Geschick

Divine Knight/Night-5

アヴィヨン・ド・サン=テグジュペリに罪は無く、なれば罰が無いのも真っ当である。評決は単純で明解。王による査問は即座に幕を閉じた。背景には王女ベアトリクスがあっただろう。その王女すら、夜神色が操っている気さえした。
結局のところ。業界屈指の飛空者を一手に束ねる人物を失うことは出来ない。多大なる功績と反乱意志の無さが決め手になっていたのも事実。あらゆる要素を含めて、アヴィヨンは無罪なのである。
が。都市国家のクーデター未遂はこのままでは終わらない。
「戦死者は五十名強、罪人として処刑されたのがほぼ同数。失権した人物はそれらを合わせても足りません。治安はかろうじて維持しているものの、騎士本来の役目は今より始まります」
城の一室に集められる。アヴィヨンとの不仲を出し抜かれたせいか、夜神色の姿は無い。重々承知しているのだろう。平紗来未とベアトリクスは相変わらずの無表情ぶりを発揮して作戦概要を説明し始める。観客はアヴィヨンただ一名。わずか三名の騎士団であった。
「かなりの残留思念ゴーストが滞留していると予測され、また平紗来未も視認している。門は外城内部第二広間天門、ティルス近郊の天門の二箇所と内城の地門があり、残留思念に引き寄せられ敵数が増加する可能性がある」
「地門が開くことは考えられず、二点による天門を監視、かつ迎撃する必要が生じます。しかしながら、現状において見過ごせないのは残留思念の数でしょう。我々としては速やかに具現する前に排除すべきです」
死者は蘇る。それは天国で、死者が行き着くもう一つの世界。天上に行けぬ迷える魂は今もこうして、この世界を蝕んでいる。彼岸へ通じる門は三箇所。うち二箇所がこの天に存在し、騎士は監視する。平紗という代々の騎士は、この迷う魂を視認することが出来るという。
虐殺に近い粛清の直後。一般人は気付かないが、騎士にとっては最悪の治安問題になる。
「つまり、放置すればその残留思念が害になる、ということですか?」
「ええ、その通りよアビー。少量であれば害意を生じることは考えられませんが、ここまで膨大な数を揃えれば、時の経過と共に害意は敵意になり、生者を喰らうでしょう」
それが死者の呪い、というものらしい。集まった思念は統一性を持ち、ひとつの「意志」となって「呪い」と具現する。最も強い念が憎悪や怒りなら。確かに害意と成りえるだろう。
思念が意志と昇華する前に、霧散させる。騎士のもう一つの顔はここにある。
「私と彼女で迎撃に当たる。サン・テグジュペリ、貴女は備えだ。カーゴに乗船し、天門に備えなさい。リュック・メルレに同行を求め、『具現する者』を断罪せよ」
「――――ちょ、っと待っていただけますか。私に戦闘の心得はありませんし、リュックなら問題はないのですけど、残留思念は視認出来ませんし、それだけの数は対処し切れません。そう、夜神色なら?」
二人の視線が厳しくなる。だが、正論ではある。アヴィヨンに求められているのは戦域における交通手段と、サポートである。単なる運送屋に、戦場で縦横無尽に騎士を運べというのは無茶がある。適材適所。夜神色を用いれば、殲滅は容易いのではないか。
「あの人をこれ以上戦わせてはなりません。夜神色が戦場に出れば、残留思念の方向性が固まります。生前、己を阻止した人物へと」
「彼は戦いに倦(ウ)んでいる。すでに人格が崩壊しつつある現状で、回復を待たず戦場へ駆り出せば今後はわからない。何より、アヴィヨン。それは貴女が熟知しているはずだ」
人格崩壊。優しい仮面と冷徹な仮面。その狭間で迷える心。戦場でさらに痛みを積めば、トドメになる。人は思うより弱いモノ。夜神色は容易く堕ちる。殺すことしか知らない殺人鬼に堕ちるだろう。
あらゆる意味でも、彼を引きずり出すわけにはいかなかった。理解し、厳格な意志で明日を見つめた。

「いやー、アイツもすげえけど、あの二人も相当だね」
遠く、天に臨む位置から眼下を見つめる。外城の全景を見渡せる高所。豆粒ほどの人影。その中で、異様の二人がいる。北。港へ通じる方向。路地から路地へ駆け抜ける王女と騎士が見えた。
文字通り、彼女らは蹴散らしている。十に満たない残留思念はそこそこに集まり、集まる度に蹴散らされる。圧倒的な強さを見せつけられ、消え去るのみである。
平紗が先導し、蒼い魔眼で集合体を発見する。ベアトリクスは、よくわからない術で集合体を蹴散らす。平紗は戦わずとも、王女が全てを片していた。
ぷかぷかと浮かびながら、戦況を傍観する。不利とは思えない。この分なら、一時間後には地上の思念を殲滅出来るだろう。
「問題は、上ですね。天門からあふれ出る死者は下と違ってある程度、具現しているそうですよ」
「異形の何かが出てくる、ってことでしょ。カタチがあるなら殺せるってことかな。まぁもう死んでんだから、タフに決まってるけど」
空――――月に似た孔(アナ)が開く。蒼い天、流れる雲。ぽかりと浮かんだ黒い孔。次第に、黒月は規模を増し、死者が生まれ出る。産み落とされるは生死の境に立つ者。天上へ行きかけた、残留思念。現世に引っ張られ、戻された地獄の使者。
船を駆り、黒月の真下に構える。天門から落ちようとする死者。アレを、地上に産み落としてはならない。
「出来るだけ空中で対応しよう。数が増えたら、このカーゴに落とすしかないね」
投擲槍ジャベリンを数本用意し、そのうちの一本を右手に。いつもの戟はまだ船上で、他にもう一つ、長大な歩兵槍パイクを用意している。落ちる敵を串刺しにするためのものだ。最悪の場合、アヴィヨンもこの歩兵槍を手に、天上へ向けて構えなければならない。
まず、一体。やや人型の、黒い巨大な影が産み落とされる。船上を覆う影。日光を遮る異形に向け、赤い騎士が槍を渾身の力で投擲する――――!
貫き、槍と共に消滅する影。それは本当に霧散であり、再び光が姿を現す。
「――――げ」
天上。黒月からは、無数の影が一挙に落ちる。数は五、いや、六。船を丸々と飲み込める規模に愕然とし、それでもリュックは奮起する。槍を掴み、投擲する。一体。だが、もう間に合わないだろう。次に掴む間に、アレはこの船を飲み込む。
黒い絶望。勝算を見出せぬまま、我らはきっと、天に飲まれる。

「――――Genau so,『Der Freischutz』」

言霊が聞こえる。歌声に似た詩。魔なる指が放つ六発の神弾。悪魔に魅入られた悲しき射手の物語が紡がれる――――!
どん、と。巨大な黒影に対し、直線の軌道を描く黒い一閃が突き刺さる。軌道は細く、鋭く、なお速く。五連で打ち出された魔弾が黒影を撃ち抜く。
固有魔法、魔弾の射手。六発の神弾と、一発の魔弾を生み出す魔術式。神弾はあらゆる物理法則を無視し、必中の因果を受けて軌道すら歪める神なる弾丸。七発目はそのペナルティとし、自身を傷つける魔弾となる。
遠景、城のテラスに立つ黒い影。右手を開き、前に突き出して左手で支えるその姿。夜神色は狙撃手となり、手首を返して次弾を装填する。彼こそが魔弾の射手。連続で発射される神弾。必中の運命が込められた一撃必殺の弾丸。
それは、横殴りの雨に似ていた。弾丸は機関銃から掃射されているのか、絶え間なく撃ち続けられ、黒い影は暴風のような雨に曝される。真横から撃ち抜かれる。空を切り裂く黒い弾丸。魔弾の驟雨は永遠と続き、天上を染め上げた。

天門からの逆流を阻止し、射手へと船を向ける。王城のテラスで仁王立ちする黒い人影は無傷で、いつもと変わりなく立っていた。違うとすれば、髪と目の色。白銀に覆われた姿は、暗殺者というよりかは清らかに感じられる。
複雑、だった。敵視していた人間に助けられたという結果。謝罪や感謝の言葉を探し、何と言おうか迷っていると――――ふと、感情がざわつく異質な空気を感じ取った。
リュックが息を飲む。大気が揺らぎ、風が生まれる。それは幻覚の焔(ホムラ)。精神を焼き尽くす幻の熱。大量の幻が具現する。質量を持つように、カタチを得るように、夜神色の周囲で目に見えるほどの幻を感じ取る。
この世ならざるモノ。夜神色は取り囲まれる。否、夜神色を取り囲む。本人から発せられた光と熱と風。それは、一個人が持ち得る力を軽く凌駕していた。
圧倒的な魔力の渦。暴風を引き起こしながら、夜神色はその魔力を解放する。あれだけの固有魔法を放っておきながら、まだ残っている。どころか、有り余っている。彼は、リミッターを外して魔力を放出する。
目を閉じ、全身を光の渦に埋める色。それはまるで、神の光臨と見紛う姿。
「夜神、さん?」
暴風が止み、恐る恐る問いかける。髪の色も元に戻り、目が開かれる。
「悪い。普段やらないことしたから、リミッターを使ってしまった。ストックを使わないと、アレだけの魔術行使は出来ないんだ」
普段は使わない魔力のリミッター。限界値までは程遠いのか、余っていた魔力を放射したらしい。それで、元に戻る。
「とりあえず、解決だな。んじゃ、帰りますか」
呆ける二人を尻目に、夜神色は戻っていく。強靭なのは肉体も心も同様か。危惧された変化も無しに、夜神色はしっかりと日常へ戻っていく。
それはきっと、弱さを隠す強さ。迷いも戸惑いも見せない、孤独な強さだろう。
まだかの剣は、受け止めてくれる鞘を見つけられない。

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