一人、また一人と訪れる。宮殿のエントランスには収容できず、溢れた下級役員は外に出てしまっていた。整然と並んではいたが、これから始まる儀式に決定的な予感を持って、口を結んでいた。 フルジア都、その宮殿に集められた家臣団は文武を問わず。今日この日を持って、全てが変わる。まるで、二年前の冬のように。名文、践祚勅語の再来か。もちろん当時はディリやアマリアなどいなかった。語られるだけのことだった。 やがて、群臣を割ってオフェリアが宮殿に現れた。群臣は、無意識のうちに体を緊張で固め、真っ直ぐに皇帝だけを目で追った。 この時まで、一切オフェリアは説明をしていない。前に一度、シリウスに出兵した際は全てが迅速で、出動に気付かなかった者までいた。しかし今回は、違う。近衛軍は飛行場に集められ、指揮官たちが宮殿に集った。クーデターか、あるいは。そう考えた群臣が宮殿に集まったのも不思議ではない。 そう、この集会は。これから何が始まるのか、と。だが質問は無意味。これは個人の胸に眠った感情を呼び起こすもの。 「レオンハルト、準備は?」 「完了しています、陛下。後は近衛第一がゲルトラウデ・ネブカドネツァルに乗りこむだけです」 「ギリー」 「デネボラ星系の防衛に関して、不備はありません。私はシーリアからデネボラに入りますから」 「ゼバスティアン、後を頼むぞ」 「御意。御留守を預かる者として、都の治安を護ります」 「エヴィ。妹たちは任せた」 「はい。お帰りをお待ちしていますよ」 先頭に立っている一人一人に、オフェリアは指示と言葉を与えた。絶対の信頼で、それに応える。そう、全てはこの時のために。オフェリアがフルジアから飛び立つ、この時のために。 「フィア、第一師団の指揮官は?」 「ジェラール・ガリアルドという者です。陛下の後任にあり、リントヴルム隊の指揮を」 「出よ」 まだ若い、青年だった。見覚えがある。凛とした顔立ちは晴れやかで、口元に微笑があった。二級貴族のガリアルドは一歩、前に出て胸を張って、目線を伏せてオフェリアに向けた。おそらく、声をかけられたことも、間近で見たこともないのだろう。緊張しているのが、見ている者たちにはわかった。 「常に私がついているわけではない。その時は、頼むぞ。フィアをよく補佐せよ」 「はっ、光栄であります」 「よろしい。ゲオルギーネ、兄はしばらく留守にする。オリヴィアを妹と思って面倒を見てくれ」 「承知しておりますわ。可愛い妹ですもの。共に兄上様の勝利を祈って待ちます」 オフェリアが、頷いた。ランクホルダー以外の群臣は、皆、膝をついていた。 もう、語らずとも。これが何を目的とした、何のための、会話なのか。わかっていた。 「――――出陣する。皆、後を頼む。フルジアの剣は必ず、誓いを果たそう」
「気を抜くな。敵はシャルパンティエの比ではない。必ず、砕くぞ。それで我らは、勝利するのだ」 気勢。天を貫く威勢の声。手をあげてスコアは応えた。 おそらく、上陸は阻めない。怒涛の勢いでフルジア軍はこのノティオンに押し寄せるだろう。壁となり防ぎ、はね返し、槍のように貫く。本営と定めたフォリア軍があるノティオン市にあって、戦が近いのだと感じた。もうすぐだ。もうすぐ、決戦だ。 この戦いは、決戦などではないのかもしれない。総力戦。多方面で展開される戦線の一つだ。だがここには、必ず敵の指導者が来る。予感のようなものがあった。必ず、オフェリアは来る。 そうなれば、決戦だった。オフェリアと、スコア。不倶戴天。初めて干戈を交える時だ。 「ゾンマー。誰も入れるな、一人で考えたいことがある」 「わかりました。誰か来た場合はどうすればいい?」 「名だけ教えろ。それで判断する」 護衛として部屋の前に立たせた。考えなければならないことは、山積している。ノティオン市にある最高級のホテルの一室で。スコアはベッドに寝転がった。 緊張を、していた。心臓の鼓動が、わずかに速い。来る決戦に向けて、体が何かを感じている。シリウスの時とは、まるで違っていた。肌を突き刺すような、感情。これが、これこそが決戦というものだ。生死をかけ、失うか、得るか。命を賭した戦いだ。 ならば、オマエも震えているのか。オフェリア。 この軍が、負けるはずがない。シリウスでもフルジアを破った軍なのだ。負けるはずがない。言い聞かせるように、呟いた。 後は、戦い方だ。それさえ間違えなければ、勝てる。 要するに、この決戦は。オフェリアとスコアの一騎討ちなのだ。十万の将兵が戦うのではなかった。二人の男が、全てを、持ち得る全てを出して闘う。それだけだ。 「閣下」 「……誰だ、ゾンマー」 「ルーシャ・レイヴェンスウッドです」 束の間、迷った。連れてきてはいたが、今までずっと忘れていたと言っていい。ハーミアが連れて行くことを強硬に主張していた。理由は、それだけだ。 「構わない」 ドアが開けられ、直立不動の軍人がちらりと見えた。その隣から入ってくる、比較的大柄な女性。憂いのある顔は、いつもと変わらない。シャルパンティエのところで何があったのか、と訊ねることはなかった。それでも、戻ってきてからの彼女は憂いに満ちている。 「祈っていればいいさ、より強く」 笑顔で、そんなことを言った。ルーシャの顔は、動かない。 「俺の負けを、祈っていろ。そうすればあと少しで叶うかもな」 時は、来た。決戦の時が。
譲れない信念があるから。 屈しない意志があるから。 護りたい存在があるから。 認められぬ者がいるから。 その理由は多く絡み合う。 抗えない運命に叛くから。 両雄、同じ天を戴かない。
2/10 Daytime N.G.0323 Pion
moor Battle of Notion
ピオン。見渡す限りの、原野である。 緑は、少ない。しかし新緑の時は近い。所々を短い草で覆われた原野に、異色の軍が降臨した。 フルジア軍、近衛第一師団の二万人。整然と並び、彼方に在るノティオン市と、そこにいる敵だけを見据えて。 威風堂々。近衛第一は、胸を張り、威容を見せつけながら、列を組んで前進を続ける。それは、今までの軍とは少し違う姿。隊伍は美しく、微塵も恐怖を感じさせない、剣のような軍だ。敵を討ち滅ぼすのみ。遮蔽物に隠れながら進むことなど、しない。 見渡す地平。およそ、十キロ前方に敵が見えた。オフェリア・ネブカドネツァルは、移動用の大型ホバークラフトに乗りながら、報告を受けた。 「――――ん。レアティーズ、野戦をするつもりか」 ルテティア・パリシオールム軍を中核とした十万の兵士が展開している。それはフルジア軍に負けじと、隊伍を整えて進んでいるという。防御陣地に篭る、という近代戦のセオリーを覆している。それでも、オフェリアの驚きは少なかった。 「少しでも押されたくないのだろう。確かに、原野での殲滅戦を行えば、犠牲はあるが勝機もあるしね」 「アンドロメダだから出来ることでしょう。どうしますか、陛下」 参謀として伴ったヴォルフガング・シャルンホルストがオフェリアの隣で呟いた。防御陣地にいれば、犠牲も少なく、追い払えるだろう。そうしないのには、理由がある。 「このまま、進もう」 「……御心のままに」 双方、進んでいるのなら、衝突である。 すでに電磁波攻撃は行っている。こちらも、光学兵器は使用できない。火器を持っての戦闘において、原野で何の策もなくぶつかるというのは、ほとんど考えられないことだった。意表をつく。スコアはそれを考えていて、ならば乗ってやろうとオフェリアは思った。 「レーヴェ軍を前に。リントヴルムを左右に配置。フェンリル軍はこのまま」 多少、調整した。紫の剣を持った一軍が、正面に配置された。ホバーに乗った竜騎士団が挟むように左右につく。 立ち上がった。オフェリアが羽織っていた、青と白の衣装が風にはためく。剣の柄に手を置き、目を細めて対陣を見通す。長い裾が、まるで旗のように翻っていた。 まるで、人の波。向かってくる敵軍は、五倍の数。水溜まりを囲う波のようだった。 「陛下」 「ん。そろそろ、止まろうか」 進軍が、止まった。ホバーの上、一際高いところからオフェリアは、降りた。
滅ぶつもりか。スコアは口には出さず、心中で敵に語りかけた。 元より、敵は前に進むしかないのだ。フォリアだけを目指している。前に、ひたすら愚直に前に出るしかない。それを阻めれば、勝ちなのである。 陣地から交差射撃を浴びせることも考えた。罠を置くことも考えた。しかし実行はしなかった。寡兵で玉砕するかのように向かってくるオフェリアに、怯えている。一秒でも早く、オフェリアを止めたかった。ぶつかりたかったと言っていいだろう。 昔から、考えるのは得意ではなかった。犠牲も考えない。正面から衝突し、正面から討ち破る。他に何も無い。フォリアの暗殺も、都市への撹乱も、させない。 兵たちも戦いたがっていた。シリウスでは煮え湯を飲まされた思いだろう。シャルパンティエにしてやられたという思いもある。負けることしか知らない軍に、勝ちを与えたいと思った。 「フルジア軍、停止しました。距離、およそ二キロ」 目前である。フォリアは指揮下に入ると言ってきた。前線にはフォリアの近衛軍――――旧フルジア近衛軍が待っている。 同士討ちだった。フルジア人同士での戦い。それも、同じ部隊がだ。オフェリアは何を思って、ここに来たのか。決まっている。責務を、果たすためだ。 「銃兵隊を援護に回し、突撃させろ。遠距離戦では相手にならん」 速やかに伝令が走っていく。接近戦で、活路を見出す。フルジア軍は逆に、射撃でこちらを撃とうとするはずだった。白兵戦闘では、こちらに一日の長がある。 「大砲を寄越せ。竜騎士団を釘付けにしろ」 思いつくままに、指示を出した。誘導も何も無い、適当な砲撃。それでも、無いよりはマシだった。 「……始めろ。敵を、砕くぞ」 砲撃が開始される。後方から衝撃の音。そして前衛が駆け出し、銃兵が射撃を始める。 砲弾が落ちる場所で、リントヴルムは広がって回避した。見事な動きだ。散開しているようで、規則正しく並んでいる。ただ幅を広げて、的を散らしているようだ。それが一瞬の出来事で、着弾間際に行われた。速過ぎる動きに、見惚れた。 弾が、当たらない。敵の前衛である黒い外套の部隊は、ほとんど欠けることなく、向かってくるフォリア軍と、ぶつかった。切り倒される。紫の刃が鞘から払われ、衝突と同時に振るわれるのが見えた。 止まった。突撃の勢いが、止まる。前線。それが、ずん、と。一歩前に出た。押されたのだ。 「人数をかけろ。まずはあの紫どもを退かせ」 前線は、広がっている。横に伸びているのだ。その分、敵の前衛は薄くなっている。突き破れる。そう思った時、正面から激しくぶつかった一隊が、敵の前衛を割った。 地響き。何だ、とスコアは目を凝らした。 「オフェリアです、オフェリア・レーヴェが――――!」 誰かが、叫んだ。わかっている。白い一軍が、割れた前衛から飛び出してきた。その先頭に、敵はいた。剣を振るいながら、戦闘で奮戦してこちらを貫く槍だ。 前衛が、まとまる。一人の指揮官を中心に、こちらの前衛に攻勢を仕掛けてくる。黒と白の槍。 「竜騎士団に備えよ、あの二つの部隊を包め」 次から次へと伝令を走らせる。リントヴルムが撹乱のために動くのは、厄介だ。動かせない。対峙させて、牽制をする。それから、あの二つの槍を包囲して、動きを止める。それを行えば、何とかなるのだ。 こちらの歩兵が包もうと、包囲を作る間際に、オフェリアが突き出た。白い兵士も続いている。動きが、速い。追いつけない間に、オフェリアは黒い兵士たちと合流し、一つの大きな塊を作ってから、瞬時に横に広がった。まるで、羽ばたくように。翼を広げた。こちらの前衛が、打ち倒される。 ふと、スコアは、自分が最初の位置から下がっていることに気付いた。前線の戦いは、終わっている。リントヴルムは動かず、牽制したまま、自軍の兵士が下がった。敵は、少しだけ、前に出たようだ。後退したのは、こちらである。押されたのか。 兵士の質が、違っていた。比較にならないのだ。敵に損傷はほとんど見られず、こちらは前衛の兵が死体となって敵陣に取り残されていた。千は、討ち取られただろうか。 「オフェリアめ、果敢ではないか」 皇帝自らが、最前線で先頭に立って攻めてきた。考えられないことだった。だから、不意をつかれたのだ。もう同じ手は通用しない。オフェリアは、出てくるのだ。それは強い部隊になる。 「次はこちらが見せてやるか。ゾンマー」 「いつでも」 「リューヴ義勇軍を連れて前線に立て。我輩はイコライザーどもと行く」 「了解。腑抜けのケツを叩いてきます」 本営が、慌しくなる。動き始める。スコアは駆けながら、ついてくるイコライザーの二百余りと中軍の位置まで移動した。 おや、と思う。軍が、揺れているのだ。フォリアが血相を変えて、前だけを見ていた。何だ。思って、スコアも顔を向けた。 空を飛ぶ、首。血に濡れた端整な女の顔が、すぐ前にあった。
一気に、飛び込んだ。 スコアがルテティア軍を前に移動させようとした瞬間を狙って、オフェリアは全軍で突っかからせた。敵は、二軍の連合である。その指揮系統はおそらく不明瞭で、移動中に襲われれば、前線と中軍の連携は崩れる。 オフェリアは先頭で、前線を抜いた。必死にディリがついてくる。無理をするなと伝えてあったが、どうやら効果は無かったらしい。 中軍をかき回した後、すぐに下がった。ぴたりと息を合わせて、フェンリルを下がらせ、レーヴェで止める。再び、前衛を整えて、オフェリアはフェンリル軍の中央についた。ディリも、息を切らせながら辿り着いている。 一キロほどは、押し込んだ。ここから、また別の勝負である。 「見事です、見事な動きです陛下」 「誰の軍だと思ってるんだ、ディリ。今日この日の為に、我々は血に濡れてきた」 一糸乱れぬ動き、迅速かつ組織的な行動。最精鋭の近衛師団は、寡兵で敵の大軍を圧倒していた。相手の倍を動く、相手の倍の速さで動く。それで数を補っているのだ。 しかし、奇襲に似ている。敵の動く隙、敵の意表をつく動きで、先手を打っているだけだ。まだ敵が本格的な攻勢に出ていない。スコアの軍が、前に来てはいないのだ。だから、本当の勝負はここからだった。それに勝てるかどうかで、戦の帰趨は決まる。 「今はこちらが先手を打っているに過ぎない。本当の勝利は、敵の行動に伴うものだ」 「はい」 「ガリアルドとアマリアを呼べ」 両軍、にらみ合いである。散発的な射撃も無い。オフェリアの下に、二人が現れた。フィアとディリも同じである。四人を集めてオフェリアは口を開いた。 「アマリア、どうだ?」 「前衛の衝突で損害は出ています。百前後、でしょう」 「純粋な押し合いをする。援護はどれほど欲しい?」 獅子軍は五千である。千近くが前衛になり、五段に分かれている。アマリアはその五千を指揮していて、両翼に竜騎士団二千五百ずつを控えていた。 「押し合いであれば、不要です。跳ね返すには白狼を一段、背後に欲します」 「わかった。それは私が指揮する。アマリアはガリアルドと共にリントヴルムの指揮に当たれ。フィアはフェンリル軍を任せる」 アマリアが、驚いたような表情を見せたが無視した。最前線で、皇帝自らが指揮を執る。スコアが優秀な指揮官なら、必ず気にする。 「ディリ、お前は最も辛い位置に立たせる」 敵軍の死体を、見下ろした。同士だった者たち。同じフルジアの兵士。思いを、断ち切る。その強さで、敵を睨んだ。 「ノティオンで、お会いしましょう。陛下」 ディリの強張った笑みに、頷きだけを返した。
静かになった。フルジア軍は、まるで息を潜めるかのように、静まり返って原野に満ちる。 「行くぞ、砲撃用意」 スコアは手を上げながら、前に出た。イコライザーたちが続く。最前線に出て、にらみ合う敵軍に向けてイスラフィルを放つ。すぐ後ろには、ゾンマーの軍があった。 中核を作る。決して退かない中核だ。ここを中心に、敵の前衛を打ち破って勝利する。 「リントヴルムは、絶対に止めろ。アレを動かすと厄介だ。アハト、フュンフ、頼むぞ」 二つの中核を、フォリア軍で囲む。三万ずつを両翼に配し、スコア自身はゾンマー隊を含む三万で前衛に入った。一万を残してフォリアが本営を指揮する。 「やれ、イコライザー」 蒼い光の束が、放たれる。敵陣を襲う裂空の青色。フリューリングを先頭にしたそれは、敵陣深くに突き刺さろうとし――――しかし、消滅した。 驚いて、振り返る。フリューリングは、その端整な顔をしかめて、言い捨てた。 「オフェリアです、閣下。彼はイスラフィルの対抗策を、知っている」 「それは、何だ?」 「わかりかねます。フォーレは元々、守護の人と言われますから、記憶にない本質的なものかもしれません」 試しに、フリューリングが右手を敵陣に向けた。一陣の光。それは真っ直ぐに敵へ伸び、そして霧散した。 「……加護、とやらか。オルフェオ・フォーレがそんな技術を持っていた気がする」 「どうしますか?」 「構ってられるか。全軍で敵を押し潰す」 言った、間際。圧力をものともしない竜騎士団が、開いた。美しい。斜めに開く竜騎士団の黒。進む足は、止まらない。スコアはイコライザーたちと原野を駆けながら、興奮と恐怖を同時に覚えた。これで勝てる、というのと。これは負ける、というもの。 散開した竜騎士団が、一斉に射撃を開始した。砕ける肉。飛び散る血。ルテティア軍の血肉を吹き飛ばしながら、なお、スコアは前進を続けた。数なら、圧倒的なのだ。たとえ五万が死んでも、敵は二万である。 気圧されるな。気持ちで、押されている。敵は、圧倒的な数の圧力を受けているというのに。 アハトとフュンフの二軍が、別れた。両翼につき、竜騎士団の前に出て動きを止めようとする。ゾンマーが、一気に前衛に突っ込んだ。紫紺の剣が、宙に舞い。同時に二人の敵兵が、砕けた。 暴風のようなゾンマーの突撃で、活路が開く。スコアはフリューリングと共に、敵陣に躍り出た。 「割れるッ、押し込め――――!」 両手に剣。スコアは隊伍を整えようとする獅子軍を切り開く。確かに精強。しかし、ゾンマーやスコアには、敵うべくもない。一気に制圧し、追い散らして――――スコアは目を見開いた。 割れた敵陣に、オフェリアが待つ。 「構うな、押し込め、押し込め。混戦になれば銃撃は無効だ」 銃を構えた白い狼たち。整列し、一斉射撃。前衛の兵士たちが倒れ、その死体を乗り越え、スコアは踏破する。白狼軍。その銃ごと、首を刎ねた。ゾンマーとフリューリングも続いている。 勝てる。敵は、崩れかけている。このまま、進めば。 混戦となった戦場で。敵味方が入り乱れる。スコアは息を吐き、ふと、立ち尽くした。 「空を覆う、影」 鳥たちが、影を地面に落としながら、前に。
敵を飛び越え、一気に空を駆ける。打ち崩す。中央で、ガリアルドの左翼と合流した。 「半数を敵の背後に」 「それは、ガリアルドに任せます」 頷きが見えた。半数をガリアルドに預け、一気にアマリアは原野を切り裂いた。後方では、混戦となった戦場。そこに後ろから、リントヴルムを率いるガリアルドが切り裂く一撃を見舞った。混戦となっては、負けなのである。数の差が絶対となる。組織的に動けないと、負けだ。 だから、あえて。オフェリアは今、負けている。 アマリアは進む。進む。誰もいない原野を突き進み、敵の本営に達した。背後の混戦など、意にも介さず。ただ、ただ――――狙うは、フォリア。最初から、それしか見えていない。 「命を惜しむな、フォリアを殺せねば命に意味などない――――!」 気勢。叫ぶ魂。驚いた敵本営の前衛を、鋭く貫き、突破した。フォリア。見えた。見えた。護衛の兵士たち共に、撤退し始めている。背中だ。 飛び交う銃弾を華麗に回避し、ホバーの出力を上げて、アマリアは持った剣に全力を込めた。背後に続く兵士たちが、続々と脱落していく。構わない。左から降る弾丸に肩を痛め、銃を落とす。構わない。もっと、もっと前へ―――― 立ち塞ぐ敵兵。勢いのまま、二、三と斬り上げ、跳ね上げて道を作る。 フォリア。声に出した。ホバーが限界まで出力を高め、キンと金属音を鳴らした。この瞬間。この瞬間でしか、あの背に届かない。だが、間に合う。フォリアが、一瞬、振り向いた。隣。本営の兵士が数十名、フォリアを守りながら必死で駆けている。ノティオンに、行かせるものか。 「逃げるなッ、裏切り者おぉぉッッ――――!!!!」 腹の底から、雄叫びを上げる。声。気勢で、その背を貫く。 叫びながら、頭上で大剣を振り回し、右へ、左へと持ち替えながらまとわりつく敵兵を蹴散らした。マスケット銃が空を飛び、アマリアはそれを左手で掴んだ。 一回転させて、近付く敵兵を柄で弾き飛ばし。構えた。火縄の銃。ぱすん、と引き金を躊躇わず、一瞬で引く。フォリアのすぐ左にいた兵士が倒れた。まだだ。しかし、追いつける。追いつける。追いつける。願う、届くと。この右手の刃は、届くと。願う。思う。そして、追いつく。 がりりり、と。ホバーの底が大地を削った。バランスを、崩す。アマリアは弾丸を一発、撃ち放ってから銃を投げ捨て、全力で剣を投擲した。 瞬間、世界が反転した。激しく、肉体が叩きつけられる。頬が、削げる。ホバーが、オーバーフローしたようだ。痛みに耐え、膝を立てる。立ち上がる。そして、立ち尽くす。 「間に合わなかった、のか――――?」 徒手空拳のまま、敵陣でしばし、アマリアは立ち尽くした。周囲の兵士たちは、皆、ノティオンの方角へ、山のある方へと走っていた。戦闘は、すでに終焉を迎えている。背後からホバーの音。二人のリントヴルム兵がアマリアの後ろにつき、ホバーを渡そうとした。 間に合わなかったのだろう。思わず、天を仰ぐ。かなりの距離を、進んだ。手持ちの武器は、全て使った。それでも、願いは、届かなかった――――
2/10-2/11 Nighttime N.G.0323
Notion City Battle of Notion
完敗である。スコアはノティオンに戻ってきた兵士のうち、何割かをコレッソス山に篭らせた。これは、ノティオンを包囲する時に、攻囲軍を断ち割る役目を持つ。背後に兵を潜在させておくのだ。そしてコレッソスは退路でもあった。そこに脱出用のロケットを潜ませていた。 収容された兵士のうち、傷を負っている者を速やかに野戦病院に送った。今、ノティオン市内には十五万ほどの兵士がいる。実に一万が戦死し、二万から三万が負傷していた。無傷で戻ってきたのは、八万のうち半数ほどだ。 それに対し、フルジア軍はほぼ無傷だった。軍需物資を入手し、悠然とノティオンに向かっている。途中にある防御陣地に拠っている時間さえ与えられなかった。それほどまで、フルジア軍の追撃は迅速で、精強だったのだ。おそらく留まっていれば、スコアもフォリアも今頃は死んでいる。 もし、原野戦をしなければ。もし最初から防御陣地に拠っていたなら。そう考えることは、無意味だとスコアは思った。なぜなら、たとえ防御陣地に篭ったとしても、フルジア軍に勝てなかっただろう。撤退を封じられれば、防御陣地ごと壊滅していた可能性さえある。 それほどまでに、兵は強い。指揮も優れている。おそらく、自分とは比べ物にならないだろう。スコアが混戦の中でフルジア兵を斬って捨てている間に、勝敗を分ける戦闘は違う場所で起きていた。そうなることを、予想できなかった。自分のいる場所が戦場だと思っていたのだ。しかし、違った。 オフェリアは、戦場を全て見渡していた。スコアは、自分のいる場所しか見えなかった。その違いは、大きすぎる。 「日没だ。夜襲を警戒せよ、警邏の兵士を倍増し、街の入り口に駐屯」 それらは全て、SSU軍に任せた。もう自軍から犠牲は出したくなかったのだ。SSU軍はいくらでも募集できるが、ルテティア軍は不可能だ。リューヴ人の末裔などごく少数であるし、イコライザーも無尽蔵ではない。 リューヴ=レイスの血を少しでも引いているものを、かき集めた。従わない者は斬って殺し、従う者を兵士にした。彼らは実に果敢に戦うのだが、フルジア兵とは質が違った。 「大将、フォリアが」 フリューリングとゾンマーに自軍を任せ、山篭りをしたフュンフと三人がいなくなっていた。アハトが耳を寄せ、情報を流し込んでくる。 リディアーヌ・フォリアが重傷。野戦病院に運ばれていた。鬼神の如き突撃で本陣を切り裂いたアマリア・レティツィアの剣を足に受けたのだという。単独で敵の本営に突っ込んでくるなど、正気の沙汰ではなかった。そして不可能なことだ。だが、人は追い込まれると、思いもよらない力を発揮する。 レティツィアは、きっとわかっていたのだ。この戦闘が勝利で終わることを。だから、突っ込んだ。ただフォリアの背だけを追いかけた。それは勝負とはまた別のこと。フルジアにとって、全てを凌駕する目標のために、勝敗を度外視し、命を捨てたのだ。 「俺に全軍を任せるつもりか」 「それしかありませんな」 スコアの頭から、すっぽりと。勝利の二文字は抜け落ちていた。勝てるという見込みが、どうしても思い浮かばなかった。だから、守りを固める。巡回を強化し、異変があればすぐに知らせるようにと徹底しただけだ。 何を怯える。敵は、二万だ。たった、二万だ。それでも、勝てるとは思えなかった。 振り払うように、指示を出す。意味のない指示もあっただろう。万全の準備をしなければ、眠れそうになかった。それでも、もう思いつくことが無くなると、不安が脳裏に焼きつき、飛び出したくなるような衝動に駆られた。 「寝る」 「……大丈夫でやんすか?」 「ゾンマーを護衛に立てておいてくれ。俺より、フォリアが狙われるだろうが」 その言葉の裏を読み、アハトが消えた。フォリアにも極秘裏に護衛をつける。あるいは、監視を。他に何か指示できることは無かったかとまだ悩み、振り切るようにドアを開けた。 外は、すでに暗い。灯の無い室内で、幽閉されたようなルーシャがベッドの上に座り込んでいた。朝、言った。その言葉を、信じて。祈っていたのだろうか。振り向くことさえしない彼女の横顔からは、何を考えているのか読み取ることは出来なかった。 強引に、押し倒した。ルーシャの表情は、動かない。スコアも、何も考えなかった。ただその胸に顔を埋め、穏やかな震えを止めるように、隠すように、強く抱きついて。 このまま、眠ってしまおうと。そう思っていた。
夜半に、目が覚めた。顔を上げると、ルーシャの寝顔があった。 彼女の体の上。身を起こし、ベッドに腰掛けた。暑い。寝汗を、かいていた。スコアははだけた布団に手をかけ、ルーシャの腰まで引き上げてから立ち上がった。 この目覚め方は、いつかに似ている。嫌な感じが、肌を突き刺していた。 とりあえず、着替えた。気付かなかったが、血に染まった戦闘服のまま眠ってしまっていたのだ。新しい服に着替えて、右手に負っていた手傷に気付く。浅い傷を、いくつか負っていた。 「閣下」 遠慮がちなノックと、声がした。ゾンマーのものだ。スコアはすぐにそのドアを開けて、外に出た。意外だったのか、やや驚いたゾンマーの顔を覗き込む。眠っているものと思っていたのだろう。 「コレッソスが燃えています」 窓から、山の方角を見た。原野とは正反対の方向。そして、赤く映える街並み。 暑い。時期は、立春。まだ肌寒い季節なのに、どうして暑いなどと思ったのか。山から吹き降ろす熱気が、街を包んでいるのだ。 外に出て、山を見上げる。確かに、燃えている。それどころか、街まで燃えているような気がした。 「何事だ、これは」 「わかりません。フュンフとも連絡がつきません。もしかすると、敵の伏兵が最初からコレッソス山にいたのかもしれません」 読まれている。こちらの行動が、全て読まれている。すぐに、オフェリアの名前が頭に浮かんだ。 しかし、いつだ。いつ、山に兵を潜ませたのか。こちらが埋設するより、早く置けるはずがなかった。違う。前提を間違えているのだ。最初からとゾンマーは言った。だから、そういうこと。あの山には最初から罠として、敵兵が潜んでいたのだ。 「フルジア軍の位置は?」 「一万五千が、原野に。かなり複雑な陣で、アハトも全てを掴みきれていません」 五千、足りない。山にどれほどの兵がいるのか。いや、二万ではなかったのだ。山の部隊は、オフェリアの軍ではない。だから、不足しているのは五千でいい。その動きを察知することだ。 ノティオンからも、火の手が上がっている。退路も燃えている。世界、全てが。赤く染まって。 「負けだ。逃げよう」 瞬時に、スコアはそう判断した。もうフォリアに構っている余裕もない。ノティオン市がいつ攻められ、いつ落ちたのかもわからなかったが、一秒でも早く逃れなければならないだろう。その差が、命取りになる。 だが、退路はどうする。星から出るには、航宙艦がいる。しかし、フルジアの電磁波攻撃で航宙艦は使えない。弾道飛行のロケットは、コレッソスにあるのだ。 コレッソス山に向かうしかないのか。軍営。フリューリングが、ルテティア軍の二万をまとめていた。 「登山だ。コレッソス頂上から、脱出する」 やや、明るめの声で。スコアは兵士たちにそう言った。SSU軍などに構っていられるか。今は、逃げることが全てだ。どうして負けたのか、どうしてこうなったのかを考えている余裕さえ、なかった。 アハトがルーシャを連れて、やって来た。すぐに、進発する。北からノティオン市を出て、峻厳な山岳地帯に入る。かなりの急斜面だ。ルーシャが足を滑らせ、兵士たちも難渋した様子で山に挑んでいる。 辛い逃走劇になりそうだ。振り返ると、街が煌々と赤く輝いていた。
市中を走り回り、ところ構わず放火した。最も手薄な市街への侵入路へ向けて、ディリは走る。背後には十名ほどの兵士。ディリに与えられた手勢は五百ほどで、散開して放火と撹乱を繰り返していた。頃合だ、と感じた今、オフェリアを迎え入れるのが先決である。 フェンリル隊の行動は、迅速だった。機動力だけなら、レーヴェとは格段の差がある。この機動性がフェンリルの特性なのだ。それを、調練でディリは知っていた。だから、走り回る。ノティオンを敵の小部隊が小刻みになって走り回れば、それだけで軍営は混乱するものだ。捕捉される前に、脱出をする。そんな動きを、ディリはシリウスで学んでいた。 十名が二十になり、三十になった。散らばっていた兵士たちが、集まり始める。走り続けたまま、南東の街道へ向かう。ここが、オフェリアと約束していた待ち合わせ場所。フルジア軍と合流し、一気にノティオン市街を制圧するのだ。 他の街道も、封鎖する。フォリアを逃がさないようにする。全てを並行して行った。スコアの率いるルテティア軍の見切りは、早かった。街に火が回らないうちに、逃げ出したのだ。対処は、出来なかった。コレッソス山にいる部隊に任せるしかないだろう。 街道を守備する敵の拠点を、迷うことなく攻めた。バリケードに向かって炸裂弾を撃ち込み、容赦なく排除する。抵抗らしい抵抗を受けないまま、合流地点を確保する。 オフェリアは鬼神か、と心胆から身震いをした。全ての行動を、まるで見通しているのだ。オフェリアの言葉が、全てになる。言葉と同じ未来が描かれる。もちろん、ディリも少しなら見通すことが出来る。だが、戦闘の全てをオフェリアは見通しているのだ。どう布陣するのか、どう逃げるのか。その全てを、見ている。 だから、自分は。やはり従うだけでいいのだ、とディリは納得した。 「シャルンホルスト様、見えました。陛下です」 兵士の一人が指差した。レーヴェとフェンリルの一万五千を率いるオフェリアである。恐ろしい機動力だった。不可能を可能にする速さ。それは、シリウスでも間近に見た。それは神速。奇跡とも思える速さ。 先頭で駆けて来るオフェリアと合流し、一気に市内に雪崩れ込んだ。まるで木の葉が舞うように、一瞬で散らばり、制圧に走る。ディリはフォリアが運ばれた野戦病院を案内しながら、大通りを駆けた。オフェリアの手勢は五十名ほどだ。 散発的な抵抗があった。足を、止めない。時にやり過ごし、時に殲滅しながら病院を目指す。敵には、まとまりがない。指揮官であるフォリアは倒れ、スコアもまた逃げた。指揮系統が、完全に麻痺してしまっているのだ。 だから、それが回復する前に。徹底的に叩き潰す。 「第一小隊、右翼から囲め。第二小隊は左翼。第三、第四は共に続け。第五は入り口を固めて守備」 病院が、見えた。オフェリアは即座に命令を下し、病院を包囲する形をとった。入り口にいた五名ほどの敵部隊。走りながら銃を構え、連射してオフェリアは必中の弾丸を叩き込んだ。病院に入る前に、確実に排除する。 負傷兵などには脇目も振らず、十名ほどの後続と共に院内を駆け抜ける。最も、奥を目指して。立ち阻む兵士を、殴り飛ばすように蹴散らして。怒濤の皇軍はフォリアの待つ特別室を蹴破った。
頭上から、大木が降って来た。回避しきれなかった兵士の頭蓋を潰し、後続の兵士ごと丸太は転がり落ちていった。 コレッソス山は、罠だらけだった。慎重に、しかし急いで登り続ける。スコアは、息が上がり、もう他のことを気にかける余裕など無くなっていた。隣のアハトも同様だ。 斜面を、滑った。手をつく。すぐには、起き上がれなかった。ゾンマーの筋骨たくましい腕が、スコアを抱え上げた。反対の腕ではルーシャを支えている。 「手伝いましょう。しばらく、このまま登ります」 事務的なゾンマーの言葉からは、感情が見えなかった。護衛として、側に置いている。この時ほど、ゾンマーが頼りに見えたことは無かった。だからスコアは意地を張ることなく、体重をゾンマーに預けた。それだけではない。命も、預けた。 スコアの周囲には、百にも満たない兵士しかいなかった。いつの間にか、フリューリングも離れてしまっている。合流をするようにと何度も言ったが、どうやら妨害に遭っているようで、それは叶わなかった。罠、撹乱、そして背後から迫るフルジア軍。絶望的な状況だった。 「フリューリングからですが、オフェリアは五千をこちらに向けたようです。ふん、スコア様の首をかなり重視しているようですな」 「だろうな。俺でも、そうする」 二万のうち、五千をこちらに当てた。それはかなり思い切ったものだ。生かすつもりもなく、また少しでも兵力を削いでおきたいのだろう。 「前に展開している撹乱部隊は、何だと思う?」 「……シャルパンティエだと思います」 「なるほど」 他に思い当たる人物がいない。オフェリアとは別行動で、しかしスコアを追い詰めるほどの戦術家。考えれば、すぐにわかることだった。あのルイ・シャルパンティエに違いない。そして、今のスコアはそんな考えさえ、出来ていなかったのだ。 歩くことを、進むことをゾンマーに任せたからだろうか。思考を、取り戻しつつある。シャルパンティエ軍は、数が少ない。せいぜい数千だ。撹乱され、分散してしまったルテティア軍だが、正面からぶつかるほどの力はない。 だから、このまま。強引に進んでやろうと開きなおった。グズグズしていれば、背後のフルジア軍に貫かれる。何にせよ、進むしかないのだ。 「黒龍が、森に火を吐いたか」 「閣下までは、焼かせません」 力強い言葉で、ゾンマーが返した。肩を支えられ、ゆったりと歩くのが。どこか懐かしく、そして、穏やかだった。 久しく忘れていた感触を思い出し、スコアの心は、状況ほど落ち込んではいなかった。
「私を、殺しに来たのか。オフェリア」 「ゲルトラウデは、そう言ったか。リディア」 ベッドから体を起こそうともがく。そんな仇敵に、オフェリアは冷たい視線だけを送った。 「いいや。あの人は、ただ驚いただけだったよ。どうしてアナタが、どうしてワタシを、とね」 「そりゃ、そうだろう。一応は、娘みたいなものだから」 「原因はそれだ」 どうしてフォリアが主君を裏切り、暗殺の手引きをしたのか。堂々と、正体を隠すことなく、実行した。それは結果だけを求めた、とても下手糞な暗殺だった。下手人を隠さない暗殺には、意味がある。正体不明の暗殺者に殺されるから、政治手法とも呼べるのだ。そうでなければ、単なる殺人事件に過ぎない。 怨恨による殺人など、ありふれていて。とても暗殺とは思えなかった。
「オフェリアなら、わかるはず。ゲルトラウデを、殺したいほど、憎んだから」
ただ利害が一致したから、スコアと提携した。休戦をさせたくなかったスコアと、ゲルトラウデを嫌って独立したかったフォリア。理由は、そんなものだった。だが、笑えない、くだらないと言えない理由がオフェリアにはあった。 それには答えず、オフェリアは手を伸ばした。フォリアの腰を抱き起こし、上体を起こすのを手伝う。ベッドの上に座らせる。その光景を、ディリは理解出来ずにいた。仇敵。憎悪で始まった戦なのに、その標的を、どうして。 心の声が通じたのかどうかは、わからなかった。しかしオフェリアは、ディリの腰に手を当て、拳銃を引き抜いた。 「オフェリア、ねぇ。わかるよね?」 縋るように、フォリアが身を乗り出し、オフェリアに問う。あなたなら、理由も感情も理解出来るはずだと。 「――――勿論」 その答えに、ディリは驚きを隠せなかった。経緯は、わからない。しかしオフェリアもまた、ゲルトラウデを殺そうと思っていた。それは遠き日。故郷を奪った簒奪者に対する憎悪だ。 フォリアとオフェリアは、似ている。その境遇が、その思想が、最も近い人間だった。 「立派になったね、オフェリア。まさか二万でノティオンを落とすとは、驚き」 明るい声だ。これから殺されるとは、露にも思っていないのだろうか。それとも、死を覚悟したものか。 「私の教え方が上手だったからかな。タメになったでしょう?」 近衛師団の長は、フォリアだった。オフェリアは、その副将だった。その時、ディリは何となく、理解してしまっていた。 その関係は、実に。ディリ自身と似ていた。オフェリアとディリ。あるいはオフェリアとフィア。そんな現在の関係と、よく似ていた。 「レティツィアの娘はなかなかだ。この私に一矢報いたから」 終わりは――――いつまでも、訪れなかった。 銃口を向けたまま、オフェリアは全ての行動を止めていた。引き金を、ひくだけ。たったそれだけの行動が、どうしても、難しくて。ディリもまた、無言で見つめたまま、動けなかった。 「……私なら、即座に撃つ。何をしているの、オフェリア」
「何で……どうしてッ!どうして、リディア。どうして、耐えられなかった――――ッ!」
ディリが、初めて見る主君の激昂だった。驚かざるをえない。オフェリアは目を見開き、銃口を突きつけたまま、激しく、仇敵を罵った。どうして殺した、ではなく。どうしてやってしまったか、と。それは、不可思議な問いだ。 怒っている。そう、オフェリアは怒っていた。養母を殺したからだ。殺してしまったからだ。 殺したから――――いなくなったフォリアを、責めている。 「――――驚いた。オフェリアは、てっきり怨んでいるとばかり」 「ああ、そうだよ。私の側にいてくれなかった、いなくなってしまったから!」 「それについては、ごめんなさい。謝ることしか、出来ない……」 姉と、弟だった。八年間、姉と弟だった。ゲルトラウデに飼われた家畜。首に鎖をつけられた。同じ境遇だったから、通じる部分があった。二人で、いつか、解放される日を夢見て、精一杯生きてきた。 勝手に、いなくなったから。だから、オフェリアは憤慨しているのだ。ゲルトラウデを殺すのは、きっと自分の役目だったと。辛い役目を押し付けるのは、御免だったと。なぜなら、自分は、フルジア人ではない敵だった。 いつかは、消えていなくなる。だから、その時は。ゲルトラウデを殺して、ルテティアに帰還しようと決めていた。どうして、おかしくなったのだ。どうして、狂ってしまったのだ。どうして、皇帝などになったのだ。 その答えが、ここにある。 「リディアなら、私と一緒に来てくれると思っていた!アンドロメダに行って、私とアデレードと、皆で集まって、笑い合う未来を作れると思った!だから、私はオクタウィアに頼んでフルジアに戻ったのに!」 壮絶に、喚く。オフェリアは口から唾液を、目から涙を流しながら、遠き日を、泡沫の夢を、語っていた。リディアーヌ・フォリアは、フルジアの国防長官。国内軍を取り仕切る二十代の若き指導者だった。その能力を買って、夢を同じくした不遇の日々を通じて、様々な想いを重ねていた。 フルジアにとって、フォリアは憎むべき仇敵となった。しかし、オフェリアにとっては。いつまでも、夢を重ねた姉だったのだろう。 「泣き虫なのは、変わらずね。アンタ、優しすぎるからさ。だから駄目だって教えたのに」 全てが、きっと、今日。終わる。 オフェリアを縛っていた鎖は、きっと今日、解ける。 それは、終焉。今日という日を、ディリゲント・シャルンホルストも、オフェリア・ネブカドネツァルもきっと、忘れることはないだろう。
勝利で飾られる、ひとつの終幕が、ここに。
「さよなら、オフェリア。私はアンタの『仇敵』でしょ」
銃声が、燃える夜空に響く。 泣き濡らした顔を、世界を包む業火が照る。
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