Geschick
A gala day of certain summer -Another Story-
―――――事の発端 【椎名夏海】 7/1 A.M10:00
新浜に向かう途中、とある街に寄った。そこはそこそこ都会で、総合的に見れば地方になる微妙な街。自身が住む街や新浜と比べれば、天地の差がある大都会ではあった。
駅前。人々が行き交うメインストリート。広場のようになっている駅前には様々な店が面し、大通りへと通じている。日曜の午前は人も多く、確かに賑わっていた。
雑誌に載っている有名な喫茶店や洋菓子店、ブティックなどを見ながら進む。目指す浅川医院は通りに面していて、駅から十分弱、歩いただけで到着してしまった。ビルの三階が医院で、二階は住居だと聞いている。一階は、閑散としたイタリア料理店だった。
やけに遅いエレベーターに乗って、三階へ。階段と通じている踊り場。古ぼけたドアを開けると、待合室があった。
「うん?あれ、椎名夏海さんじゃないか。やぁ、久し振りだね」
気さくに声をかけてくるのは、君塚冬真だった。以前と変わらず、優しげな表情。待合室でテレビを見ながら麦茶を飲んでいる。どうやら、中はお客がいるようだ。
「友達が、怪我しちゃっててね。もう大分よくなったんだけど」
それでも、冬真は案内してくれるようだ。彼は先頭に立ってドアを開け、診察室らしき場所へと夏海を通した。院長のデスクと、診察台などがある。待合室に比べると手狭だが、充分な広さだった。
浅川柚葉は知っている。相変わらず無愛想に、こちらに目を向けただけだ。ただ、見覚えの無い男性が診察台に腰掛けている。ちょうど診察が終わったのか、ノースリーブのシャツを着る背中が見えた。どことなく、色めかしい仕草だ。
青年は立ち上がり、振り返る。おや、と思うほどの美形だった。どこか冷たいような表情には、不機嫌そうな感情が読み取れる。何となく、矢上彩に似ているな、と思った。
驚いたのは、腰に剣を佩いていることだ。背部、ちょうど後ろの腰に差された剣はおよそ現代では考えられることではない。
「ああ、アレは仕方がないんだ。彼はその守り手、みたいな人だから。管理人というか、鞘というか」
「アーシュがいないんだよ、今日は。うっかり家に置いておくと、ベアトリーセが触りかねない」
「それで、何用かな。お前さんがここを訪れるということは、ただ事ではあるまい」
柚葉の厳しい言葉が飛ぶ。相変わらずである。しかし、今回は事件ではないので、彼女もきっと喜んでくれるだろう。
「招待しに来ました。ちょうど一年経って、経営も軌道に乗って、よかったよかった、ってことなのです」
昨年、姉が経営する海猫館は経営難であり、さらに幽霊騒ぎで客どころではなかった。それを解決してくれたのが、浅川医院と矢上彩、君塚冬真の面々だったのだ。
そこで今回は、感謝も込めて貸切の招待をする。ちょうど夏祭りの日でもあって、ビーチは観光客が大勢来ることだろう。新浜の旅館はほぼ予約で満席であるが、この日だけは海猫館は浅川医院ご一行のために無料で貸切となる。
「いっぱい来てくれると嬉しいです。それでお祭りを一緒に盛り上げられたらな、って」
「うん、それはいいね。僕は行くよ」
冬真が笑顔で賛成してくれる。浅川医院の面々なら、さらに祭りを盛り上げることこの上ない。またジャックの店が開くかもしれないのだし。
「わかった。彩には俺から誘っておく。オマエじゃ無理だろよ、冬真」
「嬉しいんだか悲しいんだかわからないことを言うね」
夜神色、という人が笑いながら言う。名前からして、彩の兄なのかもしれない。
とりあえず、掴みはおっけー。後は夏祭りの日を待つだけとなったわけだ。
―――――全軍行進 【君塚冬真】 7/11 A.M6:30
バス二台。それが、輸送車である。浅川医院チームと矢上邸チームに分かれ、冬真らは新浜へと進む。随行してくるヘリやら装甲車やらがあるものの、それは気にしないことにした。
こちらのバスには、柚葉と彩、聖蓮から戻った氷彩と西川彼方、Dが乗っている。あちらは煌貴とアーシュとベアトリクス、それにソルという少年と、矢上藍の五名。確かに、これだけいて、この面子なら盛り上がるだろう。
「へへへ、女性の方が多いってか。こりゃ楽しくなりそうじゃんか」
「……まぁね」
不安要素があることは否めない。特にヘリと装甲車。アレに何が入っているのかと考えると、きっと恐ろしい予感に変わる。なので、考えないようにした。素直に、純粋に、夏祭りを楽しめばいいのだ。
しかし、そんな不安を凌駕するほど楽しみではある。彩の水着とか、アーシュの水着とか。あの美人代表格ツートップの水着姿を拝めるのは、きっと男として幸福なことなのだ。柚葉はいつもと同じ、白衣だろうが。
「悪いけれど。私、前のモノと一緒」
「いい、全然いい。むしろそれがいい」
あのとんでもないビキニのことか。新調したとしても楽しみだが、あの扇情的な水着でも問題など何一つない。
「ノンノンノン。トーマよ、お主ぁ、ひとつ忘れてる。おそらく最強は、ベアトリクスじゃ」
「――――確かに」
強烈バストの持ち主だ。日本人より外人の方が強い、というのは当然のことである。致死量とも思えるあの体で、水着でも着ようものなら瞬殺されかねぬ。と、そんな持論をかざしては、きっとアーシュに殺される。
「後は藍ちゃんかな」
「イエース。ほぉ、見るとこ見てるんだのぉ」
これからの楽しみに夢を咲かせ、会話は弾み、ついでに胸も弾む。
だが――――それはこの大惨事への序曲に過ぎなかったのだ!
―――――到着、そして楽園へ 【西川彼方】 7/11 A.M7:00
期待にときめきながら、バスを降りる。先についていたのか、荷物を積んでいたバスである矢上チームがビーチに立っていた。パラソルやらテーブルやらをテキパキと配置し、衣服などは民宿へ入れたようだ。
手伝うために、こちらも男手は色のところへ行く。パラソルチェアを並べ、椅子を置いてテーブルを設置。真ん中にビーチパラソルを突き立てて、まず一つのテーブルセットが完成。それを幾つか用意して、とりあえず作業は終わったようだ。色はクーラーボックスからビールを取り出し、座りながら飲み始める。
「さんきゅ。助かった」
女性陣は、ウミネコ館の中で着替えているのだろう。時刻は午前七時。まだ時間が早いためか、人はそれほど多くない。
「僕らも着替えちゃおうよ」
「誰もいねえからここでいいんじゃね?」
「マジすか、まぁいいけど」
荷物から海水パンツを取り出す。オレンジのバミューダパンツだ。膝上ほどの長さで、やや細い。冬真はノーマルな海パンで、Dは完全に競泳用のツナギルックだ。色は黒くシンプルなサーフパンツ。鍛えられた筋肉美、細い筋肉が何ともカッコいい。その上に白いTシャツを着て、ひとまず海に入るつもりはなさそうだった。
夏の日差しは朝でも強く、早くも汗ばむ陽気だった。
「もうすぐジャックが来る。俺、そっちの手伝いもしなきゃならんから」
「あ、そうなんだ。じゃあお先に楽しむよ」
片手を振って了承する色。やっぱり、大人のお兄さんは格好がいい。それを言えば隣の看護士もそうなのだが、どうにも、格好よくはない。目指すなら、色みたいな男性だ。
言ったそばから、ジャックがワゴンで到着する。中には長机とパイプ椅子、サイフォンのコーヒーメーカーと四角形のパラソルだった。クーラーボックスも持っており、中には氷とアイスコーヒーが入っている。やはり、喫茶店なのだろう。祭りなのだから、出店も認められているということか。
「お待たせ。うわ、七時なのに暑いねぇ」
背後から君塚氷彩の声が聞こえた。振り返ると、着替えた女性陣がウミネコ館からやって来ている。その華やかさに、一瞬、唖然とした。
あの君塚氷彩でさえ、美人だ。矢上彩との学生コンビ。もし、同じクラスだったなら、旅になど出なかったかもしれないと彼方は思った。去年より、随分と大人になっているのだ。
矢上彩は魅惑系なビキニ姿、もう素晴らしい。対する氷彩もセパレートタイプの鮮やかな赤色水着。ワンダフルだ。後続は柚葉だ。黒い水着に白衣を着ている。ミステリックすぎる。
「おお、柚葉さんが水着だ……」
「確かにびっくり」
うう、と唸る。なぜに白衣。白衣でなければ、柚葉も美人なる一人である。
「カナタ、後ろだッ」
教えられ、さらなる後続を見る。矢上藍と、ベアトリクスのペア。階段を下りる姿が目から離れない。あれは、反則だ。特に外人。凶器である。藍は群青色のスクール水着。ある意味素晴らしい。ベアトリクスは、パレオを巻いたエキゾチックな水着だった。
「すげえ、揺れてるぞ――――!」
「おじさんもびっくりだにゃー。姉とは比べるまでも無い、か」
こうなると、もう一人の外人、アーシュ・リーティアに注目がいく。あの顔で凶器持ち出されれば、卒倒ものだ。
そうして、ラスボスが現れた。
―――――急転直下、地獄絵図開幕 【夜神色】 7/11 A.M7:30
ばたん、と西川彼方が倒れた。高校生には刺激が強すぎたらしい。ある意味。
「アーシュ、オマエ、凄いヤツだな」
思わず、声をかける。そうでもしないと、この沈黙に耐えられそうになかったのだ。文句ありげな顔で黙るアーシュを見ながら、出来るだけ、その下半身に目をやらないようにした。
アーシュの水着は、水着ではないと推測される。上は色の白Tシャツを借り、すっぽりと足の付け根まで隠している。問題は、その下だ。膝上から首まで、黒い網が見える。おそらく、チェインメイルの類だろう。両足の大腿には鎖があり、繋がっている。ちらっと見える下の水着は黒。だが、どう考えても金属製。言うなれば、アレは鎧である。
「んで、上。オマエ、それ金属だろ」
くっきりと浮かぶバスト、どう見ても金属です。鋼鉄の胸でも持ってるのか、彼女は。
「ある意味、一番エロさがあるな。なんだって縛られてるの、オマエは」
Tシャツが大きいため中々に気付き難いが、首から胸、そして腰にかけて鎖が走っている。あれでは満足に身動きもとれないだろう。大体、海に入るのは無理だ。沈む。
「ぬおおあぁぁぁ!妹の水着姿だとぅ!」
上空から響く声。聞きたくない。実に不快である。バラバラとヘリのプロペラ音が聞こえ、飛び降りてくる銀のアレ。
着地し、砂を蹴立ててアーシュの前に立つ銀のアレ。ちゃっかり海パン姿なのはどう見るべきか。
「あれ、水着じゃないじゃん」
「そうだな。鎧とか、下手すりゃ下着の類じゃないか」
あ、銀のアレが消失した。ターゲット、ロスト。ミッションは一瞬、海の彼方へ標的は消えていったようだ。なんという早業か。現れて消えていく無情なる男を見送って、再びアーシュに視線を戻す。
「私と色さんの邪魔をするなら、容赦はいたしません。覚悟をなさってください、今から。次はございませんから」
「すでにいないっつの」
これ以上頭痛のタネが増える前に、作業を開始することにした。再び、ビーチは喧騒に包まれる。浮き輪や何だのが持ち込まれ、海へ豪快にダイブを始める仲間たちに背を向け、ジャックに手を貸すことにする。
「その、お気に召しませんよね、やはり」
「素肌、見せたくないんだろ。だからってソレはどうかと思うけど、まぁ、イヤらしくていいんじゃないか、こういう場には」
適当にお茶を濁す。とても直視できるものではなかった。隣にとことこ歩いてくる姿は、やはりどこか可愛らしい。両足を大きく開けないためか、本当に可愛らしく歩くのだ。
結局、海に入らないアーシュとジャックの手伝いをすることにした。机を二つ並べ、四角のビーチパラソルで屋根とする。サイフォンを置き、早速コーヒーを淹れ始める。ジェネレーターはウミネコ館や夏祭りの委員会で用意してくれたようだった。
「はははは!息子よ、女連れで海とはサスガだなッ!」
ふと、変な声が聞こえた。それはビーチの上、駐車場の方からだ。悪夢、再来。砂を蹴立てる、どころか砂塵を作りながらハリケーンのようにやって来る男と女。
ヤバい。アレは、ヤバい。絶対に顔を合わせてはならない人間だ。
「まさか、この声は。アキか!」
ジャックが屈み、どこからかサブマシンガンを取り出す。サングラスを投げ捨て、敵襲に備えてテーブルを蹴飛ばし盾にする。こちらも、アーシュを抱えて退避することにした。やや後退し、通りがかりの来客を演じてみる。
瞬間、パイプ椅子を巻き込みながら、長机が爆破された。続けて鋭い閃光が走り、強烈な爆音が鼓膜を破壊する。これは、音響閃光弾!
激しい銃撃の音が聞こえ、次第に目が慣れてくる。突如として始まった砂浜の銃撃戦。勝者はやはり、アキと呼ばれる人物であった。ジャックの即頭部にアサルトライフルを突きつけ、にやりと笑う。
「ふ、腕は落ちてないな」
「俺サマ最強だからな、イェーア!」
それで挨拶は済んだのか、ライフルを下げて見詰め合う二人。後方から、女性も近付いてくる。どういう神経をしているのか、と問うつもりはない。
「色さん、あの無常識な方は知り合いですか?」
「まさか!何の関係も無い」
銃声。銃弾が飛んでくる。それをしゃがみながら華麗に回避し、銃口目掛けて握った砂を振りかける。当然のごとく、間合いを詰めてくる敵は一瞬、ひるんだ。その隙に銃身を掴み、逸らす。乾いた銃声が鳴り、砂が跳ねた。手の平に熱を感じ、急いで離す。
「さすがは俺サマの息子だ!目がいい、動きがいい、何より顔がいいッ!」
「うっせ!いきなり発砲するな、いきなり!」
「なんだ、じゃあ今度からは宣言してから殺るようにするよ。それでオッケイ?」
頭痛は止まらない。
にこやかに笑う父親、朝里明貴を前に、もうホント、とんでもないドン底に落ちた。
―――――ビッグ・バッド・ダディ 【アーシュ・リーティア】 7/11 A.M8:00
色の父親と母親。会ってみたいと思っていたが、まさかこのような人物だとは思いもよらなかった。朝里明貴、透子夫妻。両親共に美形で、やはり色の両親だと思わせる。
しかし、性格は凄い。物凄い。思わず、呆気にとられたほどだ。この人と生活をするのなら、母親も物凄い人なのだろうと推察出来た。
ジャックと呼ばれる人物の店、ビーチに設置された白椅子とテーブル、四人掛けのその場所に陣取る。朝里夫妻は満面の笑みだ。一方、息子である朝里煌貴は顔を伏せ、憎々しげに唇なぞを噛んでいた。
それも、当然と言えば当然だった。朝里煌貴は二年前の十二月に亡くなっている。死亡届が提出され、夫妻は葬式にも出たことだろう。君塚冬真らがしたことである。その後、平紗歩叶が朝里煌貴に代わり、娘となった。
今更、息子の出る幕ではない。死んでいるのなら、尚更。
「あの、アーシュ・リーティアと申します。これには様々な事情があって」
弁護しなければなるまい。ジャックが運んできたアイスコーヒーに目もくれず、必死で、夫妻の顔を見た。
「そかー。色々大変だったなぁ、煌貴」
などと、勝手に納得された。偽りではなく、本心から理解している。まだこちらは説明もしていないというのに、両親揃って大変だったと励ましている。
「男なら一度は死ななきゃならねえ。それは自尊心や誇り、守りたい何かのためさ。オマエも一人前になったじゃないか」
「は――――?」
「朝里煌貴っつー俺と透子の息子は死んだ。しかし、オマエは生きている。それは今までの人生を捨てなきゃならなかったんだろ。そうしないと守れないモノがあるからだ」
意味のわからない持論を振り回す父。このムチャクチャさは、兄である新堂薫やディエゴ・セルジュを圧倒していることだろう。男なら一度死ね。素晴らしく無茶な持論である。
「あ、ああ。まぁ、そんな感じ」
「で、シキになったわけか。どこの機関かは聞かねえけど、バアさんの跡を継いでくれたんだな」
先日の葬儀の話だ。夜神色が喪主となり、夜神昇神瑠璃の葬式を行った。朝里夫妻は来なかったが、後継者の話くらいは耳にしたのだろう。朝里明貴は、夜神明貴なのだから。
「ほら、俺、男は家継ぐなって言われてたもんだからよ。勘当同然で家出したわけだ。のこのこ葬式になんぞ出れないっつの」
こうしてシリアスな表情でコーヒーを傾ける姿を見ると、親子なのだと思う。やんちゃな悪ガキをそのまま大人にしたような人だが、似ている。
それでも。やはり彼は、夜神なのか。哀愁を帯びた瞳は歴戦を感じさせ、その人生が如何に、如何に厳しいものだったのかを想像させる圧倒感を持つ。
「まぁ……んなコトはさておいて。ドコの娘だよ、彼女はよっ、な、息子っ」
「ドコって、フィンランド」
「フィンランドぅ?そりゃあアレか、ネズミの国みてえな場所か?」
関東圏の一大テーマパークのような扱いをされる。違う、キシリトールの国だと説明するバカ息子。多分、そういうことを聞いたのではないと思うが、そういうことを聞きたかったのかもしれぬ。
「確かに、白いはだ」
白い歯だ、なのか白い肌なのかは知らないが、納得される。なんだ、この人の理解力はバケモノか。
「そうじゃなくて。彼女、どこで知り合った方なの?随分と、キチンとされた方だけど」
おお、まともな発言が母から飛び出した。そうだ。そういうことを聞くべきだ。
「ドコで、って……っつーか何でそこまで聞くんだ」
黙秘権、発動。さすがに天国です、とは言えないのだろう。
「だけどね。アーシュさん、って言ったっけ。ちゃんとソチラのご家族にも会ってみたいものだし」
「両親を早くに亡くし、伯母に引き取られていました。その伯母ももう亡くなり、兄と同居をしていました。今は色さんの家に住まわせていただいております」
「あら、あのお屋敷?」
「同棲か。パパ、妬いちゃうなぁ」
息子の恋人に嫉妬してどうする。大体、そういうのは母親だろう。それともこの人の母性本能は半端ではないのだろうか。
「だったら、なおのことお兄さんには会わなくちゃね」
「ああ、それなら今――――」
―――――出動!水着警備隊 【ベアトリクス・プファルツ】 7/11 A.M9:00
ちらほらと海岸に観光客も見え始めた朝の九時。スロウの面々はそれぞれに活動を始め、ビーチは賑わいつつある。夜神色とアーシュは色のご両親と対話を楽しみ、君塚冬真らは海ではしゃいでいる。そんな風景を、浅川柚葉はパラソルチェアからサングラス越しに眺めていた。
駐車場に停めた装甲車へ、ベアトリクスは向かう。ベンツの車、と言えば聞こえはいいものの、実態は装甲兵員輸送車である。六ものタイヤからなる巨大な車体は、およそ自動車とはかけ離れている。乗員二名、兵員十名が搭載可能な軍事目的の輸送車だ。
「それでは巡回を開始する。一斑と二班は交代で警邏を始め、三班は電子戦の用意。各班とも通信機を忘れるな。中継はここで行い、三班の監視下に入る。休息中の班は拠点から海岸線を観測すること」
隊員は各々、好きな武器を手に取り、装甲車の前に並ぶ。一班が四人構成の計十二名。うち二班が武装している。
「用意できました、プファルツ卿」
「よし、では出動する」
一斑の四人を連れ、白い砂浜に降り立つ。背後では黄色い歓声。騒ぐ、というほどではないが、多少は楽しんでもいいだろう。それで、職務を遂行出来ればいいのだ。
海猫館とは反対の方向から浜に入り、一周する。その時は班が交代され、一斑は休息をとる。巡回はおよそ三十分ほどだろう。警備を任された身としては、きっかり見てまわらなくばなるまい。
「卿、アレはなんですかぁ?」
一斑の指揮官である、グレーティアが口を開いた。示す方向には、出店がある。ジャックの店でもなく、夏祭りを彩る一点であろう。おそらく、委員会に届けを出したものか、あるいは委員会自体で行っているものかもしれない。近付いてみると、後者だった。近くの旅館がやっている出店のようである。
「トウモロコシだ。焼いたコーンであろう」
「へぇ、ママリグッツァみたいなモノですかね」
東欧でパンの代用品となる煮たコーンの話を持ち出される。粉にして煮込んだものと、そのまま焼いたものとでは随分と味も違うだろう。アメリカなどでは有名らしいが、食したことはなかった。
「買ってみようか。主人、コレは幾らであるか?」
「はぁ。一本200円ッス」
色にもらった千円札を取り出し、渡す。代わりに人数分の焼きトウモロコシをもらい、配る。
珍しい香りがする。醤油とか呼ばれるもので味付けしてあるのだろう。ほんのり、バターの香りもする。
「あら、美味しい」
「うむ。これは中々」
単に塩まぶしただけの料理とは大違いである。甘みがあり、なおかつ香味が豊か。日本料理とはなかなか、素晴らしい。
隣には、焼きそばと書かれた看板がある。三百円を支払って、隣の店も制覇してみる。
「しょっぱくて酸っぱくて、ウスターソースとジンジャー?」
「赤いジンジャーか。これがまた、味を引き立てている」
「日本の料理って、美味しいんですねぇ。ウチらだったらまずイモ、たまにニンジンですもの」
「それと肉。ウインナーか。基本的に保存食だから、鮮度が落ちるのは当然だ」
それでも。紋章院にいた頃は祖国が懐かしかった。あのウインナーとか、バウムクーヘンとか。イモしか無いが、無いからこそ多彩な料理。中身は一緒なので、どうにもならないこともあるが、イモ料理でさえ懐かしかったのだ。
「あの単調な味付け、調味料など微塵も感じさせぬ。イギリス人というものは、オーブンで何でも焼けばいいと思っている。あとは魚のフライだけだ――――!」
「ほ、ほら、イギリスにはローストビーフとかあるじゃないですか!それに、お茶!そうお茶!」
「茶か。そんなもの、腹の足しにならぬわ」
イギリスが大英帝国でありえたのは、きっと、皆があの食事に耐えられずに逃げ出したからだ。なんということだ。日本はこんなにも、素敵だったなんて。
次の店を制覇しようと企んだその時、不意に耳を貫く電子音が流れた。拠点から通信。ターゲットを発見、南の方向、海より侵入する敵を捕捉。すぐさま隊伍を整え、方向を見定める。緊張感に包まれ始める一斑。ケジメはある。楽しんで、それで任務を果たせばいいのだ。
「グレーティア、二時の方向だ。射撃位置につくぞ」
砂を蹴り、走る。海岸への上陸は何としても拒んでみせる。一斑の武装は、刀剣類が多かった。二班に援護を頼む。拠点の銃座と装甲車の機関銃を掃射してもらうのだ。
「全隊、白兵戦用意。射撃可能な者は第二班と合わせて援護せよ。これより上陸する敵を殲滅する」
グレーティアを含め、三人が白兵戦闘を行う。残る二人は突撃銃を持っていた。
海が割れる。敵が、来る。絶対に、新堂カオルを上陸させやしない。アーシュと色は、ここで守るのだ――――!
―――――チームスロウ、始動 【椎名夏海】 7/11 A.M9:30
朝の九時をいくらか過ぎて、早くもその賑やかさに目が覚めた。外は快晴。絶好の海日和。夏の日差しは熱を帯び、嫌でも感情を高めていく。
Tシャツ姿で外に飛び出る。階段を下りて、砂浜に立つ。すでに観光客が入りつつあり、出店が開店しているところもあった。ウミネコ館の前には、ジャックの店と浅川医院で取り持つ店が開く予定だった。海の家、出店、そして白い砂浜と海。素晴らしい。
「お、おまッ、不敗の剣はヤメろ、ヤメてくれ、頼むから生かしてくれッ」
「問答無用。聖女奪還作戦などさせぬわ――――!」
ピカっと閃光。轟く轟音。海を断ち割り、藻屑と変えるベアトリクスの一撃。迫撃砲やら機関銃やらが海を貫き、爆音と共に新堂カオルは藻になった。
「はっはー。年甲斐もなくはしゃいじゃって、みっともないぞ」
「Dさん、アレ、マジですよね。まぁ薫さんなら三日もありゃ充分でしょうが」
冬真とDに近付いてみる。二人はもう海に入っていたようで、全身が濡れていた。ひとまず休憩しているのだろう、椅子に座って海を眺めながら会話をしている。タオルを渡しながら、夏海もその卓につくことにした。
ベアトリクスは、警備担当だった。浜辺の警備を任され、彼女のコネクションで薔薇騎士団とやらを動かしている。それは女性だけの部隊で、華やかな水着美女が武装して海岸を闊歩し始めたのだった。
様々なスタイルで海を楽しむ人たち。氷彩などは海の中で遊んでいて、彩と柚葉は仲良く並んで日光浴だ。サングラスをしてパラソルチェアに寝転がる姿は、遠目からでも威圧感があった。
「ねぇ、夏海ちゃん。お祭りって、どんなことするの?」
そう、今日は夏祭りの日なのだ。まつり運営委員会が企画し、姉の渚が関わっている。この日から新浜の海は観光シーズンが始まり、八月には花火大会なども予定されていた。
委員会で企画したイベントは様々ある。西端をウミネコ館、東端をライバル旅館のホテルとして、その間には出店が並び、中央にはステージが設営されていた。水着コンテストや有志によるバンド演奏、ビーチバレー大会などがある。中でも、水着コンテストはショーの意味合いも強く、メインイベントになりえるだろう。
「アーシュさんは出れないよね」
「そいつぁ警備担当とアヤ嬢だろう。問題はビーチバレーだな」
二対二で行うビーチバレーに誰を出すか、というのが問題らしい。ビーチバレーといっても真剣なものではなく、皆が楽しめればいいと思って企画したものだった。参加資格などは無く、男女ペアで参加となっているため、ネットも低くコートは狭い。
それこそ、Dとベアトリクスが出れば優勝は間違いないだろう。
「そいつぁ反則だっぺよ。オレらじゃ性能が違いすぎる。日本人でフツーなヤツにすべきじゃないかな?」
参加者の中に、Dとベアトリクスがいれば確かに目立つかもしれない。二人とも背が高く、体格が良い。だからこそ優勝は間違いないのだが、彼らはあくまで、周りを盛り上がらせればそれでいいと呟いた。
この人たちの、そういう部分が好きだった。決して独裁的な考えはしない。皆のことを考えて動いて、最良の結果を常に求め、そして導く。
「柚葉――――は怖ぇからパスして、色でも呼ぶかぁ」
「あ。なんか、すごくピッタリな人、見つけちゃった」
―――――少年よ大志を抱け 【少年三人組】 7/11 A.M9:50
家族旅行。新浜の祭りに、両親と姉の四人で来た。十時前。まだそれほど混んではいなく、ちょうどいい時間帯に到着したものだと感心する。
「おー、コイズミ。なにしてんの?」
着替えて、先に浜へと到着する。両親と姉とは別行動だ。まさか、この歳になって一緒に海で遊ぶというわけにもいかない。
お小遣いで出店を回ろうとした瞬間、友人が視界に入った。
「あれ、彼方だ」
一年の時に同じクラスで、中学からの友人、西川彼方が焼き鳥を持って歩いていた。すっかり水着姿で、ビーチサンダルという出で立ち。その隣には、群青のスクール水着という時代錯誤な格好の女性。それがまた美人で、黒髪美人といった感じだった。
「家族旅行で来たんだよ。それよか、元気だったの?」
「おお。まぁ、転機っつーの?そんなもんがあったんだよ。俺は職場の慰安旅行みたいなので」
昨年とは、立場も何もかもが違う。西川彼方は第十の吸血鬼として、スロウの保護を受けて浅川医院に寄宿する異端者。一方の小泉慈雲は高校三年、真剣に進路を決め始めた時期である。仏教系の大学に進み、やがて家である龍眼寺を継ぐだろう。
「いいなぁ。彼女連れかぁ」
「違う。この人は矢上藍さん。俺の先輩みたいな人で、恩人でもあって、恩人の従姉妹」
「矢上?ってことは、矢上彩って?」
「……従姉妹の子。ああ、なら貴方が小泉慈雲。兄さんが言ってた人、ね」
冷たい視線で眺められる。思わず、たじろぐような冷たい目。憧れの彩さんの従姉妹は、彼女同様、無愛想で無感情なる人だった。
「その話なら俺も聞いたぜ。あの人は男遊びの天才みたいな人だかんな。悪女に捕まったと思って諦めろよ」
笑いながら励ましてくる友人。どうにも、矢上彩という人は誘惑の達人らしい。逆ハーレムのような状況で、それでいて本命がいない。きっと、人間関係に淡白な人なのだろう。こっちが詰め寄って、自滅しただけの話だ。
「よっしゃ。なら、今日探そうじゃねぇか。これだけ人がいりゃ、愛しい彼女も見つかるかもよ?」
上機嫌の彼方についていく。確かに、彼ならナンパというのも得意かもしれぬ。期待が無いといえば、それはウソである。
が、現実はそんなに甘くない。最初の失策は矢上藍がいたこと。で、彼女を外してトライすること二度、三度。失敗を重ねて次の出店へ移動することを繰り返した。
「諦めが早いな。お、あそこに女の子たくさーん発見っ」
果敢にも突撃する彼方を追う。きっと、彼一人だけなら今頃は成功しているのかもしれない。上手く喋れず、後ろでただ口を開けているだけの慈雲さえいなければ。
案の定、今回も失敗し、出店の前は閑散と――――
「んだァ、商売の邪魔するんじゃねえ」
「彼方、俺らは今マジなんだ。悪いがナンパは他所でやれ、他所で」
ガラの悪い黒髪がふたつ。細目で睨んできていた。思わず、震える。マジ怖い。
「あ、あ、あなた様は」
「……あー、小泉慈雲か。その節は、どうも」
語尾が強調されて、非常に怖い。畏怖。矢上のおにーさま。矢上色は微笑みながら焼き鳥を売っている。再び女性客が集まり始める。隣の男性は、おそらく父親だろう。やけに若々しく、美男子。一家揃って美形というのも、何だか腹立たしくある。
「やっぱあの人、すげえな。黙って焼き鳥売ってるだけでモテんだもん」
「反則だよな。この一帯だけ人口密度違うし、ってうわぁ……」
遠目から見ても恐怖の二人組が、パラソルチェアに座って寝ている。サングラスに腕組み。浅川柚葉と矢上彩のコンビは、決して近寄ってはならないと無言のプレッシャーを与えているのだ。
「見てらんないなぁ。よかったら、僕も手伝いますよ」
とことこと歩いてくる新たな刺客。まだあどけない表情は幼く、少年と呼ぶに相応しい。金髪に緑の目。外人の少年はまさしく美少年で、子役やモデルのようであった。
少年は歩きながら、女性二人組に近付いてみる。可愛い、ドコの子などと聞かれ、あどけない笑顔で攻撃を仕掛ける。さらに彼方も加わり、あっという間に楽しい一時を迎えてしまった。
情けないことに。少年王は要領がよく、ちゃっちゃと目的を果たす人だったのだ。
「小泉くん、ちょっといいかな?面白い提案があるんだけど」
呼ばれ、振り返る。そこには、君塚冬真と見慣れぬ外人が立っていた。
―――――激突!浜辺の出店決戦 【ジャックvs明貴】 7/11 A.M10:00
時刻は十時。ウミネコ館横のビーチは人で賑わい始め、いよいよ、ジャックも出店をオープンさせた。アイスコーヒーとホットを完備、夏の浜辺ということで、アイスカフェオレなどもある。二台のサイフォンとエスプレッソマシンは人目を引き、浜辺の喫茶店は受けるだろうと推測された。
メニューは少ない。多彩なバリエーションを信条とするジャックだったが、今日はスペシャルブレンド一本のみである。ホットはさほど売れないだろう。メインがアイスのため、バリエーションを作れないというのが本音ではあった。しかし、アイスのメニューは充実している。
「すいません、このアイスウインナーって……?」
開店し、初めての客が来る。メニューにはホットとアイス、牛乳を同量入れたアイスカフェオレと、エスプレッソの上にホイップクリームを乗せ、ココアとシナモンをまぶしたアイスカプチーノがある。他に、アイスウインナーだ。
「ホイップの上にコーヒーを注ぐヤツだ。エスプレッソにすると、値段は高くなるが風味は良いぞ。アレンジはこの三種しか用意してないんだ」
しかし、出店にしては充実し過ぎだろう。案の定、開店から三十分もした頃には、若い人たちを中心とした列ができ始めた。ジャックは作るので手一杯だったので、Dが列整理を始めたようだった。
Dに感謝しなければならない。列は早々に切れて、あっという間にさばけたのだ。
「……なんだとっ!」
目を疑う光景。隣、そう、すぐ隣に出来た出店に、客をとられていたのだ。おかげでこちらはがら空き、隣の出店に、主に女性客が集まっている。隣といえば、浅川医院で出している出店のはずだ。
看板には、焼き鳥とビールと書かれていた。まさか。そんなノーマルなモノで。っつーか焼き鳥とビールで女性客が集まるのが不思議。
疑問は、すぐに解決された。出店をやってる二人組は、どっからどう見ても美形二人。天敵というかライバルである、朝里父子だったのだ――――!
「ふはははッ、閑古鳥が鳴いてるぞ、ジャァァァック!」
「どうでもいいけど。親父、もっとグラス傾けて、泡たてないようにすれ」
そんなやり取りで、黄色い声が聞こえてくるのが不思議だ。百歩譲って、Tシャツにサーフパンツ姿でクールに焼き鳥を両手にする朝里煌貴は格好がいい。タバコをくわえながら、時に笑顔で接客する男は実に要領もよく、商売人である。隣に立つバカ親父がモテる理由がわからん。
「お兄さん方は兄弟なんですかぁ?」
「あ、俺?いや、俺はコイツの親父。でもま、キミみたいな綺麗な人に若く見られるってのは、嬉しいねぇ。よし、オマケで豚串サービスだ」
「わかった。今日は祭りの日だ、楽しんできてな」
サービス精神旺盛。愛想が良く、粋なオヤジは美形かつ笑顔を武器にし、クールな息子は一言優しさを見せて手渡してあげる。なんだそれは。そこだけホストが営業する焼き鳥屋になってます。
一方、厳つい親父がサングラス姿で黙々とコーヒーを作る店。優劣ははっきりだ。たとえ味で勝っていたとしても、客を呼べなければ意味が無い。まして、ここは出店の勝負。口コミで広まる頃には祭りなど終わっている。いかに短期間で集客できるか。それが焦点であった。
「ウソぉ。お父さん、マジ若いっ」
「あんま褒めないで。調子に乗るとサービスしまくっから」
「ねえ、じゃあお兄さんはどっかでモデルとかしてる人なの?わー、他の友達も呼んでこよっかなぁ」
次々と客をゲットし、ほぼ同時にジャックの方を見る父子。ビール係は歯を見せて笑い、焼き鳥係は口元を釣り上げて微笑した。悪魔だ。悪魔の父子がいる。まさに、遺伝。恐るべき朝里の血、彼らは戦場でも日常でも悪魔なのであった……ッ!
「巻き返そうではないか、オヤジ殿。向こうが顔で勝負なら、こちらは中身、質で勝負じゃい」
「仕方がねぇな。Dや、手伝え。秘策のロワイヤルを出すぜ」
カフェ・ロワイヤル。デミタスカップに専用の器具を取り付け、角砂糖を乗せてブランデーを注ぐ手法である。渡す際に着火し、青い炎のコーヒーとなる。
さあ、勝負はまだ始まったばかり。果たしてジャックは因縁の相手に勝てるのか――――
―――――黒い聖女と坊主とボール 【小泉慈雲】 7/11 A.M10:30
エロい、もとい黒い聖女の隣に立つ。観客はまだ少ない。予選というか、ビーチバレー大会の第一回戦を慈雲は迎えていた。君塚冬真に説得され、ペアがこの娘だった。
アーシュ・リーティア。白いTシャツを着ただけの、妖艶な聖女。チラっと覗く黒い水着がなんとも言えない。直視すれば、おそらく試合どころではなくなるだろう。
「エロ坊主、視線がマズいぞー」
彼方の野次が飛ぶ。こほん、とわざとらしく咳払いをして、低いネットの方向を見た。気恥ずかしく、まだ会話すらままならないパートナー。どうしても、見ると足の付け根に視線が行ってしまうのは如何なる魔法か。
「エロ坊主、しゃきっとやれー」
矢上藍の罵声が飛ぶ。む、いかんいかん。喝。邪心を捨て、試合に集中。ここで負ければ、もうアーシュとパートナーを組むことは無いのだ。未来のため、将来のため、親密になるためには勝たねばなるまい。
「エロ坊主、なのですか。貴方は」
背中から声がする。バカを言え。それはそっちの責任だ。と、思っても口にはしない。振り返ればまた痛撃を食らうことは目に見えているのだ。
「私は、運動が不得手なので。よろしくお願いします」
ビーチバレーは、二人で行う。レシーブをし、トスを上げ、スパイクを打つ。つまり、レシーバーがスパイカー。アーシュの役目は、ただトスを上げるだけにするべきだろう。
試合が始まる。相手チームのサーブが来る。相手は、どこかの社会人だった。それなりに強烈ではあるが、やはり、遊びの域を出ない。容易くレシーブをし、アーシュの方向へボールを上げる。
とことことこ、と落下点へ歩く聖女。そのまま、小さく手を出して、ものっすごく可愛らしいトスを上げた。
「み、短っ」
短いTシャツに見惚れている場合ではない。トスは短く、急いで走る。おお、と歓声。アーシュが動くだけで歓声なのだから、どれだけ影響力を持っているのかわからない。
スパイクを打つには短すぎる。よって、トスの要領で敵陣深くにボールを飛ばす。下がる相手。レシーブをし、軽くトスを上げ、強烈なスパイクが飛んでくる。
ばちん、と嫌な音がした。敵の男性が放ったスパイクは見事にアーシュのお腹に命中。ぐぅ、と唸ってしゃがむ聖女サマ。罵詈雑言が飛ぶ。敵を責める観客の声。そりゃあ、こんだけ可愛い女の子の腹にボール当てれば批難轟々。
「ぁ、はぁ。大丈夫、です。続きを」
健気だなぁ。素敵だなぁ。綺麗だなぁ。
後の試合展開は、実に単調。遠慮をする敵の男性はスパイクを放たず、代わりに女性が打って来る。それならこちらでも止められ、しっかりレシーブをして返す。
ひとまず、一回戦は勝った。次は準決勝、とりあえず次も一緒にいられるということだ。
―――――スピード&レスポンス 【矢上藍】 7/11 A.M11:00
敵は弱い。すでに残り三人、藍は勝負にならないという表情をしながら、それでも真剣に挑んでいる。全身の砂を払い、残る敵を視界に。優勝は間違いない。これで、あの賞品も持って帰れるだろう。
午前の部、最大の盛り上がりを見せるビーチフラッグ大会。ギャラリーは多く、そのハイレベルさに次々とチャレンジャーは脱落していった。DJが決勝戦を盛り上げる、観客がノってくる。その中で、さらにヒートアップする敵がいた。
「さすがじゃねえか、夜神。だが、まぁオレには敵わない」
「……何、見覚えあるんだけど」
見覚えのある、外人だった。スピードなら誰にも負けぬ、神速を誇ると自慢げに胸を叩く敵。
「――――俊敏の吸血鬼、ジェイク・バルトークここに在り」
残る敵は、なぜか、吸血鬼。それもアーシュによってブチのめされた神速の吸血鬼。
「はぁ。貴方、なぜ?」
「スピードと言えばオレ!こういう大会にゃオレがいなきゃダメだろよ!」
いい感じにハイテンションなる吸血鬼。健康体というか、ビキニパンツで盛り上がるこの男、祭りには持って来いだ。観客もそのチャレンジャー魂に盛り上がる。
スクール水着、バーサス吸血鬼。とんでもない組み合わせであり、残る一人の一般人は早くも萎縮してしまっている。
DJの指示で、フラッグに背を向け腹ばいになる。藍は左端、中央に一般人、そして右端がジェイク・バルトークである。笑いながら最強を謳うあの吸血鬼、再び叩き潰さなければならないようだ。
スタートを告げる号砲、同時に反転し、駆け出す。隣の男にぶつかる。
「……えい」
タックルを仕返し、腕で押さえつけながら加速。吹っ飛ぶ隣。それがさらに隣へと伝染し、ピンボールのように弾ける。わき目も振らず、ただ黄色い旗に向かって手を伸ばす。地面に突き立った旗を華麗に引き抜き、後方で誰かが倒れる音を耳にする。
喜びながら、藍は優勝旗をDJに渡して賞品をもらう。箱に入った賞品を抱え、負け吸血鬼を見下した。
「グ――――遠野夜神、卑怯ナリ」
「だってコレ欲しかったんだもん」
電動ハブラシを見せ付ける藍。優勝賞品は、そんなモノだったのだ。
「い、いらねーーー!」
「準優勝はね、アレ」
奇妙な形の家電製品。見ようによっては、スキャナに似ている。
「鹿印のネクタイプレッサー」
「うわぁ、もっといらねェ……」
―――――叶う歩み 【平紗歩叶】 7/11 P.M0:30
陽が中天に達し、人口密度も最高潮に。熱狂に果ては見えず、さらに暑く、熱くなれと陽は空より問いかけるようだ。波は浜。人と海が生み出す波は強く、沈む想いさえ沸騰させるだろう。
「……駄目だな。奥へ行こう。プファルツが先ほど、報告に来ていたからな」
「……どうでもいいけど。お腹すいた」
旅館から進めば、当然、最初に行き着く店は知人のものだ。こんな暑い日にお茶会をするつもりはない。そして、もう一人のことは、どこかで忌避してしまっていた。心境は思考を除外して、本能が矢上彩と矢上色の接触を拒んでいる。
以前とは何もかもが違ってしまっている。世界に違和感などまるで無い。たとえ、戦わなければならない日があっても、代わりはいくらでもいるのだ。自分がわざわざ先導する必要はなく、無趣味な女は生を失った。
ただ、救いがあるとするならば。自分を映す鏡があることだろう。
それでわかる。鏡を見れば、自分の姿が見える。反面なる自分は鏡の世界。ここに立つ私は、矢上彩に最も近い平紗歩叶でしかない。やり方が強引だったので、完全に平紗歩叶になったわけでもないようだ。
「それで、彩。生き返った感想はどうかな?」
「別段、何も。そもそも、生きてさえいない人物じゃない」
「わたしが言っているのは、内面の話ではない。それを癒すのは精神科医か、朝里だ。そうではない。わたしは外面について問うている」
異常が無いわけではなかった。与死能力を持つ黒剣で刺されたのだ。完全に修復されたものの、ただ一箇所の異常があった。内的要因によるものだと自認していたが、そのことは口にしなかった。
「はっとするほど綺麗になった。原因は、眼だ」
「うるせえ。オマエに褒められても喜ぶものか、柚葉」
「両眼、灰色の虹彩の中心、瞳孔近辺がわずかに青い。蒼穹の魔眼が表面化している。虹彩異色症、というよりは単なる魔眼膨張か」
夜神色と線が繋がっている。膨大な魔力の渦。それは暴風に似て、川のせせらぎのように穏やかなものではない。魔眼が常に表面化する。
それでも。問題は何も無い。ハッピーエンドに影を落とすようなことは、無い。凝視すれば瞳孔の周りがかすかに青いだけ。実生活に問題があるのは、ヤツの女の方だろう。
「それとなく、診てやってくれない?多分わかってるんだろうけど、あの人には辛いでしょう」
「なんだ、彩、お前さんも朝里ラヴか?」
それは、どうだろう。世界で一番愛する存在。言うなれば、彼は王様なのだ。だから序列には加われない。兄や父のような人物ではない、家族でもない。それ以上。自分自身を愛するという意味では、おそらく世界中どこを探しても、それ以上は、無い。
ただ、入らないだけ。そこまで私は酔っていない。
「――――さぁ?それはご想像にお任せ、ってコトで」
妖艶に笑い、星女は翻る。ビキニ姿が、陽に眩しい。柚葉は一瞬、目を細めて姿を見つめてみる。どこか、変わった。恐るべし朝里効果、とでも言わんとするも、野暮と無粋は彼女の敵。
さ、後半戦が始まる。今の彩なら、きっと浜辺の水着女王にもなれるだろう。
願いは叶った。
何の望みも無かったが、ここから始める道こそ願い。歩むことこそ望みだろう。
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