Geschick
prologue Rebirth=Zero→Originate Out “Dacryorain”
白黒の世界に千の線。降る雨は冷たく、空々しい。
何処(ドコ)に居るのかわからない。此処(ココ)に居るのがわからない。
色を失った世界で、独り、雨に打たれていた。
空は灰。夜とも朝ともつかぬ色。
鈍重な雲に覆われた空からは、ひとしきりに雨が――――
……水を跳ねる足音。取り囲むように散開し、木々の合間に影が躍った。状況など知ったことではない。ただひとつの衝動に身を任せて、本能が示すまま、感情の揺らめく意識の底へ身を投じた。武器など無い。しかし、戦う術ならある。動く、影。残像に似て質量を持つ。
動きは敏速。天上を目指して疾駆し、地核を求めて雲を蹴る。その動きは四面が自由。空間を制御しているとさえ思える。自在に空間、翔ける速さ。大気に、似ている。其(ソレ)は唯(タダ)、独(ヒト)つであるが、無限に在った。
遺されたのは、数多の骸。それもやがて、世界に還るだろう。
ざあざあ、と。降りしきる雨。打たれて水に濡れていたのか、あるいは血に染まっているのか。モノクロームの世界ではわからない。其は隠れた星を見るように、ありもしない月を視ている。存在など希薄。雲海に遮られた星々と月。人は概念に基づき、届かぬ星の存在を信ずる。
其も同じだろう。存在など夢と同じ。見られる全てを消すならば、其は其処にいるだろうか。いたとしたならば。きっと、今、誰かに見られている――――
まるで、影絵。黒い翳りがヒトガタをして、青く輝く腕を持てば、彼のようになるのだろう。
影絵の青年は空間を跳躍し、時に多重に、思考という指向性を統一しながら偏在するようでさえあった。彼を取り囲む敵対勢力を瞬時に撃滅し、全身に刺さる視線を感じ取った。
―――――視線は、死者を咎める蔑視の目。
彼が影であるのは、死者だからだろう。死亡。魂が肉体から放出され、元の身は焼かれた存在。希薄ながらも人として充分な意志を持ち得たのは、男が特別な何かであった証拠だ。踊るように靡く黒衣も、漆黒に艶めく髪も、そして、銀に輝く眼も。彼が単なる人間ではないと示唆していた。
彼の名は、しき。ヒトが望む欲望の集積回路――――
しき、は殺された。願いが叶ったモノであるから、幻想は滅亡を望まれる。人類の根底に眠る統一意識かもしれない。幾千、幾満の人々の願い。それを叶えるモノだからこそ、彼は消滅するしかない。色、という存在は。生命の負債に他ならない。いつかは返さなければならない。それに死で応えるのが、色の宿命。
ヒトは欲を持つ。例えば、膨大な富を。
ヒトは欲を持つ。例えば、頂点の権力を。
ヒトは欲を持つ。例えば、誰もが知る名声を。
しき、は願いの集まり。時に醜悪とも思える願望の集合体。幻想の結晶。なればこそ、色は人々の願いに応えていった。其の存在理由は神のようでさえあったが、存在意義は悪魔であった。
しきは欲を叶える。例えば、大富豪をコロシテ利益を配する。
しきは欲を叶える。例えば、王をコロシテ新たな王を作る。
しきは欲を叶える。例えば、世界をコロシテただ一人残す。
しき、は分かっている。人の願いというものは、他者を排することでしか成立しないと。だからこそ、色という存在は殺人に特化したモノに他ならない。結果は滅亡でしか有り得ない。人を殺した願いのカタマリは、最後に、人々の願いを叶えるのだ。
アイツをコロセ、アイツはアクマだ。罵声という祈りの声を聞き届けながら、まるで結託した人々の願いを、自身の破滅で報いる。悲しみも、嘆きも一切を切り捨てて、ただ、消える。
思えば、色にも願いくらいはあったのかもしれない。ただ、願うことさえ許されず。滅びという必定の運命を歩むしかなかっただけで。
夜神シキは死んだ。冬の日、ある少女を助けて消えた。
それでもなお、彼は死しても生きていた。永遠に消えない魂の定め。人の願いなどは不朽であり、彼は、生命がある限り生き続けなければならない。死ねない。否、廻れない。そうして、また同じ運命を繰り返すのだ。人の願いを叶えて、死ねと命ぜられる運命を。
ただし、今度は世界が違う。
次に向かうのは、無何有(ムカウ)の天国。
運命に引き寄せられ、夜神色は別世界へと旅立つ。とある、雨の日。蘇った彼は、何を思ったのだろうか。人を泣かせることでしか、人を笑わせられない歪なユメ。
降り止まない雨。それはまるで、涙のようで――――
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