Mirage

Equilibrium-1

「アイルヴェール・ヴィルヘルム」
ヴァンパイア、特に旧三家のシュトラウス、ガーシュウィン、ヴィルヘルムはすでに次代へと当主も代わり、先代は復活を待つため長い眠りについているそうだ。
アセリアは見解を述べる。戦った巨人は確かに星の派遣者であり、天使であるヤガミアヤと同等。成り得るとすれば、魔道士の身で異端となり、頂点に達したリリス・リヴィエくらいか。
居城から掘り起こした遺体を利用したと推察し、打倒し得るはその対極に立つ者だと言う。星の敵。人の身で星という存在を超越し、その管理さえ行うだろうとされる聖者の名を挙げる。
「無論、ギュスターヴ・ガーシュウィンもアイルヴェール・ヴィルヘルムも死した者。しかし、リリス・リヴィエルロットが存在している限り、彼らもまた存在し、動くものだと思われます」
「彼女に協力を仰ぐ、ということでしょうか」
エリーが問う。正直、ヴィルヘルムと言われてもピンと来ない。具現がどうのこうのと言っていた覚えはある。
バカみたいな顔をして、それはダレ、なんて。バカ丸出しの質問をぶちかましたって恥ずかしさは無かった。
「ホーエンツォレルンの聖女です。尤(モット)も、その威厳と迫力から魔女と呼ばれるべきかもしれませんが」
四面庭園(スクウェア・ガーデン)。それが、彼女の能力だった。
具現、というのは「無からの創造」ということ。想像による創造は世界の均衡を破壊する禁忌。可能とするならば、何かの行動の副産物となる。具現を支える行動。その大元が、並行世界(パラレル・ワールド)への干渉だった。
時間を操る稀代の魔女。川が上流から流れるだけのように、常に一定方向へと流れる「時間」を、後ろに、あるいは左右に流す能力者。彼女にとって進む道は前だけではない。前後左右、四面が彼女の道である。
「まさか。そんな行為を可能としたならば、均衡も何も無い。第一、リヴィエルロットの下風に立つ必要さえないじゃない」
セシリアが口を挟んだ。確かに、それは言えるかもしれない。ヴィルヘルムは原初の吸血鬼の中でも、最も地位が低い。結果として、一族の滅亡を招いている。
「いいえ、セシリア・ミリア。ヴィルヘルムは自分という存在に興味が無かった。いえ、関心が無かった。やがて訪れるであろう自分の運命を知り、それに従ったまでです。セイクリッド同様、彼女は『ゼロから進む者(アリス)』ではなく、『終末より戻る者(フィネル)』なのです」
「フィネル――――!まさか、そんな。生命より外れるモノなど、そう簡単に出てくるはずが」
絶句する魔道士。それも当然。終末より戻る者とまで言われたからには、すでに終着している者を指す。つまり、目指すべき理想を手にした者だ。
それがどれほどのことか。全ての願望を遂げてしまっている涅槃(ネハン)の者。だが、そうであるから、上位者がリリスの下風に立つ理由となる。
ヴィルヘルムが味方になるなら。これほどまでに強力な味方もいないだろう。例え相手が「世界」でも、勝算はある。
「――――現実的ではありませんね。膠着とは言え、悠長に構えていられる時間もありません。わざわざ遠国のヴィルヘルムに頼るより、兄を頼る方が幾分可能性はあります。それも無理でしょうけれど、ね」
作戦会議は再び平行線。打開策を見出せないまま、最終日の幕が開いた。

第二案というのがスロウにはあった。
決戦を控え、平紗歩叶まで動いた敵はそれほど時をかけずに動いてくるだろう。窮地を迎え、エリーは冬真だけに、別室で第二案について語り出す。
それは、敵の本拠を攻撃することだった。対吸血鬼戦に慣れたアルル・ラ・ピュセルを呼ばない理由。現在、欧州ではウエストミンスターを中心に、一大作戦が極秘裏に展開されている。
吸血鬼の国を滅ぼす。大多数が極東を向いている今、敵の本拠を叩き潰すチャンスというわけだ。キリアもそちらに参加するようだった。
「ですが、本来はこちらで吸血鬼を殲滅した後のことでした。決戦は同時に、敵を分断して行うものです。しかし、戦況が捗々(ハカバカ)しくない現状において、陽動として第二案を実行することも視野に入れています」
先にアルルが動く。吸血鬼は、少なからず慌てるだろう。充分に陽動の動きは可能だった。そして効果も見込める。
「でも、その効果も微妙です。今、一番注目されているのはこの場所なのですから」
例え本拠を潰されても、「あらゆる願いが叶う」のなら、重要視するのはこちらの戦場かもしれない。いや、希望的観測は捨てろ。どう考えても、今この場所が最重要に変わりない。
そんな、弱音に似た作戦を提言させるまで、自分はエリーを追い詰めていたということ。
「協力を仰ぐ、というのは?」
「ヴィルヘルムの話ですか。確かに彼女は、フィネル。と言うより、原型(オリジナル)ですから」
異端の話だ。全ての現象には根源があり、意味があり、理由がある。異端という「ヒトから外れたモノ」が生まれた根源。元より、「生まれざるモノ」として世界に認識されたソレは、現世だからこそ外れたモノ。
「セイクリッドはフェイクでした。己が力で終末を迎えたヴィルヘルムに見惚れた一人の男が生み出した現象に過ぎません。医師(シュヴァイツァー)は魔女(ヴィルヘルム)を知り、異能(ローゼンクロイツ)の力を借りて異端(セイクリッド)とした。セイクリッドは、後天的な異端としては最下層の能力者だったそうですが、その能力が故に終末へと辿り着き、そして還った」
時空間転移。彼らは自分自身を世界とし、過去・未来を司る。だがしかし、所詮はフェイク。オリジナルであるヴィルヘルムには及ばない。単に、能力として考えるならば、という条件はつくが。
医師を志した者がいた。彼はヴィルヘルムと邂逅し、その真理を会得した。気付いただけだ。いつかの自分のように、もう一つの世界は確かに其処にあるのだと。
そうして、ローゼンクロイツの助力を得る。現在のフリーメイソン。その権勢を二分化させた男と。ローゼンクロイツとヴィルヘルム。彼らは、同じ知識を医師に与えた。
「世界の話です。広義における世界の話を、彼らはしました。それは御伽噺(オトギバナシ)です。二人の男と一人の女。争う世界における、一つの答え」
内容は他愛ないものだ。そう、本当に御伽噺だ。だから、遠い世界のもの。今とは何の関係もなくて、結局、僕らじゃ届かない話。
全てが塞がれた。刃向かえば殺されて、待っていれば殺される。抗う術は思いつかず、ただ悪戯に時間だけが過ぎていく。
ふと、エリーは笑う。
「思い詰めていてもどうしようもないです。今は、やれることだけをしましょう」
笑って、答えのない道を見た。

今、出来ること。
それがどうしてこんなコトになるのかはわからない。
目の前にはエリーとセシリアがいる。こんな事態でも眠ってしまったアセリアはやっぱり大物なのだろう。

「――――驚いた。貴方、才能無いのね」

心底、驚いた表情で。セシリアはまずそんな絶望から始めた。
魔法講座。今、結局出来るのはそんなことしかなくて。開口一番、絶望を叩きつけるセシリアは教師として失格なのではなかろうか。
才能ゼロの教え子にとって、基礎から始めるしかない教師の苦悩。頭を悩ませながら、セシリアは最初から丁寧に教えてくれる。
「魔法、ってのはね。自分という器を通して世界に何らかの作用をもたらす神秘のこと。自分の中には魔力っていうエネルギーがあって、器を通過して具現する。厳密に言うと自分そのものに作用する効果もあるんだけど、ほぼ世界に働くものと思ってくれて構わないわ。貴方には、その大元であるエネルギーが不足してるのよ。大抵、どんな人間にも微量にはある。それこそ、数値にして一桁だけどね。向いている人は十数、魔道士として魔法を使うなら三十くらいは欲しい。けれど、貴方はゼロ。丸っきりのすっからかん」
指で丸を作って教えてくれる。つまり、絶対に向いていないらしい。
「アルルさんとかは、どれくらいなんですか?」
「えー、彼女?彼女なら、二百くらいは」
桁が違う。小さく炎を出すだけで、五くらいは使う。一般人ならその程度だ。その、無尽蔵とも思える魔力量は、幼少時から慣れ親しんでいるかどうからしい。
魔力というのは、体力と対を成すものだ。精神力とも言える。鍛える方法も当然あって、筋肉をつけるには運動をするように、魔法を使えば増えていく。
「ここは魔法学科部門(アカデミー)でも紋章院(カレッジ・オブ・アームズ)でもないから、かいつまんで説明するけど。術式は詠唱によって完成するわ。ま、中には体内に術式を埋め込んで、無詠唱で発現させるやり手もいるけど。貴方が使えるのは紋章術(ヘラルドリー)。詠唱によって起動式とし、陣を描いて効果とする上級の魔法ね。組み合わせ次第ではとんでもない魔法になるけど、ま、貴方なら魔法すら使えないから教えても無意味ね。魔力がべらぼうに高いヤツなら教えがいもあるけど」
魔法講座は全くの無意味。魔道士になるわけではなかったが、絶対に使えないのだから。
「なるほど。アーシュが彼を愛した理由はそれでしたか」
「ええ、エリー。彼は既存の魔道士(マジシャン)、いえ、魔導士(ウィザード)を超えているわ。そう、魔術師(メイガス)ね」
などと、理解の届かない場所で頷き合う二人。
どうやら、アーシュの彼氏はとんでもない魔法使いらしい。

「まだ、希望はある。■■という存在が輪廻(メビウス)に捕われているなら、きっと、今を、視ている」

二人は微笑む。それは、勝算を見出した笑み。
希望はある、と。セシリアは頷き、笑う。絶対的な窮地を迎えたその時に、星は我らを救うだろうと。それが誰なのか、おおよその見当はついた。
矢上彩。
星の使い。
天使。
もし、まだその存在が許されているのなら。

――――スロウ総責任者の訃報が入ったのは、そんな団欒(ダンラン)もお開きになった時だった。
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