時は満ちた。 雪面に立った想い。 天を貫いた誓いがある。 友よ、立ち上がれ。今こそ、屈辱を雪ぐ時だ。
1 小さな教会、セントシュラウド。正面に聖なる剣を象った偶像が突き立ち、円いステンドグラスが射光で輝く。 彼女はそこに、二日に一度は訪れる。拝礼し、神に祈り。腰に佩いた剣の温もりを知る。今日もアマリア・レティツィアは感謝を捧げ、目を開いて顔を上げた。十六歳の少女は、絶対なる主と会話をする。本物の神とは、喋らない。口を利けるほどの立場ではないのだ。 ただ剣と、心構えのようなものを、対峙しながら無言で教わるだけでいい。神帝はそれ以上、深く付き合おうとしてこなかった。拾われなければ、下級貴族の娘として没落していくだけだっただろう。二年前の歳末。雪の日に出会っていなければ、顔を見ることさえ叶わなかったかもしれない。 ただただ、感謝を。面と向かって言えないから、こうして教会の神へ捧げた。同じ神なら、通じるのではないかと淡い期待を持ってだ。 「やあ、レティツィア様。不在で申し訳なかった」 神父が教会に戻ってくる。去ろうとした直前の出来事だ。勝手に入っていた非礼をアマリアは詫び、それからいつものように、一言、二言と会話をする。この老獪な神父と会話をすることが、些細な楽しみだったのだ。 「ここのところ、若宮衣理様に呼ばれるのです。こんな小さな教会の神父に過ぎない私を気にかけていただけるとは、聖職者として光栄ですが」 「若宮、というと。陛下の神前婚にいらっしゃった方ですか?」 「ええ。その時にお会いしましてね。フィルウィリミテア神の末裔の一人ですよ」 信仰されるべき対象。末裔は七家に分かれて現存し、総称してベルベデーレと呼ばれている。そのことを、アマリアはオフェリアに会うまで知らなかった。ただどこかに、いるのだろうな、という漠然とした予想のようなものがあっただけだ。 主であるオフェリアも、その一人だった。ベルベデーレにも格というのがあるようで、本家のカイアファを頂点に置き、オフェリアとノアは格下扱いになる。銀色の髪をした赤い目の神を思い出し、神々しいというよりむしろ、魔なる者にアマリアは見えた。 「それで、若宮様はなんと仰っているのですか?」 「まだ、レリックはあるか、と。何のことだかわからないですがね」 もちろん、こちらもわからない。アマリアは首を傾げて、少しだけ考えてから、やはりわからないと答えた。 「あのお方は笑って、わからないならその方がいいとお答えになりました。神のみが知るべきことなのでしょう」 「……そろそろ、戻ります」 神父に別れを告げて、教会から出た。小さな教会。魔窟の中にひっそりとある中庭。アマリアは裏道を通って一般道に出た。ちょうど、禁衛府の裏側に出るのだ。赤線区域特有の、迷路のような道だが裏には宮殿と禁衛府があるという不思議な場所だった。 秋晴れ。風は緩やかに、アマリアの髪を揺らす。
禁衛府の司令部には、オフェリアとカティアの二人がいた。新婚旅行から帰ってきて、すっかり日焼けした肌が秋に似合っていない。 本当はもう少し長い旅行のはずだったが、総督のギーゼルベルトに詰問されて帰ってきてしまったらしい。どうやら式典に呼ばれなかった鬱憤をグチグチと責められたようだ。それを見越して、ディリゲントはデケネイア行きのチケットを手にしたのかもしれないのだが。いつまでも帰ってこない、という事態を回避するためにだ。 「やはり、外征には二十万しか出せない。まぁ五万も増えたからいいとするかな」 フルジア帝国軍二百万。これがゲルトラウデの時代の話だった。激戦と消耗を乗り越えて、今は二百三十万になっている。普通、戦時であれば減少するはずだ。しかもただ単純に動員したのではなく、以前以上に質を高めた精鋭になっている。特にフルジアにある第一総軍五十万の強さは尋常ではなかった。 それに対して、アンドロメダ各地の軍勢は減少し、常備軍は壊滅状態に近かった。しかし予備役の兵士を続々と投入して単純な兵力は増している。 「ねぇオーちゃん、コレはなに?数字、いっぱい」 「ネアポリスの資料だ。かなり残留兵力があるのさ。狙いはレグルスじゃないか」 星図を見る。数や資料が書き込まれたものだ。 現在、帝国軍はレグルス星系を中心に勢力を築いている。カメリア、シリウスの前線を失ったため、後退したという状況だ。ヴェルブングの外征軍団百万に、ヴァルトラウトの機甲師団を加えて百五十万がマジェラニックにあった。おとめ座銀河団にはフルジアの近衛師団が三十万。ギーゼルベルトの五十万がデケネイア星系に入っている。総勢で、二百三十万ということだ。 太陽系同盟軍はトリトンの戦線に兵力を結集している。本拠地である太陽系だからだ。これがおよそ五十万。さらにリューヴ国軍の増援を持って百万の軍勢となっている。そして気になるのが、ネアポリス星系に存在しているマクベス・ライルの四十万がシリウス崩壊後も残っていた。 「防衛するならまだしも、攻めるには編成された軍団が必要だろう。四十万のマンティネイア軍ではレグルスは落とせない。つまり、何か作戦があるということだ」 「――――リューヴとの共同作戦。そして、レアティーズ・スコア・カデンツァの策略でしょう」 話を聞いていたのか、入室してきたシャルンホルストは自信有り気にそう言った。アマリアは戦略や戦術ということを深く考えたことがなかった。だから、この話に参加するほどの知識も思考もない。黙って耳を傾けることにした。 そもそも、この二人の会話にはついていけないのだ。軍人の思考では、とても理解できない。 「夏にルテティア・パリシオールムとアンドロメダ・クラスターとで密約が結ばれたと思われます。内容は、ルテティア軍の容認と指揮権の委譲」 「政教条約か。ツェルニーのヤツ、思い切ったものだ。これではカルディア大統領は意味をなさないな」 「はい。クンスト・ヴェルクはかなり深いところまで調べています。カデンツァが自由自在に操れる軍をアンドロメダに作った、という感じですね。こちらがカデンツァの考えを読んでいるように、向こうもまた、陛下の思考を読んでいるでしょう」 レアティーズ・カデンツァとオフェリアが親友だった、という話をアマリアは知っていた。幼き頃の話だ。親友同士が戦う、ということに抵抗があるわけではなさそうだった。
「……構うものか。邪魔するのなら――――断ち割るのみ」
オフェリアの意志は、固い。たとえその考えを読まれようと、阻むことは何人にも出来ないだろうとアマリアは思った。 裏切り者に、死を。次にこの軍が動くのは、その時だ。
「待ってください。レティツィア、頼みがあるのですが」 司令部から出ようとすると、シャルンホルストに止められた。彼の方が年上なのだが、口調はいつも丁寧なものだった。気を遣わないでくれと言ったことはあるが、どうやら、彼の癖のようなものらしい。 頷くと、場所を変えた。どうやら内密な話らしい。シャルンホルストに連れられて、アマリアは禁衛府の道場に向かった。おかしな場所に連れてきたものだ、と思う。道場には近衛師団の人間が、今日も汗を流している。 「訓練をお願いしたい。陛下に言ったのですが、アマリアに習えと」 「審議官ドノが、剣術ですか?」 シャルンホルストの階級は日に日に、強くなっている。最初はアマリアと同じ皇帝の秘書官。そこから参謀師団の事務官となり、今は審議官という副官のポストにあった。ギーゼルベルトの下である。 「最近は戦いの空気が強く感じられますからね。私も人並みに武芸を学ぼうと思いまして」 木刀を持って、不恰好に構えるシャルンホルストを見て、思わず苦笑した。ひょろひょろとした体格だが、背は高い。そんな人物がいかにも初めて、という風に剣を構えていた。 「あれ、おかしいかな?」 「はい、充分に。仕方のないお方ですね」 剣の持ち方、握り方、構え方から指導を始める。体を寄せて、シャルンホルストの手を矯正する。真剣な様子で彼は学んでいた。 アマリアの剣は、レオンハルト・ガヴォットも認めるところになってきていた。近衛師団では随一の腕。フルジアでは皇帝を除いて最強と呼ばれるヴェルブングと勝負すれば、いいところまでやるだろうとレオンハルトは言っていて、オフェリアもそれは認めていた。 だから、道場にいる人間も注目していた。しかし今日は指導に来たのだというと、興味を失ったように訓練に戻っていく。 シャルンホルストが順調に官僚のポストに昇進し続けている間、アマリアは軍にあって認められつつあった。士官となり、少尉の階級を与えられ、兵士にとって最も名誉である皇帝直属の近衛第一師団に配属された。女性だけの白兵戦闘部隊、オフェリアの旧姓であるレーヴェ隊を任されるようにもなった。 「……いや、疲れましたね。ただ構えているだけで腕が痛くなりましたよ」 二時間ほど訓練を施し、道場の隅に座り込むシャルンホルストにグラスを差し出す。礼を言って受け取った彼は、一息に水を飲み干し、隣に座るよう指示した。 「質問をします。レーヴェ隊を余人に任せることは出来ますか?」 不意に、鋭い声が聞こえた。それが道場から聞こえる誰かの気合だと気付くまで、少し、時間がかかった。シャルンホルストは、きっと今日の本題に入ろうとしている。ただ訓練をするためではない。訓練をする、というのが最も自然なアマリアとの接触方法だったのだ。 「おそらく、大丈夫かと」 「では、そうしてください。レティツィアには特殊な任務についてもらいたいのです」 審議官の顔を見る。実に真剣な眼差しで、断ることは当然のごとく、出来そうになかった。
2 「一点目、太陽系にいるルイ・シャルパンティエに会ってきてほしい。会うだけでいい。だが見るべきものはあるはずだ。それを見てきてください。二点目、若宮衣理様がトゥリオイに帰還されるそうです。その護衛をお願いします。本来なら私が行くほど重要度は高いものですが」 「ならば、シャルンホルスト様が行けばいいのでは?」 「今回は、会うだけなのです。会話をして下手に探られることも考えられます。その点、軍人として接する貴女であれば不都合はありません。それに私もレグルスに用事を命ぜられまして。ただ見てくるだけで、いいです」 そんな会話をしてから、一週間も経たないうちにシャルンホルストと共にフルジアを出発した。若宮衣理を載せた専用機は電磁宙域で補給し、レグルス星まで進み、そこから機甲師団の用意した艦船に乗り換えて三人での旅となる。 もう一人は、リゴレット・リエンツィというタイタン人だった。本来ならカミーユ種のティアを用意したかったようだが、フェリーチェ・パヴァロッティの代表就任によって補佐役に徹しなければならなかった。またセリア・イザークも残されたアルゴナウティカ船の管理で必要なのだという。 他に動けたルキア・アンティゴネ・バルカはアリアの護衛でルテティア・パリシオールムに向かっていた。残っていたのが、このリゴレット・リエンツィなのだ。彼とは面識があった。オフェリアの結婚式、その直前に戦った。 「おっ、懐かしい。スカラ号じゃねぇか。これの操縦なら任せとけ」 レグルス星で、初めて知った事実だ。若宮エリは黙って、しかし楽しそうにフリゲート艦に乗り込み、そして知らない間にやって来たリゴレットがコックピットに潜り込んだ。 「航路はどうすんだ、やっぱトゥリオイが先か?」 「うん。アルエん家でいいから」 「りょーかい。じゃ、早速行きますか」 勝手に物事は進んでいく。アマリアはただ乗っているだけでよかった。元々、護衛役なのだ。艦船の運転など出来るはずもなかった。 すぐに、レグルスの飛行場からスカラは飛び上がった。圧倒的な速度で星から離れ、漆黒の空へ羽ばたく。フルジアでも最速を誇る船だ。他の追随を許さず、孤独な空に飲み込まれる。 椅子に座ることさえ、していなかった。アマリアは暗黒の空を眺めながら、その窓に手を置いただけで。行動力の塊のような二人についていけない。 カニス・マヨール星系ムリフェイン星までは、数日で到着する。おおまかな航路を入力したリゴレットは立ち上がって、エリを誘ってエントランスデッキに向かっていた。ここにいても、もうすることは無いのだ。いや最初から、アマリアにはすべきことさえ無かったのかもしれない。 これなら、禁衛で兵士を鍛えている方が良かった。シャルンホルストに騙されたと思いながら、渋々、デッキに足を向けた。
「どうしてだ。この船に乗る度に食料事情は悪くなる。呪いじゃないのかコレ」 軍用の携帯食を夕食とし、ぼやくリゴレットを尻目にアマリアは食事を終えた。味がいいものではないが、栄養は補給できる。エリは嫌そうな顔をしていたが、どうしてリゴレットが不満を述べるのかがわからない。彼も軍人だろうに。 「でしたら、軍曹が食事を用意なされば?」 「オマエは、どの食糧庫を見て言うのかね……」 用意された食事は、全て戦闘食。当然だ、これは軍艦であって民間の旅客機ではない。パックされて食糧庫に積み上げられている。 アマリアは食後のカフェイン摂取に取り掛かる。こげ茶色のカフェ。わずかな苦味に舌鼓を打っていると、二個目のレーションを開封したリゴレットが恨めしそうな目で見ていた。 「欲しいのならお作りになれば?同封されてます」 「あ、そうなの?ほほ、コレかなコレかな」 紙で作られた小さなコップ。折りたたんで同封されているものだ。それを広げて、底にあるヒモを引っ張ると熱せられたカフェが完成するというもの。どうやらアンドロメダにも似たような嗜好品があるのだろう。 「――――なんじゃこらあああ!泥水じゃあ!」 「携帯食の嗜好品ですから。味は、さほど良くありません」 「善し悪しの問題かよ、コレが」 簡易珈琲をトイレに流し、リゴレットは深くため息をついた。辛いのだろうか。そこまで食事に拘るのだろうか、この男は。 「腹さえ膨れりゃいいって、フルジア人は言うのか」 「いえ。栄養が摂取されれば」 「死ねっ、死んでしまえ」 貴族には食事を楽しむ傾向があるが、一般の、それも前線の兵士にそんな楽しみは無いのである。宮殿や禁衛府の食堂は豪華で、出てくるメニューも派手だ。 「アマリアちゃん。人は、美味しいものを食べると幸せだよ?」 「真実です。しかし、この状況でフルコース料理を作るバカはおりますまい」 ――――実は、いたのだ。アマリアは知らないが、過去に、この船でフルコース料理を作ったバカはいた。その名をゲルトラウデ・ネブカドネツァルとアデレード・フォーレというのだが。もちろん、アマリアの知る由ではない。 唸るリゴレットを尻目に、泥のようなカフェにアマリアは、少しの満足と不快感を持った。
その夜のことだった。エリが与えられた士官室で眠り、アマリアは持ち込んだ愛剣を振っていたところ、リゴレットがのそりと現れた。 「精が出るなぁ。おじさんはもう武術は飽きたぜ」 二十六歳のタイタン人は、そう言ってソファに座った。風呂上がりなのだろう。短い髪はまだ乾ききっていない。 「オペラは熱心に指導をしないんじゃないか?」 「はい。ですから、自主トレーニングが必要です」 「オマエ、真面目なのな」 オフェリアが稽古をつけてくれるのは、三日に一度程度だ。実際に対峙してみることがほとんどで、実戦形式だった。基本を学んだ後は、言葉で何かを教わることはごく僅かだった。後は、レオンハルトに教わったくらいだ。 思えば、オフェリアに殺されないように、必死で武術を磨いたといっていい。 「軍曹は誰かに師事されたのですか?」 「いやぁ、そうでもない。子供の頃から、体を動かすのが好きだったってくらいかな」 「陛下はどうなのでしょう?」 「父親に教わったって聞いたぜ。フォーレ流を学べるとは、アマリアはラッキーじゃないか」 フルジアにも剣術はある。レオンハルトやヴェルブングの武技だ。しかしオフェリアのは、少し違っていた。だからアマリアのも、レオンハルトとは違う。自然と、オフェリアを真似るようになったのだ。だから最近は、レオンハルトから学ぶこともなくなっていた。一人で技術を昇華させている。 フォーレ流、という言葉が。少し嬉しかった。少しだけ笑う。他の誰にも出来ない業。オフェリアと自分だけが共有しているもの。それはシャルンホルストにも、フィアにもないのだ。だから、嬉しかった。 「オマエもラヴオフェリア症候群?」 「なんですか、ソレ」 「誰だったかが言ったんだ。誰だっけ。まぁ、いいか。意味も違うしな」 「腑に落ちませんが」 「権威を持つ者に人は憧れ、いつしか権力を与えてしまう。与えた者は憧れの権威者に権力を与えることで権威を共有すると勘違いするからな」 リゴレットの言葉は、いつも違って知的なニュアンスを含んでいた。少しだけ、わかる気がする。権威とは百年、二百年と積み上げられて初めて権威と呼ばれるものになる。その崇高さに人は憧れるのだ。権力は一年だろうと一日だろうと、持てるものだ。二つは全く違った意味を持つ。 時に権威を持つ者は権力者より強い力を持つ。人々に対する統率力のようなものだ。権力者がそれを羨むことは、そう珍しくない。だから、権力を使って権威を得ようとすることもある。例えば、権威を持つ人間を強引にどこかへ幽閉したり、ある程度の権力を与えたり、だ。 「私は、陛下のことをそのように思ったことなど御座いません」 「だろうよ。言ったろ、意味が違うと。アイツのことじゃないんだ」 レアティーズ・スコアというオフェリアの偽物のことだろうか。アンドロメダの旗。どうして入れ替わったのかは、わからない。しかしオフェリアは、今、フルジアの皇帝として神の敵となった。 「オペラ、好きか?」 「はい」 それは、恋愛感情や愛情といったものとは、違って。純粋に人物を愛していた。どうしようもなく惹かれるのだ。唇に指を当て悩む仕草に、時折見せる笑顔に、決断を下す凛とした横顔に、魅せられる。きっとオフェリアのような人物のことを、神と呼ぶのだ。 「もしも。オペラが死んだら、オマエはどうする?」 「ありえません」 「何故だ?」 「私より先に陛下は逝去されませぬ」 それは、絶対だ。もし襲撃を受ければ、この身が盾となる。だから、絶対に、生きている時にオフェリアの死は、起こり得ない。絶対に。起こさせない。 「――――わかったよ」 低く、笑う。その笑みが、どこか、不吉なものに思えた。
3 聖歴史博物館。迎えに出たアルエと四人で、少しだけ閲覧してみる。置かれている史料を眺めながら、気付く。この価値がアマリアにはよくわからなかった。太陽系同盟設立時の草案やらが置かれているのだ。 唯一、興味を引かれたのが、フィルウィリミテア教に関する文献や史料だった。つい、足を止める。古代リューヴの歴代皇帝の肖像画を眺めていると、周囲に誰もいなくなっていた。構わず、名前と絵を見比べながら展示室を見て回った。 レリーク・ヴィエ、という表記を見つけ。アマリアは目を留めた。 見覚えのある剣だ。いつも、皇帝陛下が腰に佩いている剣を思い出す。鞘の形状は違っている。実際に剣が抜かれた部分を見たわけでもない。ただ、柄とヒルトの形状が酷似していた。 「まだ、レリックはあるか……?」 もしこの剣を指す言葉なら、その問いには頷ける。レリーク・ヴィエとは何か。この剣の名称なのか。ならばこの剣は、何だろう。史料を読む。原文は読めないが、翻訳された文字に目を走らせる。 「――――発動機?神造兵装?意味が、わかりません」 「神権のことだよ、それ。世界を動かす動力そのもの。神様ってのはアレでしょ、人を産んだり世界作ったりするけど、実際に動かすわけじゃない。動かすエネルギーそのものでしかないから。その神様の権限を象徴しているのが、発動機」 隣から注釈が入る。見返ると、アルエが立っていた。 「なるほど。解説、ありがとうございます」 「いいってコトさぁ。その剣ね、カイアファが持ってるの。アレがないとアルゴナウティカが動かないのよねぇ」 「え?しかしカイアファ様は、すでに消え去ったのでは?」 「うん。あの船、どうすんだべ。まぁ、オフェリアが船の持ち主だからいいんだけどさ」 フルジアにあったまま、動かせない。しかしアルゴナウティカ船はアエロナウティカの所有物であるから、オフェリアがいる限り問題はないのだそうだ。ようやく、エリがレリックを探していた意味がわかった。 気付けば、リゴレットも戻ってきていた。エリの荷物を置いてきたようだ。行こうぜ、と声をかける彼に頷いて、アマリアは博物館を後にする。 しかし、一つ、気になる。 レリックを探す意味はわかった。ならば、その理由は――――?
リゴレットと二人である。暗い船内で、ぼうっとテレビを眺めている。 「……なァ、これ楽しいか」 ソファに座って、モニターを見上げていた。自然保護の映像だ。延々と、動物たちの愛くるしい姿が流され続けている。 「しまうま」 「馬だな。それがどうしたよ?」 「かめさん」 「海亀とかだろうな。だからそれが?」 「ぽちょむきん」 「見たことねぇヤツだな。プロシアの将軍って誰さ?」 猫とたそがれる、ヒゲの映えた毛深い男が映し出され、リゴレットは眉を寄せていた。猫の表情がアップになり、のそのそと動き回るのを映す。 「……これ、陛下から頂いた映像集なんです。貴重な動物たちの生態とかです」 「だったとしても、ポチョムキン関係ねぇだろ」 「気付きませんか?街並みや人々を眺めてみてください」 「なにぃ?」 呆れ顔だったリゴレットが、画面に注視するようになる。猫は街を散策し、商店や民家が背景に映った。それは、どこかで。見覚えのある風景。例えば、先ほどの博物館などで、だ。 黒いビル。剣状の建築物が、中央に。円形に取り囲んだ家々と、広場。 「このオベリスク、見たことあるぜ」 「神聖リューヴの時代の史料だそうです。ソフィア・ビュザンティオンという街、現在のバテン・カイトス星でしょうか」 「千年前の映像なんて、残ってるのか――――」 驚愕した表情を浮かべる彼から、視線を画面に戻す。可愛らしい動物たちに見とれながら、その背景に映るものを、記憶と重ねる。博物館にあったもの、遺されている史料。それが、生き生きと映し出されて。 「――――眠りやがった」 そしてアマリアは、隣で寝息を立てる筋肉ダルマに呆れるのだった。
アマリアには、日記をつけるクセがある。今日一日の記録を残し、それはもう膨大な数になっている。仕官してからなので、もう一年以上続けていることになる。 自室にて、日記をつけた。液晶画面の端でぴこぴこと光る点を見つける。連絡が入っているようで、シャルンホルストがレグルスから送ったようだった。開くと、びっしりと詰まった文字が目に痛い。あの男は、どうして文章になると超長文になるのだろうか。読み手のことを全く、考えていないのだ。 まるで論文のような報告書を見つめ、ざっと斜め読みした。意外と仕事に手間取っているので、帰還が遅くなるから、できるだけ急いでアマリアには帰還して欲しいと書いてあった。シャルンホルストは今、レグルス星系に集まったフルジア軍を再編して星系内の範囲守備の方策を練っている。 「なになに、『一月十九日晴天 星立聖歴史博物館に行く。オフェリア様に似た肖像があった。ティーガーのイラストが可愛かった。まるでオフェリア様のようだ。パンフレットも豪華だった。オフェリア様のように豪華なのだ』ってなんじゃこらああぁぁっ!」 「勝手に読まないでくださいっ」 いつの間に入ってきたのか、リゴレットがアマリアの日記を読み上げていた。コンピュータに配線を繋いで自分の端末にジャックしているあたり、余程の知能犯か間抜けかどちらかだ。 「オマエ、日記なんて書いてるの?マメだねぇ」 「ガサツな貴方に言われたくないです」 「オフェリアも日記職人らしいぜ?アデレードが言ってた。そうだ、交換日記でもやれよ、きゃっ、女子高生みたーい!」 「自分で言って自分で興奮してどうするんですか」 しかし、悪くないアイデアな気もする。一日の業務や任務の報告を、決められたコミュニティの中で公開し、情報を交換する。オフェリアに全ての裁断を任せるのではなく、幹部で情報を交換すれば煩わしい会議なども減るかもしれない。 「どうしてオマエってヤツは、そう仕事に結び付けるかな。プライベートでだっての。プライベエト」 「……まぁ、面白そうではありますが」 「だろ?よっし、じゃあシャルンホルストにでも頼んでみろよ」 それも、いいか。一つくらいは、ささやかな楽しみを作っておくのも悪くない。
4 ロジーナ・アルマヴィーヴァが死亡したのは、先年の秋だった。享年は、三十一という若さだ。 その事実を、アマリアは知らなかった。だから、余計なことを言うなというシャルンホルストの念押しはとても大事なことだった。ユーロパ圏にあるエンケラドゥスという小さな衛星で、リゴレットと二人でシャルパンティエと会った。 ただ、弔辞を述べて。リゴレットは失意の底にいるような黒龍の肩を叩いた。 今、ユーロパは娘のプリシラが即位したという。まだ十四歳だった。ただユーロパの政治体系で元首はさほど重要ではなく、象徴としての存在なら問題はないだろうとアマリアは思い、事実、そのとおりだった。 「……レアティーズだ。いよいよ野望をむき出しにした」 「知ってます、少佐。これから、どうするんで?」 「もう俺を縛るものなど、ないのだ。好きにやらせてもらうさ。唯一の敵と戦うだけだな」 ならば、共闘できる。フルジアはアンドロメダを敵としているのだ。そしてこのリゴレットは、レアティーズと戦おうとしている。同じなのだろう。包囲網を組めるかもしれない。 「アマリアもいるとはな。よもや、オフェリアがレアティーズと戦うわけでもあるまいに」 目が合った。シャルパンティエの言うことは、理解できる。オフェリアとレアティーズは友人同士であり、しかもフルジアの皇帝である。軍を率いてアンドロメダと戦うのと、シャルパンティエの戦いとは違うものだろう。 「それはオレにもわかりませんがね。とりあえず、頼まれたので渡しますよ」 リゴレットは一切れの紙を差し出して、言った。手紙。誰からとも、言わずに。ただ渡した。 「――――おい、レイモンドはいるか?」 手紙に目を通したシャルパンティエは、建物の外に向けて怒鳴った。すぐに青年が入ってくる。レイモンド、と紹介された青年は軽く頭を下げ、凛々しい表情を向けてきた。 「アマリア、この男を覚えておけ。俺の片腕だ」 「わかりました」 レイモンド・レイヴェンスウッドが駆け去り、告げた了解の声で、アマリアは初めて言葉を発したということに気がついた。そう、異様な緊張感のようなものが、この空間を支配していたのだ。シャルンホルストは口を挟むなと言っていたが、そんな余地は全く無かった。 「少佐、大丈夫ですか?」 「いらぬ心配だ。もう行け、リゴレット」 追い払われるように、シャルパンティエの小さな家から出された。 ここら一帯はシャルパンティエ軍の駐屯地とも呼ぶに相応しい、小さな村のような基地だった。元々、この星の出身らしい。土地勘に明るいのだろう。 護衛のように立っていたレイモンドに、リゴレットは声をかけていた。一言、二言と少ない会話だった。 スカラに戻ってから、ようやく。リゴレットがぽつりと、独白のように呟いた。 「手紙……」 「え?」 「やっぱ、アイツはすげぇなぁ……って思った」 その独白は、よくわからなかった。オフェリアのことを褒めているのではないかと思ったが、どうしてだかはアマリアには、わからなかった。 手紙には、こう記してあった。
――――ノティオンにて待つ。
その一言だけが、書かれていた。 「少佐、かなりキテるぜ。冗談の一つも言えないほどだ。おそらく、自分を責めてるんだろ。じっと部屋で独り、責め続けてる。だから、外に出してやるのさ」 一番の方法は、呼び出すこと。さぁ共に戦おうと立ち上がること。オフェリアがそこまで考えて手紙に筆を走らせたのなら、恐るべきことだ。ここにきて、アマリアは自分の主に、恐怖に似た戦慄を覚えた。 「……アイツん時は、オレたちが連れ出したんだったな――――」 呟くように、独白はまだ続けられていた。
――――――――――――――――――――― “ Die Welt ” ---Ophelia Ludwig Gertrude Van Faure Jan. 20, Neo.Globe.0323 Feorgia Phrygia Palace
不可解さが残る事件だった。 ある日。宮殿で小さな諍いが起きた。皇帝を巻き込み、事態は少しずつ大きくなり、数十名の目撃者が生じた。 十歳になるゴーティエが、騒いでいたというのが理由らしい。少なくとも治安を担当するゼバスティアン・フーガはそう認めていた。この少年は唯一、生き残ったフォリア家の子で、一人だけ生かして序列の最後に置くことでフォリア家の没落を示している。ただそのためだけに、生き残った。 この少年を、オフェリアが斬り殺そうとして、側にいたフィアが止めた。ただ、それだけのこと。 「ふむ、まぁ。事実はそんなところでしょう。ご協力感謝します、陛下」 ゼバスティアンの陰湿な目で見送られ、オフェリアは部屋から出た。どうにも、彼と相性が合わないのだ。向こうもまた、疑いを晴らすことなく、オフェリアを解放したのだろう。 宮殿における刃傷事件。もちろん、ただそれだけではないということをオフェリア自身がよくわかっていた。ゴーティエは額に傷を負い、怯えながら家に篭ったという。 「オーちゃん、お帰り。電話、きてたよ」 レーヴェ邸で、カティアが待っていてくれた。どうやらシャルンホルストあたりから電話があったらしい。おそらく、刃傷事件について気になったのだろうが、無視してカティアの腰に手を回した。 「なに、元気ないね?」 どこか暗いカティアの顔を撫ぜた。昔から、思い詰めた顔をするとすぐにわかった。瞬きが減り、視線が下を向くのだ。――――それも、あの人に似ている。 「うん。姉さんから、電話」 「え、カミラさんから?そりゃビックリ」 カティアのことだ、ブチ切れて電話を切ったに違いない。きちんと会話が出来たなら、思い詰めることはないだろう。まだこの姉妹は、深い溝が出来たままで。 電話機を手に取り、ソファに座った。フィアがやって来て、夕食の準備が始まる。運良く、フィアはカティアをキッチンに連れていってくれた。ひょっとすると、察するところがあったのかもしれない。 履歴からリューヴの番号に繋げる。何度かのコールの後、沈んだカミラの声がした。 「――――ああ、オフェリア様。良かった。妹では話が通じないもので」 「でしょうね。どうしたんですか、本当に?」 ふと、どこの姉妹も仲が険悪だな、と思った。フィアとフィリスも正常化出来ていないし、自分もそうではないかとオフェリアは笑った。 カミラが電話をかけてくることなど、初めてだ。一度、会ったことはある。結婚式でも顔を合わせた。その程度の繋がりしかないが、少なくともカティアに頼みごとをするような人ではなかった。だから、次の言葉も予想は出来た。 「もちろん、妹には迷惑でしょうから。以後連絡するつもりはありません。ひとつだけ、聞きたかったのです」 「何を?」 最後の部分だけが、よくわからなかった。だから、次の言葉も、わからなかった。
「もし子供が出来たら、何と名付けますか……?」
よく、わからなかった。そんな仮定の話は、わからないし、考えたことも、ない。 この女は、嫌いだった。きっと向こうも同じだろう。だから、オフェリアの嫌がる言葉をぶつけてくるのだ。怨んでいる。妹を奪って。嫌いな妹を奪った嫌いな奴。嫌悪ばかりだ。 「あの、えっと。子供が、出来たんです」 「……あ、はい。ん、ああ、そうですかそうですか。おめでとうございます」 謎が解けて、嫌悪感が少し、消える。それは祝福しなければならないこと。望んでも届かない、幸せを羨むように、祝った。 「名付け親、って私がですか」 「はい。ご迷惑でしょうけど……」 「あ、いえ。考えたことないので――――困りました」 戸惑いながら、何とかそう答えた。向こうも戸惑っている気がする。 「あの、カミラさん。その子は、男の子?」 「あ、失礼しました、遅れました。女の子なのです」 真面目に、考えてみた。考えることが、悪いことではない。むしろ、妻帯している男性にとっては、普通のことではないか。いつか生まれる我が子を、思うことは。悪くない。何も、悪くない。ただ、届かないだけで。 もし、娘なら。なんて、名付けるだろう。そんな、残酷な想像を、した。 時代。そんな意味の言葉を吐いて。目を閉じ、流れた涙を、拭った。 ―――――――――――――――――――――
アルエの博物館に立ち寄った。眼の下に隈を作った二人に会うと、包みのようなものを渡された。 「パレス・アエロナウティカにお渡しください、アマリア・レティツィア。フェルト・クライダーで御座います」 貴族らしい言葉と、仕草。若宮エリは託すのだ。実際より重く感じる包みを受け取り、アマリアは小首を傾げた。 「 不思議な言葉に、聞き覚えがある。セントシュラウドとは、いつも訪れている、教会のことではなかったのか。 聖骸布。神が着ていた衣服。再現された新しい神の服を、受け取ったのだ。 「本物はどちらか思い知らせてやりなさい、と。お伝えくださいな」 「――――承知しました。必ずや」 神の服を着た異教徒の王。神を名乗る正統なる王。両雄、並び立つ時。それははっきりと、人々の目に、言葉でなく視覚で訴えるのだ。どちらが正しいか。どちらが本物なのか。その神々しさを、見せ付けるものだ。 これぞまさに、神の遺物。聖遺物とは、このこと。神の剣を持ち、神の服を着た、神の再現を、今こそ。
5 決戦の風を、肌に感じる。アマリアは夜風に立ち向かいながら、オフェリアを訪れた。 惑星、ノティオンである。原野に陣取るフルジア軍が侵攻して駐屯していた。数は、少なかった。これから援軍を詰めてくるのだろう。オフェリアの親征。その出陣に立ち会えなかったのは不幸だが、戦場で合流せよという命令は届いていた。 ピオン野という広大な原野だった。遥か彼方に、ノティオン市が見える。そこに敵の大軍があるのだ。オフェリアは雪解けに合わせて侵攻を決めた。季節は、春にはまだ早い肌寒さを残して。芽吹く原野に、立つ。 セリア・イザークの姿を見つけたリゴレットと別れ、幕営を前にする。仮設の司令部だった。幕で覆われていた簡素なテントだ。 「お帰り、アマリア。お使いみたいなことを頼んで、すまなかった」 笑顔でオフェリアが迎え入れてくれた。それだけで、苦労が吹き飛ぶ。不思議な魅力を持った人だった。自然と、アマリアも口元が緩んだ。 少し、痩せたか。顔を見ると、そんなことが浮かんだ。 「お召し物をお持ちしました」 「フェルト・クライダーか。よくそんなの、作れたものだよ」 若宮に託された衣装を、オフェリアに渡す。司令部には、他に誰もいなかった。おそらくオフェリアの私室として使われているのだろう。奥には小さなベッドのようなものもあった。 「あの、陛下。これは教会と関係があるのですか?」 「ん?」 少し、疑問があった。それをぶつける。 「ああ、そうだ。禁衛府の裏にあるセントシュラウドのことだろう?聖骸布教会という由緒正しいものだよ。遠京王大都カストラ・タウリノールムのパレス・アヴァン、若宮が暮らした教会だ」 ベルベデーレの、かつての居城。それが、赤線区域に眠る小さな教会の正体。驚きは、少し。かつて本国が、リューヴに組み込まれていた事実を、如実に表していた。その信仰対象に、神の衣服が祀られていたのだろう。 「昔の、話だよアマリア。神話に似てる。だから、気にすることはない」 「いえ」 「神に叛く、と人は言うだろうが。我々が生きているのは、神のいない、今なんだ――――」 神など、いないと。神は言った。 自分を否定しているのだろうか。それとも、否定しなければならないからか。オフェリアは、フォーレではなく。ネブカドネツァルなのだと。悲しい、響きと共に。 「明日にでも、諸将を集める。君も来なさい」 オフェリアは、微笑を続けて頷いて。優しく、甘いまま、神に立ち向かおうとしていた。
戦況は、思っていたより悪い。 昨年の暮れ、太陽系トリトンにリューヴ国軍が集結中という情報を得て、ヴェルブングが外征軍団を率いて出陣した。数はほぼ全軍、百万近い。対するトリトン軍はSSU軍を主体に、百二十万。 ネアポリス星系に残留していたSSU軍は五十万まで数を増やし、二十万のリューヴ軍と連合してレグルス星系を攻める姿勢を見せた。トリトンと呼応して、二百万で攻めるのだろう。これを知ったオフェリアが、近衛軍を率いてレグルスに入った。年明けすぐの話である。 ノティオンにはリディアーヌ・フォリアの軍が八万ほど。これにルテティア・パリシオールム軍が加わって十万となった。さらに太陽系同盟の十万が入って二十万に膨れた。そしてウルサ星系に二十万ほどのSSU軍。これも、レグルス侵攻を考えている。アンドロメダ側の動員数は、二百二十万ほど。 フルジア軍は、第二総軍の百五十万に加え、オフェリアの近衛軍二十万がある。それでも、足りそうにはなかった。 「トリトンはヴェルが抑えるだろう。問題は、レグルスだ。七十万でマンティネイア方面の九十万と、ノティオン方面の二十万と対峙しなければならない。だが、忘れたか。我々は裏切り者を討つために、ここに来ている。守るためではない」 ノティオンで、軍議となった。シャルンホルストやフィアの姿もある。 「レグルスの守備は、ヴァルトラウトに近衛軍を与えて、七十万で守らせる。我々は、二万でフォリアを殺せばいい」 二万で、二十万の軍を倒す。正気の沙汰ではない、とアマリアは思った。確かに七十万をヴァルトラウトが指揮すれば、レグルスは守れるだろう。そしてオフェリアの言葉は正しい。先帝を裏切ったリディアーヌ・フォリアを殺さなければ、フルジアは前へ進むことが出来ない。 「何を、怯む。例え最後の一兵となっても、フォリアを殺すまでは、死ぬことはない」 無謀か、狂気か。いずれにしても、正気ではないと思った。 「援軍も、背後もない。ただ、フォリアしか見えない。占領を考えるな、敵兵を見るな、仇だけを見よ」 ――――暗殺。一瞬、オフェリアの考えを、見通した。二万で攻める姿勢を見せて、混乱の最中、フォリアを暗殺する。もしやオフェリアは、それを狙っているのではないのか。 そう思うしかない。二万では、どう考えても、勝ち目など無い。
「出陣する。友を集めよ。今こそ、今こそ、屈辱を雪ぐ時ぞ――――!」
オフェリアの言葉が、熱くなった。そうだ。一番、悔しいのは。このオフェリアに、違いないのだ。 よくぞ、耐えた。よくぞ、待った。全ては、この時の為に。 意志は、決して砕けぬ。 時は来た。仇討ちの槍。誓った想いを、今こそ、今より、解き放つ。
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