Mirage

Reincarnation-2

キリアと呼ばれる少女を時計塔に案内し、入学手続きを終わらせる。
彼女とはここでお別れだ。職員が今日から住まう学生寮へと彼女を連れて行き、トーマと二人で時計塔を見上げた。
「キリスト教カトリック教会。元々、カトリックって連中は異端を激しく嫌い、そのデータも存分にあった。そういったキリスト教の暗部はスロウと融合し、今じゃ異能養成学校に変わった。このクロック・タワーは表向きは神学校で、カトリックの面から悪魔祓いや祈祷など神学の知識を得る。裏では、欧州で培われた魔術、呪術の類の知識が眠ってる。魔女や異端と忌み嫌われた知識だ」
地下に誇る膨大な蔵書。研究施設や学生寮。その敷地面積は広大で、世界中のあらゆる「異能」がここに集まる。
神秘を収めた巨大な砂時計。ただそれは、落ちる一方で、人は続々と集まり、溜まる。
「じゃあ、Dさんも通ってたんですか?」
「オレは由緒正しいエリートじゃないのよん。だからここに来たことはないデース」
学生でも卒業生でも無い以上、時計塔に入ることは不可能だった。
スロウの本部から渡ってきた紹介状を見せて、許可をもらって初めて神秘へと足を向ける。
今のトーマに講義は不要だった。知識はあり、理解も出来る。なら、神秘と直接触れさせることが、唯一の近道だろう。
時計塔の地下深くに潜って行く。エレベーターさえ無い古代の地下施設は、暖かな蝋燭(ロウソク)の火だけがある。
「今のうち、聞いておきたい」
壁伝いに石造りの螺旋階段を下る。後ろにいるはずのヒトを確認する意味でも、Dは声をかけてみた。
「キミはオレを信じるか。どんな時でも、だ」
「ええ、信じますよ」
まだ出会ったばかりだというのに、彼は逡巡も見せずに断言した。それは打算も何も無い、真実の即答。知らず、Dは笑っていた。
「そうか。なら、オレはキミを守ろう。どんな時でも、な」
笑いが尽きる頃、目当ての書庫に到達した。初歩的な魔導書が置かれた図書室だが、蔵書量は膨大である。
適当に書棚を選ぶ。背表紙の内容は冬真には読めないだろう。彼好みで彼に使えそうな本を探すのは、かなりの作業になる。
「お。コレとコレはストックですネ〜」
さして悩まずに、次々と冬真に本を預けていく。いちいち内容を説明するのも面倒くさい。そんなのは、お天道様の下でやればいいことだ。こんな黴臭(カビクサ)い地下室に長い時間を浪費するつもりはなかった。
冬真は周囲を見渡していた。全員が制服に身を包んだ学生だ。時代錯誤的な共通の制服は、誰が見ても怪しい人物になる。
「アレは制服だニョロよ。コートみたいな法衣は神サマの加護を受けて悪魔を近づけないのだ」
「へぇ。やっぱりカトリックの学校、ってことなんですね」
聖職者ではないが、近いものはあるだろう。見ていて楽しいものではない。都合六冊目を冬真の両腕に積み上げて、さっさとDは踵を返す。
「ほら、行くぞ。こんな黴臭いトコにいたら、バイキンになっちゃいマース」

庭のような場所で、ベンチに座って読書に耽る。
風景はどこかの世界遺産にいるようだが、やはり陽の光は気持ちがいい。
「随分と寛容(カンヨウ)というか。もっと閉鎖的なのを予想してました」
「言わんとすることはわかる。が、しかし秘密なんてものはこの世に存在するのが難しいのだ。だったら堂々と胸を張って立っているべきなのよん。まぁ、元々神学校だし?人間ってのは見ようとしない限りは、知れない」
さて、とDは立ち上がった。基本的にここはあまり好きではない。外に出て気分はいくらか晴れたが、残るつもりもない。
人と会う約束もあった。理由を説明し、笑顔で送り出す冬真に笑顔を返し、Dは古ぼけたキャンパスを後にする。
呼び出された場所。すぐ近くのテムズ川の河畔にかかる橋の上。中央まで歩くと、目当ての人物が川をじっと眺めていた。
ヒース・アルヴェン。六王に名を連ねる男を前に、Dは普段と変わらず、笑みを残したままで挨拶を済ませた。
回りくどいのは好きではない。率直に言え、と伝えて、困惑するヒースを眺めた。
「ニッポンに行こうと思うんです。ついては、向こうで貴方と合流したい」
「ほう。南欧州を仕切るアルヴェン卿が旅行ですかナ?そいつは顰蹙(ヒンシュク)もんだ、ブラザー」
「違います。アセリア・リヴィエルロットが東方にて活動している可能性があるんです」
ヒースの表情は変わらない。だが、決定的な一言を彼は言ってのけた。その後の反応さえ理解し得る言葉を。
「独りで接触するつもりはありません」
「ふん、カインでもどーにもならんだろうが。詰まるところ、オレと二人でやるしかないということさ」
アセリアの名は嫌というほど知っていた。ヒースに至っては、呪詛のごとく聞き続けてきた名前だろう。最強最高の吸血鬼。西欧異端の頂点に立つ、齢六百年を軽く超える伝説とまで言われた少女。
対抗出来るとすれば、同じ吸血鬼だけだと言うことだ。
「ってもオレは仕事が残ってるぞ、ヒース」
「知ってます。キミツカの教育と鬼門探しでしょう、セルジュ」
何故かはわからないが、ヒースはトーマを嫌っている気配がない。どころか、好意的な感情を抱いていると思えた。
「白いキャンバスには塗りがいがある。そのキャンバスも特別上等なものだ。クセだけはありますが。Dに教育を受ける以上に栄誉はありませんよ」
「褒めても何も出ないぞ。そんなに塗ったくりたきゃお主が塗りなされ」
「御免ですよ。あぁ、それよりセルジュ。クロック・タワーに置き去りというのは良くない。ベロニカにでも襲われたらどうするんです?」
言われ、思い出した。
トーマのことだけではなく、ベロニカ・リッヒライティがクロック・タワーにいること。アルルだけならまだしも、あの狸爺(タヌキジジイ)の孫娘がいるのは至極(シゴク)、よろしくない。
が、慌てた素振りも見せず、Dは背を向けて、悠々と歩き出す。
「また、冬に」
その背中に一礼し、ヒース・アルヴェンもまた、対岸へと歩みを進めた。

案の定。置いてきたベンチの前で、硬直するトーマと不審がるベロニカが立っている。
あちゃあ、と天を仰ぎながら、Dは赤毛の少女に近寄った。少女の手には父祖伝来のトネリコの杖が握られている。
「ちょっと、どういうこと?」
納得がいかないらしい。君塚冬真に覚えたての「魅了」を仕掛けるが、まるで効果が無い。それで、頭に血が昇って周囲の空間ごと縛ってしまったのが現状。
とりあえず解呪しながら、支離滅裂な怒りの説明を受ける。徹底的に無視と決め込んで、Dは硬直したままのトーマをベンチに寝かせた。
「そう怒るな。昔から魅了を破るのは一途で穢れを知らぬ騎士だと言うだろう?」
ただの一言で少女を黙らせ、トーマを蘇らせる。飛び起きるようにして彼は、一気にベンチから遠ざかった。
作戦は成功のようで、ひとまず一触即発なベロニカとトーマが対峙するという事態にはなっていない。
「・・・ちょっと、D。キミツカが持ってる本、アレって」
「マビノギオンだぞ」
「知ってる。私が聞いてんのは何でそんなモン読ませてるかってこと」
普通ならエノク書やリーベル・ミステリオルム・エト・セクストス・サンクトスやらを読ませるのが魔術の初歩だ。その概念の基礎を知り、発展させていくのが本来の目的である。
マビノギオンなどただの民族説話に過ぎず、発展させた後で読むとしても娯楽以外の何物でもないだろう。
「トーマは天才だ。だが悲しいかな、ソレは魔術師としての才能ではない。トーマは、ディバイダーじゃろう?これ以上の素質を持つ人間はおらんよ。だから、魔術のキソなどやる必要は無い」
目指すモノが違うのだ。君塚冬真は魔術師になるワケでも、呪術師になるワケでもない。
そう、君塚冬真が目指す先。そこに立っているのは矢上彩という一人の女性だけだ。
故に力は必要が無い。敵を討ち倒す剣はヤガミだけで充分で、もし彼が共に立つと言うのなら、きっと必要なのは――――盾だろう。
それでも、自身を不甲斐ないと思う気持ちもわかる。だがキソをこなして順当な魔法使いになったとしても、到底、剣には追いつけない。初めから知っているモノに勝る道理はどこにもない。
「神話というのは地域民族の伝承説話だ。神話を構成する人々の思想の根源に、無ということは有り得ない。例えば妖精を見た、例えば侵略者を討つ剣を見た。誇張されて神話となったにしろ、根源に何らかの神秘が眠っていると考えられる。トーマは、剣(ソード)ではなく人(マスター)だからさ」
神秘に触れるのではなく、神秘を知る。扱える操作方法を知れば、彼は自由に剣を振れる。
「・・・ふうん。さすがはアサカワの弟子ってこと」
「そうそう。トーマはオレらの上にいる、『超能力者(プシュケー)』じゃけんのぉ」
見つめる先、話の中心にいた青年は間の抜けた表情でぽかんとこちらを眺めていた。
超能力。神秘の在り方として特殊で異様な異能の力。
主として、発現は突発的な変異に近い。遺伝でも、修得でもない神秘の力。それは天啓によってもたら齎(モタラ)されたヒトとしてあらざるモノ。
開く、という表現をよく使う。魔法を使うにしても、呪いを掛けるにしても、人為的に自身の肉体から「世界」に働きかけて行使する。言わば自分自身に眠った、そして知り得た知識を持ってして故意に開くのである。
超能力とは違う。すでに開いてしまっているのだ。開けっ放しの回線は常に送電を続け、恒常的に能力を発揮してしまう。
スキル、とはそういった類のものだ。きっと人間が誰しも持ち得る能力。眠ってしまった能力、まだ開かれていない能力が、何らかのきっかけで開けてしまったパンドラの箱。
「超能力、って。Dさん、ソレ、超感覚的知覚(エスパー)ってことですか?」
トーマの問いはどこかズレている。予知(プレゴグニション)、テレパシー、透視といった、リアクターの進化系を指す言葉を用いていた。魔眼とはさらに送信を追加したものであるから、エスパーと言えなくもない。
「いんや、Ψ(プサイ)だよ。全般じゃな、うん」
「でも、念動力(サイコキネシス)なんか出来ません」
「いんや、嘘だね。発火能力(バイロキネシス)は持ってるっしょ。まぁ、モノを動かして飛ばす程度なら戦闘能力にもならんが」
マビノギオンの写本を持ったまま、トーマは何事か考え込み始める。ベロニカも一先ずは納得がいったらしい。

「聞きたかったんですけど、あの建物は?」
冬真が指差す空の下、寄り添って立つ二つのビルが見えた。空に届かんと手を伸ばすバベルの塔。それは、ヒトの権力で出来ていた。
「イーポク・リソース社のビルだ。世界一の金持ちのお城だなぁ」
「えぇっと、確か建築会社でしたっけ」
「少し違う。ドイツの施工、採掘会社とイギリスの設計会社が合併して出来た企業じゃ。他にも広告代理業やら、果てにはスウェーデンの通信・電話会社も買収しているぞ。ほら、お主のケータイも日本セイエル・コム社製よ」
独特のオレンジの機種を取り出して、へぇ、と眺める冬真。
世界的企業に発展したイーポク・リソースだが、その形態は珍しい。建築関係の依頼を一手に引き受けるゼネコンは日本特有の代物だ。まして、大企業となってスーパーゼネコンと呼ばれるのはこの会社くらいなものだろう。
通信から医療まで傘下に加えたイーポク・リソース社は総合的なビジネスを展開させ、金が金を生んで世界一と言われる企業に変貌した。
「そういや、ウチのランドマークタワーもこの会社でしたっけ」
意外な接点が嬉しいのか、冬真は目を輝かせてそんなことを言っていた。
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