Geschick
Paradise Lost-2
心を凍らせる。否、殺す。
全身から思考という意識を消し、ただ純粋に、単一なる理想のために動かす。
機械に似ていた。全ての思考をカットして、目的のためだけに動く機械。だから言葉も無い。表情も無い。この身と流れる血液だけが、千年の記憶を持って動いてくれる。
初撃は胸。水月に当身を食らわせ、横隔膜に直撃痛打を与える。
呼吸が一瞬、止まる。僅かながら浮ぶ肉体、上がる顎に肘を打ち、そして裏拳。鼻を潰して、呻く口に左掌を当てる。口蓋を掴む。そしてそのまま、右手で心臓を上から――――掴んだ。
背から五本の蒼が飛び出る。声も音もなく、やはり静寂のまま、夜は落ちる。
仕事は終わらない。ここからの脱出もその内だ。返り血ひとつ無い姿。背後から漏れる息を評価と聞いて、振り返る。
「ついて来い」
数時間ぶりの声。暗殺者は即座に身を翻し、窓から一気に夜へ向かう。
「は――――飛び降りるんですかっ」
呆然とするのも一瞬。意を決し、少女も夜へと躍り出た。
空中。少女の思考は、暗殺者を怨んだ。ふわり、と体が浮く感覚に怯えを感じながら、頭に無茶を強要する暗殺者を思い浮かべる。
着地。衝撃は無い。体は腕の中。そして揺れ。着地した刹那、すでに走り出す影。
「ぇ、あ、離しなさいこの無礼者――――!」
口に押し込まれる何か。それが、外した暗殺者のマスクだと気付いた。
「喋るな。舌を噛むぞ」
走る速度は尋常ではない。如何なるスキルを用いているのか。高速で建造物立ち並ぶ街中を、速度を落とさず駆け抜けていく。走力だけではなく、視力、反射神経が優れている証拠だ。
それも、そのはず。背後、左右両面から追っ手が近付く。包囲されていたのか。敵は少ないながら、スキルを行使して近付いてくる。速度では勝る。しかし、地理的に不利だ。
飛び道具。接近するスキルを、暗殺者は避けるでもなく避けていた。炎、氷、果ては剣や斧までが宙を舞って飛んでくる。しかし、当たらない。炎や氷は暗殺者に当たる直前、何かのように消え失せる。
直撃する軌道の斧を、僅かに半歩、ズレるだけで回避する。後頭部に目でもあるのか。平紗来未は半ば本気で怪しみながら、抱かれた胸に命を預けた。
「鬱陶しい。来未、しっかり握れよ」
返事は無い。だが、少女とて騎士。この状況がわからない阿呆でもないだろうと信じて、夜神色は口を開いた。
どんな言語でもない。誰にも理解出来ぬ世界。元より、夜神とはそういうモノだ。
ただ己が理念のためだけ。果たされるならば、どのような罵倒でも、どのような傷を負っても構わないと。崇高な意志で生きてきた。
願うは鬼の排除。誰もが平和であれ、と。古、千年より古来から願われて。
「Das Gewehrmeister beten.」
そう、騎士。確かに彼らは魔であったが、それでも騎士だった。
「Einfach zwecks die Person zu schutzen, die ist, liebte, alleine wenn Sie zahlen jedes mogliches Opfer, vermutlich ist. Damon, Energie in mir. Die Gewehrkugel des Gottes von sechs Schussen, die in der Gewehr eingeschlossen sind und die Gewehrkugel von der schos, wo Damon tragt. Das Leben von siebenmal zu dauern,」
呟く声。不気味なまでの静けさに相応しい低い声は、歌うようでさえあった。
「Genau so,『Der Freischutz』」
右腕が振るわれる。蒼。指から放たれる蒼の軌跡。
如何なる魔法か、あるいは奇跡か。放たれた六発の神弾は、軌跡を歪め、重力も法則も無視して、直線を曲線に、頭上から迫り来る敵を排除した。頭蓋、心臓、どこでも。一発必中、必殺の呪いを込めて。
「――――ふぁ」
聞きたくない声。平紗来未は、夜神色の体から離れ、落ちる。
「くそ、ちゃんと掴んでろって言っただろ――――!」
正直、惚れていた。その歌声に。原因は暗殺者にある。名前を呼んだのが、いけなかった。それだけで騎士の心は凍りつき、服を掴むことさえ忘れて歌に夢中になったのだから。
足が地面を削る。筋肉が断裂する音を聞きながら、正反対の方向へ跳び、地面に落ちる来未を再び抱く。
そのまま、背中で地面を擦る。敵はすでに無い。なら、いいかと。珍しく敵地で安堵しながら、痛む体で少女を守ってみたりした。
「っつーか兼定も悪人だな。今日の標的、まさか部隊持ってるなんて知らなかった」
「ええ。彼は中々に悪人でしょう。ですが、貴方の腕では部隊がいようといなかろうと無関係だと判断したのではないですか」
二人して、この場にいない執事に愚痴る。共通の話題に楽しめたのか、平紗来未は抱かれたまま、微笑を浮かべる。
「爺さん、と言うには若すぎるか。アレでメイドさん何十人も仕切ってんだろ?そりゃハーレムじゃないか羨ましいな――――って、なした?」
急に立ち上がる少女に目を向け、ぱんぱん、と尻を払って暗殺者も立ち上がる。
「いえ。擦り剥いてしまいましたね。戻ってすぐに治療致しましょう」
それと、なんて小声で。謝罪と礼をするものだからたまったもんじゃない。絶対、後で何かあるだろう。
「――――いや、そうじゃなくて。デートしようぜ、来未」
どこをどう間違ったのかわからない。わからないが、言ってしまうには理由があったんだろう。
おそらく。屋敷に戻ったらすぐ服脱げとか言われたから、こっちも意地になってその要求を突っぱねたのが口論の原因。
治療できない、怪我してねえ。そんな不毛なやり取りが続いて、子供扱いされたんでカチンときた。駄々こねてるワケじゃない。だが、服を脱げ、なんて要求には屈せない。そんなの、出来るかフツー。
で。頭にキたんで逆襲したワケだ。じゃあオマエも恥ずかしい思いさせてやろうと。
が。実際に言ってみるとこっちの方が恥ずかしかったワケだ。一度じゃ理解してくれない相棒もいるわけだし。
そんな恥ずかしい思いを二度して。ようやく逆襲に成功――――
「構いません。いつですか?」
失敗。何の臆面もなく言い切る平紗来未に惨敗する。
そりゃそうか。別に好きでもないヤツに誘われたって、恥ずかしくなるはずもない。冷静に考えればすぐわかったことだ。
「あー。やっぱ中止。適当なコースも思い浮かばないし、ってか知らないし」
現代社会のデートコースなら思いつく。だがここは鏡面世界。映画鑑賞も無ければウィンドウショッピングも無い。
だと言うのに、目の前の意味不明な何かは首を傾げる。
「――――異邦者を探す、のではなくてですか?」
ごくごく普通な単語。男が女にデートしようと言えば、することはひとつしかない。勘違いは多々あれど、索敵と間違うヤツはいない。
二度目。カチンと来た。頭にキた。勘違いではなく本気で、彼女は、その真意を測りかねている。
つまりは。平紗来未という少女はそんなことをしたことがない。
平紗来未は――――遊んだことが無いということ。
「明日。昼間、出かけるからな」
だから、ぶっきらぼうに時間だけを指定して、階段を上る。
少女には楽しいことがわからない。楽しんだことがない。それを教えてやるヤツもいない。
罪悪や、良心より。怒りが意識を支配していた。
はい、と小声で。頷く声だけが支えだった。
チグハグだった。もう全てが。やることも反応も全てがおかしかった。
楽しみというのを知らない少女を相手に、デートをする。そんな無茶をやってのけるには、怒涛の攻撃が必要だ。
そして結論。
「オマエ、したいこととか無いのか・・・・・・?」
ギブアップである。元より鏡面世界はよくわからない。アウェイ・ゲームであり、自分でも何をしているのかよくわからない。女の子は動物好きだ、とか言って自然観察してる場合ではなかった。
「特には。ですから、貴方に任せています」
そう、少女には意志が無い。退屈だからだろうか。投げやりじゃないかと思わせるまで意志が無かった。そんな態度をとられたからには、逆に燃えるってもんだ。
格安の大根には目もくれず、大通りを肩を切って歩く。くそ、この子の趣味嗜好がまったくわからないんじゃプレゼント攻勢も無駄に終わる。下手をすれば、そこの大根もらった方が今晩に役立つ。
しかし、誘った以上。何とかするのがオトコのギム。
どっぷりと陽が暮れるまで疾風怒濤の攻撃を浴びせるのみだ。
「本当に甲斐性の無い方ですね、貴方」
冷たい。怖い。寒い。イヤだ。今日一日という感想を一言にまとめ、氷の視線を送ってくる相方。それで開き直るのもアレなので、とりあえず黙って視線を外した。
ショッピングも何もない。ただ時間が許す限り街の中を回っただけだ。だって、他になにしていいのかわかんねえし。この世界に娯楽は無いのか。
ふん。甲斐甲斐しい男なら我が友、君塚冬真を推薦する。他人が見ればニートだろうけど。
「そっか。つまんなかったか。悪かったな」
「つまるもつまらないもないでしょう。当てもなく街中を時間いっぱいに回りまわった力技でした。それはそれで特訓のようで楽しげではありましたが」
思わず、笑う。彼女は必死で今日という日を良い思い出にしようと繕っている。冷静な顔で、そんな感想を漏らす来未は本当に面白い。だからだろうか。このまま今日を終えて、日常を取り戻すことを恐れた。
最初に想ったこと。それを果たすまでは、諦められない。
「ついて来い。今日の締めだ」
ええ、と優雅に頷くのを見て、加速する。地面を疾駆し、驚く群衆を尻目に、一気に跳躍して空を目指す。抑えられた速度。加減したスピードを保ちつつ、必死に追いすがる相方に合わせる。
屋根を蹴り、再び大地へ。片足で着地し、地面を削りながらさらに加速。それほど力を込めたつもりは無かったが、来未は多少遅れたようだ。
目の前には衛兵が二人。槍のようなものを突き出して、構える。ぐるんと一回転。強烈な回し蹴りで強襲し、昏倒する二人を踏み越して中央路を突っ切る。
城壁を突破。続く橋を通過し、門前にて飛翔した。
突き出たテラスに躍り出る。街を見下ろす景観と、花壇が置かれた空の大地。城は大きく、天に向かって立っている。時は夕暮れ。赤い射光を背景に、もう一人の天使が降臨する。
咎めるような口元。表情は相変わらず不機嫌そのものだが、目だけが笑っていた。
「まさか、城に乗り込むとは。やはり一度、その傍若無人ぶりを矯正する必要がありますね」
東の空が藍に染まる。白い月、行く雲を追いかけるよう、月天流れて星海を進む。
陽が落ちる。空は間もなく夜に覆われるだろう。
「久し振りに、空を見たんだ。夜空の星を数えるなんて、子供の頃しかしなかったけど、久し振りに見上げてみたんだ」
自分でも驚くほど、声は穏やかだった。気が緩んでいるのだろうか。まさか、こんな敵地で。
ずっと気を張って――――戦ってきた。
「俺はね、別にこんなことをしたかったわけじゃなかった。ただ普通に生きてきて、そこらの人間と大差ない人生を送りたかった。世界を救うなんて御免だ、誰かを守るなんて重過ぎる。けど、結局はこうさ。平紗だ夜神だって、予め運命みたいに決められてたんだよ、俺のレールは。だったら、やるしかなかった。いきなり日常から放り投げられて、世界を救えってな。やりたくなんかなかった。けど、それで誰かを救えるなら、それで誰かが笑えるなら、良かった」
「でも、敵だ何だって言っても、ヒトだ。相手の今までの道程、これからの道筋、関わった人々、それら全てを無視してゴミみたいに斬り捨てるなんて、出来るもんか。それでも斬って、斬って、傷ついて。相手の悲哀が手から通じて。もう、何もかもわからなくなった。自分は救っているのか、傷つけているのか。そう、何もわからなくなった」
「だから殺した。殺して、殺して、わからないということさえわからなくなるまで殺した。もう前後も左右も無い。善悪も良心も罪悪も何も無い。不思議な話だ。世界を救うという大層な役目を押し付けられた結果、世界を殺す悪鬼が完成した。誰もが怒るさ、誰もが悲しむさ。それは俺自身も同様だろうな。まぁ、もうそんなこともわからないんだ――――」
知らず、愚痴に似た後悔を吐露していた。気付けば空は夜の闇。天は海に代わり、星々が鳴いている。
少女は黙って聞いていた。立ち尽くし、両手で胸を押さえ、辛楚を感じる表情でただ一点、此方を見ている。
自分は、何をしているんだろう。弱さを曝け出して、慰めでも欲しかったのか。救いの言葉を求めたのか。そんなものは、甘えだ。一度戦うと決めたなら、それがどんな経緯であれ、決めたからには責任を果たせ、義務を遂げろ、意志を貫け。
そんな弱さはいらない。涙は枯れ、心は凍り、目は敵だけを凝視する機関と変われ。
「用事を思い出した。悪いが、先に戻ってくれ」
そう、彼女の存在を断ち切って、姿は暗殺者へと変貌した。
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