Mirage

Border of Life-3

閑静な住宅街を抜けて、車は丘の上にある豪邸に向かう。
矢上家。広大な敷地には他の民家は無く、いつか夢で知ったあの豪邸に似ていた。
門の前で車を止める。路上駐車になるだろうが、矢上の駐車場を探す気にはならなかった。
電子的なインターホンに驚きながら、電話で伝えた用件を告げる。同じく電子的な施錠が開錠され、ゆっくりと自動で門は開いた。
いつぞやのように長い道を歩み、3メートルはある玄関のドアを開けた。
「君塚冬真様、ですか?」
「ええ。浅川柚葉の紹介で来ました。瑠璃さんにお話を伺いたいのです」
「承知しております。主は二階の応接間におりますので」
案内されながら、階段を上った。
矢上瑠璃。煌貴の祖母に当たる人物もまた、異端の力を持っている。
能力はさほどでもない。せいぜい、老眼ではないくらいだ。脅威に値するものではなく、スロウとしても放置に近い方策を採っていた。
朝里夫妻に話を聞くつもりはない。朝里煌貴の父親は男性であるが故に、矢上の名を捨てた。夜神は女性しか継げないそうだ。
だから。現状の矢上歩叶を知るためには、矢上瑠璃に聞くのが手っ取り早い。
応接間の扉が開かれる。
中には、気品のある老婆が座っていた。

そこで、冬真は夜神を知った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(タナトスの花/4)



「・・・おい。おいってば」
「何だよ。そんな焦って」
「あの子、なんかすんげえ可愛くねえ?病院の患者さんかな」
「あー、病院近いからな、ココ。どれどれ・・・ん?眼に何か巻いてるぜ」
「ホントだ。じゃあ、前とか見えないじゃん。コレ、ちょっとしたチャンスじゃない?」
「まぁな。っつーか眼が見えないのに出歩くなよ、どこのお嬢様だぁ?」
「ほら、行くぞ。ラーメンなんか食ってる場合じゃねえだろっ」
「しゃあねえな。オレが先だぞ」

「ねぇ、キミ。目、どうしたの?・・・うん、見えないって?そっか、大変だね」
「オレたちがどこか案内してやるよ。行きたい場所とか、そうだ、一緒に晩飯でも食いに行かない?」
「お金?あーあー、いいのいいの。それより、こっちだからついておいでよ」
「やべえって、めっちゃ可愛いって!」
「すげえな、おい。手なんか繋いじゃってるしよ、しかも服の中、何も着てないぜ。こりゃもらったかなぁ」
「マジ?なぁ、それってヤバい子なんじゃないの?なんか、すげえ素直だしさ」
「クスリでもやってキマってんだろ。だから、いーんじゃねえ?別にバレようがねえだろ」
「そうだな。どうせ目も見えないし、オレらだってバレようがないもんなっ」
「そーゆーこと。あそこの廃ビルでヤってよ、そのまま捨てとけばオッケーよ」
「でもなぁ、ソレって勿体無くない?オレ、この子なら付き合ってもいいもん」
「そーだなぁ。だったら、写真でも撮るか?ハメ撮りってヤツよ。チラつかせりゃ、金も付き合うのもイケんだろ」
「それだっ。よし、コンビニ、寄ってこうぜ」

「・・・崩れたりとか、しねえ?」
「しない。ほら、そこ。オレが先だかんな。ほら、カメラやる」
「早くしろよ。あ、どこかって?それよりキミの名前教えてくれないかな?・・・ヤガミ?ヤガミさんって言うの?じゃあヤガミさん、ちょっとそこに立ってて」
「ヤガミか。オマエ、付き合えよ。オレは金をもらう。ヤガミってあの矢上だろ。丘の上の豪邸の」
「見ろよ、すげえ色白いぜ。抵抗もしねえし、まず一枚、うりゃ」
「おい、聞けよ。ヤガミったらあの丘の上にある豪邸の苗字だろ。上手くいけば、とんでもない額もらえるぜ。おいっ、写真なんかもういいからこっち連れて来いっ」
「うわぁ・・・意外と胸とかデカいし、マジ気持ちいい。・・・え?包帯外してほしいの?おう、顔見てみたいし、いいよ。・・・・・・案外キツく縛ってんな・・・よし・・・これで・・・外れた」
「・・・はぁ、すげえ、美人」
「こんな子とおおおお、ややややれるななななんてててて。ちょ、え、ナニこれ。ひ、いた、痛い。いいい痛いいいい」
「おい、どうしたんだよっ」
「うげ、が、ご、ちょ、ま、って、あああああああ頭ん、中かかか、ああああああ熱つつつ、あ、あち、あつ、う、げぇ、ああああアアアアアァァァァ」
「・・・アレ?おい、何でオマエ、頭無くなっててててて、え?おおおおおれも、なんかかか、へへへんだ。ひぃ、ちょっと待っててててて、わわわわわわ悪かったたたたた、殺さないでででででぇぇぇぇぇぇ、ぇ」


二つ、ひしゃげた赤い花が、咲いていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(タナトスの花/5)



「夜神死鬼(ヤガミシキ)、やはり墜(オ)ちたか」
廃ビルの内部、裸で立ち尽くす天使に向かい、浅川柚葉は静かに告げた。
諦めたように、柚葉は大きな溜息を吐いて、胸ポケットに入っていた煙草を取り出す。
「私、シキって言うの。知らなかった」
振り向いた姿は、朱い鬼。脚も腕も乳房も――――眼も朱い。
柚葉は初めて、ヤガミシキを直視した。
忌々しいほど美しく、神々しいほど魔に満ちて、妖しく清らかに、およそこの世のモノではない。
見続けると、魅入られる。柚葉は視線を外して、煙草を咥えた。
ぼう、と灯る煙草の先端。小さく舌打ちしながら、大きく煙を吸い込んだ。
「ふぅ。末恐ろしい鬼子だな、よくもまぁ、世界もこんな神か悪魔かわからないモノを生んだ」
「神でも悪魔でも、きっと力は強い」
「違いない。神と悪魔の定義の違いは、支持する命の多さだけさ」
あの眼は魔眼だ。直視すれば、何らかの制約が加わる。顔を見ぬようにして、柚葉は少しずつ近付いた。
そんな動き、夜神は百も承知だろう。
奥には二つの死体がある。少年の姿をした肉の塊は、頭だけが破裂していた。
広がる朱は花のようで、歪(イビツ)に拉(ヒシャ)げた手足が投げ出されている。一種のアートだ、などと柚葉は感じてしまっていた。
「お前さんはただ死を望んでいるだけなら良かった。実際にヒトを殺したとなれば、世界は君を認めはしないぞ」
「あら。浅川、何を迷い事を。殺人というのが容認されないのは、命が消えるからではないわ。人物の能力、関連性、言わば社会との繋がりが断絶されるためでしょう。社会の網から切り離される。社会という網に小さな綻びが出来る。それが許されない。許さないのは社会であり、人ではなく、まして世界は魂の循環をスムーズにさせる解放行為に承認さえあれど否定は無い」
「・・・さすがは朝里煌貴ということか。死を知るからこそ世界を知る。一度死んだお前さんにしか言えない言葉だよ、それは。わたしが何を言おうと、結局、『世界の意志』なんてものは感じられない。だから言葉は推測の域を出ず、言葉に真の意味は無い。だが、わたしは人間だ。世界の意志などどうでもいい、浅ましく、愚かな人間の一人だ。世界を守る、なんて抽象的な言葉より、近所の祖父母を守りたいのだ」

廃墟の中は暗く、静か。柚葉と色の無い赤が対峙した。
夜神は一度、死んだ人間だ。生死の境さえも超越し、朝里煌貴は再生する。
宿る命、灯る体は平紗歩叶のもの。絶頂まで満たされた命、その力は両世界を超える。
知れば知るもの。平紗歩叶の力と朝里煌貴の力。
互いに足りない部分を補完し合い、届かなかった境地を一瞬で悟るだろう。

天使は死を知り、悪魔は命を知る。

故に、色(シキ)。

―――死命の色を視り、
――――世界の志気を識り、
―――――使命の威を布き、
―――式を紡いで四季を彩る、

星命を守護する天の使いとなれ―――――

「天使。空の派遣者か、夜神シキ――――!」
柚葉は驚愕した。決して、眼前に佇む少女は敵に回してはならない。
気付いたのだ。何故、少女は漂うままに動かぬのか。
抑(ソモ)、少女は歩く意志が無い。
抑(ソモ)、少女は戦う意味が無い。

抑、少女は―――動く感情が無い。

「そう。私、人間ではないんだ」

彼女はさも残念そうに、虚空を睨んだまま、停止したまま動かない。
夜神色は一つの倫理。死を望むこと以外に成すことは無い。
それでも、夜神色は「人間」でありたかった。
社会が生み出す普遍性に身を任せ、普通と呼ばれる存在でいたかった。
虚無の彼方、彼岸に生きる少女にとって、世界の守護という名目こそが最大の枷であろう。
夜神色は生きたい。けれど、夜神色は死しか興味も感情も生まれない。
夜神色には、世界という絶対の背景を得て、ヒトを殺す術を持つ。

ただ、惜しむらくは。
自分の死さえ望んでいること。

「そうか。色、君は、殺し合いたいのか。自分の死を感じ、敵の死を感じる、伯仲の戦闘をしたいのか。なら、どうして彼らを殺した?」
全てが解ける。
殺すのは嫌だ。死なせるのがいいという矛盾。
少女は、矛盾の塊なのだから。

「――――私の体に触ったカラ」

天国でも罪が知れるように。
無残に頭を破裂させて、殺した。
「隙あれば殺してください。私も、浅川、貴女を殺しましょう」
「・・・難しいことを言う。善処は、しよう」

殺し合いが、始まる。
夜神色は、笑っていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


眼を見てはならない。式を聞いてはならない。
微笑みながら突進してくる少女は、いつかの笑みとラップした。
平紗歩叶の能力は知り尽くしている。
命を視る魔眼。正確に魂を貫かれれば、それこそ輪廻さえも許されない。
天使の輪。ハイロゥで蓄積された一撃を食らえば、骨どころか肉体が抉られる。
結界。幻惑されれば、影さえ掴めないまま、死に直行する。
それに、朝里煌貴の能力が付加され、さらに知り得なかった境地に達している。
単純な話だ。夜神色は二人であり、実質、この戦いは二対一。
柚葉は、大きめのポケットから道具を取り出した。
接近する天の使い。一足で眼前までに飛び込む技量は、すでに当時の歩叶を超えている。
姿勢は低く。胸に頭突きするような低姿勢。柚葉は、そっと胸に手を置き、火を熾す。
振り払うように火を放ち、後退。取り出した道具を右手に持ちて、空に投げた。
火。煙幕のように、色の視界を塞いだ火。
それが、色の周囲を取り巻いて、かき乱されるようにして消えていく。
眼。見るな、あの魔眼。
「無機物まで魅了するか、金紗の魔眼」
火を映す黄金の目は、おそらく橙の色。
人だけでなく、生命、存在すら彼女に魅せられる。炎は色に惚れて、彼女を取り巻く火になった。
さらに前進する色。徒手の少女に必殺の武器は無い。ナイフは冬真に持たせていて、夜神色には自身の能力にのみ戦う術がある。

「――――貴女の脚、素敵」

ぐん、と。周囲の空気が押し下げられた。同時に右足に走る確かな熱量。
黒く、死者の腕のようなモノが絡んでいる。それが炎だと気付くまで、時はかからなかった。
黒炎が右足の熱を奪い、焼いている。焼却される右足に何とか力を入れて、離脱した。
それだけで、死んだ。右足はすでに動かない。
何より、少女の優艶な声は、穏やかさと妖しさを孕んでいて――――恐れた。
恐怖は、足を竦ませ、戦意を萎えさせ、何をしても無駄だと言う絶望を叩きつける。

体は動くことを止め、頭は考えることを止めた。
恐怖の世界へ、連れ込まれる。
不意に、目が合った。

「――――嗚呼、なんと美しい、碧眼か」

君は視ている。
きっと、わたしは視られている。
命の色を、君は今、熱を帯びた眼で視つめている――――

色の腕が止まる。
背を切り裂く何かがある。止まる色を見ながら、柚葉は行動を再開させた。
床に落ちた道具を拾う。あらかじめ投げておいた一つの保険。死ななかったのは、僥倖(ギョウコウ)ではない。
「鋏?」
鋏。柚葉は、ハサミを右手に持ち替え、指を通す。
両刃を開く。その刃で脚に纏わる炎を切り裂き、恐怖で出来た結界をちょきちょきと切断した。
右足は相変わらず死んだままだが、支点くらいにはなる。跳躍するように色の右側に移動した。

そのまま、廃ビルの三階から空に向かって飛び立った。

「逃げた」
そう、逃げた。
勝算の無い戦いなど、柚葉はしない。ガラスの無い窓から飛ぶように、柚葉は自由落下を選んだ。
三階からの高さから落ちて、生きられる可能性はそこそこだ。ただ、飛翔のスキルを使えば、少しは落下速度を軽減できる。
良くて打撲、悪くて骨折。そう覚悟して、柚葉は重力に全てを委ねた。

――――瞬間、我が眼を彼女は疑った。

追ってくる、光。
夜神色は、何の躊躇いも見せず、夜に飛んだ柚葉を追う。
「は・・・馬鹿な」
もう。呆れるを通り越して、笑った。
自分と同じように、夜を落ちる夜神色は、背中から光の粒子を放出しながら追ってくる。
加速しながら。ハイロゥを背中から放出し、夜空の粒子と衝突させて加速している。

その姿が、まるで、本物の天使に似て。


――――2月の終わり。
どこぞの女医と、裸の天使が空から堕ちて来た。
Copyright 2005 STELA All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-