Geschick
Divine Knight/Night-2
流通、というものは大切である。エアワーカーと呼ばれる人々は、人並み以上の飛翔能力を持って、ペアで専用のカーゴを使用して流通そのものになる。物資だけでなく、他都市に向かう人々も運ぶ。さらには郵便なども取り扱い、エアワーカー自身が道となる。
彼らが働くことで、都市は潤う。農業を専門とする都市から作物を運び、復路で貨幣や物々交換による利益を渡す。流通が多いほど発展を意味するだろう。エアワーカーが多い都市は商業的に成功している都市と言える。
「世界は地域性によって二分されており、経済が発展し、人口も多い北側と、発祥の地であり禁断とされる南側です。フェニキアには都市と呼ばれる浮遊都市があり、ちゃんと名前があります。代表的なのは農耕都市であるメディア、経済が著しく発展している大都市リディア、そして中規模の発展を見せるここティルスでしょうか」
街を歩きながら、アヴィヨンの説明を受ける。その口調は穏やかでありながら、変にかしこまっているわけではないので非常に分かりやすい。古い街並み、外側に向かって歩く二人は、やがて外城にぶつかる。船の運転には国の許可が必要で、許可があるのは公務員とも言えるエアワーカーだけである。
「港、ですね。ティルスの港は他に比べれば小さいですけど」
明るく笑いながら、門番に礼をして外に出る。一歩間違えれば奈落の底に落ちるのだが、一種壮観ではあった。アヴィヨンと言えば平紗とは違う意味で名の売れた人物であり、生活密着型の彼女は人々に親しまれる存在だ。門番も気さくに挨拶をし、容易に門を開いていた。
港と呼ぶに相応しい場所。カーゴがいくつも並んでおり、外界は雲と空で構成されている。開放感と絶景。下は見えず、雲の海が広がる。そんな中を、流通するように駆けるエアワーカーたち。それは本当に、空を優雅に泳いでいる。カーゴと呼ばれる荷台は船に似ていて、形も様々だった。
「なんか、やけに女の人が多い」
目に付くのは女性ばかりだ。カーゴの周囲では女性が仲良くランチタイム。灯台のような建造物の前で、お弁当を広げて昼食なんぞ楽しんでいる。
「ええ。だって、エアワーカーというのは女性しかいませんよ?」
しばし、絶句。まさか、本当に女尊男卑の世界だったり。黄色い声でアヴィヨンを呼ぶ声も、今では恐怖に変わる。
説明を受ければ何のことはない。飛翔能力は女性に多く見られる傾向があり、犯罪防止のために男性のワーカーを禁止しているのだとか。物資を奪う空の賊が生まれる前に、完全に禁止したのだ。厳しい国のチェックを受けた女性でしか飛空者にはなれない。
「あ、でもさ。客として男性が来たり、するんじゃないか?」
「エアジャック、ってヤツですね。ええ、確かに男性がカーゴに乗ることもありますけど、そんな事件はほとんど起きません。空の上で私たちにケンカを売ること自体、自殺行為ですから」
飛空者を脅してカーゴを奪う。奪ったところで、操縦士がいなければ落ちるだけだ。要は、カーゴの上ではエアワーカーこそが絶対であり、逆らったりすれば容赦なく死んでしまう。ジャックするような事件は、自暴自棄となった犯人がすることだ。
「それでも。エアワーカーが賊になることもありますけどね。そういう場合は、ここの騎士さんが出動します。そこでも私たちのような人間が必要になります」
「なるほど、わかった。エアワーカーがどんだけ重要で、政府認可が必要だってことが」
とりあえず、把握する。都市の名前など後で覚えればいい。少しずつ、鏡面世界の仕組みが解けてくる。外に出たい時は彼女らに頼むしかないだろう。安心しきって、空を見つめてみる。
「試しに、乗ってみませんか?」
などと、アヴィヨンが色に向かって微笑むまでは。
本当に浮いている。ぷかぷかと波の上を進む船のように、ゆっくりと穏やかにカーゴは進む。
「結構な交通量だ。こりゃ確かに、儲かる」
空の海は混雑とまではいかないが、それなりに流通がある。航路のようなものもあるようで、道無い道路を進む交通に思えた。信号機などは一切存在しない。速度はほとんど同じようなもので、急ぐ場合は少し横にずれれば道はがら空きだ。
「国営、ですから。それに流通は人にとって必要不可欠なものですよね」
「そーだねー。あ、浮き島発見」
ほんわか気分で観光する。時たま、浮き島を発見して眺めてみる。あれが目印や道標になっているのだろう。隣の都市まではおよそ一時間ほどで到着するらしい。それとは別に、こうして今現在体感している観光業務もある。その利益は国を潤す。貨幣だけでなく、農作物も利益には含まれる。貨幣経済もあるとはいえ、まだまだ米の力は強いのだ。
「いやー、和むなぁ」
船の上で、太陽を拝みながら、まったりと時間が進む。アヴィヨンは船ごと浮遊させているのか、優雅に台に腰掛けて色を観察してたりしている。
「ええ、皆さんそう言われます。現代人は時間に追われすぎ、なのですね」
「ははは、本当に」
携帯電話に追われてもいる。まったく、時間を追いかけすぎだ。たまには電話も名刺も奈落の底に放り投げて、こうしてのんびり過ごすべきだ。
「それにしても、だ。なんだってこんな美人ばかりに囲まれなきゃいけないんだろう」
贅沢な悩みである。自覚しているが、悩む。王女がキレイなのは仕事だから仕方が無い。エアワーカーも接客業であり、着飾るのも当然だ。問題なのはあの騎士。戦うのが仕事だとか言ってるくせに。もっとも。この世界でそんなことをぼやくのは見当違いだ。
「そうでしょうか。少なくとも私は、平均くらいじゃないでしょうか」
「ははは!その顔で何を言う!」
思わず、力説。力強く否定して笑った。アヴィヨンさんは薄く赤みがかったセミロングヘアの美人だ。穏やかな物腰、甘い態度。こういう癒し系を待っていたといっても過言ではない。
「でも、それなら逆です。夜神さんみたいな男性、見たことがありません」
美人が多い国が存在するのは理解できる。南米とかは特にそう呼ばれる。結局は主観の問題なのだが、ある程度偏ることもあるようだ。どうやら、こっちの世界では夜神色は特殊な部類に入るらしい。今まで見てきた男と言えば、天井だ。
「そうかぁ?」
「筋肉が男のステータス、みたいな部分がありますから」
思い浮かべるのは、露店の八百屋。
「何をするにもまずパワー。小さい頃から筋トレが義務付けられ、短髪スポーティな男性が大量生産されています」
あの八百屋ならやりかねない。畑耕すのに細い腕で何ができるかー、とか何とか。
「美形で魅力的な男性、というのは希少ですよ、夜神さん。まっちょと結婚したくないーって同性愛も認められてるんですから。あ、あの浮き島の奥がリディアですー」
巨大な空中都市が見える。他のエアワーカーたちは、ほとんどがリディアと呼ばれる都市に向かっていた。数は軽く見積もっても、十や二十では足りない。ひしめくように船が、大きな港へ収容されていく。
商業都市リディア。貨幣の鋳造を行う都市であり、大規模な市場が都市の大半を埋める。位置的には最も北方にありながら、各地の産物を集めている。観光客も商売人も多く、珍品を求める富豪や格安の作物を狙う主婦なども集まってくる街。自然と人口は膨れ上がり、休日ではただでさえ人口密度の高い街が人で埋まってしまう。
「私たちの街では基本的に人口の増減は少ないです。油断してると、あっという間に人波で消えちゃいますよ」
「ふん、さすが古代文明の名を冠するだけはある。やっぱり、世界は同じ土台ってことか」
リディアはメソポタミアに興亡した国名の一つ。小アジア、トルコに存在し、世界で最初に貨幣経済を生み出した都市国家。ペルシアの属国となるまでは、エーゲ海沿岸の諸国やメディアと争った歴史を持つ。南部アッシリア帝国の援護を受け、アナトリア高原を征服した。それら全ては、紀元前の話。そんな四大文明に生きて関わることが出来るとは思いもよらなかった。内容は歴史と程遠いだろうが。
ティルスもメディアも、全てメソポタミア近郊で勃興した都市国家の名だ。大陸が空である以上、閉鎖的な世界が構築される。各都市において、文化や特色が顕著に表れるのは当然のこと。そしてそれが、現代世界から見れば時代遅れでもある。
「――――アレ、なんだろなぁ」
「どれですか?」
港の近くで、揺れ動く一艘のカーゴ。実に不安定で、客が振り落とされそうになっている。少女らしいまだ若い飛空者が、必死の形相で慌てながら操作している。
「積荷泥棒かな。それで振り落とそうと飛空者が頑張ってる、と」
「ですね――――夜神さん、しっかり捕まってくださいね」
ね、なんて言って笑顔でフルスロットル。猛烈なスピードで港目掛けて突撃を開始するアヴィヨン。それは手漕ぎボートがモーターボートになったような変化で、思わず落ちそうになる体をヘリに手を置いて、支える。振動は激しく、速度は苛烈に。稲妻のようなカーゴが突進する。
敵、というか犯罪者を乗せたカーゴが進発する。それは逃げるようで、まだ新米のエアワーカーでも脅しているのだろうか。
「ちょ、飛空者は空じゃ最強なんじゃないのか」
「そうですよ。でも、アレはリディアのワーカーですね。質より量を重視する街でして、リディアのワーカーというのは大抵、操船技術がそれほど上手じゃないんですよねぇ」
あの街で暮らす人間は少ない。滞留数であれば文句なく一位だろうが、居住している者はそれほど多くないのだ。そこでエアワーカーを雇用したとしても、ティルスほどの質を望めない。また、数だけは必要なので、ああいう新米の飛空者が大量に集められる。
前を行く新米ワーカーを追いかける。速度ではこちらが上。よたよたとバランスをとるのも精一杯なリディアの飛空者と、質を重視で集められた中で最高位に位置するティルスの飛空者であれば、比較にさえならない――――
「向こうの船を止め、犯人を確保します。色さん、手伝ってもらえますか?」
「勿論。殺さずに捕まえりゃいいんだろ。もっと船を寄せてくれ、飛び込むから」
相手の船、その左側に回る。速度は上回っている。接近し、飛び込む。遠距離からの狙撃では殺してしまう可能性がある。強引に、力でねじ伏せるしかない。
右手。五本の指に力を込める。腕の一本や二本、切り落としても文句はあるまい。
「気をつけてください、ね」
微笑で送り出すアヴィヨンに、こちらも笑みで返す。そうして、接近した敵右舷を目掛けて、一瞬、本気で空にダイブした。
空気抵抗。空に浮かんだ体は流れ、雲海に消えるだろう。その前に、敵のカーゴを掴む。後方のヘリを掴み、左手一本で抵抗を凌ぎきる。犯人が近寄る間際、腕力だけで体を引き起こし、カーゴへ強引に乗り移った。
右腕を振るう。問答無用。問いかけることも警告もせずに、青く輝く右手を薙ぐ。剣状の凶器を破壊し、踏み込んだ一撃で鼻を潰す。倒れる体。前のめりになる体を回避し、後ろへ回り、背中から首を掴んだ。これなら、殺すこともない。
突然の捕り物に、おお、と歓声が沸く。並走しているアヴィヨンも、安堵の表情だ。膝をつく新米ワーカーに接舷するように伝え、ひとまずはリディアの港を目指すことにした。
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