Geschick

Mobius of Rebirth-4

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(ハイペリオン/4)                       - Geschick -

 ニネヴェから北上し、ティルスを望む。五千に分けた軍団を三、率いて少年王は斥候の報告に唖然とした。距離は十里。すでに戦域に入っていると言ってもいい。
 驚きは二つ。城壁に張り巡らされた射手と、街道を封鎖するただ一人の敵。恭順の意さえ表明していたというのに、強硬派が主力を握ったということだろう。そして事実、兵を率いて抗おうとしている。軍団レギオンに敵うのは私軍ミリシア。やるではないか、と少年王は思った。
「街道の敵は一人きり。軽く潰して城門に取り掛かるしかない。ベルゼビュート、一個軍団を率いて前進せよ。我は本陣を連れて後詰とする」
 黒い貴公子が前線へ去っていく。第一の将は即座に城壁へと進撃するだろう。ゆっくりと五千の兵が動き出す。さらに後方、もう一軍団がメフィストフェレスの指揮で、軍事船に乗って空中より進んでいた。
 ティルスを落とす。理由は様々だった。セレスト・ミリシアと優秀な飛空者を確保することが第一。ニネヴェは、外敵を抱えているのだ。故に軍事国家であり、優秀な軍人を欲する。
 ――――バビリム。かの騎士、夜神色が参上したとされる神の門。ニネヴェは、神の門番として存在し、バビロンを監視する国家。
「第一軍団、敵前方二里にて停止。街道を塞ぐ敵は、夜神色ただ一人です」
 ベルゼビュートから伝令が届く。やはり、あの男か。少年王は深く、息を吸ってから高所に立った。四人の兵卒が持つ屋根の無い輿車のようなものだ。
 夜神色が、いる。黒衣が街道の横から吹き付ける風に靡き、黒髪が、そして外套がはためいた。

「少年王よ、我等が空の民は力に屈しはしない。果てない我欲でこの身を喰らうと言うのであれば、死、その一字あるのみ。覚悟せよ、そして恐怖せよ。なお進むと言うなれば、滅、その一字あるのみ」

 見事である。夜神色は仁王に立ち、大音声を響かせる。威圧感、そして恐怖感。兵たちが呑まれるのを感じる。それは少年王ですら例外ではなく、わずかに、震える身を勇気で奮い立たせた。振り切るように、旗。前線、ベルゼビュートの指揮する歩兵が前へ、出た。
 押し潰せ。無言で、叫んだ。歩兵は五千。さらに後詰とした一万がいる。後詰の兵に弓を持たせ二千を、前進したことで出来た空隙へ埋めるよう指示する。
 敵は一人なのだ。軽く、五千で踏み潰せばいい――――!
 衝突する。前線の兵は縦列に、横に展開しつつ街道を覆いつくす。ぶつかるのは、およそ二十名にもなる歩兵。短剣と楯を装備させた近接戦闘用の兵。
 色は、中央。左右に抜けていく兵を意にも介さず、正面中央で激突する。五人が、宙に舞った。左に剣、右は徒手で臨む敵は、ただ一度の踏み込みで五名を殺傷し、空へと飛ばす。
「左右から押し、包め。すり抜けた兵は城門の前に夜神色を排するのだ」
 すり抜けた兵士は左右。中央の五人が飛んだだけだ。その、左右から抜け出た兵士が、倒れた。城壁、門の左右に立つ二人の騎士によってだ。王女ベアトリクスと、騎士平紗来未。さらに並ぶ、民兵の射手。
 左右には弓の守り手がいる。よって、色の横を抜けたとしても、城門から放たれる矢によって倒れるだけだ。故に、夜神色は左右を無視する。抜け出たところで、上の仲間が処理してくれると背中で信じている。
 血煙。中央は残虐な屠殺場と化した。血の霧は一向に晴れる気配を見せず、道の中央に立つただ一人の鬼神によって、阻まれる。これだけの人数でも押し包めないのか。
 まずは、城壁の射手を黙らせることにした。メフィストフェレスに命じ、カーゴを使っての上陸作戦を展開させる。カーゴにはおよそ十名が乗れる。飛空者は二名ずつ。およそ三十の船があり、少数精鋭で組織されている部隊だった。
 上空を埋め尽くす黒い影。雲に似てじわじわと侵食していく。速度は、出ない。だが弓矢程度では撃ち落とすことは出来ない。これで終わると――――思った矢先に、二度目の驚きを少年王は迎えた。
「なんだ――――あれは」
 迎え撃つ敵船の姿。アヴィヨン率いるエール・ティル。彼女らは、およそ箱舟カーゴと呼ぶには相応しくない何かに乗船していた。
 船は二種。アヴィヨンが乗る巨大な、軽く箱舟の十倍はあるガレオン。そして小型で、舳先の尖った速度重視の高速船フリゲード。合わせて十ほどしかない。だが数が問題になろうか。あれらはこちらの船を簡単に凌駕してしまっているのだ。
 巨大なガレオン船には、何十もの兵士が乗船していた。その全てが、どう考えても射手ではない。否、兵士ですらない。彼らは、空の国ティルスを代表する能力者スキルプレイヤー――――!
 迎撃される。炎、水。能力者のレベルが違いすぎる。空行く船は敵船によって阻まれ、兵士を乗せたまま地下へと落伍していった。こちらとて、精鋭。貿易都市ビブロスを代表するエアワーカーを揃えていたというのに、勝てない。
「もういい。箱舟を下がらせろ。代わりに後詰の弓兵と能力者を前に、歩兵を下がらせろ。遠距離から夜神色を射撃するのだ」
 ベルゼビュートの軍団もかなり磨耗しつつある。押し包めず、逆に貼り付けられて、城壁から狙い打たれている。かといって中央突破を目論めば、鬼神によって血煙に消える。全体から見れば、こちらの損害は少ないものの、いつまでも攻めきれない愚をベルゼビュートはしないだろう。
 前線の歩兵が下がり始める。後詰の兵士が収容しつつ、矢を天空に向けて放射した。同様に、能力者たちがスキルによる攻撃を開始する。
 街道は、虚無。おかしい、と少年王は思った。夜神色の姿など、とうに消え失せてしまっているのだ。城門に入ったのか。矢は地面に落ち、刺さる。そこに、敵の姿など無かった。
「よし、好機である。全軍を持って突撃、城門を突破せよ――――!」
 後詰の歩兵が前進し、下がったベルゼビュートが後ろに続く。勢いを取り戻した兵士たちが、一直線に街道を突き進み、城門へと襲い掛かる。

「――――Kaiser Halo」

 何かが爆発した。城門から放たれる光の波。平紗家が持つと言われる、後光の力。ハイロゥと呼ばれるそれを前方に展開、照射した極大の光。街道を進む兵士たちを薙ぎ払う光の一撃。
 そうして光から現れる、鬼神がいた。呆気にとられ、呆然とする。兵士たちは怖気づき、後方へ逃げるしか出来ない。抜けない。ただ一人だと言うのに、抜けなかった。
「被害報告、です。第二軍団はほぼ壊滅状態、ベルゼビュート将軍が救出に当たっています」
 こちらの手勢は一万ほどに減っている。それでも、まだ優位。それさえ忘れなければいい。相手の切り札に怯え、弱気になることは無い。俄然、こちらが勝者に近い。それは覆ることの無い真実。
 進めない。自然と、膠着状態になった。敵としては、それでいいのだ。攻めているのはこちらであり、前に進まなければ勝つことは出来ない。
「レヴィアタンを呼べ。夜神色を、消すぞ」
 つまるところ。この決戦は自分と、あの男の勝負なのだ。勝者が決戦の勝者となる。


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 辛い戦いだった。しかし、甘さは無い。名も無き敵兵が為、そして斬り捨てた命が為、栄光を望むには少年王を打倒しなければならない。
 敵陣が、退いて行く。すでに夕暮れ。落ちかけた陽の中、新たに蠢く敵軍がある。精神は磨耗し、疲弊し切った肉体を酷使して、一歩、前へ。
 斃れようとも、悔いなど無い。後は来未が上手くやるだろう。故に、夜神色に恐怖も後悔も無い。ただ、信ずる。それに必ず、応えてくれることも信じている。
 敵将。自身と同様に、黒衣を纏った痩躯の男だ。その隣に、黄金の少年王が見えた。
「――――追いつく、届く、この手は、勝利を掴める」
 死ぬ気など無い。死ねるわけがない。きっと、笑顔で皆が帰還できれば、それはなんて、幸福なのだろう。末期の夢。城を背負った暗殺者は、束の間、そんな誘惑に捕われた。
 進んで、進んで、群がる兵士を一手に引き受けて。あらゆる傷を受けながら、あらゆる障害を打破して、終ぞ、色は少年王へと。
「王の手を煩わせることはない。さぁ、止まれ――――!」
 黒い貴公子が迫る。両手に剣を持ち、全力で振り下ろすその姿。敵は巨躯。二メートルに届かんとする巨身か放たれる豪腕の一撃。
 右手。右手では押さえきれない。武器で受けろ。剣。血糊と脂で鈍った剣なら、破棄しようが問題なぞ無い。左手を上に。剣を頭上に持ち上げ、水平にして刃に右手を添える。
 衝撃は、強く、硬く。重さで右手の平に突き刺さる刃。痛みなど、とうに限界を超えている。曲がった剣で受け止めて、右へ流した。もう一撃、残っている。敵は二刀。がら空きになった右へ叩きつけられる一撃を、右腕一本を捨てることで守った。
 腕が宙に舞う。武器など品切れ。魔力も底を尽いた。戦う術など残ってはいない。
 ――――それでも。諦めてはならないのだと魂が訴えた。

Wir我ら habenは持つ,『Dritte Wille未来への 意志ist hierは ここに――――」

 王女にもらった、左手の剣。切れることなど無い剣を、敵の胸を目掛けて投擲する。そのまま、左の拳で、砕いた。砕けた鉄の破片。それなら、突き刺さる。
 足りない。こんなものでは、致命傷にならない。

「■ky ■hick w■th ■nduring ■uster ■sterism」

 蒼い。蒼い光を握る。剣だ。長剣とも短剣とも言えない、華美なる剣。何でもいい。黒い貴公子目掛けて、渾身の一振りを放つ。
 斬撃は鋭く激しく、かつ速い。回避を許さず、両断し、最期だと信じて少年王へと飛び掛る。霧散する蒼い剣。構っている時間は無い。再度呼び込む余裕も無い。このまま、突き進むしか残されていない――――!

Dies irae怒りの 日, dies illa teste David cum Sibyllaその日 こそ 世界 は 灰に. Quantus tremor est futurus, 審判者 は 訪れるquando judex est venturus,全ては 厳しく 裁かれる cuncta stricte discussurus.世を 恐怖で 彩るだろう Dies irae, dies illa怒りの 日 それ は "Pandemonium"万魔集う叛逆の都


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(聖魔決戦/1)                       - Geschick -

 漆黒の杭が肉体を貫く。右腕を失った満身創痍の体を無情に引き裂き、あらゆる角度、あらゆる箇所に突き立つあらゆる武器がある。
 すでに。英雄の姿は見えぬ。剣と槍で覆いつくされ、針鼠を想像させる形状へと変形していた。それは、命の枯渇。枯れ果てた魂は浄土へ、遺されるは傷つき疲れた死体だけだった。
 ベルゼビュートを殺し、少年王さえ貫いた意志。だが、何故か二人とも生き残り、殺害者である者が死んでいた。二者は不死。およそ通常なる武装では殺せない存在。それは吸血鬼のように擬似的な不死ではなく、本物の不死者だった。
 殺しきれない、のではなく。殺せない。
「――――イヤだ。イヤだイヤだイヤだ」
 何事かと呟く聖女を、王女は見た。手が止まり、目は麗しい髪に隠れ、表情は読み取れない。殺到する敵軍を前に、夜神色でさえ蟷螂の斧であったのか。消え行く灯火の如き現状を前に、なおも、抵抗は続く。
「意志を無駄にするな、戦いはなお続いている。決めたのなら迷うな、未だ終わりは迎えていない。幸い、敵兵数は減少している。今なら、打ち崩すことも不可能ではない」
 城壁を飛び降り、ベアトリクスはあらかじめ伏せてあった白兵戦用の歩兵を束ねる。数にして百ほどか。敵兵はすでに一万を切っており、直接戦闘に加わるのは五千である。城壁からの援護があれば、指揮と士気で乗り切れる可能性はある。
 アヴィヨンがガレオンに乗り、再び宙に舞う。城壁の兵は、平紗来未に担当してもらうしかなかった。リュック・メルレを副官とし、ベアトリクスは再度、聖女を見上げた。

「ヤだ、ヤダよぅ。私はちゃんと言ったのに、ちゃんと教えたのに、言えたのに……っ」

「平紗ッ」
 怒声が響く。死に打ちひしがれている時ではない。無論、悼む気持ちは王女にもあるが、全ては今を生き延びてからだ。さもなくば、地下で再会することになる。
 きぃん、と。耳鳴りが響いた。音は強く、脳髄に直接叩き込まれたようだ。誰もが耳を押さえ、その場でうずくまった。敵も同様である。城門を開き、外に出ようとする自軍を支えつつ、ベアトリクスは今が好機と判断し――――直後、目を見開いた。
 銀の髪、赤い瞳。右手に細身の剣を握る、聖女がいた。セイクリッド。現代に住まう異端であれば、誰もが知る名前。音の正体は、あの剣らしい。セイクリッドの持つ剣といえば、あの高名なる神剣しかない。
 アーシュ・リーティア。聖女と名高い、絶世の美女。彼女は未だ表情を隠したまま、叩きつけるように、街道へと剣を突き立てた。
 大地が震える。振動が響く。地震か、とベアトリクスは思った。だがそんなはずがない。ここは空中庭園。地表が揺れ動いたところで、関係が無いのだ。なれば、あの聖女が引き起こしたに違いない。
 街道が崩れる。光の道が消滅する。敵味方問わず、あらゆる生命が地下へ送り込まれる。
「ソル・テオゴニア。貴様だけは、必ず――――殺す」
 悲鳴に紛れ、聖女の怨嗟が空を覆っていた。

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「いや、まぁ。こんなコトだろうとは思ってたが」
 それにしては、想像とは少々差異がある。目覚めた場所はフトンの上で、畳の和室だったりするのだ。そして目の前には、白衣の医者。
「驚いたぞ。朝里、お前さんが来るということは、我々は負けるということか」
「あァ?神争の話か?あー、もー、死ねない体ってのも辛いなぁ……」
 夜神色は死ねない。死という概念が生命の消失であるなら、確かに死とは無縁なのだ。夜神色の魂は即座にもう一方の世界で再生され、蘇る。繰り返しだ。それは誰もが同じ経路ながら、転生周期をゼロにしている以上、蘇生という言葉に近いものがある。
 人は死に、天国へ行く。天国で死ねば、現代へ行く。その繰り返しである。ただ、1に戻る。ゼロに戻るのは夜神色ただ一人。死者が再び現代で転生するのは、百年近く時を経なければならない。
 そして蘇生したとするなら。その場所はもう一人の自分がいる場所だろう。
「浅川柚葉がいるということは、吸血鬼の本拠か」
「ああ。神争はすでに始まった。アセリア・リヴィエルロットとフェイスタッドが君塚冬真に味方し、初戦はわたしらが勝利した」
「じゃあ助言そのいち。冬真のバカは暴走してて、Dっちゅーヤツを殺してしまう。それをエリオット・ガーシュウィンと止めてくれ。あ、そうそう。西川彼方を助けたから、アセリアは強いぞ」
 あんな未来は、御免だ。だから教える。皆が揃って、終幕を迎えられるように。
「ふむ。だがいいのか?それは未来の改竄かいざんなのではないか?」
「いいんだよ。未来ってのは千差万別、選んだ選択で幾重にも広がる。あらゆる可能性を『現在』が内包している限り、いくらでも変えていいんじゃないか。そういう未来もアリ、ってことだ」
 未来を変えても歴史軸の改変にはならない。そう、夜神色は未来から来たわけではないのだから。


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(Cross over: Angel)                 - Divina Commedia -

 大広間。城内で最も広い部屋で、騎士は侵入者を迎え撃った。
 敵は二人。矢上藍と、君塚氷彩である。前衛と後衛に分かれる二人を眺めながら、平紗の騎士は目を細めた。あの程度の敵であれば、問題など無い。劉世徳の能力を使うまでも無く、撲殺出来る。
 ――――そうして、平紗歩叶は「敵」と戦い始めた。

 吸血鬼の味方になったわけではない。ただ、君塚冬真が嫌いなだけだ。朝里煌貴の友人だから気にかけてはいたものの、至極勝手に、開胸手術などを施したことは遺憾である。
 矢上彩ならおそらく、彼の味方をするのだろう。しかし、今は平紗歩叶である。自身から朝里煌貴を失った今、君塚冬真に味方する道理は無い。敵対した理由は、それだった。エリオットに連れ去られて、エリオットという人物に好感が持てた。それだけだ。
 彼女にとって、「敵」は現代に他ならず、吸血鬼より現代人が敵になる。異界の住人なのだ。故に、君塚冬真も矢上藍も君塚氷彩も殲滅対象になる。彼女は騎士として、この戦いに臨んでいる。それは、異端の排除。平紗歩叶が現代で異端とされるなら、異端だと叫ぶ正常こそが異端になる。
 敵か、味方か。平紗歩叶は今までの人生で、それだけを信じてきた。騎士としての努めがそうさせたのだろう。
 朝里煌貴だけは特例である。彼は彼女自身なのだ。好意も愛情も、全て自己愛に似たものだ。あって当然なるモノ。それを排除されたということは、きっと、自己の喪失に近い。
 故に、彼女は君塚冬真と相容れない。

 戦いもすでに終局。幕の終わりに、致命傷となる一撃を見舞って――――

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 平紗歩叶の動きが止まる。矢上藍を打倒し、後衛である君塚氷彩にトドメとなる一撃を放とうとした瞬間だった。彼女が、何故か立ち尽くす男を見つけたせいだ。
「ナイスだ。止めてくれなかったら危なかったぞ、歩叶」
 朝里煌貴。同一なる魂が、再び邂逅する。騒ぎを聞きつけたのだろう、赤いマフラーの男が室内に入ってきた。体格のいい、優男だ。この男こそ、エリオット・ガーシュウィンだろう。
「お前が、夜神色」
「あいあい。闖入者はここらで退散するわ」
「む、待つのだ。貴方が夜神色ならば、この献上品を渡さねばならんのだ」
 エリオットは近付き、一振りの剣を与えてくる。リヴィエルロットが持つ剣。竜騎士の象徴たる黒い魔剣。北欧における呪われた剣。
 夜神色は月。そして吸血鬼は月に従う者。主従関係をはっきりさせておきたいのだろう。その想いを忘れれば、ガブリエル・シュトラウスやギュスターヴ・ガーシュウィンと同じになってしまう。だからこそ、アセリアは一人でも戦うのだから。
「厄介払いじゃねえのか、コレ?」
「そうとも言う。何せ、鞘から抜けば必ず血を吸う魔剣だ。三度まではいいが、四度は使わないように」
 黒剣ティルヴィング。必殺と必勝の運命を持つものの、四度目は自身にフィードバックしてしまう呪いがある。自身を蝕む吸血の剣。この刀身に触れたものを例外なく殺害する与死カイーナの剣。
 力に溺れれば、自滅する。だが、あれば使ってしまう。だからこそ厄介なのだろう。魔弾といい黒剣といい、どうしていわくつきでペナルティのある武器ばかり揃ってしまうのか。
「ま、いいや。遠慮なくもらってくぞ」
 すでに、夜神色にとって越境など問題ではなかった。特にここは白崎の地。桜を使えば、門になる。
 去り際、歩叶と目が合った。合うだけで、話はしなかった。また会える。言葉にすれば陳腐なものだろう。向こうも同じ感情を抱いているのか、満足げに見つめてくるだけだ。
「皆揃ってハッピーエンド。そんな終わりを、一度くらいは迎えてもいいだろ?」
 努めて明るく、背中越しに訴えた。譲れない想いがあり、引けない願いがあるとしても。神争という裏道を使って手に入れるのは反則だ。だから、皆で、終幕を迎えよう。そこから、物語は始まるのだから。
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