Mirage

Reincarnation-4

京都と滋賀の境。比叡山全域を寺院とする広大かつ荘厳な寺を前に、さすがに冬真たちは進入を躊躇(タメラ)った。
鬼門とは、その名の通り、鬼の通る道である。鬼といった類は直接、異界へと繋がっていると考えられる。ならば、鬼門こそが鏡面世界への門であろう。
浅川柚葉は恐山を指定したが、冬真はまず、比叡山延暦寺を睨んでいた。
八世紀、最澄によって建立され始めた延暦寺は、国家鎮護の為という理由も含まれる。
時の首都、京より北東、即ち艮の方角に当たる比叡山に寺院を建立することによって、鬼門を防ぐという意味がある。国家の鬼門。防ぐ場所が此処ならば、此処(ココ)にこそ鬼門がある。
「寺院か。協会に根回しする必要があるぞ」
東方。インドから東に位置する中国、日本などにも祓鬼を行う人間がいる。主として仏教の僧が当たるものの、儒教や修験道、道教と陰陽道、さらには神道と密教も似たような儀式を行っている。
それらを統合し、一元化した組織が寺院協会と呼ばれるものであり、中国は泰山に本部を持っている。統率者はどこぞの仙人だったはずだ。
スロウとは敵対関係までは行かないが、友好的とは言えない。閉鎖的な組織というのはどこも同じらしい。
比叡山延暦寺などは、日本における寺院協会の最高峰とも言える場所だ。民間人ならまだしも、スロウの人間が二人も進入出来るほど簡単な場所ではなかった。
彼らは人間として魔と戦う。自らの能力を高めるなり、信仰を持って戦うなりして鬼を祓う。祓鬼の三家はこれとは別に独立して行動をとっていたようで、現在でも交流は無い。
「それは無理じゃないですか?」
「うむ」
根回しするコネクションも無い。心身を磨き上げる道場に他人が土足で入ることは、許されない。
「オレもトーマも異端者では無いじゃろう?聖域と呼ばれる場所だろうが堂々と踏み込んでいけるぞ。ヤガミじゃ無理だろうな」
「正面突破、なんて言いませんよね・・・」
「それしかないな」
断言するDに言葉による抵抗は通用しない。
諦めて、ケーブル駅から下車して数分。冬真たちは延暦寺東塔地区へ足を踏み入れた。
季節は秋から冬になる。紅葉もすでに散り、観光客も疎らだった。
正面には本堂である根本中堂がある。壮大な規模の寺院で、延暦寺でも最古の建築物になる。
一般の観光客が入れる場所まで行ってやる。のこのこと外人サンと二人で広い内陣の土間を進み、やがて中陣へ辿り着いた。
「トーマ。下手な気は起こすなよ。あちこちで物騒な仏僧が見てるぞ」
正面には御本尊である薬師如来像が安置されている。しかし、秘仏であるために厨子は閉められている。薄暗い内陣。その中で、一際輝く炎があった。
不滅の法灯。本尊の前、菊の御紋の前に置かれた灯篭。絶えることの無いと言われる神秘の灯は、今日でも輝きを失ってはいない。
「アレ、ですね」
「消せば行けるな」
しかし、不滅の法灯を消してしまう罰当たりな観光客はいないだろう。
見張りも厳しく、ひとまず退散を決め込んで、比叡山を背にしてケーブルカーに乗り込んだ。

京都市内で昼食を摂る。器用に箸を使いこなす相方と、久々の和食に舌鼓を打つ。
「比叡山を焼き討ちする」
物騒この上ない提案を聞き流し、声を潜めて否定する。仕切られていない、広い食堂のような場所だ。下手な発言は控えなければならない。
「そんな、織田信長じゃあるまいし」
「西塔方面に火矢を放ち、混乱に乗じて御紋を戴く」
やろうとすることは織田信長にも匹敵する。しかし、こっちは二人だ。国の文化財を焼失させるのはどうしても憚られる。
「失敗を恐れるな、トーマよ。我々は天上世界で神となろうではないか」
ほっほっと笑う物騒過ぎる相方を無視して、独り思案する。
第一、灯を消してすぐに逃げられる可能性は低い。取り囲まれ、僧兵に殺されては元も子もない。
灯を消し、御紋を奪い、厨子を開く。それで鬼門は開くだろうが、その後が続かない。内陣を切り抜け、根本中堂から脱出し、それでも比叡全山には強大な軍事力が配備されている。
「あっちに行きゃいいじゃないか。そのままぽーんと突っ込んでけよ」
「まぁ、そうなんですけどね」
答えてから、おや、と顔を上げた。
見たことも無い顔。Dも毒気を抜かれたように、まるで忽然と存在を始めた人物を直視していた。
白い髪に黒いスーツ。白黒のコントラストが美しく、細めの体に高い身長が人物の凛々しさを表現していた。
目が合う。青い瞳、白い髪。

――――瞬間、全身が総毛だった。

背筋が凍る。体は震え、それでも椅子を蹴倒して立ち上がった。
「何だよ、急に立ち上がって」
黒いスーツの男は、鬱陶(ウットウ)しそうに前髪をかき上げ、肩を軽く叩いてくる。
知っている。どう足掻(アガ)いたってコイツには殺される。それでも、死ぬとわかっていても立ち上がった。
「おまえは――――煌貴を殺した」
そう、朝里煌貴を殺害した。その職務で、その使命で、剣を振るって異邦人を消去する騎士。
黒い騎士、天井神由。平紗歩叶と対を成す、鏡面世界の守護者。
「・・・あぁ、そうか。死んだか、アイツ」
視線が厳しくなる。天井は一瞬、顔に愁色を表してから、椅子に座って手前にあるコーヒーカップを手にした。
「まぁ、座れよ。オマエはオレを殺したいだろうけど、まずは話をしようじゃないか」
「・・・ふん、何の話だよ」
隣にはDが座っている。天井が行動を起こしても、Dなら止められるかもしれない。
「彼を結果的に殺すことになったが、それは仕方が無い。オレと歩叶は秩序からはみ出た者を排除しなきゃならない」
反論は、出来なかった。自分たちは天井神由と同じことをしているのだから。
「と言うと、君塚冬真も同じか。それじゃますますオレは殺されなきゃならなくなった」
「どうかな。あんただって、僕を見逃した」
「カタチの無い人魂とかなら消せる。ただ、やっぱりヒトガタとなると嫌になるんだ」
今まで殺人鬼のようなイメージしかなかった天井神由が、どんどん崩れていく。
「ちょっと待て。今までの話を統合すると、お主は鏡面世界の人間か」
「そうだよ。君塚冬真ら四名と同様に、こっちに来てみた。のはいいが、どうにも戻れなくなった。そこで、だ。見たところ、君らも門を通る気だろう?どうだ、共同戦線を張らないか?」

荒々しく拳を振るうその姿も、どこか気品があった。
ハイロゥとは違う能力。彼は右手を振るだけで、物質を粉砕することが出来た。
ディストラクション。破壊のスキル。立ち塞がる敵を殴り倒し、冬真たちは延暦寺東塔の入り口に到達した。
夜である。深夜、月が梢に隠れる時刻。闇に紛れて三人は侵入する。
「僧だか山伏だかわからん連中ばかりだ。アマイ、先導を。どんどんぶっ飛ばしてけ」
「任せとけよ」
二人の息はぴたりと合っている。強行突入。隠密行動だったはずが、一人、二人と吹き飛ばしていく。
わらわらと寄ってくる敵。坊主頭の敵が続々とやって来る。
派手に突入し過ぎだ。Dと天井神由は圧倒的なパワープレイで豪快に突進を続ける。
どうしてだろう。彼らと行動を共にすると、ロクなことにならない。
「撃て、トーマよッ」
「人間撃ったら死ぬでしょうが!」
薙刀を持った僧兵を銃底で殴り飛ばす。その腕がぐいと握られ、さらに引きずり込まれて情けない声を上げてしまう。
くそ、この前の吸血鬼より強いんじゃないのか、コレ。
「だいじょぶじゃ、銀弾程度でヒトは死なぬ」
半信半疑のまま、顎下に銃口を向けてぶっ放す。あからさまに垂直に突き抜けた弾丸。二つの風穴からは血やら脳味噌やらが噴出し、服や顔を汚していく。
「う、絶対嘘だろ・・・」
ええい、もう一人殺そうが二人殺そうが一緒だ――――!
地面に伏せた僧兵の死体を乗り越え、Dたちに追いつく。すでに根本中堂は目の前で、閉められた門ごと突き抜けた。
振り返ると、累々と遺骸が積み重ねられている。もう家には帰れないのかもしれない。
半ばヤケクソになりながら発砲し、新たな死体を作りながら本堂に達する。警備に入っていた僧兵はすでに天井によって惨殺されている。Dは冬真の後ろに立ち、追っ手を食い止めることにしたようだ。
不滅の法灯を前に、息を吸った。
やはり消すのは緊張してしまう。それでも、逡巡する思いさえ吹き飛ばすように、強く、息を吹きかけた。
一瞬にして世界が闇に変わる。記憶にある位置。菊の御紋を取り除き、厨子の扉をゆっくりと開く。
どこか、懐かしい感覚。
ああ、あの時と同じだ。闇の中、輝く天井を見つめて、二年前の想いに思考を馳せる。
あの時いた人間は、ここに一人しかいない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(星の雨/1)



出逢いは、きっと奇跡だった。

改札口を抜けて、見知らぬ町で独り、西川彼方は空を見上げた。
都会のくすんだ空とは違う。満天の星空。視界を遮る高層建築物は皆無であり、手を伸ばせば届きそうなほど近い。
まるで、空が落ちてきそうな夜。星降る夜空、なんていうのはこんな空を指すのかもしれない。
彼方は大きめのボストンバックを肩に、当てもなく歩き始める。
元より、当てのない旅だった。足が向くままに、行きたい所だけを目指す旅。それは気楽で、何より自由だった。
小さな町だ。名前すら知らない場所。適当に歩いて、アスファルトの大地を踏みしめた。
街灯すら無い道で、彼方は腰を落ち着けた。本日の寝床を探すためだ。
残金は少ない。アルバイト代を集めての旅だった。しかし、宿に入らなければこの冬の中、雪降り積もる路上で眠れば凍死してしまう。
じわり、と尻が冷たく濡れる頃、彼方は立ち上がって地図を仕舞った。
月明かりが、翳る。
星々の海、ひとつ、穿った円がある。究極の円、陰を意味する銀色の月。

――――これより、彼方の物語は第一章を迎える。

序章の件はきっと、こう始まる。
“雪、降り止んだ月夜の刻。少年は視界に雪の少女を見つける――――”

月が具現し、雪が舞う。
全てが消えたその瞬間、雲を切り裂き少女は世界に降り立つ。
ソレは、ただ美しい。
雪のごとし、世界はかくも、美しく。
見惚れる少年は立ち尽くし、魅入られるがまま、恍惚とした。
雪が赤く染まる。
緋の雪。朱く染まった雪の上、西川彼方は無意識のまま、意識を地上へと落とした。


だから、出逢いはきっと奇跡だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Copyright 2005 STELA All rights reserved.