[ O d y s s e y ] /Native Northward Nostalgia "Opela, Canto, Isaac" |
| ――――北へ。 遥かなる故郷を目指し、光の船は進む。 春に芽吹き、夏には陽光。 秋は彩り、冬には雪が積もる場所 まだ、空蝉の人であるなら。僕は帰りたい。 そして願う。 あの日。あの場所に、僕は帰りたいんだ ――――N.G.0318 Ophelia Van Gertrude Loewe
1 「――――こりゃァ、ジャンクとも言えねぇシロモノだぜ。もう文句言う気力も無いがな」 剛直な顎のラインが上下する。目を細め、苦虫を潰すような顔をしているカントは、事実、苦虫を噛んでいた。ばりぼりと異様な音を立てる顎。タイタン人は口から胃までが頑丈らしい。味見の段階で腹を満たすイザークもまた、不快そうな表情でカントを見つめていた。 スカラの広間で椅子に座り、無言の火花を散らせる二人。しっかり文句も言ってるし、しっかり食ってるじゃないか、とでも言いたげなイザークの顔色だ。無論、オペラ・レーヴェの胃は見た目同様、華奢なのでとても食事をしようとは思っていない。最初から口をつける気さえなかった。 長旅において。まずモチベーションを保つのは、食事である。素晴らしい景観もいずれ飽きるだろう。娯楽も無い船内では、せめて食事くらいが唯一の楽しみになろう。食って寝るだけしかないのだ。 カントの首が回り、オペラへと向く。生野菜だけを選んで咀嚼する姿は好き嫌いをするベジタリアン。 「無理。料理は全部、フィアとヴィオレッタに任せてたし」 「そこを何とか!フォーレ家秘伝、リューヴ料理とかないのか……ッ」 ん、と視線を上げて考える仕草。あることはある。レシピを知っているものもある。調理した経験もある。その言葉を聞き、爛々と目を輝かせる二人に、弱々しくオペラは首を横に振った。 「 そうなのである。カントは論外、頼みのイザークですら料理未経験者。男三人が雁首揃えて旅行をしているのだが、誰一人まともな料理を作れない。そもそも男三人かどうかすら怪しいのだが、結果は変わらなかった。 一応、女性(多分)ということでイザークが料理長に任命されたのだが、彼女の料理はカントの言うとおり、ジャンクですらない。がらくたでさえない料理。例えば肉なら焼けばいいのだが、炭化してしまう。そうやって、数多くの食材たちが散っていった―――― 元々、電磁宙域のステーションで購入した備蓄は一週間分で、レグルス星系までは充分にある量だったはずが。周囲に惑星すらないこの宙域で、我々は備蓄が底をつくというピンチに陥った。 「ふん、君がそれを咎めるのか、レーヴェ。君が変なモノ買わなければこうならなかっただろう!」 「じゃあ魚雷食ってろ」 泡食った表情で激昂するイザークに冷たく言い放ち、レタスを千切って口に運ぶ。だが、深刻な食糧難が始まるのは目に見えている。保存食らしいものは全て食いつくし、鮮度の落ち始めた食料品が少し残っているだけ。それを調理出来る人物がいないのだから、結果は見えている。 レグルス星系の前線、フルジアの駐屯地まではまだ二日はかかる。飛ばしていけば一日でつくだろうが、燃料を考えるとフルジア基地で満足な補給が出来るとは限らない。するとやはりネアポリス星系のマンティネイアまでは徐行で進みたかった。 一日くらい、食べなくとも。続けて放つ言葉はさらに冷たく、艦内を氷点下にした。
カントが暇を持て余して、コックピットで何も映らないレーダーを眺めている時だった。ぴこぴこと輝く光点が前方に位置し、その存在を画面にと教えていた。それは真っ直ぐこちらに向かっていて、解析をすると、人の乗っていそうな航宙艦であった。 およそ十年ほど前に建造された船で、それほど古いものではない。が、型番を見た瞬間にカントはディスプレイの文字を疑った。それは、二つの意味を持つ。 宇宙ではなく、海洋を進む船。流線型などではもちろんない。旧型の帆船。そんな形をしたカティーサーク。もちろん、造られないことはない。だが趣味の範疇で、実用性は皆無だ。むしろコストがかかって高くなるだけである。 「懐古主義の成金かね。ふはは、ならばこちらは私掠行為でも働いて物資を奪おうか」 楽しげに、隣にいたイザークが笑う。その発言に、ぎぎぎと首を動かしてカントは否定した。 「――――いやぁ、逆。アイツらが 肉眼で視認可能な位置まで近付いている。コックピットから見える黒の海。その真中に、魔女を示す半裸の女性像が映っていた。レトロなデザインの航宙艦。接舷するようにゆっくりと近付いてくる光景を見ながら、急いでオペラを呼びつける。 海賊。広大な宇宙を海と見立てたなら、確かにそう呼べる存在。宇宙船と武力を有し、その威力を持って民間人から金品、あるいは積荷を略奪する私掠船。イザークとてもちろん、知っている。そもそも彼女はそんな海賊じみた連中から物資を守る警備員で、彼らと渡り合った経験も何度かあるだろう。 「カティーサークに乗っている海賊など、知らんな」 「元はネアポリス星系第二の船だったらしい。フルジアに対する反抗組織、といった感じだろうが、そりゃあ半分だろ」 第二惑星は中央政府の官僚などによる別荘地になっている。故に懐古主義な船があってもおかしくはないのだが、どう考えてもそこから奪ったものである。義賊を名乗る海賊、といっても利益が無ければ運営は難しい。故にティール近郊の海賊は半商で、年がら年中海賊をしているわけではない。 それが義賊となれば、運営はより難しい。人は集まる。しかしフルジアには勝てない。被害も増え、得るものは少ない。だから、半分は。こうして旅人を狙って掠奪を行う正真正銘の海賊なのだった。 がくん、とスカラが揺れる。右舷中央部に体当たりを食らったようだ。最新鋭のフリゲート艦と見れば見た目にも美味しそうであり、しかもフルジア船籍とくれば義賊行為にもなるのだった。 「うひゃ、サイテー。狙われないワケがねェなぁ」 「やり口も荒いな。三流海賊、と言いたいところではあるが、万事休すとも言える」 「……ねぇ。そういう時のために魚雷あるんじゃなくて?」 やって来たオペラが早々にアドバイスを下す。魚雷はある。それも結構ある。 そもそも。海賊と軍艦では戦力の差があるのだ。スカラとて、軍籍。立派な魚雷発射装置のついた駆逐艦である。 「軍艦なんて乗ったことねぇから思いつかなかったんだッ」 「そうと決まれば装填しろ。ふはは、木っ端微塵にしてくれるわ」 「あー、無理。だから速攻で乗り付けてきたんだろ。発射管ツブすために」 だが、まだ乗り込んでは来ていない。乗り込むぞ、と意思表示はしている。こちらの出方を待っている、ということだ。降伏をすれば危害は加えないつもりなのだろう。 手馴れている敵の戦術。それに黙り込んでいると、警報が艦内に響いた。どうやらハッチを強引にこじ開けられたようだ。カントが舌打ちと共に立ち上がり、方策を見つけ出そうと天井を睨んだ。対盗賊のスペシャリストのイザークですら、いい作戦は思い浮かばない。 警備、というのは危機管理を第一に。安全管理を進めるものだ。いわば、想定をするのが役目であり、想定の及ばないことに対処する術はない。こう襲われるから、こう返す。考えたように物事を「進める」のが彼らだった。 たった三人しかいないフリゲート艦に、百人単位で襲われて返せる術はないだろう。どうする、と見つめてくるカントの瞳に、オペラは笑って、シートに座った。 「どうぞご自由に。当艦は奪うも逃げるもセルフ・サービスです」 笑いながら言い切るオペラの背から、ハッチを突破した海賊たちが姿を現した。
コックピット内に「実弾」が飛ぶ。跳弾の不気味な反響音を耳にしながら、三人は咄嗟に床に伏せた。同時に後退しつつ、シートの裏に隠れる。まさかの展開。出会い頭に発砲されるとは、誰一人想定していなかった。 彼らの目的は、掠奪ではない。彼らの正体は、海賊ではない。その事実をようやく理解しつつ、銃声の止まる船内で息も止める。武器は無い。抵抗も難しい。だが相手が二人ということを考慮すれば、この場だけなら凌げるかもしれない。そこまで考えたところで、オペラは思考さえ止めた。 立ち上がる。同時、胸にダメージ。単発で発射される銃弾を胸部に受けながら、二人の顔を視認する。外見的特徴は見受けられない、一般の人間型種族。アンドロメダ側の人間だ。硬化したボディースーツが弾丸を受け止めたところで、オペラの軽い肉体が宙で回転する。 拳で殴りつけるは、計器。重力が解消され、ふわりと全員の体が浮いた。天井を蹴り、慣性のベクトルを変える。緩急。急激なスピードで二人に肉薄し、そのままもつれるように壁に押し付けた。 重さを得る。イザークが再び重力を呼び戻す。床へ落ちる間際、両手で首を掴み、そのまま押し付けた。体重を押し付けられた頚椎が、軽く折れる音。即座に二人の死体が完成する。 「……公安か、あるいはAILAの調査員か。こんな場所で会うとは思わなかった」 二人は丁寧に偽装をしている。決して軍服などは着ていない。それが、単なる軍属の兵士とは思えない。特殊任務を受けた諜報員。それも自分と同じような立場の人間だ。 アンドロメダ側における情報機関は第一銀河団、アンドロメダ・クラスターの一機関、高度情報指導局。通称がアイラ、Advanced Information Leading Agencyの略となる。さらにその中に設置された情報調査室が主に諜報活動を行う調査員が務めている。 「公安と言うと、軍事公安司法警察だな。それまった全世界規模の機関じゃねぇか」 「多分、公安だ。アイラの連中が直接手を下すとは考え難い。にしても。アンドロメダに嫌われるようなことしたのかな」 「詮索は後だ、レーヴェ。今はこの窮地を脱する方法を考えねばならん」 一度、公安に狙われれば最後。アンドロメダ領域内ではずっと付きまとわれるだろう。だが、ここは敵地。まだフルジア領土なのだ。そもそも、こんな場所で出会うことがおかしい。 しかし今はイザークの言うとおりでもある。ここから逃げ出さなければ、そんな心配さえ無用となる。護送されて刑務所へ、などとは望まない。コックピットのハッチを完全に遮断し、ひとまず、篭城の態勢をとった。 右舷から敵船に侵入されている。スカラで脱出を図るなら、まずドッキングを解除しなければならない。あるいは救命ポッドという手段もあるが、難しい。仮に脱出しても、向かう場所がない。フルジア軍前線基地を目指したところで、イザークとカントが無事にすむとは思えない。 「逮捕される、というのはどうだ。ここはフルジア領土、運が良ければ途中で拿捕されるだろう。あるいは前線にてヴェルブングに発見されるかもしれない」 「可能性は、薄い。そもそも公安がこの場にいることを思えば、帰りに捕まることは考えられない」 ふむ、と一つ。わざとらしく声を漏らし、オペラは腰から例のモバイルを外した。挙動を訝しげに見つめるカントへと、手渡し。ただ一言、指示を与えた。 飛べ。何があっても振り返らず、前へと。
2 もぞもぞとコックピットの床に置かれたハシゴを降りるオペラを見送り、席につく。単独行動における生存率の高さであれば、誰も彼女に敵うものはいないのだ。ただ一言、頼んだぜと見送ってから。心配そうに口数を増やすイザークに座るよう言った。 オペラには秘策があるらしい。それも彼女にしか出来ない秘策だ。渡されたモバイルにはオペラの居場所が光点として映っている。アリア救出の時と同じだ。それは彼女がここに残り、救出を待つことを意味している。たとえどこかに連れて行かれても、カントたちなら救い出せると、信じ。 「こういう決断なら早いヤツなのにな。私事となるとどうにも、トロい」 あの女に対する心配なぞ無用。どのような戦場においても生き残る素質を持っている。オペラ・レーヴェは大して勇猛なわけでも、欲があるわけでもなく。ただ「生きている」人間である。こと、生存に関してはある種、才能に似た素質を持つだろう。 ふと後部センサーが機影をキャッチする。小型のポッドのような何かだ。もしや自分一人、救命ポッドで脱出したのかもしれない、と半ば冗談交じりに笑った後。その奇妙な何かに釘付けになった。 人、である。よく見知った人だ。 「おいおいおいおい。船外活動で力技、ってか。バカじゃねェ?」 「聞こえてる。ほら、ヴァルトラウトも言ってたろ。試作型パンツァーがどうのこうの、ってさ」 奇妙な機械。両腕、そして両脚を大きなパーツで埋め尽くしている。強化外骨格といわれる代物だ。オペラが常時、インナーとして身に着けているアーマースーツは、その保護服でもあるらしい。ヘルメット無しで宇宙遊泳をしているのには驚きだが、おかげで視界は良好だろう。 フルジアの試作型パンツァー。両腕、肩、背部、脚部が一体化した外骨格。それは船外活動を想定して作られた、いわば作業用ロボットアームだ。それを生身で操作し、開けた視界で作業をする。細かな作業にも適した、新たな「宇宙服」のようなものだった。 オペラはゆっくりと右舷へと近付いていく。そしていきなり、その両腕から大砲のような一撃を繰り出す。光線がスカラとのドッキング箇所を貫き、船体が揺れる。同時に、発進を告げるエンジン音。 後に残される者に、別れを。跡に残される僅かな後悔を見よ。お前ならきっと、それさえ視えるんだろう。
長く、二日は続くと予想されたイザークとの二人旅は、わずか数時間で終わった。空腹を抑えながら前面に展開する艦隊を見る。その数は百にも及ぶ、大艦隊。およそアンドロメダでは見られない光景を目の当たりにし、幾分、恐れた。何せ、百の戦艦がこちらに目掛けて突っ込もうとしている。 レグルス軍団と、スピカ軍団。その二勢力が目の前に結集している。これに加え、アルクトゥルス軍団とデネボラ軍団でフルジア軍は構成されていた。先にレグルス総督のヴァルトラウトとは出会い、面識がある。だが、今回の男は格が違うのだ。 スピカ軍団長。ヴェルブング・ティンクベルン。アンドロメダにも名高い、フルジア軍の前線指揮官。いわばフルジアにおける第二の男であり、我々が長年、敵対してきた男でもある。実質、この三十年間はヴェルブングとの争闘とも言っていい。 カント自身も、四年前にシリウス宙域で交戦をした。目下、最大の敵とも言える人物が旗艦にて、我々の目の前に展開しているのだ。不思議な感慨に襲われつつ、艦隊が徐々に接近して来るのを見守った。やはり先頭は総督の乗る旗艦である。 こちらはフルジア船籍で、しかもオペラ・レーヴェを擁している。有利なのはこちらだ、と自分に言い聞かせつつ、ふと、もしや彼らはオペラの迎えに来たのではないかと思った。 「お久し振りです。これよりスカラは第一師団指揮下に入ることをお伝えします。ただし、特例として命令ではなく要請だということを念押し致します。スカラ指揮官は未だオフェリア殿下であり、彼に対する如何なる命令もゲルトラウデ女王陛下の名において無効となる為ですが」 背後から声がかかる。驚いて振り返ると、金髪の少女が憮然と立っていた。フィア。その名を思い出す。ロボットのように無機質な声と顔には見覚えがある。事務的すぎる口調で彼女を思い出しつつ、そういえばコイツの言うことは大してアテにもならないことも思い返す。 「……弁解をするなら。前作戦はその準備期間の短さと味方勢力が少数だったため、杜撰な結果に終わってしまいました」 「終わってしまいました、じゃねェよ。仮にそうだとしても弾道ミサイルで宇宙飛行させるかフツー。しかも、だ。ソコにはお前の愛しいオフェリア殿下サマが乗ってんだぞオイ」 珍しく。フィアの顔色が動く。少しだけ動揺したように口を上下させ、やがて俯いた。ナニこのオレがイジめてる感。まるっきり悪者になってしまった我が立場を哀れみつつ、イザークの冷たい視線を必死で逸らす。 「っつーか。お前、どうやって入ってきたの?」 「はい。スカラ後部の転送室からですが。ああ、そうでした。アンドロメダには無い技術でしたね。空間転送技術の一種です。送受信両側における 目を開いたまま思考停止をする相棒を尻目に、まざまざと技術力の高さを見せ付けられる。航続時間の短縮に使われる技術だが、アンドロメダではまだ実用化に至っていない。というより、三十年間進化が止まって退化している。 フルジアでは実用化どころか、小型化して輸送システムにまでしている。もうオフェリアのフォローもない。技術屋であるカントほど、この格の違いを体感出来る人間もいないだろう。そしてそれが理解出来ない限り、アンドロメダに勝利は無い。 「どうにも。オレたちは百年遅れてる。リューヴから前線まで数週間。フルジアはその気になりゃ三日でいい。この差がそのまま戦力の差、ってワケだな」 「……あァ、っと。つまりアレだな。移動時間が短縮されるのだなッ」 間違っていないが理解もしていない答えだ。この無駄に広い宇宙という空間を、事実上縮めるフルジアはスムーズに動ける。単に輸送だけの問題ではなく。「速さ」で「時間」という壁を突き破る圧倒的な戦力である。 「時間もあまりありませんから、さっさと作戦説明を始めます。質問は後で、口は挟まないように」 そしてまた、悪魔がささやくのだ。
「簡単な図式です。ここはフルジア領で、敵が入ってきただけですから。艦隊を持ってアンドロメダ・クラスター公安司法警察を叩き潰します。幸い、確認した敵艦はカティサーク一隻。偽装をしているものでしょうが、取るに足りません。オフェリア殿下を保護し次第、拿捕します。スカラの出る幕は無い、と言いたいところですが、随行していただき、殿下をこの船にお迎えします。なおその際、ヴェルブングが同席致します」 ゆっくりとすでにスカラは動き始めている。艦隊の動きに合わせて、守られるように前へ。襲撃現場へと戻っていくのだが、イザークには疑問があるようだ。フィアが話を切ったところで、間髪入れずに口を開いた。 「理由が無い。フルジア艦隊でオペラを迎えればいいものを。今の説明ではスカラが出る必要性が感じられない」 「先を急ぐ旅で御座いましょう。殿下をお迎えした直後に、スカラは艦隊を離脱。保護されつつ前線を突破し、太陽系経由でタイタンまで同行致します」 「冗談だろ。艦隊率いて前線突破だ?そりゃすでにアンタ、軍事行動だぜ。アンドロメダの注目も浴びるじゃねぇか」 それは、よくない。ただでさえ公安に狙われる現状で。アンドロメダの注目を集めながらルテティアに向かうのはとんでもないことだ。ゲルトラウデの性根が変わったか、とそこまで考えた。これは移送と言う名目の、妨害ではないか。 「ええ、ですから。艦隊は捨てます。皆さんは惑星ドラド宙域にある小さな補給拠点で物資搬入を済ませ、ネアポリス経路でルテティアに向かってください。第一艦隊がその囮となりましょう」 「――――は。それこそ冗談だろ。たかが一人の子供のために、そこまでするのかフルジア軍ってヤツは」 こんなものは、子供のワガママのようなものだ。オペラは外に行きたくなった。だから母は行かせた。そして国家の軍隊をつけた。そんなものは、冗談にしか聞こえない。もし真実なら、フルジアはくだらない親子愛で腐った国家である。 「当然。この軍事行動にも意味はあります。なぜ殿下が公安に狙われるのか。その理由を探らなければなりません。オフェリア様が皇太子殿下であられるのは事実ですが、それは非公式な話です。オフェリア様を殺害しても陛下に心理的ダメージを与えるに過ぎず、後継者は現状と変わらずゲオルギーネ様のままですから。一体、何を根拠に彼を狙うのか。それを知りたいのが、理由の一つです」 「おい、まさか。フィア、アンタ、オペラが誰なのか知らないのか。テレビつけろよ、結構露出してっぞ」 オペラがアデレード・フォーレであるという事実は、すでに知っている。それは女王ですら同じだろう。ヴァルトラウトが知っていたのなら、ヴェルブングが知らないはずがない。だが、この作戦の指揮はヴェル本人。ではフィアの言葉は名目であり、本当の狙いは別にあるのではないか。 オフェリア・フォーレは別にいる。アデレード・フォーレはここにいる。そしてアデレードがオフェリアを守るために、男装などをしていることも知っている。その事実を告げ、自らの言葉で教えたところで、ふと矛盾に気付いた。 今の今まで。「オペラ・レーヴェ」は自分のことを「アデレード」と名乗ったことはない。それはルールだ。彼女がオフェリアである限り、オフェリア・フォーレは守られる。故に彼女は自分を名乗らない。 ならば。 この旅は一体、何の為に。 「オレは今までずっと、アイツがアイツを取り戻すモノだと思っていた。だが、変だぜ。『アデレード』に戻りたければそう言えばいい。しかし今でもオペラは名乗らない。これ以上何を守ろうっていうんだ」 「ただ会いに行くにしては、大きすぎる。レーヴェならば会いに行くことなぞ簡単に出来たはずだ。見えないな。一体何をするつもりだろう」 そう、目的。 今のオペラ・レーヴェの目的は、ルテティアという星で、何をすることなのか。 フルジアという国家の支援さえ受けながら、非公式の皇太子が望む、明日は。
「――――答えは、一つです。『アデレード・フォーレ』の暗殺しか、ないでしょう」
行き着く未来は。導き出される結末は。全てを裏切る答えは。 綿密に張り巡らされた謀略の糸という、意図が見えた瞬間。背筋に何か、冷たいものを感じた。
3 「標的、フルジア軍に保護された模様。敵艦、来ます」 「偽装解除。防戦に徹しつつ退却。総員、衝撃に備えよ」 それは、戦艦。カティサークはスターシップへと変貌を遂げる。広々としたコックピットには十名以上のシートが設置されていた。迫り来るフルジアの戦艦は、およそ百。敵は強大で多く。勝ち目といったものがほとんど見えない戦いだった。 ここは死地。生きて帰ることは望まない。捕まるならば、死。そして負けるならば、死。死以外の退路を知らぬ。故に――――生きて帰る望みは無い。 「ここで止めねば誰が止める。敵を防げねば何が起こる。理解せよ。我らが意義を。そして遂行せよ。我らが意志を。我が神、我が御旗、我が精神そのものを守る戦いぞ」 「死、あろうとも。オフェリア・ヴァン・レーヴェを止める。意志、敵わなくば。遺子は神をも殺すぞ」 それだけは避けなければならない。アデレードは聖女。彼女はアンドロメダの守り神。彼女はアンドロメダ、そのものと言ってもいい。即ち。彼女の喪失は世界の損失と同意である。世界を滅ぼす。その重い事実を受け止め、その重い責務を背に、我らは死さえ、厭わない。 たとえ、我が身朽ちようと。 たとえ、救いなどなくとも。 正義はやがて、悪を滅ぼす。それが摂理。それが結末。それを信じて。 それくらいしか、信じられるモノなどない。この混沌とした居場所で。僕らは何を、信じれば。 「目指そう、我が家を。針路はアンドロメダに。せめて、故郷へ手を伸ばし、死のう」 発射される魚雷を回避しつつ、船首をアンドロメダの方向へ向ける。そのまま、進む。目の前には鉄の壁がそそり立っていた。だが、気にすることはない。死ぬという事実に変わりは生じず。せめて。せめて我が家を、と手を伸ばした末期だけがある。 ただ、守りたいだけ。家を、育った大地を、共に過ごした友を。侵略という行為から守りたい。ただ、それだけ。 声が聞こえた。降伏勧告の声。それに笑って、システムをシャット・ダウンし。無我の心で宇宙を飛ぶ。
月夜の日。神と会った。 助かるはずの無い命を救い、助かるはずの無い死を乗り越えた。 もし仮に。助けの手が何ら他者と変わり無い、一般人だとしても。 助けるという行動と、助けたという結果が。神と呼ぶべき者にした。 「わかった」 森の奥へ。花の道で。神は待つ。救いを手に。 「その願い」 光を持ち。青く灯り。穏やかな声。天に響いて。 「叶えよう」 それが。僕の記憶。 O p h e l i a との思い出。
4 ドラドに向かう。フィアを含め、四人を乗せたスカラはレグルス星系第二、ドラドへと向かって旅を再開させる。今は、出会いと別れの時。旅立とうとするスカラの壊れた外部ハッチに、久しく会わない人物が立つ。それはカントらにしても、はじめて見る、敵の大将だった。 立派な髭をたくわえた、壮年の将軍。気力、体力共に覇気を感じさせる男だった。威厳を伴うたたずまいは、どこかアンドロメダの大将であるツェルニーに似ている。だが、しかし。こちらに甘さはまったく、無い。厳しい表情でオペラを、ただ見つめていた。 ――――「オフェリア」という存在。それが答え。 オフェリアを苦しめる「オフェリア」が待つ場所へ、本当に行くのか。ヴェルブングの瞳が、そう問う。全てを糾すと言うだろう。だが、それで変わるモノは、もうどこにも残っていない。 「行く。それでも、俺は行く。知ってるさ、ヴェル。変わるのは、きっと『俺』だよ」
フィアを乗せ、四人でドラドまで向かう。ドラドのフルジア基地における顔役、といった役割だ。無言のまま宇宙を進む、重苦しい空気は外と似ている。それを悪いとも思わず、むしろ心地よく感じながらオペラは舵を握った。 補給を受け、右舷の修理を行う。それで旅は再開出来るだろう。前線を抜ければ、全工程の半分は進んだことになる。フィアから陽動の話も聞いていた。スムーズに、とは行かずとも、それで余計で煩雑な敵襲は減らせる。 ドラドの大気圏に入る。揺れながら、赤くなる視界で空を見つめる。驚くほど、速く。まるで堕ちるようだ。そこでようやく。我々はドラドへ突入しているのではなく、撃墜されていくのだという事実。赤く灯る世界で、ふとその光が前面だけではないことに気付く。 「公安――――!一隻ではなく二隻、それも針路を読んでいたか」 「カティサークの偽装は偽装でしかない、ってか。マズいぜ、後部エンジンが損傷してる」 続々と被弾していることを知らせるアラートが鳴る。右舷を中心に、後部にダメージが蓄積される。レーダーには一隻、後方に存在する公安の巡視船。ある程度の戦力を備えた警邏の船。忌々しそうに後部のドアを見つめたカントが、必死の形相で座標を計算していた。 どこに、堕ちる。ドラドに落ちても、無事であれば生き残れる。ドラドはフルジアに占領された星だ。上陸することは、アンドロメダには出来ないだろう。だが、それも場所による。フルジア軍基地から遠く離れた場所なら、決死部隊の突入もあり得る。 赤い視界が、青に変わる。青空を突き抜ける、白雲。そして大地が、近付く。 「この程度の損傷率であれば、不時着陸に対する乗員生存率への致命的欠陥は生じません。軍基地より応答あり。こちらの緊急遭難信号を受け付けました」 「……理解した。サポートが必要。フィア、来い」 言うなり、オペラは立ち上がり、席を後にする。振動にも、轟音にも負けずに歩む姿は、あまりにも悠然としていて。危機を迎える度、その背は強靭なものへと変貌を遂げる。コックピットから出ようとするその背に。背徳ともとれる行動に。沈黙を続けていたカントが口を開く。 オペラとはそういう人間だ。釈明も弁解もしない。ただ言われれば、必ず応える者。受動の姿を持つ「神」と同様な性質を持つ人間に、その理由を問いかける。 「確率の問題。我々が生きるために、ベストな行動をするだけ、さ」 それは、長く失していた「意志」に似ていた。しかし別物だ。選択をするわけでも、決断をするわけでもない。この場を、この危機を脱する方策のうち、最も可能性の高いものを自動で選出しただけ。結果だけを望むなら、過程という現状は何でもいい。 ただそれは、過程だけを生き続け、結果を残さない「人生」とは違う。 過程そのものに意味を見出すことを、知らない「神様」の答えだ。 故に、意志は無く。応えるのみ。 「――――これも。お前の『役割』の一つか、オペラ」 問う勇気は無く。すでに人影の無いハッチへと、カントは言葉を投げた。 もし本当に、意志らしい意志が無いのなら。この帰還さえ、嘘。あるのが任務だけならば、この結末は、きっとオペラにとって笑えるものではないだろう。 「緊急脱出用ポッド?おいカント、これは何だ。レーヴェは何を?」 「言ったろ。確率の問題だ。信号を発しているスカラを守るのが、生き残る第一の条件だ。さもないと、保護されるまでに時間がかかりすぎるからな。となると、陽動が必要になるワケだ。オレでもお前でも、陽動にはならん。一見して、危険だが。最も生き残る可能性が高い『増援』を受けるため、ってことだな」 四人では、勝てない。生き残るにはフルジア軍の応援が必要だ。そして受けるには、スカラを残しておいた方がいい。三十分間危険な時間を過ごすのか、三時間隠れ続けるのか。前者なら切り抜けられるかもしれない。 「しかし。それではレーヴェが危険だろう。救助するぞ」 「……どう、かな。もしヤツを救っても。その先に待つのは」 大地がすぐ前面に広がり、言葉を遮るように不時着の激震が船体を襲った。
「――――フィア、装備は」 ポッドに備え付けてあるライフルを肩に背負い、周囲の状況を確認する。まだ敵の姿は視認出来ない。心もとない装備だが、救助が来るまでの辛抱だ。位置関係を把握しようと腰に手を当て、そういえばまだカントに渡したままだった、と気付いた。 長閑な、田園だった。草原が続き、人影はまるで無い。静かで安らぐ風景に、しばし、心を委ねてみる。風。空気。流れる、時間に。 「ここは――――故郷に、似ている」 目を閉じたまま、歩いてみる。無骨で似合わない科学技術の残骸から離れ、背の低い草原を歩む。やがて、目を開いた先に、絶景が広がるのだ。それは、谷。切り立った崖の先に、未開の谷が広がる。そこには自然しかなく、人工が無い。 ドラド。未開に近い、低い文明の星。全域がほぼ高山地域であり、人口も少なく、独特な文化を営んでいるとされる。アンドロメダ領時代も、一切の干渉がされず、フルジア領となった今も保護地域のままだ。軍基地も隔離された位置にあり、接点はほぼ無い。 「こうして。変わらない場所で帰りを待ってくれるのも、いい。フィア」 「……ですが、オフェリア様の帰る場所は。余りにも変わってしまいましたね」 この世界のどこにも。帰るべき場所は無い。消された居場所と、消えた過去。そこに鎮座している者さえいる。帰れないよう、そして帰らないように。 「それでも。まぁお前が隣にいるんなら、フルジアに帰るのも悪くないかな」 「――――おろろきました。それはこちらから、御願いすることでしたが」 動揺しているらしい。あまり呂律が回っていないフィアを、光景と共に穏やかに迎えた。驚いた顔をしていたフィアも、優しく、世界に似合う表情でいる。
「自分が育った、迎えてくれる場所に帰りたいんだ。もう――――僕は疲れてしまったよ」
遠い空を見上げ、オペラは。言った。 表情は誰にも見せず、ただ胸に残る感情だけを素直に言葉にした。帰りたい。誰かが迎えてくれる場所に。戻りたい。誰かが迎えてくれた場所に。傷つき疲れた羽を休めに。それは、フルジアではなく。自分が育った、故郷だ。 故郷に立つフィアに告げる。独白は孤独で、子供じみたワガママに似ていた。
今の、君のように。 望郷の念。ここは余りにも似ているから、余計に、思う。 それは褪せず、浅すに偲う。 明日に。帰郷を。願う。
帰る世界へと通じた空からは、黒い鳥が落ちてきていた。 それは禍々しく。忌々しく。敵意と憎悪に満ちた、黒金の鳥だった。
5 黒い鳥。ドラドの空から舞い降りてくる姿を凝視する。それは風に乗り、急襲のように空襲を。谷かっら吹き上げた風の如く。フィアとオペラの立つ崖を目掛け飛来した。 咄嗟に、フィアを突き飛ばし、大きく逃げる。重低音が耳に。大地を抉るのは、およそこの星に似つかわしくない機械音。巨体。それはヒトガタではあるが、人ではない機械だ。二足で立ち、二つの腕をこちらに突きつける姿は人だろう。 ――――歩行戦車。強固な装甲に守られた、対人・対空の戦闘兵器。 重心は低く、全体に無骨な機械は両足に比重を置いている。倒れることとは無縁の容姿。それは不恰好で、しかし構えは威圧を持つ。人でいうならば、胸部から頭部にかけた位置には人が乗り込むスペースが置かれ、そこで操縦を行う。 いかなる悪路でも突き進む二足歩行型の戦車。それは人が勝てる相手などでは決して無い。数倍の大きさを誇るマシンに対し、有効な手段は同じく戦車でしかない。 「フィア、覚悟はいいか――――!」 その襟首を掴み、有無を言わさず崖へと放り投げる。高さなど知らない。位置などわからない。だが歩行戦車を正対した今。この場所より危険な場所など無い―――― 戦車の脇を抜け、崖へ。吸い込まれるような高さだ。だが逡巡は無い。速度を緩めず、勢いも殺さず。ただそこに道があるように、オペラは空へと身を投げた。 瞬間、左足に激痛。次いで左脇腹に鈍痛が走る。口径の大きな機関砲の銃声が遅れて聞こえた。何とか回避はした。心臓ではなく左側に弾丸は逸らせた。治療を受ければ、生きることは出来るだろう。永遠とも思える飛び降り自殺の空。着地など、考えられもしない。 引き裂かれたボディアーマー。肌に密着した黒いスーツが破れた。両腕は生きている。撃たれたのは二箇所だけだ。外観からそう判断し、両腕で頭部を守る。ほんの、気休めだ。衝撃を一割でも防げれば僥倖だろう。 大地が、見える。上は違う、砂の大地。谷間の底。そこに立つ、金髪の少女。 激突。砂の大地に頭からめり込み、大地が破れた。次いで、もう一度、今度は比較的勢いが殺されたのか、衝撃は少ない。そこで、自分が天幕か何かを突き破ったのだと知った。無理に体だけを起こす。遠くからフィアが近付いてくるのが、見えた。 どうやら、民家らしい。天幕を三つの柱で支えた、簡易的な住居。今では柱も倒れ、破れた天幕の中から住人が這い上がってくる。 「えっと……ごめんなさい」 「大丈夫です。私も破りましたから」 大丈夫かどうかはさておいて。未開人の住居を二つも壊したのだから、そこは謝るべきだろう。こちらはフィアと違ってドラド人でもないわけだし。 「上へ戻らなければ医者はいません。立てますか?」 独特の衣装に身を包んだ人々に囲まれる。あまり人数は多くない。せいぜい、この村落で四十人ほどだ。物珍しそうに見つめられる。全員が金の髪に金の瞳。希少なドラド人だった。立てるか、との問いに首を横に振り、何とか肩を借りて立ち上がった。 否。立ち上がろうとし、止めた。その代わり、背後へと回転してみせる。鋼鉄の腕か何かだ。それが大地へと突き刺さり、今までオペラが寝転がっていた場所を襲う。 歩行戦車、と告げる暇さえ無い。その巨体に似合わぬ速度で前進する。 あ、と思った。ただそれだけ。左足を打ち抜かれた現状ではこれ以上、動くことは叶わず。陽光が消えた。仰向けのまま、黒い巨体と、目が合った気がした。 両腕の形が変わる。銃から、ナイフに。刃へと姿を変えた右腕が地面へ刺さり、左腕もまた刺さった。
「腕が、痛いな」 見れば、左右の腕が貼り付けられている。ちょうど、肘の部分。押さえつけられるようだが、刺さっていた。少しずつ流れ出る赤い血を眺めながら、驚くほど、心境は穏やかだった。
「ああ、そうか――――」 足も動かない。腕も動かない。歩行戦車の重苦しい響き。足が上がった。腹部を大地と降り立つ。不快な音だ。胸部から下腹部にかけて機械の足がめり込み、体内から破砕音が流れている。息が荒くなる。逆流した血が口から漏れる。息が続かなくなる。血のせいで呼吸が難しくなる。 まるで、この血の池に、溺れるようだ。
「これで、」 僕はあの日に。 帰レる気がスル。
燃えている。世界は赤。視界も朱。先行した歩行戦車に遅れた陸上部隊が、この村落を襲撃している。公安の連中の考えることは、相変わらずわからない。 聞こえている。 聞こえている。 聞こえてしまう。求めの声。願いの声。望みの声。死という極限に達した人々の声が聞ここえる。それはどのような願いよりも強い、想い。生への執着、ただ一つ。 ああ、何となく。それを無視するのは、痛い。 「カント、しっかり押さえてくれ――――」 知人の声。首を上げて、主を見る。それはまるで、力と生命を失った死体のような仕草だ。首を垂れ、顎を上げ、赤い視界から逃れた先に――――二人がいる。 イザークはその両腕に、パンツァードレスの腕を持つ。横殴りだ。力加減も使い方も知らない。思い切り、有り余る腕力だけで左腕を振り回し、歩行戦車の側面を強打する。勢いを殺せないまま、左腕が飛ぶ。残った右腕が、戦車の胸部に押し付けられた。 「いいぜ、思い切りブチかませッ!」 その背後にはカントの姿。肩でイザークの背を押し付け、反動に備えている。 刹那、空を切り裂く轟音が発せられた。密着した状態で放たれる、パンツァードレスの巨大な銃。カントの足が反動で地面を抉り、イザークがやや、後退した。 一方の歩行戦車も、まともに銃撃を受け、やや態勢が傾いでいた。右腕の刃が抜け、出血する左腕が自由になる。足も無くなった。これなら。これなら、起き上がれるのではないか。 強引だ。何もかもが、強引だ。未だ右腕に刃が刺さったまま、骨や筋肉組織もろとも、刃から右腕を引き抜く。切断されかかった右腕は抜けるが、薄皮一枚で繋がった状態だ。ぶら下がる右腕を無視し、落ちたパンツァードレスの左腕を拾った。 「これで――――『生きる』、その願いを、叶えてやる」 傾いだ歩行戦車の胸部に再び、銃口を押し当てる。押さえも何も無い。密着させるが同時、一撃目を盛大に放った。左腕が空へと吹き飛ばされる。肩が抜ける。しかしまだ――――ついている。 一回転した左腕。二発目。歩行戦車のその装甲を抜くことは出来ないが、大きく揺らいだ胴体を倒す。脱出しようと試みているその最中に、まだ無事な右足でハッチを押さえつける。 三発目。四発、五発、六発、七発。八発、九発、
「双方、そこまで。ここで共倒れというのは、至極、よろしくないのですよ」
公安の動きが止まった。彼らは等しく、その攻勢を止め、正しく列を成した。およそ十数名の隊員は銃を構えたまま、突如として現れた「声」に向かう。歩行戦車を足で押さえたまま、現れた声を見る。 黒いスーツの男。ネクタイまで、黒。黒い髪をしたその声は、背を向けたまま、しかしこちらを視認している。 「イスラフィル、ネフィル。二人とも、それでいいですね?」 「デルフィオーレの庭師が用でもあるのか。御免だな、リエル。俺の邪魔をするならファンダメンタリストでも敵に回す。花屋にも言っておけ」 左腕の兵装を外し、戦車に落とす。その音で、初めて黒い男が振り返った。微笑と共に繰り出される言葉は不快だ。昔から、この男だけは好きではない。 「あまり好戦的だと、こちらもダーリンと呼ばざるを得ません、ウリエル・フォーレ」 「生憎と。男装キャラなら余ってるんだ。とっとと帰れ、ガブリエル・ハイネ」 数年ぶりの再会は、実に最悪。同族はにこやかに笑い、不快でしかない存在のまま立っていた。 ガブリエル・ハイネ、参上。 それは、四人の天使に連なる、聖者の一人。
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