Mirage

Tunnel-4

翌朝は、煌貴に蹴飛ばされるようにして起きた。
冬真にとって、どこでも枕無しで寝られることは二つある特技のうちの一つだった。煌貴の顔色を見ると、しっかり熟睡し過ぎたらしい。
朝里煌貴とは友人だった。高校一年の入学式、見事に出席番号一番を獲得した彼は、一番前の席で陰鬱な表情を浮かべていた。暗い性格と言うわけではない。むしろ、社交的な性格だった。
教卓の前で机に肘をつき、右手で右目を覆う仕草は初めに受けた印象をより強くしていた。
孤高。周囲との関係を拒絶するかのように、瞳を閉じ、自らの世界に埋没しているように思えた。
「煌貴は歩叶さんに似てるよね」
だから、不意に。そんなことを思ってしまった。
「はあ?俺とアイツが?バカ言うな、俺ってそんなに無口だったっけ?」
「そういうんじゃないんだな。なんかさ、在り様って言うのかな。存在する意味、理由が似ているから、ただ『いる』という行為に類似性を感じるんだよ」
自分でも上手く説明出来ているとは思えなかった。普段の朝里煌貴は、よく喋り、冗談なども口にして、周囲を明るくさせる。リーダーシップもあるが、協調性も強い。
今はテニス部でも周りに合わせて動いている。例えば、練習メニューなどでも文句一つ言わず、キャプテンに付き合う。だが、朝里煌貴は高校時代、六人しかいなかった廃れた生徒会に入り、その組織体制を改め、一役員ながら会長を顎で使うという荒業を披露したものだ。
煌貴と二人で外に出た。途中、兼定さんがキリアが寝坊していることを、それとなく教えてくれた。
洋風の玄関、階段に腰掛け、煌貴はポケットを叩き始めた。
「悪ぃ、冬真、タバコくれ」
「奈美センパイのヤツしか預かってないよ」
未開封のヴァージニアスリムを手渡し、今度はライターを所望する。はぁ、と気だるい返事をしながら、冬真はその煙草の先に着火した。
いや、正しくは。右手を向けて、徒手のまま発火させた。
「昨日、煌貴が先に寝た後、キリアさんに教えてもらったんだ」
「・・・いや、いーけどさ。なんか、ズルくねぇ?」
スキルは基本的に、誰でも使えるもの。その概念から、まだ僕らは外れていない。
「なに言ってるんだよ。ライター使えばいいって言ったの、煌貴だろ?」
「ま、そうだけど。俺も超能力使ってみたいのよ」
他人を非難する資格も無いので、冬真はそれ以上追求しなかった。
細長い煙を吐きながら、煌貴はポケットから無骨な何かを取り出す。銀色に光るそれは、古い型のナイフに見えた。鉄鞘を払うと、人差し指より幾らか長い刀身が現れる。匕首と言うには、短い。
昨日、煌貴はそのナイフ一本で、日本刀を振り回す歩叶と対峙した。ハイロゥを展開させて挑む本気の騎士に、ナイフだけで渡り合ったのはどういう原理か。
「なんだかんだ言って、煌貴もスキル使ってるんじゃないか」
「え?」
光り輝く右手、刀を弾くナイフ。常人では及びつかない境地に達した、パーソナル・スキルの使い手。
煌貴と歩叶が似ていると言った理由。
だって、二人は合わせ鏡のように、吸い寄せられては弾かれていたのだから。

都市国家、と言うからには一つの町であり、国である。
高い城壁は町の外周を囲う外壁となり、中央にもう一つ、城を囲う内壁がある。
内壁の門番を歩叶は顔パスし、恐る恐る冬真たちもそれに続いた。
城と言うものを詳しく知っているわけではない。日本の城ならともかく、西洋の城がどういう代物かはわからない。ただ、修学旅行で行ったお城とは全てが違っていた。
石造りの階段を下りて、地下に。灯火の明かりしかない地下は暗く、衛兵のような人たちが槍を持って直立していた。
ゆっくりと進む。囚人らしい人物が収監されているようだったが、見ないようにした。
歩叶の権力は、大したものだった。由緒正しい富豪なのだ。お城にも影響力を持っているから、自分はこうして、牢屋にいる。
その歩叶が立ち止まった。右に振り向くと――――見知った顔があった。
「トーマっ。それに、アサリか」
叫ぶように、陽次先輩は格子に飛びついた。何やら衛兵と雑談する歩叶を無視して、冬真は木で出来た格子に近付いた。
「なにやってんすか、陽次先輩・・・」
呆れたような声を出す煌貴だったが、愚問であることは彼が一番理解しているだろう。
いつもと同じ。煌貴はきっと、この逆さまの世界で「普段」を演出したかったのだ。
「痴漢でもやったんすか?」
「きっと刑法は違っても、罪は罪ですよ、センパイ」
「おまえらなぁ・・・」
安堵の表情を浮かべた陽次に、煌貴が手短に事情を説明した。ちゃんと要点を抑えているあたり、煌貴の説明力は優れたものだ。しかし、如何せん言葉が鋭い。脳に突き刺さる言葉では把握は出来ても理解は難しい。
所々、注釈を入れると、随分時間がかかったらしい。背後では待ち侘びたように歩叶とキリアが立っていた。
無言で牢を開き、易々と囚人は外に出た。呆気ないと言うか、本当に歩叶という人物は凄いらしい。
外に出た陽次が口にしたのは、元の世界に戻る算段だった。
内壁から外に出て、大通りを目標に向けて歩く。目指しているのは、病院という医療施設だった。
無論、怪我や病気に苦しむ人がいる。常識では、投薬による治療、あるいは患部を直接切り取るという手術も行う。
麻酔も抗生物質も薬である。元は草花から採取できる。しかし、ガンマ線治療のような化学療法は無理である。
「小耳に挟んだんだけどよ、死んだ人間ってのは天上世界に行くんだと。不思議なことに、この町では死者は病院に収容されるらしい。そっから、天上世界に向かうんだな」
一種の宗教のようなものらしい。どこの世界でも、黄泉、浄土、ヘヴンという死後世界を夢想するのは変わらない。
「浅川さんトコだね。特に重症患者とかが運ばれて、死体置場みたくなってるから」
「う、そんな所に行くの?」
じゃあキリアは何をして働いているのだろうと思うも、怖くて聞くことは出来ない。
「浅川は私の主治医のようなものです。彼らは代々、独自のスキルを用いて傷病を治療します。カット、というトータル・スキルで患部を取り除くのですが、ピルスというスキルのせいでその他の部位に傷はつきません」
カットというスキルは、ハサミ代わりになるのだろう。中にはカットで料理までする達人もいるようで、習得する人物は多い。
そんなことなら、カットスキルを覚えるんだったなぁ。
「――――私は、ここで待つ」
もう一丁先に浅川医院があるというのに、歩叶は近付こうとはしなかった。口調は凛と鳴るように、否定することを許してはいない。
「そかそか。じゃあ、アサリくん。お留守番、よろしくっ」
同じく、否定を許さないキリアが走って逃げる。煌貴と歩叶という取り合わせなら、絶対的に合うか合わないかのどちらかだろう。
合いますように、と一つ願ってから、僕もキリアの背中を追いかけ始めた。

浅川医院、という小さい病院には、一人の女医と山盛りの死体しかない。
笑顔で出迎えてくれる女性は、キリアとも歩叶とも違っていた。穏やかで、優しく微笑む姿は、どこか母性的な温かさを感じられる。
浅川柚葉(アサカワユズハ)。それが、女医の名前だった。
丁寧な仕草でお茶を置く。うん、綺麗だし物腰も柔らかでどこから見ても美人さんだ。
「また歩叶ちゃんが怪我、したんですか?」
どうやらキリアが訪れるのは珍しくもないようだ。問いかけに、ううん、と首を振ってキリアは否定した。その後が続かないところを見ると、自分が言うべきことらしい。
手短に、冬真は今までの経緯と、天上世界について説明する。一度、陽次に語ったせいか、前より上手く話せたと思う。
「天上世界、ですか。死なずに行くのは無理だと思いますけど」
「そこを、何とか。来れたからには戻れるはずなんです」
「うーん・・・ちょっといいですか?」
しばし、思案した後、柚葉はそっと右手を伸ばしてきた。人差し指と中指の間、大きく開いた空間に冬真の腕が入り込んだ。
軽い痛み。皮膚一枚が切り裂かれ、薄らと血が滲んでいた。
「生身ですねぇ」
あ、意外とこの人、危ないのかもしれない。
「えっと、どういう?」
ガーゼのようなもので血を拭き取ってくれる柚葉に抗議の視線をぶつける。笑顔で謝りながら、彼女は説明を続けてくれた。
「天上世界、所謂『死後の世界』ですが、その名の通り死んだ人間が行く場所です。その死後の世界からの来訪者と言うのであれば、死者、ということになるでしょう。残念ながら腐敗があるわけでもなければ、幽霊と言うわけではなさそうです。君塚さん、貴方は列記とした人間としてここにいるのでしょう。なら、物理的な方法を介して移動したとしか考えられず、鏡の中に入るということは考えられません。鏡はあくまでも媒体に過ぎず、要因として残るのは場所、時間、そしてスキルになります」
思わず、呆となった。極めて論理的に解釈された答えは、最もそれらしかったのだから。
「サイトのスキルの中には、接続、切断といった効力を持つものもあるそうです。四人の中にそのスキルを持つ者がいて、なおかつ移動に関するスキルを持っている者もいた。それらはパーソナル・スキルであり、いずれ開花するかもしれませんね。とにかく、接続のスキルなら歩叶ちゃんが持っていますし、移動に関するスキルならわたしがいます。この方法で戻る場合、必然的にわたしがそちらの世界に行ってしまいますが」
柚葉の言葉は半分も理解出来なかった。陽次も同様で、逸れた視線からは納得も理解も感じられない。ただ、同じことをすれば何とかなるかもしれないとは思えた。
同じ状況を用意する。協力してくれるのかという問いに、柚葉は笑顔のまま、はいと頷いた。

「――――死という色が視えるのなら、異界を識ることも出来るでしょう」

懐かしい声が、した。けれどそれは、どこか歪で、恐ろしさが含まれていた。
「奈美、センパイ?」
振り返ると、最後の一人が立っている。
思い過ごしかもしれない、と冬真は思う。自分が感じた違和感を、陽次は感じていない。いつもと同じように、恋人であろう彼女に声をかけていて、いつか見たやり取りを繰り返している。
雰囲気というか、空気というか。とにかく、何かがおかしかった。
「良かったね、トーマ。これで皆が戻れるっしょ?」
隣にはキリアがいる。いつもと同じ。
「う、ん。そうだね」
「では、歩叶ちゃんを呼びましょうか」
後ろには柚葉がいる。さっきと同じ。
「しっかし、まぁ、いーんだけどよ。おまえ、何してたんだ?」
前には陽次がいる。いつもと同じ。

「皆を殺す算段をしてたのよ、ダーリン」

なんて、独りだけ、いつもと違っていた。
「・・・」
視線はまるで蔑視そのもの。今まで見たこともない顔で、かつての先輩はそんなことを平然と言った。
「どうしたの、冬真クン」
視線が、止まる。定まった視線と、冬真の目がぶつかる。
「・・・」
どうして誰も、気付かないのだろう。彼女は、すでに彼女ではないことに。

「――――結界(バリア)。アマイの人間と繋がったか、異邦人」

戦いは唐突に。
不意に現れた二人。真実を突きつける白い騎士は、手にした剣を思い切り先輩に振り下ろした。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(トンネル・ドライヴ/2)


静かに時間が流れていく。
町からの喧騒も遠く、朝里煌貴と平紗歩叶は無言で、互いの足元を見やっていた。
会話する意思が無いのではなかった。ただ、何となく、静かなのが良かった。
何も喋らない、語らない。それでも、充実していた。

――――だから、ただ一つの異変さえ逃さなかった。

「見つけたぞ、異邦人」
平紗歩叶と同じ存在。騎士として存在する、黒い誰かが立っている。
「二手に分かれて正解だったよ。で、歩叶。どうして彼を生かしているんだい?」
やけに馴れ馴れしい口調で、両手を広げて騎士は問う。
自分の使命は、異邦の者を消すこと。天国から迷い込んだ者を排除するのだろう、と。
「・・・アサリ煌貴は」
鞘から払う音と、鍔鳴り。不思議な発音で、少女は初めて異邦人の名を呼んだ。
「特別だから」
見る見るうちに、黒騎士の顔色が変わる。それは果たして、剣を抜き対峙する行為に向けられたものなのだろうか。

少女は逃げる。剣を抜き、背を向けて、疾走を始めた。

「あは、あはは」
笑い出してしまったのは、黒騎士だ。
あれほどの殺気と腕を見せびらかし、逃げるだけだとは。特別と言った男を置き去りにして、逃げ出す。それでようやく、彼の自尊心は落ち着いた。
結局は、そういうことだ。自分の方が強い。最も、歩叶が如何に腕を磨いたとしても、男である自分には敵わない。特別な人間といえど、自己の命には替えられない。
そんな滑稽な光景を見て、朝里煌貴は静かに立ち上がり、静かにナイフを手にした。

「・・・さて、邪魔者もいなくなったことだし、そろそろ始めないか?」

黒い騎士に、真正面から正対して、煌貴は言い放った。
右手に握ったナイフ。ただそれだけで、平紗と並び評される騎士に対抗しようと言うのだ。最早、笑いを通り越して呆れるしかなかった。
「はぁ?・・・まぁ、抵抗くらいはしてくれないと面白くないね」
「そういうこと。精一杯足掻いてやるから、ちょっとくらいは手加減してくれ」
臨戦態勢をとる朝里という男に、一つ溜息をついて、騎士は名乗る。
平紗と同じ騎士の家系。天井神由という名を。
剣を引き抜く。天井は平紗とは違う。無闇やたらに長剣を愛用することはしていない。手頃な長さ、自分に最も合った長さの剣を手にした。装飾の派手な鞘を投げ捨て、軽く、天井は構えた。
「よし、じゃあゲームをしよう。オレはおまえの右肩を狙うから、避けてくれよ」
宣言して、これで少しは遊べるな、と天井は思った。

一歩、敵が踏み込む。余裕ぶった表情を浮かべる天井はゆっくりと前進する。
片手で握った剣。リーチでは勝負にならない。ナイフで対するには、どうすればいいのか。
「行くよ」
冷たい声。気付けば、すぐ目の前に敵は立っている。
咄嗟にナイフを真上に引き上げた。右肩を狙うって言ってるんだ。防げないはずは、無い。
赤い何かが右目に入る。視界が半分だけ、赤いフィルターがかかった。
右肩に鋭い痛み。天井は、右肩だけを傷つけて、離脱した。
なんて、無様。宣言通りに事を成した天井の笑みを見るたび、自分に嫌気が差す。
踏み込み、ナイフを振るう。軽い哄笑と共に回避され、今度は左肩から出血した。
いずれも傷は浅い。だから、構わず斬り込んだ。
右目が見えない。自然と、攻撃は相手の右側に集中した。真っ赤に充血した右目を見る限り、天井はまだ余裕がある。いや、最初から敵になどなっていなかった。
斬り込む度に、傷は増える。一歩、また一歩と踏み込む度に、視界が赤く染まる。

やがて、腹部を串刺しにする一撃で、トドメとなった。

左も赤い、右もアカイ。
世界の全てが赤くなって、そして白黒になった。
空、が見える。だからそれで、倒れているのだと実感出来た。
「粘った方だよ、オマエ」
興味を失った騎士が、冷たい声で言い放った。健闘を称えたのかもしれないが、そんなものは何の意味もなかった。
赤い世界の一部が白に、黒になる。
すぐに来るはずの死は、いつまでも来なかった。
黒い騎士は――――何かの冗談のように静止したまま、動かなかった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Copyright 2005 STELA All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-