Mirage

Return to one's everyday life -Another Story-

藍の手刀が空を切り、そりゃ囮だと笑った瞬間、冬真は膝を折ってアスファルトの地面に手をついた。
この光景もすでに三度目。手加減されているとはいえ、まだまだ、君塚冬真に戦闘能力は無い。
全て、冬真が言い出したことだ。マンションの前で馬鹿笑いする俺に、冬真は額から汗を流しながら視線を向ける。
修行。冬真は手合わせしてほしいと進言してきた。無論、却下したが、なおも食い下がる冬真のために、矢上藍を練習相手に見立てた。
それが間違いではないと証明されたようなものだ。
「少し休んで深呼吸しろって。唇、紫だからさ」
酸素欠乏を起こしている体に助言を送る。言わずとも、冬真は肩を大きく揺さぶりながら息を吸い込んでいる。
今、安定した戦闘能力を発揮するのはディエゴ・セルジュくらいなものだろう。冬真など最初から戦闘要員に組み込まれていない。それが、悔しかったのか。
「さっきの、話だよ」
やがて、呼吸を整えた冬真は立ち上がり、不思議なことを言った。
「後継者を育てるって意味でしょ、柚葉さんが言いたいのは」
「アァ、その話。何だ、俺の子でも産んでくれるのか、冬真」
冗談めかしく返答すると、珍しく怒気を孕んだ目で睨まれる。冬真が怒るのは珍しい。その剣幕に、茶化せる場面ではないと気付いた。
「多分、柚葉さんは無理を言ってる。だって、平紗と夜神の子なんて、どう考えても煌貴と歩叶ちゃんのことでしょ。遺伝子操作とか冷凍精子とか使っても、結局は同一の固体から生まれるとすれば、そんなの、最悪の近親交配だよ」
「言うじゃないか。確かに、この体が身篭ればとんでもない奇形児が生まれるんじゃないか?」
近親交配による弊害は遺伝子の法則である。人の遺伝子は優性と劣性に分かれ、親から子へ遺伝子は系譜のように繋がっていく。
この劣性遺伝子の中に、やがて発現する可能性を含む病気が刻まれている。悪性の遺伝子。そのパターンは、人それぞれ違う。
だが、近親による交配はこの悪性の遺伝子を発現させるものだ。似通った劣性形質と劣性形質が結びつけば、それは優性となって発現する。
まして、「同一」である遺伝子なら。劣性形質は全て、確実に発症するだろう。
「けどな、冬真。畸形とは負のイメージだけじゃないだろ。その逆もまた、然りさ」
「それは、天才児ってこと?」
「そうだな。柚葉なら、そこまで考える」
完全に冬真は回復したようで、もう平然とした様子で立っていた。
特訓の邪魔をするわけにもいかず、こちらも立ち上がって、やるべきことをしなければ。
「さーて。いい加減、昼寝してるお姫様を起こしてくるか」
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