Geschick
Divine Knight/Night-4
その日から、粛清が始まった。
城下は血と無念で満たされ、怨嗟の声が空に響いた。武力による王権の失効と排除は失敗し、加担した者たちの死体が積み上げられる。その上に、前体制が鎮座した。革命は成らず。元より、誰も望んでなどいなかった。現状に不満など、誰も抱いていなかった。
無意味な闘争。結果だけならば、意味など無かったに違いない。失敗する可能性が限りなくゼロに近かったという事柄以外は。
クーデターの前日、処刑が行われた。刑は執行された。だが、執行者を圧倒し、殺害し、逃亡した。その人物が、当日になって平紗家と第一王女を率い、王城にて事を鎮圧する。驚異的なまでの破壊力。それは刃物のように鋭く、瞬く間にクーデターを打ち砕いた。神の人は罪を暴き、処刑台への案内人となった。世にも悲惨なクーデター。
――――然(シカ)るに。ソレは狂言に似ているのではないか。
「その可能性は薄いでしょう。彼が現れたのはつい先日の話です。また、天井派騎士がクーデターに踏み切った理由は主君である天井神由の死によって暴走したものであり、何者かの策謀ということは考え難いと思われます」
以上が平紗来未の見解だった。至極、当然のことである。彼女の意見は誰しもが思っていることで、正当だった。アレは確かに罪人でもあったが、それはクーデター阻止の功績と、騎士業代行による冤罪に過ぎない。今回の事件に異を唱える人物など、他にいないだろう。故に、彼女はここで聞き込むことを止めた。
すでに天井の屋敷は廃墟と化しており、物証も無いだろう。推察は何の進展も無い。思考だけを巡らせて、家路につく。
天井神由とは多少の親交もあった。気持ちの良い人物で、物事をシンプルに考え、迅速に判断する男だった。行動派ではあったが、智謀も持っていた。そう簡単には策謀に巻き込まれない。彼が殺されたのは三ヶ月ほど前のことで、下手人は知られていない。突如として屋敷から爆音が聞こえ、崩壊と共に彼も死んだ。
従う者たちは今回の蜂起を起こすのだが、それまでは平紗ともまだ穏健だった。平紗歩叶が消え、彼女の親友だった明津キリアも消えた。冷静になって考えれば、天井ほどの人物を殺害できるのは限られてくる。歩叶とキリアが共闘すれば、天井を倒せるかもしれない。
こう考えれば、その後の天井派と平紗家の暗闘も理解出来る。だが、仮に平紗歩叶が天井神由を殺害したのだとしても。今回のクーデターに真っ当な理由を付与するだけで策謀の線を洗うことは出来ない。
「ってことはさ、ソイツ、なんたっけ――――まぁいいや。どれだけ深く掘り下げても尻尾を出さない狡猾なヤツか、ホントに関係ないかのどっちかだぜ」
こうして夕食を三人で囲むのは、久し振りだった。夫の知人ということで知り合った青年はまだ騎士見習いながらも、相当な実力を持っていると聞く。事実、人員不足の新騎士団にとっては貴重な新戦力となるだろう。アレットとも見知っていて、この娘が歩けなかった頃から成長を見守っている。もちろん、こちらは彼の成長を、である。
リュック・メルレ。十七歳の青年は挑戦的な視線で、しかし冷静な目で分析していた。粗野な態度や口調とは裏腹に、厳しい鍛錬を積んでいる証左であろう。彼曰く、親しき仲にも礼儀ありと言うなれど、無礼で壊れる知己なら要らん、である。
「ま、話を聞く限りじゃ前者だろうけど。でも、オレから言わせれば天井派の騎士なんて雑魚。そこまで智謀を張り巡らせて面倒な方法を選ぶことないだろ」
だから、大したことが無い。正面から戦うことが出来ないので、何か策を用意したのではないかと彼は推察している。反論はある。本当に戦上手な男なら、圧倒的な勝利を得るためにどんな策でも用意するだろう。だが、アレは単に戦いが好きなだけだ。
「でもま、興味は尽きないね。正直、天井も平紗も退場しちまって退屈してんのサ」
リュックは、どちらかと問われれば天井派の人間だった。天井は大勢力で、グレーな人間でも黒にしてしまう物量の力があった。きっぱり白と叫べる人間は少なかったはずだ。平紗歩叶と天井神由は互いに、武力の頂点に立っていた。見習いの騎士たちに教えることも多かった。
戦う騎士として、現状は好ましくないのかもしれない。軍人は平和な時代に退屈するものだ。しかし、必要なものである。
「男にしては長い黒髪で、涼しげな顔したヤツだな。武器は持たず、黒衣を好むか。騎士風だけど細い男。よし、特徴はオッケー。早速、明日から調べてみるわ」
赤髪の少年は楽しげに笑う。不安など感じさせない笑み。それは頼もしげで、記憶に残る船上の笑みとは対照的だった。
謎は多々ある。その中で最も重要な事項は、目的である。例え殺人鬼であろうと、軽視して問題はない。人柄や嗜好などは二の次で、まずは「何を」するために現れたのかを知るのが先である。
アレはかつて、この城下に訪れている。平紗歩叶の紹介で、平紗家に逗留していたようだ。だと言うのに、平紗来未は否定している。リュックの調べでは、街中で堂々と平紗歩叶と一騎討ちを演じたと言う。実力は伯仲し、平紗は長剣を折られ、しかしナイフを弾き返した。
どういうことなのか。調べる手立てはいくつかある。しかしながら、今は王城へ向かうことを先決とした。王女ベアトリクスに問うべきことがある。それは、初めて会った時の違和感を片付けるためだ。
あの任命式。社交界の人間が一同に介し、国王自らが会において辞令を出した。それは平紗を中心とした騎士団の発足である。
新騎士団。平紗家を筆頭に、八人の騎士が集う。その中に自分の席もあるだろう。だが、他の人間はクーデターのショックから立ち直れておらず、家を盛り立てて騎士として独立することもままならない弱小の家である。事実上、平紗家が王女の承認を受け、テグジュペリの権限で交通手段を得て、活発に活動するものだ。
「天井神由という大人物の損失に次ぎ、彼の派閥が根こそぎ断罪され城下の治安に不安を覚えるのは当然です。そして不安を払拭できる人材が平紗来未しか残されていないのも理解がいきます。新騎士団の成立や内部状況について問題は何一つありません。だからこそ、一つだけお聞かせ願いたい。なぜ貴女の側近のために?」
「――――サン・テグジュペリ。貴女は何を知り得たと言う。貴女の推測はまったくもって見当違いも甚(ハナハ)だしい。私の使用人は単なる警護役に過ぎぬ。それならば逆に問おう。なぜその結論に達した?」
どう考察しても、結論は一つしか出ない。答えを知りたいわけではないだろう。確信を持って、答える。ただ圧するは、王女が持つ尊厳と誇り。端整な顔立ちは凛と、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。それは威厳の迫力。ひとつ、固く集まった意志を下腹部に込め、見返した。
「貴女が擁護するからです。新騎士団に問題は何一つありません。問題があるとすれば、それが平紗来未によるものだということの一点のみ。なるほど確かに平紗来未は人望に優れ、指揮をよくこなし、統率力には目を見張るものがありましょう。貴女は言った。地下の住人であると。平紗来未はバビリムの使者だと反論した。二つは似て非なるものです。地獄の悪魔か、あるいは神か。おかしな話です。悪魔を排除するはずの騎士が神と言い、その上に立つ者は悪魔と言った。平紗来未は何かを隠している。隠しながら擁護している。そして貴女もまた、擁護している。二人が望むものは、」
あの男を頂点に戴く。
今はその布石に過ぎない。騎士団を創設し、現段階では平紗に指揮を執らせている。その指揮権を握る者と組織における最高権力者が揃って擁護するならば、彼が行き着く場所は頂点しかありえない。
目的は、見えた。ならば後は、対処法を探るのみ。正体を掴むには、あの場所しかない。しかし時間は残されていない。王女は手を打ってくるだろう。とすれば、こちらも用意をしなければ。
時は夕刻。城を出て、その足で目的地へ向かう。目指す場所の前には、あらかじめ呼んでおいた騎士の姿がある。武装しているリュックに礼を言って、まじまじと建物を眺めた。そして周囲を、遠視能力で確認する。さすがに、まだ王女も動けていないようだ。包囲もされておらず、尾行も無いことを確認してから、建物に侵入する。
「それにしても、少しだけ気味が悪いぜ。陽が暮れる前に帰りたい、ってのが本音だけど」
ここは病院だった。しかし、廃業している。手入れはされているようで、おそらく、平紗家の誰かが定期的に掃除をしているのだろう。
浅川医院。死を司る病院。死体安置所とも言えた。ここを訪れる者は主に重病患者で、そのほとんどが死んでいる。さらに、他からも死体を集めており、さながら、怨念の住処とも思えた。その中で少なからず、命を救われた者もいるようだが。
浅川柚葉という女性が院長であった。物腰の穏やかな、長髪の美人だった記憶がある。平紗家の侍医でもあり、当然、関連性がある。
かつてアレがこの街に現れた。そして平紗はそれを隠している。答えを知っているのはおそらく浅川柚葉であろうが、その姿はもう無い。
「廃業したのか。知らなかったな」
院内を抜け、生活感の残る部屋を物色していく。証拠は何も無い。浅川柚葉に話を聞きたいだけだが、彼女はもういないのだ。
「で、アイツ、なんたっけ――――ああ、いいや。とにかく、アイツは敵でいいんだよな?」
と、リュックが質問をしてくる。問いに是と頷いて、そういえば彼の名前を伝えていなかったなと思う。
「夜神色。それが敵の名前です」
「ちょっと待った。ソレ、人名?」
リュックが問い返す。夜神色という名前に心当たりは無いが、疑問があるようだ。確かに、ヤガミシキという人名であり、再びこちらも頷き返す。
「いや、色ってのは事象そのもののことだろ。確か『存在』って意味だよな。つまり現象に対し我々が定めた因果に基づいて認識されるその効果、ってことか。色ってことは、我が無いんだ。他所から見て、認識されるしかない。人が視認し、そうであると願うことで叶う夢だよな」
「そう――――夜の神、つまり月を意味する。月は見ることでしか確認できない『存在』そのもの。ああ、なら夜神色っていうのは」
月の色。月という目でしか存在を視認できないモノを、その身で体現する「存在」そのものになる。無論、人名であるならそれは名付けた人物に由来する。
だが、そうではないだろう。夜神色という人物が忘れているのは、自分自身に他ならない。
「偽名。そう、だから夜神色は正体が無いんだ」
「納得納得。ソイツが人の願いそのものなら、どうなるんだろう。やっぱ、神様みたいな聖人君子?」
人々の願いそのもの。願うカタチが人になったとするなら、リュックが言うように神様になるのだろう。公平に人を愛し、人に幸福を与える。そんな人物は、神以外にいない。
「――――違うな。人を片っ端から殺す人物だろう」
声が聞こえた。全てを否定する、神の声が。
恐る恐る振り向く。時は夜、闇が世界を支配する。すでに陽は落ち、漆黒の医院に降り立つ者がある。そして眼前に、夜が来る。
「尾行していたのですか」
リュックが前に。軽装ではあるが手甲と胸当てで防具とし、巨大な槍状の矛を手に立ち塞がる。その表情は背後からでは読み取れないが、想像は出来る。戦える喜びか、あるいは恐怖か。前者であることを祈りつつ、停止する夜神色を見た。
「オマエは最初から敵だろう?」
答えは、なぜかそんな突発的なものだった。最初から。それはきっと、出会う以前から敵としてしか成立しないという図式。言われて、初めて戦慄を覚えた。震える。背筋が、冷たい何かを感じる。
「まさか、いつから気付いていたのですか」
「気付いたのはオマエが動き出してからだ。そう、アレットと会ってからか。しかし、まさかここまで探られるとは思ってなかったな」
無表情で、真っ直ぐにこちらを見つめてくる。途中に立つリュックなど意にも介さず、ただ真っ直ぐに。その様子では、彼の調査も知っていたのだろう。そして敢えて探らせた。はっきりと敵と、訣別するまで。
「私は、わかりませんでした」
「俺は最初からわかっていたよ。だってオマエは、天井に次ぐ第二の家柄だからな」
テグジュペリの家は権威も権力も財もある。妻であるアヴィヨンはエアワーカーとしての権威があり、天井と平紗という騎士たちに次ぐ。アヴィヨン・テグジュペリは天井と平紗に次ぐ第二の家柄。ならその当主は、天井神由の弟としてクーデターを指揮したロラン・ド・サン=テグジュペリに他ならない。
反乱の騎士が第二位である。それさえ知っていれば、夜神色がテグジュペリの家に気付くのも当然だろう。だが知り得るには、反乱の騎士に出会うしかない。夜神色が、蜂起鎮圧の功績を持って騎士となったなら――――我が夫を殺害したのは誰であるか自明なのではないか。
夫はなぜクーデターを起こしたか。三ヶ月も待っていた。なぜなら、待たなければ現れなかった。クーデターではなく、仇討ち。現れた瞬間、蜂起したのだ。現れたのは誰か。ならば、天井神由を殺し、仇となってこの事件を引き起こしたのは誰か。
全てがピタリと合致した。瞬間、憎悪の激情が身を支配した。
「アンタが黒幕なのか。まぁ問うでもないけど。だって、アンタ敵なんだろ――――!」
代弁するかのように、リュックが飛び掛る。それは本当に飛び掛るようで、勢いよく跳躍し、斧槍を振りかざす。
リュックの武器は槍である。槍であるが、穂先以外に刃がある。穂の左右に取り付けられた半月の刃。己に似て、槍にも似る。戟(ゲキ)と呼ばれる武器を持ち、大柄な体で振り回す。
距離はまだ離れたままだ。だが、彼の体躯と長大な戟を生かしたのなら、充分に殺傷可能な範囲だ。赤の騎士は勢いをそのままに、突撃するように戟を前に突き出す。高速の刺突。軌道はただ一線。細い穴を通すほどの精密な一撃で、ただ一閃、心臓を奪い取る。
「――――もう殺したくなんか、ないのにな」
ぼそりと、誰かが呟いた。
赤い騎士の槍が掴まれる。回避した夜神色は槍を掴み、後方へと強引に引き抜いた。リュックの体が流れて、壁に激突する。怒声と共に起き上がろうとする彼を、斜めに振り返った夜神が凝視する。ぞくりとするほど冷たい瞳。赤く輝く眼に、心底、魅入られる。
恐怖。次に感じた感情はそれだ。リュックのような若武者は、怖いものを知らない。故に一度、叩く。しかし叩き潰されれば逆に跳ね起きるだけだ。だから、あくまで叩くのみ。それで次は、また倒されるのではないかという恐怖が生まれる。そんな青年の気持ちも、アヴィヨンには理解出来た。理解出来るほど、冷静な頭がまだ働いていた。
「殺されるのは、怖くない。怖いのは、今」
誰かを殺して、その人の繋がりが悲しむのが怖い。敵を斬った瞬間の悲哀には慣れれど、その後の罵声には耐えられない。罵声はいい。すでに憎しと思う心は消え、同情の涙は枯れた。けれど、その出所が悲しみだという螺旋が嫌だ。
「なら、どうすればいい?殺さなければ、皆が死んだ。王女も、来未も。もっと大勢の誰かが死んだかもしれない。殺せば、君が悲しむ。誰も助けないなんて選択肢は、俺には選べない。誰もを救うなんて選択肢は、最初から用意されてなんかない」
そうして、最後に感じた感情は、悲哀。死者を嘆く心でもなく、死者の家族に対する罪悪でもない。この果ても救いも無い死と憎悪の螺旋を、割り切れず、諦められずに悩む子供の心。
ああ、そうか。あの船上、微笑は苦笑で、聞こえなかった台詞が今、聞こえた。
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