Mirage

Reincarnation-1

頼みたいことが三つある。
件(クダン)はそう始まった。秋も深まる紅葉の季節に、すっかり広くなった診療所で柚葉は三本の指を突き出した。
「すごく聞きたくないですね」
露骨に嫌な顔をすると、くつくつと柚葉は笑う。それが気に食わないのだが、反論出来るほどの知識も経験も冬真には無い。
もうすぐ、二年だった。
知ってはならない領域に足を踏み込んで、いつしか自分もそちら側の人間になっている。
けれど、いつまで経っても中途半端で、経験など積まれているのかとさえ疑問になる。Bランク、なんていう評価に不満は無いが、過大評価だと思う。自分は、まだ何も出来ないのだから。
「一つ目から言おうか。三丁先の鮮魚店、西川さんの息子さんが家出をしたそうだ。名をカナタ君と言ってな、捜索の依頼を受けてしまったのだ」
「何か、なんでもアリになってきましたねぇ・・・」
「言うな。それに、家出だけならいいんだ。もし、我々の管轄に踏み込むようなことになっていたら、それは大事だ。管理人として、わたしはカナタ君を見つけなければならない。警察機構が捜索願を受けて一ヶ月。何の足取りも掴めない、と言うのは少々、厄介だろう?」
迷子を捜しても、メリットは無かった。
ディバイダーとしての経験が積まれるわけではない。かと言って、新しい能力が身につくわけでもない。彩ほどまでとは言わないが、せめて足手まといにはなりたくない。
「二つ目を言う前に、来客があるからそれまで待て」
柚葉が立ち上がり、部屋を出た。タイミングよく、来客とやらが現れたのだろう。
広い会議室にしばし取り残される。
力が、欲しい。何者にも負けない、強力な能力が。思考の端を掠(カス)める思考は、ゆっくりと全身に侵食していった。
以前に言われたこと。何も出来ない役不足。唯一の武器で、他に真似の出来ない最高の力でさえ、何に使えばいいのかわからない不出来な力だ。
そんなものより、敵を討つ剣のような力が欲しい。一撃にして敵を滅する力。魔眼、魔法、何でも良かった。魔眼なんて反則めいたものは、先天的な能力で、今更身に付くモノでは中途半端な結果に終わるが。
「お待たせ。久し振りじゃない、少しは学べたトーマくん?」
ハイヒールの音を鳴らして入室するのは、いつぞやのカウンセラーだった。最初の講師だった彼女。そして、唯一の武器をくれた人。
「・・・って、その顔じゃ進捗(シンチョク)状況は壊滅的なの?」
「あ、いえ、レンさんが言うほど酷くはないかと」
大柄な男性が後に続き、最後に柚葉が入って四人になる。男性は彫りの深い顔立ちで、スペインとかポルトガルに見られるラテンの空気が流れていた。
「さて、二つ目だ。キリアをちゃんとした施設に入れようと思う。そこで、冬真。お前さんも視察の意味を兼ねて、キリアとそこの大男とで渡英してもらいたい。無論、学ぶべきことは山ほどあるだろう。猶予時間もやる。どうせ、三つ目が厄介なんだ」
渡英。イギリスに行くということだ。ガイドとして、このラテンの男性が随行するらしい。
「説明するとね、神秘学、って聞いたことある?オカルティズムって言ったほうがわかりやすいかな。この世界には超常現象とか、奇跡とか、社会が認知する常識の範疇外にある出来事が起こり、その真理を追究、解明する学問らしきものがあるのよ。当然、学問とは言ったけど、それは科学的、つまり合理性を求められた理論の追求とは逆の位置にあるもので、直接体験でしか知り得ない『神秘』を求めるものね。知識、理論など現代社会を構成し、なおかつ求められる概念から外れていて、感じることでしか認知できない。知る、と識(シ)るの違いね。けれどそれじゃ実際に感じた人しか理解が出来ない。結局は何らかの表現法で遺さなきゃならない。そうなると、やっぱり知識なのよ。膨大な知識の中から、真理へと到達し得る感知を会得する。それが時として魔術であり、奇跡なのよ。となると、学ぶべき場所が必要になる。歴史と知識を詰め込んだ学校がね」
世界にはそういった、概念から外れてしまったモノを学ぶべき施設が幾つか存在し、中でも総括に当たるような巨大な名門学校にキリアは入学するということだ。
もし、そこに行けるのなら。自分でも、何かを「感じる」ことが可能なのかもしれない。まして、知識の中から感じるのなら、時は関係など無くなる。
「言うなれば、エリート異端者の登竜門ってところかしら。イギリス、ロンドンにあるウエストミンスター神学校。ビッグ・ベン、通称は時計塔(クロック・タワー)ね。私は少ししか在籍してないけど」
「異端者とは持って生まれた先天的素質に依存するケースが殆(ホトン)どだ。そこからさらに自身の能力を増そうと考える者はごく少数で、主に神秘を学んで自ずから『異端』になりたい人間が通う場所だな。結局は、最初から感じてしまっている者の方が優れてしまうが」
「それでも、学べる可能性があるなら、僕も行きたいです」
本来なら、高位の異端者の推薦が無ければ通える場所ではない。結局、エリートとはそういうことだ。異能の力は先天的で、遺伝である。異端者として名の知れた親が、異端者となる子を入学させる。そうやって、貴族的なエリート社会が形成される。
「よし、なら三つ目だ。それでキリアが帰りたくなった場合、道が無い。冬真、道を探せ。あるいは作れ。手がかりは東北の鬼門だ」
「それ、無茶って言うんですよ?」
「知ってる。だから猶予期間を与えると言った。今年中には全てを終わらせるようにしてくれ。それに、大抵そういう場所は名に残る。わたしが見たところ、青森の恐山が怪しいな」
「あー、そうね。あそこ、四回は行ったけど、稼ぐには持ってこいの場所だし。口寄せして暴走したイタコとか、蹴散らしやすいのよ」
「死者、つまりは鏡面世界の魂を呼ぶ。ほら、入り口はそこじゃないか。東北なら、途中で遠野夜神家にも寄れるぞ?」
最後の言葉に負けた。遠野夜神家。死鬼と畏怖された祓鬼の家。今でも残る夜神の本家は、冬真の興味を嫌でもそそる。
「わたしはカナタ君の手がかりを探る。まずは、クロック・タワー行きだな。いいか、念を押すぞ。東北やイギリスではわたしも彩も協力できない。何かあっても、一人で対処しろ」
「あら、大丈夫よ。Dがいれば、最悪でも死にはしないから。ソイツは護衛よ、トーマくん。Bランクの占星術師だけど、頼りがいはあるわよ」
追い払われるようにして、ディー、と呼ばれた男性と外に出る。二人で話でもあるのだろう。
「あの、Dさん?」
「長旅になりそうだなぁ、トーマや。まずはしっかり旅行の準備をしとくでゴザルよ」
風貌(フウボウ)と違(タガ)わず、陽気にノッポの相棒はそう答えた。

旅行用の大きな鞄に、着替えとパスポートを乱雑に突っ込んで、冬真はDと車に乗り込む。
Dは黒いスーツをラフに着こなし、ネクタイも締めずに胸元を広げている。背の高い外人は、テレビで見るモデルのように格好が良かった。
車内でも、笑みを絶やすことなく鼻歌を交える彼のせいで、嫌でも気分は明るくなった。
「そりゃ旅行だぜ?これから旅行行くのに落ち込んでるヤツはいないべよ」
ところで、とDはこちらを振り向く。高速道路に乗り、空港を目指す途中で空気が変わったような気がした。
「アサカワもレンも随分お主を信頼しているようだが、オレにゃその理由がわからん」
「僕にもわかんないですよ。逆なんじゃないですか、それって。Dさんを信頼してるから、役不足な僕を一人で行かせられるとか」
「ふむ、成程。それも一理あるが、オレは信頼を受けるような出自じゃない」
体格の良い肩が揺れる。煙草を取り出し、窓が開く。一瞬、強い風が車内を吹き抜け、長いストレートの金髪が靡いた。
「パートナーのパラメーターというのは大事じゃろ?オレはBランクの占星術師。ご存知なトランプで占いをするしがない占い師デース」
「占い、ですか。何か似合わない気が」
「そうじゃろ?それがミソなのだよ、トーマ。先の未来を予見できれば、起こり得る危機も回避出来るかもしれぬ。護衛にゃ持って来い、というワケなのでゴザルな」
「それ、凄いですね」
「なーに。おぬしはディバイダー。凄さで比べりゃ何でもかんでも分断しちまうトーマ大先生の方が上手だよ」
すでに冬真の能力は知っているらしい。それでも念のため、自分の知り得る情報を全て、笑う占い師に伝えた。
ディエゴ・セルジュ。フランス国籍の彼は、スロウ欧州支部の人間だ。アルル・ラ・ピュセルの下にいる異能者で、通称はD。占星術という占いの能力を持つが、異能としての危険度は低く、ランクもまた普通だった。
「ま、互いに中途半端な能力者、ってことですカナ?」
不安さえ消し飛ばす笑みにつられ、ついつい冬真も笑ってしまう。
自分を中途半端と言い切れるのなら、きっといつかは、高みに手が届くはずだから。
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