三月のカレンダーを破り捨て、春らしいイラストの書かれたページを見上げる。
浅川医院の二階、昼だと言うのにまだ寝ている柚葉を起こさず、こっそりとテーブルの上の木箱を見る。
住所はここ。けれど、宛名は君塚冬真なのだから。
スロウ本部から届いたダンボールを開く。中には、A4サイズ大の木箱が入っていた。
木箱の中身は、黒いスポンジで出来ていた。すっぽりと銃が入る大きさのくぼみと、銃声を消すサイレンサーのようなもの。そして替えのマガジンが入っていた。
ダンボールの中身は、銀銃が入っていたであろう木箱と、弾丸。あと、何故か豆板醤が入っている。きっと、洋食は完璧だから中華に挑戦しろということだろう。
あの日、式を読み上げてトリガーを引くと、バカみたいな轟音と閃光が世界を覆った。ミサイルみたいな破壊力を伴ったソレは、爆発なんじゃないのかと思う。
ともかく、それで君塚冬真は一応、スロウの一人と認められたわけで、こうして弾丸を送ってくれたのだ。
「あ、説明書と手紙もある」
爆発の詳細を説明すると、柚葉は呆れたような顔をした。
オートマチック式の拳銃というのは、スライド・オープンと言って、弾丸を撃ち尽くすと銃身が開いてしまう。自動で薬莢を排出するシステムのようで、マガジンを抜いてもすでに弾丸は装填されてしまっている。
だから、自分は生きていられるのだけれど、バカにされるのは何となく癪だった。
普通の人間は銃なんか触ったこと無いのだから、仕方がないぞ。
手紙はアーシュからで、流麗な字で自身の兄のことを詫びていた。柚葉から連絡を受けたスロウは、総責任者の出動という行動をとった。
右目が不自由なせいで負傷してしまったが、怪我は完治したらしい。新堂薫を狙う者は多く、出歩くだけで、霊的な何かを惹きつけてしまう。それで冬真に後を委ねたのだから、無責任にもほどがある。
「勝手に開けるなと言ったろうに」
丁寧に木箱へ納めてから、不服そうな表情をする柚葉に振り向いた。
「色、いや、彩は歩叶でも煌貴でもないぞ。言っただろうが、すでに別人だ。肉体は鏡面世界の平紗家のものだが、夜神の家系と繋がっている」
「わかりますよ、それぐらい」
死鬼。夜神の家は古来から伝わる「祓鬼」の家。神道は祝詞による言霊で鬼を祓う「神邪馬」、同じく神道は信仰と儀礼によって鬼を祓う「神尾」、そして鬼を喰らい、鬼となった「夜神」の三家。
当初の祓鬼とはかけ離れた存在。異端でありながら異端を滅する役を負う夜神は、畏敬の目で見られただろう。
「外観も変わる、という意味だ。元より平紗も似たようなもの。姿形は違えど、異能の力で異端を祓うという点では同一だ」
「・・・なら、煌貴みたくなるってことですか?」
「おそらく冬真の想像とは違う。今のイメージで連想される『鬼』とは、夜神の鬼とは意味合いが違うからな。現代の鬼は仏教と融合し、中国の文化が流入して出来たものだ。頭に角があり、頭髪は巻き毛。歯には牙が生え、指には鋭い爪、虎の腰蓑(コシミノ)に釘バット。これらは丑寅、つまりは中国における陰陽五行説から生じており、仏教の羅卒と通じるところがある。本来の鬼、古代日本における『姿の見えぬ災害』に当たり、隠(オヌ)、が語源となる。『神出鬼没』とはここから来ているのだろう。本物の鬼の姿というのは、『不可視』だ。目に見えず、姿を現したとあれば美麗で、村の人間を異界に誘うと言われている。ほら、これこそが『夜神』だ」
話を総合すると、幽霊のようで、しかし綺麗らしい。最初は角と釘バットが印象に残り、歩叶の顔で節分の鬼を連想してしまった。
変なイメージを頭から消し去り、夜神瑠璃から教わった話を思い返した。
夜神の家は、東北にある。現在の岩手県が本家らしく、矢上という苗字を持つ家は、この国に多数ある。当然、岩手の「矢上」以外は普通の人間である。
煌貴は歩叶と繋がって、能力を取り戻す。歩叶も同じく、夜神の能力を受け継いだ。
イメージとしては、雪女。柚葉と瑠璃の話をまとめると、日本の昔話にある雪女の話が近いと思う。
「―――瑠璃さんは、孫娘を『カンナ』と名付ける予定だったそうです」
「神々の森、か。まさしく色に相応しい名だが、彩の方が問題はないさ」
満足そうに頷く柚葉に笑みだけを返し、「彩」を迎えに外に出る。
まだ見ぬ親友の姿を夢想しながら、君塚冬真は遠くの看板を見上げた。
「ジャックさん、煌貴専用のブレンド、ミルク入れて砂糖は抜きでお願いします」
紙袋を引っさげて、途中でフライ・クーゲルに寄った。
「小僧。あのコーヒーはな、味もわからねえ小僧に出すもんじゃねえ」
「ええ。ですから、煌貴のために」
煌貴はコーヒーが好きで、歩叶は牛乳が好きだったから、二つ混ぜればとんでもなく好きになるかもしれない。
「・・・オーケイ。ブラザーのためだ」
言葉少なく、ジャックさんは頷いた。突っ込みどころは多々あるが、見た目は厳つい日本人のオッサンで、しかも小柄だった。
定番となったテイクアウトの紙コップをカウンターに置き、さらにマスターお気に入りのサングラスを渡される。
煌貴が「ジャックの眼鏡、最高だな」と言っていた代物で、いつも店内でも着用していた愛用品のはずだ。今は、二代目らしいサングラスをしている。
「え、いいんですか、これ?」
マスターは何も言わず、厨房に戻っていった。代金もいらねえぜ、ということらしい。
「・・・マスター、漢です」
いらぬ男気を見せ付けられ、しばし感動。
時間は朝の十時。約束の時間となってしまっていて、急いで車に乗る。
病院へ行くのは気が重かったが、似合わないサングラスで良しとする。
紙袋の中身は、氷彩の制服と、自分が選んだ彼女の衣服のロングスカート。
歩叶はすごく、和服が似合っていて。けど十二単みたいな和服は買えないし、煌貴も嫌がるから、止めた。代わりが、可愛らしい春色のスカート。
ほら、ロングスカートって、袴みたいだから。
季節はもう春になって、雪の代わりに桜が咲く。
コーヒーを飲みながらこくこく頷く少女に、僕は問いかけた。
少女は微笑む。
春の麗(ウララ)によく似合う、明るい微笑だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(タナトスの花/7)
よく晴れた朝。夜神色は退院する。
「矢上彩、矢上彩、矢上彩。うん、覚えた。シキでもアヤでもどうでもいいかな」
名前など、さほど問題ではない。あんなの、勝手に決められた便宜上の通称だから、コーキだろうとアサリちゃんでも振り向ければ名前で通る。
柚葉が持ってきていた和服に身を包み、何も持たず、矢上彩は病室を出た。
まず、美容室に行って毛先を整えて、デパートで高級な化粧品と黒いストッキングと服を買ってもらおう。
微笑んで、上目遣いでダメですかって訊けばいい。そうやって教えたのがアイツだから、きっと一番効果的な相手なのだ。
病院の入り口。最高のサングラスが似合わないヤツ。お気に入りの飲み物と紙袋を持って立っている。
病室には少女の願い。
花びらの落ちた、百合の花が咲いている。
それはきっと、死を望んだ少女(タナトス)の花。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――