決戦前夜。眠れぬ夜を、君塚冬真は過ごしていた。
記憶が曖昧だった。忘れてしまった何かがある。思い出せない過去がある。
確かに自分は誰かと出会い、誰かと支え合い、生きてきた。それは自分の人生であり、君塚冬真という人間を形成してきた大切なモノのはずだ。
ただ、思い出せない。名前が、顔が。 という感情がわからない。それは、忘れてはならない人の摂理。
そうやって、何かを失いながらやって来た。
「当然、だ。僕は、戦うことなんか出来ないんだから」
だから、何かで補わなければ。それは、命。それは、大切な思い出。失いながら、それでも、この先に得るモノがあると信じて。
この夜が明ける頃には、白鳳へ攻める。新堂薫が死んだ。あのガイアの怪物を打倒して、ひっそりと亡くなった。戦力的にはほぼ並んだ。後は、こちらから奇襲するだけだった。
失うモノは多い。だが、得るモノもあるのだろう。
――――剣は対。魔炎の大剣と、鬼切の太刀。
違う。剣は不要、魔法もいらない。戦う術は、もう持っているのだから。
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(Cross Over) - Divina Commedia -
思えば。ここまで捻くれたのは誰のせいだったか。
三十歳を近くに迎え、月並みな生活に憧れてみたりもした。ただ憧れただけだ。実際に、得ようと思ったことはない。
薄情(ハクジョウ)で、天邪鬼(アマノジャク)。それが自分を表現する形容詞。
気にしたことはない。むしろ、それで居心地が良く、気に入っている。
医師だった。人の命を救いたい、なんて崇高な意思があったわけではなく、代々、家がそうだったから、なった。確かに医者は人を助ける。そうやって、自分の無い自分は他人を笑顔にするしか出来なかった。
「怨むとすれば、その一点。ああ、わたしも――――」
誰かに助けられる弱い存在でいたかった、と。浅川柚葉は虚空に唸る。
だが、今の在り方も気に入っている。全てが好きだという矛盾。だからこそ、最後まで彼女は変わらない。
強く、気高く、何でも知っている柚葉先生。皆に答えを教える、道標。
幸運だった。嫌いなコトもヒトもいない。全てが、好きだ。平紗歩叶も、君塚冬真も。皆に、それぞれ幸せを。そして、遥かな未来に明るい光を。
「それにしても、世話の焼けるヤツだ。最後の最後まで迷惑をかけて」
君塚冬真だけが気がかりだった。弟子らしい弟子と言えば、あの男だけだろう。闇に落ち、力に溺れるのだけは止める。それが、師匠たる自分の役目。
強くなろうとしていた。自分が、矢上彩を救えるほどに強くなろうとしていた。だが、彼は強くなる必要などない。それでも、見過ごせなかった自分の甘さが、今を招いた。
発端は、白崎。桜は願望を集めた。奪うことしか出来ない不出来な、命そのもの。異界への門としての役割を担う桜は、あろうことか略奪を始める。あの魔剣に惹かれたのか。
膨大な願いが集まった。神争が起きるのは必然だ。今回はその規模が大きすぎて、役者が多かっただけ。
だから、コントロールしようとした。ベロニカ・リッヒライティの杖が崩壊することで、トリガーが引かれた。アセリアは着実に神争を引き起こし、奇襲でスロウを壊滅させた。
アーシュの動きは見えていた。矢上藍、君塚氷彩と共闘するも、平紗歩叶の前に両名は殺される。
元より、能力の吸収などは神争の真似事だ。スキル、ソウル・イーター。麻酔代わりに使っていた、浅川柚葉最大の能力。対象の精神を奪う能力を、ガーシュウィンの制約能力と混ぜ合わせて結界とし、ルールを作った。
氷彩を殺した歩叶は、「結合」を得る。柚葉はあらかじめ、劉世徳を殺害し、「精神対話」を得た。あとは簡単。ソウル・イーターと、インナー・ダイアログ。出来ることは、「対象の精神に侵入する(ソウル・ハック)」こと。そうして、死者である劉世徳を操り、矢上藍を操ってシルヴィア・フェイスタッドを殺した。エリオットの持つ、あの夜神の短刀でだ。
夜神の短刀は壊れる。そして、新堂薫の手によって、完全に朝里煌貴を殺された。
アーシュは追う。この地より鏡面世界へ行くことは容易い。まして、彼女は門番だ。朝里煌貴はようやく死を迎え、しかし、外部に留まる記憶によって、鏡面世界で意識を保ったまま再生するだろう。
残ったのは、冬真とアセリア、セシリアだけ。
「随分遠回りしたものだ。保険を、かけすぎたか」
ベアトリクスも残した。切り札もある。もしも、全てが外れても、保険が役に立つだろう。
白鳳の結界が裂かれる。侵入者は階段を伝い、上へ目指す。
戦いもすでに終幕。道標は、最後の障害となって君を阻む。
そう、彼女は。
最期までいつものまま、皮肉な笑みで境界者を見送るだろう。
さぁ、来い。君塚冬真。
お前が、王を超えろ――――
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エリーを除いた三人で、白鳳奇襲を開始する。
白鳳に堀や門は無い。言うなれば、大天守が孤立している。その点、防御機能は著しく失われていた。
四層の階層。地下もあるが、そこにいることはまず無い。梯子を上り、階段を使い、迷うことなく三層の広間に出る。
そこに、彼女はいた。浅川柚葉は、黒いセーターに身を包み、いつもの表情で迎え撃つ。
敵は多い。やはり本拠。吸血種のくせに、銃で武装しているのが滑稽だった。数はおよそ十名ほどか。ただそれだけでも、こちらの圧倒的不利は変わらない。
まだ敵は潜在している。エリオット・ガーシュウィンが出てくれば、そして平紗歩叶の存在。不利な状況は絶望を植え付け、前進する足を止めた。
「ここまで、かな。私、戻るわ」
なんて、明るく。笑顔を振りまいて、セシリアは進む。
裏切りと背徳。それは余りにも普通過ぎて、硬直した頭はそれも当然と容易く受け入れた。
どうせなら、逃げ出したい。勝てる側につきたい甘えと弱音が、一瞬だけ脳裏を過ぎる。
柚葉の隣にセシリアが立つ。彼女は、フリーメイソンの一人。よくよく考えれば、敵だった人間。だから、間違ってはいない。
「さて、どうする冬真。アセリアと二人で抵抗するか」
「いいえ。抵抗はしますが、それは僕一人です」
――――言って、振り向きざま、魔剣は深々と吸血の姫に突き刺さった。
驚きなのか、アセリアは表情を変えず、胸に突き立つ剣を眺めた。
フランヴェルジュは炎を吐きながら、一度、抜けた。そして、袈裟。右肩から入り、左腰部から抜ける一撃は、確実に少女の生命を掠奪した。
奇襲めいた一撃だった。あっさりと、簡単に、吸血鬼の王は、斃れる。
「――――そこまでして、力を求めるか、冬真」
新たな力が体を包む。
アセリアの能力を完全に吸収し、
また一つ、
何か大切なモノを失った気がする。
容量不足だ。新たに魂を受け入れ、記憶装置がパンクしている。
目の前、二人の女性。黒いセーターを着た敵は、憎々しげにこちらを見ていた。その隣は、驚いた表情の敵。
「ええ。敵をコロスためなら、ね」
行動に変化は無い。魔眼、翠嵐を会得。魔眼、金紗を会得。
二刀で進む。剣技は、よくわからない。だから、銃弾を魔眼で止めて、一人一人ゆっくりと斬殺していく。
元より、死者だ。殺しても罪にはなるまい。
「――――は」
剣を振る。それだけで、ばっさばっさと敵が斬れる。どういう原理だろう。敵はわらわらと寄ってきて、ばたばたと斃れる。
「――――ははは」
銃を抜かずとも、二振りの剣が確実に敵を減らし、気付けば血涙の上でぼうっと二人を眺めていた。
「――――はははアはハあははハははははハははハハはハは!!!!」
突き進む。紋章術を展開させ、まず防護しようとする敵。そこに、剣を突き刺した。貫通はしない。わかってる。これは、右腕を使いたいだけのこと。
右手で陣を掴み、引き裂く。そうして開いた穴、左腕に握られた魔炎の剣は、哄笑と共に炎を噴き出し、命をまた一つ散らせる。
弱い。本気で抵抗しろよ、手前。
喘ぐ口、喚く前に首を一閃し、刎ねた。右手は銃を握り、もう一人の女性に向けて発砲しながら、返す刀でその胸を切り裂く。
燃え盛る死体を超え、二撃目を叩き込む。肩を当て、吹き飛ばして、倒れる体を足で押さえつけ、いつぞやのように銃を向けた。
「弱いな。もっと本気で抵抗しろよ、あんた」
「悪い。前から、どうにもこういう状況は苦手だ」
女性は、口元を歪めて笑う。そう、笑う。皮肉めいた笑みで、死に逝く体で笑っていた。
どこか、狂っている。それは、誰もが。自分さえこの狂想なる競争に加わっているのだから。
「わたしを殺せ、冬真。魂を解放し、最悪に備えろ」
コイツの言うことは、わからない。外部に魂を移植、記憶させ留める技術を有しながら、何故それをルールとしたのか。
――――それは。優勝者が全ての力を得ることだ。
「わたしはね、お前さんの願いを叶えただけだ」
声が、苦痛だ。忘れた何かを思い出させる声。
思い出す?
否、それは、封じられたモノを呼び起こす苦痛。
ただ逃げるために。君■冬真は引き金に指をかけた。
そうして、誰もいなくなった。
世界にただ一人だけ取り残された感覚。広間では全員が死に、そう、自分さえもう死んでいる。
自分を構成する記憶がないのでは、自分かどうかわからないのだ。
そんな瑣末な問題はどうでもいい。今、この天守で、赤いマフラーの吸血鬼が死んでいた。
誰も殺していない。ならば、何故。彼は、最後の一人となるはずだった彼が死んでいるのか?
広がった血。明らかに、素人目で見ても死んでいると判断出来る。
エリ■ット・ガ■シュウィン。うつ伏せで死んでいるその姿。決戦を控え、覚悟を決めて入った天守。そこで待つのは、死体だけだった。
しかし、何も起きない。答えは単純。まだ敵がいるから。
「スタート地点があそこなら、ゴールもあそこか」
全てが、今、繋がる。そうだ、もう一人、いた気がする。
願いの叶う場所。願いを集める桜の樹、最後の敵が待っている――――
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(受胎) - Divina Commedia -
欲望か、あるいは復讐か。
いずれにしても、老人の心は正常ではなかっただろう。
遠く、ドルイドと呼ばれた老翁は、孫娘の死によって、極東の地に召喚された。
スロウの全力を持ってして、此度の争いは進められた。犠牲もまた、大きい。殺されたシルヴィア・フェイスタッド、ヒース・アルヴェン。行方不明のアーシュ・リーティア。そして、総統たる男の死。
そんな全ての状況が、老人を動かした。代理的にフレッド・ムーアが全軍指揮を執ることとなり、アルル・ラ・ピュセルは第二案決行のため、動けない。
となれば、救援に来るのは一人だけだ。老翁、サミュエル・リッヒライティだけ――――
階段を上る。サクラメントの場。願いを集めるその場所へ近付く度、異質な空気が肌を刺した。
だが、行くしかない。それがたとえ、天国に繋がる階段でも。
神聖なる場。到達した瞬間、二対の翼が視界の世界だった。
天使。まさか、死んだはずだと目を疑う。
ヤガミアヤ。アサリコウキの死と、シンドウカオルの手によって、解放された天使が、何故?
「簡単な話だ。天使とは世界。世界とは即ち――――虚無だ」
現れる、濁った目の男。ヤガミアヤに意識は無い。ただ完全なる世界の代行者と。
それも、当然。アサリコウキとヒラサホノカの意思で、ヤガミアヤとなった。アサリコウキが死んで、ヒラサホノカになったのなら。ヒラサホノカを殺せば、ヤガミアヤに戻る。
浅川柚葉の切り札。もし、完全に君塚冬真が変わっていた場合の、切り札。
「器だ、リッヒライティ。彼女は世界である。ならば、願望を集め、集束させたエネルギーを使う器となれ」
背の高い男だ。その名を、老人は知っている。
彼はただ純粋に、この時を待っていた。今、登場したわけではない。最初から、彼はいた。
吸血鬼は十人。生きているのは、最上位の一人だけ。
受胎の使い、ガブリエル・シュトラウス・ノーフォークだけ――――
「貴様の汚らわしい魂は不要。そこで黙って、死んでいろ」
声さえ出せず、老人は止まる。余りにも、非力だった。吸血鬼を束ねる王たる人物。例え、新堂薫が相手でも負けることはないとされる、吸血鬼の王を相手に。
シュトラウス。最初に、リリス・リヴィエに血を吸われた。原初のヴァンパイア。
老人は、朽ちる。
動くことさえ許されず、ゆっくりと、その呼吸は止まった。
サクラメント。
聖礼は終わり、終(ツイ)ぞ、受胎は完了す。
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