Mirage

Sacralize-3

周囲には生命が無い。降り始めた白の結晶。雪に覆われた世界で、三人は向かい合った。
完全に戦場は離脱した。敵は、いない。安全を確保した状態で、自分を救った何者かを見定めた。
白い人形のような姿。銀色の髪に黄色の瞳。見惚れるほど美しく、呆れるほど綺麗な、少女。
だから、一目でわかった。少女こそが、竜王(ドラクール)「アセリア・リヴィエルロット」だと。
「まずははじめまして、君塚さん。エララ・フェイスタッドです」
「え、エララ?と言うと、妹の方じゃないか」
エリー・フェイスタッド。シルヴィアの三歳下の妹の名前だった。
長女は数多くの戦闘で名を残してきたが、次女は主としてサポート役に徹し、表舞台に姿は現していない。
「すでに白鳳城は敵の手に落ちたと考えるべきでしょう。君塚さん、貴方はまだスロウとして戦ってくれますか?」
不思議な問いだった。スロウとして戦う。そんなの、どうでもいい。始めたからには、戦い抜く。誰の味方でもなければ、誰の勢力でもない。
「アセリア・リヴィエ。今回の神争に関与してくるとは思いませんでしたが、どうするんですか?」
少女は、答えない。じっと冬真を見つめるだけで、無視に徹しているようだ。
「とりあえず、エリーさん。敵ではなさそうです」
「そうですね。では、まず拠点を確保しましょう。我が王城へ向かいますよ」
雪を掻(カ)き分け、エリーは進軍を開始する。
我が王城。王のいるべき城。どことなく、西洋をイメージさせる城。
アセリアは無言でついてくる。横目で確認しつつ、前を進む金髪の女性に目をやった。
エララ・フェイスタッドは自分の知っているセイクリッドの人間とはかけ離れている。アーシュとは親戚に当たるはずだったが、それほど似てはいない。穏やかな物腰、優しく丁寧な口調。いや、アーシュもそうだが、彼女の場合はどこか超然とした印象を残すのだ。
人らしい、と言うか。だったら隣にいる吸血鬼はどうなんだ、とか。
風雪に聳える古城が姿を現したのは、そんなことをつらつらと考えていた頃だった。
ノイシュヴァンシュタイン。ドイツの古城をそのまま移築した白亜の城。
フェイスタッド家の居城である。ここと比べれば、天井も平紗も、矢上の屋敷も格が落ちる。
拠点らしく、結界も張ってある。感じる違和は侵入者に警告を促すものだ。
「凄まじいものですね、ディバイダーというのは。誘惑どころか結界まで無効にするとは」
具合が、悪い。さっきまで吸血鬼の食事となりかけていたのだ。健康状態であるはずがない。
「――――世辞はいい。それより、休ませてくれ」
意識はクリア。無駄な言葉を吐くつもりも余裕も無い。思考にあるのは純粋なる指向。敵を討ち滅ぼして願いを掴み取ることのみ。
エリーに案内され、赤いカーペットの敷かれた階段を上る。二階の一室に通され、誘われるがまま、ベッドに意識を投げ捨てた。

目覚めたのは、夜の九時をいくつか過ぎた時刻だった。
エントランスの奥、暖炉の置かれた談話室のような場所に二人は集まっている。重苦しい扉の先に足を踏み入れ、暖かい光と熱を感じながらソファに座る。
エリーは、穏やかな表情でこちらを見つめている。それが、気に入らないと言えば気に入らなかった。
「魂喰い(ソウル・イーター)でしょう。浅川柚葉が神争に参加したとなれば、さらに効果は上昇します。何より、神争とは他者から奪い、力と成すもの。君塚さんの体には、ミラン・ドルドラの『再生』能力が付与されており、なおかつ、ミラン・ドルドラが奪ったヒース・アルヴェンの『変化』能力も掌中にしています」
浅川柚葉の本当の力。ただ「貫通」するだけではなく、魂そのものを喰らう右手。
かつての神争では、三本の神器を破壊することによって、一本の完全体を生み出したと聞く。他者との闘争において、勝者が敗者の能力を吸収し、最後に立ち尽くす一人はあらゆる能力を手にし、「願望」を叶えるのだろう。
「そんなことはいいですよ。ただ疑問なのは、貴女たちの行動だ」
完治した頚動脈を押さえつつ、軽く、エリーを睨んだ。

「そんなに勝ちたければ、セイクリッドがやればいいでしょう。僕なんかじゃなく、貴女が!」

エリーやアーシュは戦闘員ではないと聞く。シルヴィア・フェイスタッド、カイン・セイクリッドの二名は音に聞えた英雄だ。前回の神争を勝ち抜き、願いを叶えた。
それが今の世界。過ちが新たな戦いを呼んだのなら、再びその手で勝利を掴めばいい。
異端の王とまで呼ばれているのなら、その剣で敵を討てばいい。
「残念ながら、君塚さん。姉も兄様も、戦いには参加しません」
「だから、何でです?一番強いのは貴女たちだ。僕は、僕にはこんな戦い、勝てるはずがない」
例えば、吸血鬼の王族。エリオット・ガーシュウィン。触れることさえままならず、手下のストリゴイに敗北した。浅川柚葉に勝てる見込みも無い。
どうして自分が。どうして戦わなくてはならない。願いを叶えたいと祈るだけで、命を捨てる覚悟は無かった。
答えを求めた彼女の瞳。その中には、言い知れぬ不安しか見えない。

「兄様も、姉も、もう長くはありません」

ゆっくりとエリーは天井を見上げる。横たわっているはずの、姉を求め。
「セイクリッドの寿命は極端に短いのです。特に兄様は、ひとつひとつの行動自体に負荷を必要としました。アーシュも同様です。おそらく、四十前後で天寿を終えるでしょう。剣を振るう度に上腕の神経が千切れ、魔法を唱える度に脳神経が断絶する。人間で言うならば、兄様も姉も六十代に相当します」
セイクリッドの命。聖者と呼ばれ、最強最高の能力を持って世界を治める。
その命は儚く、弱い。強大な力は、ただエンジンをフル回転させているだけに過ぎない。人が八十年をかけて使い切る命というエネルギーを、四十年間で燃焼させてしまう。
「まして、姉は前回の神争で右腕の神経を損傷し、右腕は動きません。兄様は脳の一部に障害を残し、今でも左眼は失明したままです。それでも、君塚さん。まだ戦えと言いますか?」
ずっと戦い続けた。前回の神争も、今回同様、激しいものだったに違いない。
勝ち抜いて、平和を掴むためにまだ戦って、今度は世界を相手に回して戦って。立ち止まることもしないで走り続けた。
それが、新堂薫。刻まれた傷は平和への願いの数。失った全てはただ崇高な願いのために犠牲となった。
「――――」

「君塚さんに全てを任せます。この地の敵を殲滅し、君塚さんの願う世界を見届けましょう」

委ねられた想い。自分にしかやれないことがある。自分がやらなければならないことがある。
戦うべき時は、今。
「――――話は、まとまりましたか」
暖炉の前にいた、もう一人の人物が口を開く。竜王。吸血鬼の姫君がソファに腰掛け、優雅に振り向く。
白い髪、白い肌。西川彼方が惚れこんだ、アセリア・リヴィエルロットがいる。
口数は少ない。無言で、力のある瞳で威圧してくる。呑まれるな。圧されるな。負けて、たまるものか。
瞳は黄。黄金の眼は光を放つように、輝いている。
「キミツカトーマは奴隷(サーヴァント)を殺した」
吸血鬼は配下を持つ。リヴィエルロットは配下などいないが、先に戦ったガーシュウィンは、数多の配下、サーヴァントを従えて参戦してきた。
リヴィエルロットに血を吸われ、生きてきたのは過去に十名しかいない。アセリア直属の配下ともなれば、西川彼方だけだ。
主と奴隷の関係は双方向による。主は配下に力を分け与え、配下は直接の動力源を主に供給する。霊線で繋がった主従関係。強引に断ち切ったのは、他ならない自分だろう。
「無理だよ。僕は、吸血鬼になれやしない」
「――――代理、です。回復するまで、守りなさい」
共闘したい、とのことらしい。
そりゃ、竜王と組めればこんなに心強いことは無いだろう。特に、吸血鬼を敵に回した場合、吸血鬼の王とも呼べる彼女が味方についているのは大きな利点だ。
西川彼方を失った。与えていた力の分を補わなければならない。
だから、何も言わず、右手を差し出した。
「いいよ。アセリア、僕が手伝う」
意味のわからないという表情。後ろでは、エリーの笑い声が聞こえる。
強引に握るシェイクハンド。きょとんとしたアセリアに笑いかけて、共闘することを誓う。
新たなパートナーは、黙ったままこくりと頷いた。

問題は、この先の作戦にある。
敵は多い。中でも、吸血鬼軍団は強力で厄介だった。対する我がスロウの陣営は、心もとないのが本音だ。
「基本は短期決戦です。相手は必ず来ます。すでに二人の魂を飲み込んだ君塚さんを殺さなければ、願望を叶えるに必要なエネルギーが不足します」
他の連中が殺しあって力をつける前に、各個撃破して能力をつけさせない。
今は情報が欲しかった。戦い方を、戦略を、どうすれば生き残れるかを。
時間はある。前回を知る人間に、カンニングのごとく聞いてみるのも悪くはない。
「前回、ですか。戦ったのは新堂薫、アーシュ・リーティア、夏川憐、神尾咲夜、王凛姫、一瀬悠。そして、クラトス・ヴィルヘルムとアイルヴェール・ヴィルヘルムの八名でした。細かく言うなら、姉や夏川の父なども加わっていましたが」
「ヴィルヘルム、って。吸血鬼じゃないか」
今は失われたとされるヴァンパイアの御三家。シュトラウス・ガーシュウィン・ヴィルヘルム。
「最後の最後で、兄様と大司教が激突しました。それは長い死闘で、失うものもまた、大きかったのです」


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(セヴンス・ヘヴン)                    - Divina Commedia -

朝凪。四方から吹き抜けていた風が、一瞬の静けさを取り戻した。
市街から車で一時間ほど。それで、海岸線に出た。ここが、決戦の場である。新堂薫にとって、罪の裁きが下る場所。
そして、その男は現れた。
「・・・来たか、聖者よ」
朝靄は無く、地平線より浮かび上がる太陽は、すでにその全貌を明らかにしている。時刻にして、五時をいくつか過ぎたところか。ゆっくりと砂を踏みしめて、周囲に人気すら無い寂しげな砂浜に異様な光景をかも醸し出す。
「ああ、ここなら邪魔は入らない。無論、俺も邪魔を入れるつもりはない」
「結構。一人で来るとは予想外だった」
神剣セイクリッドハート。陽光を浴びて、透明な刀身がほのかに赤みがかった。クラトスはディルユニヴァーを聖剣エクスカリバーの形にして、右手に持った。
「戦う前に、言うことがある」
距離は、まだ遠い。剣と剣の戦いであれば、お互い駆け寄らなければならない距離だろう。
「何だ、懺悔か?面白い、この司祭に話してみろ」
「似たようなもんだ。・・・確かに、お前の言うとおり、俺は様々な背負いきれない罪を犯している。自分の弱さを、ひた隠しに逃げ続けた。異端はいるだけで罪。それも、間違いじゃない」
「・・・それで、何だ?」
「とても償いきれるもんじゃない。だから、過去は見ない。咲夜も悠も、俺のせいで死んだことに変わりはない。ただ、それを悔いることさえ逃げていた自分を、今更責めても許されるわけじゃない。自分自身を、否定することに他ならないのだから」
「そうだ。貴様は、機械と思い込んだ。そうやって逃げの人生を送ってきた。それを、今になって撤回することは、信念を曲げるということだ」

「だけど、それでも俺は、沙友理を救いたいんだ!自分を裏切ってもいい、これまでの人生が嘘だったとしても、俺は、彼女だけは救うと決めたから・・・!」

「偽善、だな。言ったはずだ。貴様はそのように作られていない」
「ああ、そうだ。今までの人生なら、偽りの願いだろう。けど、俺は違うっ!偽善だろうが構わない、いつか、この選択が間違いじゃないって胸を張って言える!」
「・・・なら、今までの自分を否定すると言うのだな」
「俺を、裏切る。俺が俺でなくなる。間違いだらけだったけど、一つだけ譲れないものはある。『決めた事は果たす。誓った願いは裏切らない』これだけが、俺の全てだ。今までも、これからも」
信念という武器を放さずに、新堂薫は己を否定する。過去は、見ない。それが、今まで自分を形成していたもう一つの信念への背徳だった。
「譲れぬ咎。それを、今日から背負う」
目を瞑ってきた。逃げることで、自分を守ってきた。それを全て裏切って、新堂薫は罪を背負う決意をする。

「―――偽善だとしても、偽り続けていればいつかきっと、真実になる」

それが、答え。新しい自分は、偽善の塊で出来ている。そうだ。今までの自分を全て否定することなど出来ない。だから、必ずどこかに嘘が生まれてくる。それでも、嘘を貫き通す。一度決めたことだけは譲れない。
「そうか。罪を背負って、それでも償わないというのだな」
「償うさ。今まで俺が犯してきた罪を、ずっと持ち続ける。それが、カイン・セイクリッドの贖罪だ」
新堂薫は死に、カイン・セイクリッドとして生きる。機械だと思い逃げていた新堂薫は、もうこの世にいない。後に残されたのは、全ての罪を贖罪としたカイン・セイクリッドという異端の聖者だけ。
「最も苦しい道を歩むか。その決意、見事なり」

「話は終わりだ。カインとして生きる。そのための最後の罪。クラトス・ヴィルヘルムをここで殺す」


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「ヴァンパイアにとって、兄様は憎むべき仇敵です。そしてまた、キリスト教にとっても。全世界を敵に回して、自分さえも敵にして、誰一人味方のいない世界で、今も生きています」
一筋の涙と共に、ひとつの物語は幕を閉じる。
何の脈絡もなく、ただ運命だけを押し付けられて、生きることが罪とされた少年の物語。
自分を機械としか思えなかった少年。ひとりの少女が、それを変えた。
自分自身さえ裏切って、少女を守ろうとしたその願いが、どれだけ、どれだけ崇高なものなのか。
罪は永遠に消えない。消せない道を、彼は歩む。これからも、死ぬまで、永遠に。

「結局。少女は救えませんでした。物語は、悲しい終わりを迎えたのです」

だから、永遠に。
新堂薫の罪は消えないのだ。
消せるとするならば、この僕が、世界を変えることで――――
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