[ O d y s s e y ] /Believable Blue Blood "Opela, Canto, Isaac" |
| 私に流れる蒼き血は、父母より与えられた。 私に眠れる強き志は、次代を願うことで生まれた。 私という個人が存在する理由は、過去と未来から出ずる。 しかし。私という個人が存在する意味は、この私より生ずる。 期待に応え。願望を叶え。それでこそ、私が私である為の証明である。 ――――N.G.0298 Ophelia Gertrude Van Faure
1 「公安と歩行戦車はネフィルに任せ、リューヴに帰しました。残るは君の帰属だけですが、その前に腕、くっつけてくださいよ。前線まで来たからには、後はこちらで護送の手配を済ませます」 カントに背負われ、高山を進む。周囲には村を潰された住民たちもついている。この黒男がいる限り、フルジアに世話になるわけにもいかない。フルジアへの救援要請を断って、ドラド原住民の集落を目指していた。元より、こちらの面子はアンドロメダ寄りなのだ。 「……なァ、おい。コイツ誰だよ」 「単なる変態。会話すると移るから無視して、無視」 「馬鹿言ってられるのも今のうちですよ、ウリエル。貴方にはアデレード暗殺の容疑がかかってるんですから。その真偽、しっかりと確認しなければアンドロメダ領には入れません」 味方というわけではない。彼は何に対しても、中立だ。味方でなくとも、敵でもなく。ただ利害が一致した際に協力関係になるというだけ。公安局員の損失を防ぐために戦闘を止めたに過ぎない。そこに、我々を救うという理由は無かった。 デルフィオーレという名の庭がある。彼はそこの住人。そして歩行戦車を操縦していたネフィルは、そこの庭師。公安としてではなく、デルフィオーレ所属の局員が行動を起こしたということらしい。そもそも、「ネフィル」などという名前は偽名だ。架空の存在が襲撃をしてきた、という事実が残る。 今はまだテスト。だがもし、このまま進めばアンドロメダは敵になる。その見極めに、彼はやって来た。 「……見えてきました。あれが、山頂です」 「ほう。ドラドの空中楼閣、見事なものだ。どうやら、ウリエル。君は歓待されるようだよ」 谷の間に橋がかかっている。高山の頂上にはそれぞれ、集落が作られ、その橋で行き交いがあるようだ。案内されたのは最も大きい集落のようで、入り口らしき門の前には、かなりの数の住民が立って待っていた。 四つの高山はいずれも、四千メートル級の高さ。先ほど着地した地点も完全な谷底ではなく山腹だった。湖や川、雪も山腹に見える、絶景だった。山の星。この特異な高山文明を持つ惑星の、おそらくは長と思しき人物が住民たちの先頭に立っていた。 空中楼閣、と評される街。橋で繋がれた四つの集落は巨大な一都市ともとれる。それは高山の合間に築かれた、空に浮かぶ街。孤立しているようで、していない。石造りの住居や建築物。風は穏やかに、穏やかな時間と共に流れている。 「――――再臨をお待ちしていました、ウリエルフォーレ」 それは、名前。自分と、そして祖父の。
フィアが族長と共に去り、ガブリエルを含めた四人で最も大きな家に入る。カントとイザークはドラドの特殊な文化に驚いているようでもあり、しかしこの部屋に入ってからは口を閉ざしていた。おそらく。それはこれから提示される、「真実」のために。 四人で向かい合うように、座る。期待と猜疑の形。最初に口を開いたのは、やはり、案内人だった。 「自己紹介が遅れましたね。ガブリエル・ハイネ。四大天使が一人、ジブリールとは私のこと。そこのボンクラと一緒にリューヴ=レイスの生き残りで御座います。まぁ世襲による名なので、自由に略してもらって結構ですよ、お二人さん」 丁寧に自己紹介を済ませる言葉の中には、悪意とイタズラがある。そのイタズラをもスルーし、二人は何故かよろしく、などと好意的に受け止めていた。 次は、君の番だ。そう、ハイネの瞳が告げる。 「俺、は――――『オフェリア・フォーレ』だ」
「そう、オフェリア・フォーレ。四大天使、ウリエルあるいはイスラフィル。そこの変態と一緒にリューヴ=レイスの生き残りで、『現在』ルテティアに居座る『アデレード・フォーレ』の双子の片割れ。性別は、男だと思われるが曖昧。誰かさんのせいだ」 「よく出来ました。さて、事の発端は九年前。オルフェオ・フォーレの死によって崩壊したルテティアで、どうも双子がごちゃ混ぜになってしまいました。フルジア女王ゲルトラウデは誘拐した子を『アデレード』と思い込み、『オフェリア』は『アデレード』を演じた。ですが、問題はあります。『現在』ルテティアにいる『オフェリア・フォーレ』は誰なのか、という点ですね」 我が名はオフェリア。それに間違いは、無い。間違えたのはゲルトラウデだ。 自分がオフェリアであるならば、ルテティアにいるオフェリアは誰なのか。そもそも、本当にいるのだろうか。仮にいたとしても、それは偽物に過ぎない。 「別に、私としては。君がオフェリアであろうとアデレードだろうと一般人だろうと関係がありませんが。貴方は『ウリエル』と認識されていますから、その名に等しい力を持つだけで充分です。貴方は紛れも無く、『ウリエル・フォーレ』であり、それに違いはないのです」 オフェリアでなくとも、ウリエルではある。それで充分だ、とハイネは言う。彼にしては随分と甘い意見だった。真贋など、些細な問題。たとえ贋作だろうと、『本物』と同じであればそれは本物である。ならば逆もまた然り。ルテティアにいるオフェリアが偽物でも、本物と同じなのか。 「……九年前、フォリアにフルジアへ連れて行かれるまで、俺はルテティアにいた。それは確かだ。だが気付けば、まだルテティアにオフェリアはいる。一人抜けてしまったはずなのに、あそこはまだ、『虚偽の楽園』であり続けている」 「待った。思い出したぞ、そうだオフェリアだ。私がルテティアに行った時、金髪の少女が二人いた。両親に連れられて、その二人と会った。同じ、顔だったと思う。いつもくっつくように隣にいた」 「違う、イザーク。その双子は『くっついて』いたんだ。だから離れることが物理的に出来なかった。いわゆる、結合双生児というもの。だからこの髪を切るまで、ルテティアにいたことは確かなんだ」 髪を共有する双子。同じ髪の毛の双子は、常に隣り合わせでいなければならない障害があった。その絆が断たれた時、双子は別離の道を行く。 オフェリアとアデレード。二人はあらかじめ、未来が約束された。設計図はすでに出来ていた。その設計図を壊したのは、今の母であると、ずっと知っていた。それは年長だった自分の、記憶。 「言ったはずですが。私は別に誰でもいい、と。わからないのは、『目的』です」 そのオフェリアが、何をするために戻ろうとするのか。保身ではない。復権でもない。ならば、何の為に。崇高な意志は何を目的とするのか。アデレードを殺害し、フルジアを勝利に導くためか。あるいは、アデレードに味方し、ゲルトラウデに復讐を果たすのか。 全員の視線と思考が、一致した。全ての視線を受け、オフェリア・フォーレは、内に秘めた意志を吐露する。 女王の息子、という役割に。 フルジアの諜報員、という役割に。 行動から思考まで与えられる、という存在意義に。 妻を亡くした、という事実に。 意志の無い瞳が、瞑られた。
「……もう疲れた。家でゆっくりと、眠りたい」
幻想を、見る。 家族がいて、友達がいて、生まれ育った家で、笑いながら眠る、夢を見る。 願いを叶え続けてきた人間が抱く幻は、決して叶わない、夢だ。
だが、まだ。 世界にいくら、嫌われようと。失われた土台の上、新たな理想を築ける気がする。
2 オペラの治療が始まった。何やら儀式めいたドラドの住民による施術。少しの不安はあるが、フィアを信じて委ねるしかない。追い出されるようにカントは外に出た。 嘘。何が嘘か、わからない。ただオペラ・レーヴェは嘘を言う人間ではなく、本心から、疲弊し切っていることを告げていた気がする。何の為の帰還なのか、ではなく。帰還そのものが目的なのだ。純粋な帰郷の願望。その帰巣本能に似た感情こそ、彼の持つ唯一意志らしい意志だった。 「オフェリアか。ま、正直なトコロ。同じ顔で同じ人間ならどっちがどっちでもいいんだけどな」 それで何が変わるわけでもない。今までアデレードと思っていた人物が、実はオフェリアだった。だが、それが何だ。むしろややこしくなくて助かるというものだ。 「ええ、それが真実ですね。ただ裏を読む人間がいたから、今のぐっちゃぐちゃを生み出したってことで」 山頂。時折、崖下から吹き抜ける強風。その強風を心地よさそうに受け止めるハイネの姿がある。イザークはどこかに行ってしまって姿が見えない。 「オフェリアとアデレード、という風に見ない人間がいた、ということです。彼女たちは本当に、『二人』なのか。二人揃って『一人』ではないのか、とね」 それがゲルトラウデだったということだ。イザークやハイネと違い、昔のオフェリアを知っているわけではない。見たわけでもない。だから、カントは純粋な真実が見えるのか。 「まぁ、否定はしませんが。それでも、彼女らはそれぞれに思考し、感情を持つ別個の人間です。うじうじ泣き虫オフェリアと、元気で明朗なアデーレ。性別も違う、性格も違う、身長も一センチだけ違う」 その些細な違いが、唯一の差異。二人が二人である証明だ。その違いを、認めるかどうか。もちろん、認められるに決まっている。それを無視してしまうのは、彼女たちを、その性質でしか見えていないのだ。人を救う存在としてなら、同じ才能、同じ器。違いなど、無い。 ゲルトラウデは、その願いを叶えたのだろうか。それがフルジアの勝利の意味なのか。 「鋭い。と、言いたいところですがね。五十点でしょう。まぁまぁいいところですよ?」 「くは、ムカツク!じゃあアレだ、じょーおーへーか様はショタコンでした」 「パイデラスティアと仰ってください。そもそもオフェリア殿下は『アデレード』と認識されているわけですから」 フィアのフォローが背後から入る。厳密に言うと違うが、少年愛には違いない。貴族階級ならば許されるのだろうか、それ。しかも同性ときたものだ。レズでショタ好きなんて、どこのオタクですか女王様。 「……明文化された義務、社会制度です。貴族、それも一級貴族には多大な特権が与えられます。即ち、国政に関する重大な参政権を世襲により得ているという権利です。これに対し、貴族は義務を持ち、それを果たすことで権利を得ていることを象徴しています。その一種に青少年に対する教育という概念があります。貴族には高い知性や教養が求められ、それは幼少時より叩き込まれたものです。そしてその知性を得た貴族が、今度は教える側に回るというものです。貴族や貴族に匹敵する階級を持つ子供から青年に、教養だけでなく外観、内面の双方を磨かされるもので、精神と肉体を鍛え上げるものです」 長々と解説が入る。女王であるゲルトラウデは、次代の少女を教育する義務がある。それは女王として国政を担う、高い教養と知性、そして才能を持った女王自らの義務だ。そしてそれを受け継ぐのが、オフェリア・レーヴェであったという話。まるで恋人のように四六時中、隣にいて業務を教わる。そして外見も磨かせられる。 そうして、今ではオペラも立派な貴族の美青年に成長した。見目麗しく、口調は丁寧、知性溢れる貴族そのものだ。しかも娼婦の嫁を相手にするほど、内面や恋愛に関してもツワモノと思える。 「ほー。じゃあ今は、フィアをショタってんのか?」 「ええ、そうです。そこには全く恋愛感情など無く、単なる教育です」 気になる。内容がとても気になる。もしやそれが原因で離婚したのか、アイツ。 「そりゃヨメもブチギレだなァ」 「いえ、そういうコトは皆無です。むしろオフェリア様は妹君に似て超絶サディスティックですから。二人揃って早朝全裸マラソンとかしました」 何だろう。フルジア帝国とはとっても楽しそうな国だな、おい。朝から全裸でマラソンしてる馬鹿がいるのか。そりゃ単なるイジメだろ、と思いつつ、イザークの話と照らし合わせてフォーレ兄妹は性格が歪んでいるとしか思えない。どこが聖者だ。あのフィアが陰鬱に笑いながら「超絶サディスティック」とまで言わせる人間だぞ、おい。 「おや。それは初耳でした。これは再教育する必要があるようですねェ」 ここにも危ない人が一人。リューヴの血って腐ってんじゃないのか、本気で。
「冗談はさておいて。フィアさん、スカラの出発はいつ頃になりますか?」 かなり酷く損傷しており、修理をしなければならないだろう。フィアの見立てでは、数日かかるという。ここはオペラたちを先行させ、ネアポリスでフィアがスカラを持って追いつく、という作戦を立ててみる。その間、ハイネはオペラに依頼したいことがあるらしい。 それは彼の所属するクンスト・ヴェルクからの依頼でもあるらしい。貧乏旅行を続けるオペラに対する親心か。ハイネはわざわざヴェルクを通して彼に仕事を与えるつもりだった。素直に、ありがたいと思える。元を言えば、あの男か女かわからない奴が寝ぼけていたのが悪いのだが。 「トゥリオイにもう一人、リューヴ=レイスがいましてね。その子からの頼みです。ウリエルとは仲が良かったと思いますので、問題はないかな、と」 「わかったが、移動手段はどうする?」 任せろ、といった仕草で応えるハイネ。手段は明かさず、だが目的だけは続く。とある人物の救出、ということらしく、標的はやはりリューヴ関係の重要人物とのこと。ただ戦争に関係ある人物ではないらしい。 フォーレとハイネにとって、自由に動ける行動というのは限られてくる。その名が影響するものも多い。例えばこのハイネがフルジア入りをしたとすれば、それは何らかの政治行動ともとられかねない。そういった制約を受けない仕事ということならば、対象となる人物も限られる。 「――――なァ。ずっと気になってたコト、訊いても?」 「馬鹿そうだけど無駄に鋭いからね、君。一個だけ、という条件つきで答えよう」 ここが、核心。それを確信と共に口にする。ガブリエル・ハイネは三十過ぎには見えない若々しい笑みで待ち続ける。それはオペラと同じ、受身の姿勢。能動的に行動はせず、ただ周囲の願いに沿うだけの在り方。幾分、その制約が軽いというだけ。 「お前さ、オフェリアのこと全部、知ってるんだろ。目的も、生い立ちも、今までも」 「ふうん。謎解きではなくウリエルの味方になることを決めたんですねぇ。八十点、かな。僕にも知らないことはあるよ」 ただ、と語尾を濁らせて。彼は表情を隠すように谷へと視線を移した。純粋に絶景を眺めたかったのか、あるいは。続く言葉で生まれる感情を見せたくなかったのか。それは、遠慮だ。この先、オペラに関わる出来事から彼を守るための、配慮だった。
「答えは、何でも良かった。アデーレを殺すんなら、応援したよ。アリアも、ハーミアも全部殺して。あの子の願いを聞こうと思っていた」
だが返って来た答えは、およそ似つかわしくない、子供じみた憧れでしかない。ただ、帰りたい。疲れた体を休めたいという、わがまま。 「ちっとも、変わっちゃいない。あの子はまだ子供のまま。早く大人になろうと思い、本当に早く大人になってしまったことへの、後悔しかない。だから子供に戻りたいだなんて、その考え自体が子供だ。それでも、彼は変わってない。 答えは、不思議なものだった。ハイネはオペラを拒絶するつもりなど、微塵も無く。その力になろうとだけ決めている。本来、どこにも属さない中庸であるはずの人物が、どうしてそこまで肩入れするのか。 全てが変わった。戦争は再開され、アデレードは聖女として名高く、迎えてくれる両親はいない。オフェリア・フォーレはまだルテティアにいて、同じく子供だったハイネでさえ、オペラの隣にはもういない。 「彼は言ったよ。『虚偽の楽園』だと。ルテティアはウソで塗り固めた城、キレイで変わらないまま、神様を発信している。その中心が最高司教、アデレード・フォーレなら――――」 徐々に口調が厳しくなる。今までの穏やかで明朗な喋りとは別に、激情を含んだ強い言葉に。黒い髪が風に揺れる。それは少し、オペラにも似ていて。まるで、オフェリア・フォーレの宣言とさえ、錯覚した。 「殺す、しかない。必ず――――」 彼こそ、真の信仰者。ファンダメンタリストを名乗る、原理の人。 そこに虚偽を許す道理はなく、そこに贋作を認める理由はない。 あるのは。信念を貫く、不断の正義のみ。 「ま。そう思ってたんですけど。本物の兄様なら何か別の方策があるのかと思い、手を引いた次第で御座います」 振り返る。その表情は、今まで見てきたものと、変わらない。
足に包帯を巻き、上半身は裸のまま、ぐるぐると腹部を圧迫している。右腕の入ったキャリーバッグを片手に、不自然にドラドの衣装を身に着こなした若君。施術は終わったらしいが、完治には程遠く。このままトゥリオイで治療を受けるようだ。 「――――男だって、ウソくせェな……」 「腕と一緒に乳も切ろうかと思ったんだけど――――止めた。多少だよ、多少。それに。言ったろ、性別は曖昧だって。処女でも童貞でもねーってんだから。さぁ、お笑いなさい」 「すまない。シュール過ぎて、笑えない」 鳩胸では済まされない胸部から目を離しつつ、カントは荷物を渡される。右腕の入った鞄。薄皮一枚で繋がっていたのだが、切除してしまったらしい。骨の接合などを考えると、やはりここでの治療は難しい。むしろ、ここで足と腹部の治療を行えたことが奇跡だ。 「ふ、ふふ。オトコと言うなら求愛だってオッケイでさァ――――!」 「あら残念。じゃあ双子の姉だ、バツイチ子持ち色ボケ黒スーツ」 飛び掛るハイネを叩き落し、地面に撃墜。墜落か、あるいは言葉のダメージで立ち上がることは出来ないようだ。そのまま変態さんは放置することを決定し、外に。眩しい日差しに目を薄め、頭に巻いた包帯に手をやる。今後の計画はすでに立っている。後はカントに任せていれば問題はない。 何か、気が楽になったとオペラは思う。まるで背負っていた荷物が腕と共に無くなったのか。妙に明るい気分で、この絶景に立つ。周囲には、別れを知った住民たち。囲われながら、羨望の眼差しを受ける。願いを叶える神として。彼らは偶像を、見るのだ。 これが、財産。自分が生きてきた証。名を捨てず、しかし名に拘らず。自分自身そのものを人に見せ続けてきた。そして、様々な人を救えたこともある。救えなかったことも。 これが、自分の人生の。証明。 「彼らにとっては、願いを叶えるのはアデレードでもオフェリアでもなく、貴方しかない。第二次開戦の際、周りは貴方をオベロンの生まれ変わりと見た。しかし結果は、違うのですね」 ドラドの住民を、過去に救った。レグルスも含めて、救った。開戦となった際、救いを求める声に、応じたことがある。その記憶を信仰とし、再び光臨した今。彼らにとってのオフェリアは、この身となったのだ。 誰でもない。この、自分自身。本物でも偽物でもなく、いつか、こうして。評価されるだろう。 「必ず、また来るから。その時まで待っていて欲しい」 それが唯一の約束。神と人との、約束だ。本当にここが困窮した時、自分はまた、かつてのように現れるだろう。 ドラドの人々は応えるように、それぞれ、手にした何かを渡してくる。貢物のように、恭しく。それは食物であったり、お守りであったりした。惜しげもなく出す様子に、こちらも遠慮をせず、受け取る。 「……何となく。君が求めるモノがわかった気がする、レーヴェ」 今までと同じ呼び名に、微笑で応える。その表情にカントは一瞬、どきりとした。今まで見たことのない、オペラの穏やかな表情に。本物の彼を見た。 「――――さぁ、行こうか。リエル、案内は任せる」 表情は和やかなまま、わずかに引き締めて。ハイネの手に、触れた。
3 手編みの籠を両手に、トゥリオイの星都カルス市の中央に立つ。その文明に、驚いた。今まで歩んできた場所はずっと未開に近い惑星で、ようやく文明らしい文明がある近代都市にやって来たのだ。無論、周囲を行き交う人間が不審な目を投げているのは言うまでもない。 ガブリエル・ハイネの姿はすでに無かった。「メッセンジャー」として生きるガブリエルは、神の通知をする役割。教えるべき事項を伝え、その役目を潔く終えていた。本来は女性であるはずなのだが、しばらく見ない間にどんどん男性化している不思議な人だ。 オペラとしては、語りたいことが無いわけではなかった。ハイネと会うのは本当に十年来で、数少ない同族だ。何より、父の最期を知る人物でもある。思い出話に花を咲かせることはいくらでも出来ただろう。だが、それでも。過去より今を優先した。 これから会うのは、一年に一度は会っている同族だ。さほど気兼ねせず、世界最古と呼ばれる博物館へと足を向けた。世界の中でも、カルス市は文学の都として学術都市の赴きを持つ。アルエという純血リューヴ種の一家が散在する史料を集めてリューヴから避難した際に、辿り着いた地。 その史料を中心に、世界から集めた資料を展示しているのが、カルスの歴史博物館。数と貴重性から世界最古、最大の博物館として名高い。もう一つ、リュケイオン市に存在する博物館も有名で、この二都市が学術研究における権威である。 古い街並みを行く。大学が競うように乱立された区画。学生の姿がほとんどで、その数も膨大だ。若者たちに見られながら、食物詰めの籠を手に巨大な博物館の前に三人は立つ。一人は遠目からもわかるタイタン人。さらに隻腕で半裸のような女性がいる。何とも目立つ集団である。 「さっさと入ろうぜ。目立って目立って仕方がねぇ」 「同感。どうかアルエ、いますように」 古風に装飾された扉を開き、中へ。吹き抜けのロビーは薄暗く、そして広い。受付の席に座る二人の女性の前に立ち、どん、と大きな籠を置く。閲覧するなら記帳する必要があるが、今回は違う。アルエの居場所を聞くためだ。一人は知らないが、片方の女性には見覚えがあった。 すぐに案内しようと立ち上がり、わざわざ籠を持って先導してくれる受付嬢に感謝しつつ、その後に続く。アルエは館長の部屋にちゃんといるらしい。予約制の通路を進み、一般公開はされていない収蔵品を隣に小気味良く足音を響かせて受付嬢は歩んでいく。 ここは一般公開されていないせいか、より貴重な資料で揃えられている。予約をし、受付嬢の案内がつけば一般客も閲覧は出来る。基本的に、隠し事は無しの館長の性格だろう。 「へーぇ。結構リューヴ関連の資料も残ってるんだなぁ。レプリカ・セイクリッドにあるのかと思ってたが」 「基本的にはリューヴとフィルウィリミテア教は同じと考えられるから、史料がそのまま聖書になるケースもあるけど。でもほら、コレなんか教義に関係ないしょ?」 展示されていた一冊の本を手にする。古代リューヴ時代の書物だ。それは単なる雑誌のようで、薄れた表紙には美人モデルが笑顔で写っていた。このような、一般生活の一種である日常品に神聖さは無く、したがってここに収蔵されている。 「シルエラさん。アレだよ、レプリカ・セイクリッドの神父の先祖。美人で有名だった首相だ。政府広報誌かな――――あ、ウチの先祖もいらっしゃいます」 「ほう、これは面白い。フロンティアへ旅立つフォーレ艦長の手記か。航図から見て、かなり広大な範囲まで航海していたようだ」 案内人より詳しい観光客である。オペラとて、リューヴ人としての知識はある。アルエやハイネといった他のリューヴ人には負けるだろうが、一般人とは比較にならない知識量がある。その知識は、両親から譲り受けた千年の歴史。今もなお、ここに生きる古代リューヴの血だろう。 「すみません。お嬢様には聞けず、気になってたことがあるんですけど、」 ふと、受付嬢が一枚の絵を指差す。古ぼけてはいるが、未だに鮮明さを残した絵画。そこには姉と弟の肖像が描かれていた。あれは誰。そう訊ねる受付嬢は、本能的に訊ねてはならないものだと悟っていたのだろう。 だが、オペラに負い目など無い。知りたければ、教えよう。それがこの博物館の意味だ。 「リースとキユの肖像かな。ラスト・エンペラーの二人の子供。リューヴ滅亡の際、自決をした皇帝に代わり、この二人を殺害したのがアルエだった。理由は、よくわからない。そもそも、再興は考えなかったんだろう。だから『融和』という希望を生かすため、『根絶』という絶望を選んだ、とか」 血が残れば、また擁立しようと思う者もいる。リューヴ再興を願うリューヴ人か、あるいは利用するサピリオ人か。その道を完全に断つため、血を消したというのが見解だ。リューヴの終焉は、あまりにも悲しい話。その後、フォーレが船を動かし、アルエやハイネを救助して、脱出に成功するというところで終わる。 もしも、自分がアルエなら。この現状をぶち壊すために、リューヴ人を皆殺しに出来るだろうか。未来を願い、過去の遺物を消し去ろうと思えるだろうか。アデレードもハイネも、全て殺して。神に頼ることのない世界を、来世に託すことは出来るか。 それは、無理な話だ。自分の殺害さえ、そこには含まれる。肉親を殺すなど出来ない。結局、自分はアルエのような人物にはなれないだろう。 「……フランソワ・アルエ。誰も彼を、悪人だとは思わない。英雄だよ」 雑誌を戻し、絵から目を離す。通路の先に、いつもとは少し違う表情をしたアルエの子孫が立っていた。
「うーぽん、見てみてぷーちゃんだよ。やっべすげぇ可愛いくね?」 そのテンションについていけない。アデレードを超越する強さだ。ぷーちゃん、と呼ばれる女の子を抱え上げる年下の女の子。抱き上げられているのが十歳で、抱いているのが十七歳。ロリコンビに卒倒しそうになりながら、受付嬢の運んできたコーヒーに口をつける。 他のメンバーも視線を外してどうしていいかわからない状態だ。ここはオペラが打破しなければならない場面。慣れとは恐ろしいものだ。一言二言と会話をするだけで、気付けばぷーちゃんを膝に抱えてソファで対面に座っているアルエを見る。 「おとなしい子だね。アデレードもこんくらい時は――――食い盛りでした」 それはもう戦争なのだ。何とか客人の食事を死守するしかない。そうすると、何故か自分の皿には葉っぱしか残されていないという罠。好き嫌いが激しいというか、とにかくパワフルで遠慮なんぞ知らないお子サマだったのだ。そう思えば、ぷーちゃんは可愛い。思わずなでなでしたくなる。 「菜っ葉ばっか食ってたからひよっ子だったのサ、うーぽん」 「妹に養分吸われてたんだ」 髪の毛から。 「……色々と興味は尽きぬのだが、そろそろ本題に入ろうではないか。アルエ女史、さて我々への依頼とは?」 イザークが子育て談義を打ち切る。何故、ここにぷーちゃんなどいう人物がいるのかはさておいて。確かにそろそろ呼ばれた理由を知りたい頃合ではある。 「んとね。ルテティアから派遣された船がカミーユに乗っ取られたんだって。それの救助」 だったらその船に飛ばせ。ハイネもやはり気が利かない人なのだ。だが、話を聞くうちに理由は判明した。搭乗員がここを目指しており、今ちょうど、カルスに停泊しているとのことだった。ただの賊なら事は容易いが、カミーユ種となると政治問題に近くなってくる。身代金の要求、といった単純な話ではない。 目的地にきちんと到着している。その理由と目的が、中々見えてこない。 「何でもアデレードが乗ってるとか何とか――――」
椅子を鳴らして、立ち上がる。がた、と音がした。ただそれだけ。そこから、どうしていいのかわからなかった。飛び出していけばいいのか、怒ればいいのか。よく、わからない。どう動けばいいのか、どうすればいいのか。考え、考えすぎてわからなくなる。 しかし。何をすればいいのかは、明白だ。 「ニコラ。俺の右手、凍らせといて」 これほど簡単なことは無い。助ける。今まで生きてきた十八年間の中、今こそ、はっきりと目的が見えたことは無い。頭はシンプルに。思考はクリアに。自分の成すべきことが、明確に。 「元々、左利きだから」 右腕の入ったケースだけを置き、歩き出す。充実している。何故か、そう思える。隣には、連れ添うように無言でついてくる二人の友達がいた。
4 自分が今、何をしているのかよくわからなかった。船内にて、縛られた人質と向かい合っている。だが、本当に縛られているのはどちらなのか。動けないのは、どちらか。目の前に座る人質が、自分自身に見えてならなかった。 「ティアくん。本当に逃げなければブチ殺されますよ?」 言う彼女の顔は、笑顔。哄笑のような笑みに、吐き気さえ覚える。それは絶対的な優位からの物言いで、否定する言葉が何故か浮かばない。理解しているのだ。きっとここにいれば、本当に殺される。だからこそ自分は悩み、彼女は笑う。 やって来るのは、オフェリア・フォーレだ。ここに来るあの人間の顔は、リューヴ人に他ならない。だからこそ、無慈悲に殺される。そこに情は存在しない。オペラ・レーヴェはかつての輝きそのままに、オフェリアとしてやって来る。 「……嫌だ。逃げない。俺は、真実を知りたいだけだ」 「どの真実ですか?わたしがルテティアを出れないことからあえて『攫われた』という事実?それともカミーユの族長、カタリナ・ヴェルレーヌが最初に仲間を裏切った事実?ああ、あるいは。オペラ・レーヴェと貴方が『親族』という事実?カメリアは確かに貴方たちの希望だったのでしょうが、同時に、オペラ・レーヴェにとっては絶望でしかなかった」
椿の道は、血に濡れて。 「一つだけ、願っても――――」 華やかな、記憶を染む。 「明日は、休みだから――――」 いつかと、願う花道は。 「久し振りに、どこかに――――」 終ぞ叶わぬ、夢と散る。 そうして君は、旅に出た。
「――――まるで。胸が引き裂かれるよう。この熱情、耐える術など知らない」 ぶちまけることしか、許されなかった。あれは到底、意志と呼べるものではなく。ただ、消し去りたかった。椿で彩られた美しい場所を、張り裂ける記憶と共に、引き裂こうと。感情でも意志でもなく、本能。されど、どれほど逃げても、記憶は追ってくる。 この刻まれた永遠なる痛み。それが、罪だと。受ける罰さえ許されず、永久に咎める。 「それが、貴方が仇と定める、とある一人の聖者の人生。いかほど人を救えど、消せない罪はいつ、許されるの。そもそも、それは罪なのか。答えなど在りはせず、悲愴の檻で惑うのみ」 歌うように、全てを視る少女は言う。彼は、まだ孤独のまま。牢獄を彷徨い続ける。永遠に続く無限の螺旋回廊を逝く。父、母、そして妻。三重の回廊は果てなく、救いも報いも無く。 これぞ、オフェリア・フォーレ。悔恨と凄愴で作られた救い手。救われることは無く、また理解もされない。魔王に許されたのは、空蝉の世で空ろに虚偽の楽園を続けることだ。 「そのちっぽけな悼みで何を悔いるの?世界を救うと夢見るならば、いっそ頭を撃ち抜きなさい。この世界、救うには多すぎる。そも、貴方の願いは、偽善に過ぎず。もしや貴方、それとも本当に『同じ種族の人を自分と重ねる』ことが可能な本物のキチガイなんですか?」 父の仇なら憎悪を重ねる。母の仇なら復讐を誓う。だがそれが、顔も知らない誰かのためと叫ぶなら。名も知らない誰かのためと願うなら。そこに感情を肩入れできる余地のある余裕か、自分という存在を抹消した他者依存の異常者でしかない。 もし本当に、ティア・ヴァーグネルが「新天地に移住するはずだった同種族」のために世界を敵に回したというならば、頭を撃ち抜くほうが、いいに決まっている。そんな人間が偽善でなく存在するならの話。ティアの願いは、理想で固めた存在さえしない願望だろう。 「――――まして。偽善か虚言か知りませんが、その在りもしない願望のために、同じ種族であるオペラを殺害するのは、矛盾してますよ。ティア。貴方の願いは、願いですらない。高々と理想を掲げ、行為そのものに酔う純粋無垢な子供でしかない」 それが、死刑宣告。今まで築いていた彼そのものを根底から揺るがす一言を放つ。同胞のために。唯一絶対なる信念と正義を完全に否定する一撃。今までの人生、その全てが。単なる子供の「おままごと」だと。揺らいだのは、理解したから。そう気付くティア本人がいたからだ。 真実が何か。それは些細な問題。本当に重要なのは、何か。 ならば、何をすればいいのか。それこそ、答えなど無い。生きていくだけならば簡単だ。何か定職に就き、収入を得て、家族を養い暮らせばいい。悩むのは、最後のプライド。選択肢はすでにあり、決断もまた、なされている。決めているのに踏み出せないのは、自尊心しかない。 考えたい。そんな思考さえ、甘えだろう。たとえ数日間悩んだとしても、出る答えが変わるわけではない。転機とは、刹那のもの。今この瞬間が、転機である。 「うん。その選択肢を増やすのが、仕事なのです。ね、オペラ様――――」
「人を職業安定所のように言う。フルジアのコネなんかこっちじゃ使えないって」 不思議なツーショットだ。暢気に笑う人質と、うなだれる監視役。こういった手合いの誘拐事件はオペラでも初であろう。半ば呆れるように、残った左腕で椅子の縄を切断した。軽く声を出して、立ち上がる少女を片手で抱きとめる。 「アリア。頼むから、そんな何度も誘拐されないでください」 「テメェが言うか。四六時中勝手に囮ってるヤツに言われたくないっつの」 後ろから野暮な突っ込みが入る。半分以上は事実なためか、反論することはせずに、哀願するような目で見上げるカミーユの少年を視界に。まだ十六かそこらの少年だ。それがシーリアで出会った敵の正体だった。 ふと、アリアの視線が止まる。色々と気になる部分があるのだろう。右腕が無くなり、包帯だらけの体を見れば気になってしまう。次いで、思考も停止した。 「……あれ、アデーレ様?」 「そら見ろ。歌姫様でも見分けがついていないではないか」 ぺたぺた、と胸部を中心にボディタッチ。気になるのだが、確信はないといったところ。状況から考えてアデレードであることはまず無いのだが、オフェリアとも考えられない人物。だが、それでいい。オペラ・レーヴェには違いない。 「あ、オフェリア様でした」 「お前はどこ触って言うかな。確認終わったなら帰ろう。ニコラにイモ全部食われる」 悲しい習性だ。年少者がいれば食材が無くなるという思い出。せっかくドラドの人々にもらった食物、少しくらいは味わわなければ損である。後は右腕をくっつけ、治療を受けてフィアを待つ。 ルテティアまではあと少し。おそらく、あと一度の補給で済む。 「おい。一件落着はいいが、コイツどうすんだ。まさか面倒見るとか言うのか?」 イザークを見る。こういう時、頼れる人物は一人だけなのだ。ティアの処遇については、イザークに任せるのが適材適所というものだろう。まさかカントに任せるわけにもいかない。彼女なら、良き教師となる存在だ。 「ふむ。そうだな、実はティア。少しばかり頼みたいことがあるのだが」 彼の物語は、新たに始まるだろう。転機は、今。後はその道を迎えるか、否かだ。
5 歌姫の用件は、彼女の不調にあった。アリアは三歳ほどでカメリアに埋め込まれ、以来、救出時まで木々と同化していた人物である。彼女は木々を通信ケーブルと介し、人工的に建造された惑星を発信機とし、世界へ己を投影していた。それが、電子上に住まう歌姫の正体だ。 元より、ルテティア原住民のユミル種というのは、自然物に対するある種の通信装置を内臓しているらしい。極端に言えば、花と会話する能力がある、ということだ。ルテティアが開発されず、ほぼ未開であるのはユミル種に対する配慮かららしい。 全身が電波塔。指先から通信波を飛ばし、足裏から受信する。そんな人物でなければ、カメリアの心臓部は務まらない。経緯はともかく、いざ外されて助けられたアリアは、ルテティアで人目から離れていた。おかげで歌姫の姿は世界から忽然と姿を消した。 ところが。どうにも不調が起こる。過度に送受信を肉体が行ってしまうらしい。日常生活に支障をきたすほどの障害がある。ただ草原を歩くだけで、草の悲鳴が聞こえてしまう。挙句の果てには、テレビを見たいと願うだけでテレビがついてしまう、など。通信障害なのだ。 「そこで。カントさんに直していただけたらな、と思いまして。ティアくんの船に誘拐されてみました」 「発想がおかしいよ、アンタ。前から思ってたんだけど、物凄い度胸だな」 その気になれば、船を壊せる。フルジアの特殊兵器のような女性だった。ティアの元気が無かったのも、そういった立場逆転の仕業かもしれない。何か、この人には陰謀の匂いがする。 「通信機みたいな体ときたか。なら通信妨害を施せばいいわけだが」 電磁波遮断には、シールドで囲うしか方法は無い。広範囲にジャミングをかけるような手法では、アリアはどこにも出歩けなくなるか、常日頃からジャミング放出するというもっと不思議な方にならなければならない。 「特殊な合金と、後は銀。服に加工すればいい。完全な遮断を望むわけじゃねえし」 「ちょうどいい。ならば次はティールだな。補給を済ませ、歌姫様の服を作り、ティアを置いて目的地を目指せばいい」 今後の方針を決定したところで、新たにイモ料理が運ばれる。すでにカントの胃は九割がイモで埋め尽くされ、食欲は起きなかった。オペラが治療中で外しているため、思ったほど減らなかったのだ。余った分はスカラに積むしかない。 「ホントのところ、どうだ。ルテティアにオフェリアは、いるのか?」 アリアに、問う。最早、オペラがオフェリアであることに疑念は無い。だとすれば、気になるのは偽物のオフェリアだ。本当に実在するのか。いるとすれば、それは誰なのか。引っかかるのは、それだけだ。ハイネやアルエの態度から見て、オペラが本物であることに疑う余地は無かった。 「事実を言いますと。アデレード様の兄、オフェリア様はルテティアとここに、二人いらっしゃいます。どちらが本物か、まだ確証はないです」 二人とも、オフェリア。どちらもアデレードの兄だが、どちらかはオフェリアではない、とアリアは言った。矛盾する彼女の言動に、彼女自身も首を傾げている。三歳までしか知らないアリアに訊ねるのも酷な話ではあった。 「ただ一つ、言えるのは。わたしはアデレード様と違い、今までのオフェリア様を残念ながら知らないです。わたしの知るオフェリア様は、どこか気弱で、可愛らしい子です。わたしは、わたしを助けたオペラ様を、信じます」 「ま、そういうことか。何にせよ、オレらが相手してんのはオフェリアじゃなくオペラ。オペラがオフェリアをブチ殺すっていうなら賛同する以外に無い。知らねぇんだからな、もう一人は」 どちらが本物であるか。それは問題ではない。オフェリア・フォーレを助けているのではなく、オペラ・レーヴェを助けているのだから。自分たちは、ゲルトラウデとは違う。そうカントは言い聞かせ、今後の展開を予測した。 やるしか、ない。 たとえフォーレ家を敵に回すことになっても。オペラをルテティアへ、帰還させよう。 それがどういった効果を世界に与えるのかは、わからない。ただ、何かは変わる。それはオペラ自身が言うように、彼自身の変化かもしれない。決定的な何かが変わる、という確信に近い予感はあった。 オペラ・レーヴェは証明した。何者かはわからずとも、ウリエルとしての力を持つのならば、真贋は関係ない。彼には世界に与える力があることを示し、儚い少年の夢に、託せる何かがあると信じさせる。
何かが変わる、のではない。 何かを変えに、我らは行くのだ。 |