Geschick

A gala day of certain summer -Another Story-

―――――逆襲!運命の大反攻作戦 【ベアトリクス・プファルツ】  7/11 P.M1:00

 警邏パトロールと称した出店巡りもすでに佳境。全ての出店がオープンし、盛況を迎える今この時がピークなのだ。ベアトリクスは特別に二班を引き連れ、ついに、最後の二店を残すのみ。
「――――なに」
 そこだけ、規模が違った。長蛇の列とヒートアップする客。ビーチに突如として登場した焼き鳥屋と喫茶店は、太陽のごとくギラギラと闘志を燃やしながら接客に勤しんでいる。
 が、しかし。どちらかと言えば、焼き鳥屋が劣勢だった。ジャックとDが率いる喫茶店が上回っている。
「だぁ、息子、行くなッ!」
 すでに去った息子へと叫ぶ焼き鳥屋。差はその息子のせいらしい。だが、もう一つ。ビーチの出店としては珍しく、コーヒーとスイーツを扱ったジャックのアイデア勝ちかもしれぬ。
「アサリの店にしようか」
「えぇっ、どうしてですか?甘いモノが食べたいですっ」
 最年少のシャルロッテが、強固な反撃に出る。ジャックの店ならいつでも行けるが、色の経営する屋台など、そうそうお目にかかれるものではないのだ。
 だが、まあ。息子さんがいないのでは仕方がない。ここは部下の意を汲んで行動するか。
「わぁ、ケーキがいっぱいですっ」
 店頭には、種類は少ないが、スイーツが並んでいた。メニューには喫茶店らしいコーヒーの多種多様さ。本店もかくや、という品揃えである。
 奥には、二人の暑苦しい男性。サングラス姿で接客するほど気味の悪いものはないだろう。
「水着警官のご到着かい。悪いが列に並んでくれよ?」
「そうじゃそうじゃ、並べ義妹よ」
 カチン、と来る。どうにも、相性が悪いのだ。あのディエゴ・セルジュとかいうオッサンとは、どうも相容れない。横柄というわけではないが、仕草のひとつひとつが鼻についてたまらない。
 こみ上げる嫌悪感を抑えつつ、一礼して列に並ぶ。二班で十人。皆、それぞれに期待を抱いていることだろう。
「サー・プファルツ。ひとつ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
 二班の班長であるリアが口を開く。一斑は主に白兵戦闘に長け、グレーティアが指揮する。三班は予備兵力であり、普段は哨戒任務につく。これは、シャルロッテの指揮下だった。そして射撃に長ける二班が、リアの班である。この三名とベアトリクスで薔薇騎士団は成立していると言っていい。
 その中でも、リアは副官的な位置付けにある。寡黙を美徳とし、指揮系統をはっきりさせる。あくまでも、軍人。政治めいたことは、上層部である異端審問官や枢機卿に任せればいい。
 そんな、副官の問いに無言で頷く。彼女が質問をする時、それは決まって、真面目な話だからだ。
「世にまとまった異端征伐軍は我ら竜騎士団と大英の騎士団のみ、貴重な実戦部隊であるという自負があり、またそう認識されていると思われます。しかしながら、異端審問はすでに佳境。スロウ監視下において終息へ向かっています。卿は、スロウ内部に身を置くおつもりですか?」
 それは、今後を見据えた話。魔女狩りや異端審問といった単語が失われて久しい。スロウの管理は行き届き、地下で蠢く者でさえ容易に出てくることは出来ない。軍が縮小されることは当然であり、現存しているまとまった部隊はリアの言うとおり、自分たちとイギリスのテンプルナイトだけだ。聖ヨハネなど、サン・ピエトロを守護する近衛兵に過ぎない。
 つまり、自分たちの存在意義が薄れている。存亡をかけ、騎士団長はスロウの内部に取り入った、ということか。
「私はそこまで思慮深くはない。これは、と思う人間がいるだけさ、リア」
「ディアナ。それにアルスですか。聖ヨハネのように近衛となるのであれば、本国の騎士団を集めるべきでは?」
「それは不要である、と彼は言った。もちろん、最初は私も部隊を統率し、統一すべきだと上申した。だが、それでは駄目なのだ。夜神色が描いている管理体制はしっかりと体系化されている。それはアーシュ・リーティアと大差の無い、しかし、より優れている。先の見通し、というのかな。ともかく、私は夜神色の指揮下で力の限り働けばいいのだと思う。それは、一介の軍人として喜ばしいことだと思っている」
 卓抜している、としか言いようがない。異端という認識され難いモノを管理するには、どうすればいいのか理解している。軍勢の一極化は必ず避けなければならない。社会の認識は、個の力を認めない。夜神の一派が異端の人間を集結させれば、人の目からは単なるテロリズムとしか映らないだろう。
 故に、地方へ分権させる。そのためにアーシュ・リーティアはスロウを世界規模にし、等しく、武力を散在させた。思惑は様々だろうが、理由のひとつにそれはあっただろう。
「わかるか、リア。我らの力も、潜在させねばならない。集まらず、しかし散らばらず。社会の眼下に眠る勢力として生き残らなければならない」
「ええ、理解いたしました。……ただ、何となく寂しいのですよ、皆」
 それは、純粋に嬉しい一言だった。
 将来の話は、もうしない。今は、そう純粋に祭りを楽しむのだ。気付けば、列はもう途切れている。
 義兄を前にしてこみ上げた嫌悪感は、さほどでもなかった。


―――――灼熱の激闘、砂浜の排球バトル 【夜神色】  7/11 P.M1:30

「――――砕け」
 高速の拳。低姿勢から挙動はスムーズに、一瞬の溜めを作って拳打が放たれた。顔面命中。こっそり手の甲で鼻を潰した二連撃だったりする。
 砂浜から吹き飛び、海へと弾かれる哀れな坊主。見事な連携プレー。レシーブよろしく海から帰ってくる小泉慈雲の首根っこを掴み、審判へアピールする。
「鼻血だ。選手交代する」
「い、いや、試合直前になって交代は……」
「鼻血だ。オマエには見えないのか、続行は不可能だッ」
 強引に話を通す。圧倒されたのか、渋々、首を縦に振る審判を見届け、坊主の体を投げ捨てる。
「やりすぎです。別に私は、色さんの助けなどいりません。余計な節介です」
 口を尖らせるお姫様を放置し、ポジションに。舞台は決勝。すでに負けられない戦いなのだ。そこに愛しの姫様を出すのなら、クソ坊主などに邪魔させるものか。
 午後一時をすでに過ぎ、盛況は頂点へ達した。ビーチバレー大会の決勝。相手は、自分の通う大学生二人組。体育会系の二人を前に、こちらはやや、不利といったところか。何せ、ビーチバレーは経験が無い。
「来未」
 小声で、前に立って腰を落とす女性に呼びかける。まだ、ご機嫌は斜めの模様。アヒル口で振り返るアーシュに、近寄る。
 右手に握った、青いリボン。どうせなら胸元の赤と合わせようかとも思った品。経験が生きた、というか。あながち、矢上彩だった自分にも利点はあったのだな、と苦笑混じりに手に入れた品。
 襟足、後ろ髪を手にして束ねる。銀色の髪。よく映える、青色リボン。
「邪魔くさいだろ、髪」
 後付けに説明し、ぽん、と頭に手を置いて終了。どうも、前々から思っていたが、髪の毛の扱いは得意らしい。
 ポニーテール、というよりはシニヨン。普段とは違うアップヘアー風味に仕立て上げ、後衛に戻る。熱のせいか。わずかに赤面して俯くその顔を見れただけで、礼は不要と笑ってみせた。口元は尖っていても、目は笑っていたのだから良しだ。
 試合が始まる。砂に足をとられないよう、気をつけてボールの落下点へ。素早く腰を落とし、重心を低く、接地面を安定させ、万全の姿勢でボールをレシーブする。コート中央、ネット際に舞うボール。アーシュが追いかけ、トスを上げる。
 それは、とんでもない方向へのトスだろう。コートを離れ、もはや、海へ届かんとするボールを追いかける。間に合わない。跳んだ。砂が舞い、陽光を遮る影が生まれる。
 この手は、きっと届く。空中でわずかに、横を向く。強引にでも、このボールを相手コートに返さなければ。無理な体勢、不自然な方向。叩き落すように、渾身の力で手を伸ばし、振る。
 この手は、きっと届く。それは夢に、あるいは幸せに。


―――――佳人薄倖 【椎名渚】  7/11 P.M2:30

 漣の音が耳に優しく、心地よく響く。主は屋内から、広がる海原、そして砂浜に思いを馳せ、穏やかな笑顔で見守る。馳せる想いは尽きることがない。それでも、果たせないということはないのだ。現に、眼下に広がる光景は、すでに失われたと信じきっていた幻の日。氷のように冷たく、去ったある夏の思い出。
 再び、見れるのなら。思い馳せるのもきっと、良い。
 海猫館の主である、椎名渚は夕食の用意をしつつ、目処がついたところで、手を止めた。代わりに、盆へ冷えた麦茶とお茶菓子を用意し、小気味いい音を立てながら階段を上る。
 ドアをノックし、返答を待ってから、開けた。中には男女。開かれた窓からはそよ風が靡き、白い光が二人を演出する。絵になる。渚は、そんな光景を脳裏に焼き付けながら、壊れそうな雰囲気を穏やかな視線で守ってみた。
「……悪い。気を、遣わせて」
「気にしないでください。ここは、旅館ですから」
 夜神色、と名乗る男性とは、初見だった。まだ若いのに、似つかわしくない目をしている。全てを悟ったような、悲しみも喜びも全て味わった、凄愴な顔だった。それを、必死に紛らわせようとしている。足掻いているのだ、と渚は思った。
 無論、人には悩みというものがある。それは千差万別で、容易に推し量れるものではないことを、彼女自身、誰よりも理解しているだろう。
 色は腰を下ろし、ベッドに半身を預けている。手は、ずっとベッドの中にいる女性へ。祈るように、願うようにその手を握っている。それくらいしか、出来ないのだ。
「今頃、彩さんが大活躍してますよ」
「そりゃ、間違いないな。優勝間違いなしだよ、きっと。反則だもんな」
 夏の日。終わりは近い。あと四時間もすれば夜になり、一夏の夢は終わる。
 ステージでは、今頃水着ショーの審査が行われていることだろう。ビーチバレーの決勝が終わって、残るイベントもそれくらいしかない。
 ビーチバレーは、大学生チームが優勝した。色とアーシュは、棄権だった。
「ふん、考えればすぐわかることだったのにな。浮かれてたよ」
 熱射病、とも違うのだろう。代謝がうまくできない体は発汗機能を損ねている。日光に弱い、そんな冗談じみた少女だった。試合の途中で失神し、そのまま、色の手で運ばれてきたのだ。柚葉の診察もすでに受け、意識は半ば戻っている。
 不謹慎ながら、微笑ましい光景だった。互いが互いを気遣って、支え合う。アーシュは無理をして勝手に倒れ、色はそれを悔いている。どちらも、きっと相手を思ってのことだったのだろう。ただ一言、アーシュが体が弱いと言えば済んだ話なのだ。
「私も、舞い上がっていました」
「それはそうですよ、二人とも。お祭りの日に落ち込む人は、そうそういません」
 辛いこととか、悲しいこととか。道はそんな、深い嘆きの色に彩られている。せめて自分が通った道なら、励ますことくらいは許されるだろう。
「まぁ、ちょっと張り切りすぎた。少し、休もうか、来未」
 はい、と小さく答える声が聞こえた。


―――――望む明日は来ることなく 【夜神色】  7/11 P.M3:30

 西洋人形アンティーク・ドール。麗姿から呼ばれる聖女の異名は正しく、皮肉めいていた。
 ベッドに寝かせた聖女の器。Tシャツから伸びる手足はほのかに、赤みを帯びている。いつもの、死体のように白い肌ではない。健康的と言えばそれまでだが、前後を考えれば深刻である。
 熱傷だった。肌は夏の日差しで焼かれ、皮膚の下にある血と混ざり赤くなる。自律神経系の失調は発汗機能を損ない、熱中症で倒れた。病気というわけではない。故に、治療もしない。こうして、冷房の効いた室内で休むだけである。
「アルビノ、という言葉をご存知ですか?」
 白皮病、色素欠乏症などと呼ばれる先天性の病気。ウサギやネズミなど、生物全般に起こる。メラニン色素を生まれつき、合成されないのだ。白人のように、ではない。彼らは他人種に比べて少なめ、というだけで充分にメラニン色素を持っている。
 珍しい病気であるが、ゼロではなかった。古代から、アルビノは神聖視される存在である。容姿が違う。髪はブロンドから白、目も色素を失っている。瞳は血管の色を映し、赤くなる。
 メラニンは紫外線を吸収し、人体を守る。黒人と呼ばれる人種は、強い太陽光から身を守るために進化したために、メラニン色素を多分に含む。白人は北方、日差しが弱いために色素が薄い。メラニンを持たないとなると、太陽光の前にはまったくの無防備。まるで、吸血鬼。服で肌を守るしかないのだ。
「目が見えないわけじゃない、明日死ぬわけでもない。日常生活に、問題は無いだろ」
 制限はあるかもしれないが、生きることに支障はない。
「しかし、普通ではありませんね。貴方の伴侶選びは間違っているとしか思えない」
 珍しく、そんな皮肉を聞いた。自嘲的な響きは、あまりにも似合わない。彼女はいつでも、揺ぎ無い自尊と、相手に対する全幅の信頼を持つ。そのどちらも失われた今、彼女はらしくない皮肉を吐いた。
 聖女は歪んだ人の器。完全無欠など存在せず、優れていればいるほど、欠点は絶望に近付く。その容姿は確かに神聖なれど、人ではない歪な生命のカタチを象徴する。
 結局は。この乱痴気騒ぎは虚勢なのだ。空元気で盛り上がり、偽りの祭りという虚像を見る。望んだ未来など、ありはしない。全てが揃う終末は、全てが壊れたその証。
「――――昔な、交差は無いと思ってたんだ」
「はい?」
「異なるモノは組み合わさらない。善悪、正邪、陰陽、なんでもいいけど、正反対のモノは絶対に交差、結合しないと思ってた。悪は悪を呼んで、正義は正義を呼ぶものだって。まぁ、今でもその考えは変わらないんだけど」
 昔、君塚冬真に言ったアドバイス。組織に立ち向かうには、組織。似たもの同士が集まる並列。大局で見れば、全ては並び、連なるものだと。
「細分化すると、実は違ってるんじゃないか。組織には首領と下っ端。人間には良心と悪心。そしてオマエは、完璧と薄命」
「全体を見れば並列し、個と見れば並列は交差ですか」
「うん、そんな感じ」
 軽い口調で答える。ひねくれモノの聖女サマには、こういった手合いの言葉でなければ反応してくれないのだ。普通に励ましたりしようものなら、疾風怒濤の反撃を食らう。まず、思考を止める。思わず考えてしまう内容の議題を提出し、思考処理を止めるのが初手である。
「ウチに住めばいいよ。そんなら体調管理も簡単だし」
 ホテル住まいをやめて、矢上邸に住めばいい。家には必ず誰かいる。それに、この目で見守ることも出来る。窓をUVカット仕様にも出来る。カーテンを鋼鉄にも出来る。
「本気、ですか?」
「勿論。オマエ、俺の隣にいてくれるんじゃないのか?」
 赤面した表情に問いかける。それはきっと、日焼けのせいだけではない。自分で言ったセリフも忘れてたのか、コイツ。今さら、あの強引で横暴な約束を忘れるなど。
「――――ええ、そうでした。そんなことにさえ気が回らなかったのは、不覚でした」
「休んだら、上着持って外へ行こう。日が暮れても、俺たちはまだ始まったばっかだし」
 何と言っても、夜神なのだ。夜こそ始まり。祭りは、そう簡単に終わらない。
 来る未来は、まだ見えず。望む明日は来なくとも。未定の運命を決めるのは、この手。導いてくれるのなら、間違いはない。障害はこの手で取り除こう。だから、先導役は任せよう。
「あの、色さん。リボン、ありがとうございます。人から何かを貰うのは、初めてなんです」
 笑顔。そんなことで喜んでもらえるなら、これからは、きっともっと喜べる。


―――――陰陽交じる時 【ソル・テオゴニア】  7/11 P.M4:30

「本当、天井さんが言ったとおりですね」
 天国は雑多で渋滞している。混沌のような場所だが、故に、人は小さな世界にしか生きられない。天井神由の言葉を反芻し、少年は今一度、風景として浜辺を見つめた。
 こちらの世界は、不思議が多い。興味もそそられる。ただ、順応するのは難しい。それなりの知識を持って常識としなければ、弾かれてしまうだろう。その知識を得るためには、現代における異世界とも呼べるスロウ管轄にいては不可能だ。
 いずれ、自分も浅川柚葉のように、転向するのだろうか。なったとしても、自分を失わなければいい。
「俺は、別にお前が嫌いなわけじゃなかった。むしろ、憧れたのかもしれない。自分の信念、正義を貫く姿は一切の妥協を許さず、上に立つ者として威厳すら感じさせた」
 ふと、後ろから声がかけられた。自分と同じく、異界からの訪問者。銀髪を靡かせ、近付いてくる姿は神々しいというに相応しい。
 こちらの正体を知っている。それは、当然。こちらも、相手の正体を看破しているのだから。
「それは、ありがとうございます。新堂薫は、新堂薫のままなんですね」
 見事な男だった。力に溺れることなく、しかし過去に縛られるでもなく。カイン・セイクリッドは新堂薫のまま、カイン・セイクリッドになった。たとえ、全てを救う選択など無かったとしても、全てを救うと決断をした。救えないと知っていても、誓った。
 それは、偽善。されど、いつか真実になると信じて。
「お前だけを斬り捨ててな」
「そりゃ、そうでしょう。薫さんの選択は、僕を殺すことでしか選べない」
 きっと、自分だけではなかったはずだ。斬り従える。それでも、生かした人物は数知れない。それが六王となり、スロウとなり、今を作った。
「今がある。それは、貴方のおかげですよ、薫さん」
「だとしたら、光栄だ。救えなかったモノは多々あるが、今が良いのだと胸を晴れる」
「もう一つの懸念は、きっと妹さんとあの人が解決してくれます」
 あの時、迎えられなかった終わりを。きっと、迎えてくれる。迎えられたのなら、新堂薫が抱いた後悔さえ、浄罪へと導ける。忘れてしまった罪さえ、贖える。
 進んだ道は、困難。しかし、進みきったその先は、楽な道よりも、幸福が待つ。
「まだゴールじゃありませんけどね」
「そうだな。でも、お前、それでよかったのか?」
「僕も悔いはありますが、楽観的なんですよ。貴方と違って」
 二人、並んで浜辺を眺める。
 この今を作れたなら、楽観も悪いものではないだろう。


―――――過去と未来の境界に 【君塚冬真】  7/11 P.M6:30

 高らかに金属音が鳴り、祭りの終わりはすぐそこにあった。
 空は次第に夕焼けに染まり、どことなく、終焉の物悲しさを語っていた。出店が終わり、イベントも終わり、人々が普段へと帰っていく。
「へぇ。結局、ジャックさんの負けだったんだ」
 うなだれるジャックとDを前に、率直な感想を述べる。店じまいにはまだ早い、と最後まで残る客の相手をする朝里明貴。そして、その隣で穏やかに微笑む、二人の姿。日傘を差し、本当に穏やかな表情で夕焼けの海を眺める二人は、とても絵になっていた。
「当たり前じゃ。ビーチバレーの二人と水着ショー優勝者がいる店に勝てるかッ」
「うん、そりゃそうだね。勝てたら場末の喫茶店なんて、廃業した方がいいよ」
 仲間が、集まる。それは解散前の合図だろう。最後に集まって、顔を合わせて、終わり。最後があるから、また明日があるのだ。
 日常へと、戻っていく。その日常さえ楽しみだった。それでも、祭りの終わりは物悲しい。
 君塚冬真を日常から再び連れ去ったのは、残された手紙と信じる想い。医院に再び呼ばれ、浅川柚葉に、そして矢上彩に出会うのだ。日常は、そこにしかなかった。力など不要。あの世界にいられるなら、それでよかった。
「さて、もう夜になるわけだが」
 ウミネコ館の階段の上から、柚葉が声をかける。テラスには、椎名姉妹の姿もあった。祭りの終わりを告げる音が、そこかしこから聞こえる。撤収作業ももうじき、終わり。日が暮れれば、今日の夢は終わってしまう。
「薫が来て、今後の話もある。色が戻り、戦略的な話もある。だが、今日は無礼講。明日の話は、明日にしよう。祭りは終わる。今は、その余韻に浸りたい」
 珍しく、柚葉がそんなことを言った。策謀家のような彼女が、今を楽しみたいと言ったのだ。周囲は驚く。Dの驚き方などハンパじゃない。
「過去の話などどうでもいい。未来のことは明日決めよう。現在は、今しかない。これは余談なのだが、色とわたしはある程度、連絡をとっていた。アーシュ・リーティアや矢上彩も同等だ。即ち、今日この時に集まることなど、知っていたのさ。お前さんだけが、知らなかった、冬真」
 神争で敵対した。Dも柚葉も、彩さえも敵だった。味方だった少女は、この手で殺してしまった。君塚冬真は力を手に入れ、そして何かが見えなくなった。
「相変わらず、間抜けだ。だが周りは知っている。だからお前さんの立つ世界は、正しい。わたしたちがいるのだからな」

「――――お帰り、冬真。世界はこれで、揃った」

 彩が微笑み、迎えてくれる。周りの人々も、同じ。世界いまを作る最後のカケラを、迎えてくれる。お帰り、と。笑いながら迎えてくれる。
 ああ、よかったのだ。選択は間違ってなどいなかった。選んだ道は、正しくなくとも、正しいと皆が言ってくれる。間違っていれば、教えてくれる。そんな世界に、僕は立っている。
「うっしゃ、終わったぜ。さ、グズグズすんなよ冬真。これから、ビーチパーティだ」
 作業を終え、戻ってきた煌貴が肩を叩く。準備を手伝え、ということらしい。
 相変わらず、忙しいのだ。それでも、充実している。いつしか楽しいと思える今を、君塚冬真は迎えられる。
「涙目だぞ。どした、柚葉にイジメられたのかッ」
 皆が笑う。柚葉が怒り、氷彩が指を指して笑う。世界は揃って、足りないものなどない。
「ち、違うよ。ただ――――」
 感情が溢れただけだ。だがそこに、不安なものは一切、無かった。


―――――鏡像 【夜神色、矢上彩】  7/11 P.M8:30

「……私と一緒にいていいの?アーシュ、ブチ切れるだろ?」
「……それ、難しい問題だな」
「……」
 沈黙。どちらかが口を開くまでには長い時間を要し、気まずい空気になる。そして耐え切れず、前を見る。酒を片手にまだ焼肉を食い漁る連中や、ハイテンションで絡む女子生徒たち。まさに混沌であり、珍しく、柚葉でさえ冬真いじりを開始している。
 そんな中、二人はテラスで並び、時間を共有していた。どちらが示し合わせたわけでもなく、運命に呼ばれるように、二人に。
「……楽しそうだな」
「……楽しくはないわ」
「……」
 再び、沈黙。確かに、楽しくなかった。
 彩と色。同一の存在とも言える。生物学的には平紗歩叶と朝里煌貴だが、今更、そんな関係に戻ることも出来ないだろう。互いの性格、人格、記憶から知識、そして感情までも完璧に補完し合う存在。双子より近い。一人の人間が、二つの肉体を持つようだった。
 違うとすれば、肉体の性能くらいだろう。違いがそれくらいしかないせいで、会話すら不要だった。互いに何を考えているか、大体、わかってしまう。無駄な会話はせず、本当に無駄な会話しか出来ない。天気の話やら、ニュース番組のような会話になる。
「……やっぱり、アーシュ切れるんじゃない?」
「……オマエ、自分の恋人が自分と会ったら、嫉妬するか?」
 厳密には違うが、同じようなものだ。自分に恋愛感情を抱くこともない。抱く人はいるが、そこまで酔ってはいなかった。
 世界で最も愛すべき存在。それでも、恋愛の対象になるはずがないもの。
「色々と、言いたいことはあるんだけど」
 言葉にならない、とでも言いたげな表情を彩はした。言わずとも、知れる。色は無言で、応えてみた。どこか、もどかしい。頭と体が離れてしまったら、きっとこんな感じになるのだろうか。
「とりあえず、ありがとう。かな」
「なら、どういたしまして」
 それで、三度目の沈黙になった。けれどなぜか、語り明かしたような気分になる。言うべき言葉が無くなって、必然的に黙ってしまう空気。どこか充実していて、満足した気分に。
 現像と虚像が、同時にいる奇跡。それは、明日からもずっと。

 祭は終わる。精一杯の奇跡だったが、自ずから起こした奇跡でもあった。
 だから、楽しい。気兼ねなく、楽しめた。
 祭は終わる。そして明日から、未来が始まる――――

 たとえ。終着は避け得ない破滅だとしても。
Copyright 2006 Circle STELA All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-