[ O d y s s e y ]   /Faust Fiendish Fact "Opela, Canto, Isaac"

 

 神の住まう星に降り立つ。そこは、神秘というには少々、疑問が残る道だった。

 正面には大聖堂。遠景には森が見え、左右の視界は開けていた。奥にはおそらく、関係者の家があり、他は全て自然のまま、人の手が加えられていない。飛行場と、大聖堂しかない惑星。ルテティア・パリシオールムは、これほどまでに人を寄せ付けない、そして荒れた場所なのだろうか。

 花壇がある。道の左右にある花壇は、その全てが土。荒れ果て、すでに枯れた花が長年の風雪を経て、土に返っている。手入れがされていない花壇を、どこか寂しい心境で見つつ、足はそのままオリュンペイオン大聖堂へと向かう。

 守衛に話を通してみる。アリア・ローゼンミュラーの知人である、と名乗ると、確かに認めてはくれた。オペラ・レーヴェの言うとおり、貴族でなくとも、知人でも入れるらしい。渡した個人証を返してもらい、重たい扉が開かれる。

「聖女アデレードに謁見は可能か?」

 中に入る前、そんなことを守衛に訊ねた。いらない節介が心に浮かんだのだ。もし聖女に会えたのなら、心待ちにしている兄貴とのコンタクトをとろう、などと。兵士は容易く、首を縦に振った。

「中央階段を進んだ先の礼拝堂奥の私室におられます。アデレード様の私室となっておりますので、お二人に会うことになりますから」

「そうなのか。……随分と、甘い規則なのだな」

「普段はお通ししませんが、イザーク様はご友人、と聞きますので」

 こんな惑星に閉じこもっていれば、知人は少ないのだろう。会いに来る友人に対しては緩いのかもしれない。礼を言ってから、聖堂に入る。言われたまま、中央に見える階段を進み、二階正面にある礼拝堂に入る。

 数名のユミルが、掃除をしていた。その光景を横目に、礼拝堂の一番奥、その左側にあるドアを見つける。正装をし、武装をしないせいか、神官たちは視線を向けてはこなかった。想像とは、多少違う。違和感を覚えつつ、ドアをノックし、入室した。

 ――――私は、一体。何に、否、いつの聖堂と比べて、違和感を覚えているのか。

「あ、アデーレ様。あの方がセリアさんですよ」

 あまり広くもない部屋だった。ベッドに座った少女と、こちらを示して紹介するアリアの姿がある。先に話は通っていたらしく、入室しても驚きはないようだった。アデーレと思しき少女は振り返り、恭しく礼をした。その仕草が、どれ一つとっても優雅で、可憐だった。

 自己紹介を受け、名を返す。自身有り気に微笑みながら名を言う姿。その全てが、彼女にとっての誇りなのだろう。貴族というのは、こういう部分で庶民を圧倒する。

「その後、どうしたかと気を揉んでいたが。アリア、元気そうだな」

「はい。ちょっと物足りない感じはするんですけど、ねぇ」

 アリアは、切断されている。カント技師によって全ての接続を切断され、救助された。歌姫として歌うことはできるだろうが、全世界にアピールすることは不可能だ。彼女はオンラインの妖精から、現実世界の住人へと変貌を遂げている。

 以後、歌姫はマスメディアに姿を現していない。故郷のルテティアへ帰り、アデレードの世話をしている生きている。まったく音信がなかったので、少し心配になって見に来たのだ。カントとはある程度の連絡はとっていて、オペラとは全く、不通である。

「カントさんはお元気なのですか?」

「ああ。今はリューヴにいるはずだ。礼金を政府から受け取り、あとは気ままに、好き勝手に生きている」

 オペラも気になる。リューヴで別れた後、彼とは何の疎通もない。リューヴのスパイ、ということだから、おそらくフルジアに潜入しているのだろう。オペラ・フォーレ。おそらく、このアデレードの兄。それが何故、と思う気持ちはあった。

 それを知りに来たようなものだ。どうにも気になる。あの男が神を捨て、地位も名声も全てを捨てて、フルジアに忍び込む理由が知りたい。

「聖女アデレード、本日は貴女にお話があって、」

「そうですか。では、お茶にしましょう。丁度相手が欲しかったところです。アリア、支度をなさい」

 タイミングを外され、気が抜ける。いそいそと支度にかかるアリアを見ながら、調子が狂うと思った。

 

 私室に繋がるバルコニーで、優雅にティータイムとなる。力を込めればへし折れそうな取っ手。歯を立てれば噛み切れそうな薄い飲み口。どうにも、こういう繊細なモノは苦手である。がーっと飲み干したくなる。それでも、何とか眼前で聖女が飲むように、見よう見まねでやってみる。

 ちびちびとティーカップを傾けながら、ソーサーを片手に外を眺める聖女を見る。実に、気品がある。彼女を聖女と呼ぶのも、それが理由だろう。誰しもが持つ、羨望の眼差し。それを一身に集めながら、カリスマとなるのだ。

「聖女アデレード。いつもこうして時間を潰しているのですか?」

「時間がある時は、です。私とて一日中お茶ばかり飲んでいるわけではありませんよ、セリア。この世界を救うには、多すぎる。ああ、それと。私のことはアデーレ、とお呼びなさい」

 調子狂う。何だコイツ。気取ってムカつく。偉そうに、って実際偉いのだが。

「では、アデーレ。本題に入りますが、」

「アリア!お客様が見えられたら報告なさいと言ったでしょう!」

 私室の方から怒号が飛んでくる。うんざりしながら振り返ると、ユミルの女性が立っていた。これまた、偉そうな神官サマである。ずかずかと聖女の私室をまたぎつつ、バルコニーに。アリアが謝罪をし、リラと呼ばれた神官はまだ説教を続けようとし、最悪なことに目が合った。

「――――あー、えーと。その客、というのが私なんだが」

「イザークさんでしたかっ、あらぁ、お懐かしい。本当に老けませんわねぇ、貴女はぁ」

 喜色の声をあげつつ、がばっと抱きついてくる神官のおば様。座っているところを強襲され、抱きしめられる。何だ。一体なんだというのだ。積もりに積もったフラストレーションが爆発する。至極、穏やかに。怒りを押し殺しつつ、拳骨で頭部を鋭く打つ。小さく悲鳴をあげ、リラは下がった。

「本当、お変わりにならないですねぇ。まぁ、足でなくなった分、おしとやかになられましたか」

「――――悪いが、さっぱりだ。さっぱり貴女の言うことが理解できん」

「あらッ、胸が小さくなられましたわね!」

 立ち上がり、蹴っ飛ばす。足の裏で押さえつけた後、回転しながらカカトで蹴り飛ばす。見事に背中へクリーンヒットし、リラはバルコニーから落ちていった。心なしか、その表情は笑顔だった気がする。

「人違いのようだ。口と共に目も矯正すべきだな」

「言うの遅いと思うよ、セリアさん」

 

 勢いもそのままに、紅茶を一気飲みし、豪快にテーブルへと叩きつける。椅子に座ることもせず、手をついてアデレードを見つめた。

「貴女の兄は、命懸けでアリアを救い、そして貴女を想っている。兄妹なら、助け合えばどうなのだ?」

 前置きも何もせず、ストレートに言葉をぶつける。彼女の手が一瞬だけ止まり、カップがソーサーに置かれた。まだ飲み終えていないカップをテーブルに戻し、視線が上を向く。青い瞳。こうして見ると、本当にこの二人は顔立ちも全てが似ていた。

「セリア。貴女、オフェリアを知っているのですか?」

 オペラはオフェリアという名前らしい。言われてみれば、そうかもしれない。略称がオペラなのだろう。思えば、そんなことさえ自分は知らなかったのだ。

「アリア、邪魔よ。私はこの人に訊ねているの。出て行きなさい」

 強引な口調でアリアを退席させ、アデレードは立ち上がった。強い意志の瞳が青く、輝きも強まったように見えた。あの目、本当に似ている。

「今はフルジアにいるはずだ。経緯など知らん。だが、これではあまりにも、オフェリアが可哀想だ」

「例えばこの家を追い出され。例えば家を出て行き。例えば、何かを求めて家を出た。ふん、セリア。ようやく貴女の狙いが読めた」

 挑戦的に、アデレードが微笑む。それは人を見下す、挑発的な冷笑。思わず、背筋が凍った。絶対的な立場からの物言い。それは何を言うでもなく、脅迫だ。

「よくぞ調べたものね、私に兄がいることを。それで目的は、利権、それとも、ええ、無粋な貴女のことですから、現金かしら?」

「いや、貴女の言っている意味が、よくわからないのだが」

「残念ね、セリア。行方不明の兄がいて、それを見つけたから密告に来たのでしょう?惜しいところまで行った褒美です。一つだけ、真実を教えましょう。兄のオフェリア・フォーレは、ここに住んでいます」

 本当に、彼女の言っている言葉が、理解できなかった。

 オペラがここに住んでいる、とは考えられない。こんな場所で茶を飲むような人間ではない。だがそれでも、と思った。それならそれで、いいのではないか。しかし、繋がらない。何故オペラは身分を偽る?

「私に似ている?冗談でしょう。兄と私はさほど似てはいません。もし似ているのなら、それは別人です」

「……待った。その、オフェリアは。背の低く、貴女と同じ顔をしたまるで双子のような、人ではないのか?」

「あははは――――セリア、貴女なにを?兄妹だと知っておきながら、双子と言うの?」

 待て。それは、ありえない。双子が似ているのは、一卵性で同じだからだ。同じ存在なのであれば、オペラは、兄ではなく姉でなければならない。なら、本物のオフェリアは、年の離れたそれほど似ていない兄になるのではないか。

 なら、彼は何だ。真実は何処だ。この神の代理とされる、神性なる純血リューヴ種の家系。そこに確かに在籍していて、されど消された男は。

「行きなさい。そして、神を疑った報いを知りなさい」

 宣言するように、高らかに。アデレードはドアを指差し、死刑宣告を行った。

 

「突然で悪いのだが、フルジアに行かないか?」

 本当に突然である。ある日突然、ソレは現れた。疫病神か、あるいは天災か。夢物語を言うあたり、これは現実ではないのかもしれない。ホテルの前で待ち伏せされ、スルーをして中に入る。早く目覚めなければならない。

「こら、閉めるなっ。カント、私は本気だぞ!」

「余計タチが悪いじゃねェかッ!」

 本気で敵さんの本拠地に行こう、と彼女は言う。怒号と共に玄関ドアを殴打し、ぶっ壊される前にドアを開く。見ると、イザークのヤツは肩口と足に怪我を負っているようだった。もう、逃げられるはずもなく。仕方なしに彼女を部屋に入れる。

 シングルの部屋。手荷物の中から応急処置用の包帯を取り出し、傍若無人な訪問客に投げつける。ようやく静かな生活を手に入れたと思った矢先に、コレだ。

「で。何なのさ?まさかお前まで、オペラ・レーヴェを助けに行く、なんて言い出さないよな?」

「おや、どうして知っている」

 アウト。それでイザーク氏はフルジア行きを希望しているらしい。

 オペラ・レーヴェがフルジア国内で逮捕されたという話は、リューヴ政府の外交官に聞いたことだった。アリア救出の報奨金を受け取った際に、それとなく話をしてくれたのだ。イザークはさっさと金をもらっていったので知らないことだろうが、どうやら見当違いだったらしい。

「何だと。その話は初耳だ」

「えっらそーに。じゃあ何でテメェはフルジアなんぞに行きたいんだよ」

「先だ、カント。オペラ逮捕とは何のことだ?」

 包帯を巻き終え、余った分を受け取りながら資料を取り出す。ゼクス・シュテルンという外交官の話によると、オペラは理由さえなく逮捕されたようだった。彼はフルジア国内において、非公式ながらもフルジアの元首である女王の養子で、それが理由だともされている。

 リューヴのスパイではなく、フルジアに属するスパイ。言うなれば、二重スパイだ。フルジア女王の息子で、アンドロメダのアイラという機関に属するエージェント。これ以上の諜報活動は危険と判断した政府上層部が、オペラの活動を止めるために逮捕したのかもしれない。

「じゃあ、次はお前な。どうしてオペラを助けようと思った?」

 ルテティア・パリシオールムでの話を聞く。オペラ・フォーレという人物はすでに存在していて、そのことを知った時点で襲撃を食らったというのだ。そこで脱出用のポッドを奪取して、ロケットのように逃げてきたらしい。

 オペラとフォーレの家。そしてフルジア。どういう繋がりがあるのか、よく見えてこない。

「妹間違いじゃねえの?オレ、オペラの妹に助けてーって言われたぜ?」

「それで。それで貴様は断ったのか。この鬼畜め!」

「いやいや、論点ズレてるでしょが」

 仮に頷いたとしても、フルジアに行く手段がない。行けたら戦争など終わっている。前線には電磁波攻撃の装置が置かれ、前線を突破しようとすると船が壊れる。仮に突破できても、防衛網に引っかかって撃ち落とされる。

 フルジアに行けない。この完璧な防御のおかげで、彼らは戦争を優位に進めているのだ。

「手段は聞かなかったのか?」

「うん、この装置があれば発信は可能だそうだ。船籍をフルジアにできるとか何とか」

「バカモノォ!この根性ナシめ、ならば何故行かぬのだッ!」

 拳骨でぶん殴られる。派手に壁に激突し、よろよろとよろめいた。まったく、ムチャクチャなのにも程がある。正義感溢れるイザークさんは、これっぽちも人の話を聞かず、手ぇばっかり出す人なのだ。

 船籍を偽れたとしても、それは前線を突破してからの話だ。レーダーに映っても放置されるだけである。その前線を突破できない時点で、終わっている。

「だが、方法はあるはずだ。他に何も、無いのか?」

「うん、マゼラン銀河のスターバースト宙域は通行可能だとさ」

 二度目のパンチを食らって、今度も吹っ飛ぶ。要するに、前線を迂回してレグルス星系に向かい、ミザール星の周辺を通過すればいいらしい。ただ、スターバーストという星の爆発が多い宙域で、戦域ではないが戦域よりも危険である。

「バカ言うな。スターバーストを放置してるのは、アンドロメダの技術じゃ乗り越えられないからだ。フルジア船なら耐久力の違いで通れるらしいが、オレたちの船じゃ誘爆で終わる」

「ふん、このチキン野郎め。なら、いい。私一人でいい」

 とても礼儀正しく罵られる。言葉が綺麗なので、なんだか罵られている感じはしない。託された以上、やらざるをえない。元々そのつもりで、この仕事を請け負ったのだ。あの二人の必死さを受けて、拒絶するつもりなどない。

 

 スターバースト。星の爆発する場所。宇宙の端から端まで移動をするのだ。その時間は数日というわけにはいかない。銀河系を抜け、マゼランに入り。レグルス星系からスターバーストへ向かう。だが、宇宙というのは面ではない。

 現在の前線は、シリウスという星の近くだ。本当はさらに奥深くまで押し込まれていたのだが、カメリア自爆のおかげで多少、取り戻した。フルジアの戦略というのは、宇宙を点で確保すること。まずアンドロメダの戦艦をぶっ潰し、それから惑星に進駐する。そこを拠点とし、周囲の宙域を制圧するわけだ。

 拠点となるべき惑星を破壊したのだから、自然とその周辺も中立となる。シリウスを超えるとマゼラン銀河に入る。スターバーストに向かうのはいいが、途中に前線があるというのが問題だった。迂回路を進むしかない。だがその迂回路も前線。太陽系から回り込もうとしても、すでにその宙域も前線だった。

「話と違うなぁ。スターバーストに行けねぇ」

 ひとまず、ネアポリス星系にある第一惑星で補給をすることにする。ここから進めばシリウスの前線にぶつかるわけだ。迂回し、太陽系から向かうことも難しい。フルジアの船籍と偽装すれば何とかならないこともないのだが、前線である以上、電磁波攻撃を食らって船は大破だ。

「……この船、買ったのか?」

「ん、ああ。おう。中古でな、まぁまぁ安かった。ティール時代の人脈が生きたっつーことかね」

 第一惑星マンティネイアのドックに小型艇を接岸させる。ドックはがら空きで、バカ高い使用料を支払って街に出た。他には、一艘か二艘しか泊まっていないようだった。

 機械が排斥されるようになって、宇宙船というのは変わってしまった。軍が所有していた戦艦の八割が破壊され、市場に出回っていた高級品の値段が暴落する。一般向けに販売された小型艇というのも、型が古く、しかも性能も低いものだ。新たに生産されていないのだから、仕方がない。値段は逆に、高くなっている。

 働き手や商売人は鉱山惑星ティールに集まる。そうやって、各々がコミュニティを形成する。ギルドと称されるソレは、実質、無法地帯におけるマフィアのようなものだ。彼らは宇宙船を所有し、商人の依頼で仕事を請ける。資源を運送するにしても、他者に奪われない武力と船が必要だった。

「お前もそうだろ、イザーク。警備ギルドっていうんだから、他よりマシだろうけど」

「そうだ。カントのような無頼者から守らねばならんからな」

 燃料の補給を頼み、金を支払う。アリア救出の報奨金がまだ少し余っていた。惜しげもなく支払い、ドックに隣接された食堂に入る。周囲には、軍人の姿が溢れていた。前線であるシリウスには、ここから向かうのだろう。

「太陽系の人間がかなりいるな。ネアポリスの中枢はマンティネイアだというのに、これでは侵略ではないか」

「そりゃそうだろ。地球サマはタイタン人とかいう肉弾戦最強筋肉馬鹿を手に入れた。発言力も高まるさ」

 マンティネイアの種族というのは、戦いに向いていない。体が弱く、背も低い。運動神経も鈍い。およそ運動という言葉からかけ離れた種族だ。代わりに、彼らには優秀な頭脳がある。ティールで幅を利かせているのは、無法者ではなく、それらに金を与えて働かせるネアポリスの人間だ。

 それに、地球の人間がここにいるのは理由がある。戦えない彼らの身代わりだ。そうしてまた、地球は立場を上げる。守るために戦うという名目を得て、いずれ、戦わないリューヴを抜くだろう。目的は明白。それに利用されているのが、自分たちなのだ。

「確かに太陽系では地球が盟主のような顔をしている。だが、そうだろう?他に何がある?ユーロパやトリトンでは技術も文化も、生活水準が低すぎる。だからタイタンを向けば、若者は戦死し、あまりにも少ない。地球以外、まとめることなどできない」

「殺してるのはアンタらだぜ。白兵戦闘を強制し、それで戦争は勝てるかもしれない。だが終戦の時にはタイタン人は滅びてる。それでよく、盟主などと言ったもんだ。面の皮が厚いというか、前線で血を流してるのは地球人でもリューヴ人でもない。オレたちだ」

 優秀というのも、考えものである。それでリューヴ=レイスが滅びたのだ。全体数が少なく、故に人は優秀にならざるを得ない。そうして優秀になった次は、優秀ではない種族に狙われて滅びる。どうすればいいのだ。

「それは詭弁だろう。確かに少ない種族の方が優秀になる。それは自然の摂理だ。そうしなければ生きていけないからだ。だからといって、数が多ければ劣等か。結局、そうだ。君らの根底には我々に対する蔑視がある」

「おいおい、そりゃねェだろよ。飛躍しすぎだろ。何でいきなり人種問題になる。それこそコンプレックスの表れじゃねえのか?」

 気付けば、テーブルを挟んで大バトル。議論は次第に熱戦となり、イザークがぶーたれる。地球出身の彼女は、どうやらコンプレックスの塊らしい。そういう卑屈な根性はやめていただきたいものだ。

「あのぉ――――滅びた人もいるわけですから、そういう議論はここでしない方がいいと思います」

 隣から注意を受ける。何だ、と振り返ると。そこに三つ目の少女がいた。

 

 金髪で金の瞳。すでに滅びたとされるエル・オンブレ・ドラドの種族。彼らは額に第三の目を持ち、ただでさえ希少だというのに、母星が破壊されたことで大多数が死滅した。そのエル・ドラドの少女に率いられ、再びドックへ戻ってくる。

 彼らの母星であるレグルス星は、此度の戦争で崩壊した。休戦協定が結ばれた地であったが、破られた地でもある。レグルス崩壊と共に、第二次の戦争が勃発したといっていい。

「まったく、ゼクスは何を教えたのか。あのような大声で馬鹿のように罵り合っては、いつオフェリア殿下の名を出されるかと心配でたまりません」

 怒られながら、船を移る。このままではフルジア到着は数ヵ月後になってしまうのだ。乗っていた小型艇を置き捨て、何故かわからないが、エル・ドラドの少女の船に乗る。

「それだ。オフェリアという名前。君は彼の知り合いか?」

「はい。フィアとお呼びください。これより追って、作戦の順次を説明致します」

 実に手際よく、彼女は進発の準備を終え、冒頭の説明をし、船を出した。中古のクセにそれなりの値段だった個人艇より、新型で性能も良さそうな小型艇。先ほどとは比較にならない速度で宇宙空間へと飛び出して行く。これなら、下手をすれば数日でフルジアにつくだろう。

「この船、いや、艦か。フルジア船籍だぞ」

「はい。VRS SF/315スピカ所属スターフリゲート『スカラ』です。少し、お借りしました」

 もう呆れるしかない。このフィアという少女は、敵国のフルジアに属する船、それも軍籍の駆逐艦を借りてきたという。フリゲートは確かに速く、最新型とも言える装備を持っているようだった。この駆逐艦は軽くアンドロメダの技術を凌駕している。この速さはおそらく、宇宙一といっても過言ではない。

「か、借りたって。誰に?」

「はい。スピカ・レギオン総督、ヴェルブング・ティンクベルン様です。ご安心を。彼はオフェリア様の味方です。女王陛下とは別に独断で、この件を内密に処理するように指示を出されました」

「――――スピカの総督か。また大物だにぁ……」

 アンドロメダ風に言えば、地球の代表だ。第二位の地位を誇る人物が助力をしてくれるなら、これほど頼もしいことはない。逆に言えば、目下、最大の敵とも言える人物が助けてくれる。女王などという元首ではなく、軍の最高司令官のような人間だ。

「ご説明します。オフェリア様逮捕の報告を受け、義妹であるソニア・レーヴェ様がリューヴへ出奔しました。そこでゼクスという暗号名の男に報告をし、カメリアにて共に戦ったお二人に白羽の矢を立てました。ルートから言ってマンティネイアで合流するのが最善と決めた我々は、ティンクベルン総督に助力を請い、本艦を借受、先導役を買って出ました」

「随分面倒な手順を踏むじゃねえか。そんな力があるなら、総督でもアンタでもいいけど、一気に刑務所襲えばいいのに」

「それは不可能です。ゼクスと私、そしてオフェリア様はとある情報機関に属しており、本作戦を指揮したフュンフやズィーベン、ノインも同僚です。彼らはフルジア政府より要請を受け、ツヴァイを逮捕、拘束し、私とゼクスはティンクベルン総督より依頼され、ツヴァイの奪還を命ぜられました。依頼内容に極秘裏に、とあるため、本作戦において外部の犯行とするためにはリューヴの人間を利用する必要があります」

 イザークは話の内容が掴めないようだったが、こちらは理解できる。要するに、その情報機関自体がギルドなのだ。今日は味方でも、明日は敵となるかもしれない。金銭次第で、敵か味方か別れる連中だ。事実、今回は工作員同士で敵味方と別れている。

 そして、これは暗に、フルジア女王とその臣下であるティンクベルンが敵対していることを示唆していた。それが明るみにならないよう、関係者は関係しないように、と釘を刺されている。故に、敵である人間を使って、関係者の存在を消さなければならない。

「続けます。お二人はフルジア突入後、刑務所を強襲、オフェリア殿下を奪還してくださいませ。オフェリア様はおそらく、意識がないものと考えられます。救出後はオフェリア様の邸宅に弾道ミサイルを置いておきます。それに乗ってお逃げください」

「二人だけでか。そりゃあ無理だろ?」

「いえ、侵入ルートなどは全て判明していますから。注意すべきなのは先に挙げたヴェルクの三名で、他は問題ではありません」

 答えの出ている数式を解け、と言いたいらしい。作戦決行の直前までフィアは味方であるし、危険があるのは刑務所内だけだそうだ。脱出の車なども用意してあるようで、楽にオフェリアの家に向かい、ロケットで逃げればいい。

 冷静に考える。それは、とてつもなく、後先を考えちゃいないのではないのか。

 

 やっぱりである。フィアという少女が仕掛けた、素晴らしい罠だ。自分から地雷を踏んづけたようなものなので、今更、文句を言う気力もない。

 やってしまった以上は仕方がない。倒れ伏した看守を見下ろしつつ、その先に続く螺旋階段を見定める。この先に営倉があり、オペラがいる。ここまでは順調であったが、もう後はない。覚悟を決めてから、階段を下り始める。

「しかし、考えたものだな。手錠をかけられた時はどうなるものかと思ったが」

「ははは、考えてねえだろよ。……これから先は?」

 フィアが二人に手錠をかけ、引き渡す。

 営倉へ連れて行かれ、その途中で手錠を外して看守を殴る。

 以上。

「大体、どうやって営倉のドア開けるんだよ。絶対、力技だろ」

「だからカントが呼ばれたのだろう?」

 フュンフが握っている営倉の鍵はない。階段を下りきり、薄暗い廊下の先、ぽつりと浮かんだ鋼鉄製のドアが見える。ここまで考えがないと、そろそろ腹が立ってくる。大股で営倉のドアまで近付き、引っ掴むようにドアノブを握る。

 開かない。開くはずがない。肩でタックルするように押し込むが、意味がない。どうしようか、と振り返る前に、何故か内側からドアが開いた。目の前には、体格のいい男性の姿。スキンヘッドの男は見下ろすように、こちらを見る。およそ二メートルはある身長。ドアは開いたが、壁はまだあるようだった。

 中で何かしていたらしい。ちらりと覗く室内の様子。他に人影は、見られない。中央に吊られたオペラだけだ。なら、何とかなるかもしれない。目の前に立つ男の胸に肩をぶつけて、そのまま室内へとなだれ込む。

「イザーク、オペラを降ろせ――――!」

 中央で吊るされた姿。ヴェルベットのロープが地面から伸び、身体に巻きつき、首を絞めていた。上裸の姿はどこか扇情的で、本当に男性とは思えない。縛られたオペラの体に、イザークが手を伸ばすところまでを見届けて、巨漢の豪腕を視界に収める。

 がっつり、と。四つに組む。両腕が両腕とマッチ・アップ。全力で、手と手が組まれ、握り合う。腕力だけなら勝るかもしれない。だが、体重を乗せて押し潰そうとしてくる相手の方が、上か。

「……なぁ、ズィーベン。力で負けたこと、無ぇんだろう?」

 名を呼び、さらに力を込める。指が相手の手の甲にめり込み、腕を左右へと開く。顔を近付かせ、宣言するようにそう言った。ヴェルク第六位の戦闘員。巨体が自慢だというが大きいだけなら意味がない。もっとも。生まれついての能力が違うのだが。

「何を遊んでいる、カント。オペラは助けたぞ」

「了――――解。じゃあな、巨体」

 思い切り、握ったまま腕を振る。コンクリートの床へとしたたかに打ち付けて、背中から落とす。二度、三度と地面へ叩きつけることを繰り返し、白目を剥いた巨漢を見下ろす。単なる力勝負で負けたことは、ただの一度もない。元より、土俵が違うのだ。人間に負けることなど、ない。

 オペラの体を受け取り、背負った。階段を駆け上り、脱出の方策を考える。来た道を戻り、正面玄関から出られるほど間抜けではないだろう。それでも、途中までは進めた。まだ侵入者とバレてないためか。それともフィアの工作なのか。

 が、オペラを背負っている以上、いつまでもそれが続くはずもなく。けたたましく鳴り響く警報の音で足を止めた。ここは軍基地の収容所。そう易々と逃げることはできないだろう。

「取り出したるはカントくんお手製のお弁当でござーい」

「馬鹿者、ふざけている場合か」

 冷静なツッコミを入れられつつ、腰に巻きつけたカバンから弁当箱を取り出す。壁面に貼り付け、思い切り殴りつける。信管に衝撃が伝わり、弁当箱の蓋が爆発し、見事な大穴を壁に開けた。

「……恐ろしいランチ・ボックスだ」

「愛がたっぷりだからな。さ、行くぜ」

 

 誤算そのに。車などどこにもない。

 絶望感は重い。そして背負った責務もまた、重く。されど抱えた重みはまるで無い。やせ細った体を落ちないようにと、しっかり押さえる。目を覚まさぬ眠り姫。死、という言葉が一瞬だけ、脳裏に浮かんだ。

 車道に出る。行き交う乗用車を強引に止め、タクシーらしき車に乗り込む。

「オイ。コイツん家、知ってるか?」

 オペラの頭を掴んで見せる。小さく、悲鳴。ドライバーはええ、と挙動不審に頷いた。顎で出発するように指示し、小さな体をイザークの膝の上へと転がした。

「しっかし。眠り姫サンは起きないねぇ。そもそも男なのか、本当にコイツはよ」

「さぁ。だが何を気にする。私もオペラも、そんなことはどうでもいいのだ。気にするのは君だけさ、カント」

 男装の相方が言う。本人がいいのなら、それはそれでいい。後は、こちらが認めるだけだ。下手な詮索をすることなどやめ、オペラから目を離して後部を確認する。追っ手。軍施設から飛び出してきたジープを眺めながら、さすがに発砲はないだろうと踏む。

「まぁ、そうだな。お前はガサツな男だもんな」

「失礼だな、君。これでも礼儀を心得ているつもりだ。それとも、」

 ぴたり、と。冷たい手が頬に触れた。横を見る。いつもとは違ったイザークの表情がすぐそばにある。白い手を、手首を返して頬に触れる様相。微妙に魅惑的なのは、素の彼女は美しい人だからだろう。

「ははぁ、それで誘惑してるつもりかよ。女を磨いてない青二才にオトされるほど若くねぇぞ、はは」

「む。本当に失礼だな。だが、事実かな。これでオトせたら世の女性の価値がなくなってしまう」

 生まれ持った才能だけ。ぶっつけ本番で魅了されても、まだまだだ。ただ素材はいいので、それだけでも軽くダメージは受けたりするのだが。

 車は緩やかに加速し、後方より追いすがる車を離そうとする。やがて街を出て、郊外の家へと。

「しかし――――想像とは違うな。フルジア帝国というのは、典型的な専制君主の独裁国家だと」

 市民の表情は決して暗いものではない。むしろ、アンドロメダ側より明るいだろう。人的資源の少なさをカバーするために徴兵制度を導入し、かつ議会もなく独裁者による絶対王政の政治が行われている帝国にしては、イメージと違うという違和感が生じる。

「違いないさ。だが、その独裁に救われているのだろう」

 ならば。悪いのは独裁者なのか、あるいは民主主義者なのか。答えは民のみが知る。

 

「国家のために王がいるわけではない。王のために国があり、民がいて、人が生きる。そしてそれが、フルジアなんだ」

 オペラが体を起こす。眠そうに目をこすってから、ドライバーに停車を促した。すでに外は緑の庭園が見えて、ここが彼の自宅なのだと示していた。寝ていたのではなく、失神していたのか。ひどく明快に言葉と意思を発した。

「国防省長官麾下近衛師団所属、ネブカドネツァル従属二級貴族レーヴェ家当主、オフェリア・ヴァン・レーヴェだ。私の出奔を陛下へ上奏、後続部隊への伝達を許可する。だが、邸宅へは一切指を触れるなと付け加えろ」

 去り際、運転手へそう伝えて、オペラは最後に席を降りた。車が離れていき、一瞬だけ世界が静寂に。逃走の時間を稼ぐことくらいはできるだろう。カントはそれを感じ取り、訝しげに立ち止まってイザークはオペラを見た。

「独裁国家は密告の奨励が盛ん。報奨金をもらえると知れば、喜んで協力する。おかげで、運転手が話してる間に逃げられるんだろうけど」

 独裁国家。フルジア帝国は女王ゲルダによる世襲制の典型的な絶対王政の国。しかも政府上層部は軍部が居座る軍政の国だ。暗殺を防ぐために、国民は密告の義務を与えられ、血税を納める。だが、絶対的で致命的な暴政を行わず、優れた指導力で国を統率するのが女王だった。

 それに、タダ乗りはよくない、と付け加え、オペラは穏やかに微笑んで見せた。それは逃走の途中だというのに、微塵も感じさせない優雅さと余裕を付け加えた物腰だ。思わずカントが爆笑する。

「無賃乗車と来たか!いいねぇ、それでこそお前だよ、オペラ」

「では船へ急ごう。積もる話は後だ、オペラ・レーヴェ。相変わらずの手並みだな、君は」

 庭を駆け抜け、家に入る。廊下を抜けた先に裏庭へと通じるドアがある。オペラは自らの家を踏破し、何の未練もなく裏庭へ出た。何を持って行くことも、何を見ることもなく。ただ黙って、心の中に思い出だけを焼き付けた。

 また、戻るのだ。そう決めて、だが、帰るという気持ちは起こらない。

「誤算そのさん、だな」

「いや、そうでもない。彼女も言っていたではないか」

 裏庭にあるのは、脱出用の船だ。フルジア星を飛び出し、アンドロメダへと帰る船。だがそれは、確かに彼女が言っていたように、「弾道ミサイル」と思える代物だ。旧時代のロケットですらない。これはただ弾道飛行をする兵器である。

「ちゃ、着陸とかできるもんなのか、コレ」

「それは無理だろう。着弾なら可能であろうが」

「……木っ端微塵になる。おそらく」

 三者三様にミサイルを見上げる。後方の追っ手がいつ戻ってくるかもしれない。あまり時間は残されていない。覚悟を決め、入り口とは思えないドアを開けて内部へ侵入する。中には、おそらくフィアが残しただろうと思われるオペラの私物があった。

 ドアというか、ハッチを閉める。突如として点火される旧式ブースター。それは飛行とは呼べず、また操縦などできるはずもなく。倉庫に似た単なる空間で強烈な振動と重力を身に受けた。強引にどこか、取っ手を掴む。会話どころの話ではない。爆音、振動、そして重力。その場の誰もが、確実に死期を知った。

「大体、このミサイル、ドコに行くんだ――――!」

 カントの叫びは、すでに悲鳴。こんな旧型ミサイルでは、せいぜい隣の星までしか行けないのであった。

 

「いやぁ、驚いた。人間、意外と頑丈なんだなぁ」

「オマエ、人間じゃないから」

 冷静にカントへと突っ込みを入れるオペラ。ミサイルの残骸。未だ小さく爆発を続ける残骸の中には、かろうじて原型を留めていたポッドがある。ミサイルで唯一、残存した箇所だろう。その中から三人が這い上がってくる。

 フィアの用意した荷物を解き、まずスーツを身に着ける。黒いアーマースーツの上に破れたジャケットを羽織り、オペラはいつものモバイルを取り出す。

「うん、やっぱり。シーリアだな」

 画面を一瞬だけ見て、判断をする。周囲はいつぞやと似た密林風景。案の定、フルジアの隣の惑星であるシーリアと呟いて、表情を曇らせた。シーリアは未開に近い惑星で、およそ科学技術があるとは思えない。脱出の見込みは薄い、とだけ説明をし、オペラは場所を見繕って座ってしまった。

「情報を整理したい。一体何がどうなってこうなったんだろう」

 それぞれに情報を交換し合う。オペラ逮捕から、アデーレの発言、そしてソニアの依頼。一連の流れを詳しく説明し、何とか現状を把握しようとする。ただよくわからないとすればそれは目的だ。これからどうするのか、そしてどうなるのかという点。

「私はアデレードに会うべきだろう、と思うぞ。つまり行き先は、ルテティアだ」

「それは、どうかなイザーク。コイツの正体は確かにリューヴ=レイスだろうが、果たして、それが誰なのか。そこんとこはっきり教えてほしいね、オレとしちゃ」

 オフェリア・ヴァン・フォーレなのか、アデレード・フォーレなのか。あるいはもっと別の誰かなのか。そもそも、一体誰がオフェリアで、アデレードなのか。

「それは、関係がない。別に私はどちらでもいいのだ。私が知るのはオペラ・レーヴェで、それがアデレードと関係のある人物だからこそ、彼女に会うべきだ、と」

「達観するんだ、イザーク。軽蔑するかと思ったけど」

「まさか。君が男だろうと女だろうとそれこそ、関係がない。私は貴方という人間に惚れ込んでいるのだからな」

 軽く笑いながら宣言する。その人間性は、とても魅力的とは言いがたい。だが、彼は力強さと同時に、弱く脆い存在なのだ。誰かが支えなければ、生きていけない。それこそ正しい、人間の姿だろう。

「今は好意に、甘える。でもいつか、いつか教えるから」

「オーケイ。待っててやるよ、オペラ。とりあえず女だったら今のうちに惚れてくれ」

「なら男だったら私に、だな。もっとも、オペラの兄妹にだけは気を許せんが」

 再び三人の時間が始まる。それは以前より、随分と馴染んだものである。