Mirage

Cross over-2

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(フューリー)                     - Divina Commedia -

「これが、追い求めた竜王か」
少々、落胆しながらエリオットは、殺すには至らずに肩へ担いだ。
アセリア・リヴィエルロットは吸血鬼の尊崇を集めている。何せ、頂点に立つ者だ。それが、余りにも弱く、脆かった。失望したと言っていい。
自身のサーヴァントを失い、能力が低下したためだろう。だから、今は殺さず、回復を待てばいい。
「アサカワ。調子は?」
隣を歩く浅川柚葉に声をかける。残るセシリア・ミリアとディエゴ・セルジュは自分が倒さねばならないだろう。これ以上、ディバイダーに能力を与える義理は無い。
「捕食(イーター)、侵入(ハッカー)、攻撃(アタッカー)。どれも正常だ。アークエンジェルの起動に問題はない」
すでに敵は残り少ない。目の前に立つ君塚冬真さえ排すれば、立ち塞がる者はいない。

――――ディバイダー。核分裂までも可能とした、最高の能力の保持者。

右手の裾は破れ、風に靡いている。
ようやく、目が合った。ディエゴ・セルジュの意識は薄いようだ。至近距離で核爆発を喰らえば、如何に紋章術師でも無事では済まされない。
同様に、自分でさえ無事では済まない。加えて、ディエゴ・セルジュでさえ打倒しきれぬ防御力。長期戦は覚悟しなければならないだろう。
結論として、現時点での交戦はあまり得策ではないと判断した。
「正気を失ったか、冬真」
隣から漏れる声には、幾分、落胆が込められている気がした。
立ち尽くし、こちらを見る目からは以前の青々しさは感じられない。どころか、何も感じられない。
あれほどの力。手に入れば、溺れるのは必然か。
「いえ、そうでもありませんよ。今度からは半袖にしよう、と考えていたところです」
「冬だぞ。寒いじゃないか」
「まぁ、そうなんですけどね。戦うたびに服を失うのは、経済的によくない気がして」
驚くべきことだ。確かに君塚冬真は正気であり、なおかつ、リラックスさえしている。
脆弱な存在で、境界能力だけが特筆される人物だった。それが、一端の戦士として、自然体の状態で立っている。
「さて、要求は二つです、エリオット・ガーシュウィン。アセリアと彩を返せ」
「取引でもする気か。そちらは、何を用意する?」
「何も。要求ですから」
自分の立場がわからないのか。それとも、大物なのか。判断は難しかった。
ただ、君塚冬真は、純粋に、本気で言っていることだけは、わかった。
「彩は僕にとって大切な人なんだ。だから、返してくれ」
彼の心に動機は無い。ただ、返せと。偽りの言葉で欺瞞の正義を唱える。

「許されないのは、お前の存在だよ。もう――――帰れ」

アセリアを大地に寝かせ、体を左右に振りながら敵へと迫る。
二刀の敵。目標を絞らせれば、脅威だった。
深い、青とも緑ともつかない色。紺碧の魔眼を光らせて、エリオットは君塚冬真へと肉薄する。
再びあの光。激情が生む浄化の炎(フューリー)。あれを撃たせれば、全てが終わる。
だから、全力を持って、この男を殺す――――!

突き出す腕、貫くは鋭き刃。
“巨躯”を確かに貫通し、血は君塚冬真に降り注ぐ。

「言っただろ。どんなことがあっても、守ると」
口から吐き出される鮮血に、エリオットの顔が濡れた。
小さな爆発。吹き飛ばされるディエゴ・セルジュの肉体に弾かれ、背後へと薙ぎ払われる。
雪を背中に感じながら、憎々しげにエリオットは君塚冬真を見上げた。
かつての仲間を、盾にしながら平然と攻撃を加える男に。

「――――悪いが、邪魔になるだけだった。Dさん」


それは、撤退だ。
ただ相手に背を向けて逃げる。戦略的な撤退だと言い聞かせても、逃げに過ぎなかった。
戦場から離脱し、白鳳へと。エリオット・ガーシュウィンは「逃げた」のだ。
あの男に少なからず、恐怖を抱いたのが原因だろう。

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負傷したセシリアとアセリアの二人を担いで、居城に戻る。
正直、今の戦力でガーシュウィンと浅川に対抗するのは無理があった。だから、相手が引き上げてくれて助かったというのが本音である。
アセリアの状態は悪い。元より、万全ではなかった。エリオットは加減し、「捕まえる」ことを目的としていたようだったが。
Dが、死んだ。連れのセシリアは比較的、軽症だ。
「短期決戦。それも、凄まじい殲滅戦に似ています」
コーヒーカップを片手に、エリーがやって来る。怪我人の二人は、すでに上へ移してあった。
初日にベロニカが死に、ヒースも死んだ。ミラン・ドルドラも死んで、今日はDが死ぬ。この分なら、一週間もせずとも神争は終戦するのではないか。
「だったら、動くしかないじゃないか。劉世徳を殺すしか」
残るのは、柚葉とエリオットのコンビ。後回しにすると、自然と、劉世徳が浮かび上がる。
対して、こちらは怪我人のアセリアと冬真だけだ。分が悪いのは相変わらず。
「六王の支援があるそうです。アルル・ラ・ピュセルはウエストミンスターを率いて別行動をとっていますので、フレッド・ムーアあたりでしょうか」
呪術師。オセアニアの呪術師だったフレッド・ムーアは、現在アメリカにいるはずだ。
特別、必要だとは感じない。紋章術師であるDの力を得た今なら、呪術ごとき、どうでもいいものに変わる。
邪魔、された。唯一の好機。こちらの手の内を知らなかったエリオット・ガーシュウィンは勝手に射程距離へ入り、フューリーで吹き飛ばせたはずだ。結果として、冬真を庇うDの巨体が邪魔をして、エリオットに致命傷を与えることは出来なかった。
代償として、Dを殺した君塚冬真に能力が付与される。紋章術など文献さえ読んだことはないが、強力な魔術だと知っている。
だから、応援は期待するな。独力で、己が師を凌駕せよ。そして、矢上彩を助け出せ。
「エリーさん。劉世徳って、どんな人物なんですか?」
アセリアも当てにはならない。単独で、殺して能力を奪う方がいい。
「さあ・・・中国の仙人というぐらいで、詳細は」
「仙人、ね。どうせ紛い物だろ」
仙人などという曖昧な定義に乗り、誘惑の術で周囲を惑わせ、自身を過大評価させる。仙人、として当てはまるのは相当な爺というくらいだろう。
肉体の火傷はすでに修復し終えた。エリオットたちは頻繁に動いている。
グズグズしている暇など無い。彼らの狙いが掴めない以上、先手を打つのが、必勝。
「行きます。けど、その前に――――」
どこか、■する彼女に似た、儚い姫に会っていこう。

ホテルのスウィートルームのような一室。豪華な窓の外、朝焼けの間際、藍色に輝く空が見える。
薄暗い室内。キングサイズのベッドを占領する姫君は、目を開けて空を見ていた。
「やぁ、具合はどう?」
努めて明るく、君塚冬真は、幻想のような彼女に声を投げる。
小さく頷く姿を見て、安堵する。大切なパートナーだ。僕が守り、僕が。
ベッドの端に腰を下ろし、同じように、窓の外を見上げた。孤城の空。落日ではなく、朝日。昇る太陽はまだ、落ちぬ。
同じ願望を持つ少女だった。吸血鬼を無くそうとする少女。「吸血鬼の王国」という世界で眺めれば、クーデターよりも性質が悪い。彼女の願いは、世界の崩壊そのものだからだ。
だから、吸血鬼は抗う。自身の世界を守るために。まだ、小さい少女を殺そうと。
「僕はね、世界を変えたいんだ。今の世界は、新堂薫が作った。管理と支配は現実と何ら変わりがない。だから、駄目なんだと思う。まぁ、どう変えていいのかなんて、まだわからないんだけれどね」
異端の世界と、現実の世界、鏡面の世界。この中で、信じられるのは鏡面世界だけだ。
あの日受けた感銘を、覚えている。煌貴が見せてくれた世界を、覚えている。
けれど、異端と現実の世界は同様で、これでは、駄目なんだと見せ付けてきた。
「スロウなんて、本当はいらないはずなのに」
「――――けれど、管理の無い世界は混沌と同義です」
アセリアの言うことも、正しい。規制などまったく無い世界など、無秩序の引き起こす荒廃に違いない。管理も、支配も。ある点においては必要になる。
可能にするのは、鏡面なる世界で学んできた。

「絶対なる中央集権。ソレこそ、世界における正しい姿、さ」

だから、俺は。願いを遂げる。
支配も管理も無い。中央は強固かつ強大で、必然たるルールを無意識に自然と意識させる。
「――――冬真さん、貴方は」
誰も殺さない。誰も死なない世界。誰も殺さなければ、誰も死なない。
誰も幸せで、誰も不幸。誰も厳しく、誰も優しい。やがて、平行する世界で人々は感じる。

それは――――全を「意識」した、混沌の停滞と。

「あの世界に憧れる。どうして同じではないかと神に問う。絶対なる集権は民の意識下に潜在する規制を植え付け、停滞する世界こそ自然と認識するだろう。それは、平等。それは、平行。貧富も幸不幸も無い。あるいは――――善悪さえも皆無なのかもしれないな」

始まりは、混沌。
混ざり混ざった命たちが、空へと手を伸ばして個に変わる。
個はやがて、集になる。集は混沌へと還るだろう。
腐りきった混沌。指向性を抱きながらも、その指向性さえ指示された思考。
なれば、指向など消し、思考のみを残し、意識には潜在する管理を、無意識には具現する支配を。
共通の認識は平等と名乗れ。同じ顔をした左右の人間。だが決して、同じ思考ではない。
平等と個を共存させるなら、それは混沌に違いない。管理を放棄した混沌なら無秩序ではあるが、民衆に眠る概念による管理さえ可能ならば、決して無秩序などではない。
「煌貴、オマエが教えてくれたのさ、俺に」
並列化する個の中に個性を見出すのは、混沌の中に手を突っ込んで目標を取り出すことと同義。
目標に指向する思考さえ持たせていれば、いずれ、この手に引っかかるだろう。
「もう、行くよ。休んでて」
空は曙光。朝焼けの光が、部屋に差し込んでいる。
ゆらりと、揺れる赤い灯。アセリアの白い頬を照らして、一瞬だけ、彼女が人間らしく見えた。
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