Geschick
Mobius of Rebirth-6
「ベアトリーセ、ノイシュヴァンシュタインに急行しろ。ソルは彼女の指示に従うこと。俺とアーシュで白鳳へ乗り込むぞ」
時間はあまり、無いだろう。雪がちらつく冬の街。早々に決着をつけなければ、彼女の願いを果たせない。神争の破棄。作り物の未来ならこの手で壊すしかない。
空を駆ける。雪降る曇天を切り裂き、リミッターもそのままで、全速にて駆け続ける。場所はすでに知っている。来未を連れて、そのまま、白鳳の天守から襲撃を開始した。
大広間へ急ぐ。階段を落ちるように下り、畳を蹴散らしながら、その間に到達した。
血が薫る。それも、幾人もの分量だ。広間は血に濡れ、しかし、確かな鼓動を感じ取った。およそ中央で横たわる浅川柚葉に近付き、そっと、隣に座った。
「ヤツはどこまでも甘いな、朝里」
「ああ、だろうな。それで、冬真は?」
「ガブリエルを追った。三輪神社の桜だ」
柚葉の傷は、爪撃によるものだ。人間の仕業ではなく、吸血鬼の王、ガブリエル・シュトラウスの仕業だとすぐに理解した。まだ意識を保てる柚葉を肩に背負い、もう一人、アセリア・リヴィエルロットを今度は左肩に担ぐ。
来未は奥から、エリオットを引っ張ってきたようだ。さっさと引き上げて、三輪の桜に急行しなければならない。
「歩叶がついている。大丈夫だ、まだ時間はある」
「そうか。よし、来未。先に、行ってくれ」
代わりにエリオットの大柄な体を背負う。ノイシュヴァンシュタインなら、無事だろう。もし壊滅していたとしても、ベアトリクスを先に派遣している。
力を込め、加速する。休む時間など許されない。一人でも多く、救ってみせる。
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(Diana) - Divina Commedia -
もしも。もしもの話、自分さえ残っていれば、こうならなかったのではないか。皆が生きてて、笑ってハッピーエンドを迎えられたのではないか。
ただ気付いたのだ。英雄になるつもりなどない。さしたる願いも持っていない。自分は、誰にも泣いてほしくなかっただけ。だから味方だろうと敵だろうと、生きてる以上は救わなくてはと思った。味方だけを救う救世主なんて、嘘だ。一方を泣かせて一方を笑わせるなら、いっそ誰も救わない方がいい。
理想。狂気じみた理想だった。けれど、どうせ願うなら、理想の方がいい。下手に現実じみた空想などいらない。
桜の樹。三輪神社に咲き誇る、異端の樹。それが、無かった。君塚冬真のせいだろう。境界能力を駆使して世界に線を引いた。結果として、発動点である場所そのものごと狭間に飲み込まれたのか。
知らず、唇を噛む。成長してくれたことには敬意を払おう。敬おう。ただ、どうしてオマエがこうなった。均衡を崩してまで、力を欲したのか。もう理由も遠く、遠く、記憶の彼方に。壊れた意識に眠るのみ。理由は見えない。ならば、意義も価値も見出せない。あるのは、必然だけ。
覚悟を、決めた。彼女が呼んでいる。何より、彼女が泣いている。吸い込まれるような闇へ、黒衣をはためかせて飛び込んでいく。
再誕。魂は星に、そして世界に還る。
此処が命のいずる場所。輪の中心、螺旋の交わる場所だろう。碧の光が飛び交う最中、赤い目をした観測者は――――彼と出会った。
「――――吸血鬼。根源となるか」
長身痩躯の男がいる。互い、黒の衣装に身を包んでいる。吸血鬼の王は声に気付いたのか、満足そうに頷いて侵入者を見た。
「とうに忘れたがね。此処には全てがあり、全てが無い。それこそが永遠というものだろう。ただ、何故私は此処を目指したのか。言うなれば、解放の為だ。人類の解放、などと戯けたことを言うつもりではないが」
言葉を切り、黒い天を見上げる男。感慨深い、というわけではないだろう。今の彼には、全てがあって全てが無いのだから。
ガブリエル・シュトラウス。「契約」の力を持って、吸血鬼のルールを作り上げた男。言うなれば、法律だった。違反する者は、ガーシュウィンの「制約」によって罰せられる。
それは、自分でさえ縛る。そして、彼女さえ縛った。
「御託はいらねえよ」
理由など不要だ。目指した意味など必要なく、ただ結果だけを求めると男は言う。その反応に半ば驚き、そして満足したのか。根源に辿り着いた吸血鬼の王は、笑顔を向けてから頷いた。
「――――ただ、此処にリリスはいない、ガブリエル」
視線は直線。笑みを浮かべる吸血鬼に、そんな簡単な答えを持って返した。親しげに、ファースト・ネームを呼びながら。
「オマエが求めていたのは、多分彼女さ。リリス、そしてアセリアに母親の姿を垣間見てな。どうして彼女が生まれたのか。そして、何故自分が生まれたのか。いや、違うか。何故異端が生まれたのかだ。答えは回帰する。異端者などというものは、リリスそのものだ。自己の意志によって己を進化させてしまうもの。結果はどうでもいいさ。その願いを貫くこと。変わろうとする人の意志それこそが、オマエの答えだ」
「ふ、まるで理論的ではないな。私が求めたのはそんな答えではない。失われし環、欠けたピースを探すことこそ我が使命。嗚呼、故に私は――――彼女を求めたのか」
繋がらない線がある。例えば、猿はどのように人になれたか。見つからない繋がりがある。例えば、リリスはどのようにして発現したのか。根源はわからない。だから、彼女を求めて此処に来たのか。
異端を支配するのではなく、解放する。その原因を知り、今この世界に生きている人間と同じようにしたい。そんな、新進気鋭の政治家めいた思想を持って、シュトラウスは動いていた。そう、あくまでも過去の話。今がどうなのか、もう、結末は出ている。
世界は確かに構築され、今もこうして、立っていられる。
「変化を望まないわけじゃない。変革なら望むところだ。革命でないなら、な」
「その必要もあるまい。貴様が何者かは知らんが、君塚冬真は止められん」
そうして、世界を一つにする。
ガブリエルが望んだのが「解放」ならば。君塚冬真が望むのは、「共有」だ。
幸福も、罪も。正義も悪も全てを内包する世界を望む。解放による自由も、共有による自由も大差はあるまい。自由とは名ばかりの、無意識下に流す自然なる管理に違いない。
「動くな。止められないだろうが、万一がある。そして刃向かうな。根源を手にした私に戦わせるな」
絶対的優位からの物言い。当然か。今のガブリエルはアセリアどころの話ではない。君塚冬真を持っても勝てるかどうかというところ。
怪物じみた敵を前に。一歩、踏み出してみた。
「なら、始めよう――――今宵の月は少々、紅く荒い」
月夜に輝く鬼がひとり、夜神が参る。
「勘違いだよ、お前たち皆。俺にはわかる。根源などありはしない。そんなものは信じたお前の脳にしか無い。ふ、柚葉の狙いがわかるか。あの女は最初から知っていたさ、根源など無いとな。いや、確かにあるだろう。だが、それはお前の望むものじゃない。アカシックレコード?星の記憶?は、まさかガブリエル、レムリアが眠るとでも言うつもりか?長く生きすぎたよ、オマエ。最初の願いはなんだった?ミッシング・リンクを求めるその理由だよ。根源など必要ない。ただお前は知りたかった。異端は何故生まれたか、リリスはなぜ?ありもしない答えを求めて彷徨うだろう。絶望したお前が縋ったのは、ありもしないアカシックレコードの存在。星が全てを記憶している?ああ、確かにそうかもしれない。アカシックレコードもあるのかもしれない。ただな、ガブリエル。お前の望む形ではないだろう。お前の中における星の記憶の概念はな、ははは、19世紀の与太話だ!神智学、神秘主義の下らない作り話だよ。笑えるな、笑い話だよ、ガブリエル。そこまで絶望していたのか。かつては崇高な意志を持っていたのかもしれない。だがそれも千年。やがて、腐る」
吸血鬼の王は、何を思っただろう。夜神色の声は、それこそ絶望と共に思考を漂白していく。白い意識。最後に残ったのは、生への執着だろう。
駆け抜ける銀の風。すでに、眼前。反撃の暇さえ許さずに、夜神色は接近し、肉薄する。
数は幾多。振り上げる腕が分裂する。闇雲に、反撃をしてみようとガブリエルは思う。
恐怖が誘う最高の一撃。闇雲で、鋭い、吸血鬼の反撃。
「オマエの時代は終わっている。未来にオマエの居場所は無い――――!」
突風が、吹き抜けた。
いつか、悠久の彼方に、あの人の娘は言った。我々は夜に支配される者なのだと。おそらく、逆らったのは自然の摂理。神に抗う精神。それで理解した。
ああ、勝てる道理など無い。消え逝く意識で、月を見上げた。
片目を押さえ、光る隻眼でこちらを射抜く姿。
それはまるで、夜に浮かぶ満月によく似ていた。
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幻想の狂想。世界が夢見た生命の天使。矢上彩は静かに光臨し、なお、神々しいままでいた。平紗歩叶。朝里煌貴の抜けた矢上彩。自身そのものと対面し、色は聖女へと近寄った。
来未は無事だ。彼女を持ってしても、彩は止められないのか。何もしなければ、何も起きない。だがそれでは意味がない。此岸に戻った理由は、神争を破棄すること。
「ディアナ。干渉は契約違反よ」
「悪いな。それでも、もう間に合わなかったのかもしれないけど、俺は、」
「一緒に帰ろう、歩叶。皆揃って、ハッピーエンドだ」
そのためなら、どんな手段も講じよう。世界がそれを許さずに、敵対することになったとしても。
来未を抱き起こし、冬真に預ける。アイツも、傷だらけだ。様々な思惑や想いがあって、激突した。笑顔で今をいられる者など、いないだろう。
「煌貴、まさか」
「お。俺がわかるか。アーシュを頼んだ。俺は俺を、止めなくちゃ」
彩の死界に入れば、命は無い。例外はこの月のみ。循環する願いを託し、剣を抜いた。
黒い剣が腕を喰らい始める。長くは保てない。一振りしか許されない。故に、必殺の位置に入って、倒すしかない。
戦いの傷は癒えず。連戦さらに転戦を繰り返し、それでも、これが最後と決めて、夜神色は地を蹴った。
腕が燃える。あの魔眼、対魔力を持っても打ち消せない。当然だ。アレにはモルガンの加護がある。左手に持ち替えて、右手を楯に視線を封じる。視界に入らなければ、焼却されることは無い。
「何故戦うの、ディアナ。干渉することは許されず、貴方は傍観に徹するしかないのに」
「オマエこそだ、エリスレア。その手を握って連れ帰る。それしか、今は考えられない」
彩は拒絶する。世界の幻想は、日常への帰還を望んでいない。望めない。二世界を司るエリスレア。彼女にとって、月の身は外敵でしかない。世界を破壊する器。月の接近を拒む世界。
「鏡面世界か、天上世界か。どちらが正しいとは決められず、どちらが誤っているかはわからない。しかし人はどちらでも幸せになれ、どちらでも不幸になる。もし、その手にどんな願いも叶う力があるのなら、遠慮などせずに振るう。それが他者を排する結果でも。世界は守り手。貴方が力を欲するなら、止めなければならない。まして貴方は月、干渉など」
「俺が欲しいのはオマエだっつってんだろこの頑固者が――――!」
大きく跳躍する。空にいる君へ。接近、手が触れる位置。右手は燃えている。左の剣を振るより早く、撃墜するように放たれた剣で串刺しにされ、払われる。
失敗。だん、と強烈に叩きつけられ、起き上がる。彩の手には、光の剣。ハイロゥをそのまま線状にした、無色の剣。血が滴り、うっすらとその形状が浮かび上がる。
「……日常なんて、あるはず、ない。もう帰れない。帰ったところで、何も無い」
目に力が篭る。咄嗟に、跳んだ。視界を外し、燃え盛る地獄から抜け出す。
そう、帰る場所はとうに無い。戻れないことなど百も承知。それでも、願ってはならないのか。
「――――帰っても、私たちには破滅しかないというのに」
天使が急襲する。空を蹴り、一直線にこちらへ。空襲。地を抉る一撃を回避し、黒剣を構える。第二撃。防ぐことは、不可能。空からの一撃は重力により加速し、衝撃は倍増。受ければ、その炎で燃え尽き、衝撃で砕ける。
――――狙うは、その刹那。
「知ってるよ、そんなことは」
天使は守り手。神争の願いを守る者。願いを持つ者を滅ぼす役目を負うだろう。だから、戦わねばならなかった。この身は、願いそのもの。夜神色という名が象徴する、願いの存在。相容れることの出来ない、星と月。
黒剣を引く。半身になり、左手を引いて構える。天使が来る。受けも流しも回避もしない。正面から、迎え撃つ。天使からは、逃げない――――!
女性の、声。瞬時に意識を取り戻し、夥しい血を口から吐き出した。内臓が損傷し、血液が逆流したのだろう。来未の悲鳴、だったのかもしれない。
見れば、抱き合うように彩がいた。その背から黒剣を生やす姿は、およそ天使の名に似つかわしくない。こちらも同じように、黒衣の背から天使の剣を生やしていることだろう。
重みが、抜ける。否、正確には重さが増した。抜けたのは、きっと、魂。命の抜けた体を抱き、黒剣を引き抜いた。まだ、倒れることは許されない。勝者には賞品を。願いを叶える資格を。
「ここは螺旋の中心、再誕の環。その願い、生命に特化したものなら、矢上彩を生き返らせてみろ――――」
翠の光。廻る魂の中心点で、そう望んだ。願いは一つ、君と共に、日常へ帰ること。果たせなかったこともあっただろう。だから、もう失敗はしたくない。今度こそ、帰れるように。
されど、殺してしまった罪は消えず。夜神色は、またひとつ、その罪を増やしていく。そうしていつの日か、裁きの時は来るだろう。破滅しかない道の終わり方。それでもいいと納得して、進んできた。なら、こんなところで立ち止まってはいられない。
全世界を敵に回しても、世界と生命は味方してくれるだろうから。
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