Mirage
Return to one's everyday life -Another Story-
人の気配で、目が覚めた。
思考はクリア。意識が途切れたその瞬間までも記憶している。
だから目は開けず、どのようにして再起するかだけを考えている。
龍眼寺の僧には世話になった。ここの土地の知識を提供してもらったのだ。ディエゴ・セルジュを追う上で、有益な情報は一つだけあった。
―――ヤガミ。それが、この土地に住まう異端の一族。
「おい、狸寝入りもいい加減にしとけよ」
それは、驚いた。
余りの驚きに、思わず目を開いてしまったほどだ。
寝具に横たわった体。視線の先には、いつか対峙した黒髪の青年が立っている。
瞳は、赤。燃える炎とは違う。幾分、黒を混ぜた真紅の瞳。
「姉ちゃんから話は聞いた。そう警戒しなくとも、別に襲ったりはしないって」
青年は両手をひらひらと振り、表情豊かに対面に座った。
「ガーター・キング・オブ・アームズか。紋章術使いとは聞いてたけど、ありゃビビったな」
障子を突き破り、一目散に敵目掛けて突撃を加えた。
武器だって、あった。鋭利に研ぎ澄まされた剣が。今までの経験で、最も速い攻撃を繰り出したのだ。必殺の意志は確殺となって、暴威のごとく襲い掛かるはずだった。
速さを凌駕され、力は万夫に及び、技は神の如く。
「納得いかないのか?」
当たり前だ。
こんな極東の島に、紋章官の攻撃を蹴散らす人間がいるものか。
「狭量だな。世界の広さは姉に習わなかったか」
声は低い。響くような低音は冷たく、皮肉めいた余韻を残した。
陰惨なまでの笑みは壮絶で、それだけで、この男の人生は血に彩られていると知ってしまう。
だから、敗北の意味も理由も読み取れた。
「して?これからどうするんだ?ディエゴ・セルジュを捕まえるのか、姉を待つのか、白崎を目指すのか」
正直、わからない。
自分は紋章院からチェスター・ヘラルドの捕殺を命じられている。ガーター・キングは姉の称号だったが、フリーメイソンに入団してその権利を剥奪された。
チェスター・ヘラルドは別格だった。キングに近い男ともされたが、ロード・リオン出身者ということで疎遠されて、ヘラルドの地位に甘んじている。
やがてフリーメイソンの秘儀を学び、ウエストミンスターの学者と通じ、チェスター・ヘラルドは紋章院を脱した。称号はそのままであり、新たなガーター・キングが命じられたのはその称号の剥奪、つまりは捕殺だった。
義兄を殺せ、という命令。実行するより、背く方が楽ではある。
「堅苦しいヤツだな。そういうの、キライじゃない」
「――――貴殿なら、どうされるか」
「俺だったら?そんなの、参考にならないだろ。自分で自分に葛藤して、出した答えなら誰にも文句は言えないし、言わせるなって」
その一言で、この男がどんな人間か理解した。
徹底された現実主義と、無関心。怜悧な頭脳は個人にのみ適用され、他者への関連性は皆無と思える。
当てにならない。当てにしてはいけない。元より、他者の助言など歯牙にも欠けないのではないか。
ほら、と何かが差し出される。受け取ると、真白なカップに熱いコーヒーが注がれていた。
礼も忘れて口をつける。沸騰した頭が落ち着くまで、それほど時間はかからなかっただろう。白いカップだけを凝視するのにも飽きて、冷静な思考で彼を見上げた。
彼はずっと、飽きもせずに私の服を眺めている。
「シキのヤツ、勝手に服を貸したと知ったら怒るだろうなって」
苦笑しながら、彼は私の思考を否定した。
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