五日目。天蓋のついたベッドで目を覚ます。
慌しい朝ではなかった。予見していた膠着状態とは程遠く、四日で六名が脱落し、残るのは決戦を待つのみとなっている。
その決戦も、すぐにというわけにはいかない。相手の優勢は変わらない上に、こちらから仕掛ける手段が無い。相手から仕掛けてくれば話は別だろうが、わざわざ居城から打って出る必要も無いのだ。
カーテンを開ける。無駄に清々しい朝。陽光が雪に反射し、煌いている。
「いやあ、いい朝だねぇ」
キラキラと輝く白銀の大地。今日の天気は快晴、ぽかぽかあったかい冬のキセキだったり。
一瞬、血生臭い闘争やら何やらを忘れて、クリアな意識のままで客間から出た。ガウン姿にスリッパで城内を闊歩する。うむ、我ながら王様のようだ。
時刻は朝の八時。昨日は朝からたっぷりと睡眠をとったせいか、五時間ほどで目が覚めてしまったらしい。夜食のおかげで空腹も無い。心地よい満腹感と、充実感。なんだろう、コレを幸せというのではなかろうか。
「おっ。やあ、おはよ」
中央階段に腰掛けて、真っ赤なカーペットにひたひたと歩く足音を聞く。歩いてくるのは、白い髪の吸血姫。眠たげに目をこすりながら、ふらふらと廊下を歩く姿はどこか愛くるしい。
「・・・おはよう」
挨拶をする常識はあるようだ。不機嫌、というほどでもないが、まだ頭が回っていないらしい。
「――――冬真、さん?」
「うん。まだ寝ぼけてるね、アセリア」
不可解そうな目で、こちらを見つめてくる白い少女。ひょっとすると、アセリアは朝が弱いのかもしれない。
二人、連れ添って食堂に向かう。案の定、エリーはもう目覚めていて、朝食の割には豪華に彩られたテーブルが眼前に広がる。
ティーカップを傾けながら、優雅に朝を楽しむ城主に挨拶をして、席につく。彼女の談によると、セシリアは朝食を拒否するタイプらしい。起きるまで寝かせてやろうとの配慮だ。
洋食なモーニングをいただきながら、会話に花を咲かせる。今日は気分が良い。そりゃあ、これだけ天気が良ければ、気分だって晴れやかになるというモノ。
「こう、城に閉じこもる、っていうのも気分が悪いね。どこか、出かけてみようかな」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。ぎょっとした表情を浮かべたのはアセリア。彼女が表情を動かすのは、珍しいと思う。
「そう、ですね。では、アセリアさんとデートですねっ」
「――――うん。アセリア、いいかな?」
敵は動かない。動いたとすれば、それは好機だ。自分から地の利を捨てるとは思えない。意表をつくぐらいは考える敵だが、意表をつく必要もない。
朝食の席。二名の視線を受けて、きょとんと固まる吸血の姫。そういえば、アセリアは吸血鬼。その割には、普通にご飯を食べて、普通に生活しているようにも思える、けど。
吸血鬼は、特に異存は無いと頷く。夜までには帰還することを約束し、ぶらりと街を歩こうと決めた。
たまには――――他愛ない世間話をしながら観光するのも悪くない。
深雪を進み、ようやく見えたバス停で足を止める。城からおよそ三十分。辺境のバス停は、二時間おきにしかその役目を果たさない。腕時計を睨む。晴れた空の下、今までの経過時間とほぼ同じだけ待たなければ、白崎の市街地には行けないらしい。
隣に立つ少女を――――振り返る。まだ待つことを伝えると、厳(オゴソ)かに、落胆と分かる声を落とした。
「寒いのは、苦手」
「え?」
少々、意外だった。色が白いから寒さには強い、とか先入観を持ってたのかもしれない。
今だって、おそらく城にあったフェイスタッドの服を着ている。白いコート。背の高いフェイスタッドの姉妹のモノなのだろう。小さなアセリアには、どこか大人に見られようと背伸びする少女の面影があった。
真っ直ぐに。凛とした表情で一点を見るその表情。少女じみた格好をした吸血鬼は、その表情のみが相応に思えた。
アセリア・ドラクール・リヴィエルロット。十五世紀に発端した、最後の竜王。その生い立ちは謎に包まれているが、ルネサンスの時代には発生が確認されている。
母が犯した罪。九人のヴァンパイア。彼女は、その贖罪のためだけに生まれた。
「発端は、魔道士でした。リリス・リヴィエルロットは紋章院に籍を置く英国の紋章術師。彼女は『新陳代謝を活性化させる紋章術』を己に刻み、擬似的な永久機関としたのです。元より、リヴィエルロットは超人としての素質を持つ者。吸血鬼とはその代償行為からつけられた俗称に過ぎません。より無駄を省き、より鋭利に削ぎ落とし、一分の隙さえ無い完璧な人類を目指して結果が、忌むべき吸血種族と成り果てた。食物摂取による栄養素の確保は直接血液の補充と代わり、激しすぎる新陳代謝は肉体を間もなく崩壊させたと言います。よって、食人行為(カニバル)に昇華したのでしょう。初期のリリス・リヴィエは吸血鬼というより、食人鬼でした」
「――――食べるの、か。ヒトを」
「システムを体系化した者たちが登場するまで、です。人を凌駕する存在となった彼女。腕力はどの男より強く、その魔法はウエストミンスターに届こうとしていました。吸血鬼の三族、ガブリエル・シュトラウス、ギュスターヴ・ガーシュウィン、アイルヴェール・ヴィルヘルムの三名とリリス・リヴィエルロット。リリスは彼らに力を提供し、三人はリリスに超人としての修整を加えます」
リヴィエルロットは「因果」を意味する。紋章術によって、彼女自身を永久機関とした。運命を定義する魔法。その力で、リリス・リヴィエは「死ぬと生き返る」という魔法を完成させたのだろう。
シュトラウスは「契約」となる。リヴィエルロットと三人の立場を血によって契約する役割だ。
ガーシュウィンは「制約」であり、「契約」に違反した場合のルールを作り上げる。
そして、ヴィルヘルムは「具現」を意味する。
「彼らはリリスの真似をした。リリス自身、特別な行為をしなくとも生きていくことが可能だった。けれど、より強く、よりシャープになるために、食人、吸血行為を行ったのでしょう。ヴィルヘルムは魂を具現する。明確な『新種族』の成立には、いかにして誕生するか、いかにして立場を作るかの二点と、死を超越することが必要だった。無限の命は飽きが来る。一旦、命を閉ざして、復活するためにヴィルヘルムが呼ばれたのでしょう」
吸血種の発端。彼女は、苦も無く全てを打ち明けた。
バスが来る。アセリアは、刹那に微笑み、いつもの無表情でバスに乗る。
朝の十時。白崎駅前はそれなりに賑わっている。曜日の感覚など、とうの昔に消え失せていたが、見事に日曜日を射抜いているらしい。
それにしても。こう、外人の少女――――それも、雪みたいな髪に緑の目をしたヤツが無表情で突っ立ってると、どうしても注目を浴びてしまうと言うか。
だから、さっさと移動するならすべきだ。アセリアに質問するのも無駄な気がするから、ここはやはり、自分がエスコートするものなんだろう。
待て。っても、アセリアを連れてどこに行けと?観光名所を巡るにも、真冬のバラ公園に行くつもりもないし、白鳳城を攻撃するワケにもいかない。それこそ、常套(ジョウトウ)のルートになるのではなかろうか。
となると、カラオケとかボーリングになるわけでして。
「――――アセリアと、カラオケ・・・?」
血迷ってもその選択だけはしてはならないと思う。いや、ボーリングでもどうかと思うけれど。
隣の少女は、どんどん不機嫌になってる気がする。こっちが長考モードに切り替わって、不必要に観衆の注目を浴びるアセリアにとって、機嫌がいいはずがない。
「よし、決めた。もうどうにでも――――」
なんて、語尾に覚悟を示して、やけっぱちなステータスで歩き出す。
とりあえず駅前にあった小さな和菓子屋でだんごを購入。こうやって、目に止まるを攻めて、常にアグレッシブに行こうじゃないか。
だんごを片手に、攻撃開始。くそ、ディフェンダーだってのに無茶を要求するものだ――――
昼の十二時。そう、二時間が経過した。
万策、尽きました。元々、小さな街ですし。アセリアとデエトするなんて、どだい、無茶な話だったんだ――――
「あ、そういえば」
昼食はどうするべきか。だがしかし、吸血鬼に昼食を用意するとは、どういうことなのか。けれど、ドラクールは吸血しなくてもいいと先ほど言っていたのではないか。などと、思考を張り巡らしたところで矛盾に気付いた。
「西川彼方くんを襲ったのは、君だったね」
「はい。八十年周期が見事に重なったと言いますか、耐性があったと言いますか」
珍しく言葉を濁すアセリア。珍しい、とはよく思うものの、普段のアセリアさえ知らないのだから、それは先入観とのギャップに過ぎない。
「殺生は好きじゃない、か。珍しい」
「殺生を好む方が珍しいとは思いますが」
――――目が、開かれた。
そうだ。何でそんなことを、思ってしまったのだろう。こんな、吸血鬼の少女に、人を殺すのはよくないことだと教わってしまったのだろう。
慣れすぎていた。死とか、戦いとかに。すでに道は血塗られ、それでも、自分は――――
力を求めた。求めた。戦う力を。だから、この手が人を殺めるのは、当然のこと。そこに躊躇はいらないと、感じたのではなかったか。
「好きじゃないさ。だけど、殺すしかないじゃない。そうしないと―――コロサレル」
想いを、落とす。
思考を全て遮断して、ただ目の前にあるソバ屋に逃げた。
日常が欲しかった。どうして。自分で望んだ結果なのに。
どうして――――こんな日常が楽しいと思えるのか。
「ソバ、はね。典型的な和食だよ。欧州風に言うなら、暖かいパスタみたいなもんかな」
本当の日常を忘れる、仮初の日常。忘れてしまうほど、楽しい日常が、ここにあった。
店員に注文を言って、やがて運ばれてくる料理。滅多に笑わないアセリアを笑わせようと、ヘタクソな冗談を言って、珍しげにフォークでソバを食べる外人に笑う。
ああ、何となく。本当、何となくだけど。■■が怒った理由が、わかる気がする。
超えてはならない壁を、超越(クロスオーバー)したのだ。
空は赤い。夕焼け空。終始、晴れ渡った空を染める色。
街を横断する川。街の目玉みたいな大橋を渡る。それは、最後の楽しみ。今日一日、何気ない日常を体験して、帰路につくまでの、悪あがき。
散歩をする。赤い太陽を反射する川を眺めながら、少しだけ満足げなアセリアと共に橋を渡る。
「実は、生き残ったのは西川彼方だけではなかったです」
そんな、つまらない過去を少女は白状した。今まで、彼女だって血を吸って、誰かを殺している。その中で希望が。死ななかった誰かがいただけの話。
「英国の刑事でした。殺すつもりで吸った。けれど、死ななかった」
「僕も、ね。殺せなかった人はいる」
殺したはずなのに。亡霊が、■■の亡霊が彼女にいる。
後悔を吐き出して、過去を共有して、支え合う。傷を、お互いに露呈して庇い合う。
「私には倒さねばならない敵がいる。ティフォージュの領主を。■のために」
よく、聞き取れなかった。その単語を脳が理解できなかったということだろう。
けれど、アセリアが誰かのために倒すと言うなら、協力してあげてもいいかなと思う。
それからは、無言。黙って、川を眺める。欄干に寄りかかって、少し疲れた足を休ませながら、穏やかな風に身を任せる。アセリアも、隣で同じように寄りかかっている。その横顔を盗み見て、思う。
少しだけ立ち止まって、今、この時だけは安らかに――――
ふと、対岸から歩いてくる人影があった。
誰も渡っていない橋。ただ車だけが、風を切って去っていく。
交錯する橋上、視線が、願いが、祈りが――――
長い黒髪。赤い小袖に、萌黄(モエギ)の帯。豪華ではないが、流麗な和服の少女だ。
流す目。小ぶりな唇。それは、初めて見た時の彼女の姿。
ただひたすらに、清らかで、流麗で、雅な姿。
声が、出ない。求め続けた姿が、ひたひたと、厳かにやって来る。
アセリアの向こう。ついにぶつかる、視線が。激突する、意志が。
交錯(クロスオーバー)。
現世界で、新世界の君と出会う――――
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(crossover) - Divina Commedia -
「――――先輩、元気でしたか?」
「ん、うん。まぁ、とりあえずは、ね」
互いに、無表情。困惑と、驚き。感情が複雑に交錯して、上手に感情表現が出来ていない。
運命の橋上。
何の企みも、謀ることもなかったのなら、それは運命。だが、悲運に違いない。
愛する人を失い、自分さえ失われた少女と、
一途に、理由さえ消え去れど愛した青年が。
噛み合わない歯車に似ていた。もう、元に戻ることなどない。ギアは失われ、歯車は欠け、二度と元には戻らない。
少女にとって痕は深く。刻んだ痛みは癒せるものではなかった。
青年にとって命は輝く。眩しい光にただ憧れた。
そこに救いは無い。
噛み合わない歯車は、激突して、壊れるまで動き続ける――――
「後戻りは無い。僕は、進むしか、無い。だから、一緒に」
冬の日。
少女は、拒絶した。
理想が、違った。
求めは、願いは、歩んで叶えるものだと、少女は信じている。
誰かに与えられるものではなくて、誰かから奪うものでもないと。
自身で進み、歩み、その先で叶えるものだと信じている。
傷ついて、失って、なおも戦うその意志が。境界に生きる者を倒すと告げていた。
想いは交錯し――――衝突し、ふたりを別った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――