される可能性がある。都市を防衛するには、絶対に抜かれてはならない。 「なぁ、そういえばさぁ。お前ら、何で来たの?」 拳銃を腰に。槍と剣を見比べながら、五人に尋ねてみた。ビッテンフェルトが貸してくれた彼女の部隊員は柄に手を置いたまま、小首を傾げている。他の白服たち、フェンリル隊の四人も同様だった。 「……唯、陛下の為に」 「我らは近衛兵です。皇帝陛下の御身を守護するのが使命です。ゲオルギーネ女王陛下の世になろうとも、未だ先帝陛下ネブカドネツァル二十一世はご健在であります」 ここまで人を惹き付ける。命さえ、捨てて構わないと思う者たちがいる。それはおそらく、幸福なことだろうと思う。やはり、人の上に立つのは、あの男しかいないと思える。 自分では、ダメなのだ。だから早く帰って来い、そう願うのだ。 「じゃあなおさら、こんな場所じゃあ、死ねないよなァ――――」 返答は、無い。向かってくる小隊に向かって、射撃を開始したからだ。リューヴ義勇兵。光学銃を抱え走り抜ける五名を撃ち倒し、さらに連なる後続を潰す。 背後は、都市。アヤソフィアに続く道。絶対に抜かせるわけにはいかない。 光学式の銃。武器は、フルジアとアンドロメダ、変わらない。ならば違いは、兵数。続々と押し寄せる波。回転が追いつかない。こちらが撃ち倒すより多く、相手は引き金をひくのだ。 隣。一人、味方が倒れた。 不意に光線が掻き消える。重低音が体内からこみ上げてくる。かすかな振動。一瞬、艦内の照明が全て消え、緊急用の橙の灯りに切り替わった。 「電磁波障壁か、スカラに誰かいるのか?」 アビゲイルの返答は、無い。電子機器を破壊する障壁が、スカラから展開されている。ナビゲイターの姿は消えてしまっている。通信も閉ざされたということだ。 「くそ、退くぞ。レーゲン界面に出る」 今のうちに、後退した。防衛ポイントを放棄し、都市部上空の通路に出る。 ちょうど、雲を生成する界面。透明な通路を後退していく。最悪、アヤソフィアに立てこもるしかない。暗闇の中、迫る敵の気配。同時に悲鳴が空に響いた。足を踏み外せば、400メートルもの高度から落下してしまう。 銃を投げ捨て、抜刀する。光学銃はもう使えない。リゴレットは淡く見える敵へと、一瞬で詰め寄り、血の雨を地上に降らす。 混乱。斬りかかられた敵陣は、その場で交錯するように逃げ惑う。殲滅するのに、さほどの時間は要さなかった。全ての敵を斬り殺し、最後まで立っていられたのは、レーヴェ隊の女子とリゴレットの二人だけだった。 大空の闇。切り裂く、光が見えた。 界面を通過し、対角線上の内壁を傷つける光。イスラフィル。イコライザー部隊が、隊伍を組んでやって来ていた。 「――――は。どうするよコレ」 一斉に右手を突き出す姿に、絶望を覚える。 「降伏せよ、リゴレット・リエンツィ。デリヴァランスを引き渡せば、我々は引き上げる」 「残念だにぁ。あの二人、どこにいるかオレも知らんぜ?」 覚悟を、決めた。この距離でイスラフィルの一斉射撃を喰らえば、艦ごと崩壊するだろう。諦め。あるいは、死への決意。にやり、とリゴレットは自然と頬が緩んだ。
「うるさいガキどもがまぁ、よく吼えることで。目上の人には敬語使えと、飼育箱で習わなかったの?」
迫る極光、弾く蒼壁。放たれる必殺を、ことごとく打ち払う神の手。勢いよく振り抜いた右腕が虚空を切り裂き、イコライザーの武器をかき消した。 眼前には、背中。左手を腰に当て、斜に構えた後ろ姿。 「困惑?どうしようもない『脳』無しくんたちね。私はオフェリアではないわよ。そうね、オリジナルか」 オリジナル・オフィーリア。つまり、ディファイアンスが必死に蘇らせようとした、幻想。 ――――オクタウィア・ファイーナ。幻想の、双子の妹。 「オリジ、ナル……?」 「第Wロット、イコライズ・オフィーリアたちよ。君たちが私たちから盗んだ児戯が、通じると思うな」 続々と放たれるイスラフィルを、オクタウィアはいとも容易く消滅させていく。何をするでもない。ただ、立っているだけで。まるで障壁でもあるかのように、オクタウィアに近付く光は弾かれ、消される。彼女は一歩たりとも前に出ることなく、微笑と共に勝利を告げる。 圧倒的。ただ、居るだけで。それは驚異的な圧力となり、威圧しながら偽物たちを後退させる。 天空の戦い。終わりを告げる悲鳴が、聞こえた。イコライザーの一人が大きく吹き飛ばされ、眼下へと落下していく。それは一人、二人と続き。目に見えない暴風に巻き込まれていた。 「狙撃……!後退、後退するぞ」 振り返る。目に見えるは、Cデッキ。戦場とは反対のハンガーに、人影があった。驚愕せざるをえない。どれほどの距離、どれほどの射程を越え、狙撃を可能にするのか。後退していくイコライザーを背中で感じながら、暗殺者の技能に畏怖さえ覚えた。 この場にいない戦闘員は、ただ一人。クンスト・ヴェルクにて潜入を得意とした、フィアだけだ。 敵は、もう消えている。守る時は終わった。次は、攻めだとリゴレットは決めた。
4 「しっかし、間一髪でした。恩に着ますよ、オクタウィアさん」 通路を抜けながら、隣にいるオクタウィアにリゴレットは礼を言ってみた。よく、似ている。それが第一の印象だ。オフェリアと同じ顔をした人間は、アデレードに次いで二人目だった。イコライザーは皆がオフェリアと同じ顔なのであるが。 「――――間に合ったのは、弟のおかげですね」 「どういう意味っスかね?」 「願い、祈り、想いの強さ。確かにこの艦には、貴方たちには神の加護を感じます。間一髪の状況を切り抜けられたのは、これが初めてじゃない。どうでしょう?」 天運、我にあり。オクタウィアは、そう言いたいのだった。 可能性を、引き寄せるのが運というものだ。偶発的で、狙って引き起こされるものではなく、本人の意思とは無関係の部分で起きる。フォーレ家の祈りは、その運を与える。加護によって誰にも知られず守られる。それは誰も気付かない、誰も知らない、小さな奇跡の連続。 だから、せめて。感謝だけはしておこう。 「……オペラは、今どこに?」 「遠い場所です。名前さえ無い星で、妹と漂着しているようです。心配なさらずとも、そのうち帰って来ますよ」 透き通る素肌とヴェールに包まれた体。神秘的な出で立ちのオクタウィアは、占い師だとオフェリアが言っていた。過去を全て記憶し、紡がれる可能性を全て計算し、未来を見渡す能力を有する。到底、信じられるものではなかった。 これは予言か、明言か。違いは、明日に生ずることだ。 「それにしても、オレたちは一体ナニをしてるんでしょうね。どうにも、オペラと出会ってから人生がぐるぐる回ってどうしようもない気がして」 本当なら、もし出会っていなければ、今頃、何をしていたのだろうか。トリスタンに招かれて、カヴァレリア・ルスティカーナの長になり、親友と二人でタイタンを背負っていたかもしれない。太陽系同盟に腰を落ち着け、憎たらしいライルの顔を拝みながら、戦場に生きる。 それが、宇宙の真ん中で。浮かぶ都市の通路で防衛戦をするとは。自分が何をしているのかわからない。そもそも、オフェリアが何を目指しているのかもわからなかった。 フルジアを脱してからのオフェリアは、狂っているとも称すことが出来る。アンドロメダの真ん中に国を作ろうと言うのだ。王様になりたければ、フルジアに居続ければよかった。真意と目的が、リゴレットにはわかりかねていた。 フォーレの再興。ルテティアを襲い、レアティーズを血祭りにあげ、元の人生へと糺すものだと思っていたのだ。しかしオフェリアは、強襲しただけで引き揚げてしまっている。 「まさか。あの子はそんなこと、露にも思ってませんよ。彼は、見ているのです。百年後をね」 「百年だって?戦争を終わらせるとかいう夢想でさえないのか?」 「終戦、平和への願いなど、ちっぽけなものです。本当に戦争を終わらせるだけが望みなら、近衛兵を率いて征討戦をすればよかったのですから」 夢。 戦争を終わらせる。そんな夢さえ、小さく見える。 もしかすると、あの人間は、すでに『戦後』を見ているのだろうか。 「――――ゾッとするぜ。鳥肌が立つなんてのは、久し振りだ」 大望というべき願い。オフェリアは、今、何を見ているのか。
格納庫では、壮絶な光景が待っていた。取り囲む将兵は、フルジア軍だった。すでにティアの部隊も合流し、何かを囲んでいる様子だった。イザークの背後にリゴレットは立ち、その状況を目の当たりにした。 山である。 死体で埋め尽くされた地。路上を覆い隠す血。血と死の原野、屍の山に立つ羅刹がひとり。 なんだこれは。数々の戦場を見てきたリゴレットでさえ、絶句した。 「我が焔は赤より紅く。朽ちた者ども、その血が俺を熱く染める」 こんなことがありえるのだろうか。敵は殲滅されている。皆、死んでいる。だというのに、ひとりだけが、生きている。死にながらも生きている。死なないのだ。
「死ね。死ねばいい。俺もオマエも、さぁ闘え。闘争こそ我が運命、我が宿命、我が、命」
言葉など通じない。鬼とのコミュニケーションは、ただひとつ。生と死の争いでしか通じない。途切れ途切れに聞こえる鬼の言葉は、歪んだ笑顔から発せられている。 降伏しろ、と。イザークが叫んだ。それを横目で見ながら、リゴレットは血の戦場へ足を踏み入れてみた。再戦。負けたままでは、いられない。武人としての血が、許さない。もしこの敵もそうならば、やはり闘うしか知らない武人なのだろう。 オフィーリア・ゾンマー。屍は未だ死なず。 銃など手にしていない。両手には、剣と折れた槍の柄。リゴレットはティアと二人で囲うように前に立った。見慣れない青年が一人、兵の包囲の中から出る。三人で、ゾンマーを中心にして距離を測り始める。 不意に、ゾンマーが片手を振るった。気付くと、目の前に立っていた。踏み込む速度に戦慄が走り、必死に体をよじってその一撃を回避する。無様に血の池へと倒れこみながら、リゴレットは背後にいた兵士たちが、まるで抉り取られるかのように切り裂かれたのを見た。 速く、鋭く、なおかつ重い。リゴレットが体勢を立て直して立ち上がる頃、空中に兵士たちの残骸が撒き散らされ、囲いの一部が突破されていることに気がついた。 「デリヴァランス――――!」 吼えながら、ゾンマーは一心に、オクタウィアを目指して突撃する。単騎、包囲を突破し。されどその背に飛び掛る勇猛の士。ゾンマーの背中に飛びついた青年は、そのまま馬乗りになっていた。大きい。その体躯は、軽々と2メートルはありそうだった。 そんな巨躯さえ、跳ね除ける蛮勇。吹き飛ばされた青年を見送る暇さえなく、立ち上がったゾンマーにリゴレットは猛然と襲い掛かった。さらにティアも加わり、二人で一気呵成に攻め込む。 剣を弾き、肉体に回避しきれない斬撃を喰らえどなお、ゾンマーは生き生きと動きながら、二人を同時に相手している。倒しきれない。すでに、敵は死している。この上なお、鬼の戦意を削ぐ一撃を見舞えるのか。 「いいぜ、いいぜ楽しいじゃあないかリゴレット・リエンツィ!最高だよテメェ、本気出さなきゃ殺されちまう」 さらに、ゾンマーの腕が伸びたような気がした。違う。動きが、一段階引き上げられ、加速した。 なお速く、なお強く。攻勢を圧倒する守勢。リゴレットの剣が叩き折られ、ティアは大剣ごと、素手の拳の一撃を受けて後退した。 敵、すでに人ではなく。怪物のような圧倒的武力を有する、神に見えた。 柄。ゾンマーが手にしていた柄を、投擲した。それがティアの肩へと突き立ち、短く呻いて倒れるのを見た。半身になった敵へ、リゴレットはすでに折れた剣を叩きつけるように振り回した。肉を断つ感触。ゾンマーの右半身へとめりこみ、血を流しながらも敵は、健在のまま。 頬を殴られる。石のような拳がリゴレットの頬をとらえ、90キログラムに近い肉体を浮かせ弾いた。 「痛みを、感じる。さすがだ。痛いのなんて、初めてだ」 「ゾンマー。お前は、強いな」 ひどく、滑稽な対話だった。この場所にはこんなにも、兵士という多人数がいるのに、リゴレットは不意に二人きりで会話をしている気分になった。 「無論。唯、それのみを求めた」 力。武。強靭な肉体と、敵を滅する強さ。オフィーリアの強さだけを受け継いだ、武のクローン。哀れで、悲しい人形だった。妹のヘルプストは管理者としての能力を、弟のヴィンターは政治能力を継承しているのに比べ、なんと悲哀に満ちた、空虚な器なのか。 きっと、わかっていた。終着は破滅でしかなく、戦いの果てにある、死こそ、ゾンマーという一人の人間が選ぶ運命であると。戦いの道を、選ぶことなく歩かされた末期だった。 「馬鹿だな。お前の目指したものなんか、陳腐でしかねぇのによ」 「他に何がある。この時代で、武人として生きた。他に、何を求めるものがあるのか、この時代で」 おそらく、似ているのだと思った。リゴレットは、まるで昔の自分を見るようだと感じていた。トリスタンと二人で、武で世界を獲ろうと、力でタイタンを引っ張ろうと誓った。それはアンドロメダで初めての勝利へと結びつき、親友はタイタンの長になった。 力だけで、成し得た。しかし、力だけでは足りないのだ。 「お前ら兄弟、足りねぇよ。狭いんだよ、考えがよ」 「足りるように作られていない。もうやめようぜ、リゴレット。俺には力があればそれでよかった。それで今を作れた。ただ――――それだけだよ」 最後の言葉が、とても、とても。見知った誰かに、似ている気がした。 ああ、きっと。出会うのが早ければ。お前の道を、糾せる人間がいたのに。
「さらばだ、リゴレット。殺されたくなければ、俺を死なせろ――――!」
憤怒。あるいは、涙。どんな感情だったにせよ、激情には違いなかった。
槍。死体からもぎ取った槍を、リゴレットはゾンマーの胸に押し付けていた。 最後の攻防の果て。疲弊しきった肉体でゾンマーを押し倒すように、全体重を乗せて、槍の穂先で貫いた。ゾンマーの剣は、届かない。 届かなかった剣が、手から落ちた。槍を引き抜く。倒れそうになる体をリゴレットは必死に奮起させ、踏みとどまった。荒い息。誰のものだ、と錯覚した。それは自分の上下する肩が生み出す疲労の証。 槍を手にしたまま、倒れ伏したゾンマーに近寄る。完全に生命を絶たなければ。そう決意した腕に、そっと細い手が絡んできた。胸の高さまで視線を下ろすと、黒い髪の毛が見えた。 「最期を、邪魔するのか。最後まで、邪魔するのか。デリヴァランス」 仰向けに倒れていたゾンマーが、そう毒づいた。 人違いだ。デリヴァランスではなく、オリジナル。オクタウィア・フォーレはそんなゾンマーを無視し、にこりと微笑んでリゴレットを見上げていた。 「お前は、父に似ています。違いは――――愛情の有無しかないわ」 「そう言うことそのものが慈愛の精神か。敗者にかける言葉などないのだ、デリヴァランス」 「敗者であろうと、出来の悪い弟には違いないのですよ」 死に際。仰向けの顔、その目が見開いた気がしてならない。この男が驚いた表情をしたのを、リゴレットは初めて見た。 家族――――そんな存在に、憧れているのかもしれない。ルキアとヴィンターには、その気持ちが強い。だからこそ、彼ら四人は兄弟と名乗り、仮初であろうと擬似的であろうと、家族だとしている。下の二人は、家を手に入れた。上の二人は、ただ闘うだけで。 この言葉を、求める。ルキアはオフェリアを慕って姉と呼び、家族であとうと努力している。ならば、この戦神さえも、そう思えるのではないか。 見開いた目の奥にある心中は、わからない。ただ、そうであれば、救いがあると思った。 「知らなかったな。愛とは……甘い味がするのか」 その目が、閉じた。何かを間違えたまま、鬼神は去り逝く。
5 ルテティア・パリシオールム軍、リューヴ義勇軍。祖父母、あるいは曽祖父母がリューヴ=レイスであるという三世、四世たちで構成された軍だった。レアティーズ・カデンツァはこの軍団を作るために世界中の原住リューヴ種を殺戮し、拉致して回った。 降兵、およそ二百から三百。降伏した兵士は収容所に入れる。しかしこの都市に監獄という存在はない。リゴレットはその扱いに悩みながら、ひとまず破損したBデッキから引き揚げることにした。 ゾンマーが、死んだ。イコライザーも百名足らずが殺され、全滅していた。ルテティアには数百のイコライザー部隊と、二万のリューヴ義勇軍がいる。しかし、痛打を与えたはずだった。ゾンマーとイコライザー百人の死は、大きい。 こちらの兵士と降兵が同数である。反乱となれば、抑えきれない。しかし虐殺してしまうというのも考えものだ。 指揮官クラスの人間を集めて、話し合うことにした。こちらはリゴレットの他にイザークがいた。そこで判明したのが、前述したようなリューヴ義勇軍発足の暗闘である。カルディア大統領が言っていた三世・四世たちの失踪は、この軍を作ることが原因だった。 従えば、兵士に。従わなければ、死。まさしく、恐怖政治である。 「我々は、決して戦意が高いわけではありません。こうして降伏したのは、身の保障があると思ったからです」 彼らは一般人だった。血など薄まってオフェリアやハイネのような能力を使うことも出来ない。ただ戸籍上、祖父母や曽祖父母がリューヴ人だった、というだけだ。 リューヴ人の血は弱い。リューヴ人以外の血と混ざると、能力は低下する。そうやって、現住リューヴ人は一般人になったのだ。原住は原住同士で交雑しなければならない。しかし数が少なかった。故に、彼らは淘汰されている。 「帰農が望みであれば、それは叶えよう。ひとまずはソフィア・ビュザンティオンに暮らしてもらう。リューヴ政府と外交関係を築いた後、それぞれの故郷に帰そう。今の段階では、それはちょっと難しいのだ」 「それは、わかります。イザーク様、寛大な処分をありがとうございます」 「とりあえず、アイツが帰ってくるまでは軍属のままでいろ。そうすりゃ給料も払ってやる。その金で暮らせばいい。将来については相談が必要だ」 全員を自軍に組み込む。そうして給金を支払い、その金額で彼らは消費生活を営む。都市の経済の一部を担わせる。資金に関しては、今のところ潤沢だった。オフェリアの個人資産は、さすがに膨大だった。ベルベデーレからも資金援助を受けており、あと一年は散財できる。 「あ、別にバイトして暮らすってんならいいぜ。オレら、そんなに裕福でもないからな」 「残る者、去る者をそちらで選別したまえ。残る者は我々で給与と住居を提供する。去る者は勝手にやるがいい」 反乱は、おそらく無い。話していてそう思った。 「おそらく去る者はいないでしょう。兵役には、我々の絆を強めるという効果もありました。同じ境遇で集められた者たちです。誰もが不遇を嘆き、解放と独立を夢見てきました」 夢を同じくして生きた仲間。その絆は、強い。たとえ行動と目的が反していても、いつかを夢見て耐え抜いてきた。 翌日、渡されたリストには、二百五十二名、全員の名前が書かれていた。
フィアに呼ばれて、Aデッキのレベル2、情報会議室に赴いた。A2レベルのセキュリティにアクセスできるのは限られたごくわずかな人間しかいない。秘密、ということが言外に含まれている。 情報会議室。オペレーション・ラウンジは広々とした司令部だった。現在、使われることはほとんど無い。リゴレットが入室すると、三人の人影があった。フィアがこちらを向く。特に挨拶するでもなく、円卓に作られたテーブルについた。 「ご紹介します。ミラとアスワドです。両名はオクタウィア様がお連れになった人物で、オクタウィア様はすでにご帰還なされました」 アスワドと紹介された青年は、見たことがあった。ゾンマーの背に飛びついた大柄な男だ。硬い毛髪は直毛で、黒い。やや飛び出た額の上から、背に向かって流した長髪である。頬や体には、刺青があった。 「バテン・カイトスの原住民か。見たこともない亜人種だ」 「肉体能力は相当なものです。素手での戦闘であれば、戦闘種族にも劣りません」 戦闘種族というのは、タイタン人とカミーユ人のことだ。武力で成り上がった種族をそう呼ぶことがある。文人たちにそう呼ばれるということは、ともすれば蔑称とも言えるが、自尊心の強いカミーユ人は戦闘種族と呼ばれることを気に入っているようで、リゴレットも特には気にならなかった。 「アスワドを、オフェリア様の護衛にとのことです」 「わからんな。アイツに護衛なんぞいるものか?」 「オフェリア様を守るのと同時に、オフェリア様から守るのだそうです」 いまいち、リゴレットにはフィアの言葉が理解出来なかった。オフェリアの暗殺。それが、怖いと言えば怖い。しかし暗殺者で諜報員だったオフェリアを暗殺するのは、至難の業だろう。本人も、腕が立つ。護衛役より守られる側の方が強い、というのは矛盾している気さえした。 「近いうちに、オフェリア様は絶望を得るそうです。その時、暴走を抑えられる屈強な人物が必要なのだと仰られていました」 「なんだそりゃ?」 「つまり、カティア様との別離が起きると予言していました」 オクタウィアの狙いが、よくわからない。確かに、何らかの悲劇でオフェリアとカティアが引き離されれば、今度こそオフェリアは怒り狂うだろう。それに備えて、アスワドを側につけるというのだ。 ヴィオレッタの時は、フルジアから逃げ出した。次。次などということが、起きるのだろうか。 「ミラは留学だそうです。将来のバテン・カイトスを統治する立場にあるので、学ばせたいのでしょう」 よろしくお願いします、とミラがお辞儀をしてきた。不可解な思いを抱えたまま、リゴレットは彼女にようこそとだけ伝え、やはり眉を寄せたまま、難解な設問に挑む。 「どう思う、フィア?」 「カティア様と別れることはありません。あるとすれば、死、のみでしょう」 カティアの暗殺。確かに、それなら有り得る気がする。 「これは呪いなのだそうです」 「不可解なことばかり言いやがるな、あの人は」 「オフェリア様が女性と結ばれることは、決してない。なぜなら、それが願いだからです」 「願っている?」 「オフィーリア・フォーレの最後の望み、です」 フォーレは人の願いを聞き、叶え。最後は、自分の望みを叶える。絶対的な行使。それは束縛とも呪いともとれる。 どうか、次の双子は。その先にあるのは、怨嗟の言葉。
オフェリアのソフィア帰還が決まった後、リゴレットは針路をリューヴに向けた。 いよいよ、リューヴ政府と話す時なのだ。これは外交である。ソフィア・ビュザンティオンという都市、アルゴナウティカという母艦、それらを守るために、リューヴ政府と同盟し、アンドロメダ・クラスターに入る。 その時、初めてルテティア・パリシオールム奪還という目標も見えてくる。 「ゼルス空港から通信です。どうしますか?」 広いコックピットには、幹部とも呼べる面々が揃っていた。イザークがいる。ティアがいる。今は空いている席もあるが、いずれ、埋まるのだ。夢と理想で、埋まる。 「セシル・バルツァー議員を送りにきた、とでも言おうか」 見える。夢が、見える。 ゾンマーは言った。戦こそ、争いこそ宿命だと。それを覆してみせる。それが、あの男に勝利するということだった。 リューヴの蒼い空を、天の船が行く。それは、この時代を導く軌跡。
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