「あれ?」
気付くと、夢を見ていた。
これは夢とわかっているのだから、覚醒夢というものだ。それは得てして、起きても覚えていられることが多い。
「いや、そうじゃなくてさ」
街、がある。知らない街だ。当然、煌貴が住んでいる街でもない。全然知らない街で、陽次先輩が道を間違ったとしか考えられない。
とにかく。煌貴は道の真ん中で突っ立っていた。行き交う人々、立ち並ぶ店。大通りと認識できる場所は、下町のような賑わいを見せている。
「あ」
あ、って何だよ。
「――――」
男性にしては低い、女性の身長。少女が立っていて、自然と、目が合った。
何を言うわけでもない。何をするわけでもない。互いが互いを知らず、また見たこともない。
だから、黙っていた。口を開くと、この喧騒の中、きっと壊れてしまうから。
ああ、きっと。いつまでも見ていたかったのだろう。賑わう人の群れ、一際目立つその美しさを。
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(トンネル・ドライヴ/1)
これは、夢だ。
納得も理解も出来ないこの光景。記憶が飛んでいるのは夢だからだ。
奔る閃光、迸る血汐。
振るわれる剣を小刀で受け止め、返す刀で真一文字に胸を裂く。
もう、幾度。幾度この剣戟を聞いただろう。
耽美な音。陶酔するがごとく、朱い音と色に酔っていく。
――――得物は短刀。長剣に対する手法は知り尽くしている。
距離が開けば勝負にならない。故に、この戦いは距離の詰め合いにある。
逃げる剣、追う小刀。生死をかけた鬼ごっこ。
速く、速く、なお疾く。鬼は少女を追いかける。
すでに肉体は死している。
生きているのはこの魂。大小十二の創傷は、完全に致死量だろう。
だがまだ生きている。この魂が消えぬ限り、我に敗北の二文字は無し。
手にしたナイフを逆手に持ち替え、打ち付けるリズムを変えたのは同時だった。
大きく開いた右足を軸とし、左足を引き付ける。
そうして、疾風となった身体は閃光に変わった。ただ君を滅さんと、俺の体は剣となる。
「――――」
光に対するは、光。この身が剣なら、敵は盾。
優劣は問題ではない。問題なのは、相性。剣と盾。同じ光なら、その勝敗は見えている。
ああ、それなら。
全てを防ぐ盾ならば、全てを貫く剣と成れ――――!
「ちょ、煌貴、待った待った―――!」
「ほのか、すとーーーっぷ!」
叫び声が聞こえた。
聞こえた。ただ、それだけ。
全てが視えた。逃げる足を止め、後光を発して前に出る相手に対し、愚直なまでの前身を突進に変える。速度は勝る。ならば先手。繰り出す右腕は逆手のナイフ。
だが、予想とは覆されるもの。
合わせ鏡のように、互角のスピードで必殺の剣戟が打ち鳴らされる。
だとすれば、敗れるのは、どちらか。
死ぬのは、いい。この身が滅びるだけなら納得もいこう。
許せないのは、不敗の信念が折れること。
弾いた。強引に切っ先を歪め、敵の剣を弾いた。
折れた。長物はその中央部分、耐えるに敵わず、宙を舞う。
突いた。
――――痛むのは、突いたはずの胸だった。
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目が覚めても、舞台は夢のままだった。
「あ、おはよう煌貴」
「目覚め、最悪」
率直な感想を口にして、冬真の正面にあった椅子に座る。自然、テーブル越しに見える二人の女性が気になった。
「明津季梨亜(アクツキリア)さんと平紗歩叶(ヒラサホノカ)さん。煌貴、ここがどこだかわかってる?」
「夢ん中だろ。じゃなきゃ説明できない」
「ま、そんなとこかな。んじゃ説明はいらないね」
キリア、と言う名前の通り、短い髪の活発そうな女性は外人に見えた。歳も幼く、十六歳くらいだろうか。
その隣、「ほのか」と紹介を受けた女性が座っている。目は、合わなかった。
「ビックリしたよ。会ったらいきなり斬り合ってるんだもん」
「夢だからな。その辺は説明いらないだろ」
「まぁ、そうなんだけどね」
体は、壊れたままだった。全身が痛く、動かす度に軋んでしまう。
「煌貴、ちょっといい?」
「ん。俺も冬真と腹割って話すつもりだった」
前に座る二人に会釈し、空いていると思しき部屋に二人で入った。
説明しなければならないこと、そして知りたいこと。その全てが解明されるとは思えなかったが、こうして出会えたのだ。情報交換くらいはしておきたい。
「「どーなってんの?」」
見事にユニゾンした。親友、と言うものはこういう時、便利で不便だった。
冬真の夢はこうだ。
街中でぶつかった少女がいる。おそらく、見知らぬ、理解も遠い世界で右往左往していた冬真は困っていた。経緯はともかく、その少女と知り合えて、色々な情報をもらえた。そこで、煌貴がいる可能性を感じ取った。
で。いざ探してみると、肝心の煌貴は戦闘の真っ最中。命を散らすその場面。止めたが間に合わず、二人相討ち、ダブルノックアウトで平紗歩叶の家に運ばれた。
「で、どうして平紗さんと斬り合ってなんかいたの?」
「夢だからだろ。記憶だってトンでるし、気付けばナイフなんか持って応戦してたんだ」
「いや、理由はわかってるんだ。僕が聞きたかったのは、どうして煌貴が応戦出来たかってことなんだけど・・・ま、いっか」
「理由がわかる?」
「うん。平紗さんって、キリアさんに言わせれば特殊なんだって。その辺は追々、説明するよ」
「なら早速説明してくれよ」
「おっけー。それじゃ煌貴、ひとつ聞くよ。ここは僕たちの住んでいる街じゃない。けど、ここはちゃんとしてひとつの世界だと思わない?」
この世界を現実として考える。現実世界としてはおかしな場所だ。剣で斬り合って、見たこともない服を着た人間が生活している。文化の違いだとか、そういったレベルを逸脱している。
そういう意味で、ここは成立している。知る世界とは全く違った成立の仕方ではあるものの、ちゃんと成り立っている。
「だから、僕は現実じゃないかなって思うんだ」
「鏡、だな」
「そう、鏡。あの紫鏡が原因になって、僕たちはこの世界に来てしまった。何とかして帰る方法を見つけないと。そのためにも、あの鏡を調べなきゃ」
「帰る?ああ、そっか。帰らなきゃな」
「整理するよ。僕たちはあの鏡でここに来た。なら、帰る方法もあの鏡にある。僕だけじゃない、煌貴もここにいるってことは、センパイ二人もここにいる可能性が高い。そして何より、僕たちはこの世界にとって、招かれざる客だ。情報が無ければ、孤立してしまう」
そう、その通り。煌貴も冬真も、この世界については無知だ。何かを調べるにしても、この世界の協力者が必要だった。それがなければ、この世界で永遠に孤立してしまうだろう。
「あの二人ってことか?」
「キリアさんには僕が言うよ。煌貴は平紗さんと、イケる?」
「また襲われたりしなきゃいいけどな」
理解できたことは多々あり、理解できないことがひとつあった。
ここが現実だと言うのは、わかった。仮定の話ではあるが、丸っきりの嘘でもない。
夢の世界。まるで、御伽噺の主人公になった気分。世界の全てが作り物で、自分自身さえ嘘だった。
「はは、よく出来てる」
「何が?」
「全てが反対だ。鏡の世界、映るものは全て逆さだろ」
「・・・へぇ、なるほど。さすが煌貴、文系は強いね」
四人で街中を歩いていた。物事の全てが、自分の常識とは反対だった。
「ここには科学技術が無いんだ。どうやって生活してるのかな。水準はそれなりだけど」
「考えろよ冬真。科学は生活を便利にするものだ。なら、その反対で生活を便利にするのは?」
「うーん。科学の反対、かぁ。科学ってのは、人間の代わりに道具や機械を作って使う。わかった、人間の力だ!って、それじゃ便利にならないよ」
「いや、半分正解だろ。道具を使わず、己の力のみで奇跡を成す。科学の反対はな冬真、『神秘』だ」
だから、この世界は。現実とは反対の、幻想に思えるのだ。
「それじゃあ」
「いわゆる、『超能力』ってヤツじゃないか?」
平紗歩叶と殺し合ってわかったこと。少女にあんな力があるはずもなく、自ら発光するなど人間業でもない。
つまりは。この世界は科学の代わりに神秘を使って奇跡を起こしている。どちらが優れているかは、判断もつかない。
例えば、火を熾すとする。ライターで着火させるか、神秘的な超能力で発火させるか。経過は違えど、結果は同じなのだから。
「なかなか良い着眼点だね。アサリちゃん、ごーかく!」
「キリア。なら、君らって」
冬真の隣で親指を立てる少女。どうも、明津などという苗字がピンと来なかった。
「そ。スキルって呼ばれてる奇跡の起こし方。日常生活に関わることは、皆このスキルを使うんだよ。でも人それぞれによって出来るスキルは違うけどね」
それは、そうだろう。コンピューターを扱うのが得意な者がいれば、溶接技術に長けた者もいる。ヒトには向き不向きがあって、出来ることと出来ないことがある。
「そーゆー点で、歩叶は特殊なんだよ。歩叶のおウチは王様直属の騎士だからね。ガラスを直したりするより、壊す専門。だよね、歩叶?」
音も無く、こくりと軽く頷く平紗歩叶。
「王様、ってことはキリア」
「考えればわかることだな。俺たちは民主主義の世界に生きている。その反対は、君主制さ」
中世の世界。統治者がいて、民はそれに従わなければならない。それはやがて革命に変わり、新たな統治者を生み出す永遠の輪廻。
「都市国家。ほら、あそこが門だろ」
「凄い、アサリ君またごーかく!」
「外には何が?」
「出たことないからわかんないよ。出る必要も無いし」
それで、不満は無いのだろう。城の中に城がある。この街自体が巨大な城で、さらにその中央に政庁である城がある。そこに、統治者はいるはずだ。
救われた。煌貴は直感的にそう思った。ここが入口なら、出口もここだ。出られない以上、先輩たちもここにいるだろう。
「探すんなら、歩叶はいた方がいいよ。歩叶のスキルで、サイトってのがあるから」
「視る(サイト)、ね」
「そ。目が悪い人のスキルなんだけどね。健常者が使えばもっとよく見えるよ」
言うなれば、眼鏡か。生活していく分には、現実と同じだけの水準がある。全てが何かで補われている。それも当然。ここは、鏡の世界なのだから。
目を閉じて、考える。鏡から出るには、どうすればいいのか。
そうして、疑問が残る。
鏡の世界なら、ここに、俺はいるはずだから――――
「「―――!」」
驚きの気配は同時だった。何か、違和感がある。驚いて目を開けると、同じように驚く歩叶と目が合った。
だが、動くのは歩叶の方が速かった。何事かはわからない。ただ、追わなくては、何か嫌なことが起きると思えた。
だから追った。いつぞやの鬼ごっこの続き。今度は味方として、彼女の背中に必死で向かっていく。