
thanatobiologic
死を知り、滅を求めれば。いつか私は、生きるだろう。
t h a n a t o b i o l o g i c
1
それは、私が日常の一つとしている車の旅での出来事。ただ北に向けて走る車が、夜になって止まった。私は寒くないようにと取り出した黒いジャケットを羽織り、何もない小さな村に降り立った。北風が肌に寒い。海が見える港の旅館。駐車場に私の車以外は、何も無かった。
中年の女性に話を通し、宿をとる。案内された二階の部屋からは、寒々しい日本海が一望できた。景色が気に入ったので、部屋を変えることも宿から出ることもしなかった。過疎の集落。遠くにあるはずの市街地。その灯は、見えなかった。
誰も来ない、誰もいない、私さえない空間。闇夜に意識を溶かし、ただ、漫然と煙草の火と煙だけがあった。それが死というならば、存外、心地が良い。虚無であるということ。目を閉じて、時が流れるだけ。
かすかに聞こえる、雑然なる音が私を乱した。耳は音に触れ、意識が再び覚醒する。目を開いた時には、私は死体ではなくなってしまっていた。意思は嫌悪感で統一され、何気なしに、壁を見た。隣の部屋から聞こえる音は声。艶やかに彩られた、女性の声。
色情の沼から届く声は、私にとって不快感でしかない。
やがて、はっきりと聞こえた絶叫と共に、それは終わる。絶頂に達した瞬間、同様に私の不快も絶頂になった。壁に向けて、置かれた花瓶を投げつける。割れる音は、おそらく、隣に届くほどの音だったろう。それに対する返答は、壁を殴りつける音であった。
こちらの意図は伝わった。私は再び電気を消して、窓の桟に腰掛ける。ポケットから煙草を取り出し、二本目に火をつけようとした瞬間、扉の開く音が聞こえた。次いで、怒号。事を終えた若い男性が、先ほどの花瓶に対して怒りを覚えたらしい。
室内に入られる空気を察してなお、私は取り合おうとせずにライターを使用することにした。
「うるさい御仁ね。ドアを閉めて電気をつけなさい。周りに迷惑でしょう?」
憤慨しながらも、怒号の持ち主は与えた仕事をこなしてくれた。電灯がつけられ、闇が退かされる。目を閉じ、煙を吐き出してからゆっくりと明るさに鳴れていく。怒声が収まったのと同時に、私は目を開けた。
室内にいるのは、剃髪にした男性だった。彼はこちらを見据え、訝しげな表情で口を閉ざしていた。体格のいい、見た目には優れた容姿と思える男。半裸の上半身は、筋骨たくましく鍛え上げられていた。
「何か、御用かしら。他人の部屋に許しもなく侵入してくれたのだから」
窓の外に吸殻を放り投げ、斜に構えて男性を見上げる。彼は取り繕うように咳払いをしてから、花瓶のことを訊ねてきた。気に食わないから叩き割った。それだけを答えて、窓の外の暗い海を眺める。気に食わないのは誰のせいか、とまでは言わなかった。
「失礼した。どこぞの不良か、暴走族のようなものか、と。ここらは田舎でね。悪い輩が暴れやすいのだよ。ご老体しかおらん」
「言い訳は結構。済んだのなら戻りなさい。そんな格好で徘徊されるのは、目に悪いの」
言い終えた瞬間、隣の部屋から再び声が上がった。愉悦を感じさせる女性の嬌声。今度は勢いも強いのか、床の軋みさえ伝わってきた。男は苦笑しつつ、二度目の謝罪を入れてくる。
「なるほど、複数人とはね。声も大きくなるものだわ」
「――――何なら、貴女も混ざり合うか?」
男の視線が、私の顔から下に目線を下げていくのがはっきりとわかった。下着姿にTシャツ一枚、という格好が彼の色情を掻き立ててしまったらしい。今度は、こちらが苦笑する番のようだ。顔を上げ、再び男の顔色を見る。
「今日はご遠慮しておきます。誘いたいなら礼儀を学ぶことね。女性と認識するのなら、部屋に入る際には一声かけるべきよ。そんなことも知らないの、貴方」
それで、男は理解したのだろう。こちらの笑顔は嘲笑で、決して肯定などではないということに。彼は顔色を今一度、怒りを押し殺したものに変えて、無言で部屋から出て行った。
儀式は再開。あてつけのように漏れる声に、すでに興味も不快も無い。私は電灯を消し、意識を深奥から消滅させていく。
「生に溺れるのも、正しい人。生憎と、私は生者じゃない」
翌朝、荷物をまとめてから朝食をとった。部屋ではなく、一階の広間に朝食は用意されているようだった。朝食の時間きっかりに私は部屋を出て、広間に入った。テーブルにつくと、従業員が盆に載せた朝食を運んでくる。
珍しく、携帯電話の電源を入れてみた。着信もメールも、全て友人からだ。職場の人間からの電話も、一度だけあった。かけ直すことはせず、そのまま電源を落とした。
「昨夜の君か。隣は空いているようだが、同席してもいいかな?」
今日は声をかけてきた男が前に立っている。彼に対する興味はすでに無い。私は返事すらせずに、玉子焼きへと箸を伸ばした。沈黙を了承と受け取ったのだろう。男は対面に座り、運ばれてくる朝食を受け取っていた。
「ふむ、君は菜食主義か。いや、炭水化物も摂取するようだが。おお、カップが空になっているぞ。日本茶を飲むといい」
「……いちいちうるさい人ね。ここの不味いコーヒーを飲むくらいなら、水でも飲む方がいい。余計なことはしないで。この村をますます嫌いになるカラ」
「いや、すまないね。昨夜の詫びを、と考えていたのだが」
「なら、一人で語ってなさい。そうね、お題はこの村について」
厄介払いをして、食事に専念する。彼のように若い人間が、過疎の集落に留まる理由が見えてこない。おそらく村に愛着でもあるか、親の家業を継いだかなのだろうが、集落についての知識は豊富だろう。ゆかりや特徴を語ってもらい、コーヒーの不味い村について少しでも好意を得られればいい。
「まずは自己紹介、だろう。私はこの村にある観修寺の息子、観蓮という僧だ。それで、君は?」
坊主は嫌いだ。名乗り返すのも癪だが、アヤ、とだけ名を言った。好色な僧侶、というのも珍しい。少なくとも、私の知っている僧は禁欲的でいて、自身を高めることに専念するような人間ばかりだった。それもまた、若さだろうか。
観蓮は話し始める。過疎の集落はわずかな水産業で市に貢献している。若い人間は市街へと向かい、高校から大学、さらには就職のために市街、または都会へ行く。残されたのは老人ばかりで、買い物をするにも難儀、という典型的な過疎地域だった。
だから、意外と坊主は忙しい。檀家巡りも楽ではなく、また彼岸や盆も忙しい。死ぬ人間も多いので、働く場面は多いのだろう。
「それで職務から離れて羽伸ばし?ここじゃ若い女性を捕まえるのも大変でしょう?」
「だから、君を誘ったのだよ。若人は旅立ち、残った者もいずれ行く。絶対数が少ないのだ」
「そう。なら、精進なさい。煩悩が多いわよ、好色坊主」
朝食を終え、立ち上がる。これ以上、ここにいる理由もない。さっさと村を発ち、またどこかを訪れよう。小うるさい坊主のいない場所ならどこでもいいだろう。
「待った。実は折り入って相談がある。最近、若い女性や子供が極端に減っているのだ。元々少ないというせいもあるが、老婆の世話をするために戻ってきた家族さえ、いなくなる」
「知らない。勝手に探してなさい」
「どこぞの不良の仕業か、あるいは犯罪か。真偽を突き止めたい。この村で老人たちに頼られている若者、としてどうだ、手伝ってくれないか?」
まるで人の話を聞かない坊主を睨みつける。観蓮は怯む様子さえ見せず、まだ言葉を連ねてきた。人を探すことを、一人でするのは面倒なのだろう。さらには家の仕事もある。老人たちはこの若い僧侶に信頼を置くのも当然だろう。他に人がいないのだから。
呼ばれては、老人たちの話を聞き、時には手伝う。そんなことを続けていれば、羽を伸ばしたくなることもあるかもしれない。
「神隠し、などと人は言うがね。私の考えは違う。犯人がいて、その者が何かをしている」
「同感ね。いいわ、手伝いましょう。ただし、最終的に私が頼るのは釈迦ではなく自分自身だから」
市街地には有名な神社がある。神智学の見地から考えれば、そちらを頼るのが筋ではある。仏教そのものに悪魔と戦う力は無い。ただ、幽霊や悪魔という連中を相手にするとは考えにくい。読経でも祝詞でもなく、一本のナイフで勝敗は決するだろう。
「悲しいかな、この観蓮を頼ってくれ。恋の成就には日々の逢瀬が不可欠だがな」
腹立たしい好色坊主に呆れ、私は相当なお人好しではないかと自問する。そして、自嘲した。
2
神隠し。女性や子供が主として狙われ、異界へと連れて行かれる、とされる。下手人は天狗というものもあり、いずれにしても、人ではない何かにさらわれる、ということになる。無論、現代では考えられない。神隠しが集団で行われたなら、それは何らかの事件である。どこかの山中に遺棄されているという可能性が高い。
だが、行動を共にしているのは仏教の僧侶である。少なからず、神秘の世界に足を踏み入れている人物だ。いざとなれば、数珠を振り回して妖怪とでも戦ってもらわねばならない。
「いや、悪い。せっかくの旅行に付き合わせてしまって」
「先に言いなさい。でも、気にしないで。旅行先で天狗探し、なんて。笑い話のネタにはなる」
がたがた、と車は揺れる。まずは観修寺に赴き、参拝している老人に話を聞くのだという。方法は観蓮に任せ、私は窓から風景だけを眺めていた。
「私は昔からヒーローに憧れていてね。大人なったら悪者をやっつける強い人間になろうと決めたんだ」
「それが坊主とは的外れね」
「いやいや、悪霊を追っ払う正義の味方だ。尤も、そんなものは信憑性が薄いがね。修験の道も学び、物理的にも強くなっていく所存だ」
強い人間になろう、と決める。何者にも屈しない、強い力。それに憧れるのが、男性というものだろう。正義感が強く、隣の部屋にまで過剰反応するような男だ。鍛錬を積んでいるというのも嘘ではない。そこいらの不良程度なら、軽く打ちのめすことは可能だろう。
修験の道、というからには。彼の流派は密教の類なのか。法華経だろうとは思っていたが、綿密には違うのかもしれない。だが、私には興味のないことだ。言及はせずに、途中で買った缶コーヒーに口をつける。
「それで、君は?」
「私は空っぽ。意思も無く、また家族も無い。繋ぎとめるものは何も無く、瞬間に生きる快楽主義者」
「はは、大したものだ。余程、達観した行者の如く。しかし、悲しいな」
「他人に同情を受けることほど腹立たしいこともないわ。いいの、それが我が人生なり。欲望のままに生き、快楽を貪る。それって、人間という生物の根本でしょう。ただし、私の快楽基準は他人とは違うようだけど」
「ほう。では、問おう。君は何に愉悦を覚えるのかな?」
観蓮は興味津々、といった様子で問いかけてくる。これ以上、うざったい彼の話に付き合うことはしたくない。故に、私はこの話をした。
「人を侵すこと。蹂躙し、陵辱するその刹那に、私は笑うの」
死こそ愉悦。死こそ快楽。血という赤い華を咲かせた芸術作品。私はソレを見たいがために、人を侵して恍惚とする。根っからの殺人鬼。打ちひしがれた表情こそ、絶望を突きつけられた恐怖心こそ、この私を笑わせることが出来る。感情は欲望のためだけに。生物は生死、しかし、私は死しか望まない。
「狂狷なる狂気か。成程、故に君は狂風な色女なのだな」
その答えに、観蓮はわずかに口を歪めた。笑い、ともとれる表情。褒詞の如き台詞を口にして、車は行く。この男の内面など知ったことではない。ただ、正常ではないことを私は知った。
「なら、君は人の死に快感を得る、ということか?」
車を停めたところで、観蓮から再び疑問が飛んできた。それに頷きで返して、境内へと進む。彼は何かを考え込むようにして、ゆっくりと後からついてきた。
「どうして、とは聞くまい。人が数多持つ欲望はそれぞれ違う。君は自己破壊の衝動が強い。死を衝動とし、それを己に向けている。言うなれば、究極のマゾヒストだな。まぁ、尤も。君はそれを他人にも強要する。排他的な人格はそのためだろう。死が生を凌駕してしまっているのか。普通の人間というのは、危機に直面し、しかし生きているという事実に歓喜する。しかし、君は。危機そのものに悦ぶのだな」
「高説をどうも。理知的な言動は時として異性の興味を失わせるから、注意すべきよ」
境内の先にある寺社。観蓮は先導し、曲がりくねった廊下を進んで行く。ある、一つの扉の前。彼は振り返らず、背中越しに言葉を続けた。
「もう一つだけ。君の欲望は、欲情だ。死体に欲情をしているのだよ」
ネクロフィリア、と呼ばれる。それに些か、感情がざらついた。死骸を愛する趣味は無い。死姦をするつもりも無い。そもそも私は、欲情をしたことがない。それは、そちら側の言い分だ。死を愛する。愛の結末が、違う。
種の保存を願うことなどない。その本能は、そちら側のもの。私は正反対。生を悦ぶ人間ではないのだから。故に、私は誰も、愛せない。愛する時は、殺す時。
「アヤ。君の異常性欲、私が解消しよう」
扉が開く。ここは地獄か天国か。開けた先は、天獄だった。
――――――――――――――――――――
天獄が開く。鼻をつく異臭と目を覆う異界。臆することなく、呆れた様子でアヤは中へと招かれていった。扉の前に立ち、私はその背を見続けていた。
「理解できんか。出来ないだろうな」
アヤはしゃがみ、五日前の女に触れていた。ショートカットの黒髪が、かすかに揺れた。首に手をやり、脈を計っているようだ。無論、まだ死に至ってはいないだろう。その隣の、十日以上前の女はどうか知らないが。
「真言立川。両性の性液を混合したものを人の頭蓋に塗りたくって本尊とするアレかしら」
少々、いや、かなり驚いた。アヤは正しく、我らを理解している。横たわった女性を見て、触れるだけで理解するとは、驚きである。反論することはしなかった。正しく理解しているなら、説明は不要だろう。それでも、私の気分は高揚していたのか。無駄な説明をアヤの背中に叩きつけた。
「正解だ。実行しているのは我が師だが。私は師の言に従い、教えを実践しているに過ぎん」
仏教に限らず、全ての宗教は真理を求める。その真理を得た瞬間、全てを悟る。そして神に近付くのだろう。願いの成就のために。七年の歳月を費やして、我らは髑髏本尊を完成させる。
ここは、願いに通じる天の獄。正面に置かれた作成中の本尊。そして完成に導く生贄が転がっている。
「アヤ。本尊の完成には君が必要なのだ」
「……そうね。私のような人間でない限り、こうして神隠しは続くでしょう。頷く女性などいない。後は天の獄に繋ぐしかない。そして使い捨て、ね」
彼女は理解している。よく、理解している。アヤのような人間は、きっと今後一再、現れることはないだろう。理解があり、頭も良く、何より美しかった。白い肌は黒髪によく合い、小柄ながらも豊満な体は妖艶。十二分に、私の欲情を書きたてる存在だった。
「今日は遠慮してくれるなよ、アヤ」
昨夜の女性に、彼女は手を触れる。まだ精液すら乾ききっていない肉体に触れ、目を閉じ、彼女はなぜか、朝食を床にブチ撒けた。
吐瀉する音が本堂に響く。アヤは苦しそうに、嗚咽しながら吐瀉を続ける。その異様に、少なからず安堵した。口では言っても、やはり彼女も普通の女性。この惨劇を前に、苦しまずにはいられないのか。
「色、邪魔をするな――――」
アヤは「存在」という意味を口にし、そのまま、果てた。吐瀉物に向かって倒れるその姿は、やはり妖艶なままだった。
――――――――――――――――――――
「ノウマクサンマンダ、バザラダン、センダン、マカロシャダ、ソワタヤウンタラタ、カンマン」
真言が聞こえる。同時に、肌を打ちつける音。儀式の音で、私は目を覚ました。体を起こし、壁に寄りかかって座る。目の前には、女性と交わる観蓮の姿があった。果てのない真言を続け、欲望もまた果てがない。観蓮は射精と真言を繰り返し、先に女性が朽ち果てることだろう。
死んだ瞳で、その所業を見つめる。下腹部が激しく痛み、何か、汁のようなものが自身の膣から流れ出る感触がある。黒いタイツを伝って、失禁したように尻を濡らしていく。手で触れてみると、白濁の液体が付着した。
「オマエは凄いヤツだな。ふん、やっぱりアイツだけは別格なのか」
思わず、悪態が出る。すでに、遠い。亡くなった男を偲ぶ。思えば、あの男が死んでから私の人生は滅茶苦茶だ。
「次に会う時は、殺してやる」
今、目の前で誰かが息絶えた。観蓮は死体をそのままに、糸を引いたまま他に転がっていた女性を引き寄せ、また性交を開始する。真言が続けられ、髑髏本尊に向かって彼は一心に儀式を遂行している。ふと、真言が止む。およそ何度目かさえわからぬ射精の後、ついぞ、今宵の儀式は終了となったようだった。
目が合う。あれだけの性交を繰り返した後だと言うのに、観蓮はまだその力を失っていないようだった。
「はは、殺すか。ならば来い、アヤ。この観蓮と勝負ぞ」
呼ばれ、立ち上がる。重力に引かれ、陰部から零れた液が足を伝った。気持ちの悪い感触。それを押し殺して、私は本尊の前まで進む。途中、邪魔な障害物があった。蹴り飛ばす。それで、障害物が女性の頭部だと知った。
全裸の観蓮と正対する。右手で恥部を押さえ、左手で蝋燭を握った。俄かに、観蓮の顔が強張ったのがわかった。蝋燭を外して、燭台を握る。尖った先端を見て、嗤った。
「殺す。まずは、オマエだ」
言って、私は私の腹部に燭台を突き立てた。
零れた血が、観蓮の股間を濡らした。燭台を上へ、上へと押し上げて、腹部を切開する。痛みで気が遠くなりそう。それでも、愉しかった。観蓮が、吐瀉をする。血とゲロと臓物。素晴らしい。
「お前――――妊娠、してる……?」
「あのクソッタレが私に遺したモノ。わかってるじゃねェか。ワタシが一番好きなプレゼントを。さァ死ね。ほらシね。あはハハはっ、私の息子を殺せるなんて最高だ!マジ快感ってモンだ、ほら鳴けよ、苦渋の産声でオレの夢を叶えろッ」
狂気の夢。狂想の夜。私は、私に寄生する命に尖塔を突き立てる。かすかな、悲鳴のようなモノが聞こえた気がした。零れる羊水に血が混ざり、混沌とした欲望の液となる。そぅら、観蓮。テメェの好きな汚辱の液だ。たっぷり味わえ。
燭台を近くにあった女性の目へと突き立てる。ギァ、と叫び声が聞こえた。まだ、足りない。私は自身の上着を脱ぎ捨て、乳房を露にして息子へと語りかけた。
「んだァ、喰らうには小さすぎるな。飲みなさい、我が子よ。ふわ。ママのオッパイ飲んでデカくなれ。あひぁ。頭から被ってな。んはァ。オレの糧となれ」
父性と母性が同時に働く。鋭い快感が脳味噌に伝達される。揉んだ乳房から搾った母乳で手は白く。血と混ざって壮絶な色彩となった。汁と液で世界は濡れ、血と汗で今宵を彩る。観蓮が、避けるように下がっていったのが視界に入る。
私は自身の腹部を蝋燭で溶接してから、それを追いかけることにした。
「観蓮。貴方、私とヤりたかったんでしょう?ほぅら、どうぞ。ちゃんと赤ちゃんは仕舞ったカラ」
彼の目にあるのは、恐怖の色のみ。腹部の痛みが、和らいでいく。寄生児を捕食し、私の肉体とする。細胞はいずれ赤子を飲み込み、この血肉とするだろう。胃に押し込まれた我が息子は、進化に役立つ。
「自己進化、だと。お前、人間ではないのか」
「アハ、ようやく飲み込んだ。さァ、観蓮。いつでもいいわよ。ああ、そうそう。勝負だったわね。貴方の生存への意思か、私の死の衝動か。どちらが勝つのか、楽しみね――――」
尻餅をつきながら後退する観蓮の前にしゃがむ。彼は、おそらく恐怖から。その行動を停止させた。私は破水した股を開き、タイツを引き裂き下着をズラし、恥部を明らかにする。恐怖が勝るのか、それとも情欲という生への意思が勝るのか。扇情的に追い詰めて、蠱惑的に観蓮に触れる。
しかし、いつまで待てども。観蓮は来ず。勝敗は明らか。軽々しいその口に血と精液と羊水と母乳ですでにふやけた指で触れて、最後の助言を私はする。真言立川流ということで、多少の興味が湧いたものの。すでに、事の顛末には失望していた。
「願いが強さなら、生への執着など捨てることね。死を許容することで、戦士は強くなるのに。いつでも来なさい、私が殺してあげましょう」
野望を阻止することも、手伝うこともしなかった。この集落がどうなろうと知ったことではないし、観蓮の生死に興味はない。私が望むのは、死、ただそれだけ。私は進化した肉体を持って、日常へと帰還するだろう。より、死体の野山を築くために。
「一つの器に、二つの魂。貴女は、何だ」
立ち去ろうとした私の背に、声がかかる。幾分、恐怖心も和らいだのだろう。情けない姿で、観蓮はそんなことを訊いてきた。
「さぁ?天使か悪魔か、それは貴方が決めて頂戴」
落ちていた誰かの衣服を拾い、羽織る。もうここに用事は無い。宿に戻り、明日の朝には日常へ帰ろう。
私という空虚な器は、観蓮のように愛に溺れることもなく。冷血に出来ている。
3
遠く、昔に感じられる。思えば、好きだったと思える男性と付き合った期間はあまりにも短かった。
「今は、何をしているのかな。あの人のことだから、地獄で全国制覇とかしてそうだけど」
そんな人物なのだから、仕方がない。別れてしまった絆でも、未だ繋がれるとすれば、この身。新年と共に生まれた命だけだろう。それも、すでに死んだ。絶頂の快楽をもたらした結果は、絶頂の虚無感だった。
それでも。魂はここにある。堕胎された魂はいつか、明日に蘇るだろう。私はあの人の魂と共に見送ればいい。
軽い荷物を手に。私は車に乗り込む。そろそろ帰ろう、日常に。
「……っ」
心臓が、痛んだ。それはまるで、二つの鼓動があるようだ。痛みが告げる。死の悲しみを、痛みが悼みとなる。魂は、二つではなく三つなのか。
気付けば、涙が流れていた。あの日以来、流れることのなかったナミダの粒。
いつか、この魂が消えても。いつか、あの人の魂が消えても。おそらく、私の中には何かが残る。
「ありがとう――――さようなら」
感謝の気持ちと謝罪の気持ち。私にとっては珍しいその二つを込めて。自らに言った。おそらく、この先を生きる意志と共に。
一年ぶりの涙は拭くのさえもったいなくて。
私は右目だけを押さえて涙を半分こした。
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