Geschick

Mobius of Rebirth-3

 先を見通す名君か、今を見れぬ愚者か。単に、その判断を下すのは難しい。結論として、王は逃げた。軍令は出されず、騎士にのみ決断が委ねられた。王女ベアトリクスが、王に代わってこの受難に立ち向かう。
 降伏論が多数を占めた。圧倒的なまでの差。五人で軍隊を相手することなど出来るはずがなかったのだ。甘んじて占領を受けよう、というのがティルスの意志となった。
「王の決断は強硬論者を黙らせるためだな。あくまで平和を愛すか。オマエたちはどうだ?」
 王城にて。色は騎士に問いかける。結局、暗殺は無かった。無血の道が残されているなら、賭ける。だが実態は、主戦論を抑えるための政治に過ぎない。決断を下さないという決断。他の閣僚の意見で持って、主戦論を封じ込め、降伏に導くためだ。
「私は、今を気に入っています。この生活がいい。乱すとあれば、戦うだけだ」
「少年王の性格から言って、事の発端は私たちでしょう。降伏すれば私たちはニネヴェへ行き、ティルスは支配下に置かれます。王女と同意見です。たとえ戦火に消えようと、私は抵抗すべきだと主張します」
 今がいい。変化を恐れるわけではない。出会いを拒むわけでもない。この三人と、友人たちを守ることこそ意味がある。今を守る。それが、騎士団の意志となった。
 そして、いつか帰ってくる者たちのためにも。帰るべき場所を残しておきたい。
「決まりだ。第二案で行こう」
 空中都市を陥落させるのは難しい。兵員の輸送には船を使わなければならず、ティルスの場合には城壁を超えて上陸する必要が生じる。一度に大量の兵を送ることは不可能であり、迎撃の機会はそこにある。
 空中戦。ティルスのエアワーカーは屈指の存在である。空中戦ならこちらに利があり、五人の騎士は船を目標と出来る。百人を載せた船でも、目標は一つ。それで百を落とせるのなら、勝敗は明らかではなくなる。
 即ち、第二案とはこの空中戦になる。城壁を越えて侵入しようとする敵船を迎撃する。船と船の戦いなら、勝てる。

――――希望が絶望へ変わるのには。眼下の衝撃と多少の時間だけで充分であった。

 窓の外。空を見渡す空ろの楼閣。王女の私室、テラスの向こうに異質な光景が広がる。その場の誰をも、時を止めて見入っていた。
 光。輝ける、道がある。足音を乱しながらやってくるアヴィヨンにも気付かず、ただ美しい何かに魅入るよう、此処へと続く光の道に見入った。長く続く道の向こうに、終着は何処だと探すように。
「通商路、です。空を断ち割り、街と街を繋ぐ交易路。大昔に利用された道路でしたが」
「軍勢が来る。ならやったのは少年王しかいない。第二案も潰えた。最後の第三案だ」
 輝く道から兵が来る。道幅はそれほどでもなく、第三案に適用可能だ。船と陸からの両面作戦。ならこちらも、両面で相手をするしかない。
 道幅が狭い以上、横に並べず縦列になる。こちらが兵を用意できれば、瞬間に衝突する兵数は同じになる。空からの敵は第二案によって迎撃をする。兵さえいれば、食い止めることも出来るかもしれない。
「確かに、それしかない。だが、色。通商路を使う敵をどう防ぐ?」
「俺が止める。説明をする。来未、来てくれ」

 窓を開け、テラスに出る。ここからは、王城がよく見えた。外城の向こうに伸びる光の道。人々が生活し、空を泳ぐこの世界が。
 来未だけが、後ろにいた。前にも、ここではないがテラスで会った。どうにも、テラスには嫌な思い出があるようだ。因縁のようなものだろう。
「無茶すぎます。無謀でしょう。おそらくニネヴェ軍は万を超えます。街道の幅が狭いとは言え、少なくとも千を殺さねば彼らは退却しません。百の兵ならまだしも、貴方一人では到底、可能とは思えません」
「まったく同感だ。そんなもん、物理的に不可能だろ。両腕伸ばして20メートルあれば出来るけど」
 冗談も通じないらしい。来未は腕を組み、冷たい視線で威圧してくる。それぐらい、切羽詰った状況なのだろう。
「そう、出来るはずがない。相手もそう思う。そうすりゃ、ちょっとくらいは被害が出せるんじゃないか?」
「微々たる損害でしょう。万の敵が百人死ぬのと、五人の味方が一人死ぬのではどちらが敗北ですか」
 相変わらず、厳しい。冷静に物事を客観視し、分析する能力は高い。そこに同情心や楽観視は存在せず、答えだけを求める。彼女は、夜神色なら算段があると知って、はぐらかすことに憤りを覚えているだけ。
「第二案は可能です。防壁からの遠距離射撃で船を迎撃、あるいは船に乗っての空中戦ならば、です。しかし、道を来る敵を滅することは不可能でしょう。こちらの兵数が不足しすぎています。平紗派の騎士を集めても、せいぜい十人かと。前線の兵を撃ち、しかし敵は門へ殺到し、やがて突破するでしょう」
 兵力が足りない。最大のネックが兵数である。無論、そんなことは誰が見ても理解出来る。
「ミリシア。そう、俺たちは民兵集団ミリシアなんだ。それを忘れていた」
 民兵。正規軍ではなく、一般民によって組織される武力集団。広義にはテロリストなども含まれるが、今回のケースで募兵すれば、それは義勇兵に近くなる。正規軍に順ずる義勇兵。それこそ、ミリシアと呼ばれる組織の実態である。
 騎士とは国に尽くす者。しかし、軍人ではなく民間人である。故に、ミリシア。義勇によって立ち上がった近衛の騎士が集まった存在。
「行動を起こすに必要なのは資金や権力ではあるが、まず人気というものがある。名声や人気というものは、人を惹く重要なファクターだ。しかし、それだけでは人は動かない。メリットを見せられ、かつ何か動機に成り得るきっかけというものが必要になる。要は、芝居さ。謎めいた騎士が単騎で敵大軍と迎え合えば、必然として心理はこちらに傾く。そこを平紗来未という人気者を持って説けば民兵は組織出来るだろう。何せ、亡国の危機だ」
 しかし、一般人に剣を持たせたからと言って兵士になるわけではない。組織的な訓練を施し、個人個人の力量を一定の水準まで高め、全体的に平均値へ近付けなければ戦闘にならない。軍令を徹底させ、規律を保つ。それでようやく、人は兵になる。
 そこまでする時間が無い。だから、直接、敵にぶつかるのは誰か。だが来未は、そこまで読み切れない。彼女は聖女であり、統率者であるが、軍人ではないのだ。
「民兵を組織することは可能でしょう。彼らに弓を持たせれば、城壁から攻撃が可能になる。ひょっとすると、打ち払えるかもしれません」
 希望を見出し、満足げに頷く来未を眺める。覚悟などとうに決めている。そう、この結末はすでに――――

「信じて、いいですか。人々を鼓舞した後で、必ず、戻ってくることを」

 そんな簡単な問いかけに、なぜか、答えられなかった。結末は知っている。数多ある終末の一つ。この選択をした夜神色の行く末。知っているからこそ、選んだのかもしれない。
「……色さん。前にも忠告したはずです。貴方が英雄になろうと構いません、理想とすることも厭いはしません。けれど、そこに貴方の救いはありますか――――?」
 真摯な瞳は真実しかない。聖女だからこそ、知っている。それは彼女が、過去に体験した事象。後悔など無い。だとしても、止めたいと願う想いはある。
 それは英雄の本質が、望む理想と違っているからだ。
「きっと、そんなモノはどこにも無い。だから創るしか無いだろう?新しく、挑んでいくしか」
 救えるモノと救えないモノ。簡単な話だ。ここで立ち上がって、ティルスを救うには「ソル・テオゴニアの願い」を切り捨てなければならない。英雄の定義があるとすれば、自身が絶えず信ずる歪んだ正義を貫くエゴイストに過ぎない。
 その、どちらをも救うと願い、動くならば。それはきっと、狂想だろう。
「貴方は、間違っている。全部救うなんて出来るハズがないんです。そのために、独りで帰らぬ戦場に立つなんて間違ってる」
「おかしいな。俺、前にも言ったんだけど」
 笑顔で、色は答える。いつか語った弱音の話。このテラスで、零れるように漏らした小さな弱音。与えられた力で誰かを救えればいい、なんて。子供じみていて、狂った幻想を抱いていたこと。
 夢物語だと知っている。認めている。だからこそ、万能の王は不可能に挑む。
「皆楽しけりゃそれでオッケー。万事解決、全てこの世は平和でした。理想にするにはそれぐらい甘ったるい方がいいじゃないか」
「でも、それでは貴方が報われません。いいように使われて、最後には捨てられるだけです」
「そうそう。でもまぁ、いいんじゃねぇ?裏方さんってのも悪くないし」
 最初から、裏方なのだ。眩しく脚光を浴びるのは、来未のような人物がいい。花形選手でなくとも、フォローをする選手がいるからこそ花形が映えるのだ。
「オマエは、皆に優しいからそんなこと思っちゃうんだな。もっと傲慢になれ、統率者ってのはそんなもんだろ。上から偉そうにあーだこーだ文句言ってりゃいい」
 二度目の別れは、笑みで。思い残す言葉は無く、どこか晴れた心でパートナーであった少女を見た。彼女なら、期待を裏切らない。きちんと民兵を組織し、やってくれるはずだ。信頼出来る人物。頼れる人間。彼女になら、命を預けても問題など無いだろう。
 二度目でも、言えない。再び言い逃した言葉を押し込めるのは、聖女。だから彼女もまた、笑顔で。何を言っても聞かない頑固者を送り出した。

決戦は近い。勝算なら作った、後は信じるだけ――――
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