Geschick
Divine Knight/Night-1
「ああッ、流石はトーヤの血、何とも美しい麗装で」
「・・・・・・ワザと?それとも天然デスカ?」
人間、ここまで呆れると感情が失われるらしい。主に怒りの彼方へ。
解説するとするならば。麗装ってのは主に女の人に当てはまるよーな言葉であり、トーヤってのは多分、遠野夜神の略称だと思われる。
「むぅ、さすがは貴人。きっかりした礼装がここまでしっくりくるとは。これでは、私もうかうかしておれぬ」
「いや、オマエ王女だし。それに由緒正しい騎士団の長の子孫だし。さらに紋章院の称号持ちだし。着飾ることが仕事、みたいな職種に就いてるわけだし」
俺、単なる大学生だし。とは少々、御幣(ゴヘイ)がありそうなので口にしない。
「むふう。ああ、肖像画にしてもよろしいですかっ」
「ダメ」
鼻息荒く、詰め寄ってくる王女様を押し留める。さすがフォン・ディア・プファルツ。格式やら礼装やらが弱点だったのか。というか、それを美意識とするのはどこか間違っている。成人式にでも出席されたらと考えると、世にも恐ろしい。
「いえ、貴人以外のはコスプレでしょう。認めません」
「判断基準おかしいから」
「名のある方でなければ分不相応だと申しています。竜王や北欧の魔女も美しいですが、ああ、流石は遠野夜神、厳格なる秩序から生まれる美麗こそ全とした一族だけはある。はあ、これはかつてのヴィルヘルムすらかくや、最早敵ではないッ」
ぐわしゃっ、と目を見開いて記憶フル活用。網膜に焼き付けるように凝視してくる選帝侯。本当に王女の出身。ガーターの称号などより、そんな系譜を持つことの方が恐ろしい。まさか彼女に、就職活動の現場など見せられるはずがない。ここが鏡面世界でつくづくよかった。面接の場で、はぁはぁと紅潮しながらエクスタシー感じられても困る。
さて、そろそろ時間である。この部屋から一歩出れば、そこは絢爛に飾った会場。どこに、そして誰が敵となるかわからない以上、少しの隙も命取りとなる。
「行こうか、王女」
手を取り、腕の間に置いてみせる。ばっちしエスコートしなければ、色々と沽券(コケン)にも関わってくるのだ。
「ん、グ――――ハァ。貴方よ、私を萌え死にさせるおつもりか――――!」
いい感じに激昂する王女サマ。くそぅ、俺が何か悪いことしたのか。
そもそも。事の発端は王女さまであり、その時は言いだしっぺも燃えてはいなかった。むしろ、彼女に言わせるならコスプレであり、威厳もクソもない大学生に何が、みたいな蔑視さえあったのだ。
「ベアトリクス。彼は遠野夜神神奈備。遠野夜神という旧家の出身であり、系譜を遡れば神代、太陽神として治世をした天照大神とは対象の存在である月夜美神に発し、はたまた世界が人間の代に委ねられれば夜刀神として崇められた一族です。本家、遠野地方夜神家の長女瑠璃が家を離れたことで分家とはなりましたが、血筋としては本家の長男、遠野夜神家の当主である人物です」
などと、どっかの騎士がヘンなコトを吹き込まなければ、の話だが。
「おぉ、それは本当ですかっ?」
「はい。遠野夜神は美しさを身上とした一族、誘惑という一点から暗殺へと昇華させる特殊技能を持ち得ます。かの国ではサクラなどと並んで美しいモノの代表とされる月の子孫になりますから。カチョウフウゲツとはよく言ったものでしょう」
どこの西洋人の言い草か。それならハラキリ・ジャパンの方がまだマシだ。変に日本を理解しているあたりが恨めしい。ここらで「実は課長がふうと溜息をつく様子の言葉ですー」とでもカミングアウトすべきだったか。
「侍女たちをここに。色をすぐさま礼装させるのです」
準備をばっ、といきり立つ王女様。権利を最大限利用するあたり、王女の権限に慣れている。ここまで飛躍させた下手人は、そそくさと自分の準備のために撤退する。文句を言われる前に逃げる、というあたりが平紗らしい。
肝心の王女サマも着飾るために引っ込んでしまって、誰に文句を言えばいいのかわからない状況を迎えるのだ。
「大体、遠野夜神の、当主って、女性じゃ、なかった――――?」
真実は、むなしく虚空に反響するだけだ。
社交界。その一言の意味は重く、上流階級の社会に首を突っ込むことになる。都市国家にて財を成し、政府に関与している者など政府関係者以外にも名を連ねる者もいる。ただ、単位が都市であるせいか、その上流階級であれば国家に深く何らかの影響を及ぼす立場にある。経済や流通、あるいは都市の防備といった街に関わる事柄から、農作物や収益に対する課税、他国からの輸出入を司る人物。一人の国王が鎮座しているだけでは、都市国家は成立しない。
社交界とは言わば、都市国家を運営している人物の集まりだった。現代社会では考えられないが、単なる富豪が政府に入れ知恵することもあるようだ。
豪華絢爛、壮麗かつ豪壮に。城の広大な舞踏室には華美な装飾が施されている。立食パーティのようなものだ。眼下で繰り広げられる光景を目の当たりにし、夜神色は眉を顰(ヒソ)めた。
「――――確かに、これは」
礼装する必要もある。こういう社交やら格調を好むベアトリクスの手ほどきがなければ、立ち回りさえ出来ない。
「固くならずに、色。私たちが知るようなマナーやルールなどはありません。当然、常識としての行動や丁寧な振る舞いは必要でしょうが、その他の言動などについてはこちらでは深く追求しない」
要は楽しむものだと言う。閉鎖的な都市国家では、顔ぶれが変わることもほとんど無く、気心が知れた、とまではいかないものの、ある程度互いのことは理解している。繕った表情や言葉などは今さら必要がない。社交、というより。親睦に近い。
だがしかし。忘れてはならないのが、隣にいる人物だ。王女。注目を集めるのは必至。横で適当なエスコートをすれば、批難轟々、地位やら威厳やらが根こそぎ落ちる。
備え付けられた階段は左右。赤いカーペットの敷かれた階段を一歩ずつ、ゆっくり、丁寧に、優雅に進む。衆目が集まる。顔は上げつつ、しかし誰とも目線を合わせずに歩いた。やがて、国王の前へと到達する。王は老齢とまではいかないが、六十には達する見事な髭の持ち主だった。
「地下より訪れた騎士、夜神です。此度のクーデターにおいては傭兵として鎮圧戦に参加、一部隊を指揮し活躍を。平紗家に逗留(トウリュウ)しており、王の危機に馳せ参じました」
ベアトリクスがそれとなく、王に伝える。周囲がざわつく。地下、とは。おそらく空中都市と化しているこの世界において天国か、あるいは地獄を示すのだろう。あながち、天上なる世界から降ってきたのだから間違いではない。
「いいえ、王。卿はバビリムよりの士、神の門より訪れた者で御座います。その武の勇猛さはかの天へと轟き、その智の深さは地下へと届くでしょう。王女が勘違い召されるのも仕方がありませんが、その存在性は神々の如く、万夫不当の士と言えるでしょう」
後方から注意される。平紗来未の声だ。厳しい顔で言及する声。単語については意味のわからないものもあるが、褒めているのだけはわかった。
再び、場が華やぐ。王は満足そうに、グラスを手に爵位がどうのこうのという話を始める。騎士団筆頭だの王女側付きだの様々な爵位だか役職だかわからんものを押し付けられ始める。来未や王女は我慢だファイトーと声をかけてきて、とりあえず聞き流すことにした。
「此度の政変未遂において、軍を掌握する者がことごとく排された。新たに平紗を中心とした騎士による軍を編成しなければならず、騎士による騎士、即ち騎士団を発足させようと思う。ただし、王家の人間が介在することにより、此度のような事件を防ぎたいと思う。騎士筆頭の権利を保障し、なおかつ干渉するべき権限を王女に与え、城下の治安維持を任せる」
と、いう決定が最終的に下された。この集まりは、言うなれば顔合わせのようなもので、王の命令を上層部に浸透させるのが目的らしい。夜神色の役も決定済みのようで、王女の護衛やら何やらが押し付けられた。扶持を騎士と同等にするとかどうとか。
「まったくもって、危険としか言いようが無いですね」
任命式などは後日、と定まり宴の盛り上がりも緩やかに。和やかな談笑がそこかしこで行われる中、騎士筆頭が口を尖らせてやって来る。おそらく、機転を利かせたことについての褒賞をもらうためか。
「んだよ、俺たちがこっち鏡面世界の国際情勢など知ってるわけないだろ」
「これは地理のお話です。外交問題ではありません。ましてや、そちらは王女なのでしょう?ならばきっちり知識として頭で理解していただくてはなりません。大体、色さんに対し地下の住人、とは聞き捨てならない装飾語です」
逆さ、なのである。空に浮かんでいる、というわけではない。空が大地であり、地上になる。だが人間という種族は空を飛ぶことは出来ず、都市単位で浮遊する建造物を国家とし、流通路は遮断されている。一歩、外城から足を踏み出せば、地下世界に直下する。
ある程度の閉鎖的な秩序はあるが、流通が途絶えているわけではない。なぜなら、この世界の住人は「空を飛ぶ」という技術を持ち得る。スキル、という個々の能力は時として飛翔すらも可能とする。浅川柚葉でさえ、ビルから飛び降りて無傷であった。
地下世界とは、死を意味する。空を飛べない人間が城から出て、落ちる。空に落ちる感覚。終わりがあるのかどうかもわからない。戻ってきた人間など、いないのだ。地下世界の住人、ということは即ち、地獄の人間を意味する。
「はぁん。そりゃ、凄い。ならひとつ質問だ。この空に果てはあるか?」
天地が逆転している。空が地、地が空。物理の法則に従うなら、地核で発生する重力に引き寄せられて、人間は地面に立てる。重力の法則がある以上、地核は存在する。しかし地面は無い。ぽっかりと、空虚な地面に地核などあるのか。
「ある意味、ここは高所です。雲より高い場所に位置しています。上、通常の意味での空はそのまま宇宙空間へと通じていると思われます。下、通常の意味での地面を確認する術はありません」
落ちたら最後、登ってこれない。ロープなどでも距離が足りない。故に、答えを知っても戻れない。そういう意味でも、地下世界はあの世の概念に近い。鏡面世界と現実世界。ルールは同じでも、効果が正反対。
「飛空者、という言葉があります。文字通り、空を飛ぶということです。これらは国営の事業であり、世界全体に適用される運搬、観光や郵便業に当たります。詳しい説明は後日するとして、まずはエアワーカーを取り仕切る騎士、アヴィヨン・ド・サン=テグジュペリと謁見なさってください」
また恐ろしく長い名前を。隣の王女様には敵わないが、一度聞いただけでは絶対に覚えられない。覚えられないが、その人物が国営による流通業を一手に引き受けているらしい。来未が目線で示す先、ベアトリクスほどではないが背の高い、穏やかそうな女性が立っている。
二人に先導され、渋々、その人物に会ってみる。いやいや、絶対女性比率おかしいって、ここ。考えてみれば女尊男卑の世界なんじゃなかろうか。唸りながらそんな下らないことを考えていると、話がこちらに振られていた。前の二人はすでに挨拶を済ませ、残る一人に集中砲火。
「はじめまして、夜神さん。長い名前なので、アビーとお呼びになってくださいね」
ほがらかに笑顔、優しい声。なんだ、なんなのだ。この待遇の良さ。今まで考えれば、ぶっきらぼうな女医とか傲慢な騎士サマとか偏った嗜好の王女サマとか。よくよく考えれば、女運とか無かったなぁ――――
「現在、新騎士団においてまともに活動できる人物は彼女だけでしょう。残る騎士は今回の事件でも姿を現せないほど弱体化し、没落していますから」
「まぁ、なんだ。四人いれば充分じゃないのか?」
「ええ、そうですね。人手がいる時はいつでも、仰ってくださいね。エアワーカーたちならいつでも出せますから」
微笑を続け、助力を申し出るアヴィヨン。だが、女難はここから始まるのだ――――!
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