騒然とする境内から抜け出す。
比叡から飛び出て、僧兵の真っ只中に突っ込む。
血に濡れたドレスを着た半裸女装男と、どデカい外人、そして一般人の三人組によって消された灯火、開かれた厨子から飛び出せば、そりゃ問題になるだろう。
問答無用で襲ってくる僧兵を蹴散らして、再び京都を目指す。
帰ろう。
あの、日常に。
悲鳴と絶叫に彩られた血飛沫の中、僕らは何とか、日常を目指していた。
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(M i r a c L e a f)
「美味い。うん、やっぱジャックのコーヒーは最高だな」
やはり、この姿の方がジャックも気兼ねなく話が出来るようで、滅多に見せない笑顔で応対してくれる。
特上な豆で淹れたコーヒーに舌鼓(シタヅツミ)を打ちつつ、景気の悪い顔をする親友を見やる。
「んだよ、多分一週間もすりゃ彩は戻るぞ」
「だからだよ。何で煌貴は合体技なんかしちゃったのさ」
「言ってるだろが。俺はゴースト、あっちが本物の命だって。ぶちギレてこんなんなったけど、やっぱ長続きはしないってことだ」
肉体は女性化しつつある。髭だって生えなければ、鳩胸みたくなってきて、実に気持ちが悪い。
「毎日柚葉さんが呼んでるよ。どうして行かないのさ」
「子供にゃわからん事情があるんだ」
「それで駆り出される僕の身にもなってよ」
「んだよ、さっきから愚痴ばっかだな。久し振りの親友との再会が気に入らんか、朋友」
必死こいて否定する朋友を苛めるのはこの辺で止めにして、空になったカップをカウンターに置く。
浅川柚葉の用件など分かりきっている。夜神煌貴でいられるうちに不安分子を洗い出し、消去しろっつーことじゃないか。
「あ、そうだ」
窓の外は赤い風。白い雪を赤い夕暮れが染めている。
「冬真、ちょっと付き合ってくれないか?」
不安分子を洗い出すのなら、先にやっておこう。何か楽しいことを想像しているだろう親友に笑みを返し、立ち上がる。
最も。その分子はただ俺だけの不安材料だ。
「よぉ、元気か」
寺社の境界を素手で引き裂き、強引に侵入しつつ、ばったり出会った「敵」に手を振る。
死鬼の侵入を拒む結界を引き裂くこと自体驚きなのだろう。冬真に任せれば容易いことだが、どうも感情が先立っているらしい。
「ねぇ、煌貴。カレ、逃げてったよ」
「だな。これで明日のニュースは『一家惨殺』に変更されたワケですわ」
のっしのしと境内を突き進む。纏(マト)わりつくのは邪気退散の空気。童子切で邪魔くせえ空気を遮断しながら、南西の建造物に足を踏み入れる。
「ねぇ、煌貴。そりゃやりすぎじゃないかな」
「かもな。しかしオレ様の煮えたぎったハラワタは天井ごときじゃ満たされないんですわ」
右の部屋から突っ込んでくる成仏できない地縛者を一撃で天に召して、さらに奥へ。
「ねぇ、煌貴。それなら新堂さんにも勝てるんじゃないかな」
「だろうな。俺、超天才だから」
無駄口を叩きつつ、居間に続くドアを蹴り飛ばす。がっきょんと蝶番(チョウツガイ)ごと破壊して、居間へと進軍。
なんだかんだ言っても、冬真は慣れてきている。これから一家惨殺を目論む男に付き従い、コーヒーでも飲んでんじゃないかってくらいの世間話をしているのだから。
「アァ。じゃあ、冬真。家族の保護は任せた」
「ふぅん。やっぱり無関係の人を殺しちゃダメだよね。って、民間人を殺すのもどうかと思うけど」
文句を一つ呟いてから、冬真は家族団欒(ダンラン)の場から父母そして姉を引き剥がす。そのまま二階へと連れて行くのを見届けて、残されたボーヤを見やった。
「ほー。君が小泉慈雲くんかぁ」
坊主のクセに坊主頭じゃねえとはこれいかに。フツーのお坊ちゃんみたいな顔した優男からは、恐怖しか窺(ウカガ)い取れない。
「あ、あなたは誰ですか」
「俺?朝里煌貴。まー、んなことはどーでもいいのです」
ホント、どうでもいい。大体、俺の名前を聞いてどうするつもりなんだ、コイツ。
「そ、それで?何の用事――――」
壁に足がめり込む。壁際を背に、逃げ場を失い尻餅をついていた小泉慈雲の右耳を掠めた。
「オマエ、彩のカレシだってな。それがちょびっとだけ、気に食わない」
そう。コイツが俺と付き合ってるというのが嫌だ。ゲイじゃないんだからさ。
「それって、嫉妬っすか」
開き直ったのか、腹立たしい態度で小泉慈雲は見上げてくる。
「アァ、それでいいかも。嫉妬だろーが横恋慕だろーが、好きに呼べよ」
「じゃあ彩に聞いてくださいよ」
おおっと、今度は右腕が伸びちまった。拳が壁にめり込み、しゃがんだ体勢で目の前の阿呆を見やる。
「オマエさ、いつから彩(オレ)を呼び捨てにするようになったのかな?」
口には気をつけていただきたい。じゃないと、殺してしまうから。
「別にね、俺としちゃ付き合ってもらうのも一向に構わないのです。たださ、彩はなんつーか、情緒不安定?みたいな感じ。迂闊に近付くと食われるかもしれんから気をつけろってことを言いたい」
――――ここに来た理由。矢上彩が小泉慈雲を殺してしまうから。殺したいと願うから。
「え?」
「命には気をつけましょうってこと。天国から戻ってくるには時間がかかるぞ、ボーズ」
右手を引き抜き、立ち上がる。微かに失禁した気配が漂うが、気にすることはない。
「気をつけるのは――――」
魔眼が気配を捉える。静かに、小泉慈雲に背を向けて、刀を引き付ける。
何かが、来る。目を閉じて、朝里煌貴は笑った。
客人。たまたま、外人さんが逗留(トウリュウ)していた。
それは綺麗なお客様で、イギリスの生まれらしい。ブロンドの髪を長く伸ばし、ティーカップが恐ろしく似合う彼女は、恐ろしく長い名前を持っていた。
「――――」
障子を突き抜け、神風のごとし速さで朝里煌貴に突撃する影は金。これで、侵入者は死ぬだろうと小泉慈雲は思った。
どうも、腑に落ちない。何か、朝里煌貴は嫉妬に狂った横恋慕というより、忠告に来たような感じだったのだ。
それでも、嫌なヤツには違いない。いっそ、死んでしまえと慈雲は願った。
笑い声が一瞬、くぐもって聞こえた後、朝里煌貴は抜刀すらせずに目の前に迫る脅威へ踏み出した。
たかが、一歩。一歩を踏む間に、客は朝里を捉える間合いにまで接近していた。
慈雲は目を疑う。
すれ違うことは無い。朝里煌貴は抜き打ちで客人の攻撃を弾き、流した後に返した。
峰で打ったのだろう。気絶した客人を軽く持ち上げ、朝里煌貴は振り返る。
速過ぎる。居合術という剣術の一種だろうが、衝突した衝撃は衝撃波のように頬を切り、なおかつ、風を切り裂く一撃を朝里は見舞った。
「親父に言っとけ。まだまだ、神(オレ)には追いつけないと」
二階へ向かったもう一人を呼び寄せ、悠々と引き上げていくその背中。
何となく。矢上はこういう人に憧れるのかな、と思った。
それはつまり、小泉慈雲の心までも奪う鮮やかさだったから。
浅川医院に金髪の女性を放り投げ、帰宅しようとするところでバレた。
「当たり前。煌貴のバイク、すんごいうるさいんだから」
「俺のじゃない。ジャックのだ」
「無断でしょ?なお悪いよ、ソレ」
「うるせえなぁ。オマエ、俺がいなくなってから小姑みたくなったぞ」
「ハイ、そこまで。お二人とも、セルジュが起きてしまいます」
見覚えの無い青年が間に入って不毛な争いを止めた。セルジュ、とはあの背の高い外人のことだろうと推測する。
ふむふむ、と頷きながら、青年は隅々まで自分を観察してから、溜息をついた。感嘆の息であり、満足そうに彼は顔を上げた。
「これがリヴィエルロットに対抗し得る器ですか。成程、これは面白い」
「お前さんもそこまでだ。色に手を出すことは許していないぞ、ヒース」
悪の元凶のような女性が手前勝手に参上する。くそ、顔を合わせてしまった。
「オマエも手ぇ出すなよ」
「聞こえんぞ。冬真とヒースはその女性の監視。色はわたしと来い」
半ば強引に引き連れられ、二階の会議室へ入る。窓から階下の様子は見えるので、万一の事態にも備えられる。
これはもう、柚葉の話とやらを聞かねばなるまい。密室で二人きりになり、退路はすでに塞がれた。予想はついているが、面と向かって命じられれば頷かざるを得ないだろう。
よし来い。覚悟は決まった。どんな無茶な要求でも呑んでみせるぜ――――
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