[ O d y s s e y ]   /Craze Create Crash "Opela, Canto, Isaac"

 

「アデレード・フォーレ。死にたくなければ投降しろ――――!」

 

 森を逃げる。シーリアの地を逃げ惑う。後ろからは銃を乱射する敵部隊。各々の装備が違うことを考慮すると、フルジア軍ではなく私設の傭兵だった。

「意味わかんねー!なんだって狙われちゃうの、オレら」

「どう見てもオペラ狙いだ。仲間とわかっているから我らも狙われているのだろう」

「恨みなら結構買ってるかもしれないからかな」

 頭上を光線が飛ぶ。無駄口を止めて、逃走に専念する。だが、この先を行ってどうにかなるのか。フルジアから逃げてきたはずが、ここはまだフルジア領で、しかも後ろに敵がいる。逃げなければ死ぬという事実で、足を動かしていた。

 傭兵に狙われる理由が、わからなかった。多すぎてかもしれない。ただ、あまり腕は良くない。そこに依頼するような人間を襲った覚えはない。個人での怨みではなく、フォーレへの怨恨。それなら、アデレードの名を呼んだ意味がわかる。

「人違いって言えよ、死にたくないだろが!」

「オフェリアです、って?それ意味ねーよ!」

「どう考えてもフォーレ狙いだ。その場合はレーヴェです、だろう」

 数が増えている気がする。時に集まり、時に分散しながら三人で逃げる。後ろから飛んでくる光弾は数を増し、おおよそ六名から十名になっていた。見つかったのだからそれも当然。このままでは全ての仲間を呼ばれるだろう。

「実は。この右手前方に崖があって、その先に村落があるんだけど」

「ど、どうなのよ、それって?」

「ひとまず、後ろの人はいなくなる。だけどフルジア軍の駐屯地になってる可能性もある」

 しかも崖もある。

「オレ、リューヴ人、キライ。家、帰リタイ」

「敵のフリしても無駄でしょ。諦めて飛び降りようか――――」

 木々が消え、森を抜ける。そのまま勢いを落とすことなく、カントを先頭に突き飛ばすようにして崖から跳躍する。時と場合によっては殺人罪。この状況なら心中か。

 下はまだ、多少の林があり、すぐに集落がある。絶叫と共に着陸し、枝をへし折り、葉に

包まれながら地面に叩きつけられる。いい具合にクッションが完成し、イザークはカントの肉体へとダイヴした。

 筋骨たくましい肉体に体がめり込む。悲鳴を無視してイザークが立ち上がり、次いで、最も体重の軽い男女が落下した。

 

 今ので内臓破裂どころか、怪我さえ負わない人間というのも珍しい。愚痴りながら歩を進めるタイタン人を尻目に、呆れるように安堵しながら二人は進む。

「イザーク。テメェ、ガタイだけなら人並み以上だろ。体重は65と見たね」

「惜しいな。だが身長から計算すればおおよそ、いいところだろう」

「へ、普通の女性はそのバストに重さを置くんだぜ。その体型でよくそんな口が利けるなッ」

 片方の眉を吊り上げ、高圧的にイザークが振り返る。口元が珍しく笑っている。邪悪さしかない笑い。小さく悲鳴が聞こえるが、オペラは徹底して無視することにした。175センチほどの身長があれば、彼女の体型はスリムとは言いがたいが、よく鍛えられたしっかりした体だろう。

「ふぅん――――胸は遺伝じゃないんだね」

 女性ホルモンがどうのこうのだ。ああ、だからアデレードはそうなのか。一人納得して呟いてみる。

「……気になってはいたのだが。もしや、レーヴェ。君は私の母を知っているのか?」

「うん。コラリスさんって言ったか。以前に友人ならルテティアへ入れるって言ったが、彼女がルテティアに来てたから」

 さすがに、アリアの友人というだけでは難しい。懇意にしていたコラリス・イザーク女史の娘だから入れるのだ。そして何度か、オペラとも会ったことはあった。背の高く黒髪の、知的な美人だった覚えがある。

「だからか。リラとかいう無礼な女官が変なことを口走っていた」

「ああ、ハーミア。ユミル種は世話好きというか、尽くすタイプだから覚えてるんだろう。おかげで陰謀好きというか、口が滑る」

 ルテティアの話題は、少しだけ楽しかった。昔を懐かしめる。その最後は決してハッピーエンドではないのだが、少なくとも経過だけは楽しかったのだ。

 それは、九年前に終わりを告げて。守りたいモノを護ることを、続けるようになった。

「レーヴェ様、フォンアイツェルン総督がお呼びで御座います。これは、御命令です」

 集落を目前に控え、多数の兵士が待つ。さぁ、自分を忘れよう。ここからは、護る時間だ。

 

 総督というのは三人。それぞれ、一級貴族の人間だ。四人の当主のうち三名が総督である。シーリア星系のヴェルブング、レグルス星系のヴァルトラウト、そして新たに任命されたデケネイア星系のギーゼルベルト。これらは独立していると言ってよく、権限も女王に次いだ人間たちだった。

 彼らはそれぞれ、自分の思惑を干渉されずに進めることが可能である。中でもヴェルブング・ティンクンベルンはフルジア国内で第二位の地位で、女王と権力をほぼ同じくする。彼はフルジア星以外を連合とし、その連合軍の全てを指揮する司令官だった。

 まず、彼に会えれば。そうオペラは考えていた。このシーリアなら会えるだろうと踏んでいたが、現在、彼は前線で指揮をしているらしく、代わりに帝国軍機甲師団の指揮官であるフォンアイツェルン少将が統治しているようだった。

 現在の戦線。レグルス星系を完全に制圧し、マゼラン銀河を掌握、銀河系ネアポリス星系のシリウスから太陽系のトリトンまでを戦線としている。シーリアやフルジアのあるアルクトゥルス・スピカ星系は平和そのものであり、ヴェルブングがレグルスを司令部とする理由が成立する。

「……つまり、ヴェルブングがレグルスで待っている、と?」

「そうだろう。私は殿下に足を用意するよう言われている。ほとぼりが冷めるまで、フルジアを離れるべきだという見解で彼とは合意に至った。フルジアには戻らない、という反対意見もあったが、殿下の居場所はここにしかないでしょう」

 カントらと三人で即席の司令部で会合する。ヴェルブングとフィアの説得が功を奏したというところか。父なる人は未だにこの身を信じているらしい。反対意見があるということは、おそらく三者。ギーゼルベルトも加わっているのか。だがデケネイアはフルジアより後方で、おそらく寄ることはない。

「ですが、納得は出来ません。殿下、そこまでして兄に会う必要があるのか、と。正直、承服しかねます」

「それは――――どういう意味?」

「言葉どおりです、アデレード様」

 オペラに視線が集まる。アデレード・アレクサンドラ・フォーレ。隠すこともなく、あっさりと教えた張本人を、軽く睨みつける。

 何にせよ、男装というのも無理がある。いずれは露見することだ。事実、ゲルトラウデをはじめとした数名にはすでに知られていることだった。

「先ほど、フォーレの人間を狙う一団と遭遇した。それに現在、リューヴでは一大反攻作戦が練られていると言う。今まで何の音沙汰もなかったリューヴが、地球を出し抜いて作戦を展開する。どうにも、リューヴの中にはネズミがいるようだ」

「オフェリア・ヴァン・フォーレ。彼はアデレードを演じているのでは?」

「どうだろう。あそこまで完璧に演じられるものなのだろうか。それにここにいるイザークはオフェリアの存在を感じ取ったらしい。オフェリアはアデーレの他に存在し、アデレードが替え玉とも考えられる」

 ふと、イザークが気付く。そういえば、会ったアデレードは実に女性らしい人間だった。普通の女性ではなく、女性らし過ぎるのだ。あれは、思えば女性のイメージ、理想そのものか。得てして、男性が女性を演じる時は、そういった女らしすぎる女になる可能性が高い。

 オフェリアはルテティアにいる。それは間違いない。なら、アデレードが一人二役を演じている可能性がある。アデレードがオフェリアで、オフェリアがアデレードなら。確かに、彼女、否、彼の言葉に間違いは無かった。何せ、オフェリアはルテティアにいて、イザークと会っている。

「何にせよ、まずは確認しなければ。それには、きっと俺が役に立つ」

「フォーレ家には不明な部分が多すぎる。わかった、わかりました殿下。この星に潜入している人物に関しては、こちらで調べましょう」

 ありがとう、と礼を言う。こちらに口実を全て信じたわけではないだろう。それでも彼女は是と頷いた。そのことに感謝を示し、頷いてからヴァルトラウトは退室した。

 

 アデレード・アレクサンドラ・ガートルード=フォーレ。純粋なるリューヴ原住民。神の代理人、そして聖なる力を持つ女性。それが人工的に作られた装飾ならば、人々の憧れとなるのも無理はない。完全無欠、一点の曇りさえない完璧な生命体。

 それが、どこをどう誤って、現在に至ったのか。答えは複雑に絡み合った真実の奥。人の想いが全てを超越し、影響した先に産み落とされた。彼女は守り手。守護者として今日も生きる。守るべきものが、今日と明日を生きられるように、と。

 フリゲート艦のスカラを授受されるのを待つ間、このシーリアでも辺境にある基地に滞在する。明日には進発が可能だろう。オペラだけが別室を与えられ、床についていた。

 二人は航路について計画をしている。スターバーストを回避し、レグルス星系に入る。惑星ドラドにある仮設のフルジア軍ドックで補給を済ませ、アンドロメダの領域へ。燃料が持つのはせいぜい太陽系までで、ネアポリス星系か太陽系のどちらかで再度補給。それからアカデルス星系を抜けてリューヴ星系に入る。

「フォーレ家は黒に近いブルネットらしい髪だそうだ。私が見たアデレードもそうだった。オペラもそうである以上、やはり兄妹かな」

「母であるガートルード様がそうだったんじゃなかったか。違いがあるとすれば、髪の長さと瞳の色。オペラの方が深い青だ。顔のつくりもほぼ同じだろ。だったら双子の線で間違いない。『兄』って思ってるから間違うのさ。姉妹と思えばいい」

 アデレードは言った。自分と同じ顔をしているなら、それは兄ではなく姉だ、と。一卵性の双子である以上、性別に違いは出ない。なら、もしや二人とも「アデレード」であるのかもしれない。妹がここにいて、姉がルテティアにいる。そう考えれば自然だった。

「しかし、ルテティアのアデレードは『兄』がいると言っていた」

「それが引っかかるな。さっぱりわかんねえ。誰が誰で、本物はどれだよ」

 そもそも、誰が誰であっても問題はないのだ。仮に双子の姉妹が入れ替わっていたとしても、双子であるならどちらも同じ。オフェリアでありアデレードである。そこに差異が無い以上、取り替えるのは容易で、しかし取り替える必要がない。

 ならば、入れ替えなければならない事情があった、と考える。違いもある。それは上下、年長とそうではないかだ。上がオフェリアで下がアデレード。オフェリアが当主となるのが妥当であり、フィルウィリミテア教の教祖になるのはオフェリアだろう。ではなく、アデレードを当主にしたかった。

 だがそれも、どうにでもなるだろう。アデレードがオフェリアと名乗ったところで違いはないのだから。

「双子、か。ならオペラもあんな性格なのか……」

「え、なに。そんなに聖女様ってキツかったのかよ?」

「何と言うか、物凄い人だった。『ほぅら、アンタの好きなエサだ、たっぷり味わいなさい』という感じだ」

 腹をかっさばいて冷笑する姿を思い浮かべるイザーク。彼女ならやりかねないが、そこまでするとすでに別次元の人間である。

 時刻はすでに深夜になり、周囲は寝静まっている。そろそろ休もうか、と提案をすると同時、基地内に警報が鳴り響いた。

 

 小さな基地だ。120名ほどの兵士しか置かれていない、分屯基地。通信業務に従事するらしいが、本部とは遠く離れており、そのためにスカラの授受も時間がかかった。

 突如として鳴り始めた警報。侵入者を知らせる調べに、寝ようとしていた二人が飛び起きる。可能性は多々あれど、現状において襲撃してくるのは昼間に遭った彼らしかいない。ヴァルゴ領域内で襲撃してくるとは、あまり想定出来なかった。

 しかも、指揮官がいない。スカラの要請に行ったヴァルトラウトがおらず、交代でこの基地の指揮官が戻ってくるはずだった。内部での怠慢。それも、この辺境の施設を襲撃するとは考えられなかったためだ。素早く着衣を済ませ、二人が部屋を飛び出す。狙いは、オペラ以外にない。

 暗い廊下を進んでくる人影。発見されたにも関わらず発砲をしてこない。味方か、と一瞬だけ脳裏をよぎり、しかし味方ではないことを把握する。兵士とは思えぬ格好。軍籍すらわからず、確認をする前に、カントが走り出す。

 二人組。カントは有無を言わさず一人を蹴り飛ばし、もう一人に狙いを絞る。昏倒した一人を放置し、掴みかかろうとして刹那、その腕がとられた。

 驚き。カントは人間ではなく、タイタン人だ。彼らの身体能力は人間種を軽く凌駕し、よもや、奇襲めいた一撃を防ぐことなどあろうか。力と力がぶつかり、しかし結果は、膠着だ。後ろからも足音が忍び寄る。残されたイザークは飛び掛るような真似をせず、ゆっくりとカントの背につき、間合いを作って警戒を見せる。

 敵が三人になる。薄明かりで、青い髪が揺れた。頭部へ襲いかかる拳を何とか外し、さほど大きくは見えない敵を視界に収める。背はイザークとさほど変わらない。だが、機敏な動きと瞬発力は、およそ人間種とは思えない。タイタン人に匹敵する、ソレだ。

 カントが奇声を上げ、掴んだ敵を投げ飛ばす。空中で姿勢を整えた男は、アクロバティックな動きで着地した。ズィーベンやとは、格が違う。一息をついたカントが、後退しながらイザークを引っ張る。距離を置き、奇襲されるのを防ぐためだ。

「カミーユ種か、お前たち。このオレ様と張り合うなんてのは、人間じゃ無理だろ」

「まさか、カルクス人か。反アンドロメダの勢力がなぜこんな場所にいる」

 純血カミーユ種。カルクス人とも呼ばれる種族だ。数はタイタノイドよりも圧倒的に少なく、リューヴにて少数のコミュニティを築くだけに過ぎない。彼らは昔、カルクスという星に住んでいた戦闘部族であり、地球へ侵攻を試みて、サピリオ人に虐殺された。その戦争で地球は外宇宙に知的生命体がいることを知り、アンドロメダ銀河のサピリオと交流を深めて技術を得たのだ。

 その戦争で、カルクスは破壊された。星もろとも破壊された。行き場をなくし、唯一生き残ったカルクス人はリューヴに閉じ込められたという。だがそれでも移民たちは数を増やし、しかしリューヴに迎合はしなかった。

「タイタノイドとお見受けした。本来なら一騎討ちを申し出る状況でありますが、今宵はご容赦なされよ。我らには目的がある。邪魔はされないよう、願いたい」

 儀礼を重んじ、正義を貫く種族。それがカミーユの評判だ。リューヴという星にあっても、彼らは他種族と交じることを快しとせず、自ら隔離されていた。プライドが高く、他種族を見下しているのだろう。

 話は通じるのだ。自分より強い、あるいは同等の相手には礼儀を払う。地球人であるイザークなど眼中にないだろうが、タイタン人であるカントは認めている。

「何故オペラを狙う。納得いく答えがねえと叩き潰すぜ」

「ふん、貴方もリューヴ=レイスを信ずる一人ですか」

「違うな。オレもお前も、同じマイノリティだろう?オペラは友人だ、それにカミーユが意味もなく人を襲うとは考え難いからな」

 先ほどから、口を開くのは一人だけだ。カミーユに特徴的な青い髪。目はすでに慣れてきている。黒い衣服に身を包んだ青年は、細く切れ長の目をした美青年だ。肉体は細く、流線型を思わせるキレのある体。ただしっかりとした骨格が、決して華奢には見せない。

「フォーレはカメリアを破壊した張本人だ。新天地をなくした我らは、どこに行けばいい?たった一つの過ちで、何故今を差別されねばならないのか。優れているが故に、恐れられる。それは、貴方も同じはずだ」

「ちょっと、待った。フォーレが壊した、とはどういう意味だ?」

 確かにオペラ・レーヴェの決断で、カメリアは破壊された。カメリアはカルクス人の移民計画としての役割を持っていたことは知っている。それが軍事基地となり、そして破壊によって多くのカメリア人、つまりはカミーユ種が死んだことだろう。

 だが、それが何故、フォーレ家の仕業になるのか。オペラがフォーレの人間であることは事実だ。彼らの言葉に間違いはない。だが、どうしてそのことを知っているかが問題になる。

「カメリア自爆は地球軍がしたことだ。だが、自爆の用途を持たせたのはアンドロメダ連合軍のアマデウス・ツェルニーだった。実際に指示を下すのはリューヴ大統領だろう。だが、あの男にそんな根性はない。後ろで指示をした人間がいる。それもあの的確なタイミングで、だ。非人道的な策略をアンドロメダがとるはずがない。アマデウスは古くからフォーレとの繋がりを持つ。とすると、指示を出したのがアデレードかオフェリアしかいないではないですか。事実、その鍵はフォーレの使用人であるローゼンミュラーだ」

「お前、オフェリアを知ってるのか」

「調べました。聖女に兄がいるなど、何故隠しているのか。それこそ、罪の証明に他ならない」

 暗闇で、光が灯った。刹那に輝く白金の煌き。其は生命を殺傷するための道具。他の用途などあろうものか。取り出した刃は敵意と殺意だけを明確に提示する、巨大な屠殺の剣。全長、全幅、そして重量。全てが規格外の、巨人の剣だった。

 人間が持つモノではない。驚きもそのままに、青い髪の男は両手で柄を握り、投げつけるような仕草で大振りに横へと薙ぐ。鋭い動きと剣閃、研ぎ澄まされた鋭利過ぎる一撃。それは、速く。ヒトが抱くあらゆるイメージを超越し、降り注ぐ。

 奇声と同時に轟音。コンクリートの壁を破砕する力と技術。回避は成功、そして同時。人間はあらゆる思考力を麻痺させた。

 及ばない。誰も考えない。だからこそ、驚きが恐怖になった。一撃は二、連撃へと変わって壁面を切り崩した刃が今度は頭上、垂直に振り下ろされる。重量など全くの無視。その体のどこにそれほどの腕力が眠るのか。人間の考えなど及ばない。故に――――青い髪の種族は、史上最強の戦闘種とされる――――!

 

 だが、しかし。

 それを凌駕すればこそ、新時代の戦闘種――――

 

 カントの巨躯が前方へと流れる。垂直に放たれる高速の剣閃、前へと穿つ超速の弾丸。交じることなく交差して、青い髪へと金の髪が肉薄する。

 柄。両の手で握られた巨剣の柄に、カントの右拳が当たる。両者の、動きが停止する。互いに力量は酷似。衝突は均衡になり、力が震えを生み出した。

「カルクス人が、奇襲か。似合わないだろ」

「タイタン人相手に、いくら速く動こうが奇襲になるものか」

 無意味、と感じ取った両者が距離を開く。素早いステップで共に後退し、一再、膠着に。

 だが、不利な状況には変わりない。リーダーがあの男だとしても、カミーユ種はまだ大勢残っている。敵の数は多く、なお強い。現状では、逃走も難しい。

 そう、打破するなら。もう一人の仲間が必要だ。

「ストップ。死にたくなければ、全員、その場を動かないように」

 声が聞こえる。女性めいた声音に、男性的な口調。絶対なる優位から、中立的な発言をする人物の登場だった。オペラ・レーヴェ。廊下を悠然と歩く姿には、余裕を感じさせることなく、緊張感を持つ。油断はない。あるのは、状況を冷静に把握し、かつ有利に導く思考のみ。

 右手を胸の前に、天へと向く。大事な何かを胸の前で持つような仕草。淡く、蒼い光があった。

 フォーレの力。彼らが神に与えられた力は、焔と聞く。神の焔を右手に携え、中央を歩く。廊下の向こうから、ただの一言で人波を割る。そこに――――確かな神性を感じる。

「アデレード、待て話がある――――」

「よくできました。では皆様、御機嫌よう」

 合流したオペラは、その右手を天へ向け、神の光を放った。射出された光が天を貫き、コンクリートの瓦礫に変わり、道を塞ぐ。崩落する背後を見ることもなく、天使は優雅にやって来る。

 

 基地内は混乱していた。統率のとれなくなった兵卒と出くわすこともある。統制のない軍隊。奇襲は成功としか言えない。施設内の電源は落とされ、隔壁が遮断された状態で全ての廊下が通行できるわけではなくなっていた。

 軍施設は各ブロックに分けられている。幾つかの棟があり、宿泊専用の棟からは渡り廊下を伝って武器庫などのある格納庫へ向かうのが目的である。そこでスカラを拝借し、シーリア星を脱出するという算段だ。各ブロックごとに隔壁があり、格納庫へ通じる渡り廊下は上下の二段とも封鎖されていた。

 敵、カミーユ人の侵入経路は格納庫とは反対の通信施設方面から。すでに制圧されていると見てよく、奇襲は第二段階として宿泊施設に手を打ってきている。まず通信を潰し、次いで兵士たちの寝所を襲撃する。それで動きを麻痺させることが可能で、事実、基地内は混乱に陥った。

「目指すのは相手も格納庫。武器庫を押さえれば敵の勝ち。この状況じゃ俺たちもカミーユも変わらないだろうから、侵入は難しいな」

 最も強固なロックがあるはずだった。曲がりなりにもフルジア軍に在籍しているオペラならば突破も可能かもしれない。廊下を格納庫へと進みながら、スカラを受け取る方法を考える。

 極力、外に飛び出すことは避けたかった。すでに包囲されているだろう。その状況で飛び出せば格好の的になる。外から格納庫を包囲することさえ考えられる。格納庫を目指すのは自殺行為に近いが、先にカミーユが達していないことを願うのみである。

「上、かな。上部の渡り廊下の天井を伝って格納庫の棟に渡って、壁伝いに地上降下」

「地上降下って――――ロープとか、縄が無きゃ飛び降り自殺だぜ?」

「そこは、ほら。ここに来た時の手法で……」

 カント下敷き作戦である。最初にカントが飛び降り自殺をして、その死体の上に着地するのだ。

「し、死ぬ。マジで死にますわ」

「多少の犠牲は止むを得ないな。イザークと俺を守れ」

 隔壁に到達する。上階の渡り廊下、五階の高さにある通路を前に、隔壁の隣に設置された端末にオペラは触れる。どう操作しても隔壁の解除は難しいが、排気口を開くことは可能だった。隔壁の右上に見える小さな通風孔が開き、朝焼けが入り込む。

 まずイザークが跳躍して手をかけ、よじ登る。通風孔の先に消えたのを見届けてから、オペラとカントは見合った。

「……ハイハイ、届かねぇんだろ、お姫サマ」

「悪い。台になるのだ、下僕」

 通風孔の下で四つん這いになるカント。それを遠慮も容赦もなく踏んづけて、ジャンプした。

 

 渡り廊下の上を、低い態勢で素早く進む。なるべく音を立てないようにして行き、格納庫の棟に到達する。外側から排気口を開けることは不可能なので、ここから下に向かわなければならない。回り込んで格納庫の前面に向かい、そこでスカラの到着を待てばいい。

 しかし、下りる手立てが無い。無いので、ここで待つことにした。

 いつものモバイルにヘッドホンマイクのジャックを差し込む。フルジア軍の通信回線にダイヤルを合わせる。シーリアの通信は全てこの基地を基点として電波を発信している。ここの通信施設が占拠されれば回線を開くことは難しい。しかし、スカラはすぐ近くにあるだろうから、直接飛ばしてやればいい。

 短波を飛ばしてスカラへ通信を送る。格納庫と宿泊施設の渡り廊下の上にいると伝え、ヴァルトラウトの声が返って来る。おそらく、彼女が到着する頃には、カミーユたちも撤退しているだろう。

「ソレ、便利だよなぁ。アンドロメダも作ってくんないかね」

「基本は通信機なんだ。宇宙通信技術はサピリオも優秀だけど、応用には至らない。ぶっつけで短波飛ばしてトランシーバーにする技術は無いってコト」

 電波を飛ばしてマッピングを行うことはアンドロメダの技術では難しい。まして、こちらの電磁波攻撃で科学技術が淘汰されているのだ。今後の成長も見込めないだろう。元々、フルジアは技術力で勝っており、スタート地点から違っている。

 肉体にピタリとフィットするタイトなボディアーマーは防弾・防刃と耐熱効果を持ち、白兵戦闘を仕掛けてくるタイタン人と互角に戦えるようにした。通信技術は情報戦に勝利するように開発され、あらゆる面でフルジアが優位に立つ。戦争の経緯がフルジアに傾いた原因はそれだろう。

「我々の武器は信仰、か。随分と分の悪い勝負ではないか」

「そう、いくら俺でもフルジア人全員を吹っ飛ばすのは不可能。リューヴ=レイスでも唯一の戦闘特化型のフォーレ家だろうが、まず無理がある。そもそも、それで勝てたらリューヴは滅びちゃいない」

「じゃあ、何で滅びたのさ。リューヴ人から聞きたいな、真実ってモノを」

 原住リューヴ人が滅びた理由。彼らが独自の国家をリューヴに作り営んでいたのは、千年前だ。科学技術というものがおよそ存在せず、それでも彼らが宇宙に繰り出していた。その原始宗教が今のフィルウィリミテアであり、他の惑星の宗教と共通点を持つことから、ルーツはリューヴとされたのだ。

 全ての文明の発祥点。原点であるリューヴは、ようやく宇宙開発をするまでになったサピリオに滅ぼされる。リューヴの衛星ともいえる位置にあるサピリオ人がリューヴに流入し、原住リューヴ人との混血児が生まれる。それで血が薄まり、能力を持たなくなった。

 やがて王政を打倒し、時と共に消えてしまった。しいて原因をあげるなら、時間としか言いようがない。

「そもそも、俺たちがいかに万能だろうと、リューヴ人百人とサピリオ人一万人じゃ勝負にならない。今のリューヴ=レイスは世襲の貴族で、血統を重んじていたから生き残れたのだし」

 リーティアを筆頭とし、フォーレ、ハイネ、アルエの四家が主流。他に幾つかの家がある。それでも、現在生きている純血のリューヴ人は十人ほどだ。

「ウチは海軍大将だったかな。岩石でできた航宙艦を宇宙に飛ばしていたよ」

「ッ、すげえ無茶っぷりだなぁオイ」

「千年前など地球では大航海時代ではないか。リューヴでは宇宙へ航海していたとは、驚きだ」

 そして、行く先々で技術を教えた。未開の惑星はリューヴ人を神と崇め、現在のフィルウィリミテア教信仰へと繋がっていく。

「ただ――――航海が目的で戦闘は考えなかった。だから、砲撃などの攻撃技術は生まれなかった」

 希望。新たな出会いは、友愛に満ちて。航海の先に希望に溢れた出会いがあると信じていた。出会った人々に自分たちを教え、余ることなく技術を伝え、文明に影響を及ぼさないよう気をつけながら文化を教えた。

 だから、その隣人が攻めてくるなど思わなかった。出会いが敵意に変わると知らなかった。

「この戦争も、そうだ。フルジアとアンドロメダの出会いは、親愛ではなく敵視だった。故に、手を取ることなく争い始めた」

 他文明とのファースト・コンタクト。異文化だけならまだ許されよう。問題は、接触を試みた側の勢力が、接触を受けた勢力に対し、絶対的な優位にあるという点。今回はそれがフルジアであって、今回はそれが侵略に変わった。

 ただ、侵略というのは難しい。侵犯する方が難しく、防衛する方が有利である。四方その全てが敵、草花さえも敵の土地へ進み、慰撫しつつ自国へ組み入れ同化させなければならない。仮に侵略に成功しても、人心を得られなければレジスタンス活動やテロリズムに遭うだろう。

 フルジアには、そのセオリーを覆す勢いがあって。リューヴは、取り戻す力とタイミングを失った。

「双方には冷却期間が必要だった。出会い頭に激突したんだからな。そのまま過熱し、逆上せた頭ではただただドンパチに向かってまっしぐらというわけだ。フルジアに道理と利害を説き、リューヴを納得させた英雄が登場しなけりゃ、とっくの昔にあの国は滅んでる」

「第一次の休戦協定か。ふん、二度と考えてるようだけど、カント。ソレは無理だよ。あの時はまだ思考力があった。今の両者を説得し、休戦のテーブルにつかせるのは先と比べて余りにも難しい。それに、オベロンはいないし」

 オベロン・アリエル・ペリクリーズという人物が休戦協定の調停役となった。二十年は前の話だ。生まれる前から戦争をしているのだが、生まれた時は戦争をしていなかった。

「だぁから、お前を呼び起こしたんじゃねえか、オペラ」

「お門違い。アデレード・サーシャ・フォーレに言いなさい。オベロンは宗教の背景を存分に悪用した人物だぞ。俺じゃ無理無理」

 ふと、思う。「オフェリア・ヴァン・フォーレ」などという人物が存在するには、理由と意味がある。そして目的と決意を持つ。「アデレード・アレクサンドラ・フォーレ」には不可能な何かを成し遂げるには、彼の存在が不可欠だった。

 ただこの目で見るまでは。信じることも認めることもしたくはない。

 

 藍の空。黎明の風に乗り、舞い上がる青と蒼。

 直下よりの強襲を受け、オペラ・レーヴェは対応するようにとスカイロビーの床を蹴った。刹那、宙に舞う黒い群青。急上昇する鮮やかなブルーを迎え撃つ。約束の時間にはまだ早い。待ち合わせに早くつきすぎた代償か、青い髪のカミーユが先に待ち合わせ場所の空へと到着した。

 驚異的な身体能力。カミーユはその異常なる脚力で壁面を蹴り、壁から壁へ伝い、まるで飛ぶかの如く空を跳んでいた。対抗するオペラが舞い上がって来る敵へと鋭く切り込み、錐揉み状になって渡り廊下へと激突した。

 その神速に、誰もが唖然とした。来襲の二人に遅れ、イザークとカントは後詰としてオペラの背後に立つ。立ち上がったオペラがカミーユ人と距離を置き、一分の隙さえ見せず正対する。一方、巨剣を握った敵はゆっくりと悠然と、遅れながらも雄々しく立つ。

「――――それほど殺されたいのか、カミーユ。二度は逃がさない、二度は言わない。二度目は、殺す」

 オペラの目が、蒼く煌く。すでに白んだ空、まだ藍の空。二分する空の境界線の中心で、オペラの目が灯る。神性なる神聖の瞳。オペラ・レーヴェが純血のリューヴ人だということに、最早間違いはなかった。

「アデレード・フォーレ。カルクス人の代表として、このティア、貴様へ戦闘を挑む。我が血で我が骨が塗れようと、我が命で我が肉が散ろうと、この誓い、決して違わぬ」

 強く、胸を叩き。ティアと名乗ったカミーユ人は力強く、そう決意を述べた。そこに理由も、そして意味さえも存在せず。ただ闘うことだけを目的とし、意思としていた。崇高なる意思を感じ、思わず、同じ戦闘種族であるカントさえも、一瞬怯んだ。

 リューヴ=レイスの威圧にも、負けず。ただ勇気だけを握って、彼はそう言った。

「……ティア・ヴァーグネルか。カミーユの族長の指示とは思えないな」

「左様。長の意思ではなく、長の意思とは反するかもしれない。だが、もう止まれない。我らは行き着くところまで行こう。そこに終焉しかなくとも、もう、止まることなど出来ない。それが、暴走ということだ。これ以上、同胞に黙って耐えよとは、言えない」

 思えば。カミーユ人こそ不遇な種族はない。過去に一度、地球へと侵略しただけで。今なお迫害を受け続ける種。それは、恐れだ。強力な力を持った小数部族。数を増やさないよう、そして目の届かないところに行かないようにと抑圧されている。

 彼らに与えられたのは、新天地という希望。だが、それさえ。カメリアという希望は消え去った。

「罪はこの身で払おう。ティア。オマエのその願い――――叶えてやる」

 罪を背負う、小さな体。重すぎる責務と罪業を担った守り手は、そう呟いた。

 手出しは無用、と片手を伸ばして背後の二人を退ける。なおも、拒む助けの手。今もなお、小さな背は孤独となり。原罪に消えた子供が空を見上げた。

 今もなお、孤独で。今もなお、気高いままに。

 かつての栄光と比べ、何ら遜色の無い光を右手に生み出した。

 

 極光の蒼。蒼穹に似た光が壁面もろとも空中を突き抜ける。ティアを確実に捉えた光は押し出すように。空中廊下の天井より敵をかき消した。勝負や決闘、といった次元のものではない。それは、すでに虐殺。圧倒的な力を握った光の天使による神罰だ。

 真下に詰め寄せていた他のカミーユ人も、その光に照らされた。威圧、または威厳。人など寄せ付けない神の力。まざまざと見せ付けられた今の心境は、誰もが、カントたちも同じだった。

 誰も神など信じない、概念的な存在だとする。だが、これは何だと自問する。もし、神がこの世に、本当に存在していたのなら。もし、神と同じ存在がこの世に生きているのなら。それはもしや、信仰に匹敵する存在なのではないだろうか。そして信じるに値する存在ではないか。

 これが、聖教。フィルウィリミテア教と呼ばれる、世界の宗教。実際に存在する神を崇め、救いを求める宗教。かつてのリューヴ原住民同様に、また、未来の人々も信仰をする。その理由は、ここに。神と同じ力を持ったリューヴ=レイスへ向けられる。

「……これでしばらく、過激な行動をとることはしないだろう。面倒な第三勢力が台頭されても困るし」

 ほう、と息を吐きながら、ずれたジャケットを左手で直しつつ、オペラが振り返る。

 オペラの言うとおり、これで真下にいるカミーユたちがさらに過激な行動をとるとは考え難い。まして、フルジア領で、フルジア軍に敵対行動をとったのだ。アンドロメダだけではなく、今度からはヴァルゴも敵になる。

 目の前で神性を見せ付けられ、逡巡をする。さらに両軍から睨まれては危うい立場はさらに失墜。行動を起こしにくくなることは確かだった。

 戻ってくる、オペラ・レーヴェという仲間。迎えようと一歩前に出て、しかしイザークは、真顔で言葉を紡いだ。

「オペラ。君は……誰なのだ――――?」

 神か、あるいは。

 問いに返すは、清らかな微笑。彼はかすかに笑って、巻き上がる風に目を閉じ、身を委ねる。

 遥かな空からは、一隻の冒険者が影を作ろうとしていた。

 

「女王陛下、並びにシーリア総督よりAS/3のアーマースーツが五着、PD/2の試作型パンツァーが一機。それにゲオルギーネ王女よりオフェリア殿下のお着替えを。ご兄妹にお会いになられるなら、と用意されたそうです。ブリーゼマイスターからはこちらに。私は機甲師団の長としてスカラが電磁宙域で足止めを食わないように善処しましょう。カミーユ人は撤退した模様、すでに反応はありません」

 ブリーゼマイスターからと言葉を付け加えられ、渡していたモバイルを返してもらう。必要最低限な資金は、せいぜい高級ホテル三泊分である。それでも、公金から捻出されたと思うと裏金な気がしてならない。宰相の職権濫用を感じながら、しかし礼を言って受け取った。

 迎えに来たスカラに乗り込み、計器類や操縦に関する詳しい説明書を渡される。目を通しておいてということだ。早速、エンジニアでもあるカントが目を輝かせて板状のディスプレイを受け取り、覗いていた。

「陛下は、私について知っている?」

「ヴェルブングの説得のおかげです。体面は現職のまま、長期休暇となっている。陛下はひどく気落ちなさっているらしいが、帰還する日を心待ちにしているでしょう」

 とんでもない放蕩息子、ではなく娘になってしまっているらしい。それに少しだけ、気をとられる。だが、どうしても行きたい。行って、確かめたい。会えない肉親と、オフェリアの正体を。だが、帰るべき場所は、きっとここにしか――――

「では、私はここで。道中、くれぐれもお気をつけを。ご帰還をお待ちしています、オフェリア殿下」

「ありがとう。本当に。これは土産が必要だ。賄賂と思って諦めて受け取れよ?」

 冗談めいた別れの挨拶。仕方がないですね、と言ってヴァルトラウトは最後に、スカラから退出した。

 残されるは三人。コックピットで操縦画面の前に座るカントを筆頭に、後ろにある座席に二人が座る。まずはアンドロメダ銀河団へ。そして親愛なる君に、会いに行こう。

 星の海へ。順風満帆とはいかないが、恐れは無く。ただ希望だけを持って航海を始める。