肩に銃を担いで、腰に手を当てた女性は、その場では余りにも浮いた存在だった。 円卓の席についていた人々は、一様に恐怖とも思える不思議な表情を彼女に向ける。敵意があるわけではない。ただ、異様なだけ。 「リューヴ政府から派遣された、外務官のサマンサ・ラマート・アダド・ニラリ。あ、サムでいいわ」 サピリオ出身の彼女は、戦慣れした様子で場を眺め、小麦色の肌を存分に見せつけて。押し黙ったままの彼らに微笑みかけた。 机に手を置いたまま、意を決したトリスタン・シュトラスブルクは口を開く。臆病者のマクベス・ライルなどに構っていられるか、と。強気の男だった。 「お前は黙っていろ、シュトラスブルク」 しかし、発言はライルに止められる。彼は、ただ怯えていたのだ。この登場した女性が、一体、何のために太陽系同盟に顔を出したのか、わからない。リューヴ政府の名前を出している以上、無碍に断れる人物でもない。 「へぇ、この人がトリスタン。そうよね、知りたいわよね」 サム・ラマートは彼に微笑み、答えを口にする。それは、号砲に似て。 アンドロメダでも、フルジアでもなく。この時代を担うは、新たなオペレイター。 「ウチの元帥とアデレード・フォーレ様がご結婚なさるそうで。そのご連絡」 来たれ。時代の担い手、自由の翼で世界に降臨する。 「これをもって、第三次反攻作戦を展開するわ。全軍でフルジアへ攻め入る。太陽系同盟、ルテティア・パリシオールムと、完全な連携をしてね」 古きの力と、新たな力が融合する世界。そこに一石を投じる、聖女の婚姻。ライルは色めき立ち、トリスタンは複雑な心境に陥った。少女とも呼べる年齢のプリシラだけが、表情を失ったまま、無言で机を眺めている。
光は打ち砕かれ、なお、蘇る。 入り乱れる混沌の世界を、照らす。その光明、その希望、夢見る世界へ。 時間を繋ぎ、想いを共に。 総べる力は、答えを導くだろう。
1 待ち合わせ場所は、汚れた酒場。レイフが手をひらひらと振って、先に来ていた男に挨拶をした。 見違えた。特徴的なスキンヘッドには髪の毛があり、無造作な茶色い短髪になっていた。この男がジョッキを握っても、グラスに見えてしまう。それほどの巨躯である。 「よぉ、アリー。軍隊の暮らしはどうだい?」 肩を叩き、日々の疲れを労うような仕草。そのままバーテンに酒を注文し、雑然と騒がしい店内の雰囲気に、もう慣れ親しむ。すっかり、存在は溶け込み。誰がこの男を、フルジアの諜報員だと思うのだろう。もちろん、すでにレイフはその職を辞している。 「じゃあ、レイフって呼ぶかい?」 「どちらでも。名は捨ててきたからな、何でもいいのさ」 アリーはまだ、名前を捨てていない。ズィーベン、と呼ぶ方が正しいのかもしれない。しかし、何となくだが。レイフは友人を本名で呼んでいる。 二人は友人だった。それは、かつて情報部で仕事を共にしていた時からの関係で、クンスト・ヴェルクがなくなってからも、連絡は取り続けていた。序列第七位はリューヴの外人部隊に属し、第五位はルテティア・パリシオールムで諜報員となった。 「結構、有名だぜ。ノティオンでお前、死んだんだよな?」 「そうとも。俺って死んだらしいよ」 冗談めかした会話に、華を咲かせる。ノティオンでルイ・シャルパンティエ指揮の部隊に襲撃され、部隊は壊滅、命からがら逃げ出した。そのままレアティーズの下に戻るのも馬鹿らしくなったレイフは、ノティオンで死んだようだ。 リューヴを捨てて、次にフルジアを捨て、今度はルテティアを捨てた。渡り鳥のような男である。しかし、これがレイフなりの処世術だった。見切りがいいのだ。駄目だな、と思った時にはもう逃げている。それでずるずると負け戦に放り込まれることもない。 それがレイフの持ち味だった。潜伏を得意とし、暗殺や諜報活動に従事した世界最高峰のエージェント。ツヴァイやフィアとも引けをとらない実力の持ち主だ。 「で、どうするんだ。今度は外人部隊かよ?」 「それもいいな。勇ましきベルティエ隊か」 「……嘘つけ。お前のことだ、何を調べにきたんだろうな」 嘘を見破り、アリーはジョッキを空にした。一向に酔った素振りは見せない。 実のところ、それもいいと言ったのはレイフの本心である。友人と共に激戦を戦い抜くのも悪くない、と思っていた。しかし、時期が良くないのだ。世界情勢が落ち着くまで待つべきだった。 黙っていると、周囲の喧騒がよく耳に入る。それはアリーも同様だった。黙々と酒盃を空にしながら、自然と耳に入る周りの声を、聞いてしまう。特に、背後のテーブル席にいる三人組の男たちが、声を大にしている。 話題は、アデレードの結婚だった。卑猥な言葉を挟みながら、結婚式の話をしている。 「サム・ラマートが動いたらしい。太陽系同盟と接触している」 ぴくり、と。アリーの尖った耳が動いた。手の動きが止まっている。もう、ジョッキを握ってはいなかった。 「同郷だろ。お前、何か知らない?」 期待をかけたわけではない。レイフは、すでにサム・ラマートがどういった人物か知っていた。 女傑と呼ぶに相応しい女である。サマンサ・ラマートはサピリオの出身で、アリーと同郷だった。黒い噂の耐えない人物で、今はリューヴ政府の外務省に入っている。確か、まだ二十三歳のはずだ。政治家というより、マフィアと言ってもいい。武力を背景に故郷で組織票を集める山賊のような女だった。 いい噂は、全く聞かない。だから、アリーが表情を曇らせるのも、理解が出来た。 ゆっくりとアリーは首を横に振った。こんなものだろう、とレイフは思う。実際、期待していなかったのだ。 「ただ、リューヴ政府が私兵を雇うそうだ」 「うん?何だそりゃ」 「アデレード・フォーレの結婚式で警備をするために軍隊を派遣するんだとよ。それ、指揮してる」 「サム・ラマートが?ほぉん――――」 思いもよらない情報に、少し反応する。これは、単にレイフ個人が気になっているだけのことだ。誰に雇われたわけでもなく、今はフリーランスのエージェントである。逆を言えば、情報を集めて、それを欲する人間に売ればいい。 サム・ラマートの情報を欲する者などいない。しかし、結婚式の警備計画というのは、いかにも金になりそうな感じがする。 「お前さ、意外と居心地、よさそうだよな」 「ヴェルクを捨てた価値はあるぜ。ベルティエってのは理詰めだが直情的な人情肌の男でな。古参の兵士ばかりで気心も知れて気分はいい」 笑いながら言い切るアリーに、少しだけ羨望を覚える。居心地のいい場所など、レイフには見つけられなかった。だから、留まろうと思ったことがない。裏切りと背徳を重ねて、今日も流浪の人である。 友と共に、部隊に属するのも、良さそうな気がする。 「……ゼクス、かな」
外務省の人間とはいえ、元同僚だ。セシル・バルツァーと会うのは難しいことではなかった。 カルディア大統領の側近とも呼べるほど近くにいる。以前と違って、太陽系同盟と軍事において共同戦線を張っている今、リューヴという存在よりアンドロメダ銀河団という結びつきが強い。リューヴの大統領よりも、アンドロメダ・クラスターの総長の方が権力は上だろう。 つまり、現在アンドロメダを握っているのはカルディアではなく、ツェルニーにあった。 「フュンフ、懐かしい。どうだい調子は」 「お前もすっとぼけたコト聞くようになったもんだね」 セシルはクンスト・ヴェルク第七位レギュラーのゼクスとして、リューヴ国内に潜伏していた。ヴェルク解散後は、そのままリューヴに残って今度は政府に雇われたそうだが、面白いのが国会議員になっていることだ。 元々、リューヴ育ちの品のいい男だった。アリーやレイフと比べると、日の当たる場所に住む人間だったのだ。以前よりさらに穏やかな表情をして、喫茶店のテラスでコーヒーなどを飲みながら談笑しているのだ。 「スコアから逃げてきた。潜伏先を探しているところなのさ」 ルテティアにはアハトがいる。あの男の情報網なら、いずれ見つかってしまう。逃げ切るのは不可能だ。だから、見つかっても殺されないだけの背景が必要になる。 「ツェルニーにナーディル・アルダシール、サム・ラマート。お前の主にとって厄介な虫が、多いな」 「おいおい。まさか、暗殺でもする気か?」 「そんな面倒くせえことはしない。総長派を一掃するには二十人は殺さなきゃ無理だろうが」 カルディアを支持する大統領派の人間は、総長派に比べて微々たる力しか持たない。軍権を奪われている以上、武力で排除することも出来ない。むしろ、いつ排除されないかと怯えているところだ。セシルは必死に方策を考えているだろうが、内側からツェルニーの陣営を崩すのは不可能だ。 ならば、外側から破るしかない。 「外患罪だぞ、それは。フルジアに国を売るのか?」 「お前は純粋なヤツだね。いるじゃないか、リューヴ軍を打ち破る、フルジア軍以外の勢力。カミーユじゃあ、駄目だ。ルイ・シャルパンティエでは単なるテロリストだ。政治的な発言権を持ちながら、宙ぶらりんと空を旅してるバカがいる」 「――――ツヴァイ」 「イエス。最強のエージェント様にお頼みしましょうや」 ツヴァイ。あの男、ではなく。あの女なら、この状況を打破する秘策を持っている。 クンスト・ヴェルク。久々に、血が騒ぎ始める。また昔のように、レギュラーメンバーが揃って仕事をするのだ。 カルディア大統領のためにもなる。だがそれ以上に、独立した我々が、意思を同じくし、利益を求めて再び手を結ぶ。 楽しい仕事になりそうだ、と。レイフは頬を緩ませた。
2 このモバイル・デバイスを手にするのは、本当に久々だった。ティールにも、似たような情報組織があるが、所詮は真似事。我々には遠く及ばない。彼らにとっては、憧れの存在のようなものでもある。その象徴を、アリーは手にしていた。 かつてはヌルトから情報が送られ、ヴェルクと繋げられていた。しかし、ヌルトはもう死に、この回線が使われることはなかった。四年ぶりに、その回線が開いている。 「ウィルはA、デヴィーはB、アリーはC中隊を担当」 「あ、待った中佐。オレ、B中隊がいいです」 新たに募兵した式典護衛の兵たちは、ほとんどが外人で、性質の悪い人間ばかりだった。ティールの荒くれ者どもが群がってきたようなものだ。そういえば、七年前の歌姫失踪で集まったのに似ているとアリーは思った。 無線の先にはレイフ。どうやらB中隊に配属されたらしい。アリーは直訴し、担当部隊の変更を申し出た。アンリ・ベルティエ中佐は笑って容認し、我々三人は教育キャンプに参加することになったのだ。荒くれ者には、荒くれ者をというのが上層部のお考えらしい。 「アイツら、配属は第十師団になるんだろ。だったらオレらと関係なくね?」 「あそこの外人軍は大してアテにならんからだろ。ウチらが強すぎなのさ」 「そういやアリー、何でB中隊を希望したんだい?」 軍曹のトラヴィスとクロケットは不思議そうな顔でアリーを見てきた。秘密さ、と隠して。フラリス市南部の国軍基地司令部から教育キャンプまで移動する。 新兵訓練所は別にあるのだが、そちらに行くわけでもなかった。正規の兵士というわけではなく、傭兵に近いのだ。だから給金も安い。この部隊が、今後どうなるかは誰にもわからなかった。ひょっとすると、今回限りで解散なのかもしれない。 第十師団の下に置かれる臨時の大隊。数は三百名ほどで、これで結婚式場を警備するのだそうだ。百ずつ分けて三中隊を作り、三人はそれぞれの一隊を担当する。 第十師団の司令部で名簿をもらい、三百名が整列している広場に立つ。名前を呼びながら、アリーは百名を集めた。レイフ・ローゼンクランツ。名を呼ばれたレイフが近付いてきた。次の名前を見て絶望する。ティア・ヴァーグネル。ドライだ。青い髪の青年は、アリーに軽く会釈をしてから列に戻った。 「次―――――フィラーナ・ノルマ。って、嘘だろ」 なんということだろう。このB中隊、絶対にとんでもないことになる。無表情で立つフィアを見て、アリーは寒気が走った。
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“Hermit” ---Noah Retier Jun. 28, Neo.Globe.0325 Ruve south area City of Floris
こんなに冷たい顔をした少女だっただろうか、とノアは記憶を思い返していた。 婚礼のため、ルテティア・パリシオールムよりやって来た聖女は、怜悧な瞳と暗い表情をした絶佳の美人。美しくなった、と感嘆すると同時に、何か得体の知れない恐怖のような感情を覚える。変われば変わる。いつまでも、ノアおじさんとアデーレちゃんという関係ではない。 彼女は恭しく挨拶をし、婚礼について簡単な応答をしてからホテルへと帰っていった。その間、厳重な警備に守られていた。神皇閣下は何に怯えているのか。レアティーズ・カデンツァが怯えるものなど、ひとつしかないではないか。 「父さん、アデレード様が来ていたんなら教えてくれてもよかったのに!」 「おいハム、お前なんかが会えるような人じゃないんだぞ。口を慎め」 「うるさいな。兄さんだって見たいくせに」 礼拝堂にやって来た次男のハムを、長兄であるセムが嗜める。ハムももう十五歳になる。セムなど二十を越えているのだ。時間の流れの、なんと速いことか。 あの日――――アデレードの兄がここに訪れたのは、何年前のことだったろう。 「さて、そろそろ出かけるよ。セム、聖堂は任せた」 デルフィオーレで会合がある。約束の時間が迫っていた。婚礼に関することだろう。新郎であるツェルニーもやって来るというのだから、それは重大な会議のはずだ。おそらく警備業務や式典の流れを煮詰めることになる。 ハムが笑いながらついてきた。どうやら、アデレードに会えるかもしれないと思っているらしい。だがハムがデルフィオーレを訪れたことはなく、今日も途中までだ。偶然というものに期待をしているのだろう。ノアは、特に止めようともせず聖堂を後にした。 不意に、隣から声がかかる。ノアが振り返ると、銀色の短髪が目に入った。 「か、かかかか」 「カばかりでは意味がわかりませんよ、ノア。幽霊でも見たような声で呼ばないでください」 「悲しい話だ。私より貴方の方が顔が売れていないという。切ないとも言う」 「馬鹿言わないでください……ッ!ほら、早くお入りください!」 現人神、カイアファ・セイクリッドを引っ張って聖堂に押し込む。笑いながら麗しい青年が後に続いてくる。楽しそうな事件だと目を輝かせるハムに、構う余裕などノアにはない。 カイアファがリューヴの街中を自由に歩くことなど、出来るはずがない。本物の神様が、出歩くとなるとこれは問題である。デルフィオーレにとっては、最強最悪の手札。何せ、デルフィオーレは神をスコアとしている。そしてディファイアンスは神へ叛こうとしている。本物の神というのは、非常に都合が悪い。 しかし、街に出てカイアファの顔を知る者はゼロだろう。後ろに立つセリア・イザークの方がまだ危険である。イザークはアデレード誘拐の嫌疑は晴れているが、注意を受けている。それでも、リゴレットのような要注意人物が出歩くよりはマシだ。 「ノア。僕はカルディアに会いたいんですが」 「無茶を言いますな。公安に捕まるか、レアティーズの息がかかった者に殺されるかです」 「あの男は僕という存在を知りません」 それが、唯一の強みなのか。あるいは弱みなのかわからない。神皇というのはカイアファのためにある言葉である。フィルウィリミテアの血を正統に受け継いだ者。その嫡流。イサクがぶっ壊れた今、カイアファが神皇であるべき存在だった。 故に、レアティーズとは対立する。しかしカイアファは身を隠し、ルテティア・パリシオールムを離れて存在をひたすら消している。
「――――そろそろ、俺たちの家を帰してもらおうと思いまして、ね」
宣戦布告。ベルベデーレが、ついに反攻に出るのか。 不敵に笑うカイアファ。そして、姫宮を訪れた理由は。 「天都が蘇り、時代は神都に注視している。さぁ、聖都を取り返そう」
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3 「……ほへぇ。これがおりゅんぺいおんですかぁ」 「嫁の実家で結婚式とは、気ぃ利かないというか、嫁の立場の強さを物語るもんだにぁ」 「田舎モノどもめ、上見てないで前見てくれ」 ルテティア・パリシオールムの飛行場からオリュンペイオンへと続く街道。左右には護衛の兵士たちや、抽選で選ばれた一般の招待客などが集まっていた。街道の前からやって来るは、かの神皇閣下である。 プリシラ・アルマヴィーヴァが名乗る。その時、神皇の目が一瞬だけ鋭くなったのを、トリスタンの弟パーシヴァルは見逃さなかった。 十七歳の少女が太陽系同盟の評議会議員を務めるのは、母ロジーナの急逝が理由だった。ユーロパの国家元首となった彼女だが、十七歳とは思えない見識の卓抜さをもって実力で評議会に認められた人物である。トゥリオイのミシェル・アルエに師事し、歴史博物館に住んでいた学識の高さが自慢だった。 「……あ、アリアさんだ」 プリシラが指差す。廊下の突き当たりに、鼻歌を歌うアリア・ローゼンミュラーの姿があった。神皇は目を見開き、なぜ彼女がここにと困惑せざるを得なかったが、必死にそれを隠していた。フルジアへ亡命したアリアが、どうしてここに。 ――――宣戦布告。アリアの目的は、ただひとつ。もう彼女はルテティア・パリシオールムのシンボルなどではなく。「プロシア」の歌姫なのである。 こんにちは、皆さんと優雅に微笑むアリアが、歌を止める。 「アリア、どうしてここにいる?」 「これは神皇閣下、不思議なことを言いますね。私は成婚の祝いを任せられただけですよ。あ、言っておきますが」 世界的に有名な歌手が、アデレードとツェルニーの結婚式で歌うことは別段、不思議があることではない。誰にも怪しまれることなどない。この期に及び、アリアは神皇に敵意がないことをアピールしながら、しかし決定的な最後通牒を行った。
「私、
二人だけがわかるメッセージ。なんとストレートな発言なのだろう。いやあるいは、プリシラなら気付いたのかもしれない。 スコアに出来た唯一の抵抗は、そうかと呟くだけで。再び大聖堂の案内を開始した。
続々とルテティア・パリシオールムに上陸する来賓、VIPを取材する報道もまた多い。ソニア・ヴァレリーはアナウンスを続けながら、太陽系同盟の議員に始まり、リューヴの政治家やティールの大富豪などを映し続けていた。 可憐な少女プリシラが大聖堂から姿を現し、聖堂の入り口で談笑をしていた時だ。場が、騒然とした。カメラマンに言ってその光景を映す。おそらく、その映像は。世界を震撼させるに相応しい。兵士たちに行く手を塞がれた、五人。ガブリエル・ハイネとノア・リーティアがそこに突進していった。 ベルベデーレ。話にのみ聞く七家のうち、五名が顔を揃えていた。ソニアはこれぞスクープといきり立ち、プリシラをその場に残して階段を駆け下りた。 「私はガドとイザベルの子、カイアファ。こちらは姉のイサク。七宮宗家、黒宮の人間である。私のフィルウィリミテア教を使って結婚式を挙げると聞いた」 壮観である。誰もが、きっとその威に気圧されていた。銃を向ける兵士たちも、引き金に触れることさえ許されない。皆、銀髪。皆、赤眼。揃いの衣装は神の印。神話に聞き、伝承に知る、神の姿に酷似して。信じて崇める神の末裔たちである。 ハイネは血相を変えている。ここで、ベルベデーレが逆襲に出るとは、思わなかった。そして人々は、彼らが実在することを知る。ソニアはカメラを切るなといい続け、集音マイクを近付ける。 「おい、天使。私たちを止める気か?別に構いはしないが、私たちに背くという意味を知っているか?」 ベルベデーレはリューヴの皇族。フィルウィリミテアという名は彼らのために。彼らに背くとは、神に背くということと同じ。宗教に背を向けるのであれば、異端者、つまりは、敵と言い続けてきたフルジア人と変わらない。 だが、彼らとて、同じ神を信仰するもの。それをソニアはよく知っていた。 「……よろしいのですか、ベルベデーレ。世に出るということは、我らデルフィオーレも黙っていません」 「上等だぜ、アガーテ。オレ様に逆らうとは、いい度胸じゃねェか。テメェらが箱庭の人形だってこと、きっちり叩き込んでやるから覚悟しておけ」 「まさか。ナオミさん、リューヴ政府を敵に回すつもりですか!」 「政府には政府で対抗しなければならないんだよ、ハイネ。個人で政府にケンカを売ってもね、あのオルフェオさんの二の舞になるだけ」 「そう、だから僕たちは待った。権威さえも奪われた僕たちが、君らに対抗する術を。それを実現するのは、ノアか、あるいはもう一人の宮家のカレだ」 「……リューヴという国の再建。ちょっと、違うけど。一年の沈黙は、ソレが目的」 どういうことだ、とざわついた周囲が。音を失った。今、永宮ははっきりと言った。聖リューヴ皇国の再興。千年の時を経て蘇る国家の存在を、ぽつりと漏らした。ハイネの顔色が、青ざめる。そして周囲が、喚声に変わる。 「問題です。ここにいないのは、誰でしょう?」
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“Carro” ---Rigoletto “Bel Canto” Rienzi Jun. 31, Neo.Globe.0325 Sofija Byzantion north area Kuhlwind
プロシア公国。別名をルースィ。首都は天都ソフィア・ビュザンティオン。聖リューヴ皇国の一部で、プロシア公爵に任ぜられた天宮ことフォーレ家の嫡子が治める国家の名称である。位置は現在のバテン・カイトス星にあり、今はオベリスクだけが残されている。 典型的な都市国家であり、ソフィア・ビュザンティオンという街は一つの国家と言える。例えば、ルテティア・パリシオールムという都市が惑星全体の名前であり、中心にオリュンペイオンがあったように。 プロシアという領域名があるということは、それは都市国家ではなく広範囲でなければならない。つまり、この都市は動くのである。天都とはあらゆる空に浮かぶということ、浮遊都市の別名で知られるアヤソフィア天宮殿を中心とした巨大都市が正体である。 今、ソフィア・ビュザンティオンはリューヴ星系にあり。シリウス星からの移民団を乗せて、再び空を走っていた。 「ようやく街らしくなってきたぜ、リゴレット。しかし都市計画ってのは面倒くさいな」 キュールヴィント地区のカフェテラスにて、フェリーチェ・パヴァロッティにリゴレット・リエンツィは会っていた。蘇る都市国家、発掘当初は自然だらけで、アヤソフィアといくつかの建物が緑に眠るだけだった。それをフルジアで何とか補修し、まずはアヤソフィアを復旧し、それから次に大きかったプロシア王都大学を掃除した。 「頼むぜフェリーチェ。カメリア人を動かせるのは今んとこお前だけだからな」 「それに関しては任せろ。奴には嫌われてるし、オレも嫌いだがね」 「それでいいと思う。この街には十万以上の人間がいて、それ全部に好かれるヤツなんかいやしない」 ソフィア・ビュザンティオンは三年前、フルジアに入った。その頃から再建が始まり、移住も行われた。現在はフルジアに残っていたカメリア人とシリウスの難民を収容し、さらに少数だがフルジア人も入ってきている。総人口は十二万ほどと総務省の統計課が発表していた。 はっきり言って、一つの国家を作るのが、これほど大変だとフェリーチェもリゴレットも思っていなかった。カメリア王国軍がシリウスに入った時とはまるで違う。あの時はカティアがシリウスの政府をそっくり乗っ取ったような形だったが、今回は何もない草原から作り始めているのだ。 難民がキャンプを作り、家らしきものを建て始めた。都市開発はここから始まる。道路を作って交通を管理する。地下に水道を通すために、次は電気を供給するために、住宅地は無駄を排除するために密集させなければならないと知らされる。住宅地が作られた次は、物資を補給しなければならない。最初は、フルジアの商店から買ってくるが、やがてそれで商売を始める者が出始めた。 商店街が形成される。今度は泥棒が出た、だ。急いで警察を作る。病院も作る。公共施設を建築し、設置。そして学校という教育機関を作り上げた。さらに農地を南北の端に作る者も現れた。海に面した地区では漁業が展開する。 気付けば、都市らしき都市になり、いつしか政府らしきものまで出来ていた。今のところは管理者の私財によって管理されているわけだが、それもいつかは税収によって賄われるようになるだろう。 「リゴレット、政府の方はどうなったんだ?」 「昨年から開校した王都大学で専門家が教育している。コレの卒業者を中心に中央省庁に就職させるつもりだそうだ。元老院の構想も出来つつある。来年には選挙を実施できるそうだ。財務省を作りたいともヤツは言ってた気がするぜ」 「司法と行政は何となく出来つつあるな。立法は後回しでいいってか」 「今のところはカメリア人が大多数だから、大丈夫だろう。この先、移民が増えれば法律の一元化が要る」 「……で、軍隊は?」 現在、ソフィア・ビュザンティオンに軍隊はない。それがリゴレットには驚きだった。いつ攻撃を受けてもおかしくない状況だが、未だに軍が作られる気配はなかったのだ。カメリア人も、全員が帰農していると言っていい。 「それが、不思議なことを言ってやがる。軍は作らんが、レギオンを作るとか」 「なんだそりゃ?」 「説明されたが、さっぱりわからん。総務省に兵務局ってのが出来てな、そこに在籍する人間のことらしい。で、政治家たちが鉄砲持ってドンパチすんのか、と訊くとだ。建設など都市開発の手伝いをするんだとさ。戦わない軍隊、とか言ってたぜ」 「バカじゃないのかソレ」 それではただの集団だ。故に、レギオンという名前なのだろう。一応、士官学校と呼ぶべきものは作られていた。しかし、王都大学に付属しているようなもので、大学で人の殺し方を教えているのかと疑問だったが、とりあえずその謎は解けた。 「フルジア軍がいるぜ、フェリーチェ」 「三百だけな。まぁいいさ。いざとなれば、オレたちが戦える」 フルジア軍でも最精鋭と呼ぶべき近衛第一師団が、脱走をしてまで追ってきたのだ。それを追い返すことは出来なかったらしい。しかし三百名である。 「上、見に行くか?たまにはいいだろ」 フェリーチェを誘い、アヤソフィアに向かって歩く。上には、ソフィア・ビュザンティオンの正体がある。 アヤソフィア宮殿からリフトで最上階に。セキュリティチェックを受けて、A4エリアに入った。厳しいアクセスエリア・コントロールが行われていて、許可の無い人間は上に来ることが出来ない。フェリーチェもアクセス権限を持つA4は、展望室になっていた。 街を包むような卵を想像すれば、理解に容易い。上部がAデッキ、右部がBデッキ、左部がCデッキ、下部がDデッキ、前に当たる部分がEデッキで、後ろに当たる部分がFデッキである。とりわけ、Aデッキには重要な機関が揃っていて、チェックも厳しい。 この外殻がエンジンを所有し、自由に空を飛ぶことが出来るため、包まれたソフィア・ビュザンティオン市が浮遊都市、フロート・ガーデンと呼ばれる所以である。なお、外殻と内部は切り離すことが可能で、ソフィア・ビュザンティオンはずっとバテン・カイトス星に、外殻はリューヴにあった。 都市と外殻を繋ぐのが、巨大なオベリスクであるアヤソフィア天宮殿ということになる。
総称を、天宮船「アルゴナウティカ」と呼ぶ。超巨大な航宙母艦が、その正体だった。
「びっくりだよな。船が街そのものなんだから」 フェリーチェが宇宙を眺めながら、そう呟いた。リゴレットも同意見である。街そのものを包んで浮かせてしまう古代リューヴの技術力には、本当に驚かされるのだ。確かに「天宮」とはよく言ったものだ。まさしく、天に浮かぶ宮殿である。それはフルジアの指揮専用艦ネブカドネツァルとは比較にもならない規模だった。カメリアのような人工惑星に近い気がした。 人は皆、外殻最下部に当たるロビーから入ることが出来る。セキュリティエリアとしては、Dデッキのレベル1、中央下部昇降口、メインゲートである。物資や巨大なものは前後の船首・船尾昇降口のサブゲートから。左右には他の戦艦や航宙艦を収納するドックとカタパルト、さらには軍営となる兵舎もあった。 「普通の船ってのは、どんなに頑張っても千人しか乗らん。これは、何人乗りだい?」 「百万くらいはいけるな」 冗談を言い合って、笑い合う。何せ、都市だ。ただし、百万人を養うほど自給自足が出来るわけではなかったから、現状では十万人ほどしか乗っていない。それでも、船とは思えない乗員数である。 そう、これはすでに、国家である。 「――――逆襲の始まりだ。ここから、時代を変えてやろうじゃないか」
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結婚前夜。レアティーズはラフな格好でエレベーターに乗って上に。空中庭園へと飛翔した。 明日の結婚式で、不逞の輩が来るのは確定していることだ。もし自分とあの男の立場が逆ならば、必ずやって来る。これは漠然とした予感ではなく、確立されたこと。警備を増やしたのは、襲撃から防ぐことが目的ではない。 すでに来るとわかっている。ならば、考え方を一段引き上げる。来襲を防ぐのではなく、逃走を防ぐことだ。これは罠だと思えばいい。敵をおびき寄せる罠だ。そう考えると、恐れるものは何も無く、逆にどう捕まえるかを落ち着いて考えられた。 当初はリューヴで行う挙式を、ルテティア・パリシオールムにする。ここは、孤島だ。やって来るには航宙船が必要で、惑星周辺の宙域は厳しい監視下にある。強引に侵入した時点で感知されるため、往路はあっても復路は閉ざされる。 ならば、潜入するしかない。だが潜入し、アクションを起こしたとしても、帰り道が存在しない。前回のルイ・シャルパンティエと同じだ。何とか潜伏して攻撃を仕掛けられても、帰ることが出来なかった。自分を囮にして、ようやく少数を逃がすことが出来たものの、シャルパンティエ自身は捕虜となっている。 この状況で、襲撃するのは非常に難しい。ならば、どうするか。 ――――敵にとって、帰るべき場所は、ここなのだ。 帰還などしない。ここが、故郷。つまり、決戦である。敵対勢力を滅ぼし、ここを占領するつもりではないのか。 そう考えると、全ての辻褄があった。フルジア帝国に縛られたままでは、ルテティア・パリシオールム強襲など出来ない。国を捨て、一人になった今こそ、それが出来る。全ては、きっとこの夜明けに。十六年間叶わなかった帰郷の夢を、果たす。 「今晩は、兄さん。素敵な夜でしょう?」 聖堂の中央に、アデレードが笑っている。明日のために、天空聖堂の天井が開かれていた。ドーム状の夜空が広がる。この夜空の、どこかにリューヴがあり、フルジアがあり、そしてプロシアが―――― 「考えすぎは、よくありませんわ。もっと大らかに考えることね。最近は、追い詰められた顔をしているから」 「……追い詰められてる、か。そうかもしれないな」 この状況で、笑っている。まるでレアティーズが結婚するようで、立場が逆だと思った。決して望まぬ政略結婚のはずだというのに、アデレードは何の緊張も嫌悪も見せずに、笑って夜空を見上げるだけだった。そこに、救いがあるように。 きっと、アデレードもわかっている。明日、ここに立つのは誰なのか。だから、笑って夜空を見上げる。早く、来い。そう願ってだ。 「――――だから、考えすぎよ。言ったでしょう、私の兄は貴方だけだと」 「さぁ。信じられない」 「大丈夫。私は今日で、ここから離れるということはわかっているでしょ?」 冷静に考えれば、そうなのだ。ならば自分は何を拗ねているのだろうとレアティーズは困惑した。明日で自分の天下が終わるからか。自分はそこまで、怯えている者だったか。むしろ、飛び込んでくる敵を迎撃することに興奮しているのではなかったか。 ならば、どうして。俺は、拗ねているのだろう。
「……驚いた。どうやら俺、結婚に反対なのかもしれん」
「言いだしっぺのクセに。まぁ、そんなことだろうと思ってましたけど」 「可愛い妹だからな、離したくないのさ」 「――――本当かな」 少し、口を尖らせて。アデレードは胸の前で手を合わせて上目遣いで問う。その姿は、本当に愛らしくて。まんざらでもない、と思った。あながち、反対なのは本当なのかもしれない。 「それが本当なら、行かなくてもいい?」 「なんだオマエ、本当は嫌なのか?」 「……少し。ううん、やっぱりかなり、かな。アマデウス・ツェルニーは悪い噂の無い良い人だし、人格も良いし、顔だって悪くないし金もあるし名声もある。今じゃアンドロメダで一番の人で、結婚相手としては最高だと思う、けど」 アデレードの言葉に、間違いはない。ツェルニーがアンドロメダの総長になれたのも、軍人らしい清潔な思考と、優れた人の良さがあった。それで、リューヴの政治家も納得して総長に推したのだ。不満だったのはごく一部で、カルディアのような和平派だけだった。 今の時代、戦しかない。戦争でフルジアに勝つことでしか、平和は来ない。フルジアがその剣を納めることは、負けた時だけだろう。だから、ツェルニーは正しいのだ。カルディアが甘すぎる。 そんなツェルニーと結婚するというのは、年齢くらいしか障害がない。それでも、まだ四十八歳。ツェルニーほどの権力者にしては、若かった。太陽系の盟主たるマクベス・ライルなどと比べれば、年齢も人格も、容姿も能力も優れているのだ。 「兄さん、私はリューヴ=レイスよ。私の子供はリューヴ=レイスでなければならない」 「――――アデーレ、それは」 出来るだけ、考えないようにしていた。アデレードの言葉の意味を、忘れていたつもりだった。 現実を見る。リューヴ=レイスの男児には、ノアの息子のセムとハムがいる。年齢的には丁度いいくらいだが、アデレードとは従弟に当たる。極力避けるべきであった。ハイネには子供がおらず、アルエの子供は女児だ。残るリューヴ=レイスの男児は、一人しかいない。 「私、貴方が兄だとわかっているつもり。血の繋がりなんて、関係ないって思ってる」 「嬉しい言葉を言ってくれるじゃねぇか」 「鈍感なフリをするのは、リゴレットみたいで嫌いよ」 もしも、アデレードの言葉に首を振れば。それは、自分が自分である証明だ。レアティーズ・カデンツァと名乗って、神皇など捨ててしまえばいい。今の立場も、地位も、全てを捨てて。アデレードの言葉を飲み込めばいい。さすれば、願いは果たされる。俺が俺であるように、と。その願いは叶う。 兄妹などではない。血の繋がらない、他人同士。だから、一緒に。 「気にしないで。言ってみただけだから。兄さんは、せいぜいルーシャと上手くやることね」 「け。あんな女、オマエの足元にも及ばないぜ。悪いがオマエはいい女だ。俺が保証してやる」 どこまで本気か、わからない会話。それでも、一瞬でも、そんな未来を思い描けたことは、きっと幸運なのだろう。 「そんなことない。私、きっと嫌な女だわ。本当の私を知ったら、新郎だけじゃなく兄さんも嫌がると思う」 「片鱗を見てきたから想像はつく。わがままで少しくらい気の強い方が、面白味があるってもんさ」 「あはは。ルーシャも私も、『少しくらい』じゃあ、ないよ多分ね」 「……だろうな。ま、上手くやるさ。オマエも上手くやれ。失敗したら帰って来い。いつでもここは、オマエの家だ。俺は違うかもしれんが」 「卑屈にならないで。貴方にとっても、家よ。生まれた時からずうっとね」 そうだ。自分がたとえ、レアティーズ・カデンツァでも、ここで生まれ育ったことに違いはない。 だから、再会を期して。充実した気分で夜を越えられそうだった。
4 神聖式典、神前婚礼。格式高いフィルウィリミテア式の結婚儀式である。天空に連なる空中庭園、その聖堂で式典が始まった。 レアティーズは隣にルーシャを座らせ、口を閉ざして式典を眺めることにした。さすがに、ドレスアップされたアデレードは美しかった。文句を言うと思っていたルーシャでさえ、息を飲むほどだ。対するツェルニーも、若く見える。髭の無い面と、整った容姿である。 「失せよ、天使。私の決意は揺るぐことなく――――」 誘惑を意味する天使たちを排除し、二人がカイアファの前に立つ。頃合だ、と思った瞬間。大聖堂が、揺れた。 耳に突っ込んだイヤホンから、報告が入る。式典が、止まる。来賓は口を閉ざしながらも、動揺を隠し切れずにいた。イヤホンからはフリューリングの声。一階で爆発。爆弾テロ発生の模様、と報告。レアティーズが把握しているのは、イコライザーとルテティア軍だけだ。それ以外の兵士はツェルニー自身の指揮である。 「階下に配置した特設部隊を向かわせろ。街道の警備。聖堂内はルテティア軍にお任せしたい」 ツェルニーが静かに指示を下す。カイアファの手前、神皇とは呼べずにいるようだった。 「了解。フリューリング、現場へ。カイアファ様、式をお続けください」 カイアファは頷き、再び二人が前を向く。来賓たちも、これだけの警備、これだけの軍勢の中、万一があるとは思わないようだった。 本来の神皇、カイアファやベルベデーレの参加には冷や汗ものだったが、今のところ問題が起きる気配はなかった。あれは、単なる意思表示だ。アリアと変わらない。自分たちがここにいるぞと言うだけで、行動を起こすわけではない。テレビの前で俺こそ本物と叫んだところで、レアティーズの軍勢を倒せるわけではないのだ。 だから、決戦はまだ先。今の段階では、せいぜい吼えるだけだ。 「……チ。アリアがいない」 アリアのことを思い出し、周囲を見渡したがその姿はなかった。カイアファが結婚に間違いはないと承認する。その言葉を聞きつつ、階下の情勢に気を配った。 「閣下、敵襲です。フルジア船籍のスカラ号が飛行場の近くに上陸しています」 「街道の兵士はどうした?」 「わかりません。すでに倒されたものかと。一階が制圧された模様」 早すぎる。当然だ、あの男の軍で、必ずあの時のように先頭で突き進んでくる。フリゲート艦には、せいぜい二十名ほどしか乗れない。あらかじめ兵を潜伏させていたとしても、百前後だ。それだけの数ならば、やはり奇襲か。突撃するように最上階へ飛び込み、真っ直ぐこの命だけを狙ってくるだろう。 この状況で、敵なのはレアティーズだけなのだ。レアティーズさえ倒せば、ベルベデーレが神を名乗り、やってきたあの男が本物だと名乗り出ればいい。それで、ルテティア・パリシオールムは制圧できる。 二度目の衝撃。今度は、かなり大きく建物が、揺れた。 「危険だ。フリュー、下のヤツらを止められるか?」 「二手に分かれている模様。まさか大聖堂を爆破することはないでしょうが、面倒です。我々だけでは対処できません」 「ツェルニー元帥、応援を」 式を中断するレアティーズの声。愛を誓おうとしていたツェルニーが振り返り、即座に指示を出した。オリュンペイオン内部のイコライザーたちと、周辺の軍。合わせて一万はいる。八千を敵本隊に当てて、二千を爆破チームに送る。 「諸君。まずは敵を、殲滅する。これに勝利して初めて、栄光がある」 敵は、きっとあの男。 結婚などより、あの男を殺すのが先だとツェルニーもわかっている――――! 「敵、本隊と衝突。ティア・ヴァーグネルと交戦中。フィラーナ・ノルマの姿を確認」 ティアとフィア。カメリア兵とフルジア兵の組み合わせ。現行の世界では絶対に存在しないタッグに、敵の正体を確信する。その両名がいるということは、そこにいるのは――――
「フィア、ドライ、こっちにも来たぜ。二千だ」 「了解しました。フュンフ、ご武運を」 さすがに、ゼクスである。爆破工作の手際はクンスト・ヴェルク中最高だった。潜入任務のフュンフ、工作活動のゼクス、大雑把な工作員のズィーベン。フィアは潜入諜報員で、この四人は役割もしっかりと決められたものだった。下位の二名が諜報専門で、上位二名が総合型。ドライは新人だ。 ティアたちはスカラに乗って突撃してきて、そこにフィアが加わって道案内となった。こちらのチームは、撹乱が目的である。立ち上がるゼクスに、レイフは笑ってみせた。二千ほどの軍勢が小隊に分かれて迫ってきている。 部屋から出て、走り始める。廊下を進み、敵部隊とぶつかる直前、部屋に飛び込んだ。 「こっちです。この部屋は隣と繋がっています」 アリアに先導を任せ、部屋から部屋に。そして再び廊下に出て、走った。一階の周辺は、すでに敵だらけである。フィアたちもかなり難儀していることだとレイフは予想した。もう自分がどこにいるのか、全くわからないのである。 トイレに入り、窓から外に出る。大聖堂の外である。近辺に敵の姿がない唯一の出口でもあった。 「ズィーベン、ちゃんといるか?」 「いるってばさ。とっとと来ねぇとスカラで行っちまうぞ」 「待っててくださいよ、いい子だから」 ゼクスがからからと笑って、再び走り始めた。街道横の白い家を見ながら走ると、すぐにスカラが見えた。突撃班の唯一の退路は、乗りつけた船艇である。それは敵側もよくわかっているのか、街道警備の兵士に見張らせていて、敵がスカラの周囲を固めている。 ゼクスとアリアは、きちんとした経歴の持ち主だ。ここで捕まらせるわけにはいかず、最初に逃がさなければならない二人だと決めていた。 何の用心もせず、レイフは二人を連れてスカラに駆け寄った。敵兵が、驚いたような顔で出迎える。 「早かったな。さ、乗れ」 アリーが顎で合図をした。そう、街道警備はアリー・アッシャールの部隊なのである。共に講習を受けた面々は、素っ頓狂な顔のまま、乗り込む二人を見守っていた。自分の上官と仲間が裏切っているとは露にも思わないのが普通である。 班はレイフを入れて、二十人。ズィーベンは真っ先に構えた銃で二人を打ち倒した。警備兵は銃を支給されていない。隠し持っていた銃を引き抜いたレイフも、発砲した。ほぼ無抵抗の十九名を射殺するのに、それほど時はかからなかった。 命乞いをする五名が、手をあげた。それを容赦なく撃ち殺し、軽く息を吐く。ここで躊躇うほど、甘い人生を歩いてきたわけではない。 「戻るぜ、レイフ。セリア・イザークが待っている」 「オッケイ。後はフィアに任せようぜ」 飛行場の警備も、アリーの班だ。すでにベルベデーレたちと来訪したイザークが、一隻の船艇を奪取して構えていた。そこに戻り、突入班の退路を確保しておくのが、こちらの役目なのである。 街道を逆送する。勝てるか、否か。その勝負は、もうついたようなものだ。
スカラが脱出したのが、ここからよく見えた。あれは、囮。追うべきではないとレアティーズは判断し、階下に攻め込む本隊をどうにかしようと躍起になっていた。 爆発はもう止まっている。戦闘は、もう終わりかけているのだ。下に攻め込んでいる敵軍も、上には来ることが出来ないかもしれない。やや、楽観的になった。爆発がないことで、来賓たちも落ち着きつつあった。 「敵、散開していますが撤退中。追撃命令を」 「勿論だ。ゾンマー、現在地はどこだ?」 「第二飛行場です。イコライザーを率いて待機中」 「善し。そのまま待て。敵が脱出に成功した場合、即座に追え」 ツェルニーに、婚儀の再開を促した。もう下の状況は終わりつつある。頷いたツェルニーが、カイアファを向き、途中だった愛の誓いを始め、終わらせた。 頷いたカイアファが、今度はアデレードの方を向く。こちらが、メインなのだ。ノア・リーティアが新婦の解説を始めた。 「フォーレ家のアデレード。その真名は、アレクサンドラ。父祖オベロンはレグルスにて果てのない戦を終わらせ――――」 ノアが、言葉を切った。そして、天を仰ぐ。誰もが、きっと釣られた。それは、レアティーズも。どうした、と思って天を見上げる。 「兄、オフェリア。その真名は、ルートヴィヒ。天空より舞い降り、時代を担って正義を行う」 虹を見る。舞い降りる虹の月。それは、七色に光り輝く三日月。 空を切り裂き、虹が堕ちてくる。出逢うため、愛に堕ちる光―――― 「来る、来る。オフェリアが、来る――――!」 誰が叫んだかは、わからなかった。ひょっとすると、レアティーズ自身だったかもしれない。回されるテレビカメラは世界へ伝え、世界の重鎮は空を見上げ、神速でやって来る聖者を、待つ。 やがてはっきりと、虹の上に誰か乗っていることを目視し、金髪を全て後方に風で追いやられ、蒼い衣装、神剣を腰に佩いた神の人を見る。来る。天空より舞い降りた剣は、虹から飛び降り、ついに、このルテティア・パリシオールムへ着地した。 群集が、見守る。入り口に立った男を見る。誰もが、口を閉ざしていた。彼は真っ直ぐに、壇上に立つ神とは対に立ち、優雅に礼をしてから顔を上げた。
「遅れました。オフェリア・ルートヴィヒ・ガートルード・ヴァン・フォーレ、ここにあり」
蒼い目が、輝く。颯爽とした神の到着、眩い青き空を背景に、随分と遅れて聖都に帰還する。
――――全ては、愛しき君のために。
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“ Die Welt ” ---Ophelia Ludwig Gertrude Van Faure Jul. 1, Neo.Globe.0325 Lutetia Parisiorum Cathedrale Olympeion
「サーシャ、遅れてごめん。迎えに、来た――――」 それは、十六年前。ここで交わしたひとつの約束。 衆目が唖然としている中、歩き出す。前を塞ぐ、ひとつの体。見上げる。ついに、会った。旧友であり、親友。感慨深い思いがある。レアティーズと再会する日があるとは、露にも思わなかった。この場所に戻ることがあるとは、夢物語に過ぎなかった。 どれほど、思い焦がれただろう。どれほど、憧れただろう。七年前は、失敗だった。帰還は、まだ早い。全てを終わらせた時こそ、家で休める時。それは、なお、今ではなく。 だから、早く。最初に始めるのは、妹との約束を、守ること。 「オフェリア、貴様――――」 「レア、邪魔だ」 一瞬。振り抜いた左の拳が、閃光のようにレアティーズの頬をとらえ、殴り飛ばす。これ以上、待てないのだ。これ以上、待たせられないのだ。だから、邪魔だ。 会話をしている余裕など、ない。説明さえ、無駄である。倒れるレアティーズの体を遠目に、アデレードの前に、立った。 ――――恐怖が、蘇る。もしまた、拒絶されたら? 今度は、きっと立ち直れない。次は無いのだ。ここで断られたら、もう、死のみ。 「迎え、に?」 小さく、頷く。困惑したアデレードの顔に、オフェリアは覚悟を決めた。 アデレードは、覚えていないのだ。昔のことなど、何一つ。だから拒絶された、だから、この想いは届かない。また嘆くのか、また、涙を流すのか。もうあんな、辛い思いはしたくない。 「ツヴァイ!まずい、敵の別働部隊がいる。今、ティアたちを迎えた。出発しちまうぞ!」 「――――頼んだ、フュンフ」 「わかった。第二案を用意しておくからな」 覚悟を、決めたのだ。アデレードが頷かなければ、死ぬだけ。それに仲間たちを巻き込ませるつもりはない。縋るような思いで、オフェリアはアデレードを見つめた。もう――――
「……連れていって、ルートヴィヒ。そして、世界を私に教えてください」
腕を掴んだ。そのまま、起き上がろうとするレアティーズの体の横を走り抜け、空に向かって跳躍した。虹を掴む足。ソフィア・ビュザンティオンの上陸船に乗り、そのまま上空へと舞い上がる。背後にいるアデレードを、しっかりと捕まえたまま。 握られた手。ああ、これは、昔と同じ――――
行こう、サーシャ。共に、世界を見に、明日を迎えに。
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