Geschick
Mobius of Rebirth-2
「呆れた。オマエら、バカじゃないのか」
かの少年王と同じ反応をされ、心底、彼は呆れていることに気付いた。帰還した夜神色はどこからか話を聞きつけ、帰ったその足で真っ直ぐに王城へ駆けつけた。
「で、ケンカ吹っかけて引っ叩いて逃げてきたのか。ベアトリクス、オマエ、案外ドジなのな」
省略して説明すれば、そういうことになる。派手に二人で大立ち回りを演じ、ニネヴェの兵士を薙ぎ倒して強引に逃げてきた。アヴィヨンがいなければ、今頃はニネヴェでギロチン断頭台送りだろう。
少年王には余裕がある。逃がせた、とも思えた。
「そりゃあ、追撃の口実だろう。圧倒的な武力で城を囲んで、引き渡せと怒鳴るか」
もちろん、そんなことは受け入れられない。結果として戦争になり、ティルスは敗北して占領される。シナリオはすでに完成していて、あとは演じるしかないのだ。だが、黙って役者になるつもりなど、毛頭無い。大番狂わせは、彼にとって得意中の得意だろう。
「行ったところで、どうなるもんでもないだろ。最後通牒する相手んトコにわざわざ出向いて拒否しても、衝突するだけだ。第一、ソイツの言うことは理にかなっている。俺が向こうの立場だったら爆笑してる」
「はい?どういうことです、色」
「騎士団もスロウも一緒さ。少数精鋭、能力者の集まり。問い詰められて、そんなことを自負されても分かりきっている。弱点をアピールするようなものだ。俺たちの敵はな、社会なんだ。言うなれば、軍だな。たった数人で、千人の軍人を一度に殺すことは不可能。現代社会ってのは特にその傾向が顕著だ。ニネヴェがそれに準拠しているようなものなら、俺たちに勝ち目は無いよ」
異端者という存在は、個で強く、集に弱い。現代社会というのは巧妙で、羊の群れに狼が紛れれば判別され、追放される。狼は反乱するだろうが、羊千匹には敵わない。勝ったところで、孤独だけが待つ。そこに食料などの生きる糧は無く、死を待つだけだ。
色が言っているのはそういうことだ。軍隊に弱いのではなく、集団に弱い。ただ、現状では軍に勝つ術さえ無いのだが。
「いいえ、個人が集団に勝利する方法はあります。そのために、色さん。貴方はここにいるのでしょう?」
夜神色は、集団に勝利する術を持つ。異端者であろうと、個人であろうと関係など無い。そして相手が誰であろうと。
個人が社会に対抗する手段はある。一つが、新堂薫の採った自らの社会化。これはクーデターに似ている。集団を駆逐する集団。権力を握った方が勝ちである。
そしてもう一つは――――暗殺。時の権力者を弑する。一時的ではあるが、相手の集団は混乱し、時間を稼ぐことが出来る。下手をすれば、そのまま瓦解させることも可能だろう。
暗殺というのは、事故に似ている。どれほどの権力者であっても、発生を阻止することは不可能であり、鉄壁の防備を二十四時間行わなければ完全には防げない。そんなことは当然、不可能だ。よって、暗殺される隙は生じてしまう。
戦争ならば難しい。王というのは最も守りの堅い位置にあり、死なない。暗殺は違う。どこにいようと、何をしていようと、事故のように近付いてきて、死を呼び込む。いつか必ず死ぬ人間、割合で示せば交通事故のようなものだ。
「なるほど、平紗の言うとおりだ」
「だからオマエはドジなんだよ、ベアトリクス」
前回の大立ち回りで警備が強化されている。そのことを指しているのだろう。
王城から退去し、平紗の屋敷に戻る。隣には夜神色の姿があり、これから綿密な作戦を練ることを口実にやって来ていた。実際は、こちらの正体を見破ったからだろう。まだベアトリクスに言うべき段階ではないと判断したのか。
アーシュ・リーティア。それが、平紗来未の名。
「いつ――――気付いたのですか?」
「初見から。言っただろ、俺は夜神色なんだ。昨日までも、これからも」
全てを見ているのならば、造作も無いことだろう。これから、という部分に引っかかりはあるが、今はまだ、このままがいい。夜神色は朝里煌貴とは違う。しかし、朝里煌貴に戻ってもらいたい。それはこれからの道程、彼に降り注ぐ困難が為。
ただ一人の願いとするなら。今はまだ、このままで。このまま、夜神色と平紗来未がいいのだ。
「やっぱ、似てないからかな。歩叶に」
「そうですね。貴方を欺くのは無理があります。こちらも、朝里煌貴のお話は色々、伺っていました。君塚冬真が敬愛し、浅川柚葉が惜しんだ人物。故に私はここに現れたのです」
「なんだ?そんなに俺サマに会いたかったのかよ」
「はい。私は私の信念、そして目的のために行動します。リーティアとして兄を補佐し、人々の救いとなること。セイクリッドとして世界を管理すること。だからこそ、第八神争を破壊しなければなりません」
事の発端は昨年の十二月。君塚冬真が西川彼方を殺害し、白崎へ派遣された。裏で動き回る吸血鬼たちを監視し、君塚氷彩を狙う一派を殺害し、矢上藍と手を組んだ。兄の代理として、白崎神争を止めるためだ。
そのためには、力が不足している。新堂薫ではまだ足りない。ならば、スロウの誰もが惜しんだ朝里煌貴に接触するしかない。
「さすがは聖女サマ。考えるスケールが違う」
「貴方も人のことを言えないでしょう。この一件が片付き次第、私は貴方を伴い帰還します。西川彼方は救出しました。君塚冬真とアセリアに加担し、吸血鬼を殲滅、同時に集束したエネルギーを破壊し、神争そのものを破壊します」
神争が人々の願いや救いになるとは考えがたい。アレは大きすぎるのだ。そして純粋すぎる。救い、というものは。公平でなくてはならない。誰しもが平等に、幸福を享受する権利を持つ。一人しか認めない救いなどは必要ではない。そして存在してはならない。
聖女。神なる力を持ち、人々の救いとなるべき存在。聖者とは違い、直に人々に触れ、悩める者を救う役目。聖者は不可侵なる神に近い。聖者の代理として聖女が歩む。
まず、今回の一件を片付ける。それでベアトリクスも味方につくだろう。彼女は信頼に足る人物だ。それに、能力者としてガーター・キング・オブ・アームズは一級品でもある。
色は足を止め、通りの只中で立ち尽くす。ふと、隣の気配が消えて、振り返ってみる。人々の群れ、夕暮れの時間。空を朱に染め、陽光は夜へと沈んでいく。
「ああ、そうか。だからオマエは――――知らないんだ」
そうして彼は、そんな、よくわからないことを口にした。
知らないことはまだある。知識としてなら、大抵のことは知っている。それは人などより優れており、アーシュ・リーティアに匹敵する知識人など数えるほどしかいない。夜神色などとは比較にならない知識の量。故に、その言葉は彼女に対する冒涜に思えた。
「確かにオマエは聖女だろう。人格もそうだ。兄貴とは違ってな」
「ええ、そのように自負しています」
アーシュ・リーティアは兄とは違い、セイクリッドの当主として育てられた。幼少時より厳格にしつけられ、帝王学を学ぶ。元より、彼女は天才だった。あらゆる知識を身に付け、歩く挙動まで矯正された。王者としての資質を、絶え間ない教育でさらに向上させた。
それだけではない。リーティアの名が示すように、彼女は養子としてセイクリッド家を離れた。よって、聖女としての教育も受けなければならなかった。完成した人格は、完璧と呼ぶ以外、形容のしようが無い。まるで裁判官のように、厳格で、公明正大。しかしそれは優しさであり、驕慢などは一切存在しない。慈愛の精神を持ち、しかし同情はしない。彼女は王でありながら、妃であるという矛盾を持ち、だが確立してしまっている天才。
「けど、俺、知らないんだ。俺が知ってるのは平紗来未で、アーシュじゃない」
「それは無いでしょう。私はアーシュ・リーティアです。同一である以上、貴方が知る平紗来未はそのままアーシュとなります」
「――――なら、良かった。俺の知ってる聖女ってヤツは、癇癪持ちで、とびっきり上等な笑顔を武器にする、優しくて甘い女の子だから」
再び、色が歩き出す。笑顔で、安心した表情で。歩く方向は平紗の家。心から安心した、と。表情は語りながら、すれ違う。先頭に立ち、背中が遠ざかっていく。
「……違う、違う、私はセイクリッド。貴方が思うような、そんなんじゃ、ない」
独白は空に。誰に届くこともなく、虚空へ吸い込まれて、消えた。
黒く長い筒状の包み。黒衣で全身を覆う色が持つと、よく似合っている。中身の予想はつくものの、問うことは出来なかった。おそらく、狙撃銃の一種だろう。なぜそんなものを持っているか。彼は、最初からこの展開を知っていたということだ。
家ではリュック・メルレが待機していた。待ちくたびれた様子で兼定とソファに座っている。色の帰還を知ると、喜色なのだか嫌悪なのかわからない表情をした。
「悪い。ちょっと修行に行ってたんだ。おかげで、知れた」
そう、彼は知った。知るだけ。だが認識するだけで、兆年の鍛錬を凌駕する力を会得した。識というのは財産であり、能力である。能力者というのは、他者より知ってしまった者を指す。
数式のようなものだ。「1+2=3」という数式は、数字と記号を認識することで解を得る。しかし、プラスやマイナスといった記号が何を意味するかわからないのならば。誰しもが持つものだとしても、それが「何を」意味するものかを認識しなければ意味がない。色は自身を認めることで識別した。認識することで、術式による記号を判読し、答は能力と呼べるものとなる。
夜神色。月という存在の体現者。観賞を持って世界を把握し、抑制する者なり。
「どうすんだよ。ニネヴェ、攻めて来るぜ」
「防ぐ手段は二段。国による外交段階での抑止か、出撃前のラストチャンスだな」
前者の可能性は薄い。ならば、色が言うチャンスに賭けるしかないだろう。彼ほどの能力者を持ってすれば、まず失敗は考えられない。暗殺は事故のようなもの。事故の確率を引き上げるのが暗殺者の能力である。
「……修行は一時中止だな。明日、王女に再び会う。来未、オマエは来るな」
言いつけて、色はさっさと引き上げてしまった。あてがわれた部屋に向かったのだろう。追って文句を言うつもりにもならなかった。王女と会う。それは、暗殺の打ち合わせしかない。彼に課せられた使命は重く、せめて今ぐらいは自由にさせるべきだ。
「――――何を、馬鹿な。あの人に自由など、最初から無かったのに」
呟き、想いを否定した。運命などというものがあるのなら、肩まで浸かっている。逃れられない螺旋の運命、そこに自由などありはしないのだ、と。熾烈な現実を認めざるを得なかった。
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(ハイペリオン/3) - Geschick -
少年王。十三という年齢と、卓抜した統率力によって王となった人物に対する尊称である。ニネヴェという中央都市の施政者にして、この世界を統治している存在でもあった。少年王を相手にするということは、この世界に勝負を挑むことと同意である。
押し潰される。いかに少数精鋭と言えど、五人で万に匹敵する道理は無い。故に、頭である人物を叩き、霧散させるのが勝算と言えば勝算だった。
「ソル・テオゴニア。脅威だとすれば背景や周囲が脅威である。彼個人としては、色に敵うことは無いでしょう」
「すると、遠距離からの狙撃しかないな。その場合、下手人はティルスだと知らせるべきか否か」
王を失ったニネヴェの上層部が暴走し、ティルスに殺到しても困る。やはり、突然死のごとく犯人を明かさない方がいいだろう。
「陽王とまで称される人物です。次代を代表するような逸材だ。信望は厚く、才気は溢れ、能力高くして名声は世界に届く。しかし独裁というわけではなく、優秀な人材を広く天下に求めている。例えば、アヴィヨンの師とも言われている、ビブロスの飛空者メフィストフェレス氏」
「大人気の少年王か。理想としちゃ損失は免れたいものだな」
王を失った世界がどう揺らぐか。戦後を考えれば、損失は痛手である。少年王を補う存在がいない。ニネヴェほどの大国、方向性を見失えば世界を滅ぼしかねない。王は残さなければならない。しかし、王を殺すことでしかティルスは生き延びることが出来ない。
「……話は変わるが、ベアトリクスと来未なら、どっちが人気かな?」
怪訝な顔をする王女を見据え、本気であることをアピールする。彼女は真意を測りかねているようだが、表情を変えて答えてくれた。
「それは平紗でしょう。平紗家と天井家と言えば天下に聞こえた騎士。民衆の憧れとなりながら、王族のように手の届かない人物でもない。彼女は民をその手で救える位置にいるのですから。付け加えるなら、彼女は美しい。女性でさえそれは認めるところだ。だが、現段階では貴方が一番だ、色。正体不明の騎士はミステリックで、話題性がある。来月にはわからないですが」
「そりゃ朗報。ありがたいことだ」
色の思惑とは別に、王女は喜ばしいことのように堂々と言う。表情を崩し、夜神色こそ人気があるのだと教えてくれる。無論、人気があるのはいいことだ。そして一つの作戦が完成する。当初の思惑とは違ったが、都合が良い。
「貴方のような人物と知り合えたことは、私の誇りだ。貴方は正義を知っている。頭ではなく、体で。だからこそ正義を貫けるのです」
褒め称える王女の声を聞き流すことは難しかった。これは遠くない将来、願望を遂げようと奮戦して死を迎える英雄の話。どんな道を選ぼうと、その方向に向かう限りは疎んじられ、淘汰される。そして、もうその方向に進んでしまっている。
夜神色の道程は様々だ。けれど、最期は決まっている。幾千の死体を乗り越えた先には、罵声と憎悪が待っている。ならばいっそ朝里煌貴に戻りなさいと、聖女は言うのだ。
だが、聞けない。この王女のような、期待と希望に満ちた顔を見られるなら、そんな最期でさえ甘んじて受けようと決意したのだ。それは過去か未来か、しかし一度決めたからには、曲げてはならないものだろう。それを曲げるのなら、きっと自分は、切り捨てた死体に殺される。
「――――ありがとう、ベアトリーセ」
精一杯の感謝を込め、初めて彼女を母国語で呼ぶ。覚悟は決まった。後は、進むだけ。
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ニネヴェから北方に約一キロメートルの位置。アヴィヨンのカーゴで浮かびながら、北の空を眺める。ビブロスと呼ばれる貿易都市の遥か彼方に、我がティルスが存在する。
暗殺の指令は、ティルスの王が出す。遠距離攻撃による狙撃と決めた時点で、位置が決められ指令を待つことが定められた。屋内への潜入ならば、最初から色に一任しなければならない。あらゆる点を考慮しての遠距離狙撃だった。
遠く見えるニネヴェには、近付けない。準戦時体制が敷かれるニネヴェでは、頻繁に周辺を警邏している。巡回網に引っかかることは出来ず、こうして距離を置いているのだ。
「遅いですねぇ。王様も迷ってるんでしょうか」
「そりゃ迷うさ。けど、あんまりのんびりされても困る。いつまでもジッとしてれば、ニネヴェの兵士だって疑問に思うだろ」
合図は狼煙。もう時間の余裕はあまりない。ここに滞在して三十分は経つ。これ以上待てば、ニネヴェから観測している兵士も不審がる。色は包みを解き、現代から取り寄せた無骨なライフル銃を取り出した。
全長、は約150センチ。人体に匹敵するほどの長さを持つ巨大な対物ライフル。生命に向かって発砲するのは非人道的とされる口径を持つため、対物と呼ばれる代物である。五十口径、およそ13ミリにもなる銃口から発射される弾丸は、衝撃で人体を爆発させるまでの威力を持つ。臓物が飛び散るその口径は、確かに残虐だ。
壁を貫き、王の居室を狙い打つ。あらゆる視点を持つ色と、高い貫通性と威力を持つ銃だからこそ出来る業。魔弾の加護を秘めた銃弾なら、外すことなど無いと知る。隣にいるアヴィヨンなら、彼が最も優れた射手ということも知っている。
「まだか――――!」
思わず、気を吐いた。びくんと跳ねるアヴィヨンの表情からも、焦りが感じられた。合図は上がらず。最後の布石となることさえ許さない。
「何を迷う、何を恐れる。敵を討つことに恐怖を抱くなら国家の元首など辞めてしまえ。民を守る責任を放棄するなら統率などすべきではない。せめて自身に宿る責務に答えよ、応じよ。さもなくばその代価、貴様の命で贖うことになるぞ――――!」
悪態が空に放たれる。怒れる男を前に、アヴィヨンが前を凝視する。放たれる敵の矢。訪れる敵の意志。国を守らんとただ敵を排除しようとする統率者の力。見える船、純粋な思い。現時点で、すでに暗殺は失敗に終わっている。
迷った。ここで少年王を殺しておくべきなのか。それとも、生かすべきか。もし外交において戦闘が回避されたのなら、ここでの暗殺は摩擦を招くだけである。
「夜神さん、敵に捕捉されます。逃げますので掴まって――――!」
船が揺れる。行ってしまう。目的を果たせずに、行ってしまう。
進み行こうとする船。逃げる合図なのか、空に、切り裂く銃声が響いた。
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