Mirage
Tunnel-1
夜道を走る。
比較的静かなはずのエンジン音は、この闇夜には不釣合いなほど響いていた。
「なぁ、アサリ、起きてる?」
運転席から聞こえる声。穏やかな振動は眠りを誘うのに最適で、助手席でなければその声で目覚めることはなかっただろう。
「・・・起きましたよ」
「この道、合ってるよな?ちょっと地図で確認してみてくれよ」
言われるがまま、ダッシュボードに乱雑に押し込まれた地図を取り出す。あまりの静けさと、暗闇に不安を覚えたのか、一年先輩の若狭陽次はそんなことで声をかけてきた。
「ええ。多分」
適当な答えでも安堵したのか、陽次先輩はそれっきり、声をかけようとはしなかった。
そんなことだろうとは思っていた。地図チェックも投げやりで、本当に適当に答えただけである。
やはり、眠い。再び後頭部を座席に押し付けた頃には、二度目の眠りに陥っていた。
朝里煌貴。呼び名はそのまま「アサリ」や「アサリちゃん」という安易なニックネーム。大学一年生で、奨学金とバイトで生きる男。友達欲しさと恋人欲しさに軟式テニスのサークルに入部したものの、何の因果か女の新入生はゼロという記録を打ち立ててしまった。
だったら硬式にすればよかったのに、と。批難されること数回。ものの見事に滑った我々は、テニスが上手くなるばかりだった。
秋も深まる十一月。我が軟式テニス部はシーズン・オフとなり、特別仲が良いというわけでもない陽次先輩の誘いで、近くの温泉旅館に一泊した。財政的にはかなりのダメージだったが、何を期待していたのだろうと後悔するだけだった。
今はその帰り。陽次先輩の車で街へ帰る途中。他の部員は、それぞれ同じように先輩たちの車で、ほろ酔い気分で眠っては起こされていることだろう。
「おい、アサリ、起きろって」
そう、こんな感じで。
「・・・今度はなんですか」
「ちょっと寄り道してこうぜ」
車は止まっていた。陽次先輩は、後部座席に座っている二人にも声をかけて、起こしてしまっている。
フロントガラスに映るのは、漆黒の闇。驚いて後ろを振り向くと、微かな月明かりが見えた。
「トンネル、っすか」
「電気も点いてないトンネルなんか、聞いたことないだろ。ちょっとした胆試しだよ」
不安で頭がやられてしまったのだろうか。少しばかり、センパイの脳味噌を心配するが、事態は好転しない。
促されて、車から出た。途端、肌を突き刺す冷気が自然と身震いさせる。
「寒っ!やっぱやめましょうって、陽次先輩」
「・・・ははぁ、アサリは怖がりだったのか」
「行きましょうか。そこ、グズグズしない」
「ほら、やっぱし。オバケがいる時は生暖かい風が吹くって言うじゃん」
二年生の先輩で、珍しく女性の奈美先輩が口を開く。恐怖からだろうか、いつもより口数が多い気はする。
「ねぇ冬真クン。アサリちゃん、なんか早足じゃない?」
「そうですね。煌貴は意地っ張りですから」
丁寧に受け答えするのは高校から一緒だった君塚冬真。元はと言えば、コイツにテニス部誘われたのが原因である。煌貴のことを、名前で呼ぶ珍しい人種でもある。
「・・・陽次先輩。ヘッドライト、遠目にしました?」
後ろの二人は無視して、隣を歩く陽次先輩に声をかける。懐中電灯も無いので、明かりは車のヘッドライトのみである。その光も、どこか弱々しくなっている。
「してない」
「なんか、見えなくないっすか」
「そうだなぁ。遠目にする?」
「そうじゃなくて。あそこ、何か見えません?」
指差す方向。何か、白い影のようなものが、確かに見える。
「うひゃっ!」
「わっ!・・・って、陽次センパイ。急に奇声出さないでくださいよ〜」
「違う違う!マジで何かあるんだって」
怖気づく二人に、失神寸前の奈美先輩。よく眼を凝らすと、白い影はちゃんとした物体で、細長い棒のようなものに見えた。
「なーんだ。オバケじゃないのね。陽次、驚かせないでよ」
白く長い棒。それは、先端が五つに分かれていて、まるで、この体と同じ
「――――人間の、手だ」
瞬間、今度こそ奇声に似た絶叫が走った。
ずるっと重たい音を立てて現れたのは、首の無い人間である。
「マネキンかよ。驚かせやがって」
「乳首も取れちゃってますね。これじゃ陽次先輩にあげられないや」
壊れたマネキンの他にも、様々なものが落ちていた。いわゆる、産業廃棄物に分類されるような品々。そのどれもがどこか壊れていて、ゴミだと一目でわかるものだった。
「意地っ張りだけど勇気あんじゃん、アサリくん」
「はっ。どーせオレはビビリ王ですよ」
うんやっぱり。この二人、怪しいとは思ってたけど、付き合ってるな。
「痴話喧嘩に巻き込まれるのはゴメンですよ。って、トーマ、それなんだ?」
トンネルの奥、ゴミ置場から持ち出していたのは、鏡にも見えた。
「紫の鏡ね。奈美先輩、紫鏡って縁起悪いんでしたっけ」
「アレじゃない?口避け女に通用するとかしないとか。あれ、違ったかな」
「いずれにしても、そんなもん持ってくるなよ」
「いや、未開封だったから何かなーって」
手渡された紫鏡は、確かに割れてもいなかった。新品同様の輝きは、どこか怪しく見える。
「戦利品だ。持って帰れよ、アサリ」
「絶対イヤだー!」
気持ちが悪い。廃品回収の趣味も無い。手鏡を投げ捨てようと、手首を返して振りかぶった。
――――その一瞬、どこか見た顔の女が、視えた。
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