森を歌い、海を鎮め、陽を従えて、空を掴む。

 銀色の風と紅色の月。

 原初を創造し、世界を維持し、大空を切り開く。

 築くアルバ・ロンガの街。浮かぶアルゴナウティカの船。揃うアルゴノーツの英雄。

 統べる麗人は潔癖なる白。夏の雪が世に積もる。

 名をフィルウィリミテア。創造こそ神と呼ばれる所以たる証。

 

 リューヴはフラリス市にある巨大な公園。広大で、人は多いが誰の目につくわけではなかった。遠目には空を貫くオベリスク。神々の名が刻まれた刃の記念碑。歴代のリューヴ王、フィルウィリミテア教の神に数えられる王族の遺蹟である。

 星の数ほどあるベンチのひとつ。そこに腰掛けていると、待ち人がやって来た。それとなく、自然に人を払っている。彼は隣に座って、大きなため息をしてから苦笑するように微笑んだ。

「聖教も政治も関わらない場所、というのは難しくて。ここくらいしか思い浮かばなかったんだ」

「それは結構。早速本題に入ってもらおうか」

「せっつかすねェ、イザーク。ここはもうちょい、ゼクスの野郎を働かせようぜ」

 カルディア・ベルテシャツァル大統領は困惑した様子で、うろたえている。彼の腹心となったセシル・バルツァーがいらない気を遣って周囲の人払いをしているのはわかっている。目の前に座るアンドロメダの盟主に、リゴレットは呆れ、イザークは失望していた。

 若いというのもある。だが、致命的に彼には、何かが欠乏していた。フルジアという強国を相手に戦う指揮官には、およそ見えなかった。別段、有能というわけではない。カリスマであるわけでもない。ただ、いるだけだ。

「あの、歌姫救出を指揮した三人のうち二人、というのを聞いて。依頼したいことがあります」

「そんなことはわかっている。さっさと本題に入りたまえ」

 大統領だろうが全く気にせず、イザークは苛立ちを隠そうともしない。もう随分、前の話だ。三年前の一件は、戦争介入を拒んだリューヴ軍により依頼された。だが今回は、単なる大統領個人の依頼だ。

 今まで傀儡のようにしてきた大統領。いざ戦争になるとツェルニーに全てを委ね、追撃をしようとしたところを強権で止められ休戦にしたが、それも破れた。今、カルディア大統領の立場は非常に弱いものと思える。実質的な権限は、軍部を握るツェルニーにある。

「何だ、ツェルニー暗殺か?」

 リゴレットは冗談めいた口調で、核心を言った。カルディアにとって、権勢を取り戻すにはそれしかない。だが彼は首を横に振った。ツェルニーが死ねば、誰が軍を見るのか。代替するものがいない。だからツェルニーは、どうしようもないのだ。

 そして、その決断さえ出来ない大統領だった。名君か、暗君か。イザークは後者と見ている。だがスコア・カデンツァよりはいい。彼は暴君なのだから。

「デルフィオーレを、知っていますか?」

「知っている。ジオット・フィオーレ氏の邸宅のことだな。敷地を利用し、ノア・リーティア氏らファンダメンタリストと、フィルウィリミテア教の要職につく者たちが政府の目を盗み会合をする集まりだ。いや、こう言おうか。ドグマリストの本拠地だと」

「神皇がついたことで権勢は増した。ディファイアンスやらオーダー・ユニットやら横の繋がりも見えてきてるぜ。神皇の周囲じゃ簡単に人は生き返るのかね」

 オフェリア、と呼び捨てにすることは憚られた。どこでどのような目があるかわからない。恐怖政治だ。いつからリューヴはあの男に支配されるようになったのか。

「デルフィオーレは危険すぎる。ベルベデーレでさえ手出しができないという現状だ」

「なんです、それ?」

「知らないのか。ベルベデーレとは五人のリューヴ皇族とリーティア氏、フォーレ氏のことだ。貴方が奪った土地から追い出された王様たちだ、そこに書かれたな」

 オベリスクを指差し、イザークは目を細めている。ベルベデーレ。フィルウィリミテア教で神と指名された者たちが、どうして迫害されているのか。代わりに立っているのは、レアティーズ・スコア・カデンツァという偽物に過ぎない。

 スコアは裏からリューヴを操っている。外から見ていると、それがよくわかった。その中枢となっているのが、デルフィオーレだった。

「……話を続けます。混血リューヴ人、それも第二世代、第三世代といった近親者が続々と殺害されています。バルツァーの調査によれば、デルフィオーレが関与していると」

 リューヴ内外に住む第二・第三世代ニューレイスが消滅しつつある。父母、あるいは祖父母が純血リューヴ種であるという人物たちだ。現在のリューヴ=レイス種はハイネ、アルエ、リーティア、カデンツァの四者と、リーティアの息子二人、それからフォーレの双子姉妹の八名だけだ。

 さらにベルベデーレの五名を合わせ、十三名。これが神の全てだった。他に血を受け継いでいる者が、続々と失踪している。ただでさえ薄まっている中で、混血となった者はほぼ一般人と変わりはない。身体的特徴も見受けられない。

「スコアは彼らを集めているようです。デルフィオーレの資金と、ディファイアンス。心当たりはありませんか?」

「ディファイアンスとは、最悪だな。大統領官邸に忍び込むよりキツい場所だ。あのセキュリティは異常だろ」

「スコアの目的を考えれば、自ずと知れる。奴は何がしたいか。奴にとっての一番の敵は?」

 ――――オペラ・レーヴェ。フルジア皇帝でしかない。

 

 リューヴ政府から正式にデルフィオーレの調査を依頼された。資金や権限で困ることはなくなったが、手駒は相変わらず少なかった。ティアの帰国は知っていたが、まだ時間がかかる。翌年になるだろう。今はリゴレットとイザーク、それにアルエ女史だ。

「正直、言うぞ。戦闘ならまだしも、こういった手合いはアイツがいなきゃどうにもならん」

 兵を揃え、敵の陣地を奪うことは得意だ。だが潜伏しながら調査をし、情報を収集する戦闘は、リゴレットにとって未知の世界だった。三年前にオペラ・レーヴェと共にアンドロメダに潜入したことはあったが、あの時の要はオペラにあることで持ちこたえられた。あるいはフィアの助力もあった。

「同じくだ。ゼクスも別件で調べてはいようが、相互関係であり協力は無理だ」

「ディファイアンスってばウリエルを作ってるトコロでしょ?下手に戦闘になったら、多分ムリですよ?」

 無邪気に笑いながらアルエは恐ろしいことを言う。オペラの量産。その光景を想像し、鳥肌が立った。

「絶対無理です。ま、量産なんざありえないけどな。そもそもオフィーリアのクローンを作る、ってだけならもう達成されてるわけだ」

「しかし、オルフェオ・フォーレによって破壊され、復活している。復活しなければならなかったのだ」

 市街と郊外にあるディファイアンスという機関。国立であり政府に属する一機関だったが、十二年前にテロ行為を受け壊滅。以後は民間団体として独立しつつも行政にも加担している医療チームだ。生物工学研究所、というのが正式名称らしい。

 どういう機関なのかと問われれば、病院としか言えない。複写を利用したクローン技術の医療転用。あらゆる情報を公開し、政府官報にて提示するとされているが、官報など読んでいる人間は希少であり、有名無実と化している。ただ、調べれば調べられるというものではあった。

 手術費用も莫大なもので、利用する人間は少ない。著しい腕の欠損によってコピーするしかない、といったような状況はまず起こりえないからだ。重要でありながら、誰も認知していない機関。

「オペラの一人や二人なら何とかなるだろう。行くしか、ないな」

「アルエはどうする?まさか、ついて来るのか?」

「うんにゃ、断りますよソレは。しばらくはホテルにいるから、困ったらおいで〜」

 リューヴ=レイスのアルエ、という名目を利用できることもあるかもしれない。そうなった場合は、遠慮なく使ってくれと彼女は言った。恐れることはない。こちらの背景も、なかなかのものなのだ。

 

 しっかりとフルジアの防具で身を固め、上から衣服で隠す。拳銃だけを武器に、イザークとリゴレットは市街のディファイアンスへと向かう。郊外の研究所に比べ、敷地も狭く警備も手薄だったからだ。こちらは研究所というより、本部や司令部に見える。

 もちろん、潜入方法など浮かばない。そもそも、正体を隠すほどの人間でもない。正面から強引に、玄関を爆破して潜入した。鳴り響く警報を真上に、物陰に隠れて人が去るのを待った。警察や警備が来る前に、移動する。

 廊下を歩きながら、出会った人物を打ち倒す。強盗のようなものだ。警官の五人や十人なら、切り抜けることも可能だろう。

 いつものように、トイレに入った。そこから端末にアクセスし、敷地内の地図を浮かび上がらせる。

「会議室や貴賓室ばっかだな」

「面白そうなのは、所長室だろう」

 研究施設、というわけではなさそうだった。だが情報が集められているのはこちらだろう。そして集約するのが所長の役割でもある。トイレから出て、すぐ横にあった階段を上った。一気に四階まで駆け上がる。

 出会い頭に、兵士と会った。兵士だ。軍。リューヴ国軍の兵士が、いる。咄嗟にリゴレットは銃を引き抜き、発砲した。三人。四人目をイザークが射殺していた。銃もフルジア軍のもので、リューヴの装備とは比較にならない。

 軍が警備に当たっている。二人はにわかに緊張し始めた。民間企業という体裁をとっている以上、警備会社、あるいは警察でもいい。こういう事態に軍人が顔を出すはずがないのだ。

「どうも、変だぜ」

「絶対に知られたくないものがあるのか。ふん、これでは私の知識も役立たん」

 イザークはトイレで警報装置の遮断などを行ったが、不毛な結果に終わった。警備会社に務めていた彼女ならではの方策があったが、いずれも潰えている。そうこれは、警備などではない。軍による管理、軍による防衛である。

 所長室に向かう途中、兵が続々と集まる。三人、五人、果てには十人。リゴレットは被弾しながらも、アーマースーツが完全に銃弾を遮断していた。無傷。敵の弾丸を弾きながら、すでに二十人は相手していた。二個小隊には匹敵する。

 中央の階段に入り、五階へ。踊り場で会戦。上下から弾丸が降ってくる。

「上を突破するぞ」

 銃で上階を示し、頭を下げて階段を一気に上った。腕で顔面をフォローしながら、五階に出る。体当たりをするように前衛の兵士を押し倒し、リゴレットはそのまま首に肘を落とした。立ち上がり、発砲する。弾が切れる。素早く弾倉を入れ替え、その間に残った敵をイザークが撃っていた。

 下から敵が接近してくる。目で方向を合図し、右に出た。ぐるっと回った反対方向に所長室に通じる階段がある。右から回り込む。

「しっかし、この数は何だよ。多すぎだろッ」

 愚痴りながら、六階に。所長室の前。ドア。見えた。

 敵が、多い。二十人はいる。リゴレットはひるむことなく、敵陣に躍り出た。射撃しつつ、蹴りを回す。兵士たちは近付きすぎている。銃を構えるより、早く。敵のただ中に。

 イザークはやや遅れた。戦闘は、リゴレットの役目だ。半数ほどを打ち倒し、引き金をひきつつ空いた拳を振るった。さらに足を続け、体を起こして再び発砲する。残りは、六。いや、五。

 二人、撃ち漏らした。階段を転げるように落ちていく兵士を見ながら、素早く、ドアノブに手をかけた。そのままドアを開け放ち、銃口を内部に突きつけた。声が出る。おや、とリゴレットは思った。そして、驚いたのだ。

 

 中には、三人。デスクに座った女性。その隣に立つ男。そして、対面に立って銃を突きつける男。どうやら先客がいたようで、兵士が多かったのもそのためだ。

 銃を持った男は左手でこちらを制止した。素早く目だけを動かし、リゴレットを見た。

「『カント』。何をしている」

 見覚えのある顔だ。そしてイザークも知っている。

 彼は銃口をデスクに向けたまま、少しだけ緊張を解いたようだった。ルイ・シャルパンティエ。長い髪が揺れる。後ろに下がりながら、道を作る。一対二の状況から、三対二になったのだ。

「少佐、オレぁ全く意味がわからないんですがね」

「説明する。そちらの偉そうな女史がマルガレーテ博士だ。その隣がオペラ・レーヴェ、元クンスト・ヴェルク序列二位エージェント。もっとも、単なるコピーだがな」

 リゴレットも銃を構えている。コピー、と呼ばれた青年に銃口を向けた。確かに、記憶にある少年の姿ではなかった。もっと男らしい、精悍な顔つきな人物だ。ツヴァイが行動をしている、という空気はあった。ルテティアで別れた後、ユーロパかリューヴか、オペラの所在が二つに割れたのもそのせいだ。

「撃つといい、シャルパンティエ。その男はもう、用済みだ」

「御免だ。何一つ、貴様の思い通りにはならん。出て行け、アンドレア・ウェーバー」

 ウェーバー、と呼ばれた青年。その表情は暗く、感情は読み取れない。彼は動かなかった。ただ、そこに立っているだけだ。

「オフェリアの記憶が何者かに奪われた。その持ち主が、どこかの純朴青年だ。哀れなアンドレア、自分をオフェリアと思いきっている」

「少佐、では?」

「構わん。オフェリアの記憶は取り戻されている。我々にとっても用済みだ、その男はな」

 銃口が再び、博士に向いた。すでにシャルパンティエはウェーバーに興味を失ったようで、見ることさえなくなった。

 後ろを向く。イザークがドアを封鎖している。逃げ場は無い。確認しながら、リゴレットは前に歩き出した。何があるかわからない。銃をしっかり向けたまま、女史に迫る。

「貴様、何を企んでいる。スコアを使って何を狙う?」

「世界平和、なんてのはどうだ少佐?」

「断る。支配政治の間違いだろう」

 デスクの正面。シャルパンティエとリゴレットは左右に分かれた。ウェーバーを軽く突き飛ばし、左右からマルガレーテを挟む。正面からはイザークが牽制をしていた。女史は椅子に座ったまま、余裕があった。

 何かを狙っている。だから余裕がある。諦めた人間の顔ではなかった。警戒したまま、銃を突きつけた。

「いいか、シャルパンティエ。そしてリエンツィ軍曹。君たちは、世界は誰が支配していると思う?」

 少しだけ、彼女の顔つきが変わった。険のある、研究者らしい難しい顔つきになる。誰も、答えない。自問だったのかもしれない。マルガレーテは、神だよ、と回答をして立ち上がっていた。照準が上に。だが何かを持ったわけでも、逃げようとしたわけでもない。

「確かに実在はしたのだろう。だが今はいない。過去の幻想に追い回されて、今を生きるのか。それはね、違うと思ったんだ」

「宗教の否定か。貴様、デルフィオーレの人間ではないのか?」

 シャルパンティエも、顔が変わっている。多分、リゴレット自身も変わっているだろう。驚き、怒り、複雑だ。

 

「いや、アレはアレで良い。わたしは、神を認め、創造を認め、その上で、人を認めているのさ」

 

 故に、ディファイアンス。ここは神への叛逆の、砦。

「太古の神が現在の人を支配するのなら、抗う。何を企むと言ったな、シャルパンティエ。答えは簡単だ。ここは神様にケンカを売っている場所だ」

 自信。プライド。その強さに、たじろいだ。大見得を切っている。だが、決して無力ではない。叛逆の砦。いつしか、引き金から指が外れていた。

 ドアをノックする音に、振り返る。イザーク。ドアが強引に開け放たれ、新たな登場人物が時代を彩る。

「――――まさか」

 言葉を失った。イザークも同様に、立ち尽くしている。リゴレットからは見えなかったが、おそらくシャルパンティエも同じだっただろう。きっと予想はしていた。だが、理解はしていなかったのだ。

 

 オフェリアが、四人。

 それぞれの服を着て、それぞれの髪型で、立っている。

 

「君が驚くとは、リエンツィ軍曹。見ているはずだ、虚偽の聖城で」

「いや……違う。コイツら、『本物』だ」

「ご名答。試作型エクザミネイションでも自然型デリヴァランスでもない。彼らは、『進化型エヴォルブ』だ」

 レプリカ・セイクリッドで一度見ている。あの時はオペラが、ギリギリのところで殺害した。どこかぎこちない、試作型。だが目の前の四人は、洗練され、ある意味オペラより、オフィーリアらしい感じを受けた。

 作られた時期がある。試作を経て、三体の自然分娩が実験され、そして進化型が生まれた。

「エヴォルブ・オフィーリア。デリヴァランスの完成より歳月を費やした発展。これは宣戦布告だよ、シャルパンティエ。アデレードがスコアの手にある以上、君らの切り札はオフェリアだけだ。そのオフェリアもフルジアに立ち、デリヴァランスの助力は不可能。カティア・フレーニなど屈服させるに容易い、カルディアの小僧もやがてひれ伏す。その世界に生きていたければ、叛くな。これは警告と思いなさい。まぁ、オフェリアを手にしたとしても、どうせエヴォルブには敵わない――――」

 三体の男性型と、一体の女性型。いずれも、年は二十歳前後だ。警告は、終わった。無言の威圧に耐えながら、リゴレットは銃をしまった。帰りたまえ。マルガレーテはそう言って。

 憎々しげに唇を噛む、かつての上官がそこにいた。

 

 シャルパンティエとはその後、会話をした。エクザミネイションのオフィーリアと戦闘を行ったことを中心に、話題はもっぱら、デルフィオーレとディファイアンスのことだった。

 試作型は出力が不安定で、弱い。デリヴァランス・オフィーリアは二体揃わないと実力を発揮出来ない。となると、エヴォルブ・オフィーリアは四体が個別に活動をしながら実力を発揮するタイプだとシャルパンティエは言った。

 スコアは着々と手駒を増やし、ツェルニーを思う様に操り、カルディアを通じてアンドロメダ全域に精通している。今までは、権威だけだった。権威を使ってカルディアを利用していただけで、実力は無かった。だが今は、着実に戦力を整えている。

「アンドロメダとフルジアの違いはな、覇権ということだ。先帝ゲルトラウデは間違いなく統一を目標に、世界の覇者たらんと思っていた。カルディアは守ろうと思っていた。この差があった」

 今は、どうだろうか。スコアは覇者を目指していることに間違いはない。一方のフルジアも、力を蓄えている。いや、立ち直ろうとしている。世界の情勢は大きく変わる。四人のオフィーリアと共にスコアは進軍をするだろう。その時、オフェリアはどう戦うのか。

「そんなことより、少佐。こんな場所にいていいんですか?」

 フラリス市内のホテルだった。アルエとは別の宿だ。シャルパンティエは公安当局から指名手配されている犯罪者であり、その中枢であるリューヴに潜入するとは大胆である。リゴレットの心配をよそに、彼はただ笑うだけだ。

「アレはフレーニを援ける方便だ。力はまだ地下にある」

「で?ナニやらかそうってんですかアンタは」

「間抜け。何もあるまいよ、この情勢ではな。明日の朝、生きていられるかもわからん」

 フルジアの拳銃、ヴィラスを手入れしながら話を続けた。イザークはもう眠ってしまっている。今日の戦闘では、意外と役に立ってくれた。補佐としてはあれぐらいでよかったが、やはりティアのようにはいかない。

「帰れると思うか?」

「まず、無理じゃないかなァ」

 

―――――――――――――――――――――

Mond---Lucia Antigone Barca

May. 28, Neo.Globe.0321

Ruve Floris(South Area City)

 

 大火。燃え盛る紅蓮を駆け抜ける疾風。

 短剣と銃。腕に具えられた二つの意志。折りたたまれた右腕は必殺の光弾を放ち、伸ばされた左腕は確殺の風となっている。同時。二人、三人と障害物を排除し、市街中央に足を踏み入れる。ゴーグルで遮断された視界。薄闇の世界を紅が染める。

「任務完了です、ツヴァイ。狐どもは集めました」

 無言で頷く。数名の部下が駅前に集められたシーリア人を包囲していた。駅があり、都市だとしても田舎には違いない。市街全域を制圧するのに、それほど時はかからなかった。包囲網は自身のコネクションを利用しており、近衛師団が炙り出している。

 それも、すでに終わった。竜騎士団は駅前の治安維持を始め、広場に集まっているのはクンスト・ヴェルクのレギュラーだけだ。あまり、こういうことは軍人にやらせるべきではない。

「ズィーベン、首謀を出せ。フュンフ、動いた人間は射殺。アハトは竜騎士団に索敵範囲を広げるよう指示、エリアは任せる」

 素早い言葉。銃だけをホルスターに戻し、短剣を持ったまま巨躯に連れ出される人物を眺めた。

 シーリアはフルジアの保護国である。実質的な占領地といっていい。反乱は、死罪。謀議も同じくする。国家転覆を狙う、否、独立は絶対に許さなかった。これは反逆である、と銘打って。即座に反逆者を討つのが任務である。

 ズィーベンが連れてきたのは、年端もいかない女性だった。自分とさほど年は変わらないだろう。二十歳前後の女性は怯えるように、しかし背後の威圧に耐えかねて前に出た。

 その太腿に、無言で刃を突き立てた。嫌な悲鳴が耳に残る。

「理由の如何を問わず、内乱は死罪。国家存立を保益するためである。わかるか?」

 刃は、まだ抜いていない。口を右手で押さえた。喋れない。悲鳴が、嫌に残るような粘着な音だったからだ。口を押さえる手に力をこめ、圧しながら刃を左右にねじった。筋肉組織が断裂していくのが、左手を伝ってはっきりとわかった。

「本件は未遂。だが予備、あるいは幇助も適用される。騒乱罪でもいい。首謀でなくとも、共謀、教唆でもアウト」

 何故、死ぬのか。それを説明しているのだ。死は免れない。確実に、殺される。ようやく、左手の短剣を引き抜いた。右手はまだ口腔を握ったままだ。涎と涙が、右腕を伝う。未練。生への執着が、腕に絡みついてくる。

「最後に、一つ教えよう。ここはシーリアではない。フルジアだ」

 右手を離した。目の前に立った女性は、独立を目指す若き革命家だ。自分の足で、この星に立ちたい。野心というより、崇高な夢だ。触れた者を魅了し、その信念を貴いと思う夢。首謀は他にもいるだろうが、彼女は間違いなく、汚れない夢を持ってここにいる。

 涙。目尻をあげ、凛とした視線で正対して来る。権力に叛く目。夢を追う目。抗うように、背を向けた。もう作戦は終わった。後は帰るだけだ。

「――――お前に何がわかるというのだ。傲慢なる女王の狗となって権力を振り回す、お前に」

「フィア」

 初めて口を開けた女が喋る。銃を引き抜いたフィアを制して、背中越しに続きを待つ。ズィーベンに片腕を握られたまま、右足に深い創傷を負っても、なお。彼女は凛々しいまま、貴くそこにある。

「私は、ただ自分の足で、故郷に立ちたいだけなのに。それが人だ、自由だろう。お前にそれを止める権利があるのか」

「ある」

 即座に、彼女の言葉を否定した。その目が怒りに見開かれていることだろう。燃え盛る紅蓮。まるで、この町のようだ。

 

「……勘違いだ。人ではなく、家畜だろう」

 

 面倒になった。きっとこの人間は、もう役に立たない。拷問をしようが、洗脳をしようが、使えるとは思えなかった。ただ強い信念だけが、ある。それが最も、邪魔だった。

 その見開かれた瞳に、振り返りざま、短剣を突き立てた。崩れる。ズィーベンが手を放し、女は大地に横たわった。即死だろう。確認する必要もなかった。手を上げ、振り下ろす。部下たちは一斉に射撃を始め、反逆者たちを滅ぼした。

 

 シーリアからの帰途。フィアから報告を受ける。町を脱出した数名がいる。それを、気にすることはなかった。あえて何人かを放置していた。それを政府に報告し、各総督にも教えておく。対応によっては、内通者が見えてくる。

 案の定、デケネイア総督が過敏に反応していた。即刻、逮捕して処断すべきだと言い募っているようだった。他の総督たちは沈黙を続けている。やはり無能で厄介なのが、デケネイアにいるということだ。反乱分子を炙り出すために放逐した、と認識していない。

 そろそろ、うるさくなってきた。総督を消す方策を考え始める頃だろうか、と思った。

「オフェリア殿下、自分は先週より生家へ暇をもらっていました。帰るのは翌週です」

「そうか。わかった、ありがとう」

 遠回しにフィアが気を遣ってくる。彼女を弟子にし、家に住まわせていた。それが妻の感情を害していることは、わかっていた。どうしたものかな、と悩む一点である。今回はフィアが折れてくれるということらしい。

 感謝を強調し、しばし、目を閉じる。家はすぐそこだ。

 まだ悲鳴が、耳に残っている。いつまでも消えそうにない、粘着質な音。まるで呪いのようだ。眠りを妨害し、思考させることを強制する呪い。だが考えることなどない。今の役割は反逆者の処断であり、役はきっちりと演じきった。

 果てのない泥沼の中、艦を降りた。迎えの車に乗って家に帰る。体が重い。疲労もある。睡眠不足というのもある。だがそれだけでは、決してない。

「……ただいま、ヴィオレッタ」

 返事は、無い。居間に入ると、ソファに寝そべってお姫様はテレビに夢中だった。

「知りません。帰って来る約束、無視する人なんて」

「……ごめん。ちょっと色々、あってさ」

 機嫌が悪いようだ。顔さえ向けず、ごろごろとソファの上で遊んでいる。それを見て、少し心が和んだ。家で遊んで待っている人がいる。それだけで、家に帰る気持ちが強くなる。たとえ世界を敵に回しても、彼女はここでごろごろしている人だ。

「――――オフェリア。何か、あった?」

 名前。呼ばれた。ピントがヴィオレッタに合う。彼女はこちらを見ている。この目を。汚れなどないキレイな瞳で。少しだけ眉が寄って、心配をしているのかもしれないと思ってもみる。

 ウソを言う。原住民とはソリが合わない。政治は難しい。何でも言えた。真実でなければ、だ。いっそブチまけてやりたい、と思う。本当は軍の指揮官で、国の諜報員だと。だがきっと、それは全ての終わりと同じだ。ヴィオレッタはここから消え、居場所がどこにもなくなる。

「仕方のない旦那様だこと。ほら、おいで」

 両腕を、広げて。彼女は笑顔になってくれた。それだけで、幸せだと、思える。

 

 飛び込んだところで、私は目が覚めた。

―――――――――――――――――――――

 

 下界より上り詰める。天界より降り迫る。窓を割って内部に侵入したソレは、見覚えのある顔。ホテル。その中。上下に切り離された虚空にて、戸惑う。

「無駄だ、逃げられん。三人を逃がせとマルガレーテは言ったが、オレは断る」

「……オフィーリア――――」

 軍服に身を包み、ティアの持つような剣を一振り。両手で握るような長い柄の剣だ。エヴォルブ・オフィーリアは窓際に立ち、両手を広げて威圧してくる。飛び起きたイザークをドアの近くに立たせ、シャルパンティエをその横に。前衛は、リゴレット。

 どう逃げる。完璧な包囲だ。建物内に対する強襲作戦としては、見事なものだった。上下から攻め、室内に飛び込む。退路は、おそらく無いだろう。

「違うな、リゴレット・リエンツィ。オレは、ゾンマー

 四兄弟。春夏秋冬のコードネーム。次男の役目を与えられた第二エヴォルブ・オフィーリアは酷薄な笑みを浮かべて一歩、前に出始める。後退するには、今しかない。

「少佐」

「ああ、また後でな」

 それが、合図。ドアを蹴破るシャルパンティエと、オフィーリア・ゾンマーに飛び掛るリゴレット。イザークはシャルパンティエに続いて室内から脱出した。

 廊下。エレベーター・ロビー方面から敵が迫る。背を向けた。シャルパンティエは非常階段の方へ向かっていた。重い鋼鉄のドアを蹴破るようにして開けて、飛び出る。下。上。双方から高らかな足音。

 迷わず、シャルパンティエは上へ駆け出した。賭けである。下より上の方が手薄なはずだ。屋上へ抜け出した後のことは、考えなかった。まず抜け出すこと。この包囲から逃れることを最優先とした。少しでも、生命を長く。

 ――――蒼い、光。眼前を、揺らぐ光が。

「少佐殿っ」

 シャルパンティエを突き飛ばす。貫く光、イスラフィル。見覚えのある力が目前を通過し、階段を砕いた。連射。下から放たれるイスラフィルを、服一枚分で回避する。

「またエヴォルブか――――」

「イザーク、上階だ。上からはイスラフィルが来ていない」

 追い込まれている。だが立ち止まれない。急かされるように、崩落する階段を蹴上がっていく。追い詰められる。きっと上階には待ち伏せている部隊がある。今、死ぬか。五分後に死ぬか。その程度の違いしかないだろう。

 避けそこねたのか、シャルパンティエの足跡に血が残る。イザークの体に直撃はしていなかったが、ところどころ服が焦げていた。耐熱効果もあるアーマースーツさえ、焦がす。おそらく直撃なら、保てるかどうか微妙なところだ。

 ビルの屋上へ通じるドア。敵はもう二階ほど下に迫っている。ドア。開けた。シャルパンティエが倒れるように飛び出し、イザークが続き、ドアを閉めた。

「……間に合ったか。手遅れかと思ったぜ」

 二十人ほど。同じ顔、同じ体格の敵部隊。ただ一人のクローンを、量産した複数なる個体。その全てが、オフィーリア。

 煙る天界。無造作に積み上げられた死体の山に、女皇が座る。

 

 武宮ナオミは挑戦的に笑っている。オフェリア部隊の死体から目を離し、シャルパンティエを見た。

「どうして、ナオミさんがここにいるのだ?」

「オレの居場所で暴れられるのは好きじゃないんでね。ほら、来いよ。怪我治してやる」

 アルバ・ロンガの守護者は立ち上がり、シャルパンティエの腹部に片手を当てた。余裕を感じさせる表情に、イザークは安堵する。おそらくオフェリア一体さえ、自分には倒せない。バケモノの相手は怪物に。その師匠たるナオミの強さに、否定する言葉は浮かばない。

 リゴレット。救出を、と神に願う。手短に状況を説明すると、ナオミは難色を示した。空間を転移して急襲したはいいが、ハイネほどの力はない。せいぜい、数キロメートルを移動するくらいだ。

「オレが倒せるのは、せいぜい贋作だ。エヴォルブには勝てん」

「何故?」

「記憶さえ共有しているコイツら脳無しは、動きがバカ弟子と寸分違わず、同じなのさ」

 出血で気を失ったらしいシャルパンティエを片手に担ぎ、ナオミは手を伸ばした。

「逃げるぞ、イザーク。リゴレットは捨てる」

「馬鹿な、ナオミさん」

「うるせえ、文句は聞かん」

 強引に、腕を掴まれる。瞬時に、空を飛ぶ感覚。時間と距離を跳躍し、一瞬の果てにアルエのいるホテルにまで跳ばされた。

 着地。振り返る。リゴレット。

「……アルエに保護を。必ず、生きてここを脱しろ。絶対に、あのバカに伝えろ」

 夜の闇に、ナオミが消える。強大な力は敵にある。一人ではなく、四人。そして大量のオフィーリア。今日、起きた出来事は必ずフルジア皇帝に伝えなければならない。どう動くかわからないが、偽者を殺せるのは本物だけなのだ。

 だが、オフェリアでさえ贋作。もう一人のオフェリアはまだ、眠ったまま楽園に。

 

 蒼く燃える左腕を顔面に打ち込み、終ぞ、リゴレットは動かなくなった。室内の椅子を弾き散らし、無様に横たわったタイタン人を、ゾンマーは見下ろした。剣を拾い、構えた。

 まさか剣を弾かれ、一撃を食らわされるとは思っていなかった。予想外の抵抗。だからこそ、勝負だったのだ。駆逐ではない。心胆、震える闘いだった。

 終幕。敵を一人、減らす。振り上げた剣を――――しかし振り下ろすことは、出来なかった。

「……ヘルプストか」

 背後。首筋を掴まれた。振り上げた格好のまま、ゾンマーは自らの意識が落ちるのを感じ、同時に地面に倒れた。

「撤収。二人はすでに逃げた。これ以上の作戦続行に意味は無い。兄を本部に」

 的確に指示を出しながら、運ばれた家族を見つつ、妹は倒れ伏した男に視線を移す。迅速に行動するオーダー・ユニットはすでに部屋からいなくなっていた。もうじき、このビルからも消え去るだろう。

 電話を取り出した。ここからは、誰にも見つかりたくない。

「使いを」

 一言だけ伝えて、彼女は屋内に出ようとした。

 

 無骨。目覚めた室内を一言で表現するなら、それだ。質実剛健、とでも言おうか。無駄な装飾などない。だが豪華。随分と立派な屋敷だろう、とリゴレットは予測した。

 体を起こす。柔らかいベッドの質感。骨が軋むような音がして、自らの体が治療途中だということに気付く。骨が何本か折れていた。頬骨も折れている。

「無茶をするな。黙って、寝ていろ」

 イザークのような声がした。体を倒し、視線だけをドアの方へ向ける。記憶はある。窮地を救ってくれた人物がいるなら、イザークかあるいは味方だろう。そう思って、金髪の女性を見送った。

 金髪。誰だ。イザークではない。シャルパンティエでもない。オフェリア。その言葉が脳裏をよぎった。

 強引に体を起こした。骨の痛みなど気にせず、目を凝らす。部屋にいるのは、金髪の美女。涼しげな表情をしたオフェリア。そうだ、オフェリアだ。一瞬、デルフィオーレで会った金髪のオフェリアに似ている。

「オフェリア、か?」

「ここはフルジアではない。お前の言っているのがフルジア皇帝であれば、間違いだ」

 ため息をひとつ。女性は足音を鳴らして近寄ってきたが、一定の距離を保って止まった。こちらの不安を見透かしているらしい。余計な衝突は避けたい、ということか。

「エヴォルブ・オフィーリア」

「そう、呼ばれるのが正しい。大丈夫。ここはバルカ邸で、私のコネクションだ。兄であろうとも手は出せないわ」

 多少、言葉が砕けた。アデレードとも少し、違う。オフェリアに似ていた。

「オレを助けたのか、オフィーリア?」

「そうだな、助けたのだろう。あのまま放置していたら逃げ出すのに面倒だった気がするからね」

 妖艶な唇が、動いている。よく似ている。ウェーブがかった金の長髪は無造作に伸び、目はややキツい。似ていないのはその程度だ。ぷくりと膨らんだ唇などはオフェリアにそっくりだった。昨夜、対峙したゾンマーは男で、まるで似てはいない。おそらく、オルフェオに似ていると思った。

 彼女はベッドの横にあった椅子に座った。目線はまっすぐリゴレットに向いている。顔が、上気した。頬骨のせいだ、と思い込む。

「……なんだって、バルカ将軍の家なんだ?」

「幼い頃から世話になっている。可愛がってもらっているのだろう。だから困った時には甘えるようにしている」

「はぁん。オフィーリアって言ってもディファイアンスに閉じこもっているわけじゃないんだな」

「私と弟だけだ。兄たちや量産型は常にディファイアンスにいる」

 問答は、正確すぎた。問えば答える。それ以上でも以下でもなかった。

 

 昼になると、食事を運んでくれた。体を起こし、ありがたく受け取る。これだけ寝ていても危険がないのだから、彼女は信用に足る人物だと判断していた。というより、逃げるにも体の回復が追いついていないだけだったが。

「エヴォルブといっても、一枚岩というわけではないのだ。四人がそれぞれに、それぞれの思考と思惑を持って動いている。だから二号機のゾンマーは勝手に戦いを挑み、私は勝手にお前を助けた」

「やっぱ、レアティーズ・スコアに従ってはいるのか?」

「ディファイアンスがレアティーズと共同戦線を張っているからな。従う、というより協力関係にある。安心しろ。彼が今お前を殺せと言っても、私は断るわ」

「何で?」

「リエンツィ。私はお前に興味がある。お前が持つ情報にも。デリヴァランスを知っているから」

「ああ、知ってるぜ。二人ともな」

 知っていると答えても、彼女は口を閉ざしたままだった。何か質問があるのではないのか。そんなリゴレットの疑問に、答えることはなく。黙って食事に口をつけるだけだ。

 空になった食器を横のテーブルに置き、彼女を見た。逸らされた視線は虚空に彷徨っている。その斜めに構えた表情に、親友を思い出す。思えば、憧れていたのかもしれない。神などいないと暗く沈む性別の無い友に。

「……けっこう似てる、アンタはオフェリアに」

「褒め言葉として、受け取ろう」

 可愛げのない顔を上げ、鋭い視線がこちらを射抜く。どこか不思議な、魅力のようなものを感じる。無愛想でも、その人が持つ空気のようなもの。煌かなくとも、静かに震える輝きもある。

 それも、当然。相手はオフィーリア。いかに変貌を遂げようと、本質は、変わらない。

「助けてくれてありがとな。オフィーリア。いや……『ヘルプスト』か」

「ルキア・アンティゴネ。ここの者にはそう呼ばれている」

 どうやらお姫様は、コードネームが好きではないらしい。

 

 三日もすれば、立って歩けるほどに回復した。バルカの屋敷はリューヴにあり、市街地だ。捜索されれば、おそらく割れる。

 館の主人はシリウスで戦死している。どうやら、ルキウスの妻とルキアしか住んでいないらしい。高齢の祖母と、無表情の女性。エヴォルブは誕生から二十年前後が経過しており、その半分はここで過ごしている。孫のようなものだろう。

 ルキアはバルカ邸、四号機のヴィンターもまたリューヴ議員の館にいるらしい。上の二人だけがディファイアンスに閉じこもっている。ルキア曰く、四人にはそれぞれの意思がある。例えば、ゾンマーはひどく好戦的で、軍人として傑出した人物である。

 デリヴァランスが総合的にオフィーリアに近付いているように。エヴォルブは一つの事象に対し特化している。ゾンマーに政治は出来ないが、戦闘なら四人の中でも最高位という。そして四人が揃えば、かのオフィーリアさえ超越するかもしれない。人は一人では、何も出来ないのだ。

 そういった内部事情を把握しながら、リゴレットは今後について考えていた。

「ミシェル・アルエも姿を消した。セリア・イザークと共に、だ。ルイ・シャルパンティエのIDはゼルス空港で引っかかっている」

「何者かの介入があった、ってコトか。イザークめ、ドコに向かったんだ」

 二人は生きている。そして別行動のようだ。イザークは誰かの助力を得て、アルエと避難をした。あの状況を抜け出すには、二人だけでは不可能だっただろう。誰の助力なのか。リューヴ国内にて、デルフィオーレに影響を受けない人物となる。

「オペラに、会おう。この状況を看過できるとは思えないんでな」

 心中では、フルジアに傾いたオペラを取り戻したいというのもあった。再び、アンドロメダに帰ってこないものか。エヴォルブどもをエサにすれば、不可能ではないと思う。そして、また共に。戦うのだ。

「どうして、拘る。オフェリアと同じクローン、同じ姿、同じ能力、共有される記憶。確かに私たちエヴォルブ・オフィーリアは少し違うが、量産型は2b21226300XYと同じだ」

 何が、人であることを証明するか。

 それがもし、姿なら、記憶なら。クローンとして作られた彼らとオフェリアに違いはない。オフェリアが他の誰でもないオフェリアだという定義。それが何か、リゴレットには答えることは出来なかった。先日に戦った量産されたオフィーリアが、オフェリアだとはどうしても思えない。

 むしろ、このルキア・アンティゴネの方が、量産型より似ている気がした。

「経験さえ共有できるのに、何故、クローンは同じ答えに達しないのか。答えはそこだ。オペラが全て、なんて思ってねぇし。絶対正義、なんて有るとは思わん。アイツは行き当たりばったりに迷ってる。それが、信用する理由だよ」

「お前たちの思考はよくわからない。間違えるから正しい、などとは信じられない」

「会ってみることだ。アンタ、デリヴァランスだから敵っていう認識じゃねぇだろ」

 デリヴァランス・オフィーリア。出会えば、きっと変わる。最初に会った神様は、まるで頼りない、意固地な頑固者だった。自分の意見が無い、自己中心的な思考。

 出会いが、人を変えていく。

 

 ルキアは、護衛をつけろと言ってきた。アルエの保護があればイザークは襲われない。いくらデルフィオーレでも、本物のリューヴ=レイスに現状では手出しは出来ないのだそうだ。

 ゼルス空港ではノルマという女性が待っていた。どこかで見たような気がしないでもない。ただ思い出せなかった。深く、頭を下げて隣に。腕は立つのだろう。身のこなしは俊敏そうだった。何より、金髪と長い前髪。その奥に眠るもう一つの瞳。フィアと同じ、エル・ドラドの住人だ。

「ジオット・フィオーレに派遣されたのです、リエンツィ軍曹。フィリス・ノルマです」

「へぇ、デルフィオーレがねェ」

 敵が護衛につく、ということらしい。大胆な発想である。確かに今のところ、デルフィオーレ全体とは敵対していない。ごく一部だけだった。いずれは敵になる人間というだけだ。

 カウンターで手続きを済ませ、ネアポリス星系行きの旅客機に。フルジアに入るのは、並大抵のことでは不可能だ。前線で武力衝突は起こっておらず、事実上の休戦状態にあるが、いつ戦線を突破するかわからない。

「ウルサに。スターバーストを回避し、海の星へ」

 名を、バテン・カイトス。白黥、住まう海の星。そこに何かが隠されているのだとフィリスは言った。ウルサ星系はすでに制圧しており、フィルウィリミテア教団に言えば船は出せる。

 ふと気付いた。二つのカイトスがあるシーテス星系を経由する航路は、オフェリアの帰還ルートと同じだ。信用。フィリスは、どうやら安心していい相手ではなさそうだった。何かを探ろうとしている。デリヴァランスについて、何かを。

 ニュースを眺める。まだ世界のどこでも、戦いはない。時間の問題だった。スコアは勝利に向けて権威と力を蓄え、やがて世界を食らうだろう。オフェリアも勝利を収めながら、軍を動かしていない。この両者が衝突するのも、そう遠くない。

「まだ、離陸には時間がありそうだな」

 独り言のように呟き、リゴレットはシートから立ち上がった。デッキの方向へ向かって歩き出す。売店やカフェテラスを通り抜け、展望デッキに。側面部が全て透過している。壁面に向かって、腰を落ち着けてみた。

 しばらく、外の風景を眺めていた。空港の外。青い世界。

 不意に立ち上がって、足早にトイレに向かう。リネン室を途中に見つけ、素早く中に身を隠した。追って来る足音。目の前に音が立った瞬間、ドアを力任せに開いた。

 尾行者の鼻先を強く、ドアで殴り。よろめいた胸に腕を当てて廊下の壁に押し付けた。そのまま、腕を上げて首を固める。わずかに、隙間を空けた。

「ルキアは信用出来そうな女だったがな。答えろ、フィリス・ノルマ。お前の目的だ」

 苦痛に歪んでた顔が、少し落ち着く。首はまだ、絞めていない。喋らせるためだ。

「……それは、多分正しいわ。あの人は、何を考えているかわらかないけれど、信じていい」

 肘を。喉に押し付けた。えづくような音が感触として腕に伝う。無駄なことを話させるつもりはなかった。

 少しだけ、力を緩めた。質問を口にする。

「アンタ、どっかで見たな。所属は?どこの工作員だ?」

「言ったまま、デルフィオーレ。ドラドで、公安部隊を率いた」

 三年前を思い出す。レグルス星系でアンドロメダの公安に追われていた。あの時にはわからなかったが、追われる理由は確かにあったのだ。ガブリエル・ハイネの仲裁が無ければ、おそらく脱出は不可能だっただろう。

 公安に追われた理由。マルガレーテが、オフェリアを回収にかかった、というところだ。

「思い出したぜ。ネフィル、歩行戦車の隊長だ」

「僕はあの時、何としてもオフェリア様を止めなければならなかった。アデレード様が拒絶することは確実だったからだ」

「何だと?アンタ、どっちの味方だァ?」

 フィリスの言葉に、敵意は見出せない。よくよく考えれば、アデレードが拒絶してしまったのは当然だとも言える。レアティーズ・スコアがいたからだ。オフェリアが出たところで、今更、という部分はあった。

 せめて、悲しまないように。フィリスの言葉には、そんな響きがある。

「僕はドグマリストではないわ。十八年前、オフェリア様に救われた。だから僕は、あのお方だけを信じている」

「十八年、前か。ならフィリス、アンタは今の神皇が誰だかわかるか?」

「知っている。レアティーズ・カデンツァに違いない」

 迷った。信じるべきか、否か。

 立場上、敵対することはある。現にオフェリアとは敵対する間柄だ。タイタン軍はアンドロメダで、フルジアを率いるオフェリアと敵、となる。ならばフィリスも同じなのか。信仰と現実は違う、と。割り切った人間なのだろうか。

「十八年前、オフェリア様は泣いていらした。何故、救えないのかと。御身の非力を嘆きながら、僕を抱きしめてくださった」

 考えた。その言葉は真実なのか。判断が、つかない。

 

「そして僕は、死んだのよ。軍曹、僕はクローンです」

 

 混乱、したのだろう。それはまるで、この世界、全てが嘘で作られた気がして。

 嘘しかない。偽物しかない。本物など、どこにもいないのではないか、と。疑うことしか出来なかった。生きているものなどない。正常なものなどいない。信じるもの全てが、命さえも、嘘だった。

 まるで激流。戦うのは国でも星でもなく、この世界そのものだ。

 

 これが、神への叛逆なら。その世界は、あまりにも完璧すぎた。

 潔癖すぎて――――気持ちが悪くなった。

 

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