Mirage
Cross over-1
「夜、白崎に出ます」
市街地の様子を探る。白鳳城に乗り込むのは得策ではない。まずは、情報を収集する意味も兼ねて、偵察に出る。
エリーは、許可した。アセリアと二人で用意にかかっていると、見たことの無い金髪の女性が部屋に入ってくる。
一目で、姉だとわかった。シルヴィア・フェイスタッド。病に倒れた、フェイスタッドの嫡子。
渡されるは、赤い魔剣。初めてエリーを見た時、振るっていた剣だ。
「フェイスタッドに伝わる魔剣よ。君塚トーマ。貴方の行動は全てセイクリッドの名の下に承諾されたことになる」
歳月の重み、と言うのだろうか。魔剣を受け取った瞬間、緊張に似た感情が背筋を通り抜けた。
シルヴィアの顔色は悪い。きっと、本当に長くないのだろう。いつかシルヴィアも死ぬ。やがてアーシュやエリーも死ぬだろう。
待たずして、世界は変わる。その前に、打ち壊す。そうしないと、混沌の世界になるのは明らかだ。
童子切を腰に、フランヴェルジュを背に。二振りの剣で武装をして、セイクリッドの魂を受け継ぐ。
やがて、陽が落ちた。
タクシーで駅前まで移動する。雪を蹴立て、景色は流れる。アセリアと二人、若干緊張しながらも、市街地の様子を観察する。
夜の十一時。すでに街は眠りについている。
少し、道を外れた。
民家が並ぶ道、商店街、工場などを見て回るが、特に違和は感じられなかった。
再び駅前に戻り、近くにある公園に入った。中央にある噴水は止まっている。ぽつぽつと街灯が立ち、所々を照らしている。
公園というより、広場のような場所だ。僕は噴水のある泉の縁に腰を下ろし、隣にアセリアを誘う。
「そういえば、アセリアの願いって?」
願いが集まるのなら、集まる人には願いがある。だから、戦うのだ。
隣に座る吸血鬼の少女は、静かに息を吸い、振り向く。黄金の瞳。その目的は、わからない。
「吸血鬼の殲滅です」
易々と言いのける少女は、平然としている。同志を殺す、と明言し、普通の表情でいられる彼女はどんな心境で、どんな理由でいるのだろう。
元々、吸血鬼の発端はリヴィエルロットにある。十人のヴァンパイアを生んだリヴィエルロット。なら、彼らの存在は全てリヴィエルロットのサーヴァントだ。
「放置したが故に、今の状況を招いた。今後を嘆くなら、殲滅するしか方法は無い」
「そんなものは自分でやればよかろう。吸血鬼の姫君」
黒。闇の底から、声がした。
戦いは急速に。歯車は噛み合って、ギアを上げて終焉に向かっていくのだ。
影は二人。長身の男性と、同じく、長身の女性。
そして、僕の見知った人物――――
「ディエゴ・セルジュ。それに、セシリア・ミリア」
名を呼び、立ち上がった。アセリアを後ろに、剣はまだ抜かずに様子を見る。
敵となるか、否か。それを問わずには、戦えない。
「よ、元気じゃったか、トーマ」
「ええ、相変わらずですね」
笑顔で手を振る友に視線を送る。武器は携行していない。セシリアも、同様。
「じゃあやるかい」
「ええ、始めましょう」
目的はひとつ。ならば、取るべき行動もまたひとつ。
争うが故に集まったのなら、最初から、することなんて決まっていた。
銃を引き抜く。狙いを定め、見知った顔目掛けて引き金を引く。
炎が飛んでくる。銃を左に。右で魔剣を抜き、炎を切り裂く。
アセリアがいる。二手に分かれ、戦うのが上策だろう。予想と同じく、アセリアは右に向かって跳躍した。
なら、左。ディエゴ・セルジュのいる方向へ向かって、大きく一歩を踏み出した。
敵は紋章術師。遠距離での戦闘に勝機は無く、如何にして間合いを詰めるかが問題となる。
炎が舞い散る。火花のような小さな火。それらひとつひとつが指向性を持って飛翔してくる。
同じような経験は、過去にある。イグナイトに比べれば、この程度の炎は怖くすらない。
「げっ」
突っ込む。火を体に浴びながら、熱さに耐えて前に突き進む。
致命的な軌道で飛んでくる炎だけをフランヴェルジュで裂き、ディエゴ・セルジュ目掛けて突進する。
退く敵。手加減が無くなりつつある。熱さが加速していき、火球も大きさを増していく。
左手で銃を乱射しながら、さらに前へ。フランヴェルジュの届く範囲でなければ、勝つ方法は無い。
「ほほほう。勇気が有り余ってるのう」
そんな笑いもいつもと同じ。緊張感が無いのか、あるいは馬鹿にしているのか。
いずれにしても。いい気分ではない。
「貴方はいつも――――」
間合いは変わらない。笑っていても、Dはきちんと距離を保っている。
ふざけた台詞で、馬鹿にした態度で、それでも、倒せないという。そんなのは、嫌だ。
「どうしていつもそんな風に笑って――――!」
手にした魔剣を投擲する。届かない距離を埋める投擲。無論、そんな小手先の技は通用すると思っていない。
易々と、笑みを残して左に飛ぶ。視界で軽快に移動する敵を把握し、瞬間、炎による攻撃が止まる。
間合いが多少、縮まる。後退を許さずに、通過せんとするフランヴェルジュを空中に静止させる。
そして銃を手に、左右の退路を塞ぐ。空いた右手、即座に童子切を引き抜き、乱雑な姿勢のままで三手目を撃った。
「ふふん、遠距離戦は得意じゃのぅ」
逃げ場など無いはずなのに。Dは薄ら笑い、そして両手を前に広げる。
張られる何か。アルファベットと直線で形成される幾何学模様が半透明に、赤く浮ぶ。
紋章術。呪詛を用いる魔術。言霊によって式を紡ぎ、星命を代償として自然なる神秘を起こす学術は方式も用途も様々だ。魔術という概念は自然に働きかける力学。呪術という概念は刻んだ呪詛に大量のエネルギー、憎悪による呪いを発動させる。
紋章術というのは、多分に双方の要素を含んでいる。特異な紋章は、英国古来より通じる個を表現する象徴だ。シンボルとも呼ばれるエンブレムは、単一を意味する。
単色表現(ペトゥラ・サンクタ)で描かれた紋章は、書物と同様に個人が知りえた情報を過去の産物、知識として提供し、術者に与える。
縦縞を意味する赤で表現された幾何学模様。吸収されるが如く、ずぶずぶと沈むように二振りの剣が宙に埋まった。
「あはは。だが、トーマ。お主とオレでは――――相性が悪すぎる」
エオロー、と呟く音。「eolh」を意味すると頭で理解し、浮遊する黄色い石を見つめた。おそらく、トパーズ。
銃弾さえも完全に防御される。強力なルーン魔法の使い手。飛び道具など、簡単に防がれる。何せ、「占い師」などという予見者。迫る脅威は知ってしまえば脅威ではない。
ならば、近接戦闘しか残されていない。
走る。空中で停止した剣を掴み、引き抜きざま、力の限り振り下ろす。
「うむ。発想は、良い」
「また、貴方はそうやって・・・・・・っ!」
Dの体が揺らいだ。今まで知るスピードを遥かに凌駕していたせいか、認識出来なかった。
拳。腹部に鈍痛。気づいた頃には、いつぞやのように宙を待って噴水の中に着水していた。
「ソエル。いつだったか。ああ、吸血鬼退治の時じゃな」
覚えている。強靭な動きと強さを手に入れたと思っていた。
力と速度を増加させるルーン魔法。ざばん、と濡れた体を引き起こし、咳き込む。
肋骨が何本かイカれたらしい。口元の血を指で拭い、作戦を考える。
「あっちでは苦戦してるな。まぁ、竜王相手じゃし。と、いうワケでトーマ。あまり遊んでもいられんわい」
紋章術が展開される。これで、終わり。白崎での戦闘は、ディエゴ・セルジュに敗北して終わり。
だから、血で親指にはまった紫水晶に「Lagu」と刻んで、夜空に放り投げた。
光が、見えた。
数にしておよそ6つ。確かに、Dは結構本気で殺すつもりだったらしい。
「ラーグ。守りのルーンか、考えたなトーマ」
あれだけの魔法。防ぎきれるとは思っていなかった。着水し、清めた状態で彫り込めば防御陣となるルーンだったが、材質が良かったらしい。
欠片となってアメジストが降り注ぐ。互いに、決め手は欠いた。
そうだ。これは、タッグマッチ。アセリアが圧倒的有利なら、時間を稼ぐだけで2対1になれる。
だから、防ぎきれば必ず勝てる。
「ふむ。再生能力を持ち、戦闘経験も上々、こと防御に関してなら他の追随を許さぬな」
「ええ。別に僕が貴方を殺す必然性は無い。アセリアがやればいいことですから」
戦況は、有利だ。しかし、Dは焦ることも、怒ることもせずに黙って煙草の箱を取り出した。
「ではオレの死後を任せようか」
などと、戯けたことを言い始めた。
「劉世徳はお主が殺せ。絶対に、吸血鬼どもには殺させるな。トーマ。お主の敵は『平紗歩叶』で、『夜神色』には絶対にするな」
意味が、わからない。
歩叶は助け出す対象で、敵ではなかった。
くそ、Dさんめ。混乱させるのが目的か。
「そんなこと――――」
噴水から飛び出し、落ちていた童子切を握る。左右に剣。両手を開き、交差させるように薙ぎ払う。
逃げ場は上空。魔剣を投擲し、さらに右手に銃を握る。
「オマエも!西川彼方も!そんなことばかりだ。もう言わせるか。好き勝手には言わせない!」
銃を投げ捨て、そのまま頭上で力を込める。
空気を圧縮。エネルギーを集約。魔眼で原子核の存在を確認して、陽電子を取り出す。
崩壊を始める原子核が、中性子と熱を放出し始める。
塊のような熱量。電子を分離させられた核が分裂を始める――――
浄化の火。
世界を覆う、悲哀の音色が耳に心地よく、ぶちぶち、と、嘆きの色を奏でている。
それは、小さな小さな爆発に過ぎない。
少量の核爆発。爆風自体に境界を引く冬真は無事だ。アセリアたちまでは届いていない。
せいぜい、10メートル四方を焼き尽くしただけ。
「――――は、ははっ、すっげぇ」
だから、彼はただ笑うしか出来なかったのだろう。
己が手にした兇暴な力と――――生き残った敵に。
ディエゴ・セルジュは生きていた。傷だらけで、立つことも出来ず、死んだ視線でこちらを眺めているだけだ。
「は、ははは、あはハハハ」
笑い声は、届いていない。おそらく、鼓膜が破れたためだろう。そんなことを、気にしても仕方が無かった。
「いいぜ、殺してやるよ。全員をブチ殺して、俺が勝つ」
感じる、赤い違和。初日に知った、敵の親玉。
にじり寄る気配に、君塚冬真は赤い意志で対峙した。
Copyright 2005 STELA All rights reserved.