Geschick
Paradise Lost-3
城は三度目。正確には、四度目。
最初は皆で来た。懐かしい思い出と化している。三度目は平紗来未と。自分と訣別した場所だった。
二度目と四度目は同じ。取引とその結果に過ぎない。
仕事は終わった。騎士として生きることなど許されない。この身は、契約されし「仕事」による代価で生きてきた。
だから、それも終わり。働かなければ、生きていられない。
否、逃げる気力さえ失われたのか。世界に憎まれ、逃げ場など最初から無くて、血に濡れた道を歩んだのなら、この世界さえ敵に回したのだろう。
人を、殺した。数人、数十人、ひょっとしたら、百人単位かもしれない。いつしか人々の口の端に上るようになった。今日どこどこで誰々が死んだ。やったのはアイツだ。
存在は世界に否定される。世界がそれを望んだってのに。
―――― じだ。
牢獄から声がする。隣の男が呻いているのか。それとも自分の呻きなのか。
壁がささやく。無言の声で、空気が揺れる。
――――オ 同じだ。
ああ、そうだろう。俺もオマエも、同じだ。単なる殺人鬼。許容されるわけなど無し。快楽として人を殺める規格外の人間だろう。
――――オマエも同じだ。
知ってるよ、色。
夜神色、というのは現象に過ぎない。
色という名前。浅川柚葉が名付けたようだが、なるほど、死鬼の捩(モジ)りではある。
夜神色は色である。世界の表情そのもの。情趣も容姿も、声も響きも美しくあれと。
確かにそれもあるだろう。だが、真意ではない。
色は「いろ」ではなく、「しき」だ。式でも死鬼でもなく、色。存在であり、現象である。誰かが望んだために発生する事象。それは五感で感じ取ることが可能で、境であり我が無い。
夜神色。夜に発生する神の存在。それが俺なのかオマエなのか。あるいは、両方か。それとも同意か。よく、わからない。オマエが俺と同じなら、俺もオマエも色だった。
平紗ではなく夜神なら、ああ、それなら可能だろう。
「――――さて、忠告くらいはするべきか」
滅亡するは必定なれど、このまま諦めるのも、何となく嫌だった。
公衆の面前に引き出される。判決も何も無い。殺人は死刑で、凶悪な殺人犯は公開処刑。
枷が外される。上裸、手足の縛りは無くなった。軽く運動をしながら、執行の時を待つ。さすがに衛生的によろしくない。が、これから死ぬ人間に清潔感は不要だろう。
何の説明も無いまま、猛獣が放たれる。獅子か虎か。多分、獅子だと思う。
「うん、どうすっかなぁ」
食われるのも悪くない。動物刑というのも珍しいせいだ。
しかし、視てしまった以上は見過ごせない。第一、平紗来未から刃を奪ったのは自分だ。刃が無ければ戦うことはない。敵から狙われることも無いと思った。そうすれば、失わないと思った。
だが、事態はそこまで甘くない。外敵が無くなれば次は内だ。対立する二つの家、派閥。一方が衰退し、もう一方が狂乱に足を踏み入れているなら、狂想の答えはすぐに見つかる。
決断した。襲い来る獅子の顔面を掴み、ぐしゃりと潰してから跳躍した。公開などという方法を執るなら、警備くらいは厳重にしておけ。
結局は、そんな能力しか無いのだ。頭を失った烏合の衆。疑心暗鬼でありながら、素直に従属するものには信頼を置く矛盾。誰が敵かを洞察出来ない。また能力も無い。数の優位がそうさせるのだろう。
天井派の騎士たち。天井に属する騎士たちは、ただひたすらに、平紗の利権を狙っていた。
言うなれば、派閥争いだろう。だが事はそれだけに止まらない。軍、武力による政治能力の掌握、現体制における他派閥の排除。クーデターに近い。現状で、天井派で独占される城に平紗は近寄ることさえ出来ないだろう。
次の段階に移る前に、阻止する。下手をすれば君主の打倒さえ狙っているかもしれない。
急ぐ。平紗の屋敷へ。だが、この格好で街を駆け抜けるとは、些か拙い。故に常人には見えぬほど加速し、「夜神色」は疾走した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
まったくもって、勝手なヒトだと憤慨混じりに呟いた。
来るのも突然なれば、去るのも突発。世話になったのはこちらなのかあちらなのか。物事は平等でないといけない、というのが彼女――――平紗来未の持論である。
事情はやがて知れた。どうやら、天井家に従属していた騎士たちに捕まったらしい。あの男が捕まる、などということ事態が考えられないが、事実はそうらしい。
と、なると。何か不手際があったのだろう。それも緊急事態に陥るほどの不始末だ。完璧のように見えてどこか抜けているような、違う、浮いているのだ。
世界から孤立し、浮いている。誰からも見えず、誰からも相手にされない。誰も届かぬ境地に立つならば、誰にも理解されず斃(タオ)れるのみ。
思考を巡らせても、行き着く答えはひとつだけだ。随分と思考は遠回りするものの、やはり解答はひとつ。
考えを止める。物音がしたせいだ。振り返ると、執事の兼定が帰ってきたところだった。時計を見ると、彼が出て行ってから数時間が経過している。その間、ずっとエントランスで立ち尽くし、思考の無限ループに陥っていたのか。
「兼定――――っ」
「そう睨まず、落ち着いてください。やはり釈放は無理です、今日の昼には刑が執行されるようで」
憤慨した表情であったらしい。取り繕い、次の手を考える。
突入するにも武器が無い。奪還するにも力が無い。かくなる上は、決死の行動、死を持って意志を貫くのみ。
「冷静にお考え下さい。平紗家の圧力を持ってしても、聞く耳さえ持たぬということ。当家の発言力は著しく低下しております。現状における当家の立場を鑑みれば、自ずと敵となる人物の顔も、その目的も知れましょう」
「五月蝿い、そんなことはわかってます」
「いいえ。夜神様から言われておりますので。まずは撤退です」
ごそごそと、脇に設置してある物置から何物かを取り出す執事。風呂敷のように丁寧に包み、肩に背負って兼定はこちらを向く。
目つき、視線が変わったのを平紗来未は見逃さなかった。屋敷を囲う気配。それが敵襲なのだと瞬時に理解したが、判断するには遅すぎた。
連続的に窓を破壊する音。それは規則的でさえあり、しっかりと統率の執れた部隊による襲撃だった。臨戦態勢も何も無い。単なる逃走ですらない。追い詰められた獲物が、網の中でもがくだけ。
気配、複数による足音は片方のみ。双方向からの挟撃がセオリーかと思ったが、どうも違うらしい。二階へ上りながら、そんなことを思った。
逃げ場は無い。肩で扉を開け、さらに階上へ。屋上へと躍り出て、櫓に似た高見から戦況を眺めてみた。
そして、絶句。玄関へと通じる庭――――が、赤く染まっている。思考が止まるほどの、赤。屍体の山。明らかに生命を感じさせないヒトガタを中心に貯水池が形成されている。
「これは、地獄ですな」
館から次々と死体が放り投げられる。時に何かを破壊しながら、正確に、続々と侵入者は排除される。まるで呪われた館のごとく、近付く者は誰一人としていない。
屋敷を取り囲む兵士の輪。それが線になり、正面から突入する。正門の位置。無謀とわかってても壁に立ち向かう。死体は増える一方。正確無比に侵入者を弾き飛ばす様は、壁だった。
透明な壁に阻まれ、敵は誰一人として侵入出来ない。あれでは、中の者も全て排除され尽くしているだろう。
やがて、壁が姿を現した。前進したのだ。
銀色の髪は長く、地に達しているだろうが、絶えず流れる体の動きに従って宙を舞うように跳ねていた。それはまるで、かつての聖者と見紛う姿。
四人、五人と束になって聖者へ向かう。向かっているのだろうか。それとも下がっているのだろうか。よく、わからない。ゆっくりと聖者は前進し、それを阻む者はいない。手が届く範囲に立つ者は、手が飛び、足が消え、首がもげる。
嵐のような暴風は、その実、無音の真空に似ていた。
――――だから殺した。
殺して、殺して、わからないということさえわからなくなるまで殺した。
はじめは、恐怖。去来する感情は恐怖でしかない。あの前に行けば殺される。それはただひたすらに、何一つとして例外を許さない。絶対。必定の死から免れない。
ただ、悲しかった。明確な意識さえも持たず、淡々と殺戮を繰り返す。頭から、彼の台詞が離れない。それはまるで、泣いているようで。涙に似た血の雨。人々の悲鳴は、殺戮者自身の慟哭のように聞こえた。
やがて、誰もいなくなった。
切り刻まれた死体は、その実数より遥かに多い。腕、足、首。分割された亡骸は湖のような血に浮んでいる。
その――――中央。血の湖畔、屍の野山に立つ男がいた。
ぞくん、と総毛だった。戦慄が背骨を通過し、震えを呼んで肉体を凍らせる。恐怖と言えば恐怖だろう。だが、それは別の何か。未知と出会う生命が感じる恐怖だった。
眼は銀。白内障を思わせる目だが、白銀と光を発し、輝いている。
髪は銀。先端は血の湖に水没しているものの、返り血すら浴びていない銀糸の髪。
聖者に似ていた。だが、決して聖者ではなかった。
「夜神――――色」
現象としての存在。
夜の神という名を冠した以上、その現象はただ一つ。
「貴方が――――私の王」
なら、従うのは当然の摂理。この身、全てはその命の為に。
だから。絶対に貴方を止めてみせる――――!
「 !!!!!」
声にならない絶叫。口を開き、目を見開き、腕を開き、腰を落として王は叫ぶ。
それが、戦闘開始の合図。今までとは比較にならない敵を見つけた喜びか、気合か。
叫びは声ではない。だが、確かに圧する力を感じて騎士の足は止まる。
怪物。そう、知っている。俊敏な獣。音速を超えて我が王は行動を開始する。
肩口に痛み。三つの風穴。通り抜ける涼やかな風は王のもの。すれ違いざま、この右肩に穴を開けて風となる。
見える、見えないの問題ではない。音速とも間違い。すでに光速。凶暴性に支配された王は、この目に映りさえしなかった。
振り返る――――いない。くるくると周囲を見渡す。その格好はあまりにも無様で、気付いた時には空を飛んでいた。
背から地面に着地する。擦り剥く感触など気にしない。立ち上がろうとし――――足を誰かに掴まれているとわかった。そのまま単純に、力のままに放り投げられ、失おうとする意識を持って正面の扉に激突した。
「ぐ――――この、」
悪態をつきながら立ち上がる。ぼたぼたと血が垂れる。出血はまだ少ない。頭に裂傷を負ったのだろう。顔面を流れる血を拭って、前を凝視する。
声を失う。色も失った。
視界全てが、敵。我が王は数え切れないほどに分裂している。目が霞んでいるのかどうなのか。判断は難しいが、とりあえず全部消してしまえばいい。
それが幻像なら、私は見通す。
フィルターを一枚剥がす。赤色の魔眼。さらに真紅の色を帯び、四人はいる夜神色を見つめる。切断の魔眼(カット・ザ・リンク)。この世界に不正に接続をするのなら、強制的に切断しよう――――
集まる力を全て切り離す。ひとつひとつ切りながら、本体目掛けて突進する。
正面からでは敵わない。力勝負じゃ相手にならない。たとえ一対一の勝負でも、どうあがいても勝ち目は無い。
「本体の供給は切れない――――」
切断できるのは世界との線だ。魔法であろうと何だろうと、世界に働きかけるのならばその線を分断できる。だが、世界との繋がりではないならば、どんな線でも切れはしない。
「なら、もう一度」
そこで気付いた。
あ、なんて間抜けな声を出したのは本当に間抜けだったから。
夜神色はすぐ目の前に立っていて、無感の瞳で腕を振り上げていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁぁぁぁぁ」
無駄に長い溜息を吐く。
自分の馬鹿っぷりに呆れる。ばっさりと切った髪の毛。すでに瞳も髪色も黒に戻っている。ぐるぐると巻かれた包帯。手際よく巻かれたであろうソレは、胸から首までを治療した結果だ。
「――――」
視線が痛い。そういえば、別に彼女に苦手意識があるわけではなかったものの、視線を痛いと感じるのは一度や二度ではない気がする。
「あまり驚かせないでください。いきなり腕を自分の胸に突き立てるなど、二度としないでください」
「あれ?オマエ、怒ってないの?」
が、それは壮大な勘違いだったらしい。がーっと怒りを露にしながら小言を言い立てる平紗来未さん。内容としては、襲われたことより自殺まがいのことをされたので腹を立てているらしい。
「あの、聞いていますか。思えば勝手にいなくなって、挙句の果てには自殺です。怒らない方がどうかしているでしょう」
あんまりにも支離滅裂なんで聞き流していた。追求して激昂されるのもアレだし。突っ込みどころは多々あれど、よりムチャクチャ具合に拍車をかけることになるのは目に見えている。
「あ、悪い。聞いてなかった」
トドメの一言だったらしい。むすっと黙り、顔を紅潮させる様子を見る限り、自分は地雷を踏んだのだなと悟った。うむ、ここは観念して小言に付き合おう。ただし、用事が終わったらだ。
「文句は後で聞く。その前に、城に行くぞ」
「え?」
「あれだけの兵力を持って平紗家を囲んだ。どうしてもあそこで殲滅しておきたかったんだろ。そこまで考えるなら、城で何らかの事件が起きててもおかしくない。思えば、クーデターだな。天井家の騎士たちが一斉に反旗を翻したんだろうが、どうせやるなら王も消すだろうさ」
城に行くには、平紗家の人間を連れた方がいい。何より、自分は死刑囚なのだし。
「もしかして、今頃になって気付いた、とか?」
「抜けていました。急ぎましょう、色さん」
立ち上がり、呆けた表情に喝を入れる。一度、平手で頬を叩いて気合を入れた。
二人とも、武器も何も無かった。だが不安も無い。笑みに似た満足げな表情で、彼女は言う。
「どのような死地でも、貴方がいるのなら。――――私は、安心できます」
ストレートな感情表現。胸に去来する、確かな温かみを感じながら、思った。
ああ、ヒトはこんなにも温かいんだな、と。
「不思議なヤツだな、オマエ」
「よく言われますし自負もあります。参りましょう、彼の者の亡霊を消す為に」
頷き、走り出す。背中には彼女の気配。
ポイントマンは引き受けた。誰だろうと、背中の彼女には触れさせない、近付かせない。
心は軽く、誰かのためになら人を殺すのも許されるのかもしれないと弱音が浮んだ。
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