Mirage

ilya-5

駅前の一角、南口を出て徒歩五分、レンの希望でフライ・クーゲルの通りにあるビルを選んだ。
二階は内装も整っていて、すぐにでも使えた。レンはこの街に滞在する間、二階に泊まると言って、ある程度の内装を済ませてくれたのだ。
「スロウが甘やかすのはここまでよ。三階と四階は自分たちですること」
スロウ。正式名称を、世界特殊生命体機構、と言うらしい。アルファベットにして、頭文字をとるとSROW、スロウとなる、らしい。
如何せん、実態が分からないので何とも言いようが無かった。
そのスロウの支部がこの街にも置かれたことになる、らしい。
冬真は毎日、学校にも行かず、支部で講義を受ける。
ただ、心理学の講義だけは出るように、とレンに言われていた。柚葉の指示らしい。
診療所でカウンセラーの真似事でもさせるつもりなのだろう。
「スキルと言うのは私は専門外。だから答えられないし、育てられない。私が与えられるのは知識で、柚葉が言うことを理解するようにするくらいかしらね」
十分だ、と冬真は思う。むしろ、自分が超能力者になるとは思いもよらない。理解できるのなら、そちらの方が良かった。
レンの講義を終えると、車を高校に走らせる。秋になると、歩叶の病院通いは熱を帯び始め、毎日になる。冬真は、もう一ヶ月近く煌貴の顔を見ていなかった。
病院へ歩叶を送った後、夕食を摂る。大学の友達や、レン、独りの時もあった。
なんと、給料が自分の口座に振り込まれていた。
「あぁ、ソレ?給料って言うか、手当金みたいなものよ。実際の給与は柚葉からもらいなさい。スロウに所属している以上、野垂れ死にされても困るし。八万円は確実に振り込むから、柚葉から二十万くらいもらってね」
実際、自分は何もしていない。レンから学び、柚葉の拠点を用意しただけだ。
「あら、バカにしないでほしいわね。世界各国に根付くということは、世界各国からお金をもらってるのよ、私たち。それで吸血鬼騒ぎだの、野人伝説だのが治まってるんだから。一応、私もトーマくんも公務員よ、世界的国家公務員」
規模が大きくなると、収入も増える。命と直結する仕事だからこそ、手当てもたっぷり貰わなくては損らしい。
そうして夕食が終わると、病院に戻って歩叶を家に送り届け、自宅へ戻る。そんな、毎日だった。

柚葉が来月にも戻る、と聞いたのは十一月になった頃だった。
「大学を辞めようと思うんです」
事務所の一室で、冬真は意を決してレンに告げた。レンは少しだけ考えた後、頷いてくれた。
「もう、戻れないわよ?」
「戻るつもりなんかとっくの昔に捨ててますよ。柚葉さんが戻る頃には、ちゃんとしていたいんです」
大学の友達も多い。それらはまた別に、会って遊ぶくらいは出来る。
煌貴とは、会っていない。何となく、疎遠になっていた。歩叶が見舞いを始めてから、顔を出すことは滅多に無い。
「はぁ。それって、ただの嫉妬じゃないの、トーマくん」
「え?そうですか?」
「そうよ。歩叶ちゃんが好きなんでしょ、きっと。だから煌貴くんと会っているのが耐えられない。二人で仲良くしてる場面を見たくないから、防衛してるのよ、心が」
そうかもしれない。否定する言葉が出てこないのだ。
けれど、心のどこかでは分かっている。煌貴と歩叶は同じだから、惹かれ合って当然で、自分の出る幕ではない、と。
「辛いわねぇ。どう考えても、勝ち目ないものねぇ」
「それ、結構傷つきますよ」
「歩叶ちゃんは当然ながら、私も煌貴くん派だし。あーあ、死ぬのかぁ、勿体無いなぁ」
一瞬、心が凍った。煌貴が、死ぬ?
「そうよ。だから柚葉が戻るんじゃない。朝里煌貴、平紗歩叶の二人がいるから柚葉は旅に出られたのよ。煌貴くんが死ねば、歩叶ちゃんもどうなるかわからない。歩叶ちゃんが正常な状態でこの世界に留まれるという可能性の低い賭けに出る気は無いんでしょうね」
くそ、言ってたじゃないか。どっちかが死ぬって、煌貴も。
歩叶は元気なんだ。だったら、答えはひとつしか無いじゃないか。
ぴりりり、と携帯電話が鳴った。出ると、柚葉の声が聞こえた。
「柚葉だ。十二月に戻る予定ですが、先に煌貴が死ぬかもしれない。レンにはまだ戻るなと言っておいて。だがおそらくは、あの二人、肉体的にも繋がってしまっているだろう。冬真、お前さんが出張っていなければ、ですが。肉体が繋がれば、すでに命は循環している。ひょっとすると、ひょっとするな。それだけだ」
ぶちん、と強引に切られて、我に返る。
「ちょっと、出てきます」
「ええ、行ってらっしゃい。何かあれば電話しなさい」
はい、と大声で返事をしてから、冬真は車に飛び乗った。


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(パラレル・サーキット・シンドローム/4)


飛び込んでくる足音は、目を覚ました時以来だった。
「煌貴っ」
叫びながら入ってくる男は、君塚冬真だった。ちょうど、会いたいと思ってた時期だ。
「冬真。良かった、電話しようと思ってた」
冬真の表情は、どこか泣きそうだった。それほどまで、自分の状況は酷いのかもしれない。
「聞いてほしい話がある。夏川が言ってた、おまえのこと。だから、聞け」
座るよう目で指示して、体を伏せたまま、煌貴は話し始める。

「今、おまえには夏川がいる。歩叶もいる。柚葉も戻ってくる。知っているからこそ、皆にしか出来ないことがあるんだろうな。だから、集まる。何かをするために。それは、おまえの敵となる者たちも同じだ。今の世界は過度の情報化社会。並列化された個性の中に個性など無く、社会が望んでいる形になろうと必死で皆が個性を没落させていく。世界が生んだ病気だ、コレは。その中で、冬真たちは戦おうとする。社会、世界が敵だよ、冬真。世界の味方にいながら、世界が淘汰する者でいる。敵も同じだ。淘汰される世界の中、個であろうと必死で戦っている。そこに主義思想の違いこそあれど、目的は一緒だろう。だから、群れる。個は同じ個を呼び集め、群体を成し、戦う。並列となった個は、同一の個となってしまう。ほら、今の世界と同じだ。きっと、世界の仕組なんてそんなもんさ。並列回路(パラレル・サーキット)のごとく、症候群(シンドローム)に似て誰もがそうなってしまう。それでいい。そうやって、世界と対峙すればいい。そうしないと、この世界には勝てないよ、冬真」

長く、話して疲れてしまった。
まだ、伝えたいことがあった。けれどそれは、個人の勝手な願望だろう。
でも、話してしまった。
「歩叶を頼む、冬真。アイツは俺なんだ。思考、嗜好、全てが正反対だけど、俺なんだ」
窓の外は、雪。
この雪が溶ける頃には、冬真たちの行動が形になる。
そして、この雪と共に、自分は死ぬだろうと煌貴は感じていた。

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