Mirage
Reincarnation-3
ロンドンの街並みは美しく、日本とは違う趣(オモムキ)と歴史が感じられる。
楽しい旅行はいつしか勉学に変わり、何故か吸血鬼退治になった。夜、人の気配が死んだ道を歩みながら、ベロニカとDの三人で談笑しながら捜索を始めた。
二人はまるでリラックスしていて、こっちのことなどお構いなしだ。戦闘要員ではない冬真にとって、吸血鬼退治など膝が笑う話である。
赤い髪の少女は、散歩に誘うような気軽さで、「吸血鬼退治しない?」なんて笑いかけてきた。そりゃいいと笑い合うDに乗せられ、ついついこんな場所にまで足を運んでしまっている。
「ニッポンにも血を吸う鬼くらいいるでしょ。何を怖気づいてるの?」
「そりゃいるけど、そういうの退治するのは彩の役目だし」
ふふん、と含み笑いをする赤髪の少女。それがやけに気に障(サワ)るので、追求の視線を送ってみる。
「ヤガミアヤ?シキだっけ?妖姫モルガンを使い魔にしたトンデモ女っしょ?へーぇ、そんなんが好きなのね、ニッポンジンって」
「いいだろっ、別に。それより吸血鬼の話、教えてよ」
強引に話を断ち切って、必要な情報を求める。吸血鬼なんて範疇外。日本で出会うはずもない異端者の代表みたいな連中を前にして、無知のまま攻めるのはよろしくない。
「じゃあ逆に聞くけど、吸血鬼ってどんなイメージ?」
質問を返され、思案に耽(フケ)る。
吸血鬼。日本ではヴァンパイア、ドラキュラなどの名で知られている不死者。不老不死で、日光で灰になって死んでしまう。白木の杭を心臓に打ち込むだとか、十字架やニンニクが大嫌い。コウモリや霧に変身が出来て、吸血鬼に血を吸われたら吸血鬼になってしまう。
「それ、おかしいと思わない?」
「おかしい・・・って。そうだなぁ、最後の部分かな。だって、血を吸われたら吸血鬼になるんでしょ?だったら、不死なんだからどんどん増殖する一方になる」
割合としては、人口増加率に比べて少ないものなのかもしれない。だから人は気付かず、しかし人数は増えていく、とか。
「じゃ解説しようか。一般的に吸血鬼と呼ばれる異端者は四種に分類される。竜王(ドラクール)、吸血鬼(ヴァンパイア)、死者(ストリゴイ)、死物(モロイ)。竜王の一族は先天的な吸血種なので肉体の欠陥は無く、八十年周期の吸血衝動だけで抑止可能だけど、吸血鬼の一族はアポトーシスによる後天的な疾患を肉体に持つの。活発な新陳代謝の代償に、損失する血液の補充を第一とし、肉体の補完は後回しとなる。この二種は不死性を持ち、外的要因でしか死なない。血液の循環を止める血液凝固、細胞を壊死させるアポトーシス。この二点でのみ二種は死滅する。ただし、太陽光、得てして紫外線による皮膚細胞の壊死が最も多い死因なのよ。不死性を維持するには絶えず血液を循環させ、細胞を補給しなければならない。別に血液でなくとも生きられるけど、手っ取り早いのよね。紫外線も細胞の癌化を防げるまでに習慣的に日光を浴びていれば克服も出来る。不死でなくなるとすれば、一撃で命を絶ってしまうか、血液を凝固させるしかない」
「プログラム細胞死か。確かに、多細胞生物であるなら逃れられないものだね。血液から細胞まで摂取するということね、納得したよ」
「続けるよ。吸血鬼になるのは非常に難儀なことで、まず可能性はゼロに近い。始祖、リリス・リヴィエルロットの一族が竜王と呼ばれ、16世紀に没して娘のアセリアが現在の竜王になっている。リリス・リヴィエは最低でも九人の血を吸った。ドラクールの血というのは特殊で、まるで癌細胞のように不死性と高い繁殖力を持っている。けれど、そこからヴァンパイアになるのは不可能に近い。HLA型の適合と、能力の侵食に対する同型の器でなければ不可能だから。それに適合したのが現在の九人のヴァンパイア。即ち、シュトラウス、ガーシュウィン、ヴィルヘルムの三家に代表される彼ら。それぞれ親であるリリス・リヴィエの能力を一つずつ継承した者たち。で、このヴァンパイアに血を吸われ、注入されると同様に吸血鬼になるんだけど、これも適合しないと無理。けれど彼らはルールを決め、竜王のように抑制をしなかった。ヴァンパイアの劣化版とも言えるストリゴイは、死んだままで蘇生して、脳死状態から本能でのみ動く人形になる。リビングデッド、ニッポンの吸血鬼はコレに当たる。このストリゴイはルールも無視して手当たり次第に襲ってしまう。けれど、半人前の吸血種だから、動物、犬とか猫くらいにしか伝染はしない。その吸血種となった動物が、モロイになる」
伝染、とはいい表現だ。
どんどんと劣化していくのも当然だろう。同一人物でなければ最適な適合は有り得ない。故に伝染する能力は半減し、劣化していく。終いには、ブードゥーでゾンビと呼ばれるような低知能の吸血種や動物が生まれてしまう。
「数はほぼ700。頑張って蹴散らそう、トーマ」
現在、吸血種は集団を形成している。彼らも自分たちの時代ではないと知っているのだ。
しかし、スロウに加盟しているというわけでもなかった。独自の規律と制約で生き延び、裏の世界でスロウと鎬を削っている。
それは、まさに王国。すでに死したヴィルヘルム家を除いた八名を筆頭にした吸血鬼の国。
生きるためには血を求む。表に出たのなら、スロウが排除するしかない。
「ポルディーニは序列八位の人間ね。地位は低いわ。アルヴェン卿は六位。変化の能力を持つ吸血鬼だよ」
「アルヴェン、って。ヒースさん?」
物腰の柔らかい、柔和な表情を思い出す。まだ若く、丁寧な仕草は好感が持てたが、それは彼が敵であった過去から成り立つ。
「元々、アルヴェン家は順応性が高いからな。時代の転換期を見極め、こちら側についたのだろうよ。言っとく。ヒースだって700歳くらいだぞぅ」
今まで黙って耳を傾けていたDが注釈を入れる。
ニヤニヤしながらこっちの反応を確かめてくる。驚いて見せたが、もう何も驚くことなど残っちゃいない。
「まー、銀銃は通用するよ」
投げやりにDが教えてくれて、腰に手を当てた。
銀というのは古来より、殺菌性の高さから祓魔の能力を持つとされていた。ニンニクや十字架より、信憑性のある効果が認められている。科学的には、アポトーシスを破壊する菌のようなものを殺してしまうらしい。
――――路地を折れた。
いつしか談笑は影に消えて、臨戦態勢を整えていることに冬真は気付かなかった。
敵は四人。人の形をした何かが蠢いていた。
被害者は二人。白人男性と女性が、路地に倒れていた。内臓から出血をしており、臓物が溢れ出ている。
ストリゴイだ。ヴァンパイアほどの人間が外に出て血液採取をすることは滅多に無い。
四人は口元を赤く染め、牙を剥いて潰れた声帯から、無声の金切り声を発した。
「ディー、二人お願い」
「ヤだ。お主が二人を相手せよ」
それが開始の合図だったらしい。二人はほぼ同時に地を蹴り、後方に立った。
呪術師と占星術師。だとすれば、前衛は必然的に僕になるんじゃないのだろうか。
「くそ、こっちだって遠距離だ――――!」
慣れた手つきで銃を構える。
驚くべきことは、二つ。
ストリゴイは想定よりも速く、走る速度で寄ってくる。ぱん、と一撃を見舞うも、容易く銀弾は回避される。
解読不能な式が紡がれる。右後方から聞こえる式は炎となり、一拍の間を置いてから紅蓮は敵へと襲い掛かる。
魔術というもの。後天的に修得し得る神秘を目の当たりにし、確かに結果はどれも同じだな、と親友の言葉を理解した。
燃え盛る炎を意にも介さず、四体の突進は止まらない。すでに目前。薫る血と、異形のスプラッターに、思わず目を閉じた。
――――"Ansur(アンスル)"と、短く呟きが聞こえる。
詠唱とは程遠く、口ずさむような声。
「いつまでも突っ立ってるなよ、トーマ」
目の前の光景は変わらない。先頭にいた一体の顔面に石がめり込み、止まっただけだ。
その頭蓋に銃口を突きつけ、無感のままで引き金を指にする。
二匹目。素早い動きに目を慣らせ、一定した動きの中から次の行動を予測する。
肉体に火を点けたまま猛進だけを続ける哀れな、死者。
銃を掲げ、袈裟切りに斬った。腕を飛ばし、それでも喰らおうと顔を向ける死者がいる。
遠くで紅蓮が見えた。爆発のごとき魔術。先程とは威力の桁が違う暴発に呆れながら、二匹目の頭を吹き飛ばした。
おそらく、残りは一匹だ。思考が戦況を把握した瞬間、引き倒される強引な引力に負け、地面に激しく叩きつけられた。
圧し掛かる重力。馬乗りのような状態、最後の一匹が牙を――――
無感のまま、その口に右腕を突き立てた。
右手が燃える。
真上にある頭蓋。口腔に右手を突き入れたまま、右手を発火させて喰らい付いた牙を剥がす。
逃げる頭を左腕で押さえつけ、トリガーを引いた。
まるで体内から発せられるほど、間近な爆発音と共に、肉体に死者の血液が循環した。
軽く右腕を振って、傷口からストリゴイの体液と血液を排除する。
不適合者にとって、吸血種の血というのは猛毒だ。放っておけば致死量に達する毒液を、境界を引いて分離させ、傷口からそのまま排出した。
「もうこんな無茶はやめてけれ。オレらだけでも充分対処出来るんだぞ、馬鹿者」
こつん、と拳骨で軽く後頭部を叩かれ、注意を受ける。
確かに、自分でも驚くべきようなことだったと思う。接近戦なんかしたこともなかった。
それでも、僕は剣になりたかった。
「Dさん。あの『アンスル』って何ですか?」
「ルーン魔法ってヤツだ。簡単に言や、何かに意味を持つ刻印を彫り、血を流して行うインスタント魔法。そんなワケだから効果は決まりきってるヤツしかないが。さっきのは死者と会話をする魔法」
「破壊力の桁が違うけどね。普通、アンスルって死者の脳に即席の魂を乗っけて、憑依させるんでしょ?魂そのものを物質化して炎みたいに顔面に叩きつけて思考を停止させるなんて反則よ、反則」
ルーンも占いで使うものらしく、占星術師の必修科目みたいになっていた。
一方のベロニカも、呪術師としては名を馳せ、魔術師としても確立した地位を持つ人間である。あれほどの自然変化を一節で行使するのは、並大抵のことじゃない。
最も。スキルなんてものはそんな法則すら無視してしまうが。
「ソエル、ってのもタマには使うモンだなぁ」
「え、何か言いました?」
Dは笑ったまま答えなかった。
やがて夜の闇に消えるように、ベロニカは冬真たちの前から姿を消して、再び元の職務に戻っていく。
スロウ欧州は吸血鬼との戦いだ。ヒース・アルヴェンを除いているという配慮もありながら、スロウの精鋭を送り込んでいる。
また、僕も戻る時が来た。
何一つ修得することは無かったけれど、確かな「自信」を持って。
「次は鬼門探し、だっけ?」
帰るための門。鏡面世界へ再び行くための関所。
帰るのは、あの場所だ。神秘を知れた、あの世界へ。
若狭陽次に会い、上山奈美を探す。天井神由の目をかいくぐり、さらなる力を求めてみせる。
二度目の訪問を胸に期して、君塚冬真は神秘へと迫っていく。
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