Mirage

Sacralize-2

原理は簡単だった。
人は幸せを願う。誰しもが幸福を求める。
もし、そんな願いが、一箇所に集まれば、どれほどのエネルギーとなるのか。
想像に絶するエネルギーの集合体。一手に集めれば、どんな願いでも叶うだろう。
故に争う。願いの席はただひとつ。壮絶な椅子取りゲーム。
元より、神争とはそういった競争の類だ。三本の神器。破壊することによって、集束したエネルギーが願いになる。
そうやって、古来の人間は異端と戦い続けた。一人では敵わない。三人が揃い、そして一人になった。だから今回も、人数が揃い、一人になることで願いを手にすることが出来るのだろう。
「冬真、時間だ」
朝の十時。今日も外は晴れ渡っていた。
桜の名所。市街地から離れた、白崎の端に桜はある。三輪神社の境内にある桜が合流地点だった。
「神社に桜ですか」
「そうだな。願いの集まる場所、と言うからには異界との門であるのだろう」
社には神が住む。神の家こそが神社である。寺と同じだ。そこに神がいる理由は、異界からの流入、鬼門の鎮護が意味となる。
まして、桜の木がある。桜とは生命の象徴。咲き誇る桜の花に古来の人間が生命を感じたのは間違いではない。生命を象徴するのなら、「周囲より略奪」の意味を込める。生命とは、単体では存在し得ない。周囲から生命を奪うことで生命となるのだから。
異界から願いを奪う。三輪神社の境内には、そんな意味が言外に込められている。
「サクラ。西洋の言語では、『神聖』となるか」
「はい、アサカワ。様々な意味で、三輪の桜は信仰に値するものかと思われます」
神聖な場所に咲く華。何一つ無い駐車場に車を停め、三人は雪を踏み締める。
階段は永遠へと続いている。先の見えない未来と同じだ。だが、進み続ければ、やがて、明日は見える。

開ける視界は雪の華。白い世界に取り残された、異界への門。

正面には境内が広がり、ちょうど右手奥、鬱蒼とした桜があった。
「――――」
見るも見事な冬桜。銀世界で華麗と咲き誇る、紅の櫻がそこに。

大樹の下には杖。雪面に突き立てられた杖はまるで墓標だった。
雪が染まる。桜色に染まる。赤い何かが、其処にはある。
「ハハハハ!仕事が早いじゃないか、リヴィエルロット」
疑惑は確証に変わる。ずっと感じていた、最大の違和。君塚冬真は、ようやく初めて、違和を直視した。

「やはり、柚葉さん。貴方が『裏切り者(レネゲード)』だったんですね」

高笑いを漏らす女性は、驚いた様子さえしない。まるで最初から、僕が正体に気付いているように。そして僕もまた、当然のように驚かなかった。
桜の樹の前。横たわる「ベロニカ・リッヒライティ」の死体を横目で眺め、儀式の開始を肌で感じた。

「平紗歩叶を取り込み、夜神色とし、ベロニカを殺して儀式を始めるため。どれほどの願いがあるのかはわからない。ただ、最初から、そう、本当に最初から、貴女は今を狙っていたんですね」
「そうだよ、君塚冬真。お前さんが朝里煌貴を殺害したと聞いた瞬間、わたしの敵は君塚冬真と確定された。出会った時からそうだったんだ。君塚冬真と浅川柚葉は、敵対する者同士だった」

刺さった杖はトネリコの木。桜は血を吸い、願いを叶える儀式を遂行する。
役者は揃い、舞台が幕を開けた――――

「ならば、もう言葉はいらないな」
「ええ、浅川柚葉。答えはすでに決まっていますから」

銃を手にする。隣にいたヒースも、ようやく事態が飲み込めたらしい。敵意の感情が肌を通して伝わってくる。
取り囲むように敵が姿を現す。およそ二十名ほどのストリゴイ。吸血種を率いるのは、赤いマフラーのエリオット・ガーシュウィン。背後にはミラン・ドルドラの姿もある。
吸血鬼の国より出でし二名。ヨーロッパを席巻するヴァンパイアが揃う。序列二位、ガーシュウィン。序列五位、ドルドラ。序列六位、アルヴェン。
「教えてください、アサカワ。理由を、聞かせてほしい」
「簡単なことだ、アルヴェン。わたしは最初から、知識の探求だけが目当てだった。ほら、行き着く先は何だと思う?信じれば救われる聖なる神様の世界か?否、そんな抽象的な答えでは合点がいかない。認識、知識。知ることによって人というのは昇華する。例えば神に。例えば悪魔に。もう一度言おう。わたしはね、最初から認識者(グノーシス)だった」
グノーシス主義。
神より高みに、至高の神が存在すると定める。至高神によって神は創造され、「創造者」によって生まれた神はランクの落ちる「下等な神」となるであろう。
ならば、下等神によって創造された我らはどうだ。答えは、「悪」にしか到達し得ない。
だがしかし、悪の中にも至高の光はあるはずだ。肉体の内に眠る「光」を求め、人は悪に抗い、救済される。
肉体はすでに穢れ堕ちた。切に求めるは己が心の光なり。
克己による知識はやがて認識に至る。唱える者は、即ちフリーメイソンの魔導士。
答えは出た。相容れない存在ならば、導く答えはどちらかの消滅だけ――――
一斉に吸血鬼が動き始める。
動くと同時、狙いを定めた初弾で最前の吸血鬼の頭を吹き飛ばした。
「ヒースさん、ドルドラを――――!」
正面。三人立った敵の一人。ヒースにもっとも近い、右の敵を任せる。
銃で前衛を薙ぎ倒していく。肉の壁に守られた三人。頭さえ消せれば、戦いは終わる。
ドルドラへの道を開けて、後ろを振り向く。すでにヒースは間隙を走り抜けている。

――――と、目の前には口。

「こ、の」
銃底で殴りつける。いつぞやのように俊敏な動きは、出来なかった。
二人目が肩に噛り付く。血は、吹き出ない。振り解こうと右手を燃やしたところで、頚動脈に痛みが走った。
抱きつくように、首元にキスをする吸血鬼。右肩はまだ噛り付かれたままで、動かない。
銃を左手に持ち替え、下から首元の吸血鬼を撃った。頭が破裂し、血が顔に降りかかる。
意識が遠のく。次は大腿、そして反対側の頚動脈。左腕。
残さず食われ、食事となるか。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(レネゲード/3)                    - Divina Commedia -

ミラン・ドルドラとヒース・アルヴェン。
序列は五位と六位。バルトーク亡き今、組織を引っ張るべき人材が対峙していた。
エリオットは黙って、柚葉と二人で今回の戦闘の帰趨を眺めていた。
連携は上手くいっている。君塚冬真は判断を誤った。少ない戦力であれば、分散するのは愚の骨頂。戦力を集中させて局面からの脱出を狙うのが上策であろう。
案の定、君塚冬真はドルドラへの道を開いたが、今は囲まれた下等吸血鬼たちに食い殺された頃だろう。
「分析能力は無いか」
「所詮、朝里煌貴には敵わない」
純粋に戦闘能力を計算するのなら、朝里煌貴は第一級の人物だった。鏡面世界での振舞(フルマ)い方を考慮すれば、最良の解答を瞬時に見つけ出している。
失われた人材を嘆いても意味は無い。エリオットは、ドルドラとアルヴェンの戦いに集中することにした。

武器は互いに爪。速度も力量も同程度だ。
先手はドルドラだった。突っ込むようにアルヴェンの前へ飛び出し、爪撃を繰り出す。
狙いは目。顔面を切り裂く軌跡を描いた初撃は、アルヴェンの右手によって防がれた。硬質化した右腕。爪程度の攻撃なら容易く防げるだろう。
能力。アルヴェン家は、「変化」の能力を保持した一族。
コンクリートのような右腕を振るう。吸血鬼を相手に、打撃は無意味だ。鋭く研ぎ澄まされた爪で、アルヴェンはドルドラの胸を、さらに首を切り裂いて後退した。
後退の理由は分かりきっている。切り裂かれたはずの傷口は瞬時に治癒され、痛みを堪えたドルドラは二歩、前身した。対するドルドラの能力は「再生」である。
吸血鬼の初期値を遥かに凌駕する自然治癒能力。事実上、ドルドラを排除するには一撃で消滅させる攻撃が必要となる。

――――故に、勝敗はすでに決していた。

ドルドラはその腕でアルヴェンの首を掴み、宙に浮ばせる。
言葉は最期まで無い。引き抜くようにしてドルドラは、かつての友人の首を?いだ。

「終わったか」
戦場はすでに終息していた。どこにも争いの種は残されていない。
エリオットは満足そうに空を見上げた。

血を吸った赤い桜。紅に濡れた大樹の先に、「焔」を象徴する紅蓮の魔剣を視界に収めて。

ドルドラの胸を貫通し、魔剣は雪の大地に突き立った。燃える。ドルドラの肉体が、燃え上がる。
悲鳴は痛みのためだ。再生されようが、消えない炎。痛みは業火の如く、生命が続く限り肉体を焦がす。
「現れたか、略奪の姫君(フェイスタッド)――――!」
黄金の髪が空に靡く。
大いなる空中より姿を召喚させた姫君は、燃え上がる大地より魔剣を引き抜き、エリオットの前に立った。
セイクリッド分家、フェイスタッド。略奪、炎を纏う異端の妃。
「まさか、シルヴィア・フェイスタッドかッ」
柚葉が困惑する。それもそうだ。セイクリッド、リーティア、フェイスタッド。今回の戦闘で相まみ見えることなど想定すらしていない。
長女シルヴィア・フェイスタッドともなれば、純粋な戦闘力ならカイン・セイクリッドにも劣らないのだから。
最強最悪の敵。今、最も戦ってはならない相手が、其処にいた。

シルヴィアは魔剣を手に、周囲の吸血鬼をただ一振りで一掃する。迸る炎。焼かれた生命は無限の苦しみを被るだろう。
倒れる君塚冬真を救出し、残り八人となった吸血鬼を前に、初戦から決戦かと覚悟を決める。
「おのれ、フェイスタッド――――!」
ドルドラが叫ぶ。ストリゴイを無視し、前に。
全身を紅蓮に染めながら、なおも止まらない。焼かれては、再生して。その繰り返しだ。
「――――いかん。止まれドルドラ」
声は遅く、もう届かない。
シルヴィアは刃を向け、ドルドラの爪を受け止めてから、返す刀で大きく胸を切り裂いた。
「あ・・・・・・?」
疑惑の声。ドルドラは、治らない。治らない胸の傷を見下ろし、そのまま、雪へと包まれていく。
略奪の剣。紅蓮の名はその実、「敵を奪う」能力で完成している。刀身は奪った熱量で火を纏い、ドルドラの「再生能力」を略奪し、君塚冬真に付与した。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


目を覚ます。同時に、全身に違和感。軋むような痛みは体の内面から来るものだ。
ストリゴイの血だろう。体内で違和を分離し、雪に手をつき、吐き出すことで正常に戻した。
目の前には金髪の女性。年若く、赤い剣を手にしていた。
「そこを動かないで、君塚トーマ。彼らの相手は、私がする」
味方、らしい。遠くにはヒース・アルヴェンの生首が転がっている。だが、仲間はまだいた。
全身の傷は、少し座っているだけで簡単に修復されていった。不思議だったが、これも場所によるのかもしれない。
敵の数は七人。ガーシュウィンと浅川柚葉。それに五人のストリゴイ。すでにミラン・ドルドラは倒れて動いていない。
だが、五人のストリゴイだけでも相手にするのは厄介だった。
「強気だな、シルヴィア・フェイスタッド。だがね、齢三十一になったセイクリッド家の人間が、この数を相手にするのは厄介だろう?」
湧き出るように、ストリゴイがさらに増える。十、二十。三十名ほどに強化されて、増殖はようやく止まった。
シルヴィアと言えば、前回の神争で活躍した一人だ。シルヴィア、アーシュ、そしてカイン。この三人と夏川憐が神争を生き残った英雄たち。
一斉に、彼らは動き出した。いかにシルヴィアが英雄とは言え、あの数を相手に、さらにガーシュウィンまで含めるとなると、勝算は絶望的な数字になるだろう。
魔眼も通じない、接近戦で斬り合うしかない。なら、物量に勝る敵が――――

敵の全てが、一斉に反旗を翻し、二人に襲う。光景はまるで、滑稽なまでに圧巻だった。

「この色、金紗の魔眼」
不意に体が持ち上がった。見ると、空を飛んでいる。
戦場から離脱しているのだとわかった。何とか、生きて、逃れられた。
初戦は負けだ。完膚なきまでに叩きのめされ、味方を大勢失った完敗なる結果に終わった。
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