福島にある街、白崎市。人口は三万人ほどの小さな都市だった。
駅周辺、市街地にあるホテルに拠点を定め、柚葉、ヒースの三人とロビーの隣にある喫茶店に入った。
「さて、戦国時代が幕を開けるわけだが。明日、別働部隊の矢上藍、先行部隊のベロニカと合流する予定だ」
矢上藍は別ルートで白崎に向かっていた。ベアトリクス・ミリアを殺害した犯人を追うためだったらしい。これほど早く合流するのは、結局、さしたる手がかりも得られなかったということだ。
ベロニカ・リッヒライティに関しては違っていた。彼女は先行して白崎に入り、敵の動向を探る哨戒任務についていた。ヒース同様、「アセリア・リヴィエルロット」が気になって仕方がないようだ。
西川彼方が足止めをした理由と、エリオット・ガーシュウィンが彩を攫(サラ)う理由。その根本にリヴィエルロットの少女はいる、と見ていた。
「今日は出歩くな。うっかり敵と出会い頭で戦闘、など洒落にもならん」
宣戦はまだ早いと窘(タシナ)め、柚葉は席を立った。
おそらく自分に言ったものではない。隣で、疼いているヒースに向けられた言葉だ。
「ホテルにいれば結界から出ることにはならない。ヒースさん、まず作戦会議から始めましょう」
言って、ロビーから拝借していたパンフレットをテーブルの上に置いた。
駅周辺、それから全市の地図。観光名所などが書き込まれたパンフレットだ。コーヒーを二つ、注文してから二人で目を通した。
特に注意を払っておきたいのは、城だった。城塞というのは守備を目的に作られた砦。この白崎にも、白鳳城(ハクホウジョウ)と呼ばれる城郭があった。
後は特筆すべきもない観光名所だ。市街なら資料館や公園。離れた場所には桜の名所と神社がある。
「城には先手を打つべきですね」
「ええ。魔術師連中が城塞を拠点とするのは非常に危険です」
となると、初戦は拠点奪取のためのレースとなる。誰もが特等の拠点を欲し、この街における最上の拠点は城だった。当然、この城を巡る攻防が第一になるだろう。
「戦力に勝るスロウにとって、このバラ公園というのもポイントです」
「あらかじめ罠でも置いときますか。引き入れられれば兵を伏せるも罠にかけるも有利になる」
白崎市は北部に市街があり、南部には点在するように村落がある。いずれも数十人単位の小さな集落で、南東の方角に桜の名所があった。しかし、田舎過ぎるだろう。観光名所としては二流だ。
「吸血鬼(ヴァンプ)側の戦力はどれくらいです?」
「正確な数はわかりません。エリオット・ガーシュウィンの姿が目撃されていることから、ミラン・ドルドラも随行しているでしょう。この両家の所属戦力としては三十名を下らない。ただ、別働としてポルディーニ家を従属させていたジェイク・バルトークが潜入している可能性はあります」
ドルドラ家とバルトーク家は仲が悪いと聞いていた。よって、別行動なのだろう。
潜在戦力は五十名ほどか。こちらは核となる人間が自分を含め、五名。スロウの兵力を投入すれば容易く上回れる。
だとしても、数で評価をしない方がいい。敵は吸血鬼。こちらは異能者であるが、吸血鬼には及ばない。
「トーマ。貴方は分析能力があまり高くないようですね」
「まぁ、苦手です」
「寺院協会、紋章院も参戦してきます。互いが互いを牽制し合えば、戦況は膠着。だからこそ、効果的な守備拠点が必要になります」
やはり、結論は城の奪取か。
明日、二人と合流し次第、拠点を移動した方がいいだろう。出来るだけ、早く。すでに占拠されていることも考慮して、戦力は揃った時点でしかないが。
逆に言えば、揃った時点で動き出せれば、勝機は見える。
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(レネゲード/2) - Divina Commedia -
雪を夕焼けが染める。冬の白崎は雪の日が少ない。しかし、積雪は多かった。
降る時はどっと降る。今日は、晴れていた。
歩道橋の上。隣に立つエリオットもまた、赤い。赤い陽は容赦なく彼を照らし、眩しげに目を細めながら通り行く車を眺めていた。
「ディバイダーは成長した。落ち着き過ぎているほどに冷静になった」
意外だった。エリオットから見れば、あの男など歯牙にも欠けない存在だろう。
油断や慢心は無い。それがこの男の真面目な性格を表していた。見方を変えれば、無慈悲とさえ思える。手加減は出来ない。手を抜くことは、自身の性格と誇りが許さない。
「自信、かな。曲がりなりにも、コーメイ・ポルディーニ、モルガン・ル・フェイ、カイン・セイクリッド、神邪馬奈美、天井神由、西川彼方と交戦し、なお生きている。戦闘経験(キャリア)だけなら歴戦の勇者さ」
「スロウの評価がおかしいのだろうよ。あの手の男は使うほど伸びる。同時に、きちんとした教育も必要だろうが」
「新堂薫とはそういう男だ。社会の中に紛れさせたいのだろう。白か黒か、問われれば灰色を選ぶ。中途半端な結果に終わるのは自明だ」
「――――優しさなど、十三年前に捨てたかと思ってたがね」
一瞬、遠い目をしてエリオットは囁いた。
どんな意味があるのかはわからない。十三年前。新堂薫が十八歳の頃だ。
「新堂薫のアキレス腱だ。捨てられていたならば、このようなことにはならなかったのかもな」
「エリオット。そういう貴方も、捨てられていないのではないか?」
違いない、と彼は笑う。誰しもが甘さを捨てられなかったから、今に至った。誰しもが幸福を望み、誰しもが楽を願ったから、今に届いた。
だから。未来には厳しさを。此度の神争には、一片の甘ささえ残らない。
「いや。だからこそ、今がある」
「楽天家になったものだ」
「言うじゃないか。まぁいい。それより、ニュースが二つある。バッドなニュースとハッピーになれる報告だ」
「今は幸せな気分だからな。前者を」
グッドニュースは確かにハッピーになれた。矢上藍が消失。単独行動に走ったか、あるいは、今回の神争には参加をしないつもりなのか。
「では後者。ジェイクが死んだ」
ジェイク・バルトークの死。陣営の中でも戦闘員として名高い、序列四位の男が死んだ。
序列の三位は空席だ。一位は王のような男になるので、実質、二位になる。これで序列二位であるエリオット、序列五位のミランだけが戦闘員になってしまった。
「下手人は誰だ。カインか、リヴィエルロットか。それともアルルか」
バルトークを殺せるほどの攻撃が出来るとなると、限られる。アルル・ラ・ピュセルの魔法か、アセリア・リヴィエルロットになる。
「違う。聖女、アーシュ・リーティアだ」
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(シスター/1) - Divina Commedia -
聖蓮(セイレン)の寄宿舎は夜の六時に閉門される。それでも、半年近く通っていれば、気心の知れた親友も出来るもので、裏道などに精通する。
そうやってこっそり抜け出すのが学生のスリリング。牢屋同然の寮を抜け出し、視界は黒い森に覆われる。君塚氷彩はただ一人、暗い森に孤独を感じた。
「――――見つけたぜ、コネクター」
光、集束。世界の小さな灯りを求め、集め、眼球に。
樹。木々の上、枝に乗った小男が目を見開き、こちらを眺めている。気配。気配。気配を集めろ。
迫り来る、音。耳朶(ジダ)に響くは風切る音たち。飛び道具、と直感的に判断して、大きく横に跳躍した。
慣れたものだ。結合のスキルは兄に比べ、扱いやすい。また、用途も多岐に渡る。
「王手(チェック・メイト)」
なんて、軽い音さえ聞こえなければ。氷彩はこの戦場を脱する可能性さえ見つけ出せたかもしれない。
音は背後。ぴたり、と背中についた気配がある。
何で、だ。速すぎる。さっきまで、あの枝にいたのに――――
「あまり異能者を軽く見るのは関心しねえな。たかだか十数年しか生きちゃいねえ小娘に、戦いなんぞ出来るか」
戦いも知らない小娘、と敵は嘲(アザケ)る。
笑える話だ。戦いを知らない小娘なら、確かにそうかもしれない。
ただ、残念ながら。君塚氷彩は最悪の天使を知って、見ている――――
「あまり小娘を甘く見ないで欲しいかな」
密着した背、鳩尾に肘を当て、反転して地に刺さっていた短刀を吸着し、軽々と右腕を刎ねた。
人体急所。人間の体なら熟知させられている。切断面、トランスアキシャル面に沿って線を走らせれば、殺傷性の高い剣術の真似事くらいは出来た。
矢上彩の戦闘を「実体験」しているのであれば、造作もない。
敵は右腕を失いながら、なおも平然としていた。視界には刹那のみ。その姿を映してから眼球の外へと消える。
速度であれば、矢上彩さえ凌駕しているかもしれない。走る影。右腕から噴出した血を空中に残しながら、時間を超越してまで加速していく。
四方に意識を集中させる。風を切る音、木々が見た視界。ざん、と爪で左腕が切り裂かれたのがわかった。
袖が落ちる。血が零れる。見えない世界に到達した敵を打倒するには、どうすれば。
「殺すつもりは、無い」
今度は、足。右足の大腿に傷。きっかり三本の線を刻まれて、痛みが走る。
耐え切れず、片膝を地面に接した。どうせ追えないのなら、黙っていたって変わらない。
「降伏を待つ、コネクター」
ぐいっと顎が上がった。目の前には、男の姿。静止した男は、何故か「右手」の爪で君塚氷彩の顎に触れる。
ヴァンパイア。その中でも序列四位。一位から三位は名誉職のようなものだ。旧い名家の彼らに、新しい家の人間が勝てるはずもない。彼はそんな世界で、六人のライバルを押しのけて、実力で四位になった。
ジェイク・バルトーク。「敏捷」に長けた戦闘特化型の吸血鬼。
勝てる見込みなど、あるはずはなかった。六王にも匹敵する実力者に、だ。
ふと、氷彩は空気のざわめきを感じた。
何か、わからない。言うなれば、世界の「静寂」が歓喜の声をあげるような。
静まっていた世界が起き上がる。眠りから覚ます声を聞き、歓声で主を迎えようと。
「――――まさか」
夜の森の向こう。銀糸を纏った聖女が、静謐に、静寂に立っていた。
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(シスター/2) - Divina Commedia -
聖女は徒手空拳で優雅に歩いてくる。麗しい容姿はただ美しいとしか、形容の仕方を知らない。
だから、すごく不釣合いだった。夜の森に現れた聖女は、ドレスのような格好でダンス・ホールと戦場を間違えている。
「誰かと思えば聖女アーシュ・リーティアか。邪魔をするな」
聖女は顔色ひとつ変えず、近付いてくる。美しさは威厳となって、見る者に迫力を与える。
「気安く名を呼ばないでください。早く氷彩を解放なさい。さもなくば、死にます」
「何を言うか。兄貴の背中に守られている姫君に――――」
言葉は途切れた。ジェイク・バルトークは今のが失言だと悟ったのだろう。
目の前にいる女性は確かに、虚言でも何でもなく、ただ忠告したのだ。人質をとった状態で戦えば、死ぬだろうと。
解放を感じた瞬間、氷彩は走り、アーシュに寄った。
「大丈夫です。心配は、無用でしょう」
忠告をしながらも、アーシュ自身は氷彩の傍を離れなかった。不安も心配も、不要だと微笑んで、聖女は静かに佇んでいる。
その姿に怒りを、そして焦りをバルトークは感じた。表情を変え、両爪を揃え、臨戦態勢を整える。本気の証。音速で聖女に接近し、神速でその首を落とそうと。
「侮るな、吸血鬼。私はアーシュ・セイクリッド。魔なる眼を受けた聖女也――――」
歪められた空間。聖女は夜に穴を穿ち、内部に手を入れた。
引き摺り出すのは神なる剣。自身の背丈よりも巨大な剣は、聖女の存在同様、清らかにある。
威厳は迫力。ジェイク・バルトークも例外なく、その威厳に圧されていた。
打ち勝つとすれば、無謀と紙一重の勇気だろう。
「血が何だ。家系で全てが決まるとは――――」
「欠陥なる兄とは違う。この身は王なるべき知識と智慧を得た、正統な後継と知れ」
血も一級。そして兄、新堂薫との最大の違い。
知識、教養、歴史。両親のいない兄とは違う。叔母に育てられたアーシュこそが、後継者として一流の教育を受けてきたのだ。
あらゆる意味で、聖女は「完全」なる存在だった。血統、能力、知識、経験。矢上彩とも、新堂薫とも違う最強の高みに、彼女は立っている――――
故に、威光が輝く。恐怖とも、違う。歴史の重みが織り成す威厳に、ジェイク・バルトークはすでに冷静な意識を逸していた。
吼えるような声。荒々しい戦闘員の気合。恐怖に似た感情を振りほどく声は、確かに己の精神に届いていた。
速い。この速度なら、アーシュでさえ視認は難しいだろう。
届く。この攻撃は、貴様に届く。
殺す。この勇気、殺意に――――
両手で頭蓋を両断し、死骸となった吸血鬼を清らかなまま、聖女は見つめる。
切り上げた剣をそのまま空に帰し、聖女は歌う。
死した魂を天に送るために。聖女が聖女と呼ばれる所以。鎮魂の歌姫は舞うように、歌いながら光を夜空へと解き放った。
「さて。出てこないのですか、夜神死鬼」
夜空にはもう一人。夜神の名を持つ少女がいる。見抜く魔眼は赤色。矢上藍の兄に似た色で見上げていた。
空を切り裂く漆黒の疾風。勢いよく大地に着陸した矢上藍は、敵対心さえ隠そうとせず、聖女を見つめた。
対峙する白と黒。まるで対極の位置に立ちながら、それでも二人はどこか似た雰囲気を持っていた。
「そうですね。ひとつ、お話をしましょう」
殺意を一身に浴びながら、アーシュはいつもの調子で口を開く。語り部のように、しかし、語るのは未来のこと。
「平紗歩叶と朝里煌貴。確かに朝里煌貴は君塚冬真によって殺されました。しかし、生き返らせるとするならば、この君塚氷彩の能力が必要になるでしょう。兄はこの件に関して、動くなと言いましたが、矢上彩を放置するより朝里煌貴を味方に加えた方がいいと判断します」
戦意を失い、普通に戻る矢上彩。彼女が今、敵の手にあるとするなら、見えない脅威である。
救出は前提に。しかし、救出してもメリットは無い。どうせ救い出すのなら、より強力な味方にするべきだ。
朝里煌貴ならば、矢上藍と共に東北一帯の地を管理出来るほどの能力を持つ。
「――――方法は?」
藍は、提案に乗った。事態が事態だけに、即決出来るような状況でもないが、氷彩も同じように頷く。
「スロウとは別で動きます。白崎での戦いは、おそらく膠着状態に陥るでしょう。私たちはスロウとは別に、彼らと戦います」
「彼ら、とは?」
「裏切り者(レネゲード)。認識(グノーシス)と背教した一団を殲滅します」
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